かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
朝焼けが校舎の窓に引っかかって眩しい。
こんな時間に学校にいるのは、だいたいロクでもない理由のときだ。
つまり今の私みたいに。
楽しかった昨日の朝は、一瞬で過ぎ去ってしまった。
手の中の箒は持て余したまま、正直なところやる気など欠片もない。
廊下の端から端まで真面目に掃くなんて、誰が見てるわけでもないのに。
どうせ明日にも掃除はあるし、三年生が交代でやってる朝清掃にそこまで意味あるのか?
そう思ったら余計に力が抜けていく。
私は床を軽く撫でる程度に箒を動かして、ゴミを一か所に寄せるふりだけしていた。
眠くて、どうにも体が言うことを聞かない。
今日の授業は午前中だけ。
それでもやる気が出ないなんて、我ながら大したものだと思う。
どうせ後で風か誰かがどうにかするでしょ。
そんな投げやりな考えとともに、欠伸を噛み殺したそのとき。
「……何をしているのですか?」
——っ。
背筋が凍った。
聞き慣れているはずのない声なのに、一瞬でわかった。
振り向きたくない。
でも、振り向かないわけにもいかない。
ゆっくりと、まるで罰を受けるみたいに振り返ると、そこには——生徒会長が立っていた。
きっちりと整えられた制服。
乱れのない姿勢。
朝の光を背にして佇むその姿は、なんというか……無駄に神々しい。
いや、ほんとに無駄に。
よりによって、こんなときに見つかってしまった。
今まで偶然にでも避けられていた運は、今朝ここで綺麗に途切れたらしい。
「掃除ですが?」
できるだけ平静を装って答える。
心の中では「最悪」の二文字が何度も点滅しているのに。
「掃除、ですか。それにしては……ずいぶんと雑に見えますが」
ぐうの音も出ない指摘。
でもここで素直にサボっていますと認めるのも癪だし、何より面倒になる。
なんとか誤魔化す方向で返した。
「ちゃんとやってますよ。ほら、一応ゴミ集めてますし」
「"一応"では困ります。罰則として課されている以上、誠実に取り組むべきです」
はい出ました正論。
この人、ほんとこういうの一切ブレないんだよね。
あまりにも真面目すぎて近寄り難いのも、心から納得できる。
嫌い、というより——苦手なタイプ。
「別に誰にも迷惑かけてないですよ……」
つい、少しだけ棘のある言い方になってしまう。
でも生徒会長は表情一つ変えない。
「迷惑の有無の問題ではありません。規律の問題です」
ぴしゃり、と言い切られる。
……ああもう、こういうところが苦手なんだよ。
正しいことしか言わない人。
逃げ道を一切くれない人。
「花崎さんは、本来であればもっと評価されるべき能力を持っています。それなのに、なぜこのような態度を取るのですか?」
急に話が変わった気がして、私は一瞬だけ言葉に詰まった。
評価——そんなのいらないからこうしてるのに。
でも、それをこの人に言ったところで理解される気はしない。
きっと「能力があるなら発揮すべきです」とか、そういうことを言われるだけだ。
「別に……私にとってはどうでもいいですよ」
視線を逸らして、ぶっきらぼうに返す。
すると、生徒会長は一歩こちらに近づいてきた。
「どうでもいい、で済ませていいことではありません」
まただ。
逃げられない距離で正論を突きつけてくる。
内心、大きなため息をつきたくなる。
でも、ここで露骨に嫌な顔をするのも違う気がして、私はぐっと飲み込んだ。
——本当は、この人が悪いわけじゃないのはわかってる。
むしろ誰よりも真面目で、誰よりもちゃんとしてる人だってことも。
だからこそ、余計に面倒なんだけど。
とりあえず掃除を再開し、箒の先が床を擦る音だけが大きく響いていた。
さっきよりはちゃんとやっている。
少なくとも、自分ではそう思っている。
なのに——
「まだ甘いですね。隅の埃が残っています」
私は無言でその箇所を掃く。
「動きも雑です。もっと丁寧に——」
「……やってるって」
思わず低い声が漏れた。
けれど生徒会長は気にした様子もなく続ける。
「"やっているつもり"では意味がありません。結果が伴っていなければ——」
「だから!」
箒を握る手に、力が入る。
さっきからずっと同じことの繰り返しだ。
指摘、正論、改善要求。
間違ってないのはわかってる。
わかってるけど——
「ちゃんとやってるって言ってるでしょ……!」
声が荒くなってしまう。
それでも生徒会長は一歩も引かない。
「言葉ではなく、態度で示してください」
淡々とした敬語。
その揺るがなさが、余計に神経を逆撫でする。
——なんでこの人は、こんなに容赦ないんだろう。
「花崎さんは、努力を怠っても結果を出せる稀有な才能を持っています。しかし、その姿勢では周囲に悪影響を与えます」
また、その話。
才能
評価
周囲
そんな言葉、聞きたくもないのに。
「成績については依然として上位を維持していますが、努力量と結果が一致していない点について、私は非常に疑問を感じています」
避けてるはずだったのに全部筒抜けじゃん……本当に嫌になる。
「結果が出てるんですから良いでしょう…」
吐き捨てるように言う。
自分でもわかるくらい、投げやりな言い方だった。
でも、それくらいしか言えなかった。
生徒会長は少しだけ沈黙してから、ゆっくりと口を開く。
「良くはありません」
即答だ。
「努力せずに結果を出すことを肯定してしまえば、規律は崩れます。努力している者が報われる環境であるべきです」
言いたいことはわかる。
私の変な才能のせいで多くの人が不快な思いをするのも。
「……別に、誰かに見せるためにやってるわけじゃないですし」
だからずっと目立たないようにしてるし、テストも適当にやってるはずなのに無意識に正解しているのもあるから本当に意味がわからない。
自分だってこんなに苦労してるのにこの生徒会長ときたら……。
「ですが、あなたの行動は見られています。規律を守る立場として——」
「規律規律ってさ!」
気づいたときには声を張り上げていた。
自分でも驚くくらい、感情が溢れている。
「そんなの、全部あなたの都合じゃん!」
一瞬、空気が止まる。
それでも、もう止まらなかった。
「真面目にやってる人が偉いとか、ちゃんとしてる人が正しいとか……そんなの、勝手に決めつけてるだけでしょ!」
胸の奥に溜まっていたものが、一気に噴き出す。
生徒会長は眉を寄せた。
それでも冷静な声を崩さない。
「決めつけではありません。社会において必要な基準です」
——ほら、やっぱり。
全部、正しいことしか言わない。
だからこそ、余計に腹が立つ。
「……じゃあさ」
手の中の箒を、強く握りしめる。
「私がなんでこうしてるか、知ってるわけ?」
声が震えているのが、自分でもわかった。
でも止められない。
「なんで授業サボってたのか、なんでちゃんとやらないのか……あなた、何か知ってるの?」
生徒会長は答えない。
ほんの一瞬だけ、言葉を探すように沈黙した。
その沈黙が——決定的だった。
「……ほら、知らないじゃん!!」
喉の奥が熱くなる。
視界がじわっと歪むのを、必死にこらえながら。
「私のこと何も知らないくせにっ!!勝手なこと言わないでくれる!?」
気づけば怒鳴っていた。
乾いた音が廊下に響く。
私は手にしていた箒を放り出していた。
ガタン、と大きな音を立てて、箒が床に転がる。
静まり返る廊下。
さっきまで規則正しく流れていた空気が、一気に崩れ去った。
荒くなる呼吸を抑えながら、生徒会長を睨む。
——言い過ぎた。
頭のどこかで、冷静な自分がそう告げている。
でも、もう引き返せない。
生徒会長は、ただ静かにこちらを見ていた。
その瞳には怒りも軽蔑もなくて——ただ、何かを考えているような色だけが、静かに浮かんでいた。
_______________
【みくるSide】
「行ってきます」
翌日。
生徒会長に指摘された通り、ポチタンを連れていくわけにはいかないため、ジェット先輩が預かることになった。
授業は午前中だけ。
だけどポチタンにとっては、私たちと離れるのはこれが初めてのことだ。
「ポチタン、お留守番しててね」
「ポチ………」
寂しそうな表情を浮かべるポチタンを見たら、ついこっそり連れていきたくなってしまう。
でもやっぱり、ルールはルールだから。
「うう……そんな顔しないで~!」
「私たちも寂しい~!」
今生の別れじゃないよ、学校から帰ってきたらまたすぐ一緒にいられるんだから——そう言い聞かせながら、ポチタンを宥める。
もちろん、本当はずっと一緒にいたいのが本音だけど。
「はぁ……さっさと行かないと遅刻するぞ」
けれど、時間は何があっても容赦なく進んでいく。
そんな当たり前の現実が、今の私たちにはつらかった。
「ぅぅ……行ってきます……」
「ジェット先輩と仲良くね……」
ジェット先輩に抱えられているポチタンに別れを告げて、私たちは事務所を出発した。
「ポチ………」
後ろから聞こえたポチタンの小さな声が、胸にじわりと突き刺さる。
振り返りたい気持ちをぐっと堪えて、前を向いた。
みのるは今日も、朝の掃除のために先に学校へ向かっている。
みのるのいない登校なんて、もう慣れたはずなのに——やっぱり賑やかさが消えると一気に寂しさが増してくる。
驚きはした。
でも、小学校でのみのるを見ていれば、授業を受けたくない気持ちはわかる。
前よりはずっと改善してきたと思う。
それでも——過去につけられた心の傷は、長い時間が経ってもずっとトラウマとして残り続けるものだから。
みのるがいつか、私たちと一緒に学校へ行ける日が来るように。
それまで、ちゃんと支えていかないと。
_______________
「おはようございます」
校門では今日も、生徒会長のれいさんが挨拶をしていた。
毎日日課のように校門に立ち続けているなんて、本当に凄い人だと思い知らされる。
私だったら、いつまで続けられるかわからない。
「生徒会長さん、ずっと校門に立ってるよね……」
「うん、いつからなんだろう」
少なくとも、れいさんが生徒会長になってからずっとだと思う。
もう一年近く経つのに、校門に立っていない日なんて他の用事で忙しかった数回くらいしか見たことがない。
「おはようございます」
「お……おはようございます……!」
でも、生徒たちの反応はイマイチだ。
挨拶は返しているけど、みんな怖がって早足で素通りしていく。
厳格な性格のせいか、周りからはあまり関わりたくない存在として見られているみたいだ。
生徒会長を避けているのは、みのるだけじゃなかった。
「避けられてる……」
「他の生徒からの印象、あまり良くないのかな……?」
避けられたり無視をされる側はつらいはずだ。
いくら生徒会長でも。
「……………」
その証拠に、避けられたれいさんの表情は、どこか悲しそうだった。
慰めというわけじゃないけど——朝早くからずっと立って挨拶を続けているんだから、ちゃんと応えないと。
「生徒会長さん!」
「……?」
あんなが声をかけると、れいさんがこちらに気づく。
「「おはようございます!」」
「……………」
元気よく挨拶をすると、れいさんはその場でぴたりと固まった。
私、また何かやらかしちゃった……?
「えっと……」
「どうかしました?」
内心不安になりながら、恐る恐る尋ねてみる。
「少し驚いてしまったの。進んで私に挨拶してくれる人は、珍しいので……」
ずっと自分でも気になっていたんだ。
生徒会長という立場には、それだけの責務が伴う。
真面目なれいさんが生徒たちのことを思って厳しく接しているのはわかる。
でも生徒からすれば、どうしても恐怖の対象として映ってしまう。
そのことが、れいさん自身の心に残り続けているんだろう。
「そうなんですか?」
「みんな注意されたくないでしょうから……。でも誰かが言わないといけないことだから、たとえ嫌われたとしても、生徒会長として務めは果たさないと」
それは私たちに言っているようにも、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
嫌われてでも、生徒のために努力する。
それは相当な覚悟がないとできないこと。
それでも——れいさんは一人の女の子だ。
どんなに覚悟があっても、無意識に傷ついてしまうのが人間というもの。
だからこそ、みんながれいさんのことをもう少し理解できたら良いなと、そう感じた。
「大変なお仕事ですね……」
「頑張ってください!」
あんなの真っ直ぐな応援に、れいさんの表情がふっと柔らかくなった。
「……! ありがとう、明智さん」
「私の名前、知ってるんですか!?」
最近入ったばかりで、まだほとんど認識もなかったはずのあんなの名前まで、もう覚えていたらしい。
「もちろん。生徒会長たるもの、全校生徒の顔と名前を覚えるのは当然です」
「「ほぉぉ………」」
この学校の生徒数はかなり多いのに、全員の顔と名前を把握しているなんて。
生徒会長って、本当にすごい人なんだな。
「………すみませんみくるさん、少しだけよろしいですか?」
「……?」
校舎に入ろうとしたところで、れいさんに呼び止められた。
真剣な顔で見つめられた瞬間、心臓の鼓動が少しだけ速くなる。
「花崎さんのことで、少しお伝えしたいことがあります」
その名前を聞いた瞬間、ドキッとした。
「みのるの……?」
隣のあんなも、同じように表情を曇らせる。
れいさんは、ほんのわずかに言葉を選ぶように間を置いた。
「今朝、清掃の件で注意をしたのですが……少し、言い合いになってしまいました」
「え!?」
言い合い。
みのるが、れいさんと——喧嘩?
みのるの顔が頭に浮かぶ。
あの子は基本的に飄々としてるけど、本気で嫌なときはちゃんと感情を出す。
——つまり、それだけ嫌だったってことだ。
「私の伝え方にも問題があったのかもしれません」
れいさんは静かにそう続けた。
その声はいつも通り落ち着いているのに、どこかほんの少しだけ——弱い。
「ですが、彼女のことを考えての指摘でした」
正しい言葉だと思う。
きっと、この人は嘘をついていない。
でも——
「……みのる、怒ってました?」
気づけば、そう聞いていた。
れいさんは小さく頷く。
「はい。かなり強く」
あの子が自らそこまで感情を露わにするなんて。
隣で、あんなも少し俯いていた。
「……そうですか」
短く呟いたその声は、思っていたよりずっと小さかった。
れいさんは私たちの様子を見て、わずかに視線を伏せる。
「もし可能であれば……彼女のことを、少し気にかけてあげてください」
その言葉は、お願いに近かった。
「私では、踏み込みすぎてしまうかもしれませんので」
淡々としているのに、その奥にある距離の取り方が——妙に切なく感じる。
「……はい」
私はゆっくりと頷いた。
あんなも「うん」と小さく返事をする。
それ以上は、何も言わなかった。
れいさんは再び顔を上げると、いつものように他の生徒たちへと向き直る。
「おはようございます」
さっきまでと変わらない声。
けれど——その背中がなんとなく遠く感じた。
「……みのる、今どこにいるかな」
「さあ……でも、多分……」
教室じゃない気がする。
そんな予感だけが強く残っていた。
私は校舎の方を見上げる。
朝日が窓に反射して、きらきらと光っている。
その中にみのるの姿を探すみたいに。
「……会いに行こっか」
自然とそんな言葉がこぼれた。
隣で、あんなが少し寂しそうに笑って頷く。
たまに見せる怒った顔も、投げやりな態度も知ってる。
でも——それだけじゃないことも、私はちゃんと知ってる。
だから少しでも、その隣にいられたらいいと思った。
_______________
まだ生徒が行き交うざわめきの中で、私は落ち着かないまま廊下を歩いていた。
さっきから何度もあんなと視線を交わしているけど、お互いに言葉は少ない。
考えていることはきっと、同じだ。
——みのる、どこにいるんだろう。
教室にはいなかった。
席は空っぽで、いつもの気だるげな姿も見当たらない。
「……あ」
先に気づいたのはあんなだ。
視線の先を追うと——渡り廊下の端。
人通りの少ない場所に、見慣れた背中があった。
手すりにもたれかかって、ぼんやりと外を見ている。
みのるだ。
「行こ」
短く言って、私は足を向ける。
あんなもすぐ後ろからついてきた。
一歩、また一歩と近づくにつれて、胸の奥が少しずつ重くなる。
なんて声をかければいいんだろう。
でも、放っておくわけにはいかない。
「……みのる」
声をかけると、その背中がぴくりと動いた。
ゆっくりと振り返る。
その顔は、いつもと同じようで——でもどこか力が抜けているように見えた。
「あんなとみくる? どうしたの?」
軽く笑うみたいに言う。
そのいつも通りが、逆に少し苦しかった。
「ねえ、みのる……今朝のこと、生徒会長さんから聞いたんだ」
あんなが遠慮がちに切り出す。
みのるは一瞬だけ視線を逸らして、それから小さく息を吐いた。
「……あー、やっぱり?」
困ったように笑う。
でも、その笑いは長く続かなかった。
「生徒会長は私の過去なんて知らなくて当然なのに、いろいろ言われてつい我慢できなくなっちゃって……」
ぽつり、とこぼすような声。
さっきまでの軽さはもうなくて、代わりに重たいものが滲んでいた。
私は何も言わずに、その続きを待つ。
みのるは視線を下に落として、床の一点を見つめる。
「……ねえ」
呼びかけると、みのるは首をかしげる。
「ん?」
その何気ない返事に、一瞬迷いそうになる。
でも、ここで飲み込むのは違うと思った。
みのるの表情が固くなる。
わかりやすいな、と思いながらも私は続けた。
一拍置く。
あのときの——生徒会長さんの落ちた視線を思い出す。
「生徒会長さんは、みのると言い合いになったこと、後悔してた」
静かにそう言った。
みのるの目が、はっきりと揺れる。
「……え」
小さな声が漏れた。
信じられない、って顔だった。
無理もないと思う。
あの人がそんなふうに見える瞬間なんて、普通は想像できない。
「"私の伝え方にも問題があったのかもしれません"って言ってた」
言葉をそのままなぞる。
あのときの声色まで思い出しながら。
「それで……私たちに、みのるのこと気にかけてあげてくださいって」
隣であんなも小さく頷いた。
「ほんとだよ。ちょっと、珍しいくらいだった」
あんなの言葉が重なる。
みのるはしばらく何も言わなかった。
ただ視線を落として、何かを考えているみたいだった。
その沈黙が長く感じる。
でも、急かす気はなかった。
やがて、みのるはぽつりと呟く。
「……生徒会長が?」
まだ半信半疑、って感じの声。
「うん」
それだけ答える。
余計なことは足さない方がいい気がした。
みのるはゆっくりと顔を上げて、外に目を向けた。
その横顔は、さっきよりも力が抜けているように見える。
「私も言いすぎたな……」
その一言はとても小さかったが、はっきりと聞こえた。
隣であんなが少し顔を歪める。
私は、胸の奥がじんわりと痛くなるのを感じていた。
きっと、どっちも間違ってない。
生徒会長も、みのるも。
でも——だからこそ、すれ違ってしまったんだと思う。
前の私たちのように。
「……みのる」
ゆっくり名前を呼ぶ。
みのるが顔を上げた。
その目は少し不安そうで、強がっているみたいでもあった。
「全部わかってもらわなくていいと思う」
言葉を選びながら続ける。
「でも……わかろうとしてくれる人は、いるよ」
そう言って微笑む。
隣のあんなも、小さく頷いた。
「私たちとかね」
あんなが続ける。
その言葉に、みのるは一瞬目を丸くして——それからうっすらと笑った。
「……ありがと」
短い一言。
でもその中にいろんな感情が詰まっている気がした。
窓の外からそよ風が吹き込んでくる。
さっきまでの重たい空気が、少しだけほどけた気がした。
完全に解決したわけじゃない。
きっとこれから、また何かあるかもしれない。
それでも——今は、この距離でいられることが嬉しかった。
_______________
【ジャックSide】
「暇だ……」
やることが何もない。
任務がない日はこんなにも平和でつまらないなんて、非日常が私を求めているということだろうか。
今日の私は休み。
つまり、一日自由に過ごしても咎められることがない。
ということで、私はニジーから聞いたとある場所へ足を踏み込んだ。
「ここがキュアット探偵事務所ねぇ……」
ニジーが偶然見つけた、あのプリキュアたちの本拠地。
予想以上に大きな建物で、二階には店らしき区画もある。
敵の本拠地とはいっても、別に襲撃に来たわけじゃない。
基本的にウソノワール様の命令でない限りは、様子見だけに留めておくつもりだ。
「さーて、事務所の中はどうなっているのかな~?」
窓の中をこっそりと覗く。
今日は平日だから、あのプリキュアたちと花崎みのるはいない。
中には発明家の妖精と時空の妖精がいた。
(いつもプリキュアと一緒にいるのに、今日はどうしてここに?)
疑問が浮かぶが、それよりも無防備がすぎる。
プリキュアの居場所が割れているというのに、何の対策もしないなんて——平和ボケもいいところだ。
でも、その気になればいつでも探偵事務所を潰せるという牽制には使えそうだ。
とりあえず何か話し声が聞こえたので、耳をすませてみる。
「1999年七の月、真の地で真実の石を抱くもの大王となる。どういうことなんだ?」
「なんだ?」
はーん、早速ウソノワール様の予言を調べてるみたい。
だけど残念だね。
あなたたちがウソノワール様の計画を止めることなんて、無理無理。
私にも勝てないんだから夢見すぎだよ。
「ヤギメ~ル」
「メール!」
またなんか変な生き物が来た。
そしてあのポチタンとかいう時空の妖精は、さっきから一部だけとはいえ言葉を話している。
結晶を吸収する度に成長しているということなら、世界中のどこかで集まっているマコトジュエルはそこそこの大きさにはなっているだろう。
だがまだまだ足りない。
いつかあの妖精が吸収したマコトジュエルも、必ず手に入れてやる。
部屋に入ってきたのは、ヤギの姿をした人外だった。
見た目は郵便の配達員のよう。
そのヤギみたいな人は、鞄から一通の手紙を取り出す。
「ヤギメールさん、こんにちは!」
「こんにちは! ロンドンからお手紙です!」
「ありがと」
ロンドンだって?
キュアット探偵事務所の本部がある地域じゃないか。
「それでは、ヤギメ~ル」
ヤギみたいな人は特に何も言わずに行ってしまった。
あの手紙——なんとなくだけど、私たちに関する情報が入っている気がする。
このタイミングでロンドンからの手紙だなんて、それしか考えられない。
「てがみ?」
「ロンドンのキュアット探偵事務所に、アルカナ・シャドウとジャックについて問い合わせてたんだ。あんなとみくるが帰ってきたら、みんなで開けよう」
やはりそうか……。
アルカナ・シャドウと……私のことが知りたいんだ。
アルカナ・シャドウは元は—————————ということは知ってるけど……。
私って、誰だっけ?
ま、別にいいか。
でも、私たちの情報を探られるのはあまりいい気がしないな……。
過去?
弱点?
個人情報?
内容によっては面倒だけど、活動に支障をきたすほどでもない。
「すみませーん! プリティホリックやってますかー!」
すると二階の方から声が聞こえた。
探偵業の他に店まで開いてたのか……。
今日は休業日かな?
「あ、はーい!今行きます!」
その妖精はそう言って出ていった。
え、まさか店員はあの妖精だけ?
もっと従業員を雇えよ。
たった数人しかいないのに店まで開くなんて計画性がない。
もっと人手を増やさなきゃ。
怪盗団ファントムだって、休みを取れるのは一ヶ月に一回か二回くらいなんだから。
……話が脱線してしまった。
改めて、残された時空の妖精に注目する。
「あんな、みくる、わたす!」
ポチタンは手紙を吸収すると、部屋から出たと思ったら事務所の外まで出てきた。
「ポチ~!」
あんな、みくる——二人の元へ手紙を届けるつもりか。
私も後をつけてみよう。
あの妖精が単独でいるのは珍しいから、どんな行動を取るか観察するのも悪くない。
暇潰しにはなりそうだから、ラッキーだ。
「あ、そうだ。このことは劇場にいる幹部たちにも伝えないとね」
私は指を軽く鳴らすと、文字の書かれた一枚の紙が手元に現れた。
どこからともなく一羽のフクロウが飛んできて、私の腕に止まる。
「お願いね」
手紙をフクロウに託すと、ホーホーと鳴きながら劇場の方へ向かって飛んでいった。
気づいたことはすぐに共有する——敵を知り、対策を立てる上で、それは重要なことだ。
_______________
【るるかSide】
変わらない劇場、変わらない日常。
ウソノワールがプリキュアを一方的に圧倒した地獄のような戦いを繰り広げた後とは思えないほど、すべてが平凡に包まれていた。
そんな中、一羽のフクロウが劇場に現れ、手紙をニジーの手元へ落としていった。
「ウソノワール様、ジャックから知らせです! ロンドンからキュアット探偵事務所に、秘密の手紙が送られたとのことです!」
——……!
ロンドンからキュアット探偵事務所に秘密の手紙。
これは十中八九——ロンドンのキュアット探偵事務所から送られたものに違いない。
内容も恐らく、私に関連する情報。
同じプリキュアである以上、あの二人が真っ先に知りたいのは確実に私のことだ。
「秘密というからには、重要なことが書かれているに違いありません。その手紙、私が手に入れて参りましょう!」
「行け、ライライサー!」
「ライライサー!」
ニジーのやる気に対し、ウソノワールが出撃命令を下す。
ウソノワールもキュアット探偵事務所にこれ以上情報が漏れるのは避けたいはず。
「手紙………」
ニジーが出撃の準備をする中、私はマシュタンに手紙の内容を占ってもらった。
「マ~シュマシュマシュマシュマシュマシュ~!」
水晶が淡く光り、マシュタンの占いが終わる。
「見えたわ! 秘密の手紙には、るるかが知られたくない秘密が書いてあるって占いに出た」
「やっぱり……」
予想通りの結果だった。
あの子たちに私の真相まで探られたら、はっきり言って面倒なことになる。
ロンドンのキュアット探偵事務所はいろんな情報を持っている——だから私の秘密を知られてはいけないのだ。
「あの子たちが読む前に、手に入れないと!」
ニジーに続いて、私もプリキュアから手紙を回収するために動き出した。