かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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怪盗団の厄介な連携

【みのるSide】

 

「それが怪盗団ファントムの使命って……」

 

アンサーの確実に芯を射抜く低い声。

先ほどまでの気迫とは違う、怒りを押し殺した静けさがそこにあった。

 

ゆっくりと顔を上げ、その瞳はジャックを捉えている。

 

「ウソノワールのためにって言うけど……そのせいで泣いてる人がいるなら、それは間違ってる!使命だとか、目的だとか……そんな言葉で正当化しないで!」

 

言葉の一つひとつが、研ぎ澄まされた刃みたいに鋭い。

 

「誰かの大事なものを奪っていい理由になんて、ならない。そんな言葉で切り捨てられるほど、軽い想いで動いてるわけじゃない!」

 

その断言に、空気が微かに震えた気がした。

 

「秘密があるなら守ればいい。でも――」

 

ミスティックは言葉を区切り、アルカナ・シャドウへと視線を向ける。

 

その目には、わずかな揺らぎと、それ以上の強さが宿っていた。

 

「誰かを傷つけてまで隠すものなんて、正しいわけがない!」

 

その一言は、迷いを振り切るように強く響いた。

 

相手は明らかに格上だ。

今までの戦いでそれは嫌というほど思い知らされたはずなのに。

 

それでも二人は退かない。

 

アンサーが一歩踏み出し、足音が大きく聞こえた。

 

「敵だって言うなら、それでいい。でも、敵だからって諦める理由にはならない。むしろ――止める理由になる」

 

その言葉には、揺るぎのない論理と感情が同時に宿っていた。

 

どちらか一方じゃなく、両方を抱えたまま前に進んでいる。

 

ミスティックが隣に並ぶ。

肩が触れそうな距離でぴたりと。

 

「私たちは全部わかってるわけじゃない。でも」

 

ほんの一瞬、私の方を見た気がした。

 

錯覚かもしれない。

それでも、その視線に何かを託されたような感覚が残る。

 

「間違ってるって思ったら止める。それだけは、絶対に曲げない」

 

押されていたはずなのに。

圧倒されていたはずなのに。

 

今、この場の中心にいるのは――間違いなく、あの二人だ。

 

ジャックの表情が少しだけ歪む。

笑っているのか、それとも別の感情か。

 

「……へえ、言うじゃない」

 

小さく、感嘆にも似た吐息。

 

だけど、その奥に潜むものはさっきよりもずっと固められた何か。

 

ニジーが大げさにため息をつく。

 

「いやいや、実に王道。だけどねプリキュア、それで勝てるほど現実は甘くないのだよ」

 

アルカナ・シャドウは何も言わない。

ただじっと二人を見据えている。

 

アンサーとミスティックは視線を逸らさない。

 

逃げない。

譲らない。

折れない。

 

その在り方が、あまりにも眩しくて――胸の奥が痛むほどだ。

怖いはずなのに、それでも――羨ましい、と思ってしまった。

 

長い沈黙が続いた次の瞬間、空気を裂くようにアンサーとミスティックが同時に踏み込む。

 

合図はない。

 

けれど、その動きは寸分の狂いもなく噛み合っていた。

 

左右から挟み込む軌道。

逃げ場を潰し、正面突破を強いる研ぎ澄まされた突撃。

 

「はああああぁ!!」

 

アンサーの拳が閃く。

 

「っ!?」

 

だが、ジャックは笑っていた。

 

迎撃の動作すらどこか軽やかで――次の瞬間、金属音のような衝撃が響き渡る。

 

ぶつかり合った力が空気を爆ぜさせた。

衝撃波が遅れて広がり、頬を叩く。

 

視界の端で、砂塵が舞い上がった。

 

何がどう交差したのか、目で追いきれない。

 

アンサーの連撃に、ジャックが最小限の動きで応じる。

その隙を縫うように、ミスティックの蹴りが差し込まれる。

 

本来なら、完璧な連携のはずだった。

 

「こっちよ」

 

別の声が背後から聞こえ、ミスティックが振り向く。

 

アルカナ・シャドウ……いつの間にそこに――そう思った瞬間には、もう遅かった。

 

「うっ――!」

 

ミスティックの身体が横から弾かれる。無駄のない体術。

重心を崩し、力の流れを断ち切る洗練された一撃。

 

追撃も容赦がない。

踏み込み、間合いを詰める。

 

肘、膝、掌底――どれもが急所を躊躇なく正確に狙っている。

 

「くっ……!」

 

ミスティックが防御に回るが、それだけで精一杯だ。

反撃の余地が削られていく。

 

「ミスティック!」

 

アンサーが割り込もうとした、その時。

 

「ボクの存在にも気づいてほしいものだね!」

 

ニジーの声が弾んで響いた。

同時にニジーが手を上げるとハンニンダーが動く。

 

「ハンニンダッダー!」

 

呼応する咆哮。

そして空気が唸りを上げた。

 

――圧そのものが渦を巻き、暴力的な奔流となって押し寄せる。

 

「うううっ……!?」

 

アンサーの足が止まる。

踏み出そうとした動きが、強引に押し返される。

 

呼吸すら奪われるような圧力に前に進めず、視界が揺れる。

砂と瓦礫が巻き上げられ、まるで嵐の中心にいるみたいだ。

 

「ボクたちがいつまでも連携をしてこないとおもったら大間違いだよ!」

 

ニジーの高らかな声が、暴風の中で歪んで響いた。

 

――完全に流れを持っていかれている。

 

アンサーはジャックに釘付けにされ、ミスティックはアルカナ・シャドウに押し込まれている。

 

そして、その両方をハンニンダーの暴風が寸断している。

 

合流できない。

連携が断ち切られている。

 

「はああっ!」

 

アンサーが無理やり踏み込む。

風を裂くように、力任せに突破を試みる。

 

けれど、その一瞬の無理が――

 

「隙だよ」

 

ジャックの声が、すぐそこにあった。

 

「ああぁぁっ!!」

 

衝撃、視界が跳ねる。

アンサーの身体が後方へ弾き飛ばされるのが、スローモーションみたいに見えた。

 

「アンサー!!」

 

ミスティックが叫ぶ。

だが、その声も、

 

「よそ見してる余裕はあるの?」

 

アルカナ・シャドウの冷たい一言で断ち切られれ、鋭い蹴りがミスティックの腹部に突き刺さった。

 

「がっ……!」

 

息が強制的に吐き出され、体勢が崩れる。

 

その一瞬を逃さず、さらに追撃。

まるで呼吸する暇すら与えない連続攻撃。

 

防ぐ。

いなす。

 

だが完全には捌ききれない。

 

ダメージが確実に蓄積していく。

 

暴風も止まらない。

視界の端で、アンサーが立ち上がろうとして再び風に押し戻されるのが見えた。

 

二人の距離がこんなにも遠い。

胸の奥が、嫌な音を立てる。

 

このままじゃ――押し潰される。

 

三人の連携は、あまりにも完成されていた。

 

個の強さだけじゃない。

互いの役割を理解し、隙を埋め合い、確実に相手を削り取っていく戦術。

 

その中心で、ジャックが静かに笑った。

 

「ほら、どうしたの?さっきの勢いはその程度?」

 

余裕すら滲む言葉が冷たく響く。

 

アンサーも、ミスティックも確かに強くなっているはず。

だけど――今回も完全に追い詰められていた。

 

それでも戦いは止まらないどころか、むしろ熱を帯びていく一方だった。

 

衝突のたびに空気が震え、音が遅れて追いかけてくる。

視界の中で光と影が交錯し、現実感が削り取られていく。

 

その中でアンサーがまた動いた。

 

さっきまでとは違う。

無理に突破しようとするのではなく、風の流れを読むように、わずかな間隙を縫って前へ出た。

 

「はあっ!!」

 

拳が低く鋭く伸びる。

 

ジャックがそれを受け流すも、逆側からミスティックの蹴撃が重なる。

 

タイミングが今度は噛み合っている。

 

「……っ」

 

ほんの一瞬だけ、ジャックの表情が動いた。

 

完全に防ぎきれない角度。

かすめるように衝撃が入る。

 

――通った。

そう思った刹那。

 

「残念でした」

 

次の瞬間には、状況がひっくり返される。

 

ジャックの指先が、空間をなぞるように動く。

 

それだけで、見えない圧が発生したかのように、アンサーの身体が強引に押し戻された。

 

「くっ……!」

 

足が滑る。

踏ん張る暇もない。

 

その隙を――

 

「逃がさない」

 

アルカナ・シャドウが逃すはずがなかった。

 

低く沈み込むような姿勢から、一気に間合いを詰める。

無駄の削ぎ落とされた動きが、まるで刃物みたいに鋭い。

 

掌底が鳩尾を狙う。

 

「ぐ……っ!」

 

ミスティックの呼吸が乱れる。

 

そこへさらに足払い、間断のない連鎖。

 

防御に回るしかない。

それすら、いつ崩れるかわからない。

 

「いい流れだね」

 

ニジーの声が弾む。

 

「ハンニンダー、追撃だ!」

 

「ハンニンダッダーッ!!」

 

応じる咆哮。

風が、質量を持ったみたいに膨れ上がる。

 

巻き上がる瓦礫。

視界を裂く砂塵。

 

「うっ……!」

 

アンサーが腕で顔を庇う。

だが、それだけでは足りない。

 

風はただの障害じゃない。

確実に動きを奪うための“拘束”になっている。

 

二人の距離がまた引き裂かれ、連携が寸断される。

 

「……まだだ!」

 

それでもアンサーが叫ぶ。

声が嵐の中でもはっきりと届いた。

 

その響きに呼応するように、ミスティックが歯を食いしばる。

 

「ならこれはどうだ……!」

 

そして二人の動きが変わった。

正面からぶつかるのではなく、風を利用する。

 

流れに逆らわずに乗る。

押される力をそのまま推進力に変えて、無理やり間合いを詰める。

 

――対応している。

ようやくこの状況に順応し始めている。

 

けれど、ジャックはそれを見て、ほんのわずかに口元を歪めた。

 

「……なるほどね」

 

感心とも、嘲笑ともつかない声音。

その目がすっと細められる。

 

「あなたたちが強くなるのなら、私たちもやり方を変えて――徹底的に争うまで」

 

宣言。

それは、引き金だ。

 

三人の動きが一段階速くなる。

アルカナ・シャドウの動きが、これまでより深く鋭くなる。

 

急所を狙う精度が上がり、わずかな隙すら許さない。

ニジーは間断なく指示を飛ばす。

 

風の強弱、流れの変化、攻撃のタイミング――すべてが計算され、戦場そのものが操られていく。

 

「――まだ遅いね」

 

一言。

それだけで、アンサーの動きが見切られた。

 

「っ!?」

 

回避したはずの軌道に、すでに攻撃が置かれている。

 

未来を読まれているみたいな精度。

 

衝撃が走る。

 

体勢が崩れる。

 

アルカナ・シャドウが抉る。

 

風が逃げ場を塞ぐ。

 

連携が、完全に噛み合っている。

 

「ぐっ……!」

 

「まだ……!」

 

二人は倒れない。

それでも、確実に追い詰められていく。

 

攻めても届かない。

守っても削られる。

逃げ場はない。

打開策も見えない。

 

それでも立っている。

その事実だけが、かろうじて均衡を繋ぎ止めていた。

 

こんな激戦なのに見ているだけの自分がひどく無力に思える。

 

「「!!?」」

 

すると空気が裂ける音を立てた気がした。

目の前で対峙していたジャックが、不意に両手を持ち上げる。

 

指先が揃えられ、まるで子供じみた“ピストル”の形――けれど、その仕草に宿る気配は遊びとは対極にあった。

 

嫌な予感が背筋を這い上がる。

その瞬間、指先が閃いた。

 

――黒。

 

光と呼ぶにはあまりにも禍々しい、闇を凝縮したような弾丸が放たれる。

 

空気を焼き、軌跡に歪みを残しながら一直線に飛来するそれを、アンサーとミスティックが紙一重で回避した。

 

だが、安堵する暇はない。

 

「っ……!」

 

間髪入れず、二発目。

 

続けざまに、三発、四発――発射の間隔が、明らかに詰まっていく。

 

音が重なり、衝撃が連なる。

逃げ場を削るように、黒い光が降り注ぐ。

 

「逃げて!!」

 

アンサーの声が鋭く飛び、二人は一目散に駆け出した。

 

地面を蹴るたびに、そのすぐ背後で爆発が咲く。

遅れれば終わり――そんな距離感で、死が追いすがってくる。

 

連続する轟音が鼓膜を殴りつけ、視界の端で、地面が抉れ、破片が舞い上がり、黒煙が連なっていく。

 

まるで、逃げる背中を狙い撃つ銃撃。

 

いや、それ以上だ。

 

「こんなの……」

 

思わず声が漏れた。

 

ジャックは笑っていた。

指先を軽やかに動かしながら、まるで演奏でもするかのように弾丸をばら撒いている。

 

その速度が、さらに上がる。

 

一発、二発、三発、四発、五、六、七、八――数えることすら無意味になるほどの連射。

 

もはや“撃つ”というより“降らせている”弾丸の雨。

逃げ場など、どこにもない。

 

「まだ……終わらないよ」

 

ジャックの声が静かに響いた。

彼女の身体が回転。

 

「指尖死雨乱舞」

 

低く告げられた言葉と同時に世界が崩れる。

 

回転する軸を中心に、無数の黒い光弾が四方八方へと撒き散らされた。

 

軌道は不規則で角度は無差別。

空間そのものが“危険域”へと変貌する。

 

逃げるという選択肢が消えた。

どこへ動いても、弾丸が来る。

 

「くっ……!」

 

アンサーとミスティックが、必死に軌道を読み、身を翻す。

 

だが、完全に避け切れる密度じゃない。

爆発が至近で弾け、その衝撃で体勢が崩れる。

 

その余波がこちらにも迫ってきたのを、私は寸前まで知らなかった。

 

「っ!?」

 

地面が爆ぜる。

熱と衝撃が押し寄せる。

 

――まずい。

 

「みのる!!」

 

叫びと同時に視界が遮られた。

 

二人の背中。

アンサーとミスティックが、私の前に立ちはだかる。

 

「ミスティックリフレクション!」

 

ミスティックが両手を広げると、淡い光の壁が展開された。

 

半透明の膜が、押し寄せる破壊を受け止める。

 

直後に衝撃。

連続する爆発がバリアに叩きつけられ、光が軋む。

 

ひび割れるような音が耳の奥で響いた。

 

「ぐっ……!」

 

ミスティックの声が歪む。

 

持たない――そう直感したとき。

ふと、違和感が走った。

 

爆発していない光弾が、いくつも――空中に止まっている。

 

時間を切り取られたように静止していた。

 

「……え……?」

 

理解が追いつかないまま、ジャックはゆっくりと指先を動かす。

 

その動きに呼応するように、停止していた数十発の光弾が一斉にこちらへと向きを変えた。

 

「っ、ヤバ――」

 

言い終える前に、弾丸が“投げられた”。

 

直線ですらない。

軌跡を歪め、逃げ場を塞ぐように、あらゆる角度から殺到する。

 

「お願い!ミスティック!!」

 

「くっ!!」

 

アンサーの声が重なり、バリアが強く輝く。

けれど、その光を嘲笑うかのように――着弾。

 

世界が白く弾けた。

 

轟音

 

衝撃

 

視界が光と闇に引き裂かれる。

 

何も見えない。

何も聞こえない。

 

ただ、圧倒的な破壊だけがそこにあった。

 

世界を覆い尽くした閃光がようやく剥がれ落ち、焦げた空気の匂いと粉塵のざらつきが現実を引き戻す。

 

「……うっ……」

 

かすれた声。

ミスティックだ。

 

目を凝らすと、半透明のバリアがひび割れたガラスのように軋みながらも――まだ、そこにあった。

 

完全には砕けていない。

けれど、その代償は明らかだ。

 

彼女の肩は大きく上下し、膝がわずかに揺れている。

 

あれだけの集中砲火を真正面から受け止めた反動が、身体の奥に食い込んでいるのが見て取れた。

 

「大丈夫!?アンサー!ミスティック!」

 

呼び掛けるも、返事はすぐに返ってきた。

 

「私たちは大丈夫。みのるが無事で良かった……」

 

アンサーは私の前に立ったまま振り返らずに言った。

その背中は、さっきまで爆発の直撃を受けていたとは思えないほど明るい。

 

「危なかったけどね……」

 

ミスティックが苦笑混じりに続ける。

けれど、その声には確かな疲労が滲んでいる。

 

「ポチ!」

 

ポチタンが跳ねるように鳴いた。

 

――よかった。

胸の奥で張り詰めていたものが、ようやく緩む。

 

まだ終わっていないのに、一瞬だけ安堵が入り込んだ。

 

だが、それも長くは続かない。

二人はすぐに前を向いた。

 

視線の先――瓦礫と煙の向こうに、怪盗団ファントムの三人。

 

再び対峙し、張り詰めた空気が形を持つ。その緊張を、不意に壊したのは――

 

「危ないだろジャック!ボクたちまで巻き込まれるところだったんだぞ!」

 

甲高く弾む声。

ニジーが、珍しく眉を吊り上げている。

 

「八……ハンニンダー……」

 

隣ではハンニンダーが縮こまっていた。

冷や汗が滝みたいに流れている。

 

さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、別の生き物みたいだ。

 

「少しは周りを見てほしいものね」

 

マシュタンがあからさまに呆れた顔をしている。

――味方同士で温度差がひどい。

 

その中心にいるジャックはというと、

 

「ごめんごめん、やっぱりこの技は連携で使うべきじゃないね」

 

まるで失敗談でも語るみたいに、あっけらかんと笑う。

さっきまでの、あの圧倒的な破壊を引き起こした張本人とは思えない口調。

 

冗談みたいな無邪気さと、現実の惨状があまりにも噛み合っていない。

 

その言葉にアンサーの肩がぴくりと揺れた。

ミスティックの目がすっと細められる。

 

――その一言は、戦場の音を奪った。

 

「弱いって罪だよね……」

 

軽く、無造作に投げられたはずの言葉が重い。

ジャックの視線が、ゆっくりとこちらへ向いた。

 

「守られることしかできないお荷物がいるだけで戦いをさらに不利にさせる。呆れるよね……花崎みのる」

 

名前を呼ばれた瞬間、心臓が強く跳ねた。

 

――知ってる。

 

わかってる。

 

言われなくても足手まといだってことくらい、嫌というほど思い知らされてきた。

 

握りしめた手のひらに爪が食い込む。

痛みがあるのに、それすら現実感を伴わない。

 

何か言い返さなきゃいけないのに、喉が凍りついたみたいに動かない。

 

悔しい。

 

情けない。

 

でも――否定できない。

その事実が、何よりも残酷だった。

 

「――ふざけないで!!」

 

突然空気を切り裂く怒声。

 

ミスティックだった。

 

これまで聞いたことのないほどの激しさで、ジャックを睨みつけている。

 

「みのるはお荷物なんかじゃない!!」

 

一歩踏み出す。

地面を踏みしめる音が力強く響いた。

 

「弱い?だから何!?弱いままで終わらないように考えて、動いて、それでもここにいるんだよ!!」

 

言葉が真っ直ぐすぎて、胸の奥に突き刺さる。

アンサーもすぐに続いた。

 

「そうだよ!!守られてるだけなんかじゃない!みのるがいなかったら、私たちはとっくに立ち上がれなくなってた場面は何度もあった!」

 

その声には怒りだけじゃなく、確かな確信が宿っていた。

 

思い出が断片的に脳裏をよぎる。

自分では大したことないと思っていたことばかりだ。

 

でも――

 

「戦えないことが罪?違う!誰かのために何かしようとする気持ちを踏みにじるほうが、よっぽど間違ってる!!」

 

ミスティックの言葉が空気を震わせる。

ジャックの表情が揺らいだ気がした。

 

私は――

 

何も言えないまま、ただ立ち尽くしている。

 

けれど、胸の奥で何かが確かに動いた。

 

さっきまで押し潰されそうだった感情が、少しずつ形を変えていく。

 

悔しさだけじゃない。

それ以上に――熱い。

 

言葉にならない何かが、じわじわと広がっていく。

 

「……聞いたでしょ」

 

その声はもう怒鳴り声じゃない。

けれど、さっきよりもずっと強い。

 

「みのるを否定するなら、私たちもあなたの言葉を否定する」

 

ミスティックが、隣で頷く。

 

「みのるが弱いなんて、絶対に認めない」

 

二人の立ち姿は、傷だらけのはずなのに少しも揺らいでいなかった。

 

その背中が、どうしようもなく――眩しかった。

 

ジャックはしばらく無言でこちらを見ていた。

そして、ふっと小さく息を吐く。

 

「……へえ」

 

その声音はさっきまでとは違っていた。

軽さの奥に、わずかな苛立ちと――興味が混じっている。

 

「そこまで言うんだ」

 

視線が再び私に向けられる。

逃げたくなるのに、今度は目を逸らせなかった。

 

アンサーとミスティックの言葉は確かに私を支えてくれた。

否定されたはずの自分を、強引にでも引き上げてくれるような力があった。

 

――でも。

 

(……違う)

 

心のどこかで静かに否定する声があった。

 

私はいじめられていた時もそうだった。

何もできなくて、ただ守られてばかりで、みくるが前に立って私はその後ろに隠れているだけだった。

 

今だって同じだ。

 

目の前で繰り広げられている戦いは、あまりにも次元が違う。

 

あんな場所に並び立つことなんて、どれだけ願っても叶わない。

 

どんなに二人が言葉を尽くしても。

 

どんなに否定してくれても。

 

――私は、弱い。

 

その事実は変わらない。

 

拳を握る。

さっきとは違う意味で、力がこもった。

 

(だったら)

 

思考が、静かに研ぎ澄まされていく。

 

(弱いままで、何ができるかを考えろ)

 

強くなれないなら、やり方を変えればいい。

 

前に出られないなら、別の場所から支えればいい。

 

戦えないなら――戦える人が戦いやすくなるように動けばいい。

 

それが私にできること。

それが、“弱者の戦い方”。

 

視線を上げる。

激突は続いている。

 

アンサーが弾かれ、ミスティックが押し込まれ、三人の連携が容赦なく二人を削っていく。

 

まともに近づけば、巻き込まれて終わりだ。

 

――だから、近づかない。

 

ふと、視界の端にある物が映り込んだ。

 

反射的にそちらを見る。

少し離れた場所。

壁際に設置された、金属製の箱。

 

(……あれ)

 

思考が一気に回り始める。

 

私は警戒されていない。

視線は誰もこちらに向いていない。

 

全員が戦いに意識を割いている。

 

なら………

 

(動くなら今だ)

 

呼吸を殺す。

音を立てないよう、地面を蹴る。

 

一歩。

また一歩。

 

戦場の縁をなぞるように、静かに、確実に距離を詰めていく。

 

背後で轟音が響き、風が唸る。

 

衝撃が空気を震わせる。

その全てを、意識の外に追いやる。

 

見据えるのは、ただ一つ。

そこに辿り着ければ、状況を変えられるかもしれない。

 

――変えてみせる。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

押し切れる。

そう確信した瞬間だった。

 

アンサーとミスティックは確かに粘っている。

 

けれど連携は寸断され、動きは鈍り、確実に消耗している。

 

このまま圧し潰せば終わり――そう判断するには十分な材料が揃っていた。

 

「ウソノワール様の妨害をした極悪人には、お仕置きが必要だよ」

 

私は再び指を銃の形に組み、静かに狙いを定める。

 

意識を収束させる。

周囲の雑音が遠のき、標的だけが鮮明に浮かび上がる。

 

――終わらせる。

 

「私とウソノワールの約束を無下にした恨みを味わいなさい」

 

内側で力が脈打つ。

収束した光が、指先に凝縮されていく。

 

「極光殲滅……」

 

解放の寸前。

 

その時だった。

 

「おりゃああああああ!!」

 

――水音。

 

唐突に視界が弾けた。

 

「な!?」

 

冷たい衝撃が顔面を打つ。

次の瞬間には、圧力を伴った水流が容赦なく叩きつけてきた。

 

視界が白く潰れ、呼吸が乱れる。

思考が一瞬だけ空白になる。

 

――どこから?

 

いや、それよりも完全に油断した。

 

意識外からの介入。

想定していなかった角度。

 

よりにもよって、このタイミングで。

 

弱いから……戦わないから完全に警戒を外していた。

 

あそこにあるのは消火栓の収容ボックス!?

あれを目眩ましに使ったのか!?

 

「このっ……!」

 

まずい、体勢を立て直さないと。

 

水が止み、視界が徐々に輪郭を取り戻していく。

 

滲んだ世界がようやく焦点を結び始めた、その刹那。

 

――目の前に、拳があった。

 

「「はあああああぁぁぁぁっ!!」」

 

声と同時に時間が加速する。

 

避ける?

無理だ。

 

思考が判断を下すよりも早く、距離はゼロに収束している。

 

防御?

間に合わない。

 

選択肢が成立する前に、結果だけが到達する。

 

「うっ……ぐあぁっ!?」

 

衝撃。

胸元に、重く鋭い力が叩き込まれる。

 

空気が強制的に押し出され、呼吸が断たれる。

内臓が揺れ、骨格が軋む。

 

身体が後方へ弾き飛ばされた。

 

――当たった。

 

私が、初めて。

 

あの二人の攻撃を、まともに受けた。

 

『縺斐a繧薙↑縺輔>窶ヲ窶ヲ縺ソ縺ョ繧銀』

 

……何だ、今のは。

 

音とも声ともつかない何かが、意識の奥で微かに軋んだ。

 

理解が追いつかないまま視界が回転する。

地面が迫り、衝突。

 

転がり、止まる。

 

背中に伝わる硬い感触。

視界の端に、ハンニンダーの影が映った。

 

呼吸を整え、乱れたリズムを無理やり引き戻す。

胸の奥に残る痛みが、やけに鮮明だった。

 

――やられた。

 

完全に、不意を突かれた形だ。

 

ゆっくりと上体を起こす。

 

視線の先では、アンサーとミスティックが構えを解かずにこちらを見据えている。

 

あの少女はホースを握りしめたまま、荒い息をついている。

 

花崎みのる。

さっきまで視界の端にも置いていなかった存在。

 

それが今、確実にこの一撃を成立させた要因になった。

 

「……やってくれるじゃん」

 

口の端がわずかに上がる。

 

苛立ちと、痛みと――そして、ほんの少しの興味が混ざった歪な感情。

 

ほんの一手で弱者が盤面に食い込んできた。

 

――面白い。

 

そう思ってしまった自分にも少しだけ腹が立った。

 

「……は?――あのジャックが一撃を!?」

 

間の抜けた声がニジーの口から零れている。

 

誇張でも何でもない。

あいつの目は、舞台の幕が予定外に落ちた時みたいに、露骨に見開かれている。

 

アルカナ・シャドウも沈黙したまま、わずかに表情を歪めた。

 

感情を表に出さないあいつにしては、珍しい反応だ。

 

――その程度には、想定外。

 

まだ胸の奥に残る鈍い痛みが、それを裏付けている。

 

だが、

 

「……で?」

 

私はゆっくりと立ち上がる。

砂を払う仕草すら、意識して丁寧に。

 

「それで、流れが変わったつもり?」

 

視線の先、アンサーがこちらを睨み返す。

 

その目にはさっきまで以上の熱が宿っていた。

 

怒りや決意。

そして――折れていないという確信。

 

「みのるは弱くないって、これでわかったでしょ」

 

「………」

 

「どんな形でも、誰かのために動いた結果がこれ。それを否定する資格なんて、あなたにはないよ」

 

言い切る声音に揺らぎはない。

 

……なるほど。

なら、試してやろう。

 

「なら見せてみなよ。あなたの『答え』とやらを」

 

口元に、自然と笑みが浮かぶ。

 

一瞬の沈黙。

 

アンサーは、隣のミスティックと視線を交わす。

 

――笑った。

 

まるで答え合わせでもするみたいに。

 

「オープン!プリキットミラールーペ!」

 

掲げられたそれは、見慣れたはずの道具。

 

けれど、ミスティックは動かない。

 

……は?

 

違和感が鋭く胸を掠める。

 

いつもの合体技じゃない。

二人で完成させる形じゃない。

 

――個人技?

 

「ポチタン!」

 

「ポチー!」

 

妖精からマコトジュエルを受け取るという流れは同じ。

 

なのに空気が違う。

密度が変わり、圧が一点に収束していく。

 

「マコトジュエル!」

 

装着した瞬間、アンサーの全身から光が噴き上がった。

 

「キュアアンサーが解決!」

 

回転する中央の宝石。

 

一回

 

二回

 

三回

 

――その先に現れたものを見て、思考が一瞬遅れた。

 

(……剣?)

 

ミラールーペから伸びる、長大な刃。

 

光で編まれたそれは、武器というより、意思そのものを形にしたような鋭さを帯びていた。

 

探偵道具だったはずの道具が、完全に別物へと変質している。

 

(エネルギーを……武器に?)

 

理解が追いつくより早く、

 

「プリキュア!アンサーはなまるソード!」

 

名乗りと同時に空が割れたように光が広がった。

 

青空に、純白の羽根が舞う。

 

演出――なんて軽い言葉で片付けられない。

 

あれは力の顕現だ。

 

「はああああああああっ!!」

 

踏み込み。

だけどさっきまでとは比較にならない力強さ。

 

直線的で、それでいて無駄がない。

迷いを削ぎ落とした一撃のためだけの加速。

 

ハンニンダーが咆哮を上げる間もなく光が走った。

 

一閃

 

それだけ。

 

次の瞬間には、巨大な胴体が簡単に斬り裂かれていた。

 

「キュアット解決!」

 

言葉と同時に、内部から光が爆ぜる。

柱のように天へ伸び、存在そのものを分解していく。

 

「ハン……ニン………ダーぁぁぁぁ………」

 

力の抜けた断末魔。

 

それはあまりにもあっけなく、空へと溶けていった。

 

――戻った静寂。

 

さっきまでの暴風が嘘みたいに戦場が止まる。

 

私はその光景を見据えたまま、ゆっくりと息を吐いた。

 

「剣か……面白い技持ってるじゃん……」

 

ぽつりと、そう呟く。

 

弱者の一手、それに乗じた想定外の進化。

プリキュアは格段に実力をつけている。

 

これは私が想像していた以上に面白いことになりそうだ。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

ハンニンダーが倒された瞬間、張り詰めていた結界が泡のように静かに溶けていく。

 

プリキュアの二人もそれを感じ取ったのだろう、ジャックたちがまだそこにいるにも関わらず、変身を解いた。

 

もう戦う理由がない。

手紙はポチタンが持っていて、マコトジュエルを取り返してポチタンに回収してもらった。

 

これ以上、剣を交える必要はどこにもなかった。

 

結界が解けたことで、それまで隔離されていた生徒会長の姿が視界に戻ってくる。

 

生徒会長もこちらに気づいたようで、その表情は驚きで染まっていた。

 

「ポチ……」

 

ポチタンが小さく呟いた。

長い戦いを終えた、ほっとした声だった。

 

――だから、気づけなかったのかもしれない。

 

魔の手はそんな隙を狙っていた。

 

「ごめんね」

 

「ポチ!?」

 

戦いが終わり、誰もが警戒を解いたその一瞬。

 

マシュタンがするりと忍び寄り、ポチタンの手からあっさりと手紙を抜き取ってしまった。

 

「じゃあね」

 

マシュタンから手紙を受け取ったアルカナ・シャドウは、それだけ言って即座に撤退。

 

あれだけポチタンと手紙を守り抜いたのに、最後の最後でしてやられた。

 

手紙は奪われた。

 

「「あ!?」」

 

二人の声が重なる。

変身を解いたばかりで、追う手段がない。

 

頭脳でもやはりアルカナ・シャドウの方が一枚上手だった。

 

「待ちたまえ!アルカナ・シャドウ!」

 

「ま、少しは楽しめたかな」

 

ニジーの声が響いたかと思えば、煙幕とともに掻き消えた。

 

ジャックもまた、これ以上手を出すつもりはないらしく、さっさと姿を消していった。

 

相変わらず状況の変わり方が早い。

あれだけの激戦が繰り広げられていたのに、気がつけばもういつもの風景だ。

 

怪盗の「痕跡を残さない」という言い伝えとは、こういうことも言うのだろう。

嵐が過ぎ去ったように、何事もなかった顔で世界が元に戻っている。

 

「……………??」

 

一番状況を理解できていないのは、おそらく生徒会長だろう。

 

目の前で私たちが消えたと思ったらまた現れて、現れたと思ったら敵がすぐに撤退していく。

 

結界の中で何が起こっていたか、知る由もないはずだ。

 

「ポ………ポチぃぃぃ………!」

 

そんな中、ポチタンが泣きそうな声を上げた。

 

せっかく頑張ってあんなとみくるのために手紙を届けに来てくれたのに、それを盗られてしまった。

 

その悔しさが滲み出るような小さな嗚咽だった。

あまりにもかわいそうだ。

 

「今のは仕方ないよ……」

 

あんながそっとポチタンを抱き寄せて慰める。

 

するとみくるの持っているプリキットボイスメモから着信音が流れた。

ジェット先輩からだろう。

 

「ジェット先輩!ポチタンと会えたんだけど手紙が!」

 

〈手紙?〉

 

みくるが早口で今起こったことを捲し立てる一方、ジェット先輩の声は妙に落ち着いていた。

慌てる様子が、まるでない。

 

「………ぁ」

 

「…………ぅぅ」

 

残された私と生徒会長は、再び気まずい沈黙に包まれた。

 

……どうすればいいんだ、この空気。

二人とも、早く来てくれ。

 

「みんな!」

 

そう心の中で懇願していたら、生徒会長の方からあんなとみくるへ声をかけた。

 

「大丈夫?心配しました。急にいなくなったから……」

 

目の前で突然消えたはずなのに、混乱より心配が先に来る。

生徒会長のメンタルは、本当に強い。

 

「心配かけてすみません!」

 

「会長さん、これ……」

 

申し訳なさそうにしながら、二人が取り返した生徒会長のバッジを差し出した。

生徒会長はそれを受け取って、優しく微笑んだ。

 

「………ありがとう」

 

生徒会長の声は静かで、柔らかかった。

 

その間もあんなとみくるの頭はフル回転しているのが傍から見ていてもわかった。

本来一般人に見せてはいけない場面を、ほぼ全部見られてしまったのだから。

 

「えぇと……」

 

「何をどう説明して良いやら……」

 

二人が言葉を探して視線を泳がせていると、生徒会長は困ったように悩む二人へ穏やかな表情のまま口を開いた。

 

「説明はいいよ。探偵には、秘密にしなきゃいけない決まりがあるんでしょ?」

 

「「え?」」

 

二人に続き、私も思わず目を瞬かせた。

 

――敬語じゃない。

 

ずっと生徒会長はきっちりとした敬語で話していた人だ。

 

それがいきなり砕けた言葉を使うのは、正直に言って意外すぎた。

ものすごい違和感が全身を走る。

 

「言ったでしょ?生徒会長として、あなたたちの力になるって決めたから」

 

生徒会長としての覚悟も、生徒の力になりたいという想いも、微塵も揺らいでいない。

 

あのマコトジュエルが宿るほどの強い気持ちだ。

本物だということは、間違いない。

 

「れい~!」

 

「れいさんだよポチタン!」

 

みくるの訂正も聞かずに、ポチタンが生徒会長の胸に飛び込んでいった。

 

生徒会長はそれをやさしく抱きしめる。

威厳ある生徒会長、というイメージは今はもうどこにもなかった。

 

「いいよ、れいで。あなたたちにもそう呼んでほしい。敬語もいらない」

 

「あ……じゃあ、れい」

 

「よろしく、れい」

 

呼び捨てでいい、敬語もいらない。

 

そう言われた二人は若干混乱しながらも、ぎこちなく名前を呼んだ。

 

二人の頑張りに感心したのか、それとも純粋に友だちとして接したいのか、その真意まではわからない。

 

ただ、ぎこちなさが残りながらも初めて名前を呼ばれた生徒会長は、笑顔でこう返した。

 

「こちらこそ」

 

「……………」

 

そのやり取りを、私はまた少し離れた場所から眺めていた。

 

孤独だと思った。

 

……いや、自分から輪に入るのを避けておいて何を言っているんという話だけど。

 

私はやっぱり周囲に溶け込めない、残念な人間なんだろうか。

 

「………私たちは、そろそろ帰ろうか」

 

「そうだね。みのるはどうする?」

 

「………え、私?」

 

突然話しかけられて、思わずポカーンとしてしまった。

どうするって、どういうこと?

 

「もう……そんな変な顔しないの!……みのるが考えてることぐらい、今ならすぐにわかるよ」

 

みくるにそう言われてようやく気がついた。

そういうことか。

 

あんなとみくるは、生徒会長と私が二人きりで話す場を作ろうとしてくれているんだ。

 

確かに……このまま二人が生徒会長と仲良くなって、私だけが犬猿の仲みたいな状態になってしまったら、あんなもみくるもきっと悲しむ。

 

それに私だって生徒会長を完全に嫌いにはなれない。

 

悪い人じゃない。

それはわかっているから。

 

「………わかった。少し残ってるから、先に帰ってて」

 

「うん。図書館の入り口辺りで待ってるよ」

 

みくるが力強く頷く。

あんなは何も言わなかったけれど、そっと微笑んでからポチタンに声をかけた。

 

「ポチタンも行こう!みのるとれいの邪魔しちゃダメだからね」

 

「ポチ~!」

 

ポチタンは素直に生徒会長の手を離れて、ぱたぱたと二人の後を追っていった。

 

そしてまた、気まずい沈黙が降ってきた。

残されたのは私と生徒会長だけだ。

 

「あの……朝のことはすみま……」

 

「……すみませんでした」

 

私よりも先に、生徒会長から謝罪の言葉が落ちてきた。

 

私は驚きを隠せない。

生徒会長は、いつもの整然とした佇まいのまま立っている。

 

ただ、その視線だけがどこか揺れていた。

 

「……どうして生徒会長が謝るんですか?」

 

そう尋ねると、彼女は一瞬だけ目を伏せた。

言葉を選ぶようにわずかな間が空く。

 

「私や祖母の理事長は、自分から生徒たちの個人情報やプライベートな問題には踏み込まないように気をつけてるんです」

 

静かな説明だった。

規則のようでいて、どこか誇りにも似た響きがある。

 

「しかし、あなたの授業を受けたくなかった理由や、外を出歩くことが多いことからも……なんとなく予想できたんです」

 

予想………つまり、知っていたわけじゃない。

ただ、当てはめただけ。

 

「個人の問題には踏み込まないつもりが裏目に出て、結果的にみのるさんのことを理解できずに罰則を与えて傷つけてしまいました…」

 

彼女はそこで、はっきりと頭を下げた。

その動作は完璧で、迷いがなくて――

 

なのに、妙に不格好に見えた。

 

「……」

 

私はすぐに言葉を返せなかった。

謝られるなんて思ってなかったから。

 

もっと正論で押し切られると思ってた。

しばらくして、私は小さく息を吐いた。

 

視線を地面に落とす。

 

「……私が授業でサボってたのは、決して楽をしたいわけじゃないんです」

 

言葉を選びながら、少しずつ紡いでいく。

喉の奥に引っかかるものを無理やり通すみたいに。

 

「小学生の頃にいじめを受けて、学校や教室という空間がずっと恐かったんです」

 

あの空気

視線

笑い声

 

思い出すだけで吐き気がするほどの環境。

 

「いじめを受けた原因も、私が何も勉強しなくても頭が良いからそれで反感を買ってしまって……」

 

自嘲が、自然と滲む。

 

「私だってこんな努力もしないで成果だけ出るこんな気持ち悪い才能なんていらないんです…」

 

言い終えたあと、周囲はしんと静まり返った。

さっきまで漂っていた太陽の光でさえ、どこか遠く感じる。

 

顔を上げるのが少し怖かった。

それでも、ゆっくりと視線を戻す。

 

生徒会長は――明らかに、動揺していた。

整っていたはずの表情が崩れて、目が見開かれている。

 

言葉を失ったままただ立ち尽くしていた。

 

やがて、彼女の唇が震える。

 

「……そんな、ことが……」

 

かすれた声だった。

 

次の瞬間、

 

「本当にごめん!!」

 

強い声が響き、思わず肩が跳ねる。

さっきまでの落ち着いた敬語は、どこにもなかった。

 

「私は生徒会長として全然ダメだった!!」

 

必死だった。

取り繕う余裕なんて、最初からなかったみたいに。

 

「知らなかったじゃ済まされない……!勝手に判断して、傷つけて……!」

 

言葉がほとんどぶつかるように飛んでくる。

その一つ一つが、重くて。

 

私は言葉を失った。

こんなふうに取り乱す人だとは、思っていなかったから。

 

完璧で、冷静で、正しいことしか言わない人。

そういうふうに見ていたのに。

 

目の前にいるのは、ただ――間違えてしまったことに、心から傷ついている一人の人間だった。

 

「……」

 

目の前の生徒会長は、呼吸を整えようとしているのか、わずかに肩を上下させている。

 

さっきの勢いは消えているのに、動揺の名残だけが、その人を形作る輪郭に滲んでいた。

 

「……すみません」

 

もう一度、彼女は言った。

 

今度の声は、先ほどよりも抑えられていて、それでいて逃げていない。

むしろ、さっきよりもずっと誠実に響いた。

 

「私は、“踏み込まないこと”を正しさだと思い込んでいました」

 

ゆっくりと、言葉を積み上げる。

 

「ですがそれは、相手を理解しようとする努力を放棄する理由にはならない……今、ようやく気づきました」

 

視線を逸らさない。

取り繕わない。

 

ただ、真正面から受け止めようとしている目。

 

「規律や公平性を守ることばかりに囚われて、目の前にいる一人の生徒の事情を見ようとしなかった。それは、生徒会長として以前に……人として未熟でした」

 

そこまで言って、彼女は深く息を吸った。

 

そして――

 

「改めて謝らせてください。みのるさん、あなたを傷つけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

頭が下がる。

形式的な謝罪じゃないことは、もう疑いようがなかった。

 

その姿を見て、私はすぐに何かを言い返せなかった。

 

胸の奥で、いくつもの感情が絡まっている。

 

怒りはもうほとんど形を失っていた。

 

代わりに残っているのは――

どうしていいかわからない、妙な居心地の悪さと少しだけの温かさ。

 

「……顔、上げてください」

 

ようやく出た声は、自分が思っていたよりも柔らかい。

 

生徒会長がゆっくりと顔を上げる。

その目はまだどこか不安げで。

 

私は小さく息を吐いた。

 

「全部あなたが悪いわけじゃないよ」

 

自分でも意外なくらい、すんなりと言葉が出てきた。

 

「私だって何も言わなかったし、勝手に決めつけられてるって思って勝手に怒っただけで……」

 

苦笑が混じる。

 

『お互い様、ってことで良いんじゃないかな……?』

 

「……お互い様、じゃない?」

 

その言葉に、生徒会長は一瞬だけ目を開く。

それからわずかに表情が緩む。

 

張り詰めていたものが、少しだけほどけたみたいに。

 

「……ありがとうございます」

 

今度は自然な声だった。

無理に整えたものじゃなくて、そのままの感情が乗っている。

 

「……ただ、いきなり全部ちゃんとできるかって言われたら、無理だから」

 

教室、授業、あの空気。

トラウマは簡単に消えるものじゃない。

 

「だから……まあ、ちょっとずつでいい?」

 

振り返って、そう言う。

生徒会長は迷いなく頷いた。

 

「もちろん」

 

その答えは驚くほどあっさりしていた。

 

でも、軽くはなかった。

 

「私も変わるよ。規則を守らせるだけでなく、きちんと向き合えるように」

 

言葉に、芯が通っている。

そして敬語もなくなっていた。

 

さっきまでとは違う意味で、ちゃんと“この人らしい”と思えた。

 

「……そっか」

 

小さく呟く。

それ以上何かを言う必要はなかった。

 

沈黙が落ちる。

でもそれは、もう居心地の悪いものじゃない。

 

同じ場所に立っている、そんな感覚があった。

 

「……みのる」

 

名前を呼ばれて、顔を上げる。

 

「これからも、よろしくね」

 

少しだけ照れくさそうだが、しっかりとした雰囲気は変わらない。

 

私は一瞬だけ考えてから、笑顔で返した。

 

「……まあ、ほどほどにね」

 

完全な素直さじゃない。

でも、それでいいと思った。

 

それくらいの距離の方が、今の私たちにはちょうどいい。

 

風が木々を揺らしている。

さっきまでとは違う音に聞こえるのは、多分気のせいじゃないだろう。

 

 

_______________

 

 

 

戦いの余熱がまだ空気に残っていた。

 

さっきまで暴風が荒れ狂っていた場所とは思えないほど静かで、耳が妙に落ち着かない。

 

腕が痛いし足も震えている。

消火ホースなんてまともに扱ったことがないせいで、手のひらもひりひりしていた。

 

でも、不思議と嫌な疲労感じゃなかった。

 

「みのる!」

 

駆け寄ってくる足音。

図書館の入り口に向かうとあんなとみくるがこちらへ向かってきていた。

 

あんなはいつもの明るい笑顔を浮かべている。

けれど、その目元には戦いを終えた安堵が滲んでいた。

 

「さっきは本当に助かったよ!」

 

勢いそのままに、両手をぎゅっと掴まれる。

 

「みのるが動いてくれなかったら、あのまま押し切られてたかもしれない!」

 

「え、いや……そんな大げさな……」

 

思わず視線を逸らす。

 

実際、私はただ思いついたことをやっただけだ。

真正面から戦った二人に比べれば、あんなのは小細工に近い。

 

けれど、みくるは静かに首を横へ振った。

 

「大げさじゃないよ。私たちは前しか見えてなかった。だから、ああいう形で状況を変えてくれたのは本当に大きかった」

 

その声は、驚くほど真っ直ぐだった。

 

「ありがとう、みのる」

 

その言葉が、胸の奥にじんわりと沈んでいく。

 

……なんだろう。

 

戦ってる時より今のほうが落ち着かない。

私は誤魔化すみたいに頬を掻き、わざとらしく咳払いした。

 

「ふ、二人の支えになれたのなら、よかった」

 

口にした瞬間、自分でも少し気恥ずかしくなる。

 

なんだその台詞。

もっとこう、他に言い方があっただろうに。

 

案の定、あんながぱっと顔を輝かせた。

 

「もう!そういうところだよ、みのる!」

 

「えっ、な、何が!?」

 

「無自覚にかっこいいこと言うところ!」

 

「言ってないから!?」

 

慌てて否定するとあんなが声を上げて笑う。

その隣で、みくるも小さく吹き出した。

 

その笑い声を聞いた瞬間、ようやく今回の戦いが終わったんだと思えた。

 

張り詰めていたものが、ゆっくりと解けていく。

風がそっと頬を撫でた。

 

私は空を見上げる。

さっきまでの激突が嘘みたいに、穏やかな青が広がっていた。

 

……弱いことは、きっと変わらない。

 

これから先も、私は二人みたいには戦えない。

 

でも、それでもいいのかもしれないと少しだけ思った。

 

前に立てなくても。

隣に並べなくても。

 

誰かの力になれる方法は、ちゃんとある。

 

今日みたいに、ほんの少しでも二人を支えられたなら――それはきっと、胸を張っていいことなんだ。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

「………これは」

 

手紙を開いた瞬間、言葉を失った。

 

名探偵プリキュアから奪い取った、私の秘密が書かれているはずの手紙。

 

その中身を確かめた私は、完全にやられたと悟った。

 

「どうしたと言うんだ!?」

 

「ん?どんなことが書いてあるの?」

 

ニジーとジャックの声が耳に入る。

 

ニジーも今回の任務の本当の目的はマコトジュエルではなく、この手紙だったらしい。

 

ジャックは純粋に乱入しただけだから話は別だが、ニジーにとっても、この手紙こそが今回の本命だったということだ。

 

もっとも、そのどちらにとってももうこの手紙には用がない。

 

「……………」

 

無言のまま、手紙をニジーへ差し出した。

ジャックも興味津々といった様子で隣から覗き込んでくる。

 

ただ、その手紙には私のことなど何一つ書かれていない。

 

「「はぁ!!?」」

 

二人の驚愕した声が、薄暗い路地を突き抜けて遠くまで響き渡っていった。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「「「請求書!!?」」」

 

三人分の声が事務所中に響く。

 

ポチタンが持っていった手紙はロンドンからの手紙ではなかった。

 

「そ、ポチタンが持っていったのは、ボクの買ったお菓子の代金の請求書の一つだ」

 

ジェット先輩の机の上には大量の封筒が乱雑に積み上がっている。

 

どれも色はまったく同じで、貼ってあるシールをじっくり見比べないと違いがわからない。

 

よく目を凝らしてみると、一枚だけシールのデザインが異なる封筒があった。

 

「そんなにお菓子買ったの?」

 

「なんて不健康な生活……」

 

「買いすぎ……」

 

一体どこからこれだけの量を仕入れているのか。

 

ざっと眺めるだけで万単位のお金が動いていそうで正直恐ろしい。

 

妖精だから好きなものをいくら食べてもお腹を壊さないのだろうか。

 

もしそうなら素直に羨ましいと思う。

 

「で、これが本物のロンドンから来た手紙だ。開けるぞ」

 

私たちのぼやきには一切反応せず、ジェット先輩が静かに口を開いた。

本物の封筒を手に取り、慣れた手つきで開封した。

 

「「「……………」」」

 

誰も何も言わない。

真剣な空気が部屋全体を満たし、明かされようとしている真実の重さに全員が固唾を飲んで息を止めた。

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