かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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ポチタン、はじめてのおでかけ!

【ジャックSide】

 

まことみらい市の住宅街を、あの妖精は低空でふわふわと飛んでいた。

 

とにかくのろい。

見ているだけで気が遠くなるような速度で、しかも微妙にルートを外れている。

 

プリキュアに手紙を届けるつもりらしいが、このままでは学校には辿り着けないだろう。

 

まあ、私にとっては好都合だ。

だから何もしない。

 

ただ黙って、距離を保ちながら尾行を続ける。

 

それにしても、と私は内心で毒づく。

 

――「ポチタン」って、何だその名前は。

 

間の抜けた響きに思わず眉間に力が入った。

 

妖精という存在に対して持っていた微かな警戒心が、その名前一つで半分くらい消し飛んでる気がする。

 

「ポチ?チュンチュンポチ!」

 

前を飛んでいたスズメに気を取られたポチタンが、いよいよ学校とは真逆の方向へ突き進み始めた。

 

スズメはあっさりどこかへ消えていき、取り残されたポチタンが悲しそうな顔をしている。

 

「ポチ……」

 

まあ、当然だろう。

鳥はすぐに逃げていくのが普通だ。

 

「ポチ?」

 

今度は公園の花壇へ向かい始めた。

 

ころころと興味の対象が変わる、めんどくさい妖精だ。

 

「ポチ〜?くんくん……ポ〜チ〜!」

 

花の香りを嗅いでご満悦らしい。

 

尾行されているとも知らず、危機感の欠片もなく、のほほんと癒されている。

 

私はため息をこらえながら、視線だけを向け続けた。

 

「ワン!ワンワン!!」

 

「ポチ!?」

 

突然、ポチタンの背後から犬の声が響いた。

 

散歩中の犬がポチタンに向かって吠えている。

驚いたポチタンは慌てて飛び上がり、逃げ出した。

 

「ワンワンワン!!」

 

「ポチ………ポチ〜〜〜!!」

 

はぁ、今度はどこへ――。

 

「ワン!ワン!ワンワン!!」

 

後を追おうとした瞬間、犬がこちらに向き直り、吠えてきた。

 

うるさいなぁ……。

私は立ち止まり、その犬をゆっくりと見下ろした。

 

「……何?やる気?」

 

睨み付ける。

強く、静かに。

 

「キャイン!?」

 

「ご、ごめんなさーい!!」

 

犬は一声鳴いて縮み上がり、飼い主ごと慌てて走り去った。

やれやれ。

 

さて、ポチタンは――あそこか。

 

屋根の上に軽く跳び乗り、視線を走らせると、あの小さな影がまだふらふらと漂っているのが見えた。

 

どんどん学校から遠ざかっている。

 

本当なら今すぐ捕まえて、ウソノワール様の前に差し出してやりたいところだ。

 

だけど勝手なことをすれば怒られる。

ニジーみたいな目には遭うのはごめんだ。

 

「ポチ!ポチ!ポチ!ポチ!ポチ!」

 

高くてやたらと耳に刺さる声。

うるさくて余計にいらいらする。

 

「ポチー……ポチ?」

 

ふと、ポチタンが止まった。

 

私も動きを止め、屋根の上からそっと様子を窺う。

 

自分が学校から全く違う場所に来てしまったことに、ようやく気づいたか。

 

「ポチ……ポチぃぃ………」

 

今にも泣き出しそうな声だった。

 

ふん。ざまあみろ。

 

助けを呼んでも誰も来ない。

プリキュアはいない。

そして当然、私が助けるわけがない。

 

むしろずっとこのまま迷子でいてくれれば、それが一番都合がいい。

 

私はポチタンの動きに合わせて、私も静かに屋根を移動し、尾行を続けた。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

「えっ!?ポチタンが行方不明!?」

 

授業が終わり、急いで事務所へ戻ろうとしていた時だった。

 

プリキットボイスメモに着信が入った。

とするとジェット先輩からだ。

 

通話をつなぐと、少し焦ったような声が聞こえてくる。

プリティホリックに来店したお客さんへの対応に集中している隙に、いつの間にかいなくなってしまったらしい。

 

〈気がついたらいなくなってて。事務所や近くの場所を探したんだけど……〉

 

「私たちも探すよ!」

 

考えるより先に口が動いていた。

 

他にどんな答えがあるというんだろう。

ポチタンを探す、それだけだよ。

 

〈頼む!〉

 

通話が切れると同時に、私たちは踵を返した。

 

学校にいる間、ポチタンはずっと一人だったんだ。

 

きっと寂しくなってしまって、私たちを探しに外へ飛び出してしまったんだろう。

そう思ったら、胸がじわりと痛んだ。

 

「二人が持つプリキットミラールーペを使いながら、ポチタンが行きそうな場所を手当たり次第に探そう!」

 

「「うん!」」

 

みのるの言葉を頭に叩き込んで、私は走り出した。

 

 

_______________

 

 

 

「オープン!プリキットミラールーペ!」

 

住宅街から少し離れた公園。

 

なぜだかわからないけれど、ここに来たような気がして仕方なかった。

 

はっきりとした根拠があるわけじゃない。

でも、なんとなく、そんな予感がした。

 

「ポチタンを探そう!」

 

「うん!」

 

ルーペモードに切り替えて、ポチタンの残した痕跡を探し始める。

 

公園は広い、そもそも来ていない可能性だってある。

不安がないと言えば嘘になるけど、やってみなければ何もわからない。

 

「私は力になれそうにないけど……」

 

みのるがそう呟きながらも、横で一緒に探してくれる。

 

そんなことない、と言いたいけれど、道具を使える私たちを見て、自分には何もできないと感じてしまうのはわかる。

 

きっともどかしいはず。

プリキットの探偵道具はプリキュアにしか扱えない。

 

みのるだって絶対に活躍できるはずなのに、どうにもならない部分がある。

 

唯一の例外はプリキットグロスくらいで、あれならプリキュア本人が塗ってあげれば一般の人でも効果を発揮するけど、それだけだ。

 

「うーん?」

 

地面をなぞるようにゆっくり進んでいく。

 

すると、ルーペの視界の中に、小さな肉球の足跡が浮かび上がった。

 

「はなまる発見!ポチタンの足跡だよ!」

 

調査を始めてまだ一分も経っていない。

自分でも驚いてしまった。

 

私って、意外と運が良いのかもしれない。

 

「あれ?足跡が消えてる?」

 

けれど、その足跡は花壇の前でぷつりと途切れていた。

 

「ポチタン飛べるから……!」

 

「そっか!」

 

そうだった、ポチタンは飛べるから空中に痕跡は残らない。

大事なことをすっかり忘れていた。

 

「こんなときにプリキットミラールーペの弱点が出るなんて……」

 

「どうしよう……」

 

プリキットミラールーペは、足跡や痕跡を手掛かりに追跡するためのアイテムだ。

 

人間や地を歩く動物が相手なら心強い味方になる。

でも、空中を浮遊できる相手には、手掛かりそのものが残らない。

 

万能だと思っていたこの道具に、初めてはっきりとした弱点を見た気がした。

 

「まだ諦めるのは早いよ。プリキットグミがあるでしょ?」

 

みのるが言った。

 

「そうだ!近くにいる動物なら……」

 

「ポチタンを目撃してるかもしれない!」

 

プリキットグミ

 

最近はすっかり出番が減っていたけど、このアイテムは動物と言葉を交わせる。

聞き込みの相手が、一気に広がる。

 

「ありがとうみのる!」

 

「ど………どういたしまして……?」

 

お礼を言うと、みのるは少し照れくさそうに視線をそらした。

 

でも、その表情のどこかに、ほんの少し嬉しそうな色が混じっていた。

 

素直じゃないところも私は好きだよ。

嘘が嫌いな私がこんなことを思うのも変な話だけど、これは本当のことだから。

 

 

_______________

 

 

 

「ねえ、熊みたいな不思議な生き物を見なかった?」

 

住宅街の一角、とある自宅の門の前にいる犬にプリキットグミを食べてから尋ねてみる。

 

ポチタンは全身がピンク色で、見た目は熊に似ている。

かなり特徴的な見た目だから手掛かりは見つけやすいはず、とは思うけれど、そう都合よくいくかどうかはわからない。

 

「見たよ」

 

「え、見たの!?」

 

……前言撤回。

一瞬で有力な手掛かりを引き当ててしまった。

 

「あそぼー!って声をかけたら、あっちに飛んでいっちゃった」

 

「あっちへ?」

 

犬が向いた方向を目で追う。

 

確か、あちらには図書館があるはずだ。

もしかしたら、そこにいるかもしれない。

 

すぐに向かおうと腰を上げたとき、犬が話を続けた。

 

「あともう一人、その生き物をずっとつけていた人がいたんだ」

 

「誰なの?」

 

犬は少し思い出すように首を傾けてから、その人物の特徴を丁寧に話してくれた。

 

「白と紫のワンピースに、片目を覆う仮面。髪は黒くて長いツインテール……頭に黒い百合の花が飾ってあったかな……。怪しいから止まれって叫んだけど、殺気を感じたから逃げちゃった」

 

「「「!!」」」

 

三人同時に息を飲んだ。

 

背筋がすうっと冷えていく。

 

白と紫のワンピース、片目を覆う仮面、黒く長いツインテール、黒い百合の髪飾り。

 

その特徴は、どれ一つとして聞き間違いようがない。

 

怪盗団ファントムの――ジャックだ。

 

「それ……ジャックじゃない!?」

 

「マズい、尾行されてる!!」

 

図書館の方角へ、三人で走り出す。

 

ジャックが絡んでいるなら、一刻を争う。

ポチタンが今どんな状況にあるか、考えたくもない。

 

「教えてくれてありがとう!じゃあね!」

 

走りながら振り返って叫ぶと、犬が小さく吠えて見送ってくれた。

 

とにかく走る。

足音が地面を叩くたびに、頭の中でぐるぐると同じ言葉が渦を巻く。

 

「くっ……やっぱり隠してでも連れてくればよかった……!」

 

自分の口から出た言葉に、一瞬だけ驚いた。

 

隠し事も嘘も嫌いな私が、こんなことを言うなんて。

 

でも後悔は本物だ。

それだけポチタンが大切なんだと、改めて気づかされた気がして、胸の奥がきゅっと痛む。

 

「とにかく急ごう!!」

 

「ジャック……!もしポチタンにまで手を出したら、絶対に許さない!!」

 

隣で走るみくるの声に、底知れないものが滲んでいた。

 

怒り、というより、もっと静かで、もっと深いもの。

それがかえって、ジャックへの本気度を物語っていた。

 

私たちは、走り続ける。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

図書館の外壁に背を預けながら、私はあの妖精を眺めていた。

 

ポチタン、とかいう名の妖精は、ふらふらと辺りを漂いながらここまで流れ着いてきた。

 

自分がどこにいるかも把握できていないのだろう。

 

「ポチ……」

 

いいぞ、そのまま迷え。

 

散々私たちの邪魔をしてきた報いを受けるがいい。

 

マコトジュエルを取り返されるたびにウソノワール様に怒られて、全員が痛い思いをする。

 

その原因をたどれば、結局はこの妖精に行き着く。

 

取り返されたジュエルをまた一から探し直す手間をかけさせる面倒な妖精だ。

 

「迷子になってしまったマルちゃんは、とても心細くて泣きたくなりました」

 

「ポチ?」

 

図書館の中から声が聞こえた。

ポチタンはその声につられるようにして、窓の方へふわりと向かっていく。

 

釣られやすいやつ。

 

私も角度を変えて、窓の中を覗き込む。

 

制服を着た女子生徒が、小さな子どもたちを前に本を読み聞かせていた。

 

――待って、あの制服。

プリキュアが通っている学校と同じじゃないか。

 

舌打ちを飲み込んで、表情を変えないまま観察を続ける。

 

「『さびしいよう……こわいよう……誰かお家へ、ママのところに連れていってよう……』大きな声で泣いてしまおうかと思った時に、一羽の小鳥さんが飛んできて言いました」

 

「……ポチぃぃ!」

 

ポチタンの目が潤んでいる。

話に入り込みすぎだろう。

 

「『チュンチュン!一緒に遊ぼ!』マルちゃんはうれしくなって言いました。『いいよ!遊ぼ!』」

 

窓の外でポチタンが目をきらきらさせながら聞き入っている。

こんな他愛もない話の何がそんなに良いのか私には理解できない。

 

迷子になった丸っこい何かが小鳥と友達になって家に帰る、それだけの話だろう。

 

「『あ、お家だ!』『ママ!ただいま!』『マルちゃんお帰りなさい。シチューがあるわよ』お家に帰ったマルちゃんは、出会った友達のことを嬉しそうにお話しました。おしまい」

 

「「わぁ~」」

 

子どもたちが声を上げる。

ポチタンも同じように目を輝かせていた。

 

読み聞かせが終わり、室内に漂う明るいオーラが、ガラス越しでも伝わってくるようで暑苦しい。

 

ハッピーエンドなんて下らない。

悲劇の方がよほど美しい。

 

誰も救われず、永遠の闇に飲み込まれ、二度と平和が戻らない世界。

 

ウソノワール様が目指す未来のためにそうあるべきだ。

 

「あっ、ママだ!お姉ちゃんありがとう!」

 

「バイバ~イ!」

 

保護者が迎えに来て、子どもたちが帰っていく。

少女も立ち上がり、何気なく窓に目を向けた。

 

そこにポチタンがいた。

小さな手を一生懸命叩きながら、拍手している。

 

人に見られているのに動き続けているが、大丈夫なのかポチタンよ。

 

妖精の存在が知られたら色々と面倒なことになるはずだが。

 

まあ、私が心配することでもないか。

 

「あ……えっ……え!?」

 

少女は目を擦ってもう一度窓の外を見た。

 

当然ながら、見えているものは変わらない。

これは現実だ、夢でも幻でもない。

 

まあ、一般人がプリキュアの存在やその周辺の非常識な出来事を知る機会などほとんどないのだから、無理もないとは思うけれど。

 

「動い……」

 

ポチタンは普通に動いていた。

ポーチのふりをしているわけでもなく、純粋に一つの生き物として、そこに存在している。

 

「ポチ?」

 

「喋ったああああああああああ!!!?」

 

少女の絶叫が図書館の中から外まで響き渡った。

 

あーあ、そんな大声を出したら注意されるよ。

まあ、どうでもいいけど。

 

騒ぎはすぐに収まった。

 

少女はひとつ深呼吸をして気持ちを整えたらしく、テーブルに座っているポチタンを、信じられないという顔で凝視している。

 

「こんちは!」

 

「わっ!こ……こんにちは!」

 

突然の挨拶に少女が翻弄されている。

 

言葉は話せるようになっていても、まだ限定的な語彙しか使えていない。

一つの情報として覚えておこう。

 

「あなたどこかで……あっ!明智さんの!」

 

少女が何かを思い出したように顔を上げた。

 

持ち主は明智あんなと小林みくる。

つまりキュアアンサーとキュアミスティックのお供妖精ということだ。

 

こんな目立つぬいぐるみのような見た目の生き物、一度でも目にしていたなら気にならない方がおかしい。

 

(………来る)

 

そろそろ場所を変えた方がいい。

そう判断したのは直感だった。

 

プリキュアの気配を感じる。

じわじわと確実に近づいてきている。

 

私は静かに地面を蹴り、一瞬で近くの木の陰に身を潜めた。

 

「ポチターン!どこにいるの~!?」

 

直後、プリキュアたちが図書館の敷地へ全力で駆け込んできた。

 

もうここまで辿り着いたのか。

想定より随分と早い。

 

「ジャックは!?」

 

「どこにもいない!」

 

私が尾行していたことまで把握している。

木の陰から様子を窺いながら、私は内心で認めた。

 

なかなかやるじゃない、名探偵プリキュア。

 

「あなたたち!」

 

そのとき、少女が図書館の窓を開け、あんなたちに向かって声を上げた。

 

まさかみのると同じ、名探偵プリキュアと繋がりのある人間か?

 

「「あっ!」」

 

「生徒会長?」

 

生徒会長……へぇ。

あの子、プリキュアが通う学校の生徒会長なのか。

 

確かに言われてみれば、あの真面目そうな雰囲気からなんとなく伝わるものはあった。

 

そして生徒会長の少女の横から、小さな顔がひょこりと顔を出した。

 

「あっ!?ポチタン!?」

 

「ポチ~!」

 

さて、この先がどうなるか、木陰からゆっくり見物させてもらうとしよう。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「お腹空いてたんだね……」

 

あんなの膝の上でポチタンがミルクを飲んでいる。

生徒会長はその様子を不思議そうに眺めていた。

 

「この子は何なのですか?」

 

「え……えっと……」

 

秘密にしてきた妖精の存在が、よりによって一番最初に生徒会長にバレてしまった。

 

私はみんなから少し離れたベンチに座り、ただじっと空を見上げていた。

 

生徒会長と顔を合わせたくなかった。

あの人は祖母の理事長と同じで、あまり話したくない相手だから。

 

言われたくないことばかり言ってくるせいで、頭がおかしくなりそうだから。

 

あんなとみくるは後悔していると言っていたけれど、あの真面目すぎる性格上、また私を標的にしてくるかもしれない。

 

どうせ自分の過去を話しても、「それで現実から逃げていい理由にはなりません」とか言われるに決まっている。

 

だから何も話さない。

 

「「………」」

 

二人が困ったような表情でこちらを見ているのはわかったが生徒会長の顔までは確認できなかった。

 

そのぎこちない空気を破ったのは、ポチタンだ。

 

「ポチタン!」

 

「ポチタン……かわいい名前ですね」

 

見たこともない生き物が喋っているのに全く動じていない。

 

さすが生徒会長というべきか。

状況を飲み込む速さがそもそも違う。

 

「私はれい」

 

「れい!」

 

自己紹介にポチタンがすぐ繰り返した。

 

「ポチタンを学校に連れてきていたのは、何か理由が?」

 

「え……あ、はい。ポチタンは友達で……」

 

「実は私たち、探偵をしてて……」

 

普通に聞けば何を言っているのか全くわからない内容のはずだが、生徒会長は疑いの色を見せることなく話を聞いていた。

 

「知っています」

 

「え?」

 

「明智あんなさんに小林みくるさん。演劇部のなくなったドレスを、あなたたちが見つけたと聞きました。ポチタンは探偵の仲間ということですか?」

 

あの騒動は生徒会長の耳にも届いていたらしい。

 

しるくさんに無茶振りをかまされて、あの日は本当にハチャメチャだった。

 

そんなことを思い出しながら、私は空を見たまま話を聞き続けた。

 

「そうなんです!」

 

「できれば学校にも一緒に行けると良いんですけど……」

 

学校に連れて行きたいのは、寂しいからだけじゃないだろう。

 

ジャックに尾行されていたリスクを考えれば、ポチタンを一人にしておくことへの不安があるのは当然だ。

 

本気で始末しにかかられていたらと思うと、心配するのも無理はない。

 

しばらく沈黙が流れる。

 

視線を向けると、生徒会長の表情が少し険しくなっていた。

 

校則に厳しいあの人だから、やっぱりダメだと思った。

 

でも、その表情はすぐに和らいだ。

 

「本来は校則違反ですが……学校に申請書を出して、許可を貰うという方法があります。私も一緒に行って、先生に掛け合いましょう」

 

「え……」

 

「良いんですか!?」

 

驚く二人に、生徒会長は胸元の左側に手を触れた。

四葉のクローバーが描かれた明るい緑色のバッジだ。

 

「これは、代々生徒会長から受け継がれてきたバッジで、これをつけた時に決めたんです。何があっても……生徒の力になると!」

 

生徒の力になりたい。

 

厳しいからこそ、正しい方向へ導きたいという気持ちがある。

 

それは伝わった。

伝わったけれど………。

 

「そう……思ったのですが……」

 

「………………」

 

生徒会長の視線が、少し離れた場所に座っている私へと向いた。

 

あんなとみくるも、同じようにこちらを見た。

 

私は顔を向けなかった。

空を見続けた。

 

無言の時間には何度も慣れてきたはずなのに、こういう種類の沈黙には、いつまで経っても慣れることができない。

 

「そういえばポチタン、どうして一人で探偵事務所を出たの?」

 

みくるが話題を変え、気まずい空気を和らげようとしているのがわかる。

 

ポチタンが元気よく答えた。

 

「ポチ!てがみ!」

 

「手紙?」

 

ポチタンが身体のどこかから、封筒に入った一通の手紙を取り出した。

 

アルカナ・シャドウとジャックについて重要な情報がこの中に入っているのかもしれない。

 

そう思った瞬間だった。

 

「それが秘密の手紙ね」

 

「「!!」」

 

突然聞き覚えのない声が前方から聞こえた。

 

気づけばそこに、アルカナ・シャドウに変身する少女がマシュタンを連れて立っている。

 

いつの間に現れたのか、全く気配を感じなかった。

 

「その手紙を渡して」

 

「やぁ!!」

 

歩み寄る少女にポチタンが首を振る。

 

ポチタンが手紙を持っていることを、どうやって知ったのか。

まさかジャックが報告していたのだろうか。

 

「ならあなたごと連れて行くしかないわね」

 

マシュタンの言葉に、あんなとみくるが即座にポチタンを庇う。

 

「っ……ポチタンは渡さない!!」

 

「うん!」

 

張り詰めた空気の中で互いに睨み合っていると、さらに背後から声が聞こえてきた。

 

「アルカナ・シャドウ、手柄を独り占めするつもりかい?」

 

わかりやすい男性の声、特徴的な話し方。

 

「「ニジー!!」」

 

驚く間もなく、今度は横から別の気配が滲んできた。

 

存在しているだけで鳥肌が立つような、静かな狂気を帯びた声。

 

「何二人で楽しもうとしてるのかな?」

 

「なっ……ジャックまで!?」

 

ジャックまで現れ、三方から囲まれた形になった。

 

最近は単独ではなく複数で動くことが増えている。

 

プリキュアを脅威と見ているのか、芽を早めに摘もうとしているのか、それとも単純に傷つけたいだけなのか。

 

「あなた、ポチタンをずっとつけてたでしょ!!」

 

「はて、何のことやら?」

 

ジャックはわざとらしくとぼけた。

 

ポチタンが手紙を持っていることをアルカナ・シャドウに知らせたのは、ほぼ間違いなくジャックだろう。

 

「ジャックか。参加するのは構わないが、せいぜいボクに余計なことはしないでくれよ」

 

「大丈夫、あくまで私は二人と遊ぶだけ。手紙の回収はニジーとアルカナ・シャドウに任せるよ」

 

戦いを遊びと呼ぶ。

 

その感覚が、私にはどうしても理解できなかった。

 

ウソノワールほどではないにしても、ジャックがプリキュアにとって危険な存在であることは変わらない。

 

むしろこの掴みどころのなさが、一番厄介かもしれない。

 

「……!」

 

「会長さん!?」

 

生徒会長が両手を広げて前に出た。

 

怯えていない。

怪盗団ファントムという、見るからに危険な存在を前にして、それでも一歩も引かない。

 

無謀だ、とはっきり思った。

 

力の差は残酷なほど明確で、人間がその間に立ったところでどうにもならないことは私にはわかっている。

 

それでも………

 

「私は生徒の力になりたい!!なると決めたんです!!」

 

その言葉は本物だった。

私にも伝わった。

 

「なんだキミは?ボクの邪魔をするなら容赦しないよ」

 

ニジーが冷たい視線を向ける。

妖精にとって人間はただの障害物だ。

 

それは揺るがない現実だった。

 

しかしその瞬間、胸元のバッジが激しい光を放つ。

 

「え……?」

 

「あ!あれは……!」

 

見覚えがあった。

 

以前、絵画の時にも同じ光景を見た。

 

人の想いが強く結晶する瞬間、導かれるように真実の輝きが宿るあの現象。

 

生徒会長のバッジに、マコトジュエルが宿ったのだ。

 

「マコトジュエルが生まれた……!こいつはいい、一石二鳥だ!」

 

しかしタイミングが悪すぎた。

 

目の前に怪盗団ファントムがいる状況でのマコトジュエルの誕生。

 

ニジーがすかさず薔薇を取り出し、バッジ目がけて投げつける。

 

薔薇は正確にバッジを胸元から弾き飛ばし、そのままニジーの手に収まってしまった。

 

「ウソよ覆え!出でよ、ハンニンダー!」

 

バッジに宿ったマコトジュエルが黒く染まり、ハンニンダーが召喚された。

 

「ハンニンダー!!」

 

見た目はバッジそのものだが、クローバーが描かれた花びらの部分がまるで扇風機の羽根のように広がっている。

 

結界が広がり、周囲と完全に遮断された。

同時に、生徒会長の姿が結界の外へと弾き出されるように消える。

 

向こうから見れば、突然私たちが消えたように映っているだろう。

 

「オープン、ティアアルカナロッド」

 

少女の身体が光に包まれ、神秘と秘密に覆われたその姿がゆっくりと変わっていく。

 

あの少女は一体どんな過去を経てきたのか。

その問いが胸をよぎったが、今は答えを探す時間がない。

 

「神秘と秘密で包み込む、『キュアアルカナ・シャドウ』」

 

変身が完了し、アルカナ・シャドウが私たちの前に立つ。

 

その視線は真っ直ぐにポチタンが持っている封筒へ向いていた。

 

「その手紙を渡して。さもないと……」

 

見せつけるように拳を握りしめ、脅しをかけてくる。

言葉の続きは言わなかったが、言わなくても伝わる。

 

渡さなければ潰す、そういうことだ。

 

なんて物騒な仕草なんだ。

とても美少女がやっていい脅し方じゃない。

 

「ポチ……」

 

「大丈夫だよ」

 

「私たちがついてる!」

 

不安そうに縮こまるポチタンを抱きしめながら、あんなとみくるが前に出た。

 

「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」

 

光が二人を包んでいく。

 

「どんな謎でも、はなまる解決! 名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ! 名探偵『キュアミスティック』!」

 

「「名探偵プリキュア!!」」

 

名乗りが終わると同時に、二人のプリキュアも前に立つ。言葉を交わす間もなく、アルカナ・シャドウが先に動いた。

 

「はぁっ!」

 

素早い足蹴りが連続で繰り出される。

それほど焦っているのか。

 

しかしミスティックがギリギリで躱し、続けてアンサーへの回し蹴りも同じように避けられた。

 

アルカナ・シャドウの攻撃速度はかなりのものだ。

それでも二人に当たらないのは、反射神経がさらに研ぎ澄まされている証拠。

 

「やるわね」

 

「それなら……」

 

ティアアルカナロッドが掲げられ、周囲に無数の星が展開される。

 

「アルカナスターレイン」

 

大量のビームが二人へ向かって降り注いだ。

 

以前なら一方的に押されていた技だが、今回は違った。

 

「ミスティックリフレクション!」

 

展開されたバリアがビームをすべて防ぎ切る。

 

(………もうそこまで来ているなんて)

 

バリアの強度が上がっている。

それにアルカナ・シャドウの動きに合わせられるようになってきている。

 

プリキュアというのは、こんなにも早く成長するものなのか。

 

「ポチタンには指一本触れさせない!」

 

アルカナ・シャドウの表情は険しいままだが、敵は他にもいる。

 

「ベイビー、ボクたちもいるのを忘れないでくれよ」

 

「ハンニンダッダー!」

 

ニジーが動いた。

 

ハンニンダーの花びらが高速回転し始める。

台風並みの暴風が一瞬で発生し、アンサーとミスティックの二人を上空へ吹き飛ばした。

 

「「くっ……きゃあああ!!」」

 

「やるね!じゃあ私も!」

 

今度はジャックは地を蹴って跳び上がり、吹き飛ばされた二人の真上に瞬時に移動して全力で足を薙ぎ払う。

 

「ふっ!!」

 

「「あぁぁっ!!」」

 

まともに蹴りを食らった二人が悲鳴を上げ、地面へ叩き落とされた。

落下ダメージのおまけつきで。

 

「「うっ……」」

 

「ポチ………」

 

地面に叩きつけられた二人のうめき声が聞こえ、ポチタンが心配そうに声を絞り出している。

 

「アンサー!ミスティック!!」

 

呼びかけてもなかなか起き上がれずにいた。

 

アルカナ・シャドウはそんな二人を気にする素振りも見せず、ポチタンへと近づいてくる。

 

「さあ、手紙を渡しなさい」

 

アルカナ・シャドウは手紙の回収が目的。

ニジーはマコトジュエルを狙っていて、ジャックはプリキュアと戦っているだけ。

 

三者三様で、目的はまるでバラバラだ。

 

「ポチ……」

 

「っ……だぁぁっ!!」

 

「はあああっ!!」

 

アンサーがポチタンを抱えたまま突進するも、あっさりと躱される。

続くミスティックのパンチも軽々と回避された。

 

「渡さないよ!」

 

「手紙もポチタンも!」

 

だが、相手はアルカナ・シャドウだけじゃない。

視野を狭めた瞬間に足元をすくわれる。

 

「アルカナ・シャドウにばっかり気を取られて大丈夫かい?名探偵?」

 

「「!!」」

 

ニジーとハンニンダーが、いつでも攻撃できる体勢で待機していた。

 

「ハンニンダッダー!」

 

「「うぁっ……!くっ……」」

 

暴風が再び叩きつける。

 

今度は二人とも耐えようとしているが、身動きが完全に封じられていた。

近接のアルカナ・シャドウとジャック、遠距離からのハンニンダーの妨害。

 

連携が噛み合っている。

 

「でも、いつまで耐えられるかな?」

 

「「うぅ………」」

 

風がさらに強くなる。二人が少しずつ後退させられていく。

劣勢なのは誰の目にも明らかだった。

 

「ダッダー!」

 

空気が薄くなる感覚がある。

胸の奥の鼓動が鮮明に聞こえてくる。

 

そんな中で、アンサーが拳を握りしめた。

 

「そのバッジには想いが詰まってる!困っている人の力になりたいって、強い思い……」

 

ただの物じゃない。

その声には迷いが一切なかった。

 

軽口も虚勢も混じっていない、真っ直ぐな言葉。

ミスティックが隣で息を整え、強く頷く。

 

「私たちも決めたの!」

 

覚悟という目に見えないものが、じわりと場に満ちていく。

 

「バッジ、絶対に取り戻す!」

 

二人の声が重なる。

 

「「ふっ……はぁぁぁ!」」

 

息を吐き、力を溜め、足元の砂がわずかに震えた。

 

「「はああああぁぁぁぁぁ!!」」

 

咆哮にも似た気合と共に、二人の身体が前へ弾けた――しかし、

 

「させないよ」

 

静かな声……けれど、それは鋭利な刃のように、空間そのものを断ち切った。

 

「「ぐっ……あぁぁ!!?」」

 

二人の動きが、まるで見えない壁に叩きつけられたみたいに止まる。

衝撃が遅れて伝わり、身体が弾かれた。

 

何が起きたのか、理解する前に。

 

「ポチぃぃぃ!?」

 

アンサーに抱かれているポチタンの悲鳴が場違いなほど甲高く響いた。

 

――ジャック。

 

彼女はただそこに立っているだけ。

なのに、圧が違う。

 

さっきまでとは明らかに別物。

空気が、彼女を中心に歪んでいるみたいだった。

 

「勝手に変なことを決められるとこっちも迷惑なんだよね」

 

軽い口調。

けれど、その裏にある苛立ちは隠そうともしていない。

 

「どこまでも私たちの邪魔をするキュアット探偵事務所には正直うんざりしてるんだよ。戦いは嫌いじゃないんだけど、少しはこっちの気にもなってよ」

 

言葉の端々に、冷たい愉悦が滲む。

 

「ジャック!!」

 

ミスティックが叫ぶ。

その声には怒りと焦燥が混ざっていた。

 

ジャックは小さく首を傾げる。

まるで本気で理解できていないかのように。

 

「まだわからないの?あなたたちは私たち怪盗団ファントムの『敵』。こっちだってウソノワール様の目的を遂行させる使命がある」

 

“使命”

 

その単語が重く響く。

遊び半分じゃなく、本気でそれを背負っているような声音だ。

 

「その通りだよベイビー!」

 

場違いなほど陽気な声が割り込む。

 

ニジーだ。

両手を広げ、舞台役者みたいに大げさに笑う。

 

「キミたちがどんなに足掻いても怪盗団ファントムは永久に不滅。最高のショーを届けるのがボクたちの役割なのだよ!」

 

ふざけているようでその実、宣言は一切揺らがない。

軽薄さの裏に、確固たる自負がある。

 

――そして。

 

「あなたたちに私の秘密を知られるわけにはいかない」

 

低く抑えた声。

アルカナ・シャドウが一歩前に出る。

 

影が、彼女の足元からじわりと広がった気がした。

 

「だから諦めて手紙を置いて帰って」

 

そこには一切の交渉の余地がない。

 

目の前にいるのは、ただの敵じゃない。

それぞれが、それぞれの“理由”を背負っている。

 

だけど――それでも。

 

私は、アンサーとミスティックの背中を見る。

弾き飛ばされたはずなのに、二人はもう立ち上がろうとしている。

 

張り詰めた沈黙が、刃のように場を切り裂いていた。

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