かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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事実は小説より奇なり

【あんなSide】

 

「うーん、見てないなぁ……」

 

「そうですか……」

 

エリザさんの声がまた少し沈んだ。

これで十人目だ。

 

公園に来てから、私たちは根気強く聞き込みを続けてきた。

でも、いくら尋ねても手がかりひとつ掴めないまま、空振りばかりが続いている。

 

プリキットミラールーペを使えればもう少し楽になるかもしれないけれど、この公園には他にも猫がいるため、そう簡単にはいかなかった。

 

空振りになる度に、エリザさんの表情が少しずつ曇っていく。

その顔を見るたびに、胸がきゅっと締めつけられるような感覚があった。

 

やっぱり落ち込む顔を見るのは慣れない。

どれだけ経験しても、慣れたくないとさえ思う。

 

「ごめんね、私が二人の足を引っ張っちゃって……」

 

「そんなことは……!」

 

全然違う、引っ張ってなんていない。

 

エリザさんはずっと頑張っている。

ずっと前を向いて諦めずに動き続けていた。

 

伝えたいことはたくさんあったのに、いざ口を開こうとすると言葉がうまく出てこない。

 

「やっぱり小説と違うよね。こうして推理も失敗ばかりだし……」

 

「大丈夫です! エリザさんならきっと事件を解決できます!」

 

確かに、「事実は小説より奇なり」という言葉はよく聞く。

 

妖精の存在、プリキットという普段ならありえない技術の道具、プリキュアへの変身なんて科学的に証明できるものじゃない。

 

現実は小説よりずっとずっと不思議で、理屈じゃ割り切れないことだらけだ。

 

それでも——エリザさんは——

 

「ううん、無理だよ。小説みたいにはうまくいかない……」

 

静かな諦めの言葉だった。

 

あれだけ張り切っていたエリザさんが、探偵としての現実に直面して、怯んでいる。

 

小説の中の世界とは全く違う、思い通りにならない現実の重さに押しつぶされそうになっている。

どう声をかけてあげればいいんだろう。そう思って言葉を探していたとき——

 

「確かに小説と全然違います!」

 

みくるがはっきりと言い放った。

 

「みくる?」

 

エリザさんが動揺するのがわかった。

バッサリと現実を突きつけるような言葉に、私も一瞬どきりとする。

 

でも、すぐに落ち着いてみくるの次の言葉を待った。

 

みくるがそんな意地悪な言い方をするはずがない。

絶対に続きがある。

 

「エリザさんは、諦めかけてる……でもエリーは言っていました。『諦めない心が真実のページを刻む』って!」

 

「あ……」

 

エリーというのは、みくるが読んでいる本の主人公だ。

そして、エリザさんが生み出した少女でもある。

 

自分が書いた物語の登場人物の言葉にエリザさんの瞳が揺れた。

 

「エリーなら絶対! 最後の最後まで真実を解き明かそうと頑張るはずです!」

 

諦めない心、それは本当に大切なものだと私は知っている。

ファントムとの戦いでも、ウソノワールやジャックのような強い敵が目の前に立ちはだかっても、私たちは決して諦めなかった。

 

諦めなければ、いつか報われる日が来る。

たとえ報われなくても、ここまで積み重ねてきたものは絶対に無駄なんかじゃない。

 

「……そうだね。私も……諦めない!」

 

みくるの言葉を受けて、エリザさんは顔を上げた。

さっきまでの翳りが嘘みたいに、その目に光が戻ってくる。

 

諦めない心を持ち続けるのは簡単じゃない。

それは知っている。

 

でも、できることをひとつずつ積み重ねていけば——きっと道は開ける。

私はそう信じながら、エリザさんの隣で小さく拳を握った。

 

「きあめない!」

 

「「ああ!?」」

 

ポチタンまで釣られて叫んでしまった。

私は慌てて手を伸ばし、ポチタンの口をぎゅっと塞いで後ろへ押し込む。

 

「え?」

 

「あっ……えっと……きわめないとって……!」

 

「そうそう! 私たち、探偵の道を極めたいんです! とにかく調査を再開しましょう!」

 

なんとか誤魔化せた……のかな?

冷や汗をかきながら内心でほっと息をつく。

 

危なかった。

ポチタンのことを知っているのは、今のところ生徒会長のれいだけだ。

 

ずっと隠し続けているのはモヤモヤするけれど、仕方ない。

今はまだそういうわけにはいかない。

 

「だったらまず、虎太朗くんに話を聞いてみない?」

 

エリザさんが提案したのは、ミーコちゃんの飼い主であり、今回の依頼人でもある虎太朗くんからもう一度詳しく話を聞くことだった。

 

言われてみれば、まだ聞けていない情報があるかもしれない。

ちょうどみのるやジェット先輩とも合流できる。

 

私たちは早速、大通りの方へ足を向けた。

 

 

_______________

 

 

 

「「ジャックとるるかさんがいたぁぁぁぁ!!?」」

 

合流はすぐにできた。

でも、状況は思っていたよりずっと穏やかじゃなかった。

 

みのるがるるかさんとジャックの二人に遭遇していたというのだ。

 

完全に迂闊だった。

 

ジャックとるるかさんは手を出さずにどこかへ去ったらしいけれど、もしジャックが本当にみのるやジェット先輩を潰しに来ていたとしたら——。

想像しただけで、腕に鳥肌が立つ。

 

それだけじゃない。

こんな昼間に二人が堂々と街を出歩いているということは、どこかでマコトジュエルが狙われてしまうかもしれない。

 

みのるから聞きたいことも、伝えたいことも山積みで、頭がパンクしそうだった。

 

「み……みんなどうしたの?」

 

「急に大声を出して……何かあったの?」

 

虎太朗くんとエリザさんの声が、そっと割り込んできた。

 

「「あ……」」

 

私とみのるは同時に口を閉じた。

 

怪盗団ファントムのことをここで話したら、二人を混乱させてしまう。

それだけは避けなければ。

 

「伝えたいことはあるけど、虎太朗くんとエリザさんの前でこの話はしない方がいいと思う。一応、ジャックとるるかさんが街にいるってことだけは伝えられたから……」

 

「あぁ……すまない、詳しい話は後にしよう。今はこの子の話を聞きたいんだろ?」

 

みのるもジェット先輩も、同じ考えに至っていたらしい。

わかっていても、もどかしかった。

 

「そ……そうだね」

 

「???」

 

エリザさんが首を傾げて、困惑した顔で私たちを交互に見ている。

 

このままでは余計に混乱させてしまう。

るるかさんとジャックのことは頭の隅でずっと引っかかっているけれど、今は目の前の依頼を先に解決しないと。

 

「あの……話を戻してもいいかな?」

 

「あ、うん。どうぞ!」

 

エリザさんの表情が、ぱっと明るくなった。

 

ファントムのことも、確かに大事だ。

でも、困っている人を助けること——それが、私たちの役目なんだから。

 

「ミーコちゃんのことをもっと知りたいの」

 

「ミーコについて?」

 

「うん、改めて教えてくれる? 何かいつもと違ったなーってこととか」

 

「うーん……」

 

虎太朗くんが眉を寄せて考え込む。

ミーコちゃんの変化について、虎太朗くん自身はその一部始終を見ていない。

 

難しい問いかけだったかもしれない。

そうやって思案していたとき、私はふと虎太朗くんが最初に話していたことを思い出した。

 

「そういえば、お母さん……美容室に行ったんだよね? いつもと違う髪型に、ミーコちゃん驚いちゃったとか?」

 

美容室に行くのだから当然髪を切る。

もし長い髪の人がいきなりショートヘアになったら、私だってきっと驚くだろう。

 

かなり印象が変わるから、ミーコちゃんもいきなり雰囲気の変わったお母さんのことが怖くなってしまった可能性はある。

 

「お母さん、全然髪切ってなかったよ」

 

あれ、変わっていない?

 

「じゃあ、髪の色を変えた?」

 

「変わってなかった」

 

それも違うらしい。

美容室に行ったのに、髪には何の変化もない。

 

髪を切る以外に美容室へ行く用事なんて、何があるんだろう?

お母さんが美容師というわけでもなさそうだし……。

 

「どういうことだ?」

 

全員が黙って考え込む中、みのるが静かに口を開いた。

 

「答えは至って単純だと思う」

 

「え?」

 

単純?

そこまで難しく考える必要はないってこと?

 

みのるは言葉を続ける代わりに、静かにある方向へ視線を向けた。

 

「三人が見たミーコちゃんに似ている猫って、本当に違うと言い切れる?」

 

「違うの……?」

 

「……………」

 

みのるはそれだけ言って、また黙って視線の先を見つめている。

 

その視線を追うと、一軒のお店が目に入った。

看板には、「ペットサロン」と書いてある。

 

「あのお店……」

 

ペットサロン

確か、犬や猫などのペットを専門にした美容室で、シャンプーやカットなど、毛並みの手入れをするところのはず……。

 

待って、美容室?

 

「「あ!!」」

 

みくると声が揃った。

 

そういうことだったんだ。

美容室は美容室でも、対象が違ったんだ。

 

お母さんがミーコちゃんを連れて出かけたから、てっきりお母さん自身が髪を切りに行ったと思い込んでいた。

 

でも本当は——その逆だった。

 

「「見えた! これが、答えだ!」」

 

一気に真相が形を持って目の前に現れてくる。

 

「ミーコちゃんは!」

 

「きっとあそこだ!」

 

さっき野良猫だと思って目に留めたあの猫——あれこそが、ミーコちゃんだったのだ。

 

エリザさんの推理は見事に的中していた。

毛並みを整えて帰ってきたミーコちゃんを、虎太朗くんたちは別の猫だと勘違いしてしまったんだ。

 

私たちはすぐに動き出した。

さっきの猫を見つけるために、再び河川敷へ向けて走り始める。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

河川敷に到着すると、みくるとあんなの推理が始まる。

ポイントは、美容室での解釈の違いだ。

 

「虎太朗くんのお母さんは美容室には行ったけど、髪の毛の長さも色も変わってなかった」

 

「うん」

 

お母さんは確かに美容室へ行った。

なのに、髪には一切の変化がない。

 

そこで鍵になるのが、ミーコを連れていたという事実だ。

 

「ということは、美容室に行ったのはミーコちゃん!」

 

「つまりそれって、トリミングサロンで長い毛を切ってもらっていたんだ!」

 

美容室といえば髪を切る場所——その先入観が、ペット専門の美容室という存在を見えにくくしていた。

 

犬や猫の毛並みを整えてくれる美容室。

それならば、お母さんがミーコを連れて出かけていた理由とぴったり合致する。

 

「実はもう、私たちはミーコちゃんに会っていた!」

 

もう会っていた?

私は少し考えて、すぐに合点がいった。

 

毛を切ったことで、写真の猫と同一だとわからなかったのだろう。

 

「エリザさんの推理は正しかった」

 

「……うん」

 

「ここで最初に見つけたあの子がミーコちゃんだ!」

 

実際にどんな推理を披露していたのかは見ていないからわからない。

でも、初めての探偵仕事でミーコを見つけてしまうとは、大したものだ。

 

事務所にいた時点で地図の場所と合致させていたし、探偵小説を書いているだけあって、地頭はかなり良い。

 

「ミーコ! どこにいるのー!」

 

「なりきりひらめき! 私の推理によれば……ここにいるニャン!」

 

……そうやって探してたんだ。

 

なんというか、メンタルも相当すごかった。

 

猫耳に尻尾——エリザさんはかわいいから絵になるけれど、普通なら職質を食らってもおかしくない格好だ。

 

草をかき分けて、橋の向こう側を覗き込む。

 

「「「あ!!」」」

 

「遅い」

 

そこにいたのは——ミーコを抱いたるるかさんだった。

 

周囲には他の猫も集まっていて、本来なら思わず頬が緩むような空間のはずだった。

 

けれど、そこに立つ人物の存在が一瞬で空気を塗り替える。

 

やはり推理力ではこの人が圧倒的だ。

チラシを受け取ってからそれほど時間も経っていないのに、もう先回りされている。

 

「っ……るるかさん!」

 

あんなとみくるがすぐに警戒する。

けれど虎太朗くんは、るるかさんの腕の中のミーコを見た瞬間、そちらへ駆け出していた。

 

「ミーコ! ミーコ!!」

 

「ニャ~ン!」

 

ミーコも虎太朗くんの姿を認めると、るるかさんの腕からひらりと飛び降り、一目散に駆け寄っていく。

 

「良かった……ふふ!」

 

感動的な再会だ。

これで今回の依頼は無事解決——と言いたいところだけれど、なぜ必ずファントムが絡んでくるのだろうか。

 

たまにはファントムが一切関わらない、純粋な依頼が来てくれてもいいのに、と私は小さくため息をついた。

 

「どうしてミーコちゃんを!?」

 

「その子の首輪に、マコトジュエルが宿っているから」

 

「「え!?」」

 

全員の視線が一斉にミーコへ向いた。

 

ごく普通の依頼だと思っていた。

それなのに、マコトジュエルまで宿っているなんて……。

 

強い想いのこもった存在をなくしてしまうから、困って探偵に依頼する。

だから必然的に、ファントムと遭遇する確率が高くなる。

 

「あれ? 首輪がない……?」

 

写真では確かについていたはずの首輪が、ミーコの首にはなかった。

既に盗まれた後だとしたら——かなりまずい。

 

「首輪はどこ!?」

 

「はぁ?」

 

「さぁ、どこかしら?」

 

あんなが問い詰めると、マシュタンはなぜか逆ギレしているし、るるかさんはわざとらしい態度でしらを切る。

 

どこかに隠し持っているのか、後で回収するつもりでどこかに隠したのか、あるいは本当に知らないのか——判断がつかない。

 

「あんな!」

 

「うん!」

 

あんなとみくるが臨戦態勢に入る。

こうなれば、衝突は避けられない。

 

この場所で使えそうなものも見当たらない。

ならば、邪魔にならないよう避難するしかない。

 

「な、何? どういうこと?」

 

「二人ともこっちだ!」

 

「うん!」

 

混乱するエリザさんと私に向かって、ジェット先輩が声をかけ、現場から遠ざけようとする。

今回もこうなってしまうのか……全く懲りない連中だ。

 

「で、でも……!」

 

「エリザさん、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

 

自分だけ逃げるなんて——そう言いたいのだろう。

 

気持ちはよくわかる。

私だって同じだから。

 

でも、無関係の一般人まで巻き込まれてしまったら、本当に取り返しのつかないことになる。

 

「私たちは現在進行形で別の問題を抱えてる。無力な私たちが今できることは、自分の身を守ること」

 

「え……ええ??」

 

混乱して当然だ。

私も最初はそうだった。

 

今となっては慣れてしまった自分が少し恐ろしいけれど、それでも私はプリキュアではなく、一般人のひとりに過ぎない。

 

あんなとみくるの隣に立てるような力は、私にはない。

 

「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」

 

ペンダント型のジュエルキュアウォッチが本来の姿へと変わり、二人の姿がみるみるうちに別人のように変わっていく。

 

「どんな謎でも、はなまる解決! 名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ! 名探偵『キュアミスティック』!」

 

「「名探偵プリキュア!!」」

 

さっきまでの二人とは思えない、鮮やかなフリフリの衣装に身を包んだ名探偵プリキュアが目の前に現れた。

いつ見ても、かわいらしい衣装だと思う。

 

「え!? 何あれ!?」

 

——あ、まずい。

 

隣を見ると、エリザさんが変身の瞬間をばっちりと目に焼きつけてしまっていた。

 

「あ!! えっと……特撮! 特撮を撮影する依頼も受けてたんだよね! ジェット先輩!」

 

「あ、ああそうだな! 偶然撮影場所が同じで助かった!」

 

前はあれだけ偉そうなことを考えていた私だけど、人はパニックになると本当にまともな判断ができなくなる。

 

口から出てきたのは、めちゃくちゃな説明だった。

こんな苦しい言い訳に、エリザさんは納得してくれるだろうか。

 

「同時進行で依頼を受けていたなんて! スゴすぎです!!」

 

「あ……あはは」

 

セーフだったらしい。

なんとかプリキュアの存在も身バレも回避できた。

 

でも、エリザさんは今もこの光景を目の前で見ている。

最後まで油断はできない。

 

「ミーコちゃんの首輪を!」

 

「返して!」

 

るるかさんがまだ変身していないのに、二人は飛びかかっていった。

 

今のるるかさんは変身していない、普通の人間のまま。

プリキュア特有の攻撃力も防御力も持っていない。

もし直撃したら、大怪我どころでは済まない。

 

どうして変身しないんだろう……。

 

「「はあぁぁぁぁぁ!!」」

 

「………」

 

二人の伸ばした手が迫っても、るるかさんは慌てる様子を微塵も見せなかった。

 

「「うわっ!?」」

 

至近距離まで近づいた瞬間、るるかさんはすっと身体を翻して、二人の突撃を難なく躱してしまった。

 

アンサーとミスティックはるるかさんを通過し、急いで体勢を立て直す。

 

変身もせずにプリキュアの攻撃を避けてしまうるるかさん。

まだ二人では、るるかさんには遠く及ばないということか……。

 

「かわいい! 最近の特撮はあんなに進化してるんですね! まるで魔法少女みたい!」

 

「そ、そうだね」

 

エリザさんは完全に特撮だと信じ込んでいる。

疑われないのはありがたいけれど、あっちとこっちの温度差がひどすぎる。

 

「あーあ、逃げちゃった。もう少し触れ合いたかったのに……」

 

「ちょっとるるか!?」

 

二人の派手な動きに驚いた猫たちが、一斉に逃げていく。

 

触れ合いたかったというるるかさんの声は、どう聞いても煽っているようにしか聞こえない。

マシュタンが慌てているから、やっぱりただ煽っているだけだろう。

 

生身でプリキュアの攻撃を躱した上に、まだ余裕そうなるるかさん。

 

「ふふ……冗談よ」

 

「「はああぁぁぁぁ!!」」

 

再び全速力で向かっていく二人に向けて、るるかさんの煽りが止まらない。

 

「まだまだ未熟ね」

 

小悪魔っぽい笑顔を浮かべながら、ティアアルカナロッドへと手をかけた。

 

「オープン、ティアアルカナロッド」

 

鮮やかな二人と対を成すように、黒く神秘に包まれた衣装がるるかさんの身を覆った。

アンサーとミスティックの前に、静かに立つ。

 

「神秘と秘密で包み込む、『キュアアルカナ・シャドウ』」

 

変身を終えたアルカナ・シャドウは、二人を上回る速度で一瞬にして目の前まで詰め寄った。

 

変身する前から二人の攻撃を易々と躱していたのだから、プリキュアになってしまったらもう手がつけられない。

 

「「!!」」

 

「探偵なら観察力を磨きなさい」

 

そのまま流れるように回転し、勢いをつけた強烈な回し蹴りが二人まとめて直撃。

 

アルカナロッドを持っているためか、拳よりも威力の大きい足技を多用する彼女の攻撃は凄まじい。

 

「うわっ……ああ!!」

 

「ぐっ……あぁ!!」

 

二人は吹き飛ばされ、距離を取りながらなんとか着地。

そこへ、アルカナ・シャドウが首輪について口を開く。

 

「首輪はきっと何かの拍子に外れたってとこかしら。いずれにしても、私は盗ってない」

 

「「え?」」

 

マコトジュエルが宿っていると言いはしたけれど、盗んだとは一言も言っていなかった。

 

それに、こっそり奪えたのならプリキュアとわざわざ接触する必要もない。

 

ということは——マコトジュエルをアルカナ・シャドウが盗んだと思い込んでいた二人の早とちりだったということか。

 

「かわいい!! 美少女たちがゴリゴリの肉弾戦を繰り広げるギャップ! これを生で見れるなんて!」

 

……エリザさんは、なんというか……本当にブレない。

 

「ポチぃぃぃぃぃ!!」

 

「ポチタン!?」

 

るるかさんが盗っていないなら、首輪はいったいどこに——そう思った瞬間に、絶妙なタイミングでポチタンがマコトジュエルの異常を知らせた。

 

毎回こうも見事にタイミングが合うと、誰かが仕組んでいるんじゃないかと思えてくるほどだ。

 

「あれ~? もしかして、これを探してる感じ?」

 

堤防の方から特徴的な高い声が聞こえ、顔を上げると——。

 

「アゲセーヌ!?」

 

「あっ、首輪!?」

 

既にミーコの首輪を手に入れたアゲセーヌがそこにいた。

 

アルカナ・シャドウと手を組んでいるのかどうかは不明だけれど、最近は明らかに二人以上でプリキュアを相手にしてくることが増えている。

 

「今~、その茂みに落ちてるの見つけたし~。運も実力のうちだし? イェーイ!」

 

「「え?」」

 

盗んだのではなく、偶然落ちていた首輪を拾ったら、たまたまマコトジュエルが宿っていたということなのか。

 

とはいえ、返そうとしない時点で結局泥棒と同じなのだけれど。

 

「プリキュアを倒せば~、アゲの評価もさらに爆上がりっしょ!」

 

「………!!」

 

毎回思うけど、どうしてここで撤退せずプリキュアを倒す選択を取るのだろう。

 

ニジーといい、一部を除いて誰も学ぼうとしていない。

いや、学ばれると困るのはこっちだけど——それでもなんとなく不思議に思ってしまう。

 

「うふっ……!ウソよ覆え!チョベリグにしちゃって~!ハンニンダー!」

 

不敵な笑みを浮かべながら、アゲセーヌがハイビスカスを首輪に添えた。

宿っていたマコトジュエルが瞬く間に真っ黒に染まり、新たなハンニンダーが姿を現す。

 

「ハンニンニャー!」

 

「ニャー!?」

 

「ネコ!?」

 

……またクセの強いハンニンダーが出てきた。

 

見た目は猫、猫の首輪を素体にしたのだからモチーフがネコなのは当然か。

 

「あとはご自由に」

 

たった一回蹴っただけでアルカナ・シャドウはさっさとアゲセーヌに交代してしまった。

 

人の少ない河川敷に次々と人が増えていき、辺りはどんどん混沌としてきている。

 

「あの首輪を持ってる人も敵キャラなの?」

 

「……あれは泥棒」

 

「ちょ、おい……」

 

どう答えていいかわからなくて、つい適当に口から出てしまった。

 

誤魔化し方が良くなかったせいで、ジェット先輩が声を漏らし、エリザさんの声も大きくなる。

 

「え!!?」

 

「だ、大丈夫、泥棒も含めてあの二人がやっつけるから!」

 

また適当に受け流してしまう。

グダグダもいいところだけれど、それでもエリザさんはそれ以上疑う様子を見せなかった。

 

「そ、そうなの??」

 

「そ、そうだよ!」

 

エリザさんの純粋な心に正直かなり救われた。

 

でも肝心の問題はここからだ。

あの激しく動き回るハンニンダーを、エリザさんにどう説明すればいいんだろう……。

 

「ニャニャ!ハンニンニャー!!」

 

突然ハンニンダーが猫の強みである跳躍力を活かして跳び上がり、鋭い爪を二人へ向かって叩きつけた。

 

砂埃が舞い上がるり、二人は後退してなんとか躱したが、ハンニンダーはすかさず素早い追撃を仕掛けてくる。

 

「ハンニンニャ~!!」

 

「ミスティックリフレクション!」

 

一足先にミスティックがバリアを展開し、ハンニンダーの一撃を受け止めた——と思ったが、

 

「ハンニンニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャ……!!」

 

「ううっ!?」

 

ハンニンダーが腕を止めなかった。

 

バリアを何度も何度も引っ掻き続ける連続攻撃。

 

目にも留まらぬ速さで爪が叩きつけられるたびに、ミスティックの表情が苦しそうに歪んでいく。

 

「ハンニンニャニャニャニャニャニャニャニャ……!!」

 

「ぐっ……うっ!?」

 

まだ止まらない。

ついにバリアにヒビが入った。

それでも攻撃はひたすら続き、亀裂はどんどん大きく広がっていく。

 

「ハンニンニャニャニャニャニャニャニャニャニャ……!! ハンニンニャー!!」

 

——バリーン!!

 

「え!?」

 

最後の一振りでバリアが完全に砕け散った。

 

アンサーとミスティックの二人が、信じられないというように息を呑む。

 

ついにハンニンダーにまでミスティックのバリアが破壊された。

 

ハンニンダーはそんな二人に目もくれず、今度はしっぽを大きく振り回して薙ぎ払う。

 

「ハンニンニャぁぁぁー!!」

 

「「うわああぁぁ!!」」

 

防御する間もなく攻撃をまともに食らい、二人は激しく吹き飛ばされた。

 

「チョベリグー!」

 

「ハンニンニャー!」

 

久しぶりに一矢報いたハンニンダーに、アゲセーヌは上機嫌。

 

ハンニンダーは周囲をぐるぐると走り回りながら、倒れたアンサーとミスティックへじりじりと近づいていく。

 

二人はどうやってあのハンニンダーを攻略するつもりなんだろう——そう思って見ていたとき、二人の視線が後ろに落ちているミーコの写真へと向いた。

 

「「……あ」」

 

二人の声が、ほぼ同時に漏れた。

 

「ハンニンニャー!」

 

「オープン! プリキットライト!」

 

写真を見て何かを閃いたのか、アンサーがプリキットライトを取り出し、空中に向かって素早く何かを描き始めた。

 

描かれたのは——大きなボール。

 

「いっくよ~!」

 

「ハン……ニャニャ?」

 

アンサーがプリキットライトで作り出したボールを高く放り投げ、ミスティックへとパスする。

 

「ボール遊びが好きなんだよね!」

 

「掴まえてごらん!」

 

ミスティックが受け取ったボールを、そのままアタックでハンニンダーへと打ち込んだ。

 

ボールが目に入った瞬間、ハンニンダーの雰囲気ががらりと変わり、さっきまでの狂暴さが嘘のように消えていく。

 

「ハン! ハンニンニャ~!」

 

ボールをキャッチしたハンニンダーは、戦闘をそっちのけにして夢中でボールを追いかけ始めた。

 

猫の首輪を素体にしているからだろうか、性格まで猫のそれに染まっている。

 

「ハンニンニャ~!」

 

猫の習性を利用し、ボール遊びに夢中にさせることで、プリキュアへの警戒が完全に消えた。

 

『探偵なら観察力を磨きなさい』

 

さっきのアルカナ・シャドウの言葉。

 

あの言葉があったから写真に気がついて、猫の攻略法を見抜けたんだ。

 

とっさの発想で、攻撃もせずにハンニンダーを無効化してしまった。

 

「チョ……チョベリバ~!? 遊んでる場合じゃないっしょ!?」

 

優勢だったのに突然戦いを放棄したハンニンダーに、アゲセーヌが怒鳴りつける。

 

けれどハンニンダーは聞く耳を持たない。

こうなれば、後は一方的に浄化されるのを待つだけだ。

 

「今だ!」

 

「ええ!」

 

アンサーの声に合わせて、ミスティックが前へ飛び出す。

 

「オープン! プリキットミラールーペ!」

 

掲げられたそれは、いつものプリキット。

けれど、アンサーは動かない。

 

つまり、これはキュアミスティックの単独技だ。

アンサーのはなまるソードに続き、今度は何を見せてくれるのか。

 

「ポチタン!」

 

「ポチー!」

 

ポチタンからマコトジュエルを受け取り、ミラールーペへと装着する。

 

「マコトジュエル!」

 

装着した瞬間、ミスティックの全身から光が噴き上がった。

 

「キュアミスティックが解決!」

 

中央の宝石が回転する。

 

一回

 

二回

 

三回

 

——その先に現れたのは、ミラールーペから伸びる一振りの刃。

しかし、その形はアンサーのものとはまるで違う。

 

かつてヨーロッパで流行していた、刺突に特化した細身の片手剣——レイピア。

 

堂々たるアンサーの大剣とは真逆の、スピードを生かした武器がミスティックにはよく似合う。

 

ピンクに輝く鋭い剣身が、その存在感をさらに際立たせた。

 

「プリキュア! ミスティックストライク!」

 

名乗りと同時に、空が割れたように光が広がる。

 

青空に、純白の羽根が舞う。

 

群青の空に降り立つその姿は、正に天空の騎士そのものだった。

 

「はああああああああっ!!」

 

力強く踏み込み、迷いを削ぎ落とした一撃のためだけの加速。

 

ミスティックの刺突が一気にハンニンダーへと迫り、ハンニンダーは咆哮を上げる間もなく光が走った。

 

一閃

 

ミスティックはレイピアを軽く払う。

 

次の瞬間には、巨大な胴体が静かに貫かれていた。

 

「キュアット解決!」

 

「ハン……ニン……ニャー……」

 

消滅したハンニンダーからマコトジュエルが復活し、ポチタンが素早く回収する。

 

これでまた一つ、ポチタンは成長を続ける。

そして今度こそ、依頼は完了だ。

 

「ぬうぅぅ! やっぱりチョベリバ!!」

 

「手柄をネコババしようなんて考えるからよ」

 

「帰ろう」

 

不機嫌になったアゲセーヌを横目に、様子を見ていたマシュタンとアルカナ・シャドウもマコトジュエルが回収されたのを確認すると、すぐに撤退していった。

 

しかし——ジャックは現れなかった。

 

普通なら安心するはずなのに、胸の中には違和感だけが静かに残っている。

 

何故だろうか、私たちは何か重大なことを見逃しているような、そんな予感がどうしても拭えない。

 

「……………」

 

あれだけ興奮していたエリザさんは、いつの間にか言葉すらなくしてしまっていた。

 

ただ静かに、今しがた目の前で繰り広げられたものを、瞳の中に収めるように立ち尽くしていた。

 

 

_______________

 

 

 

一日というのは、あっという間に過ぎていく。

 

夕暮れの橙色に染まった空の下、戻ってきたミーコの首輪を受け取った虎太朗くんは本当に嬉しそうだった。

 

「ほーら、ミーコ」

 

「ニャ~ン!」

 

首輪をかけてもらったミーコも嬉しそうに鳴き、ほのぼのとした空気がその場に広がっていく。

 

「良かったね、ミーコ」

 

誰も言葉を発しなかった。

ただその温かな空気を、みんなで微笑みながら眺めている。

 

「みんなありがとう!」

 

「じゃあねー!」

 

「気をつけてねー!」

 

虎太朗くんはミーコを連れて帰っていき、あんなとみくるが明るい声で見送った。

 

今回もバタバタした一日だったけれど、無事に終えることができて何よりだ。

 

「首輪を取り戻すなんてすごいよ! 流石名探偵だね!」

 

エリザさんは今も特撮だと思い込んでいるのだろうか……。

小さな子どものようにはしゃぐエリザさんの姿が、周囲の空気をさらに和ませてくれる。

 

「エリザさんこそ!」

 

「虎太朗くんの気持ちに寄り添ったから、ミーコちゃんを見つけることができましたし!」

 

依頼が解決したのも、エリザさんの活躍あってのことだった。

 

私は別行動だったけれど、二人とは違った形で捜査に関わり、解決へ導いたのは間違いない。

 

「それに気づかせてくれたのは二人だよ! 諦めない心が、真実のページを刻む! そのページにいたのはミーコちゃん、笑顔の虎太朗くん、そして名探偵の二人!」

 

「「……へへ!」」

 

ページを刻むのは、一人だけの力じゃない。

みんなの力を一つにすることで初めて、その一ページが完成する。

 

一人が欠けてしまえば、ページには空白が残ってしまい、真実にはたどり着けない。

全員が諦めなかったからこそ、今回の結果があった。

 

「今日の経験を生かして、探偵エリーの続編を書いてみせる! そして日本中、いいえ……世界中の人を幸せにする!」

 

「エリザさんなら、きっといいアイデアが思いつきますよ!」

 

大きすぎる夢だけど、まだ17歳で大賞を取っている実力者だ。

本当にいつか、世界中を勝ち取ってしまうのかもしれない。

 

みくるがあれほど絶賛する小説なら、私も時間ができたら読んでみようかな。

 

「実はね、もう思いついてるの! これ!」

 

エリザさんはもうアイデアが浮かんでいたのか、メモ帳にペンを走らせ始めた。

 

「続編はこれで決まり! ある日突然、名探偵エリーの前に現れたのは、謎のネコ探偵! 手に汗握る推理合戦! 行く末は如何に!?」

 

メモ帳に描かれたのは、探偵のエリーと、猫の姿をした探偵のイラスト。

 

このアイデアを元にどんな物語が生まれるのか——隣ではみくるが待ちきれない様子で興奮していた。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

「ふん……呑気だね、名探偵プリキュア」

 

噴水の近くでワイワイと騒いでいる連中を遠目に眺め、鼻を鳴らした。

 

正直バカと推理バカ、あの二人の無防備さには呆れるしかない。

7月まで時間はあまりないというのに、いつまでもマイペースで困ったもんだよ。

 

ま、どうでもいいけど。

 

私の右手には、既にマコトジュエルが握られている。

 

——これでウソノワール様が持つマコトジュエルは12個。まだまだ願いを叶えるには足りない。

 

以前と同じ手順で奪ったわけだけど、プリキュアの方も確実に回収を続けている。

 

数の上では、まだ届かない。

 

だが、そんなことはわかってる。

 

奪われたのなら奪い返せばいいだけの話だ。

 

「あなたたちの妖精が回収したマコトジュエルも必ず、何度でも探し出して手に入れる。ウソノワール様の邪魔はさせない」

 

プリキュアたちの姿を一瞥した後、私は踵を返して帰路につく。

 

あんなキラキラした鬱陶しいやつらに——私は負けない。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

事務所に戻り、ジャックのことを詳しく話すと、みくるの言葉が部屋に響いた。

 

「ジャックも記憶がないってどういうこと!?」

 

その反応は当然だ。

私だって初めて聞いた時は耳を疑ったのだから。

 

向かいに座るジェット先輩は腕を組み、難しい顔のまま静かに答える。

 

「そのままの意味だ。本人は教えるつもりはないが、そもそも自分が何者なのか知らないと言ってるからどっちみち聞いても意味がない」

 

あのジャックが、自分自身のことを知らない。

改めて考えると妙な話だった。

 

あんなも困惑したように首を傾げる。

 

「嘘をついてる可能性とかは?」

 

「いや、それはない」

 

ジェット先輩は即答した。

その断定に、今度はみくるが身を乗り出す。

 

「どうして?」

 

私は少しだけ視線を落とし、さっきの会話を思い出した。

 

あの時の表情や声の調子。

そして、一瞬だけ見せた意外そうな顔。

 

「私たちが手紙に何も書かれていなかったことを伝えたら驚いてたんだ。それにジャックは『嬉しい誤算』って言ってた」

 

まるで予想外の出来事に出会ったみたいに楽しそうに笑っていた。

 

「本人としては情報が知られても特に気にするわけじゃないし、手紙に情報が書かれている前提で話しかけてた。じゃないと嬉しい誤算なんて言わないよ」

 

みくるとあんなが顔を見合わせる。

 

「確かにそうかも……」

 

あんなが納得したように呟いた。

もし本当に嘘をついていたなら、あんな反応はしない。

 

少なくとも、あの驚きは演技には見えなかった。

 

自分の正体が知られていると思い込んでいた。

だからこそ、何も知られていなかった事実を「嬉しい誤算」と呼んだのだろう。

 

ジャックという存在が、ますます謎に包まれていく。

 

するとジェット先輩が再び口を開いた。

 

「ジャックの生い立ちもそうだが、もう一つの発言も気になるな……」

 

「発言?」

 

ジェット先輩は眉をひそめたまま続けた。

 

「ジャックはニジーたちと違って物を盗むことはしないらしい」

 

「「え!?」」

 

みくるとあんなの声が重なる。

私もその話を聞いた時は驚いた。

 

怪盗団なのに物を盗まない。

普通に考えれば矛盾している。

 

「でも確かに、今までジャックが一人で物を盗んだことってなかったよね?」

 

「ああ。そこが気になるんだよ」

 

ジェット先輩の表情は険しい。

 

「それだとマコトジュエルを奪えないだろ? それをいつまでもウソノワールが黙っているとは思えない」

 

言われてみればその通りだった。

 

マコトジュエルは物に宿る。

物ごと奪わなければ回収できないはずだ。

 

あんなが遠慮がちに意見を出す。

 

「ただ、ニジーやアゲセーヌたちの援護のためにいるとか?」

 

「それも違うと思う……」

 

私は無意識に呟いていた。

三人が一斉にこちらを見る。

 

頭の中で、これまでの出来事が繋がり始めていた。

 

ジャックの言葉。

盗みを働いているはずなのに、被害者がほとんど騒がないこと。

 

まるで霧の向こうに隠れていた答えが少しずつ輪郭を現していくようだった。

 

私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「ねえ、これは仮定なんだけど」

 

自分でも信じがたい推測だった。

けれど、もしそうなら全て説明がつく。

 

「物は盗まずに、中にあるマコトジュエルだけを盗ってるとか……どうかな?」

 

「「「!!?」」」

 

三人の顔色が一気に変わった。

 

みくるは息を呑み、あんなは目を見開き、ジェット先輩は立ち上がりそうな勢いで身を乗り出した。

 

私自身も背筋に冷たいものが走った。

だって、それが事実だったら――。

 

「おい……もしそれが本当だったらかなりマズいぞ」

 

その言葉に誰も返事をできなかった。

嫌な予感だけが静かに膨らんでいく。

 

「既にいくつかのマコトジュエルはウソノワールの手に渡ってる可能性がある」

 

その一言が、まるで重い鉛のように胸へ沈んだ。

 

もしジャックが本当に物を盗まず、マコトジュエルだけを抜き取っていたのなら。

 

持ち主は気付かないし、誰も盗難届を出さない。

被害者は存在しないことになる。

 

助けを求める人がいないとそもそも盗まれたことさえ認識できない。

 

そしてその間にも誰にも気付かれることなく、静かに確実に。

 

ウソノワールの元へマコトジュエルが集められている。

 

もし本当にジャックが物を盗まず、マコトジュエルだけを抜き取っているのだとしたら、私たちが思っていた以上に事態は深刻だ。

 

誰にも気付かれない。

証拠も残らない。

そして気付いた時にはウソノワールの手に渡っている。

 

そんな最悪の想像が頭の中を巡っていた。

すると、みくるがハッとしたように顔を上げた。

 

「でもポチタンは!?マコトジュエルが危ないとポチタンが知らせてくれるでしょ!?ねぇ、ポチタン?」

 

期待を込めた視線が小さな妖精へ向けられる。

ポチタンは元気よく胸を張った。

 

「ポチポチ!」

 

いつもの頼もしい返事だった。

 

だけど、ジェット先輩の表情は晴れない。

むしろさらに険しさを増していた。

 

「それすらタイミングよく同時にニジーたちと盗む瞬間を合わせていたら……」

 

誰も言葉を失った。

ポチタンですら目を丸くする。

 

「ポチ!?」

 

その反応は、まるで今初めて可能性に気付いたみたいだ。

 

ニジーたちが派手にマコトジュエルを奪う裏でジャックも同時に動いていたのなら、ポチタンは一つの異変しか察知できず、私たちは目の前の敵への対応に追われる。

 

その間に別のマコトジュエルが奪われても気付けない。

 

考えれば考えるほど恐ろしかった。

 

「まさか……そんなことまで……! マコトジュエルをウソノワールに渡したら大変なのに……!!」

 

「ジャック……一体どこまで厄介なの!?」

 

あんなの顔が青ざめ、みくるが叫ぶ。

その声には怒りだけでなく、恐怖も混じっていた。

 

私も同じ気持ちだ。

 

戦えば強い。

頭も切れる。

しかも私たちの想像を超える方法で行動しているかもしれない。

 

正直、考えたくない相手だ。

 

「戦闘力だけでなく、厄介な能力も持っていて頭も良い。一人だけ次元が違いすぎる」

 

誰も否定できなかった。

 

柔らかそうな黒髪。

可愛らしい顔。

どこか人懐っこい態度。

 

それだけ見れば、普通の少女にしか見えない。

 

けれどその中身は全く別物だ。

 

「あれでまだ本気じゃなさそうだから本当になんだろうね。かわいい姿して中身は猛獣とか勘弁してほしいよ」

 

半分冗談のつもりだった。

でも誰も笑わなかった。

 

それが一番怖かった。

みんな同じことを思っていたからだ。

 

「まだ確定したわけじゃないが、しばらくはジャックの動向にも警戒するしかないな……ポチタンの察知能力でさえ回避する存在だ」

 

そこで一度言葉を区切る。

そして少し前向きな声になった。

 

「逆に考えれば、ジャックさえ倒せば戦力は一気に落ちるということだ」

 

確かに理屈はそうだ。

だけど、私は乾いた笑いを漏らした。

 

「倒せれば……の話だけどね」

 

今まで何度戦っただろう。

何度追い詰められただろう。

 

その度にジャックは余裕を崩さなかった。

本気を出しているようにも見えない。

 

そんな相手を倒すなんて言葉ではなんとでも言える。

実際は途方もなく難しい。

 

その時、あんなが静かに顔を上げた。

 

「……わからない、けど」

 

その瞳には迷いや不安があった。

それでも、奥に宿る光だけは消えていなかった。

 

「あんな……?」

 

「勝つしかないよ」

 

その言葉は小さい。

だけど不思議なほど強かった。

 

「嘘に覆われた世界になんて絶対させないから。何度やられたって私たちは立ち上がる!」

 

真っ直ぐだった。

眩しいほどに。

 

私には時々理解できないくらい、どうしてそんなに前を向けるのだろう。

 

何度傷付いても、

何度負けても、

何度絶望を見ても、

 

それでも立ち上がる。

 

それがあんなの強さだった。

みくるも負けじと立ち上がる。

 

「ええ!いつか必ず、ファントムのやつらに一泡吹かせてやるんだから!覚悟しなさい!」

 

拳を突き上げる姿は実にみくるらしい。

深刻な空気を吹き飛ばすような勢いがある。

それを見たポチタンも真似をした。

 

「かくご!かくご!」

 

小さな前足を振り回す姿に、思わず笑いそうになる。

 

さっきまで重苦しかった空気が和らいだ。

ジェット先輩も口元を緩める。

 

「ふっ……懲りないな……」

 

呆れているようで、どこか嬉しそうだった。

私はそんな三人を眺めながら、深くため息をつく。

 

「何回もボコボコにされても折れない精神力を私にも欲しいよ」

 

そんなことを呟いたら二人はなぜか吹き出した。

 

「それを言うならみのるも十分すごいから!」

 

「うん!みのるも全然諦めてないよ!」

 

そうだろうか。

私はただ怖がっているだけだと思っていた。

 

ジャックは恐ろしい。

ウソノワールはもっと恐ろしい。

勝てる保証なんてどこにもない。

 

それでも――こうして今もここにいる。

みんなと一緒に次の作戦を考えている。

 

なら、私も案外懲りない人間なのかもしれない。

 

そんなことを考えながら、私は小さく苦笑した。

 

窓の外では風が木々を揺らしていた。

先の見えない戦いはまだまだ続く。

 

それでも、少なくとも今、この部屋の中には諦める人間は一人もいなかった。

 

 

_______________

 

 

 

しばらく日が空いたと思っていたら、続編の下書きが完成したということで、わざわざ事務所まで原稿のコピーを送ってくれた。

 

届いた封筒を開けて、分厚い原稿用紙の束に驚いた。

 

1ヶ月も経っていないのに下書きを仕上げてしまうエリザさんの才能は、本当に果てしない。

 

「探偵エリー面白いなぁ~!」

 

みくるがずっと薦めている小説……試しに下書きを読んでみたら、想像以上の完成度だった。

 

ストーリーも構成もプロの作者そのものの仕上がりで、これは大賞を取ってもおかしくないと思う。

 

「エリザさん、また探偵をやりに来てくれないかな~」

 

「それ良い! そしたら、次回作には私たちも出たりして!」

 

「「楽しみ~!」」

 

感想が止まらない二人。

このままシリーズ化して続編を次々と出していけば、何十冊もある大長編になって人気が爆発する可能性だってある。

 

「ボクがモデルなら、やっぱり天才発明家だな!」

 

「私がモデルなら……まぁ、間違いなく助手だね」

 

仮にジェット先輩と私も登場するとしたら、現実とそのままの役回りになりそうだ。

 

シャーロックホームズに例えるなら、私はワトソン枠。

そうなると語り手も私になるわけだけど、それで良いのだろうか。

 

「だったら私は、探偵エリーの親友役!」

 

「私はライバルの探偵役にしよーっと!」

 

あんなとみくるまで参加したら、ハチャメチャな作品に変貌しそうだ。

 

でもそれはそれで面白そうではある。

 

最初はエリーひとりから始まり、助手や発明家、ライバル、親友とさまざまなキャラが増えていき、力を合わせたり衝突したりしながら日常を紡いでいく物語——悪くない。

むしろかなり良い。

 

「ポチポチ!」

 

ポチタンも立候補した。

 

「ポチタンも出たいの?」

 

「ポチポチ~!」

 

笑い声が部屋中に広がっていく。

想像は尽きなかった。

 

小説の世界も、現実の私たちがいるこの世界も、どっちも幸せな時間がずっと続けばいいな——そんなことを思いながら、私はもう一度、手元の原稿へと目を落とした。

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