かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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名探偵の共演【前編】

〖名探偵の共演(アッセンブル)

 

日常というものは、案外あっけなく姿を変える。

 

昨日まで当たり前だった景色が、ある朝を境に少しだけ違って見えることがある。

 

空の色が変わるわけでもなく、街並みが一夜で作り替えられるわけでもない。

 

それなのに、世界は確かに昨日とは違う顔を見せるのだ。

 

その日、少女たちはそんな不思議な感覚の中にいた。

 

彼女たちはこれまで多くの事件を追いかけてきた。

 

失われた真実を探し、人々の想いを守り、時には自分たちの心と向き合いながら前へ進んでいる。

 

だからこそ、未知の出来事には慣れているつもりだった。

 

しかし今、彼女たちの前に広がっている光景は、それらとはまるで種類が違っていた。

 

名探偵

その言葉だけで語られる存在たち。

 

鋭い観察眼を持つ者。

理論を積み上げる者。

直感で真実へ辿り着く者。

 

それぞれが異なる方法で答えへ到達する人間たち。

 

そんな者たちが同じ空間に集まれば何が起きるのか。

 

少女たちは知らなかった。

誰も知らなかった。

 

だからこそ胸が高鳴る。

まるで新しい遊園地へ足を踏み入れる子供のような期待感。

 

いや、むしろ推理小説の主人公になったような気分だったのかもしれない。

 

世界には広い空がある。

それと同じように、探偵の世界もまた広い。

 

自分が知っている常識の外側には、まだまだ知らない才能が存在する。

 

その事実は少し悔しくて、そして何より楽しい。

 

自分より頭の回転が速い者がいる。

自分では思いつかない視点を持つ者がいる。

 

そんな相手と出会うことは敗北ではない。

新しい発見だ。

 

少女たちは気づいていた。

事件を解決することだけが探偵ではない。

 

真実を求める者同士が出会うことにも意味があるのだと。

 

誰かの推理を聞けば、自分の知らなかった考え方を知ることができる。

 

誰かの失敗を見れば、自分の糧になる。

誰かの情熱を見れば、自分ももっと頑張ろうと思える。

 

それは勉強会にも似ていて、部活動にも似ていて、そして少しだけお祭りにも似ていた。

 

だから少女たちの表情は明るかった。

 

敵と戦う時の真剣な顔ではない。

謎を解く直前の鋭い顔でもない。

 

純粋に胸を躍らせる年相応の少女の顔だった。

 

もしも今ここで大事件が起きたなら、きっと誰よりも早く動き出すだろう。

 

名探偵が集うという非日常。

 

それは戦いではなく交流の時間。

 

競い合うのではなく、高め合うための時間。

 

そして少女たちは思う。

世界にはまだまだ知らない人がいて、知らない考え方があって、知らない謎があるのだと。

 

その事実だけで十分だった。

 

いつもとは違う日常。

だけど不思議と嫌ではない。

 

むしろこの時間が長く続けばいいとさえ思う。

 

そんな穏やかな期待を胸に抱きながら、少女たちは名探偵たちの輪の中へ歩いていく。

 

新しい出会いと、新しい謎の匂いを感じながら。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

人気のない路地裏は、昼間だというのに薄暗い。

 

建物と建物の隙間を縫うように吹き抜ける風が、誰かが捨てた紙切れを地面の上でくるくると転がしていく。

 

人通りはなく、物音ひとつしない。

怪盗団ファントムが秘密の作戦会議をするには、これ以上ないくらいちょうどいい場所だった。

 

そんな路地裏の中央で、ニジーは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さて……今日はどんなショーを見せてあげようか」

 

私はその様子を少し離れたところから眺めながら、心の中でひとつ思う。

 

――相変わらず自信だけは満々だなぁ。

 

もちろん、実力がないわけではない。

 

ニジーはニジーなりに優秀な幹部だ。

それは認める。

 

けれど、プリキュア相手に真正面から戦い続けて、結果が出ていないのも紛れもない事実だった。

 

だから私は、率直に口を開いた。

 

「やる気があるのは十分だけど、単純に真正面からプリキュアと戦っても勝率は薄い。少しは頭を使わないといつまで経ってもマコトジュエルは奪えないよ」

 

「確かにそうだ……って何でお前までついて来てるんだ!?」

 

ニジーが勢いよく振り返り、目を丸くした。

 

今気づいたのか、と私は内心で少し呆れる。

ずっと後ろをついてきただけなのに。

 

「一人の任務だとマコトジュエルを回収して終わりだから暇なんだよね……」

 

本当にそれだけのことだった。

 

私の任務は基本的に単純だ。

現場へ行き、マコトジュエルを回収して帰る。

それで終わり。

 

戦闘になるのはニジーたちの手助けをする時くらいで、最近は効率化しすぎてしまったせいで、単独任務での戦闘の機会は一回もない。

 

「キミ……どれだけマコトジュエルを回収したんだ?」

 

「12個」

 

「12個だって!?」

 

大袈裟だな。

 

別に几帳面に数えていたわけではないけど、大体そのくらいだったはず。

 

私が平然としていると、ニジーは額に手を当てて頭を抱えた。

その反応を見る限り、思った以上に差があったらしい。

 

「だから今回は、何の成果も上げてないニジーの手助けをしようかなって思っただけ」

 

私がそう言うと、ニジーの眉がぴくりと動いた。

 

「……嫌味のつもりかい?」

 

「こう見えて本気だよ」

 

むしろ私は効率を重視しているだけだ。

 

怪盗団ファントムの目的は、遊ぶことでも誰かと競い合うことでもない。

 

ウソノワール様の願いを叶えること。

ただそれだけだ。

 

そのために必要なら協力する。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

「それにどこにマコトジュエルが現れるのかも、ウソノワール様から聞いて実際に作戦を考えてみたんだ」

 

私がそう告げると、ニジーの表情がかすかに変わった。

 

興味はある。

だが同時に、はっきりとした警戒の色も滲んでいる。

 

「ボクの手柄を横取りするつもりなら、聞きたくもない」

 

なるほど、そこを気にしているんだね。

 

「マコトジュエルが奪えたら、全部あなたの手柄で良いよ」

 

しばらく間があった。

 

ニジーは私をじっと見つめ、それから小さくため息をつく。

 

「……まあ、いいだろう」

 

ようやく納得してくれたらしい。

警戒が完全に解けたわけではないが、話くらいは聞く気になったみたい。

 

「それで、作戦というのは何だい?」

 

ニジーが腕を組みながら私を見た。

警戒と興味が入り交じった目だ。

 

「ニジーはプリキットミラールーペを知ってるよね?」

 

「もちろん。あんな何回もプリキュアに見せられたら嫌でも覚える」

 

プリキュアたちの切り札。

数え切れないほど厄介な能力を持つ万能アイテム。

 

正直、敵の立場から見れば反則級の代物だ。

痕跡を追跡し、真実を暴き、挙げ句の果てには浄化まで――様々な機能を当たり前のように使いこなす。

 

探偵が持つには便利すぎる。

けれど私は以前、ゴウエモンからひとつ興味深い話を聞いていた。

 

「いろんな機能があるあのチートアイテムだけど、前にゴウエモンから『複製』の能力もあるって聞いたんだ」

 

その瞬間、ニジーの目が細くなった。

 

「へえ~。探偵が複製ねぇ……」

 

私は小さく頷く。

そう、普通に考えれば便利な能力だ。

 

マコトジュエルが宿っている物を複製してしまえば、どれが本物かひと目ではわからなくなる。

使いようによっては、かなり厄介な機能のはずだ。

 

そしてこれから私が話そうとしていることは、普通に考えれば荒唐無稽そのものだ。

 

「その道具を作ったのは発明品の妖精。つまり、あのミラールーペには妖精としての力も宿っていると見た」

 

「何が言いたいんだい?」

 

私は口元に薄い笑みを浮かべる。

 

「その複製の力を使って、ちょっと試したいことがあるんだ」

 

「……あの道具まで奪うつもりなのか?」

 

「違う。真似をするんだよ」

 

「真似?」

 

当然理解できないらしい。

でも私の中では、一応筋は通っている。

 

成功する保証はまるでないけれど。

 

「プリキュアが使うプリキットは妖精によって造られている。妖精の力が宿っているのなら、複製もその延長線。プリキットができるのなら、私たちにもできる」

 

私なりの極端な理論だ。

 

妖精の力が奇跡を起こすのなら、その一部を模倣できない理由はない。

 

もちろん本物には及ばないだろう。

けれど完全再現でなくてもいい。

少しでも近い現象を起こせれば、それで十分だ。

 

「いや無理だろ」

 

「まあまあ、ものは試しってことで!」

 

そう言いながら、私は持ってきた物を取り出す。

 

「なんだそれは。何でガラスの靴なんか持ってるんだ?」

 

陽の光を受けて透明な靴がきらりと輝いた、まるで童話の世界から飛び出してきたような見た目だ。

 

「これは特注で作ってもらった、とある素材で作られた透明な靴。これを今から複製してみるよ」

 

「本当にできるのか?というか作戦を教えてくれたまえ!」

 

「まあ見てなって……!」

 

私は靴を地面へ置いた。

そしてゆっくりと意識を集中させる。

 

深く息を吸い、周囲の空気が静まり返る。

自分の中に流れる力を手探りで意識しながら、複製という現象を無理やり再現しようとした。

 

理屈は分からない。

ただ、できる気がした。

 

だからやる、それだけだ。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」

 

額に汗が滲んでくる。

思った以上に難しい。

 

力を掴みかけては逃げられ、逃げられては引き戻す。

まるで霧を素手で掴もうとしているようだ。

 

ニジーも黙り込んでいる。

失敗すると思っているのか、あるいは本当に成功するのか見極めようとしているのか。

 

どちらでもいい、今は集中。

 

「それっ!!」

 

最後に力を叩きつけるように解放したその瞬間、透明な光が靴の周囲にじわりと広がった。

 

揺らめく輪郭。

蜃気楼のようにゆれる像。

 

そして――元の靴の隣にもう一つ、全く同じ形をした透明な靴が静かに現れた。

 

「マジか……本当に複製できてる」

 

その声には心底驚いた色が混じっていた。

 

私も驚いていた。

正直なところ、本当に成功するとは思っていなかったからだ。

 

けれど感慨に浸る間もなく、身体から力が一気に抜けていく。

 

「はあ……はあ……」

 

膝が少し笑う。

立っているだけで精一杯だ。

視界もわずかに揺れている。

 

するとニジーが、珍しく心配そうな顔をした。

 

「……大丈夫かい?」

 

「ダメだこれ……」

 

私は肩で息をしながら苦笑した。

 

「一回だけでかなり力を消費する……やっぱり生身でやるのは難しいね」

 

予想以上の消耗だった。

 

成功はした。

だが効率が悪すぎる。

 

これを連続で何度も使うなんて、到底不可能だ。

 

ニジーは複製された靴と私を交互に見比べながら、呆れたように口を開いた。

 

「できた時点で大分ヤバいけどね」

 

その言葉に私は小さく笑った。

 

確かにそうかもしれない。

けれど問題は――ここからだった。

 

複製そのものが目的ではない。

これはあくまで準備段階に過ぎないのだから。

 

「ということで時間をかけてこれをあと100個くらい作るから、半日くらいつき合って」

 

「はぁぁ!?100個も!?」

 

路地裏に響き渡るほどの大声。

 

そんなに驚くことだろうか、と私は内心で首を傾げる。

数として別段おかしくはないと思うのだが。

 

……クールタイムは必要だけど。

 

「うん」

 

「うん、じゃないだろう!」

 

珍しく全力でツッコまれた。

 

だが、これにはちゃんと理由がある。

 

数が必要なのだ。

少数では意味がない。

 

この作戦は大量に用意してこそ真価を発揮する。

私は地面に並んだ二足の靴を見ながら続けた。

 

「そして私はこの技術を使って、さらにダメ押しの作戦を考えてる」

 

その言葉にニジーの表情が変わった。

先ほどまでの呆れ顔ではない。

 

作戦の話になると、彼はしっかり怪盗団の幹部らしい顔になる。

 

「もったいぶらずに教えたまえ」

 

私は周囲を見回した。

誰もいないのを確認してから、ニジーの耳元へ近づく。

 

「それはね……」

 

そして小声で、作戦の内容を説明する。

 

「ゴニョゴニョ……」

 

話している途中から、ニジーの口元が徐々に吊り上がっていくのが分かった。

 

最初は半信半疑。

次第に興味。

そして最後には、完全に悪巧みを思いついた子供のような顔になっていた。

 

話し終えた頃には、彼は満足そうに笑っていた。

 

「面白いじゃないか。まさかここまで考えていたとはね……」

 

別に天才というわけではない。

 

ただ私は、正面から殴り合うより相手の考えを利用する方が好きなだけだ。

 

プリキュアは強い。

純粋な戦闘力ではこちらが不利な場面も多い。

 

どんなにこちらが力を持っていても、実際には想定外のことが次々と起きている。

 

ならば戦場そのものを、こちらに有利な形へ変えてしまえばいい。

 

探偵なら推理する。

 

なら推理させる。

追跡するなら追跡させる。

 

その結果、気付いた時にはこちらの掌の上にいる。

それが理想だ。

 

「たまには私たちの本気を見せつけてやらないとね」

 

これまでの戦いを思い返す。

 

プリキュアたちは確かに厄介だった。

何度妨害され、何度計画を崩されたことか。

 

だが、それで終わるつもりはない。

 

「今回は一筋縄ではいかせない」

 

ニジーも不敵に笑う。

その目に宿っているのは、確かな闘志だった。

 

「今日こそは必ず、マコトジュエルを手に入れる」

 

その言葉に私は静かに頷いた。

 

路地裏の向こうから風が吹き、まるで舞台の幕が上がる前触れのようだった。

 

私は複製された靴を見つめる。

これから大量生産という地獄が待っているが、それも必要な準備だ。

 

勝つためならやる。

ウソノワール様の願いのためなら、尚更だ。

 

「ふふっ……やってやりましょう」

 

そう呟いた瞬間、胸の奥で久しぶりに高揚感が膨らむのを感じた。

 

これはただの任務じゃない。

怪盗と探偵の、知恵比べだ。

 

今回は――私たちがマコトジュエルを頂く。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

あの大波乱を巻き起こした怪盗団ファントムによる、星明かりのプリンセス盗難未遂事件から早1ヶ月以上が経過していた。

 

そんな事件の舞台となった宝生美術館では、今日も特別な作品を披露する期間限定の特別展示が行われようとしている。

 

「全部……キラキラ~!はなまる素敵!」

 

「かわいすぎる!」

 

私たちはその展示の準備を手伝いに来たはずなのだが、あんなとみくるは初めて見る作品に目を奪われて、まるで手が進んでいない。

 

「お前ら手伝いに来たんだろ?」

 

「まあ興味を持つのはわかるけどね……」

 

ショーケースに並んでいるのは、色とりどりのガラス細工。

 

ガラスだけで作られた工芸品に目が吸い寄せられるのはわかる。

 

だけど今日は見物ではなく準備をしに来たわけだから、サボるわけにはいかない。

 

「展示品を汚さないように手袋をはめとけよ」

 

「「え?」」

 

ガラス細工は繊細だ。

少しでも扱いを誤れば簡単に指紋がつくし、最悪の場合は割れてしまうこともある。

そうなれば損害は計り知れない。

 

「本当だ。みんな手袋着けてる」

 

準備をしているスタッフは全員ゴム手袋をはめて、慎重に作業を進めていた。

 

そんな中、特別展示品にこの美術館のオーナーである宝生ちなみさんと、今回の展示品の製作者であるガラスアーティストの新堂美佐子さんが様子を見に来た。

 

「私の美術館で、新堂先生の展覧会ができるなんて夢のよう!」

 

「いえ、こちらこそ。ご紹介いただいたジェットさんのおかげで、『12時のわすれもの』も喜んでいると思います」

 

宝生さんは以前の事件で偽物の展示品を公開していたことでマスコミや警察、苦情が一斉に殺到するという事態に陥っていた。

 

しかし今は展示品をすべて本物に戻し、入館者への返金対応も済ませたことで、批判もようやく収まった。

 

今回の特別展示は、新堂さんの代表作品である『12時のわすれもの』を筆頭に、新堂さんが手がけた数多くの作品が並ぶ予定だ。

 

『12時のわすれもの』とはガラスで作られた靴のことで、作品名の通り、シンデレラに登場するガラスの靴をモチーフにした工芸品。

 

「彼に任せておけば間違いないですわ!探偵事務所の発明家でありながら、人気急上昇中のコスメ店『Pretty Holic』を手掛けている方ですから!」

 

「ふふ……」

 

この展示が実現したのは、ジェット先輩の紹介によるもの。

 

批判が殺到して経営難に陥らないか不安だった宝生さんに、ジェット先輩が提案したらしい。

 

ああ見えてちゃんと優しいところもあるのがジェット先輩なのだ。

 

宝生さんの賛美に少し照れているジェット先輩は、普段とのギャップが凄まじい。

 

「すみませーん、これどこに置きます?」

 

一人のスタッフが段ボールを台車に載せて運んできた。

普通ならただ荷物を運んでいるようにしか見えない光景。

 

しかし、事件は唐突にやってくる。

 

――ボンッ!

 

(!?)

 

運ばれてきた段ボールの蓋が急に眩しく光ったと思った瞬間、中から大量のガラスの靴が飛び出した。

 

さらに続けて、周囲に置いてある複数の段ボール箱からも同じように破裂音が響き、次々とガラスの靴が溢れ出してくる。

 

靴はしばらく宙を舞い、やがて静かに地面へと散乱した。

 

その数、およそ100個。

 

そして箱から飛び出した大量のガラスの靴が床に広がる中、保管されていたはずの『12時のわすれもの』は姿を消していた。

 

地面に落ちたのか、それとも盗まれたのか――散乱した無数のガラスの靴を前にしては、どちらなのか判別すらつかない。

 

「「あ……」」

 

「イテっ!」

 

飛び出した靴の一部がジェット先輩の頭に直撃してしまう。

 

突然の急展開に、スタッフも宝生さんたちも全員その場に固まったまま動けなかった。

 

狙われたばかりの宝生美術館の展示品が、再び狙われる事件が発生してしまった。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

街の喧騒から少し離れた歩道を歩きながら、私はチラシに書かれている情報へ目を落とした。

 

「『12時のわすれもの』、この作品にマコトジュエルが宿っているらしいけど……」

 

宝石のような輝きを放つガラスの靴の画像。

 

作者の名前や展示情報。

そして開催場所。

それらを確認しながら、私は小さく呟いた。

 

隣を飛んでいたマシュタンが、興味深そうに覗き込んでくる。

 

「舞台はるるかが活躍した、あの宝生美術館のようね」

 

その言葉に私は軽く頷いた。

宝生美術館――私が初めて名探偵に自分の姿を見せた場所だ。

 

「今回の任務はニジー……」

 

私がそう言うと、マシュタンはため息をつく。

 

「また失敗してウソノワール様に怒られないといいわね」

 

なかなかに辛辣。

だけど、否定もしづらかった。

 

ニジーは決して弱くない。

むしろ実力は高い方。

 

ただ、どうにも運が悪いというか、肝心なところでプリキュアたちに邪魔されることが多い。

 

今回こそ成功できるのだろうか。

そんなことを考えていた時だった。

 

「………ん?」

 

ふと視界の端に何かが引っかかり、私は自然と足を止める。

 

「どうしたの?」

 

マシュタンの問いかけに、私はすぐには答えなかった。

 

少し離れた歩道。

そこを歩いている三人組へ、視線が自然と吸い寄せられていたからだ。

 

スーツ姿で30代くらいの男性。

制服を着た女子高生らしき少女。

 

そして――眼鏡をかけて青いジャケットに灰色の半ズボン、胸元には赤い蝶ネクタイ。

小学校低学年ほどに見える、小さな男の子。

 

その姿を見た瞬間、胸の奥に違和感が走った。

 

「……何でもない」

 

そう答えながらも、私は目を離せなかった。

 

三人は仲良く会話をしながら歩いている。

どこからどう見ても普通の家族連れ。

 

なのになぜだろう。

あの三人が気になった。

 

見覚えがある、でもどこで見たのか思い出せない。

それなのに、記憶の奥底を何度も刺激してくる。

 

(どこかで見たような子ね……)

 

私は目を細めた。

男の子は周囲を見回しながら歩いている。

 

ただ散歩しているようにも見える。

だが、その視線の動きは年齢にしては妙に鋭い気がした。

 

気のせいかもしれない。

それでも胸騒ぎが消えない。

 

私は三人の進行方向へ目を向ける。

その先にある建物を見た瞬間、嫌な予感がさらに強くなった。

 

宝生美術館、マコトジュエルが眠る場所。

そしてニジーがいるであろう場所。

 

偶然だろうか。

偶然かもしれない。

 

だけどもし、私が思い浮かべている「あの人物」だとしたら――ニジーの任務成功率は限りなくゼロに近づく。

 

戦闘能力の問題じゃない。

相性が悪すぎる。

 

私は静かに息を吐いた。

 

「……行きましょう」

 

マシュタンが不思議そうな顔をする。

 

「美術館ならニジーが向かってるんじゃないの?」

 

「手は出さない。ただ、あの人たちが気になるだけ」

 

本当にそれだけ。

今のところ介入するつもりはない。

 

ニジーの任務はニジーの任務。

私が勝手に手を出す理由はない。

 

ただ、確認だけはしておきたかった。

私の勘違いなのか、それとも本当に――。

 

前を行く三人組の背中を視界の端に捉えながら私は歩きだす。

 

宝生美術館へ向かうその背中を見つめているうちに、胸の奥の違和感は少しずつ確信へと変わり始めていた。

 

もし予想が当たっているなら、今日のマコトジュエルを巡る争いは、ニジーが想定しているよりずっと騒がしい舞台になるかもしれない。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

騒ぎはすぐに大きくなり、大勢の警察が駆けつけてきた。

 

外には何台ものパトカーが停車していて、展示室には規制線が張られ、数人の鑑識が調査を進めている。

 

その中に混じって、あんなとみくるもプリキットミラールーペで独自の調査を進めていた。

 

「作品が消えた……」

 

「ええ、気がついたら……」

 

警部さんの聞き取りには宝生さんと新堂さんが対応している。

 

私とジェット先輩は邪魔しないようにじっとしていたが、いつまでこうしていれば良いのだろう。

自分たちも現場にいた目撃者だから簡単に帰れないのはわかってはいるけれど。

 

「ですが、砕け散った形跡もないようですし」

 

「はい、シンデレラの強い心を表現するために、強化ガラスで作っています」

 

確かに、あんな散らばり方をしたなら地面に落ちた瞬間に粉々になるはずだ。

 

ガラスはそれだけ脆い。

だが強化ガラスとなると、話は変わってくる。

 

「なるほど。それと……あの子たちは一体なんなんです?」

 

警部さんが次に目を向けたのは、鑑識に紛れて調査を続けているあんなとみくるの姿だった。

 

まあ、専門の大人たちの中に中学生の女の子がいればあまりにも場違いすぎる。

 

本来なら追い出されてもおかしくはない。

だけど、この二人はただの中学生じゃない。

 

「キュアット探偵事務所の探偵さんです」

 

「えっ!あの!?怪盗団ファントムの事件を解決している!?」

 

まさか警部さんにまでキュアット探偵事務所の存在が知られていたとは。

 

同時に怪盗団ファントムの存在も警察はすでに認知しているらしい。

 

私たちが知らないところでかなり話が大きくなっている気がするが、あの星明かりのプリンセスの一件以来、一気に知名度が増したようだ。

 

せめてプリキュアや妖精の存在までバレてしまわないことを祈るばかりだ。

 

「時計……時間が来ると靴が飛び出す仕掛けになってたのか……」

 

「展示スタッフと美佐子さん、宝生さんのバッグには特に仕掛けなし……っと」

 

現場を調べていくうちに、二人は犯行時の流れをおおよそ掴んだみたい。

 

箱の中には時限式の殺傷能力が低い爆弾が仕掛けられており、それが起爆したことで中に入っていた大量のガラスの靴が撒き散らされるという仕組みだった。

 

周囲にいたスタッフたちの荷物には何も怪しいものは入っておらず、調査はまだしばらくかかりそうだ。

 

ここまで計画性の高い犯行。

犯人はもう、あの集団しか考えられないだろう。

 

「この大胆な手口!!」

 

「犯人は恐らく!!」

 

「「怪盗団ファントム!!」」

 

二人の声が見事に揃い、展示室に反響する。

 

「「「えっ!?」」」

 

ファントムの名前が出た瞬間、その場にいた全員の表情が一気に緊迫した。

 

怪盗団ファントムは、その辺の怪盗とは訳が違う。

 

そもそもあの人たちは人間ではない。

その時点でプリキュア以外で対応しても到底歯が立たないのだ。

 

「あ……」

 

「どうしたの?」

 

あんなは床に落ちているガラスの靴の一つへ目を留めた。

 

何かに気づいたのか、拾い上げてじっくりと近くで観察し始める。

 

「これ……ガラスじゃない!」

 

「「「!?」」」

 

あんなの発言にその場にいた全員が興味深そうにその靴へ視線を集めた。

 

あんなが力を込めると、確かに靴の形がわずかに変化する。

撒き散らされた靴はガラス製ではないことが判明した。

 

「樹脂でできてるみたいだな」

 

「ガラスにしか見えない……」

 

「これなら箱から飛び出ても割れない」

 

脆いガラスではなく、透明で柔らかい樹脂という素材で作られているから、床に衝突しても弾力でわずかに弾むだけで割れたりはしない。

 

「柔らかかったから床に落ちても大きい音がしなかったんだ……」

 

強化ガラスでも衝突や爆発には耐えられるかもしれないが、硬いため床に落ちれば大きな音が鳴るはずだ。

 

だけど大量の靴が落ちた時の音は、あの時確かに静かだった。

 

ということはガラスではない別の素材だとわかるはずだったのだが、あまりにも突然すぎて誰も気づけなかったのだ。

 

「警部、映像の準備ができました」

 

事件の流れは掴んだ。

次は、誰が犯人なのかを証明することだ。

 

そのために欠かせないのが防犯カメラの映像。

 

出入口以外に逃げ場がないこの空間には、やりすぎなほどのレベルで防犯カメラが設置されている。

その映像を確認すれば、きっと犯人が判明するはず。

 

 

_______________

 

 

 

「防犯カメラの映像ですか?」

 

「ええ」

 

バックヤードの警備室にあるモニターで、警備員の操作によって展示室内部を撮影した動画が流れ始めた。

 

「靴が箱から飛び出した時だね」

 

事件発生直後の映像には、腰を抜かしている人や私たちを含めて硬直している人がほとんどだ。

怪しい動きをしている人物は見当たらない。

 

「この後スタッフさんや私たちが靴を拾いに集まって……」

 

散乱した靴にスタッフが殺到して回収しようとしているのだが、人が多すぎて死角が増えてしまっている。

 

これではせっかく防犯カメラがあっても決定的な瞬間が映らない。

 

「これで終わりです」

 

「人が邪魔でよく見えない!」

 

残念ながら警察が駆けつけるまでの間、決定的な証拠は何も残っていなかった。

 

誰が盗んだのか全くわからない。

人が多いから出入口を行き来する人も増えて、さらにわけがわからなくなっている。

 

「でもどうやって『12時のわすれもの』を持ち出したんだろう?」

 

「誰かが持っているとか?」

 

「「う~ん……」」

 

その可能性はあるけれど、他のカメラにも異常は見当たらなかった。

 

そんな中、モニターにみんなが集まっているのをよそに、ジェット先輩はさっきから後ろで跳びはねながらモニターを見ようと奮闘している。

 

「……抱っこしようか?」

 

「こ、断る!」

 

だろうね。

子どもに見えて実際は人間の寿命の倍以上生きているのだから、もう子どもの年齢じゃない。

 

だけど見た目がどうしても子どもだから、つい世話を焼きたくなってしまう気持ちもあった。

 

「服の下に入れると目立つし……」

 

「隠したところで外に出るのは不可能。以前怪盗団ファントムに展示品を狙われてから警備を強化してるの、ふっふーん」

 

服の下に隠すといえば、みくるから聞いた話を思い出す。

 

学校の演劇部のドレスが盗まれた時、アゲセーヌが服の下にドレスを着ていたらしい。

 

今回はドレスよりも小さいが立体的なので、服に入れればすぐにバレる。

 

それに宝生さんの話によれば、一度狙われた経験からさらに警備を厳重にし、入館者の荷物検査や赤外線センサーなどを導入しているらしい。

 

それなのに警備システムには何も反応していない。

これは、一体なぜなのか。

 

 

_______________

 

 

 

「ますますわからない……」

 

一切の手がかりが見つからず、珍しく手詰まりに陥った名探偵プリキュア。

 

どんなに頭を悩ませても答えが出ないなんて初めてのことだ。

 

「……………」

 

新堂さんも悩んでいる二人や警察の様子を見て不安そうな表情になっている。

 

ジェット先輩は重い空気にため息をつき、荷物を手に取った。

 

「はぁ……事務所に戻る」

 

「「「え?」」」

 

「警察の捜査が騒がしくて準備できないからな」

 

ジェット先輩の大きなバッグには、まだ多くの作品が入っている。

準備はまだ途中で、時間がかかるのだ。

 

「準備って、でも……作品が……」

 

「あんなとみくるが必ず取り返す」

 

心配そうな新堂さんにジェット先輩がかけた言葉は、あんなとみくるへの揺るぎない信頼だった。

 

それは私も同じ気持ちだ。

 

「そうだね。腕に関しては頼っても良いと思いますよ。この二人の実力は確かなので」

 

「そうだ、こいつらを信じろ!」

 

「「うん!」」

 

私もジェット先輩の言葉をフォローし、あんなとみくるも自信満々に頷く。

 

今回みたいに手詰まりでも、きっと二人は乗り越えることができる。

 

「そうですね!お二人にお任せしましょう。新堂先生、私も準備をお手伝いしますわ!」

 

「ありがとうございます、皆さん!」

 

宝生さんもあの頃より性格が柔らかくなり、積極的に手を貸すようになっている。

周囲の温かさに新堂さんの笑顔が戻り、重い空気が和らいだ。

 

「荷物検査を……」

 

外に出ようとする私たちに警備員が制止するも、宝生さんが一喝。

 

「そんな時間ないですわ!私たちを疑ってますの??」

 

「い、いえ。どうぞ」

 

「ふんっ」

 

さすがオーナーと言うべきか――鶴の一声であっさりと私たちを通してくれた。

 

ジェット先輩と宝生さんと新堂さんは一旦探偵事務所へ。

あんなとみくるは美術館の外を調べることにした。

 

「頼んだぞ、名探偵」

 

「「うん!」」

 

ジェット先輩が振り返り、事件解決を二人に託す。

その意志を受け取り、二人はまた力強く頷いた。

 

どんな困難でもはなまる解決するのがキュアット探偵事務所の名探偵なのだから。

 

でも……私はどうすれば?

 

 

_______________

 

 

 

「とは言ったものの……」

 

「手がかりが全くない!」

 

「ないない!」

 

手当たり次第調べても結局ダメだった。

 

ここまで手がかりがないことなんてあるのだろうか。

 

今までの怪盗団ファントムが本気を出していなかっただけ?

ファントムには頭が冴える人もいるから否定はできないけれど、毎回徹底的に調べれば必ず何か出てくるはずなのだ。

 

「怪しい足跡もないとなるとますます謎だね……」

 

どっちみち根気強く調べ続けるしかない。

そう覚悟を決めようとした時だった。

 

「ねぇ、お姉さんたち……」

 

「ん?」

 

横から男の子の声が聞こえ、その方向へ顔を向けると――私は言葉を失った。

 

「何してるの?」

 

(……は??)

 

眼鏡に青いジャケット。

灰色の半ズボン。

赤い蝶ネクタイ。

 

この子……どこかで見たことがある。

 

でもどこで見たんだっけ?

思い出したくても思い出せない。

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