かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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森亜るるかの秘密

【みのるSide】

 

封筒の中には手紙が二枚入っていた。

 

一枚目はキュアアルカナ・シャドウについて。

二枚目はジャックについての内容だろう。

 

そう見当をつけながら、ジェット先輩はまず一枚目をそっと取り出した。

 

折り目を広げると、紙の端に写真が一枚貼り付けられていることに気づく。

 

「……森亜るるか」

 

手紙の一番上、大きな文字でそう書かれていた。

 

アルカナ・シャドウに変身する、あの少女の名前だ。

 

「アルカナ・シャドウ……るるかさん、って言うんだ」

 

「るるか!るるか!」

 

隣でポチタンが嬉しそうに名前を繰り返す。

 

森亜るるか。

その名前を今日初めて知ったという事実が、静かに胸に刺さる。

 

私たちは何も知らないまま探偵として動き回り、アルカナ・シャドウとぶつかり続けていたのだ。

 

視線を手紙の続きに落とす。

 

「1983年11月1日生まれ……今年16歳か」

 

昭和58年産まれ。

身長を見たときからなんとなく予感はしていたけれど、やっぱり私たちより年上だった。

 

「高校二年生くらいの年齢だけど……まことみらい学園に、そんな名前の人いたっけ」

 

記憶をたどってみても思い当たる顔がない。

生徒の数が多いまことみらい学園でも、「森亜るるか」という名前は一度も耳にしたことがなかった。

 

高等部の生徒をほとんど知らないのも理由のひとつではある。

 

でも、あれだけの思考力を持つ人なら成績は優秀なはずで、名前くらい一度は風の噂に乗ってきそうなものだ。

 

別の学校にいる可能性も、完全には否定できないけれど、それだと話が進まない。

 

――生徒会長のれいに聞いてみようか。

 

そう思いかけて、すぐに首を振った。

 

高等部の生徒まで全員覚えているかはわからない。

とりあえず今は手紙の続きを読もう。

 

「まことみらい市のキュアット探偵事務所に来る前は、ロンドンの事務所で数多くの難事件を解決。天才探偵と言われていたそう」

 

なるほど、と思った。

あれだけ頭のキレが良いなら、天才と呼ばれるのは納得。

 

彼女はかつてロンドンのキュアット探偵事務所に所属し、次々と難事件を解き明かしていた。

 

手紙を読み進めるごとに、るるかさんという人物の輪郭がゆっくりと浮かび上がってくる。

 

そして、貼り付けられた写真に目を向けた。

 

「写真は2年前のもの。ロンドンにいた頃みたいね」

 

「14歳……今の私と同じ年だ」

 

私はしばらく、その写真から目が離せなかった。

 

今のるるかさんといえば、黒色が基調の服装が印象的だ。けれど写真に写っているのは、真っ白なワンピースを纏った少女だった。

 

服の違いだけじゃない。

表情が、まるで別人のように違っている。

 

(こんなにも笑顔……)

 

カメラを真っ直ぐ見つめて、偽りのない笑顔を浮かべている。

今のるるかさんからは到底想像できない表情だった。

 

一体、この2年の間に何があったのだろう。

何が、彼女からこの笑顔を奪ったのだろう。

 

胸の奥に鈍い痛みのようなものが広がった。

 

重要な情報はそれくらいで、後の文章には特に引っかかる部分はなかった。

 

「次は……ジャックについてだな」

 

るるかさんの情報を頭に入れたところで、ジェット先輩が静かに言った。

 

ジャック、プリキュアたちを圧倒する強敵。

 

怪盗団ファントムの中でも群を抜いて謎めいた彼女が一体どんな生い立ちをしているのか。

私は知らず知らずのうちに息を詰めていた。

 

あんなとみくるも同じだったと思う。

誰も声を出さず、ただジェット先輩が二枚目の手紙をゆっくりと広げるのを見守っていた。

 

そして、その紙面に書かれていた内容を目にした瞬間、

 

「は?」

 

ジェット先輩の声が漏れた。

 

「え……なんで……?」

 

誰かの呟きが、静寂の中に溶けていく。

手紙に書かれていたのは、こうだ。

 

 

[JACK]

__________

 

 

 

 

 

    NONE

 

 

 

 

__________

 

 

「これって……」

 

名前以外、何も書かれていなかった。

白紙同然の紙が、そこにあるだけだった。

 

私の頭の中まで一瞬真っ白になった。

 

「NONEって……『何もない』ってことだよね?」

 

自分で声に出してみて、その言葉の重さを改めて噛み締める。

 

暗号でも符丁でもない、ただそれだけの意味。

 

ロンドンのキュアット探偵事務所をもってしても、ジャックの正体にはたどり着けなかったということだ。

 

「ますます謎だ……キュアット探偵事務所でさえ、ジャックのことがわからないなんて」

 

「そんな……ジャックって、一体何者なの……?」

 

頭の中でぐるぐると考えが渦を巻く。

 

怪盗団ファントムのメンバーは、るるかさんを除き、全員が妖精だと以前ジェット先輩から聞いた。

 

ウソノワールが妖精かどうかは今もわからないままだけれど、ジャックについてはそれ以上に何もわからない。

 

「ジェット先輩は、存在だけは知ってたんですよね」

 

「名前と姿だけはな」

 

ジェット先輩は手紙を持ったまま静かに続けた。

 

「ロンドンの探偵事務所も危険人物として調査は続けているはずなんだが……今もそれくらいの情報しか掴めていないとはな」

 

あれだけ派手に暴れ回ってこれだけ目立っているのに。

 

手掛かりひとつ残さないなんて、どれだけの存在なのだろう。

謎は解けるどころか、むしろ深まるばかりだった。

 

「……………」

 

誰も何も言わなかった。

 

ロンドンからはるばる届いた手紙の一枚が、まさかの空振り。

 

その事実に呆気にとられて、私たちはしばらくそのまま固まっていた。

 

沈黙を破ったのはジェット先輩だ。

 

「ただ、アルカナ・シャドウについては収穫があった。まずはこのるるかって少女から調べてみるか」

 

「うん、そうだね」

 

「なんか悔しいけど……仕方ないか」

 

あんなとみくるの声には、どこか悔しさが滲んでいた。

きっと私も同じ顔をしていたと思う。

 

でも今ここで立ち止まっていても、何も変わらない。

ジャックのことは、今は後回しにするしかない。

 

気持ちを切り換えよう。

腑に落ちない部分は胸の奥にしまって、今は目の前のことに集中する。

 

アルカナ・シャドウ――るるかさんの調査を、ここから始めるのだ。

 

私は手紙に貼られた写真の笑顔を、もう一度思い浮かべた。

 

 

_______________

 

 

 

やってきたのは、とある湖の畔。

 

情報によれば、この場所でマコトジュエルが粉々に砕け散り、アルカナ・シャドウも忽然と姿を消したというなかなかに物騒な話である。

 

取水塔へと連絡する橋に立つと、湖全体が視界に広がった。

 

水面は静かで、その穏やかさがかえって不気味に思えるほどだった。

 

「ここ来たことある!」

 

突然、あんなが声を弾ませた。

 

「えっ、そうなの?」

 

懐かしむような目で湖を見ている。

どんな思い出があるのだろうと思ったら、

 

「うん、小学校の遠足で!あそこでお弁当のハンバーグ落としたんだよ……楽しみにとっておいたのに~!」

 

「それって最悪だね……」

 

あまり良い思い出ではなかったようだ。

遠足の目的地が湖というのも少し疑問だったけど、そのツッコミは今は飲み込んでおこう。

 

それより話が明らかに脱線している気がする。

 

「最後の楽しみが台無しになるのはつらいよね」

 

「ポチ~」

 

……私も脱線していた。

 

大事な調査があるのに、この調子ではいくら時間があっても足りない。

 

でもそういう概念ごとひっくり返してしまうのがこの二人なのだから、何も言えない。

 

「あ、取水塔の色、私の時代と違う!」

 

取水塔の色は今回の調査とは関係ない。

色が変わったとしたら、ペンキが剥がれて塗り直したくらいのことだろう。

 

「……って、話してる場合じゃないだろ。森亜るるかの調査をしに来たんだぞ」

 

ジェット先輩の声に、私たちは反射的に背筋を伸ばした。

 

「「「はい」」」

 

「ポチ……」

 

叱られてようやく、本来の目的に引き戻された。

 

ジェット先輩は湖の方へ視線を向けたまま、ぼんやりと水面を眺めていた。

 

何かを思い出しているような、遠い目だ。

そしてしばらく間を置いてから、静かにこう言った。

 

「やっぱり、未来のことは知らない方が良い」

 

その言葉を聞いた瞬間、脳裏にある記憶がよみがえってきた。

 

――『未来は絶えず変わる。過去に干渉した時点で、その結末が元の世界と同じになるとは限らない』

 

みくるたちにインテリアを買いに連れていかれたとき、気づけば私の口から出ていた言葉だ。

 

どうして自分でそんな言葉を言えたのか、今でも答えがわからない。

ただ、あの時確かに私はそう口にした。

 

「ウソノワールが未来自由の書を使っているのを見て、思ったんだ。答えありきで動くなんて、まっぴらだって」

 

ウソノワールはあの予言書の示す通りに行動している。

 

プリキュアをあと一歩で追い詰めた場面ですら、未来自由の書の内容に従って撤退した。

 

恐ろしい強さを持ちながら、その力を自分の意志ではなく書物に委ねている。

悪く言えば、予言書に依存しているようなものだ。

 

「そうだよね、未来は自分で作っていくもんだもんね」

 

「未来は誰にも予測できないからこそ……今の時間を大切にしないといけない」

 

物理法則も常識も平気でひっくり返すような存在がいくらいても、確実に未来を予言できる人間は誰一人いない。

 

そんな当たり前のことを、私はこの湖の前で改めて噛み締めた。

 

「うん、まずは調査だね!」

 

あんなが元気よく声を上げた。

その勢いにみくるたちも続く。

 

「ええ!」

 

「ポチ!」

 

アルカナ・シャドウ――るるかさんの身に何があったのか。

そして、なぜ怪盗団ファントムにいるのか。

 

この二つが、謎を解く上で最も重要な問いだろう。

私はそう頭の中で整理しながら、手紙の内容をもう一度思い返した。

 

「手紙によると、半年ほど前にここでマコトジュエルが砕けたそう」

 

「ウソノワールが言ってたやつだね」

 

半年

 

かなり昔の話かと思いきや、意外と最近だった。

 

マコトジュエルについてはウソノワールが襲撃してきたときに説明があったので、大体の経緯は把握している。

 

『マコトジュエルは、一つの巨大なジュエルだった』

 

『手に入れようとしたところ、キュアット探偵事務所の邪魔が入り、マコトジュエルは粉々になり、この街に散っていった』

 

怪盗団ファントムの手に渡らないよう、定期的に世界各地を移動させていたらしいが……どうやって移動させていたのだろう。

 

考えれば考えるほど、新しい謎が顔を出してきて頭が痛くなりそうだ。

 

「話を整理すると、マコトジュエルは元々一つのジュエルで、ウソノワールが奪う瞬間にキュアット探偵事務所の何者かに壊された」

 

破壊されて粉々になったそれが、今私たちの目にしているマコトジュエルの欠片なのだ。

 

「街に散らばっていったんだよね」

 

「ええ。その直後に、森亜るるかは姿を消した」

 

マコトジュエルが砕けると同時に、るるかさんも消えた。

 

破壊される直前までその場にいたとすれば、ウソノワールと対峙していたことになる。

 

ならマコトジュエルを壊したのはアルカナ・シャドウなのか?

 

――いや、なんか違う気がする。

 

「手紙でわかったことは、それだけか……」

 

得られた情報はここまで。

後は探偵の知恵と推理でなんとかするしかない。

 

そう腹を括りかけたとき、背後からふいに声が聞こえてきた。

 

「なるほどね。大したこと、書いてないんだ」

 

「「――!」」

 

振り返ると、取水塔の方からこちらへ歩いてくる人影があった。

 

森亜るるかさんだった。

 

取水塔より先に道はない。

行き止まりのはずだ。

 

もしかしたら、取水塔の影に身を潜めて、私たちの会話をずっと聞いていたのかもしれない。

 

「アルカナ・シャドウ!ううん……森亜るるかさん!どうしてファントムにいるの!?」

 

あんなの言葉は、飾り気も遠慮もなく、ただ純粋な問いとして向けられていた。

 

けれどるるかさんは表情ひとつ変えることなく、私たちの横をすり抜けるように通り過ぎていく。

 

答えるつもりはさらさらないようだった。

 

「知ってどうするの?」

 

「ちょっと!」

 

立ち止まらない。

振り返らない。

 

そのまま森の中へと消えていこうとしたその瞬間、激しい風が、私たちの顔に打ちつけた。

 

「わっ!?」

 

「くっ……」

 

思わず顔を逸らす。

目を開けていられないほどの突風が、一瞬だけ吹き荒れた。

 

風が止んだとき、るるかさんの姿はもうどこにもなかった。

 

「「あ……」」

 

たった一言だけ残して、消えてしまった。

笑顔の欠片もない、相変わらず無表情のまま。

 

いつかるるかさんが心を開いてくれる日は来るのだろうか。

 

今はまだ、遠い話に思える。

それでも――そんな日がいつか来てくれることを、私はひっそりと願っていた。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

劇場に戻ると、舞台の上からニジーの声が聞こえてきた。

 

「も……申し訳ありません……ウソノワール様。手紙を手に入れられなかった償いとして、華麗にマコトジュエルを手に入れます!」

 

失敗したばかりだというのに、もう次の作戦に出ようとしている。

 

懲りない、という言葉がこれほど似合う相手もいないだろう。

ウソノワールはそんなニジーを、ひと言で切り捨てた。

 

「必要ない。既に、アゲセーヌが向かった」

 

映写機の中からアゲセーヌの姿が映し出される。

今日は以前と同じように、マコトジュエルが別の場所でも出現するパターンだったらしい。

 

それを目にしたニジーの顔が、みるみる不機嫌になった。

 

「と……咎められるのはアルカナ・シャドウです!横から入ってこなければ!」

 

私に責任を押し付けようとしている。

そう思いながらも、内心では少し迷った。

 

目的が重なっていたのは事実だし、私が独断で手紙を奪おうとしたのも確かだ。

その点では、ニジーの言い分の方が筋が通っているかもしれない。

 

「責任転嫁~?人のせいにして自分だけ許されようとするのやめた方がいいよ」

 

「うるさい!」

 

ジャックがニジーをからかっている。

ニジーと同じタイミングで劇場に戻っていたらしかった。

 

「でも最近はハンニンダーだとプリキュアじゃ相手にならなくなってるでしょ?強化しない限り厳しいと思うんだよね」

 

「キミの基準で捉えないでくれたまえ!ボクにはボクのやり方があるのさ!」

 

「はいはい、かっこいいかっこいい」

 

またいつもの口論が始まった。

飽きもせずよくやると思う。

 

ただ、ジャックの言葉には一理ある。

ハンニンダーでは、もうあの二人のプリキュアには勝てない。

 

対策を変えない限り、日が経つほどにプリキュアの実力は上がり、勝率はじりじりと下がっていくだろう。

 

ひとつだけ、例外がある。

 

花崎みのるのマコトジュエルから生まれた、操り人形のハンニンダー。

 

あれだけは、他のハンニンダーとは明らかに格が違った。

 

二人の合体技――プリキュア・フライング・スペクトルさえも、完封寸前まで追い込んだほどの戦闘力を持っている。

 

みのるのマコトジュエルが特殊なのか。

それとも別の理由があるのか。

 

今のところ、マコトジュエルそのものに何かあるとしか結論が出せない。

 

舞台の上ではまだニジーとジャックの言い合いが続いていた。

その声を聞き流しながら、私は静かに考え続けた。

 

「うん?アルカナ・シャドウは?」

 

「ばつが悪くて、雲隠れしているのでしょう」

 

今帰ってきたところだし、別にばつが悪いわけでも何でもない。

 

私がいない間、マシュタンが素敵な衣装に包んで留守番をしてくれていたから、心配もしていなかった。

 

「いるけど」

 

「え?」

 

「ずっとね」

 

私のプリキュアの服に身を包んだマシュタンが、私の真似をしながら得意げにしている。

その仕草がかわいくて、ずっと眺めていたいくらい。

 

「いやいやいや……」

 

「さあ、迷宮へ誘いましょう」

 

変身のときの台詞まで完璧に再現してる。

 

カメラに収めたいほどなのに、それができないのが本当に悔やまれた。

この瞬間を、記憶に刻むことしかできない。

 

「無理があるでしょ……」

 

「マシュタン、かわいい」

 

ニジーの呟きは聞こえなかったことにして、私は自分の席へと進んだ。

 

マシュタンが振り返って私を見上げる。

 

「ありがとう。あなたのふりして誤魔化すの大変だったんだから」

 

「誤魔化しきれてないよ、ベイビー……」

 

「あはっ!かわいい変装だこと!」

 

賑やかな劇場だった。

悪い意味で。

 

こんな場所にマシュタンだけを残していくのは、やっぱり少し考え直した方がよかったかもしれない。

大変だったと言っているのだから、ちゃんと休ませてあげないと。

 

「どこへ行っていた?」

 

ウソノワールの声が静かに向けられる。

マシュタンを置いて外出したことを気にしているようだった。

 

「手紙の情報を探りに……。調べるだけ無駄だったけど」

 

大したことは書いていなかった。

あの子たちの会話から判断する限り、今のところはひとまず問題なさそう。

 

――そう思っていた。

 

 

_______________

 

 

 

劇場を出て、水色のステンドグラスが存在感を放つエントランスで、私はマシュタンの占いを待っていた。

 

「マシュマシュマシュマシュマシュマシュ……マシュ~!」

 

あの手紙のことがどうにも頭から離れない。

余計な部分まで調べ回られていないか、少し不安だった。

 

「見えたわ!やっぱり重要な手紙だってまた占いに出た!」

 

重要な手紙。

でも、あの子たちの会話からして、核心に踏み込むような内容は書かれていなかったはずだ。

 

「でも大した情報はなかった」

 

「手紙をきっかけに、名探偵が新たな秘密を見つけるって占いに出てるわ」

 

「……秘密?」

 

その言葉が、胸の中に小さな棘のように刺さった。

 

湖を調べるのなら、マコトジュエルが砕けた真相に近づく可能性はある。

 

だけど、あのプリキュアのことだ。

こちらの想定外の方向から、思いもよらない情報を持ち帰ることだってあり得る。

 

何にせよ、このまま放っておくわけにはいかない。

 

ステンドグラスの青い光が、足元に静かに落ちていた。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

湖まで来たはいいものの、手掛かりがあるかどうかもわからない状態で、一体何をすれば良いのだろう。

 

道具を何も持っていない私は、手ぶらのまま痕跡を探さなければいけない。

 

我ながら鬼畜な状況だと思う。

 

「あんな?」

 

「ポチ?」

 

気づけばあんながコンクリートの地面に膝立ちになって何かを探していた。

 

膝が痛くならないのだろうか……。

 

「何かるるかさんの手掛かりがないかなって!」

 

「この辺りは徹底的にロンドンのキュアット探偵事務所のみんなが調べたそうだ。そんな簡単に見つかるとは……」

 

しかも既に調査済みだ。

今さら新たな手掛かりが出てくるとは正直思えない。

 

「自分の目で確かめたいの。悪い人じゃないから。あの時も、やっぱり私たちを助けてくれたんだと思う」

 

その言葉が胸のどこかに引っかかった。

 

ウソノワールに追い詰められ、トドメの一撃が迫ったあの瞬間。

アルカナ・シャドウは間に割り込んで、自分の体で二人を庇った。

 

表向きは未来自由の書を理由に戦いを止めただけ、ということになっているらしいけれど、どう考えても二人を守るための行動だったとしか思えない。

 

「ファントムにいる理由が何かあるんだよ。私、その理由を知りたい」

 

名探偵プリキュアであったはずの彼女が、怪盗団ファントムにいる。

それ相応の、重い事情があるのだろう。

 

あれだけ手紙を奪おうと必死だったのだから、よほど知られたくない秘密があるはずだ。

 

――ただ。

 

知りたいからといって、人が秘密にしたいことを無理やり探るのは、あまり良いことじゃないとも思う。

 

私だってずっと過去や本音を隠していた身だ。

 

話せなかったのか、話さなかったのか、自分でもよくわからないまま日が経つことなんて誰にでもあるだろう。

 

「そうだよね。嘘で覆われた世界を、天才探偵が望むはずないもんね!」

 

「ポチ!」

 

でも、知りたいというあんなの気持ちはわかる。

 

同じ名探偵プリキュアとして、アルカナ・シャドウを助けたいという気持ちも。

 

悪意から秘密を探ろうとしているわけじゃないのは確かだ。

 

「そんな探し方だと……日が暮れるよ」

 

会話の途中も、あんなは四つん這いになったまま地面を凝視し続けている。

遠くから見たら完全に不審者だ。

 

「ボクが作ったミラールーペを使えよ。新しい手掛かりが見つかるかも?」

 

「そっか!」

 

そうだった。

あんなたちにはプリキットミラールーペという強い味方がいる。

 

肉眼では絶対に見えないような手掛かりも一瞬で見つけてしまう、鑑識も顔負けのチートアイテム。

 

「オープン!プリキットミラールーペ!」

 

あんなの声に合わせて、ミラールーペが輝く。

 

すっかりメインの探偵道具として定着してしまった過労気味のプリキットミラールーペ。

 

他のプリキットは序盤に比べてほとんど出番がない。

プリキットグロスなんて、まだ一回しか使っていないのに……。

 

まあ、今はそんなことより調査だ。

 

二人が調査をしている間、私は少し離れたところから湖の風景をそっと眺めていた。

 

水面は穏やかで、風が吹くたびに木々がさらさらと揺れる。

 

こんなに落ち着いた場所が、かつてファントムとキュアット探偵事務所が激しく衝突した重要な舞台だったなんて誰も思わないだろう。

 

「うーん……あっ!はなまる発見!」

 

案外早かった。

あんなが何かを拾い上げて声を上げる。

 

近づいて覗き込むと、それは一枚の紙のような小さなものだった。

 

汚れがひどく、中央に何かが描かれていたらしいスペースは黒ずんで、元の姿が全くわからない。

 

「紙?」

 

「これが手掛かりなの?」

 

何かに使われていたものなのはわかる。

でも状態が酷すぎて、判断がつかない。

 

描かれていたものが手掛かりになるのだろうか――そう思いかけた、その矢先だった。

 

「ポチ~!!」

 

それまで大人しかったポチタンが、突然激しく反応する。

 

これはつまり、どこかでマコトジュエルがファントムに狙われているということだ。

 

「マコトジュエル!」

 

「わあぁぁぁ!?」

 

ポチタンが精製したポーチの紐をあんなにかけて容赦なく走り出した。

 

引きずり回されないよう、あんなもポチタンのペースに合わせて全力で駆け出す。

 

「調査の途中だけど行こう!」

 

「ええ!」

 

調査を切り上げ、マコトジュエルを優先する。

 

神出鬼没の怪盗団ファントムには、毎回こうして振り回されてばかりだ。

 

それにしても、どうしてあれほどピンポイントにマコトジュエルの在り処を突き止められるのだろう。

 

もしかしてあの未来自由の書が、場所を教えているのだろうか。

 

「もう、忙しいな!」

 

「少しはファントムも空気読んでほしいよね……」

 

そんな愚痴を零しながら、私とジェット先輩も後を追う。

 

湖を離れ、森の中へと入っていった。

 

「わわわわわわわわ!?」

 

舗装された道路があるおかげで走り自体はしやすいのだが、両側に広がる森は足元が悪そうで心許ない。

 

どうかルートを外れないでくれと、心の中で切に祈った。

 

「ポチ~!」

 

「えっ?もう着いたの!?」

 

「湖から結構近かったな!」

 

気づけばもう目的地らしかった。

人気の少ない場所だからもっと走らされると覚悟していたのに、思いのほか近くて助かった。

 

「ありがとう怪盗団ファントム。近い場所にしてくれて」

 

「お前はどんだけ走るの嫌いなんだよ……」

 

思わず敵に感謝してしまい、ジェット先輩にすかさずツッコまれた。

 

私はとにかく運動が得意ではない。

オリンピックで活躍するアスリートたちが、改めて心の底から尊敬できる。

 

「マコトジュエル!ないない!」

 

周囲に人影がないか素早く確認する。

 

すると、少し向こうに一人の男性がいた。

バッグに何かを押し込もうとしている。

 

――どこかで、見覚えがある。

 

「……ん?ねえ、あそこの人じゃない?」

 

「……あ!」

 

男性の方向を示すと、あんなが弾かれたように声を上げた。

 

同時に、私の記憶にも何かが引っかかった。

 

――一番最初の事件。

ティアラが盗まれた日、現場にいたカメラマンの宇都見将太さんだ。

 

「宇都見さん!」

 

「えっ!?」

 

あんなが声をかけると、宇都見さんが振り返った。

 

そのとき、何かまずいものでも見られたような表情が一瞬だけ顔を過ぎった気がしたが……気のせいだろうか。

 

「まりさんの結婚式の時に会った、明智あんなです!」

 

「小林みくるです!」

 

よく考えると、あの結婚式の事件からかなりの時間が経っているのに、カメラマンの顔と名前をしっかり覚えているあたり、やはりこの二人には探偵の素質があると思う。

 

「……………痛っ」

 

ずっと黙って突っ立っていたら、いきなりジェット先輩に脛を蹴られた。

 

「お前も自己紹介しとけ」と言いたいのだろうということはわかる。

 

でもだからといって、弁慶の泣き所を蹴るのはひどいと思う。

 

「は、花崎みのるです」

 

「あぁ!君たちか」

 

宇都見さんも私たちのことを覚えていてくれたようだった。

 

ただ、ずっと冷や汗が滲んでいて、どこか焦っているような雰囲気がある。

大切な物を盗まれたから動揺しているのか、それとも別の理由があるのか。

 

「何か探し物ですか?」

 

「う、うん。カメラがないんだ。カメラバッグの上に置いて、ちょっと目を離した隙に消えたんだよ」

 

「「え!?」」

 

典型的なスリの手口だ。

電車で居眠りをしている人のバッグをこっそり奪っていく話はよく聞くけれど、怪盗団ファントムまでこういう手を使うとは。

 

怪盗とは一体何なのだろう。

 

「父親から譲り受けた大切な物なのに……」

 

「きっとファントムの仕業だね」

 

「え?」

 

大切な物を失くしたらまずファントムを疑う、という判断基準が私たちの中でいつの間にか出来上がっている。

 

何でも前提で疑うのは良くないとは思うのだけれど、こればかりは仕方がなかった。

 

「私たちに任せてください!」

 

「何か気づいたことはありませんか?」

 

二人が早速、聞き込み調査を始める。

 

この場所に宇都見さん以外の人影はない。

一人の証言だけで事件を解決させなければいけない状況だ。

 

私は少し後ろに下がって、二人の様子を見守りながら宇都見さんの表情を静かに観察し続けた。

 

「え……うーん。あ、そういえば、あっちに慌てて走っていく人が」

 

宇都見さんの指が向いた先は、さっき私たちが走ってきた、橋に繋がる一本道だった。

 

「あっちって……私たちが来た道?」

 

ファントムと気づかないまますれ違っていた?

 

そんなことがあるのだろうか。

首を傾げながら、記憶を辿る。

 

「誰も会わなかったけど……」

 

仮に森を迂回しようとしたとしても足場は悪い。

逃走しようとした瞬間に私たちが気づいていた可能性が高い。

 

どう考えても、辻褄が合わなかった。

 

「と、とにかく……警察に直接行ってくる。ここ、携帯の電波が届かなくて……」

 

宇都見さんがそう言いながら、バッグを閉めようとしている。

 

カメラが入っているらしい中身を強く押し込んで蓋を閉じようとしているのだが、なかなか入りきらない。

何度も何度も押し込んでいる。

 

「あれ……」

 

その光景に、じわりと違和感が湧いてきた。

 

「蓋が……」

 

みくるが静かに呟いた。

同じ違和感を感じているのだろう。

 

精密機械であるカメラが入った荷物を、あんなに乱暴に扱うだろうか。

 

しかも宇都見さんはカメラマンだ。

カメラの扱いには誰より慣れているはずなのに。

 

「逃げ足の速い連中だ!めちゃくちゃ早く現場に着いたのに!」

 

ジェット先輩が苦々しそうに吐き捨てた。

でも、そこにも引っかかりがある。

 

「舗装されてない場所は足場が悪いから、逃走経路には向いていない。私たちとすれ違わずに逃げるなんて、人間じゃ絶対無理だよ」

 

ここから橋までの距離はほとんどない。

逃げ切る猶予がほぼない上に、周囲の環境を考えれば余計に不可能に近づく。

人間の身体能力では、まず無理な話だ。

 

それに、さっきから宇都見さんの挙動がどこかおかしい。

 

冷や汗を浮かべて、あんなとみくるの視線を避けているような、そんな空気をずっと感じている。

 

「早く……着いた……」

 

「人間じゃ……無理……」

 

「蓋……」

 

あんなとみくるが、会話の中で出てきたキーワードを口の中で繰り返すように呟いた。

 

それぞれの欠片を、頭の中で組み合わせているのだろう。

 

カメラの扱い方。

宇都見さんの不自然な挙動。

矛盾した証言。

 

ここまで揃えば、答えは一つしかない。

 

「「見えた!これが、答えだ!」」

 

二人の声が、ぴったり重なった。

 

短時間の聞き込みだけで、あっという間に真相へたどり着く。

改めて、この二人は一端の名探偵だと思う。

 

「「犯人がわかりました!!」」

 

「えっ!?」

 

ドヤ顔で見下ろす二人の圧に、宇都見さんの表情がみるみる固まっていく。

名探偵プリキュアの推理からは、誰も逃げられない。

 

「「犯人は……あなたです!!」」

 

「え!?」

 

二人の人差し指が、真っすぐに宇都見さん本人へと向けられた。

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