かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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天才登場!その名はジェット先輩!

【みのるSide】

 

「えっとね……ここが、私の家!」

 

あんなが胸を張って指差した先を、私たちはそろって見上げた。

 

「へえ〜」

 

思わず間の抜けた相づちが口から漏れる。

そこにあったのは、高層マンションの完成予想図が描かれた、立派な立て看板だった。

 

……そう、“予想図”である。

 

実物のマンションはどこにもない。

目の前に広がっているのは果てしなく続く広大な空き地。雑草が風に揺れ、民家どころか工事の気配すら見当たらなかった。

 

「街ごとないんだけどおおおおお!!?」

 

悲鳴のような叫びが響く。

 

「未来から来たって本当だったのおおおおお!!?」

 

追い打ちをかけるように、みくるが絶叫した。

 

「落ち着いて……!」

 

私は反射的に声を張り上げた。

正直、内心では同じくらい混乱している。でもここで一緒になって取り乱したら本当に収拾がつかなくなる。

 

——私は、もう驚かない。

いや、正確には「驚かないように必死で踏みとどまっている」。

 

怪物、変身、空を裂く戦い。

頭がおかしくなりそうな非現実を今日だけでどれだけ体験しただろう。

 

そこに今度はタイムスリップ。

物理的にあり得ない要素まで追加されてもなんとか正気を保っていられるのは……多分、もう感覚が麻痺しているからだ。

 

「みのるちゃん!!」

 

突然名前を呼ばれて肩が跳ねた。

 

「え、なに……?」

 

「ねえ、あんなちゃんって探偵事務所の探偵じゃなかったの!?」

 

みくるが真剣な顔で詰め寄ってくる。

 

「なんで私に聞くの!?一番情報持ってたのみくるちゃんでしょ!?

まさか……あんなちゃんが嘘ついてるんじゃ……」

 

そう言いかけた、その瞬間。

 

「だから私、嘘つかないって!!」

 

あんなが私の両肩を掴み、激しく揺さぶってきた。

 

「誕生日パーティーがあるの!!帰らないとー!!名探偵の助手でしょ!!助けてえええ!!」

 

「私はただの助手で、あなた名探偵だから立場は上でしょおおお!!」

 

必死に叫び返す。

 

「あと揺らさないで〜!服が伸びる〜!!それに……ちょっと、眩暈が……」

 

視界がぐるりと回り始め、本気で危険を感じた。

 

「……あっ!!」

 

するとみくるが何かをひらめいたように声を上げる。

 

「そうだ、あそこに行けば!!」

 

「え……?」

 

 

_______________

 

 

 

「キュアット探偵事務所?」

 

あんな同じ言葉をなぞるように口にしていた。

あんなが空から降ってきた衝撃ですっかり後回しになっていたけれど、もともとここを訪ねるのが目的だったはずだ。

 

「ここに名探偵プリキュアがいます!」

 

「えええええ!?他にも名探偵プリキュア……」

 

「しーっ!プリキュアがいることは秘密だそうです!」

 

慌ててあんなの口を塞ぐみくるを横目に私はふと、先ほどの戦いを思い出していた。

怪盗団ファントムの一員――ニジーがあのとき呟いた言葉。

 

『ヤツとは違う……新手か?』

 

あれは確実に“プリキュア”という存在を知っている反応だった。

つまり、名探偵プリキュアは今ここにいるあんなやみくるだけじゃない。少なくともかつて存在していたか、今も別に存在する可能性が高い。

 

「秘密なのによく知ってるねー」

 

「ま、まあ気にせずに……きっと力になってくれます!」

 

「あ、誤魔化した」

 

「しーっ!!」

 

……私まで口を塞がれた。

それに敵に存在を知られている時点で秘密にする意味ってあるのだろうか。

一般人に知られたら混乱するから?じゃあ、その一般人である私はこの場にいていいの?

 

そんなことを一人で考え込んでいるうちに二人はもう建物の中に入ろうとしていた。

 

「ちょ、待って――!」

 

慌てて後を追い、中に入るとみくるが声を張り上げる。

 

「ごめんくださーい!」

 

返事はない。

事務所の中は木造特有の乾いた匂いが漂っていた。懐かしいような、でも少しだけ鼻をつく埃の匂い。長い間人の出入りがなかったことを感じさせる。

 

「……いないね」

 

廊下を進み、少し大きめの扉を開く。

そこにはいかにも“探偵事務所”らしい光景が広がっていた。

 

電気は消えているけれど、窓から差し込む太陽の光で部屋の奥まで見渡せる。向かい合うソファとテーブル、本棚、壁一面に掛けられた町の地図。地図にはいくつもメモ用紙が貼られていて、ここが調査や推理の拠点であることが一目で分かった。

 

――ただし。

 

部屋のあちこちに無造作に積まれた段ボール箱を除けば、の話だけど。

 

「なんか……イメージと違う」

 

「ポチ!」

 

「引っ越し前みたいだね……段ボールが多すぎるし、まだ準備が終わってない感じ」

 

妖精は楽しそうに部屋を飛び回り、私は段ボール箱の山に目を向けた。

この事務所、普通の家よりも少し大きい。引っ越しをするならかなりの人数が必要なはずなのに――

 

「どなたかいませんかー!」

 

呼びかけても返ってくるのは沈黙だけ。

私たち以外、誰もいない……と思ったが。

 

「依頼は断ってる」

 

不意にどこからか声が落ちてきた。

低すぎず、高すぎない――どう聞いても、少年の声だ。

 

「え!あ、あの……力を貸してほしいんです!私、タイムスリップしちゃって!」

 

あんなが必死に声を張り上げる。

……いや、いきなりそれは無理でしょ。

心の中でそう突っ込みつつも、ここは黙って様子を見ることにした。

 

「冗談に付き合ってる暇はない。帰ってくれ」

 

冷たく、即答。

うん、予想通りだ。探偵事務所に来て、いきなりタイムスリップの話を信じろという方がどうかしている。

 

――もっとも。

 

今日一日で怪物だのプリキュアだの、空を飛ぶだのを目の当たりにしている私たちの感覚自体がもう十分どうかしているのだけれど。

 

「冗談じゃなくて本当に!」

 

「私たち、名探偵プリキュアなんです!」

 

「私は違います!」

 

即座に訂正してしまった。

すると、作業用らしき机の裏から勢いよく人影が飛び出してくる。

 

黄色い髪の少年だった。

紫色の半ズボンに、青緑色のパーカー。その上から白衣を羽織り、頭にはゴーグル。どう見ても研究者じみた格好だけれど――

 

「あ……子供?」

 

思わず口から零れた。

見た目だけならどう見ても私たちより年下だ。

 

(創作でよくあるやつかな……見た目は子供、頭脳は大人…みたいな)

 

「……お前たちがプリキュア?……ないな」

 

「私はプリキュアじゃないです」

 

少年は机の上にひょいと乗り、見下ろすように私たちを観察し始めた。

その視線は鋭く、まるで部品の性能でも確かめるみたいで正直落ち着かない。

 

どうやら、この二人がプリキュアだという話をまったく信じていないらしい。

 

「本当だよ!私、嘘つかないから!」

 

あんなが食い下がる。

すると――少年の視線が、あんなの首元で止まった。

 

「……ん?」

 

その瞬間。

 

「そ、それは……うわあああっ!?」

 

「ああっ!」

 

突然叫び声を上げたかと思うと少年はバランスを崩し、そのまま机から転落した。

どさっ、という鈍い音と同時に床に溜まっていた埃がふわりと舞い上がる。

 

「……いてて」

 

聞こえてきた声に、私は目を見開いた。

 

「……妖精!?」

 

そこにいたのは倒れている“少年”ではなかった。

あんなが連れている妖精と、ほとんど同じくらいの大きさの小さな存在。

 

「……あ」

 

その姿を見て頭が一気に冷える。

つまり――この子は、人間じゃない。

 

妖精ははっとしたように周囲を見回し、慌てて何事もなかったかのように身体を光で包む。

次の瞬間には、さっきまでと同じ“人間の少年”の姿に戻っていた。

 

でも一度見てしまった以上、もう誤魔化しはきかない。

 

 

_______________

 

 

 

部屋の電気がつくと、少し薄暗かった事務所が一気に生活感を取り戻した。

向かい合うようにソファに座る私たち四人――正確には、人間三人と妖精一人。

男の子……ジェットから手渡された棒つきキャンディーを舐めながら、改めて事情を説明する流れになった。

 

「これで、プリキュアに変身しただと?」

 

ジェットはルーペを片手に、あんなの首から下がるペンダントを食い入るように覗き込んでいる。角度を変え、光にかざし、まるで未知の発明品でも扱うかのようだ。

 

――確かに。

 

このペンダントがきっかけで、あんなとみくるがプリキュアに覚醒したのは私自身がこの目で見た。

理屈はまったく分からないけれど、事実だけは否定しようがない。

 

「妖精が人間になるなんて……」

 

「あなた、プリキュアのお供妖精なの?」

 

みくるが首を傾げる。

名探偵プリキュアにはお供の妖精がいる――そんな話は、前から彼女に聞かされている。

 

でも、プリキュアという存在自体がこれまでは都市伝説みたいなものだった。

私たちが知らないことはきっとまだ山ほどある。

 

「いいや」

 

ジェットは胸を張り、はっきりと言い切った。

 

「僕は天才発明家、『ジェット』だ。探偵道具を発明するのが仕事さ!」

 

「へえ〜!まだ小さいのに、すごいね!」

 

あんなが目を輝かせて素直に褒める。

だがジェットの視線が一気に鋭くなった。

 

「……小さい?お前、何歳だ?」

 

「私?14歳だよ」

 

「え!?私ももうすぐ14歳!みのるちゃんもだよね!」

 

「うん。私も、もうすぐで14歳になるよ」

 

「そうなの!?はなまるびっくり!」

 

みくるとあんなが同い年だという事実に大はしゃぎする。

その横でジェットは会話を遮るように続けた。

 

「ふん……なら僕の方が年上だな。僕は222歳だ」

 

「……あの、ジェット先輩。二人とも全然聞いてません」

 

江戸時代生まれという衝撃の数字に、私の頭は一瞬フリーズした。

けれど当の二人は自分たちが同い年だということで頭がいっぱいで、まるで耳に入っていない。

 

「敬語だったから年下かと思っちゃったー!でも、みのるちゃんには普通に話してるよね!」

 

「小さい頃から一緒だからね!」

 

「同い年なら敬語はなし!あんなでいいよ!」

 

「じゃあ、私もみくるで!」

 

全然止まらない。

 

ジェットは額に手を当て、明らかに疲れた様子で二人を見つめている。

――この二人、本当に助けを求めに来たんだろうか。

 

半ば呆れながら見ていると、みくるが今度はこっちを向く。

 

「みのるちゃんのことも呼び捨てでいいよね。ずっと一緒だったし!私たちのことも呼び捨てでいいから!」

 

「う、うん……いいけど……」

 

「やったー!改めてよろしくね、みのる!」

 

「はぁ……これだから子供は……」

 

深いため息をつくジェットに、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

でも、心の中でそっと付け加える。

 

(この二人、騒がしいけど……悪い子じゃないよ)

 

もちろん、そんな思いが伝わるはずもなく。

事務所の中には賑やかな声が響き続ける。

 

「で、お前ら……そのペンダントをどこで手に入れた?」

 

脱線しかけた空気をジェットの一言がぴたりと引き戻した。

真剣な目で私たちを見る。その視線は、あんなとみくるの胸元に下がるペンダントへと注がれていた。

 

――確かに。

 

この不思議なペンダントの出どころは、私自身もずっと気になっていた。

みくるが最初から持っていたと知ったのも、プリキュアに変身したあの瞬間だったのだから。

 

「ずっと前におばあちゃんにもらったの。でも、詳しいことはわからなくて……」

 

みくるは少し申し訳なさそうに言う。

 

「私はね、自分の机の上に置いてあって、そしたらポチタンが現れたの!」

 

あんなはあっけらかんと答えた。

 

祖母から譲り受けたものと、いつの間にか机の上にあったもの。

話を聞く限り、共通点は見当たらない。

 

…ポチタンって何?

 

「ポチタン?」

 

ジェットも気になったらしく、口にするとあんながこっちを向く。

 

「私が連れてる妖精の名前だよ!」

 

「……妖精だって?」

 

ジェットが眉をひそめる。

 

そういえば――

私はここで初めてあの妖精の名前を知った。

 

ポチタンは事務所に入ってからずっとふわふわと部屋中を飛び回っていたはずだ。

……はず、だった。

 

「……あれ?そういえばポチタンは?」

 

改めて周囲を見回してもその姿はどこにもない。

 

そのとき――

 

『ピンポン、ピンポン、ピンポン!』

『侵入者、侵入者、侵入者……!!』

 

突然けたたましい警報音が事務所に鳴り響いた。

見た目は古い建物なのに、防犯設備だけはやけに本格的だ。

 

「研究室か!?」

 

ジェットが弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出す。

私たちも慌てて後を追った。

 

廊下の突き当たりには地下へと続く階段があり、その先の扉付近から警報音が響いている。

――いつの間にポチタンはこんなところへ?

 

ジェットが扉を勢いよく開ける。

 

「ああーっ!!僕のおやつ!!」

 

「す、すごい量……!」

 

そこには、想像を超える光景が広がっていた。

 

部屋の中央には山のように積み上がったお菓子。

天井の一部が開いており、そこからいくつかの袋菓子が今もぽとぽとと落ちてきている。どうやら保管場所が決壊したらしい。

 

「発明にで頭を使うからエネルギーが必要なんだよ!」

 

「ポチー!」

 

頭を抱えるジェットの足元――

お菓子の山がもぞりと動き、そこからポチタンがひょっこりと飛び出してきた。

 

「ポチタン!」

 

無事な姿を見て、あんなとみくるがほっと息をつく。

 

だが――

ジェットは妖精の姿をはっきりと認識した途端、凍りついたように目を見開いた。

 

「……時空の妖精!!?」

 

「え?」

 

「時空の妖精……?」

 

ジェットの声には、はっきりとした動揺が混じっていた。

 

「私には……普通の妖精にしか見えないですけど……」

 

見た目は、赤ちゃんのような小さな妖精。

――いや、妖精である時点で十分に普通じゃないのだけれど。

 

それでも二百年以上生き、数々の知識を持つであろうジェットがここまで驚く存在。

ということは――

 

(相当珍しい存在なのかな?)

 

「時間と空間をワープできる、とっても珍しい妖精だ」

 

ジェットはポチタンをじっと見つめながら続ける。

 

「……なるほど。タイムスリップの原因はお前か」

 

「あのとき、空からあんなちゃんが落ちてきたのも……」

 

私が思い出すようにつぶやくと、あんなが頷く。

 

「うん。部屋にいたはずなのに気づいたらここに落ちてきてたから……その時にタイムスリップしちゃったんだと思う」

 

時間と空間をワープする妖精。

つまり、あんなが空から降ってきたのはタイムスリップ直後だったということになる。

 

トリックでも、手品でもない。

本物の――超常現象。

 

さっきまで冗談だと切り捨てていたジェットがここまで断言する以上、タイムスリップは紛れもない事実なのだろう。

 

「この妖精を使えば……元の時代に帰れるかも」

 

「えっ!?やったー!」

 

「よかった……!」

 

「ポチ~!」

 

一斉に明るくなる空気。

あんながいた未来――2027年。そこへ戻れる手段が、ついに見えたのだ。

 

……ただ。

 

「待て」

 

ジェットの声が、その期待に水を差した。

 

「そもそも赤ちゃんじゃなかっただろ?」

 

「うん。ポチタン、普通に喋ってた」

 

「タイムスリップで力を使い切ったんだ。元の姿に戻らないとタイムスリップはできないだろう」

 

静かだが、現実的な言葉だった。

 

確かに――

時間を越えるなんて、それだけでとんでもないエネルギーを消費しそうだ。

 

「……タイムスリップって聞くだけですごいパワー使いそうだもんね……」

 

「そんな……」

 

「どうすれば……」

 

さっきまでの笑顔は消え、二人の表情が曇る。

 

このままポチタンが成長するまで待つしかないのだろうか。

いつになるかも分からない未来を。

 

――その不安を断ち切るように、ジェットが口を開いた。

 

「……マコトジュエルなら」

 

「……!」

 

「真実の力が秘められた宝石だ。それがあれば……」

 

花嫁のティアラ。

そして、プリキュアへと覚醒した二人の心に宿った宝石。

 

私が知るだけでも、すでに三つ存在している。

 

「ただし……見つけるのは簡単じゃない」

 

「これのこと?」

 

あっさりとあんなが差し出した。

 

花嫁のティアラに宿っていた、あのマコトジュエル。

 

「……持ってるのおおおおお!!?これで元に戻れる!」

 

「やったー!」

 

一瞬で空気がひっくり返った。

さっきまでの重さが嘘みたいだ。

 

(……この子たち、切り替えが早すぎる)

 

ポチタンが力を取り戻したら一体どんな姿になるのだろう。

たくましい、ムキムキの妖精だったり……?

 

「ポチタン!」

 

「ポチ!」

 

あんながマコトジュエルを掲げると、ポチタンの胸元にあるブローチの宝石が反応するように光り出した。

 

「……ビッときた!」

 

マコトジュエルがふわりと宙に浮かび、あんなの手から離れる。

そのまま吸い寄せられるようにポチタンの宝石へと溶け込んでいった。

 

「あっ!」

 

「消えた!」

 

「何が起こるの!?」

 

「元に戻るの!?」

 

ポチタンがぎゅっと目を閉じ、全身に力を込める。

 

眩しい光が溢れ、部屋が黄色く染まる。

 

――ついにタイムスリップの力を取り戻すのか。

 

「ムムムムム……ポチーー!!」

 

次の瞬間。

 

ポチタンの頭上に光の塊が生まれ――形を成す。

 

……それは。

 

「…………え?」

 

誰もが言葉を失った。

 

そこに現れたのは、

どう見ても正体不明のアイテムだ。

 

 

_______________

 

 

 

ポチタンが光の中から生み出したのは武器でも不思議な装置でもなく――妖精用の、小さな哺乳瓶だった。

 

あんなの腕の中でポチタンがちゅうちゅうと音を立ててミルクを飲んでいる姿は拍子抜けするほど愛らしく、張り詰めていた空気がふっと緩む。思わず頬まで緩んでしまうのを止められなかった。

 

……ただし。

 

「戻ってなあああああい!!」

 

みくるの叫びが事務所に虚しく響き渡る。

 

その声が示す通り、肝心の“タイムスリップ”に関しては何一つ進展していなかった。

 

「……もっとマコトジュエルが必要なのか」

 

ジェットが腕を組み、低く呟く。

 

「一つじゃ力が足りないみたいだね……」

 

私も肩を落とした。

 

一つ手に入れただけでは意味がない。どうやらタイムスリップの力を取り戻すには、複数のマコトジュエルを集めて段階的に力を与える必要があるらしい。まるでゲームのようだと思う。すべて集めた瞬間が、いわば“クリア”なのだろう。

 

「じゃあ探そう!」

 

沈んだ空気を振り払うようにみくるが顔を上げる。

 

「ええ、きっと見つかる!プリキュアの先輩の力を借りればね!」

 

みくるたちは前向きだった。だが、その言葉に対して返ってきたジェットの声はひどく重かった。

 

「……この世界にはもう、名探偵プリキュアはいないぞ」

 

「……え?」

 

一斉に視線がジェットへ向く。

 

名探偵プリキュアはもういない。その言葉が口から出たということは――やはりこの世界に確かに存在していたのだ。

 

「詳しく聞かせてもらっても?」

 

私が静かに尋ねる。

 

「数ヶ月前まではここにいたらしいけど、突然姿を消したんだ」

 

「どうして?」

 

「理由は不明。この事務所を閉めるために、僕はロンドンのキュアット探偵事務所から来たんだ」

 

その話は私にとっても初耳だった。

 

事務所の存在自体は知っている。だが直接訪れたことはなかったし、まさかプリキュアが関わっている場所だなんて思いもしなかった。数ヶ月前――その時期を思い返してみても、まことみらい市で大きな事件や事故、災害が起きた記憶はない。

 

……それでも。

 

何も起きていないのに、突然姿を消すなんてことがあるだろうか。

 

「事件性は?」

 

「それも不明だ。ただ、突然消えたとしか言えない」

 

「じゃあ……事務所はなくなるの?」

 

「まあな」

 

ジェットの淡々とした返事に、私は視線を事務所の奥へと向けた。

 

初めて足を踏み入れたこの場所は、すでに役目を終えかけている。せめて一度くらい名探偵プリキュアの姿を見てみたかった――そんな思いが、胸の奥に小さく残ったままだ。

 

「段ボール箱が大量にあったのも……引っ越しじゃなくて、ここを閉めるためだったなんて……」

 

私は事務所を見渡しながら、力なく呟いた。

 

「ここでプリキュアの先輩と一緒に調査するのが夢だったのに……」

 

それ以上言葉は続かなかった。

 

活気のあったはずの探偵事務所は、今や完全に抜け殻だ。机も棚も整理され、残っているのは埃と過去の名残だけ。現実の重さに、みくるは肩を落としたまま動かない。

 

ジェットも腕を組み、黙り込んでいた。どうしようもない――そんな諦めが、その背中から滲んでいる。

 

重苦しい沈黙の中、静かに立ち上がったのはあんなだった。

 

「……いるよ」

 

小さな声だったが、はっきりしていた。

 

「私たちがいる!やろうよ、ここで名探偵!ね、みくる!」

 

「ええ……!」

 

みくるの表情が一瞬だけ明るくなる。けれど、すぐに不安が影を落とした。

 

「……でも、あんな。自分の時代に……」

 

あんなの考えは私にも伝わった。名探偵プリキュアがいないなら、自分たちがその代わりになる――この事務所を引き継ぐということだ。

 

だが、それを聞いてもジェットは首を縦に振らなかった。

 

「勝手に決めるなよ」

 

鋭い声が空気を切り裂く。

 

「僕はお前たちがプリキュアだなんて認めてない。僕はこの目で見たものしか信じないからな!」

 

「むう~!」

 

研究者らしい理屈っぽい言い分だ。少なくとも“私はプリキュアじゃない”という点は理解してくれている……はずだよね?と、私は内心で首をかしげる。

 

ジェットの言葉にみくるは頬をぷくっと膨らませた。

 

「だったら、プリキュアだって証拠を見せ――」

 

そう言いかけたとき。

 

ボーン……ボーン……ボーン……

 

廊下に置かれていた柱時計が、重く低い音で時を告げる。午後5時。気づけば窓の外は夕焼けに染まり、太陽は沈みかけていた。

 

「……と思ったけど、帰る!」

 

みくるは急に立ち上がる。

 

「学校の寮、門限だから!」

 

「え?」

 

みくるは寮生活で門限は夕方6時。それを過ぎると入れなくなってしまうという理由から、5時を過ぎたら早めに帰らなければならないのだ。

 

「証拠は明日見せてあげるから!」

 

「みくる!」

 

呼び止める間もなく、みくるは不機嫌そうなまま事務所を飛び出していった。

 

追いかけようとしたが…

 

「……あっ」

 

みくるがひょこっと戻ってくる。

 

「あんなたち泊めてあげて!」

 

「……え?」

 

「またね、みのる!」

 

「え、あ、うん。バイバイ……」

 

唐突すぎる一方的な言葉に私はまともに返事を返せなかった。みくるは私にだけ一瞬笑顔を向けると、それだけ言い残して今度こそ帰ってしまった。

 

残されたのは、状況を理解できずに固まるジェットと、私と、あんな。

 

「……はあ?」

 

ジェットが間の抜けた声を出す。

 

みくるは“泊めてあげて”とだけ押し付けて、全部丸投げしていった。ジェットも困惑したまま、しばらく動かない。

 

私は耐えきれず、恐る恐る口を開く。

 

「……えっと。私、プリキュアじゃないけど……大丈夫?」

 

返事はない。

 

ただ、気まずいほど長い沈黙だけが事務所に落ちていく。

何か言ってほしい。否定でも文句でもいい。この沈黙のほうが、ずっとつらかった。

 

 

_______________

 

 

 

その夜。

 

「みのる、すごい!」

 

「……へえ。案外やるじゃないか」

 

結局、私とあんなは探偵事務所に泊まることになった。私は事務所の冷蔵庫を開け、残っていた食材で簡単な手料理を作ってみた。準備はできたけどポチタンは相変わらず部屋の中を飛び回っている。

 

「みくるにはちょっと申し訳ないけどね……ジェットさんのお世話になるし、私にできることをしてみただけ」

 

豪華とは言えない。でも、手際は悪くなかったと思う。私にできることなんて正直これくらいだ。

 

「みのるって料理作れるんだね!」

 

「一人暮らしだからね。前はお弁当とかカップ麺でもいいかなって思ってたけど、さすがに健康に悪いし」

 

「一人暮らし……!すごい!」

 

あんなは瞳をきらきらさせて私を見つめる。一人暮らしに至った理由はいろいろあるけど、今は話さなくていいだろう。

 

「……まあ、過ごし方は人それぞれだ」

 

ジェットはそう言って肩をすくめた。

 

「とりあえず、感謝はしておく」

 

見たものしか信じない、頑固な研究者。そう思っていたけど、意外と素直なところもあるらしい。

 

「冷めちゃうから、早めに食べてね」

 

「いただきまーす!」

 

「……いただきます」

 

あんなが一口食べた瞬間、ぱっと笑顔になる。

 

「うん!すごくおいしい!卵ときゅうりだけなのに、いくらでも食べれそう!」

 

「このキャベツ、昆布とごま油が入ってるのか。……結構いけるな」

 

二人の反応に胸をなで下ろす。冷蔵庫にあったのは卵ときゅうりとキャベツくらい。選択肢が限られていた分、評価されて素直に嬉しかった。

 

「ありがとう。喜んでくれて嬉しいよ」

 

門限に縛られているみくるを差し置いてこんなことをしていたら怒られそうだけど……そのうちちゃんと埋め合わせしよう。

 

「なあ」

 

ふいにジェットが私を見る。

 

「お前、みくるとはかなり長い付き合いなのか?」

 

「あ、私も聞いてみたい!」

 

「あー…」

 

どこまで話せばいいのか一瞬迷う。でも、私はゆっくり口を開いた。

 

「小さい頃にね。出会いは、本当に唐突だった」

 

二人は黙って耳を傾ける。

 

「公園で一人で砂遊びしてたら急に話しかけられて……そのまま、ずっと一緒にいるようになったんだ」

 

あの頃の私は、一人ぼっちだった。

 

「寂しかった私を助けてくれた恩人……って言った方がいいのかな。そこからずっと一緒で、気づいたら親友になってた。名探偵を目指すみくるの“助手”として、ずっと支えてきたんだ」

 

「みくるは……みのるにとって、一番大切な人なんだね」

 

あんなは目を細めて、やさしく微笑む。

 

ジェットは特に感情を見せなかったが、

 

「……まあ、今が幸せならそれでいいだろ」

 

それだけを短く口にした。

 

「今じゃ、みくるは名探偵プリキュアだもんね……すごいよ」

 

ぽつりと、言葉がこぼれる。

 

夢を叶えたみくる。

未来から来たもう一人のプリキュア、あんな。

そして長い時を生き、人の役に立つ発明を続けてきた天才、ジェット。

 

――それに比べて、私は。

 

「……みのる?」

 

「え?」

 

あんなが顔を覗き込んで、我に返る。

 

「ぼーっとしてたから。大丈夫かなって思って」

 

「うん、大丈夫。なんでもないよ」

 

私は笑顔を作った。

 

ネガティブになっちゃだめだ。

せっかくこんなふうに普通の夜を過ごせているんだから。

 

今はただ、この時間を楽しめばいい――そう、自分に言い聞かせながら。

 

 

_______________

 

 

 

夜も更け、事務所はすっかり静まり返っていた。

 

ソファではあんなとポチタンが身を寄せ合うように横になり、規則正しい寝息を立てている。ポチタンの小さな胸が上下するたび、あんなの腕が無意識に守るように動くのが見えた。

 

一方でジェットは作業机に向かい、あんなから借りたペンダントを手にしている。ランプの淡い光に照らされながら何度も角度を変え、覗き込み――それでも答えは出ないらしい。

 

私はというと特に眠気も感じず、窓際に寄りかかって外を眺めていた。

 

雲ひとつない夜空。

所々で星が瞬き、月明かりが部屋の中を淡く照らしている。昼間の喧騒が嘘のように世界は静かだった。

 

「……いくら時空の妖精でも、28年もの時間を越えるなんてな」

 

ジェットの低い独り言が静寂に溶ける。

 

「やはり、ペンダントの力でこの時代に来たのか……?」

 

私も同じことを考えていた。

 

28年。

数字にすると短く見えるけれど、実際には四半世紀以上。そんな長い時間を逆行するなんて簡単にできることじゃない。妖精の力がどれほどのものなのか私には想像もつかないけれど――必ず何か理由があるはずだ。

 

「……元の姿に戻せば全部わかるか」

 

そう呟くと、ジェットはそれ以上考えるのをやめたようだった。妖精の姿になり、肩をすくめてあくびをひとつ。妖精とはいえ、さすがに疲れが出たらしい。

 

「……みくる……やったね……」

 

ふいにあんなの寝言が聞こえてきた。

 

「夢の中でもあいつの心配かよ……」

 

ジェットは呆れたように言う。

 

名探偵プリキュアとして互いに思うところがあるのだろう。

出会ってからまだ二十四時間も経っていない。それなのに、もうここまで強い絆を結んでいる。

 

――正直、少し羨ましい。

 

「……お母さん……」

 

今度はかすかな声。

 

「……帰りたいくせに……ったく……」

 

みくると一緒に名探偵をやりたいと言っていたけれど、あんなはまだ中学生の女の子だ。

元の時代に戻りたい。家族に会いたい。

そう思うのは、当たり前だ。

 

「みのる。お前、寝ないのか?」

 

扉に手をかけたジェットが、振り返って声をかけてきた。

 

「私はもう少しだけ起きてる。なんだか……落ち着かなくて」

 

「そうか……おやすみ」

 

それだけ言い残し、ジェットは部屋を出ていった。

 

扉が閉まる音がして、事務所は再び静寂に包まれる。

 

私は窓の外に視線を戻し、星空を見上げた。

 

「……私にも家族がいたら……」

 

言葉は、誰に届くこともなく夜に溶けていく。

 

「……どんな人生に、なってたのかな……?」

 

答えは返ってこない。

 

ただ月明かりだけが、静かに私を照らしていた。

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