かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

35 / 44
乙女たちの想いは右往左往

【みのるSide】

 

緊迫した一夜が明けると、キュアット探偵事務所にはいつもの空気が戻ってきていた。

 

ニジーに事務所の場所がバレてしまって以降、特に何も起こらないまま数日が過ぎている。

 

それが逆に不安でもあるのだが——今この瞬間は、別の差し迫った問題を抱えていた。

 

「ううううう……ぐぬぬぬぬぬ……」

 

「た……建て付けの悪い窓だ……っ」

 

4月も下旬に差し掛かり、気温はじわじわと上がり始めている。

かといってまだ冷房を入れるほどでもない、中途半端に蒸し暑い季節。

 

だから窓を開けようとしているのに、その窓がびくともしないのだ。

 

あんなと私で両手を使って押しても、引いても、全く動かない。

 

「ポチ?」

 

「あ、ポチタン!ちょうど良かった!」

 

「妖精のパワーでなんとかならないかな?」

 

ポチタンが顔を出したので、すかさず戦力に加えた。

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

「ポチチチチチ……」

 

二人と一匹、ひたすらに踏ん張り続ける。

 

と、そのとき——窓が、ほんの少しだけ動いた気がした。

 

いける。

このまま……このまま……!

 

――ガタンっ!!

 

「開いたぁ!!うわっ!?」

 

「ちょっ……危ない!?」

 

突然、窓が勢いよく外へ向かって開く。

 

弾みであんなの身体が外に投げ出されそうになり、私は咄嗟に手を伸ばしてその腕を掴んだ。

 

危ない……転落はぎりぎりで免れた。

 

「おはよ~……」

 

そのタイミングで部屋に入ってきたみくるが、私とあんなが窓にもたれかかった妙な体勢でいるのを見て、少し引き気味に立ち止まる。

 

「……えっ??」

 

「窓を開けようと思ったら固くてさあ……」

 

朝からこんな調子なのも、まあ、いつものことだ。

 

部屋の中に外の空気が流れ込んで、じんわりと涼しくなっていく。

 

窓の向こうから、青い蝶が二頭、ひらひらと舞い込んできた。

 

私たちはソファに座り、あんなはポチタンにミルクを飲ませ始めた。

 

みくるはいつもならもう少し眠っているような時間帯なのに、今日は休日だというのに珍しく早起きだった。

 

「ていうかみくる、今日は早いね」

 

「……アルカナ・シャドウとジャックのことが気になって……」

 

「私も!!」

 

「だよね!!」

 

なるほど、眠れなかったのか。

あの二人のことが頭から離れなくて。

 

アルカナ・シャドウ、そしてジャック——今の名探偵プリキュアが最も警戒すべき相手。

 

アンサーとミスティックでさえ勝てなかった強敵だ。

その壁を越えられる日が来るとしたら、まだまだ先の話になるだろう。

 

「正体不明のプリキュアと……私を気絶させて、みくるをボコボコにしたヤバいやつ……か……」

 

そう口にした瞬間、脳裏にあの声が甦る。

 

『この程度で意識を失うようじゃ、いつまで経っても名探偵プリキュアの助手になんてなれないよ。自分がどれだけ足を引っ張る無能で弱いのか理解したら?』

 

「……………」

 

私がプリキュアじゃないことは、もう何度も痛いほど実感してきた。

 

どれだけ頑張っても、できることには限界がある。

それは当たり前のことだ。

 

だから私が考えるべきは、そこじゃない。

 

プリキュアである二人を、いかにサポートできるか。

今の私に課されているのは、その一点だけだ。

 

ふと、額に手を触れる。

髪の毛に隠れてわかりづらいが、そこにはガーゼが貼ってあった。

 

これもジャックにやられた傷だ。

出血こそしていたものの、軽い切り傷だったから大事には至らなかった——それでも、まだじんわりと痛みが残っている。

 

「プリキュアが怪盗だなんて……」

 

「ジャックのことも気になるし……」

 

それを調べるのが名探偵というものだろう。

 

でも今は、手がかりが一つもない。

 

「そいつらのことなら、ロンドンのキュアット探偵事務所に問い合わせといた。あそこの連中なら、いろんな情報を持ってるからな」

 

気づけば隣にジェット先輩が座っていた。

 

そうだ——ロンドンの事務所の存在を、すっかり忘れていた。

 

あそこなら、私たちがまだ知らない怪盗団ファントムについての情報を持っている可能性がある。

 

「それで!?」

 

「え!?」

 

「どうだった!?」

 

あんなとみくるが一斉にジェット先輩に詰め寄る。

 

この二人がジェット先輩にかける圧は毎回すさまじい……。

 

「いや……詳しいことは手紙で届くんだよ!」

 

「手紙? 電話して今聞こうよ!」

 

「超重要な情報は、手紙でやり取りするんだ」

 

手紙……わざわざロンドンから?

 

超重要な情報、ということはやはりあちらの事務所は何かを掴んでいるのだろうか。

 

「そうなんだ……」

 

「ロンドンからなら数日かかるね……」

 

数日

それだけの時間をかけて、重要な情報を紙に書いて郵送する。

 

それで本当に問題はないのだろうか。

 

「その重要な情報が書かれた手紙を、途中で見られるリスクとかは考えてないの?」

 

「むしろアナログの方がリスクは小さい。電話やメールだと、盗聴されたりハッキングされたりする可能性があるからな」

 

「確かにそうか……」

 

今の時代、デジタルの世界で個人情報や重要なデータを扱うには、よほど慎重にしないと取り返しのつかないことになる。

 

そのリスクを考えれば、手紙の方がよほど無難だった。

 

なるほど、と素直に思う。

 

「待ってられないよ~!!」

 

あんなが頭を抱える気持ちはわかる。

 

わかるけれど、しょうがない。

 

昨日の疲れだってまだ残っているはずだから、今日くらいは大人しく休んで——

 

「よし、私たちでアルカナ・シャドウを調査しよう!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

「ポチ~!」

 

——そうならないのがいつもの二人だった。

 

「まあ、こうなるよね」

 

「やれやれ……」

 

思わず漏れた私の呟きに、ジェット先輩も呆れ顔で続く。

 

とはいえ、二人は探偵だ。

自分の足で調べようとするのは当然のことだろう。

 

ジェット先輩も今日は特に用事がないということで、結局みんなで二人に同行する流れになった。

 

 

_______________

 

 

 

気分転換も兼ねて街を歩き、パティスリーチュチュの近くにあるベンチでひとまず腰を下ろした。

 

隣ではみくるがプリキットブックを開いて、今まで解決してきた事件を一つひとつ読み返している。

 

「怪盗団ファントムの事件を調べたら、なぜかいつもこの街で事件を起こしてる……ということは!」

 

「ん?」

 

「アルカナ・シャドウの似顔絵を見せて街で聞き込みをすれば、彼女について知っている人がきっといる!」

 

まずは謎多きキュアアルカナ・シャドウの調査から、ということか。

 

みくるの描いた似顔絵については……あえて突っ込まないでおこう。

特徴さえ捉えられていれば、大丈夫だと思う。

 

多分。

 

「なるほど!」

 

「ポチ~!」

 

「じゃあ早速聞き込みからだね!」

 

やる気満々な二人を見ていてふと気づく。

 

何か、大事なことを忘れていないだろうか。

 

「ねえジェット先輩。この二人、プリキュアのことは知られてはいけないはずなのに、プリキュアのことを知っている人がいないか探すのって……矛盾してない?」

 

名探偵プリキュアは、公に知られてはいけない存在だ。

 

しかも怪盗として活動しているのだから、正体が知られてはなおさらまずい。

 

つまりこの聞き込み調査は、おそらく空振りに終わる。

 

「はぁ……事件の時は冴えるのに、こういうときはあまり深く考えないのは何故なんだ?」

 

「あはは……確かに。ちょっとポンコツなのもかわいいところなんだけどね」

 

ジェット先輩の言う通りだと思う。

 

事件が起きたときの二人はいつも解決してしまうのに、普段はごく普通の中学生そのものだ。

 

本番でだけ能力を解放するタイプ、とでも言うのだろうか。

 

 

_____

 

 

「この人、知りませんか?」

 

「さぁ……?」

 

_____

 

 

「この人、知りませんか?」

 

「見たことないね……」

 

_____

 

 

「この人……」

 

「犬だよ」

 

_____

 

 

「全然わからない……」

 

「手がかりがなさすぎる……」

 

今回は事件ではなく、単純な人探し。

いきなり聞き込みでは埒が明かない。

 

それに、怪盗団にいるプリキュアという非常に難易度の高い人物を探しているのだということを、もう少し自覚した方が良いと思う。

 

とはいえ他に手がかりもないから、仕方のないことなのだが。

 

「もう~!!」

 

「この似顔絵がダメなのかな?」

 

みくるの描いた似顔絵は、お世辞にも上手いとは言えない。

 

ただ、特徴をしっかり頭に刻み込んでいるのは素直に凄いと思う。

 

「えー、似てると思うんだけどな……。みのるはどう?」

 

「私は会ってすらないよ……」

 

そう答えながら、もう一度似顔絵に目を落とした。

 

頭に黒いリボン。

くるんとハネた髪。

くすんだベージュの髪色。

 

胸元にはペンダントらしき物まで描き込まれている。

 

……あれ?

 

どこかで、見た気がする。

 

ハネていたかどうかまでは確認していなかったけれど——この特徴に限りなく一致する人物を、私は確かに見ている。

 

しかも一度だけじゃない。

 

どこだ。

どこで見た……?

 

「………あ!」

 

「「?」」

 

虹ケ浜だ。

それと、学校。

 

ニジーと二人が激戦を繰り広げたあの砂浜と、校舎ごと迷路にされたあの日。

 

その場にいた子が——この特徴と重なる。

 

「……私、見たことあるかも。この子のこと」

 

「「……………」」

 

一瞬の静寂。

二人の視線が、同時に私へ向いた。

 

これは来る。

とりあえず耳を塞いでおこう。

 

ジェット先輩もさりげなく距離を取っている。

 

「「えええええっ!!?」」

 

二人の絶叫が、青空へ向かって突き抜けていった。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

アイスを食べるだけの毎日も悪くはない。

 

昨日の混沌が嘘のように、今日は穏やかだ。

 

「……なんだか、良くないことが起きてる気がする」

 

でも、胸のどこかがざわざわしていて、アイスの味に集中できない。

 

「占ってみましょ」

 

こういうときのマシュタンは頼りになる。

 

私たちにはわからないことでも、マシュタンの占いなら先に何が起きるかがわかる。

ある意味、未来予知のようなものだ。

 

「マ~シュマシュマシュマシュマシュマシュ~!」

 

水晶玉を取り出して、占いを始める。

 

「見えたわ!めんどくさいお願いごとが来るでしょうって」

 

「……嫌な結果」

 

めんどくさいお願いごと。

大体の見当はつく。

 

今日のマコトジュエルを奪う任務を担当するのはゴウエモン——つまり、そういうこと。

 

「大変だああぁぁぁー!!」

 

ほら来た。

すごい勢いでゴウエモンが走ってくる。

 

「助けてくれ新人!いや、アルカナ・シャドウさん!!」

 

「……来た」

 

律儀に「さん」付けまでして。

 

いつも通りに奪えばいいだけのはずなのに、そうはいかない理由が何かあるのでしょうね。

 

名探偵の二人がいるとか、あるいはそれ以外の——奪えない事情が。

 

とりあえず、話を聞くことにした。

 

 

_______________

 

 

 

街の中心部にある、とあるCDショップ。

 

ゴウエモンが言うには、ここにマコトジュエルがあるらしい。

 

「いらっしゃいませー」

 

正面の入り口から、普通に店内へ入る。

 

ゴウエモンが変装もせず堂々と歩いていくのには少し驚いたけれど、周囲の人がほとんど反応しないのはもっと不思議だった。

 

「ここ、CDショップだけど」

 

「未来自由の書によると、あのミサンガにマコトジュエルが宿っているらしいのだが……」

 

柱の陰からゴウエモンが視線を向ける先を、私もそっと確認した。

 

一人の少女がヘッドホンで曲を聴いている。

その左手首に、ミサンガが巻かれていた。

 

「ミサンガ、自然に切れたら願いが叶うっていうアクセサリー」

 

刺繍糸などを編んで作られる組み紐の一種で、手首や足首に巻きつけ、自然に切れた時に願いが叶うという言い伝えで知られている。

 

「そこが問題なんだ!ミサンガを盗むには切らなきゃならんだろ?でも切ったら、ミサンガへの想いは消えちまう」

 

なるほど。

ミサンガという特性上、いつもの方法では奪えない、ということね。

 

「自然に切れたとしても、想いが叶うことになるからミサンガに用はなくなる……」

 

「つまり、ミサンガが切れたらマコトジュエルもいなくなるわけね」

 

マシュタンの言う通りだ。

ミサンガが切れた時点で、任務は失敗に終わる。

 

確かに一筋縄ではいかない。

 

「一体どうしたらいいんだ~!!」

 

「切らなければいい」

 

単純な話だ。

切らなければいいだけ。

 

それが簡単ではないのはわかっているけれど。

 

「切らないと奪えないだろ!?」

 

「切らないのは想いの方」

 

「想い?」

 

物理的にミサンガが切れたとしても、想いさえ切れなければマコトジュエルが消滅することはない。

 

ただ、これは心理的な影響も大きく絡む話だから——慎重に言葉を選ぶ必要がある。

 

「……見せてあげる。その代わりアイス奢って」

 

「なんでもいいから助けてくれ~!!」

 

やった!

 

なら——決めたことは果たさないとね。

 

「オープン、プリキットグロス」

 

マコトジュエルが宿ったミサンガに近づくには、あの少女と接触しなければならない。

 

そのためには変装が必要だ。

 

ゴウエモンには変装ができないから、どのみち私が行くしかないけれど。

 

グロスを唇に塗ると、私の姿はたちまちCDショップの店員へと早変わりした。

 

「いらっしゃいませ」

 

来店したお客さんに挨拶をしながら本物の店員のように振る舞いつつ、少女の様子を探る。

 

「ショップの店員さんか、やるわね」

 

ポケットから顔を出したマシュタンに小さく微笑みながら、私は少女へと近づいた。

 

柱の陰では、ゴウエモンがじっと様子を窺っている。

 

少女が聴いている曲は……片想いの少女がテーマの歌、みたい。

 

恋愛については経験がないから正直よくわからないけれど、それらしく接してみましょう。

 

「その歌、良いですよね。私も好きなんです。特に歌詞が……」

 

「あ!それチョーわかる!なんか片想いの女の子って感じの歌詞なんだよねー!」

 

聴いたことのない曲を好きだと言うのは、意外と難しい。

 

変装には演技も必要なのに、思わず棒読みになりそうになる。

でも恋愛の歌を聴いていたということなら、ミサンガの願い事の予測もつく。

 

「もしかして、そのミサンガの願い事、『恋が叶いますように』とか?」

 

「えー当たり!?お姉さん占い師とか!?」

 

「たまたまですよ」

 

予測で言っただけだけど、正解だったみたい。

 

占いができるのは私じゃなくて、私のお供妖精なんだけどね。

 

「いらっしゃいませー」

 

さっきの店員がまた来客に挨拶をした。

 

その方向へ一瞬だけ視線をやると——あの二人と、みのると、白衣を着た少年の姿があった。

 

「ププププリキュア!?」

 

ゴウエモン、声が大きい……静かにして、と注意したいけれど、少女の前なので言えない。

 

よりによって名探偵プリキュアが来るなんて。

 

これ以上面倒なことには巻き込まれたくないのだけど。

 

「あの……」

 

「「……?」」

 

そう思っていたのに、四人は一直線に私のところへ近づいてきた。

 

変な似顔絵を手に持って。

 

「この人を知りませんか?」

 

「……!!」

 

下手な絵だ。

 

でもよく見ると、特徴はしっかり描かれている。

 

これは間違いなく、私の似顔絵だ。

 

「似顔絵全然似てないし!」

 

ポケットの中でマシュタンが愚痴を漏らす。

 

この二人……私のことを調べていたのね。

 

残念だけど、そう簡単に秘密を探られるわけにはいかない。

 

「うーん……ごめん、知らないよ」

 

「私も」

 

今の私はショップの店員。

平然を装って、知らないふりをする。

 

「そっか……」

 

「ありがとうございます」

 

このまま早く店を出てほしい。

そうじゃないとやりにくい。

 

まあ、失敗はしないけど。

 

「ん……?あぁー!ミサンガだ!!かわいい!」

 

「本当だ! 素敵!」

 

ミサンガにまで反応してしまった。

 

まだマコトジュエルを奪ったわけでもないのに、こうしてプリキュアと接触してしまうのは——腐れ縁というものなのかもしれない。

 

「この時代にもミサンガってあったんだね!」

 

「うんっ!?」

 

「何?時代?」

 

ボロが出てる……まだまだね。うっかり重大な情報を自ら漏らしてどうするの…。

 

「あ、いや……なんでもないんです!」

 

「この子虚言癖がすごいので!」

 

「ひどい!!」

 

「お前らなぁ……」

 

本当に何をやっているの?

 

名探偵なんだから、もっと発言には気をつけなさい。

 

全く……未熟がすぎる。

 

「私、まさみって言うんだ。さっきもこのお姉さんとミサンガの話で盛り上がってたんだけどさ、見てこれ!」

 

まさみさんが左腕を私たちに向けて差し出す。

 

「もうちょいで切れそうなんだ~!」

 

結び目の近くが、ほつれて千切れかけていた。

 

急がないと——まだ何も解決していないのに、ミサンガが切れたらマコトジュエルは消えてしまう。

 

「本当だー!」

 

「願い事、何なんですか?」

 

「それなんだけど、実は……」

 

願い事は恋が叶うこと、とはわかっている。

 

でも詳しい話はまだ聞いていない。

 

探偵が尋ねてくれたおかげで、どんな言葉をかければいいか考える余裕ができる。

 

すると——

 

「すみませーん」

 

「はい」

 

とある男性に声をかけられた。

背中に背負っているのはギターだろうか。

 

「トイレ、借りても良いですか?」

 

「どうぞ」

 

本物の店員じゃないから、本当にトイレが使えるかはわからないけれど。

 

「うぅぅ!!」

 

その男性の姿を目にした途端、まさみさんが顔を真っ赤にして口を塞いだ。

 

わかりやすい反応。

あの男性のことが好きなんだ。

 

「まさみさん?どうしました?」

 

「あんな、答えは簡単だよ!」

 

みくるはもう見つけているようだった。

 

相手の心情を読み取るのも、探偵として重要な素質だ。

 

「ズバリ!まさみさんは彼のことが好きなんですね!?」

 

「片想いの乙女ってことだね!」

 

「声がデカいってええぇぇ!!」

 

何故CDショップでこんなに恋について盛り上がっているのだろう。

 

学校の廊下でも少し賑やかすぎると思うくらいの話題が、今ここで繰り広げられている。

 

「あぁ、じゃあミサンガの願いって……」

 

「か、か、彼と……結ばれますようにって……」

 

「「きゃああああああ!!」」

 

どこまでも騒がしい二人。

おめでたいことね。

 

「実は、ここに通ってるのも彼に会えるからでさ。喋ったこととかはないんだけど、音楽を聴いている時の真剣な目がかっこよくて……」

 

会話したことすらない、一方的な片想い。

 

かなり難易度の高い恋だけど、そんな恋を夢見る人はたくさんいるから否定はしない。

 

「このミサンガも、この時初めて作ったんだよね……ってか私、語りすぎちゃったかも!」

 

大袈裟に笑うまさみさんに、プリキュアの二人がさらに身を乗り出す。

 

「まさみさん……」

 

「え?」

 

「すっごく応援してます!!」

 

「あ、ありがとう……」

 

私を探しているはずなのに……ずっと恋の話ばかり。

 

早く次の場所へ行ってほしい。

そうじゃないと、いつまで経っても思うように動けない。

 

軽くため息をついてトイレの方へ目をやると——

 

「あら?」

 

「ん?」

 

「彼、何か探してる?」

 

トイレから出てきた男性が、何かを探すような仕草をしていた。

 

その場を動かずにいるということは、探しているのはおそらく物ではなく人。

 

もしかして——。

 

「まさみさん!これって話しかけてみるチャンスでは!?」

 

「えぇ!?で、でもそんな勇気……!」

 

「あ!」

 

みくるの驚く声に反応して、全員が一斉に足元を見た。

 

千切れたミサンガが、床に落ちていた。

 

「ああぁぁミサンガが!!」

 

「ああぁぁミサンガが!!」

 

「……………」

 

向こうでゴウエモンがまさみさんと全く同じことを叫んでいる。

 

ミサンガをさりげなく確認すると、マコトジュエルはまだ宿っていた。

 

恋がまだ叶っていないから——ということなのだろう。

 

「願いが叶うってこと……?……っ!」

 

まさみさんは覚悟を決めたのか、ぐっと拳を握りしめてミサンガを拾い上げ、男性の方へ歩いていく。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

「何か……お、お探し……ですか?よ、良ければお手伝いします!」

 

突然話しかけられた男性が、若干困惑した表情を見せる。

 

でも、二人きりの時間は一瞬で過ぎ去った。

 

「ごめーん!待った?」

 

別の女性が男性に駆け寄ってきた。やっぱり——彼女がいた。

 

「はぁ……はぁ……電車遅れて!……ん?その子誰?」

 

誰かを探している仕草だったから大体の想像はついていたけれど。

 

まさみさんは失恋した。

 

その喪失感によって、想いが消えてしまうことになる。

 

「えっと……」

 

「お前を探してたら声かけてくれたんだよ。来んの遅いから」

 

「彼女のせいにするつもり?」

 

硬直するまさみさんの手の中で、マコトジュエルの反応が薄まっていくのを感じた。

 

猶予はもうない。

 

「ああマコトジュエルが!?いなくなっちまう!!」

 

ゴウエモンの慌てた声が遠くから聞こえてくる。

 

まだ大丈夫、私に失敗はないんだから。

 

大切な想いを失う感情は——私が一番よく知っている。

 

「じゃあ行こっか!」

 

「おう」

 

二人はそのまま行ってしまった。

 

まさみさんの背中が、遠くに小さく見える。

 

「彼女がいたんだ……」

 

「まさみさん!私が話しかけてみようなんて言ったから……!」

 

まさみさんは黙ったまま、ゆっくりと振り返った。

 

「………失恋しちゃった!あははは……」

 

「まさみさん!」

 

表情では笑っている。

でも、心から笑っているわけじゃないのがすぐにわかった。

 

失恋のショックを無理矢理隠しているようにしか見えない。

 

——願いが叶う、なんて。

 

その言葉がどれだけ曖昧で、どれだけ人の心を縛るものなのか、私は知っている。

 

まさみさんの声は、震えていた。

 

「キミのせいじゃないって!ミサンガが切れたら願いが叶うなんて嘘、私が信じちゃってたから……」

 

あんながすぐに食い下がる。

 

「そんな!?嘘だなんて!!」

 

強い否定。

眩しいくらいに、疑うことを知らない声だ。

 

どうしてなのか——いいな、と思った。

 

そうやって、迷わず信じられる人がいることが。

 

だけど……

 

「嘘かもしれません」

 

気づけば、私はそう口にしていた。

まさみさんの目が見開かれる。

 

「!?」

 

その視線を、真正面から受け止める。

 

……嘘かもしれない。

 

願いなんて、そんなに簡単に形になるものじゃない。

 

何かに託したからといって、必ず届くわけじゃない。

 

そんなこと、わかっている。

わかっているからこそ——

 

「でもそのミサンガ、捨てるつもりですか?」

 

隣のゴミ箱へ手を伸ばしかけていたまさみさんの動きが、ぴたりと止まる。

 

まさみさんはゆっくりと目を伏せて、言った。

 

「だって、嘘だったからもういらないもん……」

 

その言葉が、胸の奥に引っかかった。

 

——ああ、同じだ。

 

形がなくなった途端に、全部が嘘だったみたいに思えてしまう。

 

あの時も、繋いでいたものがほどけて離れていった瞬間に、まるで最初から何もなかったみたいに感じてしまった。

 

……そんなはずないのに。

 

「ミサンガはずっと、あなたを見守ってた」

 

「え?」

 

まさみさんが顔を上げる。

 

その瞳はまだ揺れていた。

 

「あなたの気持ちに寄り添ってくれていた」

 

「私の、気持ち?」

 

「そう……。彼のことが好きだった気持ち。その気持ちをミサンガは、ずっとあなたの側で見てくれていた」

 

言葉にしながら、指先がわずかに震える。

 

見守ることしかできなかった存在。

隣にいながら、何もできなかった時間。

 

——それでも、確かに"そこにあった"もの。

 

「………そっか」

 

まさみさんの声が柔らかくなる。

その小さな変化に、少しだけ息をついた。

 

「ミサンガが見守ってくれたことも、まさみさんが彼のことを想う気持ちも、どちらも嘘じゃない。本当のことでしょ?」

 

まさみさんは何も言わずに、ただ頷いた。

今にもこぼれそうな涙を抱えたまま。

 

——それでいい。

 

消えてしまったものがあったとしても。

ほどけてしまった繋がりがあったとしても。

 

そこにあった想いまで、嘘になるわけじゃない。

 

私は、知っているから。

だからこそ――

 

「……だったら、その気持ちは大事にして。忘れちゃダメ」

 

静かにそう告げた。

 

忘れてしまえば、本当に消えてしまうから。

 

もう触れられないものでも、もう隣にいないものでも。

 

せめて、心の中だけは——手放さないように。

 

「……るるか?」

 

——っ!?

 

「私ったら、まだ仕事中だった!失礼します」

 

一言だけ残して、その場から離れた。

 

マシュタンの声で我に返ったものの……どうして私は、あのような言葉を口にしてしまったのだろう。

 

「大丈夫?るるか?」

 

「……大丈夫」

 

私も……ずっと過去に囚われたままなのかもしれない。

 

今、無意識に出てきた言葉で、それがはっきりとわかった。

 

でも——あの言葉で、まさみさんはまた新しい恋に向かって一歩を踏み出せるはずだ。

 

その証拠に、消えかかっていたマコトジュエルは再び輝きを取り戻している。

 

店の裏口から外へ出る。

あとはゴウエモンに任せれば問題ない。

 

「ねぇ、るるか」

 

「何?」

 

「るるかってウソノワールのこと、どう思ってるの?」

 

唐突な問いだった。

どう思っているか、と言われても、言葉がすぐには浮かんでこない。

 

ウソノワールから私のことをどう見られても、私は自分のやるべきことをやるだけ。

特にウソノワールに忠誠を誓ったり信頼したりなんてしていない。

 

「なんとも思ってない。ただ慕っているように演じてるだけだから、心配しないで」

 

「……それを聞いて安心したわ」

 

マシュタンのほっとした表情に、自然と手が伸びた。

 

小さな頭を、そっと撫でる。

アイスも好きだけど、このふわふわした感触も好きだ。

 

マシュタンがいてくれるから、私はまた頑張れる。

 

「キュアアルカナ・シャドウ!!マコトジュエルは!?」

 

ゴウエモンが追いかけてきた。

そんなに慌てなくても——私に失敗はないって、言ったでしょ。

 

「ミサンガは切れた。でもあの子のミサンガへの想いは切れていない。マコトジュエルは、ミサンガに宿ったまま」

 

「かたじけねぇ!」

 

申し訳なさそうにするゴウエモン。

 

物を盗んだりしない限りは本当は良い人なのに。

そこだけが、少し残念なところだ。

 

「アタシの占いによると、まさみさんには素敵な彼ができるって」

 

「そう……」

 

まさみさんには、新しい出会いが待っている。

 

だけど私は——大切な出会いを迎えることができるのだろうか。

 

未来は変わり続ける。

この先に何が待っているのかは、誰にも答えられない。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「行っちゃった……」

 

まさみさんを説得した女性の店員が、バックヤードの方へと歩いていく。

 

今の彼女の雰囲気……何かを引きずっているような気もした。

 

でも、人にはそれぞれいろんな過去があって、それを乗り越えながら大人になっていくんだろうな、と思う。

 

私の未来は、どうなっているのだろう。

 

「私、今の話聞いてさ。もうちょいこのミサンガ、大事にしたくなっちゃった」

 

店員の言葉は、しっかりとまさみさんの心に届いていた。

 

どんなにつらい思いをしても、心の中に眠る本当の気持ちがなくなることはない。

 

そういうことだと思う。

 

「はなまる素敵!」

 

「よし、私たちも調査に戻ろう!」

 

ようやく一件落着ということで、アルカナ・シャドウ探しを再開。

 

「大分話が脱線してたからね……」

 

「ボクなんか蚊帳の外だったぞ」

 

確かにジェット先輩、さっきから一言も喋っていなかった気がする。

 

私も恋心なんてよくわからないからあまり話に入れなかったけど、解決したなら別にいいか。

 

「えっと……」

 

近くに話を聞けそうな人がいないか探していると、さっきとは別の男性店員が側を通りがかった。

 

「あの!すみませーん!!」

 

「ん?はーい」

 

あんなが呼び止め、みくるが似顔絵を見せる。

 

「この人を見たことありませんか?」

 

「うーん……いや、ないっすね」

 

やっぱり一般の人に聞いても有力な情報は得られない。

 

でもそれ以外に手がかりを持っていそうなのは怪盗団ファントムくらいだから、途方もなく大変だ。

 

「ありがとうございます……」

 

「手掛かりなしだね……」

 

「他を当たりましょう」

 

片っ端から店を回っているけれど、ここも収穫なし。

 

これ、本当に終わるのだろうか。

 

「あるとすれば、みのるが虹ケ浜や学校で見たって言ったけど、過去のことだからな……」

 

「お力になれず、すみません……」

 

私の目撃情報には最初みんな驚いてくれたものの、もう何日も前のことだ。

 

今更その場所へ向かっても意味はないだろう。

 

「気にしなくていいよ!アルカナ・シャドウは街のどこかにいるってことがわかっただけでも大きな手掛かりだから!」

 

「きっと今日も街のどこかにいるはず!根気よく探せばいつかきっと見つかる!」

 

そう言ってもらえるのは素直に嬉しい。

 

いつか本当に、プリキュアを陰で支えられる存在になれたらいいのに。

 

「あ、その前に店員のお姉さんに挨拶してこうよ!」

 

「え?うちの店、男の店員しかいないっすよ?」

 

「……………」

 

今、しれっと店員が衝撃的なことを言ったような…。

 

男性しかいない。

でも、さっきは確かに女性の店員がいた。

 

女装でもなさそうだった。

 

つまり——店員に変装した、誰か。

 

「「えええっ!?」」

 

あんなとみくるの声が、店中に反響した。

 

まさか変装したファントムか。

 

ということは、あのまさみさんのミサンガにマコトジュエルが宿っているはずだ。

 

だけど——あの変装した人物がまさみさんにかけていた言葉は、嘘をついているようには見えなかった。

 

あんなみたいに嘘に敏感なわけじゃないけど、少なくともあの言葉は、本心から出たものだと思える。

 

嘘偽りのない、本当の気持ちに見えた……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。