かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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探偵エリーの事件簿!?

【みのるSide】

 

キュアット探偵事務所は、今日も平和だった。

 

ウソノワール、アルカナ・シャドウ、ジャック、マコトジュエル——最近はそういった頭を使う案件が続いていたから、今日くらいはのんびりしたかった。

 

せっかくだからミルクを飲むポチタンでも眺めて癒されよう、なんてことを考えていた。

 

「ポチタン、ミルクおいしい?」

 

あんなが小さな哺乳瓶を差し出すと、ポチタンは夢中で飲んでいた。

それだけで心がほぐれていくような可愛らしさがある。

 

そして満腹になったポチタンは、嬉しそうにひと声上げたかと思うと——次の瞬間にはもう眠っていた。

 

「寝ちゃった……」

 

「早……」

 

不眠症の人が聞いたら羨ましくて泣きそうな能力だ。

……いや、これは能力と呼んでいいものなのだろうか。

 

一方、横ではみくるが本を読んでいた。

ポチタンが眠ったのと同時に、パタンと本を閉じる。

 

「おもしろかったー!」

 

「みくる、何読んでたの?」

 

あんながみくるの読書姿を見るのは珍しい。

もっとも、最近みくるの間では探偵小説を読むことがマイブームになっていて、探偵としての推理の知識も推理小説から取り入れているのだと本人は言っている。

 

「探偵小説!すっごくおもしろいの!ほら見て、本の作者!」

 

みくるが表紙を私たちに向けた。

著者の名前に目が止まる。

 

「『来栖エリザ』?あっ!前にパティスリーで会った作家さんだ!」

 

来栖エリザ

推理小説の新人コンクールで大賞を受賞した、若きミステリー作家だ。

 

以前、ニジーが彼女のガラスペンを盗んで一騒動を巻き起こしたことがあり、そのときのことを思い出す。

 

「あのクルクルしたおさげが特徴の少女……見た感じはまだ子供なのに小説家って凄いよね!物語も大分凝ってるし」

 

「うんうん!主人公のエリーがとってもかっこいいの!」

 

みくるが読んでいたのは『名探偵エリーの事件簿』という推理小説。

 

エリーという名の少女探偵が様々な事件に立ち向かい、解決していくという物語らしい。

 

面白そうな小説だと思ったそのとき——

 

「私は諦めない!」

 

突然、事務所の扉の方から声が聞こえた。

私たちの声ではない。

 

来客が突然やってくること自体は珍しくない。

今までもそうだったし、今もそうだ。

 

しかし声のトーンに視線が集まる。

扉のそばに立っていたのは、一人の少女だった。

 

「諦めない心が、真実のページを刻む!」

 

「エリザさん!?」

 

噂をすれば影が差す、とはよく言ったものだ。

 

みくるが読んでいた本の著者——来栖エリザさん本人がそこにいた。

 

会うのはこれが二度目。

しかし前回はガラスペンの一件で慌ただしく、こうして落ち着いて話せる機会は今日が初めてになる。

 

「丁度小説を読み終えたところです!」

 

みくるが弾んだ声で言うと、エリザさんは明るく答えた。

 

「ありがとう!」

 

みくるがさりげなく本をエリザさんに差し出すと、エリザさんはみくるの心を読んだかのように、すっとペンを取り出してサインをさらりと書き、そのまま本を返した。

 

……何もやり取りをせずにサインを貰うという高等テクニック。

 

「今日はあなたたちに依頼があって来たんだ」

 

「依頼?」

 

あの時と同じように、また何か盗まれたのだろうか——そう思って顔を窺うと、エリザさんは笑顔だった。

 

切羽詰まった様子もない。

ただ、無理に平気なフリをしている可能性もないとは言えないけれど。

 

「スランプに陥ってるとか、それとも人間関係のトラブル? それとも売上金が正式に収入として払われてない金銭的なトラブルとか?」

 

「そ、そこまで深刻な問題じゃないよ!」

 

「あまりにリアルすぎる……」

 

あんなが少し引いた顔をしていた。

どれも違うらしい。

 

そこまでの問題ではないと聞いてとりあえず胸を撫でおろしたが、だとしたら何のために探偵事務所へ来たのだろう。

 

「みのるの言葉は置いといて、どんな依頼ですか?」

 

あんなの声に合わせるように、エリザさんは胸を張って、勢いよく言い放った。

 

「私を探偵として雇ってほしいの!」

 

「「ええええ~!?」」

 

まさかの採用依頼だった。

 

こういうとき、どうするのが正解なのだろう。

 

書類選考?

面接?

 

……いや、みんな未成年なのにそんなことはしないだろう。

とりあえず今必要なのは、相手の話をきちんと聞くことだ。

 

 

_______________

 

 

 

「次回作の執筆のため?」

 

「今、探偵エリーの続編を考えててね!」

 

話を聞くうちにだんだん事情が見えてきた。

 

エリザさんは『名探偵エリーの事件簿』の続編を近々執筆する予定なのだという。

 

あれだけのページ数の大作を書き上げて、さらに続編まで——考えるだけでも気が遠くなるような話だ。

 

「続編!楽しみ~!」

 

みくるが目を輝かせる。

エリザさんも嬉しそうに続けた。

 

「実際に探偵になれば、いいアイデアが浮かぶと思って! 三人にもいろいろ教えて貰いたいの!」

 

なるほど、役から入っていくタイプか。

 

俳優や声優がキャラクターをより深く演じるために、そのキャラに関連した体験を現実でしてみる、という話を聞いたことがある。

 

エリザさんも同じように、実際に探偵として動くことでエリーの心情をより深く理解したいのだろう。

 

「任せてください!」

 

あんなとみくるは元気よく返事をしていた。

 

が——残念ながら私は探偵ではない。

 

正確には「名探偵プリキュア」ではないです、なんてことは口が裂けても言えないけれど、積極的に探偵として活動しているわけでもないのは確かだ。

 

「あ、私は一応助手です。私は一応助手です」

 

「何で二回言ったの??」

 

大事なことなので二回言いました。

 

エリザさんをがっかりさせないよう、「探偵じゃない」とストレートに言う代わりに「助手」という言葉を選んで伝える。

 

するとエリザさんはいきなり目をキラキラさせて、私の両手をぎゅっと掴み、腕をぶんぶんと振り回し始めた。

 

「助手!!実際の探偵事務所にも助手さんがいたんですね!ワトソン君だー!」

 

「振り回さないで……腕がもげる……」

 

何故「助手」と言った瞬間にそこまで興奮するのだろう。

 

ワトソンといえばシャーロック・ホームズの相棒、ジョン・H・ワトソンのことだろうけれど、私はそこまで大した人間じゃないから……と頭の中で否定していたところでふいにドアが開く音がした。

 

買い出しに行っていたジェット先輩が帰ってきたらしい。

 

「おーい、依頼人だぞー」

 

だが、部屋に入ってきたのはジェット先輩だけではなかった。

一人の男の子が一緒にいて、その子はかなり落ち込んでいるようだった。

 

漂ってくる事件の香り。

 

「ようこそ!あんな、みくる、みのる!お茶の準備を!」

 

エリザさんはもうすっかりノリノリで、完全に役にハマっていた。

こういう切り替えの早さも、才能のひとつなのだろうか。

 

「いきなり仕切ってる……」

 

「教えてほしいって言ってたのにね……」

 

「エリザさんが先輩みたいになってる……」

 

まるで私たちが見習いのようだ。

ジェット先輩は突然増えた探偵にまだ思考が追いついていないらしく、きょとんとした顔をしている。

 

「どうなってるんだ?」

 

「小説のアイデアが浮かぶまで、一緒に探偵をすることになったの」

 

小説の中の事件は意外とシリアスな場面が多いから、盗難事件ばかりのこの街でうまくアイデアが浮かぶかどうかは正直わからない。

 

それでも某探偵アニメのような毎週のように殺人事件が起きるよりは、遥かにマシだと思う。

 

「そうか……」

 

静かに納得するジェット先輩の横で、男の子はずっと泣いていた。

 

「うぅ……ミーコ……」

 

「「「「……………」」」」

 

様子から察するに、ペットが逃げ出してしまったのだろう。

どんなに小さな悩みであっても、目の前の依頼人の話を聞いて解決へと導くことが、探偵としての務めだ。

 

 

_______________

 

 

 

依頼人の名前は虎太朗くん。

 

私は紅茶の入ったティーカップをそっとテーブルに置き、あんなたちのそばへ移動した。

 

その一連の動きをキラキラした目で追いかけているエリザさんの視線が、どうにも気になって仕方ない。

 

「う~ん……この子がミーコちゃん……」

 

「昨日からずっと探しているそうだ」

 

虎太朗くんが取り出したのは、一匹の猫が写った写真。

 

白と茶色と黒の毛並みに、赤い首輪。

かわいらしい三毛猫だ。

 

「大丈夫!」

 

「私たちが絶対に見つけるから!」

 

人探しならぬ、猫探し。

それだって立派な探偵の仕事だ。

 

あんなとみくるの言葉に続くように、エリザさんも勢いよく立ち上がる。

 

「よし!早速調査開始よ!」

 

三人の名探偵は虎太朗くんの依頼を引き受け、まずは依頼人からさらに詳しく話を聞くことにした。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

劇場には、何気ない平凡な光景が続いていた。

 

ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモン、そして私。

それぞれが思い思いの過ごし方で次の出番を待っている。

 

特別なことは何もない、いつも通りの時間。

 

ただ——さっきからジャックの姿が見当たらない。

また余計な企みでも考えていなければいいけれど……。

 

「なるほど……新たなマコトジュエルの在処がわかった」

 

今日も今日とて、マコトジュエルの次の在処が未来自由の書に記される。

 

いつもの光景、いつもの流れ。

私はそれをどこか醒めた目で眺めていた。

 

「はいは~い!アゲが行くっしょ!」

 

アゲセーヌが我先にと手を挙げる。

ニジーたちが立候補するのも見慣れた光景だ。

 

今回もアゲセーヌがマコトジュエルを盗みに向かうのだろうと、ぼんやり思っていた。

 

「いや、アルカナ・シャドウだ」

 

——これは、いつもの流れじゃなかった。

 

私だけが指名される。

それは今まで一度もなかったことだ。

 

以前にゴウエモンと共に名を呼ばれたことはあったけれど、完全な単独指名は初めてだった。

 

「私の元へマコトジュエルを……」

 

「わかった……」

 

ウソノワールの声は静かだ。

 

あの仮面の内側から、私のことをどう見ているのか気にならないといえば嘘になる。

 

でも今は、それよりも任務を優先するべきだ。

 

「むぅ~アルカナ・シャドウ……」

 

背後でアゲセーヌが小さく愚痴をこぼしていたのが聞こえたが、聞こえないフリをしてそっと腰を上げた。

 

正直なところ、あまりあの二人に会う気力はない。

それでも——行きましょう。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

エリザさんはまことみらい市の地図を広げながら、真剣な顔で考えを巡らせていた。

 

「なるほど……ミーコちゃんは3歳の女の子。性格は大人しいと……」

 

猫の3歳は、人間に換算するとおよそ28歳くらいにあたる。

 

人間なら立派な大人だけれど、猫としてはまだまだ若い部類だ。

寿命で考えたら逆になるけどね。

 

「ちなみに、いなくなったのは何時くらい?」

 

「わかんない……お母さんが美容室に行って、その後いなくなったって……」

 

留守中にいなくなったのか、それとも連れ帰る際に逃げ出してしまったのか。

どちらかまではわからないけれど、少なくとも大まかな時間帯は見当がつく。

 

「美容室?多分お昼ぐらいかな?」

 

「エリザさん!調査は?」

 

推測を続けてなかなか動こうとしないエリザさんに、あんなが痺れを切らす。

 

あんなやみくるは現地や周辺での調査を中心に動くタイプだが、エリザさんのやり方もそれはそれで意味があるはずだ。

 

「これも立派な調査よ!ミーコちゃんのプロファイリング」

 

「プロファイリング?」

 

「データを分析して犯人の行動を予想するってやつね!」

 

実際に警察が得意とする手法だ。

逃亡を続ける犯人を確実に追い詰めるため、執念の調査によって居場所を特定する際に使われる——それがプロファイリングである。

 

「正確には、断片的な情報から行動科学や統計データを用いて、対象の全体像や特徴を推測する分析手法……」

 

「???」

 

難しい言葉を使いすぎたせいで、あんなの理解が完全に止まっていた。

 

探偵の活動ではこういった専門用語が度々飛び出すのだから、そろそろ慣れてほしいところではあるけれど……難しいかな、やっぱり。

 

「すごい!!ワトソン君も知識が豊富なんだね!」

 

「いや、まあ……あはは。あと私、ワトソンじゃなくてみのるです」

 

知識があるのは諸事情によるもので、と心の中で付け加えた。

 

それにしても、何故ワトソン呼びなのだろう。

助手という立場がそんなに魅力的なのだろうか。

「名探偵エリーの事件簿」に助手のキャラクターはいなかったはずだけれど……。

 

「この場合、ミーコのことを知ることで、どこにいるかを推理するんだな」

 

「なるほど!」

 

ジェット先輩の言う通り、相手の立場に立って考えてみることは大切だ。

 

……ただ猫の気持ちってどうやって考えればいいのだろう。

 

生態なら多少は知っていても、内面まではわからない。

人間相手でさえ本心を読むのは難しいのに。

 

「プロファイリングから導き出される移動範囲……。ネコが集まる場所といえば公園だけど、餌やり禁止だし、可能性としては低そうね」

 

エリザさんが推測を積み重ね、ひとつの結論へと辿り着こうとしていた。

公園ではない、とすると——

 

「……となると!ここよ!」

 

「「おおー!!」」

 

エリザさんが地図の上を指差したのは、川に橋が架かる堤防付近。

 

猫が外で過ごす場所として好むのは、雨風をしのげて安全で暖かい場所だ。

堤防付近なら周囲を遮るものがなく、太陽の光を十分に浴びられる。

近くに橋もあるから雨風も防げるし、猫が集まるには確かに最適な条件が揃っていた。

 

とはいえ、いきなりそこへ飛び込むわけにもいかない。

調査はしっかり積み重ねていく必要がある。

 

 

_______________

 

 

 

「「「行ってきま~す」」」

 

あんな、みくる、エリザさんの三人が声を揃えて事務所を出ていった。

私も一緒に向かうと人数が多すぎるため、同行はせずにジェット先輩の手伝いをすることにした。

 

考えてみれば、プリキュアのみんなではなくジェット先輩と二人で動くのはなかなかないかもしれない。

 

三人の姿が遠ざかって事務所が静かになると、ジェット先輩は落ち込んだままの虎太朗くんにそっと声をかけた。

 

「チラシでも配ってみるか?」

 

「えっ?」

 

チラシというのは、ミーコの情報を印刷した用紙のこと。

 

調査に入る前に、ジェット先輩があらかじめ用意しておいてくれたものだ。

 

「こちらから少しでも情報を与えた方が、見つかる確率は高まるよ」

 

行方不明者の捜索や指名手配犯を追うのと同じように、呼びかけを続ければいつか解決の糸口が見えてくるはず。

 

「ほら、準備するぞ!みのるも頼むな」

 

「うん!」

 

「りょーかい!」

 

ジェット先輩が優しい手つきで虎太朗くんの頭をぽんと撫でた。

ちょっと珍しい光景に思わず目を丸くしながらも、私たちも準備を始めた。

 

 

_______________

 

 

 

【みくるSide】

 

「「おお!?」」

 

今日も天気は絶好の外出日和。

 

みのるはジェット先輩に気を遣ってそちらに残り、代わりにエリザさんが私とあんなと一緒に行動することになった。

 

初めての探偵活動に張り切っているエリザさんは、現地に到着するなりさらに輪をかけてやる気に満ちていた。

 

なぜかというと——

 

「ミーコちゃんはここに来たはず!そしてこの後の行動をたどるには……」

 

「エリザさん!?」

 

いつの間に用意したのか、猫耳のカチューシャとしっぽをつけた姿のエリザさんがそこに立っていたからだ。

 

まさかここまでやるとはさすがに予想していなかった。

 

「まずは、猫になって考えればいいニャン!」

 

「「うわぁ~かわいい~!!」」

 

でも、その姿はとびきりかわいらしかった。

 

元々かわいい見た目のエリザさんに猫耳としっぽが加わったら、それはもうかわいさが倍増どころではない。

 

「なりきりひらめき!猫になりきればミーコちゃんの行動がわかるニャン!」

 

両手でちょこんと猫の仕草まで真似してみせる。

 

なぜここまで本格的なのかというと、「なりきり」という調査手法は『名探偵エリーの事件簿』の中にも実際に描かれている場面があるのだという。

 

「そうそう!衝動のエリーもこうやってなりきることで事件を解決してた!」

 

自分が書いた物語の内容を、自ら体を張って再現している。

その行動力はなかなかのものだ。

 

まだ私たちより3歳くらいしか年上じゃないのに推理小説を何冊も書き上げてきたエリザさんには、探偵としての素質も十分備わっているのかもしれない。

 

「シャー!」

 

前方から一匹の野良猫が、こちらに向かって威嚇の声を上げた。

 

こういうときはあまり刺激しないよう、そっと距離をとるのが正解だ。

爪で引っ掛かれてしまったら大変だし——と思っていたのだけれど。

 

「むう~」

 

エリザさんは逆に威嚇の真似をしながら、野良猫ににじり寄っていった。

 

「きっとミーコちゃんもこうやって威嚇されたニャン。そして……」

 

「ニャニャッ!ニャー!!」

 

この辺りは野良猫が多いから、大人しいミーコちゃんが鉢合わせして怖がるのは十分ありえる話だ。

 

そして今、野良猫がエリザさんに飛びかかろうと一気に距離を詰めてきていた。

 

「きゃぁぁー!」

 

「ニャニャ~!」

 

逃げ出したエリザさんを、野良猫は執拗に追いかける。

 

ミーコちゃんもこんな感じだったのかな……。

猫と間違えられたエリザさんは一目散に走り出す。

 

「こっちに逃げたはずニャ~ン!」

 

声をかける隙すらなかった。

 

エリザさんと野良猫はあっという間に遠くまで走り去ってしまう。

 

完全に置いていかれた私とあんなは慌てて後を追った。

 

 

_______________

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

公園のジャングルジムによじ登って息を切らしているエリザさんが心配になったけれど、エリザさんはすぐに呼吸を整えるとひょいと地面に飛び降りた。

 

「私の推理によれば……」

 

そこから先は、公園中を駆け回りながらミーコちゃんのルートをひとつひとつたどっていく。

 

土管の中、砂場、茂みの端——猫が立ち寄りそうな場所を、道具も何もなしに次々と確かめていく。

 

「こうしていろんな所を移動して……」

 

私たちがプリキットミラールーペを使って手掛かりを探すのとは違い、エリザさんは手ぶらで、しかもミーコちゃんの情報がほとんどない状況なのに、まったく迷う様子がない。

 

純粋に、すごいと思った。

まだ未成年でありながらミステリー作家として活動しているだけあって、そのスペックの高さに改めて驚かされる。

 

「ニャ~ン!」

 

草むらから顔を出したエリザさんは、完全に猫だった。

 

「わかった!こっちに行ったニャン!」

 

「「エリザさーん!」」

 

また振り回される私たち。

 

草むらから飛び出したエリザさんは軽く宙返りをしながら華麗に着地すると、そのまま走り出した。

 

……作家なのに恐ろしい身体能力。

 

内心で絶句しながらついていく。

もしみのるがこの光景を見ていたら、腰を抜かしてしまうんじゃないだろうか。

 

「そして……ミーコちゃんはここにたどり着いたニャ!」

 

走って、たどって、なりきって。

 

そうして私たちがようやく辿り着いたのは、事務所でエリザさんが地図を指差したあの場所だった。

 

近くに橋が架かる川の河川敷。

ここが、ミーコちゃんがいるはずの場所だ。

 

「間違いない!あそこにいるニャン!」

 

太陽の光が届かない橋の下、草むらをかき分けて中をのぞき込むと——

 

「「「あ!」」」

 

「いた!」

 

本当に一匹の猫が隠れていた。

道具も手掛かりもほとんどない状態で、エリザさんは本当に目的地にたどり着いてしまったのだ。

 

「ミーコちゃん!?」

 

「あれ?でも……毛の色は一緒だけど、この子は毛が短いね」

 

写真で見た特徴とおおむね一致してはいるけれど、もふもふした印象はなく、どこにでもいるような普通の三毛猫といった感じだった。

 

「首輪もしてない……」

 

「う~ん、違う猫かなぁ?」

 

おまけに赤い首輪もない。

人違いならぬ、猫違いだろうか。

 

猫の方はずっとこちらを警戒しているし、野良猫なのかもしれない。

 

「フーッ、ニャッ!」

 

「あっ、逃げた!」

 

警戒していた猫はあっという間に逃げ去ってしまった。

 

せっかく見つけたと思ったのに、捜査は振り出しに戻ってしまう。

それでもエリザさんの活躍から学べたことは多かった。

 

「あの子じゃないみたいね」

 

「絶対ここにいるはずなのに……」

 

もう一度手掛かりを探そうにも、あたりを見回しても何もない。

どうしたものかと悩んでいたそのとき、あんながぱっと顔を上げた。

 

「ピンと来た!猫に聞いてみればいいんだ!」

 

そうだ、行方不明になった猫を探しているなら直接猫に聞けばいい。

 

普通の人が聞いたら意味不明に思えるかもしれないけれど、今の私たちには動物と話せる道具がある。

 

「オープン!プリキットグミ!」

 

あんなと私はそれぞれプリキットグミを取り出し、一粒口に放り込んだ。

 

ちょうど近くに別の猫がいたのでタイミングはばっちり。

ただし効果は3分しかない——無駄遣いは禁物。

 

「ちょっといいですか?私たち、この子を捜してて……」

 

「どれどれ?」

 

グミを食べたことで猫の言葉が理解できるようになった。

 

ミーコちゃんの写真を見せて、目撃情報がないか尋ねてみる。

 

「おっ!さすがニャン!猫になりきって話してるニャン!」

 

グミを食べていないエリザさんの目には、私たちはどんなふうに映っているのだろう。

まるで猫語で話しているみたいに見えているのかもしれない。

 

それはそれでかなり怪しい光景だ。

人混みの中でこの道具を使うのは控えた方がいいかもしれない、と少し思った。

 

「知らないわね」

 

「そっか……」

 

頼みの綱もダメだった。

 

今回の依頼、一筋縄ではいかなそうだ。

行き詰まったときは焦らず最初に戻ることが大切——そう思い直して、私たちは再び公園へ向かい、考えを改めることにした。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「お願いしま~す!ネコを捜していま~す!」

 

「心当たりの方は、キュアット探偵事務所まで連絡をお願いしま~す!」

 

「情報くださ~い!」

 

一方、私たちはチラシを手に通りを歩きながら呼びかけを続けていた。

 

あんなたちの調査とこちらの情報収集。

両方が揃えば、きっとミーコちゃんを見つける近道になるはずだ。

 

「推理と情報収集、協力すればすぐに見つかるはずだ」

 

「あの探偵たちは優秀だから、必ずミーコちゃんを見つけてくれるよ」

 

私とジェット先輩の言葉に虎太朗くんの表情が少し明るくなった。

 

ミーコがいなくなってからずっと落ち込んでいたはずなのに、ジェット先輩が積極的に声をかけてくれたことで、かなり気持ちが楽になってきているのだろう。

 

「うん!ありがとう、お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

お姉ちゃん——。

 

お姉ちゃんか……。

 

悪い響きはしない。

 

今まで誰かにそう呼ばれたことなんてなかったから、なんだか不思議な、でも温かい気分だった。

 

「……向こうの人に渡してくる/////」

 

ジェット先輩もお兄ちゃんと呼ばれた瞬間に頬をさっと赤らめ、顔を逸らしながらそそくさと別の方向へ歩いていってしまった。

 

全く、かわいいやつめ。

たまに見せるその赤面の破壊力は本当に侮れない。

 

「うん!じゃあ僕はあっちに!」

 

「私はこの子のそばにいるよ」

 

「おう」

 

短く言葉を交わして、ジェット先輩は別の場所へ向かった。

私は虎太朗くんを一人にしないよう付き添いながら、チラシ配りを再開しようとした——ときだった。

 

「ねぇ……」

 

一人の少女が虎太朗くんに声をかけてきた。

 

「あああっ!?」

 

思わず大きな声が出てしまった。

 

紫色の服に、腕には妖精のマシュタンを抱いている謎の多いプリキュア、森亜るるかさんだ。

 

何でよりによって、プリキュアと別行動しているこのタイミングでファントムの幹部と鉢合わせしてしまうのだろう。

 

「それ……貰える?」

 

「はい!お願いします!」

 

虎太朗くんは私たちの因縁など当然知らないから、何の疑いも持たずにるるかさんへチラシを差し出した。

 

何の濁りもない澄んだ瞳。

……今の私の心は汚れているのだろうか、なんてことを考えてしまった。

 

「も……森亜るるかさん……!!」

 

「どうしたの、お姉ちゃん?」

 

様子のおかしい私を心配するように、虎太朗くんが顔をのぞき込んできた。

 

くっ……この子の前で騒ぐわけにはいかない。

せっかく本人が目の前にいるのに何もできないのが悔しくてたまらないけれど。

 

「え……いや、何でもない……」

 

努めて平静を装いながら適当にごまかす。

プリキュアがいない状況で私にできることなど、ほとんどない。

 

ここは潔く引いておくのが正解だ。

 

「ふーん、なるほど……」

 

るるかさんはチラシを手に取り、書かれた特徴と猫の写真をじっと見つめた。

何かを思いついたような、そんな表情だ。

 

敵なのか、そうでないのか——まだはっきりしない相手の行動ほど、不安なものはない。

 

そんな時だった。

 

「おい!みのる!!」

 

聞き慣れた大きな声が響いて、私は反射的に振り返った。

 

人混みをかき分けるようにして走ってくるのはジェット先輩だった。

息を切らしながらこちらへ向かってくる様子は、どう見ても普通ではない。

 

「何、ジェット先輩?そんな慌てて?」

 

首を傾げると、ジェット先輩は周囲をざっと見回した。

 

「いいからちょっと来てくれ!!」

 

「う、うん?わかった」

 

何が起きたのかまるで見当もつかなかったけれど、その真剣な表情を見る限り冗談ではなさそうだ。

 

——そういえば、るるかさんの姿もいつの間にか消えている。

 

ジェット先輩は虎太朗くんの前で足を止めた。

 

「ごめんな、少しだけ待っててくれるか?」

 

虎太朗くんはにこりと笑った。

 

「いいよ!待ってるね!」

 

「いい子だ」

 

ジェット先輩は虎太朗くんの頭をそっと撫でて、それから私を促すように歩き出した。

 

さっき別れたばかりなのに呼びに来たということは、それだけ重要な何かを見つけたということだろう。

 

連れられて向かったのは、大通りから少し外れた路地裏。

人通りは少なく、建物の影が細長く地面に伸びている。

 

ジェット先輩が建物の角からそっと顔を出した。

 

「ほら、あれ見ろよ!」

 

指差された先を見た瞬間、私は息を呑んだ。

 

「——あれは……ジャック!?」

 

間違いなかった。

 

長いツインテール、特徴的なシルエット。

そしてどこか人を小馬鹿にしたような、余裕のある歩き方。

 

怪盗団ファントム最強の幹部、ジャックだ。

 

こんな街中を堂々と歩いていること自体が、にわかには信じられない。

 

「どうしてジャックがここに……」

 

「チラシを配ってたら偶然向こうを通り過ぎるのが見えたんだ」

 

私は視線を離さないまま小さく頷いた。

ジャックは周囲を気にする様子もなく歩いている。

 

あの少女はただ歩いているだけでも十分すぎるほど危険な存在だ。

これまで何度もプリキュアを苦しめてきた。

 

今も何を考えているのかわからない。

どこまでが本気でどこまでが演技なのかも、まるで読めない。

 

「……今度は何をするつもりなんだろう?」

 

口から漏れた言葉には、自分でも気づかないうちに不安が滲んでいた。

ジェット先輩は腕を組む。

 

「それが気になるんだよ……。あいつのことだから絶対ろくなことがない。せっかく目撃したんだから、尾行してやろうと思ってな」

 

「やめた方がいいよ……」

 

ジャックの恐ろしさは、もうよくわかっているはずだ。

 

戦闘能力だけじゃない。

見た目以上に頭の回転は速いし、人の心理を読むのも巧みだ。

下手をすれば、尾行なんてあっさり見破られてしまう。

 

「もし見つかったら何されるかわからないよ……」

 

脳裏にこれまでの戦いがよぎった。

 

圧倒的な実力差。

絶望的なほどの強さ。

 

そして時折見せる、ぞっとするほど冷たい笑顔。

 

あんな相手に見つかったらどうなるか——想像したくもない。

 

しかしジェット先輩は引かなかった。

 

「ロンドンのキュアット探偵事務所ですら情報が掴めなかったファントム。お前も気になるだろ?」

 

「うっ……」

 

それを言われると弱い。

 

気になる。

むしろ知りたくて仕方ない。

 

ファントムの目的。

ジャックの正体。

ウソノワールとの関係。

 

本当に謎だらけだ。

 

世界中の探偵たちが調べても掴めなかった情報が、もしかしたら今なら手に入るかもしれない——そう考えると、好奇心と不安が激しくせめぎ合った。

 

「あ、曲がり角を右に行ったよ」

 

ジャックの姿が建物の陰へ消えていく。

見失うまで、あと数秒もない。

 

ジェット先輩の目が鋭く光った。

 

「よし、追うぞ!」

 

そう言うなり飛び出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

慌てて後を追いながら、嫌な予感が胸の奥でじりじりと燻った。

だけど同時に、あの怪盗が何を企んでいるのか知りたい気持ちも確かにあった。

 

曲がり角を曲がった瞬間、私たちは足を止める。

 

「あれ……いない?」

 

ついさっきまで確かに見えていたはずなのに、その姿はどこにもなかった。

 

細い路地は真っ直ぐ続いている。

左右に隠れられるような場所もほとんどない。

 

それなのに、まるで最初から存在していなかったかのように跡形もなく消えていた。

隣でジェット先輩も周囲をぐるりと見回す。

 

「どこに行ったんだ?」

 

「ここにいるけど?」

 

——背後から声がした。

 

全身の血が一瞬で凍りついた。

 

「「!!!?」」

 

私とジェット先輩は同時に振り返る。

 

そこには——いつの間にか私たちの真後ろに立っていたジャックがいた。

 

壁にもたれかかりながら、面白そうにこちらを眺めている。

最初から私たちの反応を楽しんでいたかのような笑みだった。

 

「あなたたち尾行下手くそだね。思い切り気配を感じてたよ」

 

「っ………」

 

からかうような口調に言葉が出なかった。

 

完全に気づかれていた。

それどころか背後を取られている。

 

もしジャックが本気で襲うつもりだったなら、今頃どうなっていたかわからない。

 

「名探偵プリキュアの親友ちゃんに、発明家の妖精?」

 

視線が私とジェット先輩の間をゆっくりと行き来した。

 

「こんなところを二人だけで出歩いて、怪盗団ファントムと鉢合わせするかもしれないって考えなかったの?」

 

「………」

 

反論できなかった。

正論だったからだ。

 

というより、実際に鉢合わせしてしまっている。

 

「何を企んでる?またマコトジュエルを奪うつもりなのか?」

 

ジェット先輩が鋭い視線で警戒すると、ジャックは小さく笑った。

 

「そんなに警戒しなくても、今回は大人しくしてるつもりだよ。少なくとも、今日はプリキュアと戦うつもりはない。もちろん、他人の物を盗むつもりもない」

 

そこで一度言葉を切る。

そして意味深な言葉を話した。

 

「……物はね」

 

「……?」

 

何か引っかかる言い方だ。

けれどそれ以上追及する前に、ジェット先輩が一歩前へ出る。

 

「お前は一体誰だ?」

 

今まで何度も対峙してきた相手なのに、素性は何一つわかっていない。

しかしジャックは意外そうに瞬きをした。

 

「手紙で私の正体を知ったんじゃないの?」

 

「書いてなかった」

 

私が即答すると、今度はジャックの方が固まった。

 

「え?」

 

「何も書いてなかったんだ。あなたの本名も、生い立ちも、何があったのかも。一切の情報が不明だった」

 

ロンドンのキュアット探偵事務所から届いた資料。

あれほど優秀な探偵たちが調査しても、ジャックに関する情報だけは異様なほど何も見つからなかった。

 

「ロンドンの探偵事務所ですら突き止められなかった」

 

するとジャックは数秒だけ黙り込んだ。

そして、

 

「へえ……それは嬉しい誤算だね」

 

どこか本当に意外そうに、ぽつりと呟いた。

 

「あなたは誰なの?」

 

今度こそ答えてほしい。

だがジャックは困ったように頭を掻いている。

 

「教えるわけないでしょ……と言いたいところだけど、私も自分の本名はわからないし、怪盗団ファントムに入る前のことは一切記憶がない」

 

「え!?」

 

「何だと!?」

 

私とジェット先輩は同時に絶句した。

自分のことを覚えていない——それはどういうことだろう。

 

自分の記憶がないというのに、ジャックはどこまでもけろりとしていた。

 

「だから私から情報を聞き出そうとしても無理。諦めなよ~」

 

あまりにも軽い言い方だった。

けれどその内容は、決して軽くない。

 

記憶喪失

本名不明

過去不明

 

だから調べても何も出てこなかったのか——とは思う。

しかし同時に、どこかしっくりこない感覚もあった。

 

本人がわからなくても、外側から調べればわかることはあるはずだ。

それすら一切掴めないというのは、また別の理由が絡んでいる気がしてならなかった。

 

「ジャック!」

 

どうすれば答えに辿り着けるか悩んでいるうちに、彼女はすでに背を向けていた。

ジェット先輩も慌てて声を上げる。

 

「おい!話はまだ終わってないぞ!!」

 

「じゃあ私はそろそろ行くから」

 

しかしジャックは振り返らずに軽く手を振る。

 

「じゃあね~」

 

そのまま角を曲がり、あっという間に姿を消してしまった。

 

追いかけようと思えばできたかもしれない。

でもそんな気にはなれなかった。

 

今の会話だけでも衝撃が大きすぎたからだ。

 

怪盗団ファントムに入る前の記憶がない。

それだけでも十分すぎるほど重要な情報だった。

 

「……ジェット先輩」

 

呼びかけると、ジェット先輩はジャックが消えた方向を見つめたまま頷いた。

 

「ああ、これ以上は危険だ。それに一つだけ収穫があったしな。あの子を待たせるわけにはいかないから、もう戻ろう」

 

「そうだね……」

 

私も同意した。

そしてさっきのことを思い出す。

 

「あ、あともう一つ」

 

「ん?」

 

ジェット先輩は離れていたから見えていなかったはずだ。

 

でも一応、るるかさんのことも伝えておいた方がいい。

チラシを持っていったということは、何らかの形でプリキュアと接触する可能性がある。

 

「さっき、るるかさんがチラシを持っていった」

 

「はあああ!?」

 

路地裏にジェット先輩の絶叫が響いた。

さっきまでの張り詰めた空気が、嘘みたいに吹き飛ぶ。

 

シリアスな雰囲気はどこへやら——慌てふためくジェット先輩の後ろ姿を追いながら、私はようやく少し息をついた。

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