かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
5月の陽光が柔らかく降り注ぎ、吸い込む空気にはまだ涼しさの名残がある。
このまま永遠に続いてほしいような穏やかさだ。
でも頭の片隅では、これがやがて真夏の蒸し風呂のような暑さへと変わっていくことがわかっている。
それを思うと少しだけ憂鬱になる。
まあ、今は今のことを楽しんでおこう。
私の左右に並ぶあんなとみくると一緒に、三人でゆったりと歩いていた。
「チュンチュンポチ!」
ふいに声がした。
ポチタンがフェンスの上に止まった二羽のスズメを見つけ、その鳴き声を一生懸命に真似したのだ。
小首をかしげながら「ポチ!」と胸を張るその姿は、どこからどう見ても完璧だった。
「そうだね〜」
「チュンチュンだね〜」
あんなとみくるが、柔らかい声でそれぞれ応える。
そこへ車道を一台の車が通り過ぎると、ポチタンはすかさず視線をそちらへ向けた。
「ブーブーポチ!」
思わず笑ってしまいそうになる。
本当に、少し成長した赤ちゃんそのものだ。
未知の生き物であっても、成長の仕方というのはどこか似たようなものなのかもしれない。
あんながこの世界へやって来る前は普通に話せていたらしいけれど……これが本当の意味での赤ちゃん返り、とでも言えばいいのだろうか。
意味は全然違うけど。
「ポチタンおしゃべり上手〜!」
「いっぱい言葉を覚えてすごい!」
「しゅごい!」
名前を覚えたあの日から、ポチタンはみるみるうちに言葉を学習していった。
新しい言葉を覚えるたびに見せてくれる笑顔が、私たちの心をほっと緩めてくれる。
本当に微笑ましいと思う。
「ポチタンも最近はずっと頑張……げ!?」
気づいたら、あんなとみくるの表情がとんでもないことになっていた。
二人ともフニャフニャに溶けたような笑顔で、目元まで柔らかくなっている。
「えへ〜〜ポチタンがかわいすぎてニコニコが止まらない〜」
「そうだね〜〜」
……完全に囚われている。
ポチタンのかわいさに、完膚なきまでに。
思わず一歩引いてしまった。
ポチタンがかわいいのはわかる。
私だってわかってる。
でもそのフニャフニャ具合は少しどうにかならないだろうか。
ひとしきりポチタン沼に沈んでいたあんなが、口を開いた。
「1999年七の月、私は大王となり世界を嘘で覆う……ウソノワールにそう言われてすごく不安になったけど、ポチタン見てると元気が出るね〜」
「7月までまだ時間あるし、それまでに対策を練ろう!」
みくるが続けて言う。
その言葉に、私は表情を引き締めた。
以前の激戦から学んだことはたくさんある。
あの戦いで私たちは自分たちの限界を嫌というほど思い知った。
今の二人では、ウソノワールはおろかジャックやキュアアルカナ・シャドウにすら到底敵わない。
圧倒的な力を持つ三人を擁するとんでもない組織を敵に回している——それが私たちの現実だ。
でも、放っておけばこの世界は終わる。
戦わない以外に道はない。
「そうだね。ポチタンに負けないように私たちも頑張ろう!」
「お!」
「ポチ〜!」
……やる気はある。
それは伝わる。
でも、世界が終わるかもしれないというのに、どうしてこの二人はこんなにものんびりしていられるんだろう。
「緊張感なさすぎでは……。7月なんてあっという間だよ。もう5月に入って少し経つし…」
少し強めに言ってしまったかもしれない。
でも、本当のことだ。
「わ、わかってるよ!」
あんながムッとした顔でそっぽを向いた。
——やれやれ。
でも、心の中でそっと思う。
やるときはちゃんとやる。
それがこの二人だ。
だから信頼している。
それだけは、否めない。
「それにしてもどうして今日は清掃をしなくて良いんだろう……」
思わず独り言が漏れた。
状況が、どうにもまだ実感できない。
本来ならひとりで歩いているはずの通学路に、今日はあんなとみくるが並んでいる。
今日は三年生の朝掃除がない日だが、まさか私までやらなくて良いとは思わなかった。
周囲にも大勢の生徒たちが同じ方向へ向かっていて、賑やかな話し声があちこちから聞こえてくる。
いつもの朝とはまるで違う景色だった。
「だね!私もびっくりしたけど、やっと初めてみのると一緒に登校できる!」
隣を見ると、あんなが嬉しそうに目を細めていた。
今日だけはたまたま朝清掃がなかったから実現したこの並び歩き。
それでも罰則の清掃自体はまだ続いているから、こういう機会はそうそうない。
最近、私は少しだけだが変わった。
あれだけ平気でサボっていた授業にも、一応出席する日は増えた。
学校が好きになったわけでも、先生の話が面白くなったわけでもない。
ただ——あんな、みくる、りえ、ゆみ。
そういう仲間や友達ができたことで、どこかで心の重さが変わったのだと思う。
学校が嫌いなのは変わらないけど、あれほどどうしようもなかった学校生活が多少はマシに感じられるようになった。
先生の話を一度聞くだけでほぼ全部理解できてしまう自分のことは、相変わらず少し気持ち悪いと思っているけれど。
「今までずっと一緒に登校できなかった分を今回だけで挽回する!ぎゅ〜!」
「ちょっ、いきなり抱きつかないで!!/////」
みくるが突然、全力で私に抱きついてきた。
心臓が跳ね上がる。
顔に熱が集まってくる。
何よりも、周囲の視線が痛い。
もっと場所を選んでほしい——そう思っているのに口から出てこない時点で、自分もどうかしていると思う。
でも、やっぱり嬉しいな……。
「ずるい!私も!」
「ポチ〜!」
今度はあんなとポチタンまで加わってきた。
三方向から同時にしがみつかれて、体が重い。
かわいい妖精と美少女ふたりに挟まれるというのは客観的に見れば相当な神展開のはずなのに、それどころじゃなかった。
周囲の視線が絶え間なく突き刺さって、気が気じゃない。
「あ、歩きにくいから程々にね……」
それだけ絞り出して、なんとか校門まで辿り着いた。
中に入ろうと足を踏み出したその瞬間、
一際鋭い視線。
私たち三人をまとめて射貫くようなその目。
毎朝ここに立って生徒たちに挨拶をしている、ひとりの少女がそこにいた。
「随分と、騒がしいですね」
「「「!!?」」」
三人同時に、固まった。
「生徒会長!?」
まずい、一番声をかけられたくない相手だ。
みくるの影にするりと身を滑り込ませる。
「生徒会長さん?」
「三年生の金田れいさんだよ」
あんなはまだ会ったことがないから知らないのも無理はない。
金田れい——生徒会長であり、校則やルールに関しては学校一と言っても過言ではないほど厳しい人物だ。
緑色の髪に眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな雰囲気が漂う。
私が学校生活の中で最も関わりたくない生徒である。
「言葉には気をつけなよ、目をつけられたらどうなるか……」
小声であんなに耳打ちしたその瞬間。
れいさんの表情がさらに険しくなる。
「塞いでます」
「「え?」」
あんなとみくるは意味がわからないという顔をしていたが、私にはわかった。
すぐに校門の端へ身を寄せる。
「みんなの通行を妨げてます」
「え?……あ!」
ふたりが振り返ると、後ろには数人の生徒が足を止めていた。
気づかないまま通せんぼをしていたらしい。
私がずっとれいさんを警戒して距離を置き続けてきたのはこういう理由だ。
次に何を言われるか、大体察しがつく。
「気づかなくて……」
「すみません!」
「ません!」
ふたりはすぐに端へ移動して頭を下げた。
その拍子にポチタンもさりげなく声を出していたが、生徒会長の目の前でそれは危険だ。
「あ!………あはは」
あんなが素早くポチタンの口を塞ぎ、なんでもないように笑って誤魔化す。
しかしれいさんは、見逃さなかった。
「それ、許可は取ってますか?」
「え、許可?」
「鞄は学校指定の物だけ。許可のない物を持って来るのは違反です」
れいさんは生徒会長だけあって、校則や決まりごとに対して一切の妥協をしない。
あんなが提げているポチタンに目をつけられてしまったら、もう言い逃れはできない。
「え、そうなんですか?」
「どう見てもそうでしょ……」
他の生徒の持ち物と比べれば、どこからどう見ても明らかに異質だ。
今日まで一度もれいさんの目に入らなかったこと自体、奇跡に近かったのかもしれない。
「それが学校の決まりです」
「「「……………」」」
生徒会長の静かな威厳の前に私たちは三人とも、反論ひとつ許されなかった。
_______________
教室は、どこか気の抜けたざわめきに満ちていた。
窓の外から差し込む柔らかな光と、誰かが開けたままにしているお弁当の匂いが混ざり合って、平和そのものみたいな空気を作っている。
今日も私は隣の教室から呼ばれて、みくるたちと机を囲んでいた。
「生徒会長の金田れいさん。私立まことみらい学園の理事長の孫娘」
「成績は常にトップで、頼りになる会長だって評判だよ」
その言葉だけでじわりと重みを感じる。
学校を統べる理事長と、生徒を率いる生徒会長。
血の繋がった家族がこの学校の全てを握っているというのは、考えれば考えるほど恐ろしい構図だ。
権力の集中とか、そういう嫌な言葉が頭の中をよぎっていく。
「へえ、すごい人なんだね……」
あんなが素直に感嘆すると、りえは苦笑した。
三年生で成績トップ、真面目すぎる性格ゆえに、他のあらゆることにも妥協を許さない。
「でも凄すぎて近寄り難いんだよね。校則や決まりごとにすごく厳しいし……」
「そうそう。私、生徒会長を見るとつい逃げちゃう」
「私も。なんか注意されそうで……」
口々にこぼれる本音に、私も内心同感する。
みんなが感じている「距離感」は、私にとってはもっと現実的な「危険」として機能していたのだけれど。
「私も授業をサボってばかりだった頃は、生徒会長の動きを警戒して一度も会わないようにしてたし」
何気なく言ったつもりだった。
でも、その一言が思った以上に大きな波紋を広げてしまう。
「「「「え」」」」
四つの視線が、一斉に私に向く。
しまった、と気づいたときにはもう遅かった。
「みのる授業サボってたの!?」
みくるの声が一段高くなった。
そうだった——誰も知らなかったのだ。
私がずっと授業をサボり続けていたことを。
「あ……えっと……あの」
言い訳が出てこない。
「授業をサボってるのに……どうしてあんなに成績が良いの!?」
あんなの純粋すぎる疑問がぐさりと刺さった。
正直に言わないでくれ。
最近はなるべくサボらないようにしているんだから。
「もし同じ学年だったら、下手したら生徒会長と張り合えるレベルだよ!?」
「いや……今は前よりは授業に出席してるけど、まだ理事長から罰則として朝清掃をやらないと……あ」
言った瞬間、自分でやってしまったと悟った。
「罰則!?理事長から!?」
「本当に何やってるのみのる……生徒会長どころか理事長から罰則なんて、流石に肝が据わりすぎてるよ」
ゆみの呆れたような声に、私は苦笑するしかない。
「それでれいさんとの鉢合わせを避けて行動できたなんて、奇跡としか言いようがないよ……」
りえの言葉は、半分冗談で半分本気だった。
たぶんその両方とも正しい。
「ごめん……」
自然と口からこぼれた謝罪は、誰に向けたものなのか、自分でもよくわからなかった。
「あー、別に責めてるわけじゃなくて、驚いただけで……」
ゆみがすかさずフォローを入れてくれる。
その優しさが、逆に胸に刺さった。
「朝の掃除って……なんでみのるだけって思ったけど、そんな理由があったんだ……」
「良かったら、詳しく教えてもらえる?」
みくるが、いつもの柔らかい声でそう言った。
その視線は真っ直ぐで、不思議と安心できるものだった。
「え……あ、うん」
少しだけ迷って、それでも私は頷いた。
ここまで来たら、誤魔化しても仕方がない。
どうせいつかバレるなら、話してしまおう。
「正直に言うとね、私は学校が大嫌い」
口にした瞬間、胸の奥に沈んでいたものがゆっくりと浮かび上がってくる感覚があった。
「………」
あんなが小さく息を飲んだのがわかった。
以前、教室が嫌いだと話したことがあったから、ある程度は察しているだろう。
「もしかして……やっぱりあの時があったから?」
みくるの言葉は核心に触れている。
逃げようと思えば逃げられた。
でも、私は首を横に振る。
「いいよ、無理に隠さなくて。私ね、小学生の頃にいじめられてたんだ」
言葉にした瞬間、教室のざわめきが遠のいていく。
まるでそこだけ、音が切り離されたみたいに静かになった。
「え、そうなの!?」
私は小さく息を吐いた。
ずっと隠してきたこと。
誰にも触れられたくなかった記憶。
それを今、自分の口でなぞっている。
だけど、前みたいな強い痛みはなかった。
目の前にいるみんなの顔が、ちゃんと見えているからだと思う。
逃げ続けていた頃の私とは、少しだけ違ってきている——そんな気がした。
「さっき言ったみたいに、私は授業をサボってもまともに勉強しなくてもなぜか点数が取れてしまう。それでみんなに嫌みや暴言を言われたことが多くて、学校や教室という空間が恐くなったんだ」
言葉にすると淡々として聞こえる。
でも実際はもっと、じっとりとした空気だ。
教室に入るだけで視線が刺さるような、あの感覚。
思い出すだけで気分が悪くなる。
「………」
誰も何も言わなかった。
ただ、それぞれの表情が曇っていた。
「今いる学校ではいじめはないけど、生徒会長のように必死で努力している人がたくさんいる中で、私みたいに不真面目なのに点数だけ取れる人は、絶対に不快に映ってるはずで。なら尚更サボったら冷たい目で見られる。いけないことだとわかってても、トラウマはそう簡単には抜けなかった」
自分でも面倒くさい考え方だと思う。
でも、そう簡単に切り替えられるほど、人は器用じゃない。
りえが少し視線を泳がせてから、口を開いた。
「まあ……確かに、努力してる人からすると……」
言いづらそうに濁したその言葉を、ゆみが引き取る。
「好ましくない気持ちはわからなくもないかな……」
責めているわけじゃない。
ただ、正直な感想。
それがわかるからこそ、私は小さく頷いた。
そのとき、あんながふとみくるの方へ視線を向けた。
「私は前に教えてもらったけど、みくるは知ってたの?」
みくるは迷うことなく答える。
「みのるの親友なんだから当たり前でしょ。あの時は大変だったんだから」
その一言で、胸の奥がじんわりと温かくなった。
あの頃のことを思い出しそうになって、私は少し視線を逸らす。
「本当に、みくるがいなかったら私は……いや、なんでもない」
危うく口にしそうになった言葉を、寸前で飲み込んだ。
あの続きを言うのは、まだ怖い。
代わりに出てきたのは、ずっと胸の底に沈めていた言葉だった。
「ごめん、こんな私で。幻滅するような性格で」
自分でも情けないと思う。
こんなタイミングで謝るなんて。
でも——
「勉強せずに点数が取れるって、アニメや漫画で見るような天才じゃん!凄い!」
予想外の方向から明るい声が飛んできた。
顔を上げると、ゆみが目を輝かせている。
「え……?」
抜けた声が出てしまう。
「嫉妬するのはわかるけど、みのるは悪くないのに暴言を吐くなんて許せないよ!」
りえまではっきりと言い切った。
その表情には迷いがない。
「あ、あの……?」
状況が飲み込めないまま戸惑っていると、あんながにこっと笑った。
「サボってるのは良くないことだけど、それを良くないってちゃんと思ってるんでしょ?」
「うん」
小さく頷くと、あんなはさらに言葉を重ねる。
「ならそれで良いじゃん。もし困ったことがあっても、必ず私たちが守るから。だから安心して。それでトラウマも少しずつ克服していこう!」
あまりにも頼もしい言葉だった。
飾り気がなくて、だからこそ嘘がないとわかる。
「そんな理由でみのるを見捨てるわけないじゃん。何があっても私はみのるを見捨てない」
みくるの声は、いつも通り穏やかなのに、芯は驚くほど強かった。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが、ふっとほどけた気がした。
「……ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。
けれどその一言には、今まで言えなかった分も全部込めたつもりだ。
少しだけ空気が和らいだところで、りえが興味深そうに首を傾げる。
「でも最近は表情が柔らかくなった気がするけど、どうして?」
私は少しだけ考えて、そして——
「………孤独じゃなくなったからかな」
ぽつりと呟いた。
言ったあとで、しまったと思う。
思っていた以上に素直な言葉が出てしまった。
「え、何て?」
りえが聞き返すも私は慌てて首を振った。
「ううん、なんでもない」
ごまかしたけど、本当はわかっている。
一人でいるのが当たり前だった私が、こうして誰かと笑って話している。
それだけで、少しだけ世界の見え方が変わっていることを。
それを認めるのが、まだ少しだけ照れくさいだけだ。
「ポチタンのことも、気をつけないと……」
私も私だけど、ポチタンについても心配だ。
「『今日は知らなかったなら』って注意で済んだけど……」
「決まりは守らなきゃね……」
あんなの膝の上で、ポチタンが丸まって眠っている。
心配だけど、れいさんに注意されておきながら懲りずに連れてきたら次は没収される可能性もある。
明日からは留守番するしかないみたいだ。