かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
「はなまる発見!!」
弾けるような声が、薄暗い路地裏に響いた。
女性の店員に化けたファントム……いや、キュアアルカナ・シャドウを追って路地裏へ踏み込んだその先に、その人物はいた。
プリキュアミラールーペで足跡をたどった先に一人。
なぜアルカナ・シャドウだとわかったのか。
推理したわけじゃない。
あんなの勘らしい。
雰囲気が似ていたから、というだけの話だ。
探偵小説みたいな緻密な論理は、そこには微塵もなかった。
「あら、どうしたの?」
その女性は逃げようともしなかった。
壁に背を預けるでもなく、ただそこに立ち、さりげなく言葉を返してくる。
表情には余裕があった。
追い詰めた側のはずなのに、どこか立場が逆転しているような奇妙な感覚を覚える。
「あなたの足跡をたどってきたの!」
「あなたは、ショップの店員さんじゃない!」
二つの声が重なる。
店員じゃないのは明らかだった。
本当に働いている店員さんが直接言葉を向けた、その一言が決定的な証拠になっていた。
「「キュアアルカナ・シャドウだ!!」」
あんなとみくるの人差し指が、女性へと向けられる。
二本の指先が、真っ直ぐに。
それでも女性は無表情だった。
さっきまさみさんと接していた時の笑顔は、もうそこにはなかった。
感情の僅かな揺らぎすら、その顔には存在しない。
「………ふふ」
ほんの少しだけ、口の端が持ち上がった。
次の瞬間、女性は変装を解いた。
――私は息を呑んだ。
みくるが描いた似顔絵と、特徴が重なる。
以前、私が接触したことのある少女だった。
やはり、やはりファントムの一員だったか。
「やるじゃない、名探偵さんたち」
「でも、勝てやしないんだから」
横から小さな影が飛び出してくる。
妖精だ。
あの時、少女と一緒にいたのを覚えている。
「オープン、ティアアルカナロッド」
少女は首から下げていたペンダントをそっと手に取った。
あんなやみくると似たような言葉が、静かに紡がれる。
光が、少女を包んだ。
まさか……変身しているのか……。
目を細めた。
光は眩しく、しかし確かに、その輪郭を変えていく。
光が晴れた瞬間、少女の全容は一変していた。
「神秘と秘密で包み込む――『キュアアルカナ・シャドウ』」
黒を基調とした衣装に身を包んだプリキュアが、私たちの前に立っていた。
「本当にプリキュアだ!?」
「こ……これが……二人が美術館で戦ったプリキュア……」
アルカナ・シャドウの存在は、ジェット先輩も知らなかったらしい。
怪盗団ファントムにもプリキュアがいた。
それは本当のことだった。
衝撃で思考がうまく回らない。
二人の話を聞くに、ジャックと同じく、二人がかりでも全く通用しなかった相手だという。
このプリキュアは一体何者なのだろう。
どういった経緯でプリキュアに覚醒し、ファントム側に回ることになったのだろう。
こうして本人が目の前にいても、正体不明なことには変わりない。
――キュアアルカナ。
(………!)
どうして……どうして私は、キュアアルカナ・シャドウのことを何も知らないはずなのに、「キュアアルカナ」という言葉が口から出たのだろう。
私は何を知っている?
私も何者……?
いや、違う。
私は花崎みのる。
ただの人間で、みくるの親友だ。
彼女のことは何も知らないはずだ。
知らないはずなのに……。
「さあ、来なさい」
短い一言だった。
たったそれだけで、格の違いを悉く思い知らされた。
まだ戦っている姿を見ていないのに、ただそこに立っているだけで、その存在は圧倒的だ。
強者というものは、構えを取る前から勝負を終わらせているのかもしれない。
「「……うん!!」」
あんなとみくるの声が重なった。
強者を前にしても、二人は怯まなかった。
互いに頷いて、ジュエルキュアウォッチのペンダントを迷わず手に取る。
その背中を、私は見つめた。
プリキュアに覚醒する前の二人がハンニンダーに怯えていたなんて、もう考えられない。
力強く揺るがない、あの背中。
――大丈夫。
二人なら、きっと。
私はそう信じながら、固く拳を握った。
「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」
声が重なった。
アルカナ・シャドウに続いて、あんなとみくるも光に包まれる。
その光は眩しくて、思わず目を細めた。
光が晴れた時、そこに立っていたのはもうあんなでもみくるでもなかった。
「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」
「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」
「「名探偵プリキュア!!」」
三人のプリキュアが、今ここに揃った。
それがどれほど異常な光景であるかを理解しながら、私はただ見ていることしかできない。
「……えぃっ!!」
名乗りが終わるか終わらないかのうちにアンサーが動いた。
言葉も交わさず、一直線にアルカナ・シャドウへと突っ込んでいく。
しかし、アルカナ・シャドウは軽かった。
ほんの少し重心をずらすような、ダンスのステップにも見える動きで、アンサーの突進をあっさりと躱す。
気づけば流れるように背後を取られていた。
「ふっ!!」
振り返り、もう一撃。
それも同じように躱される。
「っ!!」
もう一回、アンサーの前には誰もいない。
いや、いる。
一瞬で背後に回り込まれていた。
アルカナ・シャドウはゆっくりとアンサーの肩を叩き、振り向いたその頬に、人差し指をそっと押し付ける。
完全に遊ばれている。
「え……むぅ…!」
「言ったはず。動きが単純すぎって……」
確かにアンサーもミスティックも、どちらかと言えば直線的な動きが多い。
だけど、ハンニンダーを何度も退けてきた二人が弱いはずがない。
それは私が知っている。
見てきた。
なのにこのプリキュアは、そんなアンサーをまるで子どもをあしらうようにいとも簡単にいなしていた。
「はぁっ!!」
アルカナ・シャドウの言葉が届いたのだろう。
今度はパンチではなく、足払いを仕掛けるアンサー。
一瞬、接触の音がした。
だがすぐに距離を取られ、アルカナ・シャドウが高く跳ぶ。
「あ!……ぐっ…!?」
跳んだアルカナ・シャドウはそのままアンサーの真上に落下し、背中を踏みつけて着地した。
思わぬ反撃にアンサーのバランスが崩れる。
「ぬあぁっ!!」
その着地の瞬間を狙って、ミスティックがパンチを繰り出すが、それもやはり躱された。
一撃も……食らっていない。
これだけ攻めているのに、アルカナ・シャドウはかすり傷ひとつ負っていない。
その現実が、痛いほど視界に刺さる。
少なくともこのプリキュアに匹敵するくらい強くないと、怪盗団ファントムには勝てない。
そういうことなのだと、今更ながらに理解した。
「どうして怪盗なんかに!?困った人を助けるのが、名探偵プリキュアでしょ!?」
「へえ……そうなの?」
ミスティックの訴えに、アルカナ・シャドウの声色は微塵も揺れなかった。
まるで他人事のような返し方。
――そんなの、あなたたちが勝手に決めたことでしょう?
そう言っているようにも聞こえた。
プリキュア同士のぶつかり合いを、私はジェット先輩とポチタンと並んで見守っていた。
手に汗を握るとはこのことだと思う。
息をするのも忘れそうになる。
そこへ、ずっとアルカナ・シャドウの傍にいた妖精が、静かに近づいてきた。
「お前、占いの妖精だな?」
ジェット先輩が尋ねる。
「ええ。アルカナ・シャドウのお供妖精、マシュタンよ。よろしく」
占いの妖精。
名前の通り、占いを得意とするのだろうか。
確かポチタンは時空の妖精という肩書きだったはずだ。
妖精にはそれぞれ何かしら肩書きがあるのかもしれない。
ならジェット先輩の妖精は……発明の妖精、とか?
そんなことをぼんやりと考えていた、その時。
「アルカナスターレイン」
静かな声が、路地裏に落ちた。
アルカナ・シャドウが持っていたロッドをゆっくりと回す。
周囲に、無数の星が展開されていく。
(……なんか……マズい。あれは、マズいよ……!)
本能が警告を発していた。
アンサーアタックやミスティックリフレクションとは規模が違う。
比べ物にならない。
何が起こるかは、想像するまでもない。
「「きゃあああっ!?」」
二人の悲鳴が路地裏に響き渡った。
無数の星から一斉にレーザーが放たれ、滝のように降り注ぐ。
アンサーとミスティックの周囲で爆風が舞い上がり、土煙が空へと昇った。
どう考えてもやりすぎだ。
遠距離から広範囲に、容赦なく。
「あの攻撃は!?」
隣でジェット先輩が声を上げた。
……?
私は少し引っかかった。
アルカナ・シャドウを見たのは今が初めてのはずなのに、アルカナスターレインには見覚えがあるような反応だった。
どういうこと?
土煙が晴れた先に、二人は倒れていた。
たった一回の技を食らっただけで地面にダウンしている。
やはり二人では太刀打ちできない。
しかも怪盗団ファントムにはジャックという危険人物もいる。
圧倒的な戦力不足だ。
頭ではわかっていても、目の当たりにするとその現実の重さが違う。
「自分の身も守れない人が、人を助けるだなんて……」
やめてくれアルカナ・シャドウ、その言葉は私に効く。
二人がまだ立ち上がれない中、ジェット先輩がアルカナ・シャドウの前に出た。
「お前、助けてくれたよな?」
「………」
……助けた?
何の話をしているの?
ジェット先輩がアルカナ・シャドウに助けられた……?
「「……!!」」
「……???」
アンサーとミスティックまでもが、はっとした顔で何かを思い出したようだった。
もしかして、知らないのは私だけ?
ますます何のことかわからない。
「今の光、あの時と同じだ!ボクたちを助けてくれたのは、お前だろ?」
「ポチ………!?」
うん、やっぱり私が知らない話だ。
だって、自分には全く記憶がないのだから。
「ハズレ。推理がまるでなってない」
「……!」
「私は、ただあの子の力に興味があっただけ」
アルカナ・シャドウの視線が、ポチタンへと向く。
ポチタンの力は、時代を行き来できること。
わかっているのはそれだけだけど、それでもとんでもない能力であることは間違いない。
タイムパラドックスのリスクを無視すれば……の話だけれど。
「ポチタンの!?」
「…力!?」
「それって……」
話がどんどん進んでいく。
私だけが置いていかれていく。
「待って……私だけ全然理解できてないんだけど、みんな何の話してるの?」
「知らなくて当然よ。あなたはその時、倒れていたんだから。あなたのマコトジュエルをハンニンダーにされてね」
倒れていた。
そして私のマコトジュエルがハンニンダーにされた、あの日。
思い出した。
私にとって、みくるとのすれ違いが最悪の結果になりかけた、苦い記憶。
「……虹ケ浜」
「……そう」
あの日だけで、本当にいろんなことが起きた。
「簡潔に話すと、お前が倒れていた時にハンニンダーがボクとポチタンに攻撃を仕掛けてきたことがあったんだ。当時は姿が見えなかったが、その時に助けてくれたのが……このキュアアルカナ・シャドウだったんだ……」
「あの時は、本当に大変だったよね……」
「うん……」
「は、はぁ……」
私が知らない間に、そんなことが起きていたのか。
美術館の時もそうだけど、私だけが呑気に倒れていて、それが正直申し訳ない。
何度も思っていることだ。
いつか、私もプリキュアの隣に立てる日が来ると良い。
本当に、いつか。
「助けたわけじゃないって言ってるのに……」
アルカナ・シャドウが溜め息混じりに呟いたその瞬間。
ポチタンが大声を上げる。
「ポチぃぃぃー!!」
「マコトジュエルが盗られたのか!?」
マコトジュエル……あのミサンガが、盗まれた?
でも、アルカナ・シャドウはここにいる。
ということは、別のファントムがいる。
「ゴウエモンね……」
アルカナ・シャドウが静かに呟いた。
ゴウエモン。
アルカナ・シャドウの他にも、もう一人いたのか。
あの巨体なら結構目立つはずなのに、全然気づかなかった。
それだけ私たちはアルカナ・シャドウに意識を持っていかれていたということだろう。
「私が興味あるのは、あの子のマコトジュエルの危険を感じる力。『ジュエルを在るべき場所へ戻す力』」
「ポチ?」
マコトジュエルを、在るべき場所へ戻す……?
単に宿っていた場所に戻すという意味ではないのだろうか。
だとしたら、在るべき場所とはどこなのか。
「在るべき……場所?」
「どういうこと?」
「……!?……何も知らないの?」
あれだけ表情を変えないアルカナ・シャドウの顔が、明らかに変わった。
確かに、私たちはマコトジュエルを取り戻すことと、怪盗団ファントムの大まかな目的以外ほとんど何も知らない。
アンサーもミスティックも、ポチタンの事件現場への誘導に巻き込まれる形でプリキュアに覚醒したのだから、詳しいことがわからなくて当然だ。
それは私も同じだし、ジェット先輩もロンドンから派遣されたばかりで、こちらの事情はほとんど知らない。
つまり全員が、何も知らない状態で探偵活動をしているわけだ。
改めて考えると、かなり無茶な状況だった。
アルカナ・シャドウの表情がこれほど変わったのは、以前学校で私がアルカナの名前を口にした時以来だ。
「よっと!マコトジュエルを手に入れたぞ!」
その声と同時に、空からゴウエモンが降りてきた。
アルカナ・シャドウの隣に着地したその手には、ミサンガが摘まれている。
やはりそこにマコトジュエルが宿っていたらしい。
「まさみさんのミサンガ!!」
「プリキュア!?」
既に変身している二人を見てゴウエモンが驚く。
だがすぐに切り替えて、アルカナ・シャドウを庇うように前へ出た。
「アルカナ・シャドウ!借りは返す!」
ミサンガに宿るマコトジュエルへ向けて、桜吹雪が舞い散る。
「ウソよ覆え!来やがれ、ハンニンダー!」
「ハンニンダー!!」
黒く染まったマコトジュエルから、ミサンガのハンニンダーが姿を現した。
敵が増え、現場が一気にカオスになる。
「ハンニン……ダー!!」
ハンニンダーが身体を大きく捻る。
光の輪が生み出され、プリキュアたちに向かって勢いよく転がっていった。
アンサーとミスティックが跳び退く。
光の輪は着弾した地面をそのまま抉りながら、タイヤのように転がり続けた。
見た目に反して威力が高い。
「まさみさんのミサンガ!なんてことするの!!」
「見てたでしょ?私は切れたミサンガに想いがあると教えただけ。ミサンガの価値を彼女に教えなければ、捨てられていたはず」
アルカナ・シャドウは当たり前のように言う。
本人はただ、捨てられそうになったものを止めただけだと思っているらしい。
「いらなくなった物に価値を与えて、それをもらっただけでしょう?」
その言葉を聞いた時、私はふと思った。
あの時まさみさんにかけていた言葉は、どこか自分に言い聞かせているような響きがある。
計算でも方便でもなく、嘘偽りのない本心から来るような言葉に、私には聞こえた。
……この子は、一体何者なのだろう。
「でも、あなたの言葉でまさみさんは大切だと思ったんだから!」
「それを奪うなんて許せない!」
盗みはダメだ。
それは犯罪だし、当然のこと。
だけどこのアルカナ・シャドウは……。
「だったら止めてみなさい」
「ハンニンダ~!」
アルカナ・シャドウの声に合わせて、ハンニンダーが再び光の輪を放つ。
二人はそれを躱しながら、プリキットミラールーペを構えた。
ハンニンダーはまだダウンしていない。
それでも、強行突破するつもりらしい。
「「オープン!プリキットミラールーペ!」」
光が集束する。
「「ポチタン!」」
「ポチ~!」
二人の呼びかけに応えて、ポチタンが金色に輝くマコトジュエルを差し出した。
「「マコトジュエル!」」
マコトジュエルがプリキットミラールーペに装着される。
「見て!」
「感じて!」
「「謎を解く!!」」
中央の宝石が回転し、浄化の準備が整った。
「「これが、私たちの答えだ!!」」
プリキットミラールーペが高く掲げられる。
「「プリキュア!フライング・スペクトル!!」」
膨大な力が溢れ出し、白い鳥が誕生した。
それは一直線にハンニンダーへと突撃していく。
「「キュアット解決!」」
鳥がハンニンダーの胴体を貫いた。
激しい閃光が立ち上り、路地裏を白く染め上げる。
「ハン……ニン……ダー~~!!?」
消滅したハンニンダーから、元通りになったマコトジュエルとミサンガが落ちた。
マコトジュエルはポチタンが回収し、ミサンガはアンサーが拾い上げる。
「くっ……まあアルカナ・シャドウに借りを返したから良しとするか」
「全然返してないから……」
ハンニンダーが倒され、敗北したゴウエモン。
それでもすぐに撤退しようとするその背中に、マシュタンがそっと愚痴を落とした。
アルカナ・シャドウへの借りとは、何だったのだろう。
「………」
ゴウエモンとマシュタンに続き、アルカナ・シャドウも屋根へと跳び乗った。
そのまま去っていくかと思ったら、こちらを振り返る。
「用済みの探偵事務所に、あなたたちは価値を与えた」
「「「「?」」」」
「…そのミサンガみたいに」
「「え!?」」
キュアット探偵事務所。
二人が来る前、ジェット先輩は事務所を畳もうとしていた。
名探偵プリキュアが失踪したから、必要がなくなったからだ。
その後、あんなとみくるが新たな名探偵プリキュアとして覚醒して畳む必要がなくなり、今のような賑やかな場所に生まれ変わった。
捨てられかけて、また価値を取り戻した。
そういうことを言っているのか。
そして、アルカナ・シャドウは続けた。
「事務所、私が使ってたの」
「「「「「えっ!?」」」」」
全員が、同時に驚いた。
怪盗団ファントムにいるプリキュアが、かつてキュアット探偵事務所で生活していた……!?
「事務所の窓、押し上げて開けるのがコツ」
「……………」
それだけ残して、アルカナ・シャドウは行ってしまった。
誰も何も言えなかった。
言葉が出てこなかった。
探偵事務所にいたはずのプリキュアが、どうしてファントム側にいるのか。
謎は解けるどころか、さらに深く、ややこしく絡まっていく。
ますますわからなくなった。
アルカナ・シャドウとは何者なのか。
怪盗団ファントムとの関係は何なのか。
あの事務所で、一体何があったのか。
私たちがまだ知らない事情は、数えきれないほどありそうだった。
_______________
「この前はありがとう!見つけてくれたミサンガ、大事にしまってるよ!」
「よかった!」
プリティホリックを訪ねてくれたまさみさんは、開口一番そう言ってくれた。
あの少女の言葉がきっかけで、ミサンガへの想いが深まったらしい。
その顔は、ショップにいた時よりずっと明るかった。
「私、もっと自分を磨いて、新しい恋に踏み出す!」
「うん!」
失恋を引きずる様子はない。
まさみさんは笑顔で、棚に並んだ商品をのぞき込んでいる。
「ミサンガを捨てなかったから、まさみさんは次の恋に踏み出せたのかも」
「アルカナ・シャドウのおかげ?」
あの少女……アルカナ・シャドウは、敵でありながら他の幹部とは違う。
美術館の時も、目的は不正を暴くことで、マコトジュエルは二の次だった。
マコトジュエルを狙うファントムの一員なのに、マコトジュエルを狙わない。
その違和感はずっと引っかかっている。
今回もゴウエモンが「借りを返した」と言っていたし、アルカナ・シャドウはただ手伝っていただけのように見えた。
「多分、そうだと思うよ」
断言はできない。
でも、事務所にいたという発言から、本来は人々を助ける先代の名探偵プリキュアだったのではないか、という気がしている。
アンサーとミスティックをあれほど軽くあしらえる強さからも、かなり長い間プリキュアとして活動してきたのだろう。
謎が謎を呼んでいる。
それが晴れる日は、一体いつになるのだろう。
事務所に戻ると、あんなが窓の前に立っていた。
朝に開けた窓。
その近くに、青い蝶が一頭、外へ出たがってひらひらと舞っている。
朝に入ってきたのは二頭だったはずだ。
もう一頭はどこへ行ったのだろう。
あんなはきっと、さっき聞いたアルカナ・シャドウの言葉を思い出しているのだろう。
「……押し上げる」
取っ手を上に押しながら、そっと力を入れる。
あれだけ固かった窓が、呆気ないほど簡単に開いた。
同時に、蝶が外へ飛び立っていく。
「開いた……」
「ポチ!」
ポチタンが笑顔を見せ、あんなが振り返った。
「アルカナ・シャドウの言葉は、本当だったんだ」
事務所を離れた理由。
何度考えても、まだ情報が足りなくて答えにたどり着けない。
ロンドンからの手紙を待つしかないのだろう。
『私は、ただあの子の力に興味があっただけ』
「ポチタンの力って……」
あんなが呟く。
私もあの言葉を思い出していた。
「マコトジュエルを在るべき場所へ戻す」という言葉の意味は、やはりわからない。
そもそもマコトジュエルが何なのか、それ自体が謎だらけだ。
今のところは、想いの込められた物に宿る結晶、という結論しか出せない。
「………」
隣にいるみくるは、ずっと黙ったままだった。
朝からおかしいことには気づいていた。
昨日、ジャックと戦った後からだ。
どんなに大変な戦いの後でも、みくるはいつも前向きで、必ず笑ってみせる。
それがみくるだった。
でも今日は違う。
視線が落ち着かない。
言葉が少ない。
聞き込み調査の間は普通に見えていたけれど、事務所に戻ってからのみくるは、何かを抱え込んでいるのが見ているだけでわかるくらいだった。
「みくる。何か悩んでるでしょ?」
声をかける。
「…え?どうして?」
とぼけたように返ってきた声が、どこか弱々しい。
やっぱり無理をしている。
あんなもすぐに口を開いた。
「私もずっと思ってた。昨日、ジャックと戦った後からだよね?その時は理由を言ってくれなかったけど……」
「………」
みくるは黙り込む。
否定しない。
それだけで、もう答えは出ているようなものだった。
「良かったら、話してくれないかな?」
できるだけ柔らかく言葉を選んだ。
親友だからこそ、無理にでも聞き出すことはしたくなかった。
しばらく沈黙が続いて、みくるは小さく頷いた。
「………」
そして、ぽつりとこぼす。
「私……名探偵だよね?」
「な、何を言ってるの?名探偵に決まってるじゃん!」
あんなが即答した。
私も同じ気持ちだ。
「うん」
迷いなく頷く。
けれどみくるの表情は、晴れないままだった。
「私……困っている人を助ける、名探偵プリキュアだよね?」
「うん」
もう一度、はっきりと答える。
それはみくる自身が一番よく知っているはずの答えだから。
だけど――
「……ジャックと戦った時にね、みのるのことを散々馬鹿にされて、ひどい言葉を言われて……それで一瞬だけ思っちゃったの」
――殺してやるって。
「「!!!?」」
空気が凍りついた。
それはあまりにも重くて、鋭くて、そして――みくるからは想像もしたくなかった言葉だった。
「その感情はすぐに収まったんだけど、みんなを守るはずのプリキュアが、みんなを助けるはずの私が……一番思っちゃいけない感情を剥き出しにして……私が私じゃなくなったような、そんな気がしたんだ」
絞り出すような声。
その言葉の一つ一つに、自分自身への恐怖と嫌悪が滲んでいる。
「みのる、その感情って……」
「……殺意だね」
あんなの問いに、私は静かに答えた。
言葉にしなければいけないと思った。
曖昧にしてしまったら、みくるはもっと自分を責める気がしたから。
「挑発だってわかってたはずなのに、感情を抑えることすらできなかった……私は、本当に名探偵プリキュアとして、やっていけるのかなって……」
俯くみくるの肩が、小さく震えている。
――ああ、そうか。
この子は自分が怖いんだ。
誰かを傷つけてしまうかもしれない自分が。
正義でありたいはずの自分の中に、正義じゃない感情があることが。
「みくる」
名前を呼ぶ。
ただ、それだけでいいと思った。
続ける言葉は慎重に選ぶ。
否定でもなく、肯定でもなく。
この子が自分を見失わないための言葉を。
ゆっくりと手を伸ばして、みくるの前に立つ。
そして――その両手を、そっと掴んだ。
「……え?」
みくるが顔を上げた。
驚いたような目と、目が合う。
温もりが伝わってくる。
少しだけ冷えた指先。
きっとさっきまで、ずっと不安でいっぱいだったんだろう。
私はその手を、逃がさないように、でも強すぎない力で包み込んだ。
「私のことを本気で怒ってくれて、ありがとう」
言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。
でも、これは紛れもない本心だ。
「え……?」
戸惑いと理解できないという色が混ざった声。
それでも私は手を離さない。
「それだけ怒れたのは、私のことを大事に思ってくれてるからでしょ」
みくるの肩が、ぴくりと動く。
「確かに、"殺してやる"っていうのは良い感情じゃない。プリキュアとしては、なおさらね」
「っ……」
一度、はっきり線を引く。
でも、そのまま切り捨てることはしない。
「でもさ、それを"怖い"って思えてる時点で、みくるはちゃんとみくるだよ」
顔を上げたみくるの目が、揺れている。
「本当に危ないのは、その感情を正しいって思っちゃうこと。……でも、みくるは違うでしょ?」
沈黙が落ちた。
でも、さっきとは違う。
少しだけ呼吸が戻ってきたような、そんな静けさだった。
「私ね……」
ふと、自分の胸の奥にある感情に気づく。
「もし、みくるが傷つけられてたら、たぶん私だって似たようなこと思うよ」
嘘じゃない。
本音だ。
「でも、それでも"やっちゃいけない"って踏みとどまる。それが、みくるたちでしょ」
名探偵で、プリキュアで。
人を助ける側に立つ者たちの在り方。
「だから大丈夫。みくるは、ちゃんとその一線を越えてない。むしろ、そのことで悩めるなら――名探偵失格なんかじゃないよ」
みくるの瞳に、少しだけ光が戻った気がした。
「そうだよみくる!!私もみくるやみのるのことを悪く言ってたらきっと怒ってた。殺意まで感じるかわからないけど、それでも許せないってきっと思う」
「あんな……」
そっと話を聞いていたあんなが、私の言葉に相槌を打ちながら優しい表情でみくるを見ていた。
「私もバカにされっぱなしにならないように頑張るから。……プリキュアじゃない以上、どうすれば良いのかはまだ考えてるんだけどね……」
二人はまだ自分のことを未熟だと思っているはずだろう。
でも私は、その足元にも及ばない。
いや、プリキュアと一般人という時点でそもそも比べること自体がおかしいのかもしれないけれど。
「みのるはもう十分頑張ってるよ」
「……え?」
みくるの返事は予想通りだったのに、思わず変な声が出た。
「あ、いや、気づかいとかじゃなくて本気で……」
「……ありがとう。大丈夫だよ」
それ以上は聞かず、一言だけ返す。
二人が私のことを役立たずだとか邪魔だとか、絶対に思わないことくらい、わかっている。
わかっているはずなのに、それを素直に受け取れない自分が、どこかにいる。
どうして私は、こんなにも素直になれないんだろう。
みくるとあんなの間にあった何かは、今日で少し解けた気がする。
それでも、私の中にある課題はそのまま残っている。
その課題を乗り越えない限り、本当の意味で二人の隣には立てないだろう。
二人を信じるだけじゃなくて、自分も信じられるように。
そうならなければと思う。
頭では、ちゃんとわかっている。
でもそれが、一番難しい。
_______________
【るるかSide】
約束通り、撤退した後もゴウエモンはアイスのことをきちんと覚えていて、すぐに近くの店へ連れて行ってくれた。
5段アイス。
それを手に取った時、私は純粋に感謝した。
怪盗団の中で、こういう律義なところがあるのはゴウエモンくらいだろう。
「マコトジュエルが手に入らず、申し訳ありません!!」
劇場へ戻ると、ゴウエモンがウソノワールの前で深く頭を下げた。
しかしウソノワールは、ゴウエモンを特に咎めなかった。
ただ静かに、未来自由の書へと手を沿える。
「未来自由の書に、記された日は近い」
その書に何が記されているのか、私は知らない。
ウソノワールの仮面の目が、光に照らされて怪しく輝いた。
「……この目で確かめよう」
………え。
「ウソノワール様が……自ら!?」
「嘘でしょ……!?」
ゴウエモンとマシュタンの声。
私も同じ気持ちだった。
こんなに早い段階で、首領自らが名探偵プリキュアの前に立つなんて。
言葉を発しないアゲセーヌも、張り詰めた空気に包まれてその場に静止している。
ニジーは任務に向かっていて事の重大さを知っていない。
「ふふっ……あのプリキュアも運が悪いね。私にも勝てないくせにウソノワール様と戦うなんて、100万年早いんだよ……」
ジャックの声は、面白がっているような、不安のような、いろんな感情が混じっていた。
「行くぞ、怪盗団ファントム!!」
ウソノワールの掛け声が、劇場全体を揺らすような勢いで響き渡る。
数日も立たないうちの二度目の全員出撃。
しかもウソノワールまで加わった全戦力で。
キュアアンサー。
キュアミスティック。
二人に、最大の危機が訪れようとしている。
私は……どう動くべきか。
怪盗団として活動している私は、この局面でどう動けばいいのか。
思考が何度も何度も頭の中を巡る。
答えは出ない。
出ないまま、時間だけが動いていった。