かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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怪盗団ファントムの企み

【みのるSide】

 

――翌日。

 

キュアット探偵事務所は、相変わらず平和な朝を迎えていた。

 

「な、何が起きてるんだ!?」

 

「ポチポチーー!!」

 

「うわああああっ!?」

 

「この妖精、力強すぎいいいい!!」

 

……というわけでは、全然なかった。

 

突如として暴走したポチタンを止めようと、私とあんなは必死に腕にしがみついていた。だが、その小さな身体からは想像できないほどの怪力で、二人がかりでもまったく歯が立たない。

 

引きずられる。

床を削る勢いで、引きずられる。

 

「ちょ、ちょっと待ってポチタン!!」

 

「ポチーーー!!」

 

悲鳴と妖精の鳴き声が事務所に響いたと同時。

 

「おはよう!!プリキュアだって証拠を――」

 

勢いよく扉が開かれた。

 

「わああああああ!!」

 

みくると入れ違いになるようにポチタンに引きずられた私とあんなはそのまま玄関を突破。扉を越え、段差を越え、気づけば――外。

 

「みくるううううう!!」

 

「誰かこの妖精止めてええええ!!」

 

私とあんなの叫び声は朝の風にのって虚しく消えていった。

外に出てしまえばもうなす術はない。

 

「待ってーー!!」

 

後ろからみくるとジェットが追いかけてくる。

 

ポチタンに振り回されるあんなと私。

必死に追いかけるみくるとジェット。

 

――完全にカオスだった。

 

引きずられないようにポチタンのスピードに合わせて走るしかない。体力に自信のない私にとってはもはや地獄のトレーニングだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

しばらくしてとある店の前でようやくポチタンが立ち止まる。

 

持久走並みに走らされ、正直ちょっと吐きそうだったけどなんとか耐えた。

 

「みのるは大丈――」

 

「あれ……空が金色に見える……ここは……天国……?」

 

「みのる!?昇天しちゃだめ!戻ってきて!!」

 

――否。

全然大丈夫じゃなかった。

 

危うく意識が飛びかけたところをあんなに抱き支えられてどうにか踏みとどまる。

 

「……ケーキ屋さん?」

 

息を整えながら顔を上げると目の前には可愛らしい洋菓子店。

看板には「パティスリーチュチュ」と書かれている。

 

みくるとジェットも遅れて追いついてきた。

 

するとポチタンが店の横にあるテラスをじっと見つめた。

 

エプロン姿の男性と、一人の少女。

二人は何かを探している様子で、落ち着きなく周囲を見回している。

 

「たちゅけて……」

 

ポチタンが小さく声を上げた。

 

それが合図だったようにあんなとみくるは顔を見合わせ、同時に頷く。

 

「どうしたんですか?」

 

声をかけると少女は困ったように眉を下げた。

 

「ペンがないの。店長さんにも探してもらってるけど……」

 

探しているのはこの店の店長と、ベージュ色の髪をした女の子らしい。

 

「エリザちゃん、作家なんだ。この前推理小説の賞を取ってね」

 

その名前を聞いてなんとなく思い出す。

 

――来栖エリザ。

 

この前雑誌で見た、推理小説の新人コンクールで大賞を取った少女作家。

受賞作のタイトルは、確か――『消えた宝石』。

 

「コンクールのときにもらった大切なペンなのに……」

 

初めての大賞。

その場でもらった記念の品。

 

作家ということは……ガラスペンだろうか。

もし落としていたら割れてしまっている可能性もある。

 

――でも。

 

落ち込んでいるエリザにそんな残酷なことは言えない。

あくまで、可能性の話だ。

 

「探すの手伝います!」

 

「なくなったときのこと、詳しく教えてください!」

 

みくるは素早くメモ帳とペンを取り出し、あんなは一歩前に出てエリザに向き直った。その息の合い方はもうすっかり相棒だ。

 

「ついさっき……おばあさんが話しかけてきて。気づいたら、いなくなってて……それで、ペンもなくなってたの」

 

短い説明だったが重要な情報は揃っている。

 

もし盗難だとすれば怪しいのはそのおばあさん。

ただ――目的は何だ?

 

金目当て?

確かに、ペンは種類によっては高価だ。でも推理小説の賞で贈られた記念品を狙う理由としては、少し弱い気もする。

 

「ポチタンが来たってことは……また事件かも?」

 

「おばあさんが犯人の可能性も?」

 

「え、おばあさんが!?」

 

あんなとみくるが小声で考察を始めるが、全く小さい声じゃない。その結果、私たちにまで丸聞こえである。

 

「聞こえてた!?」

 

「素人が……」

 

「プリキュアになってもポンコツなのは否めないね……」

 

ジェットと私の冷ややかな一言に二人が同時にむっとする。

 

名探偵プリキュア。

その肩書きは立派でも、中身は相変わらずだった。

 

「お、おまわりさんを呼ばなきゃ……!」

 

「い、いや、まだ可能性ってだけで――!」

 

案の定、エリザは不安に耐えきれず警察に連絡しようとする。あんなが慌てて止めに入ったが――

 

「……繋がらない!」

 

スマホを見つめたまま、エリザが声を上げた。

 

そのとき、店の奥から青い髪の女の子が顔を出す。店長と同じエプロンを身につけていた。

 

「通信障害みたいです……」

 

「帆羽さん、それってどういうこと?」

 

「電波が繋がらなくて、携帯電話が使えないって……今、ニュースで……」

 

「ええ!?」

 

私は携帯を持っていないから気づかなかったけれど、ニュースになるほどの規模なら相当だ。

 

通信障害。

警察にも、消防にも連絡が取れない。

 

それはつまり――

何か起きてもすぐには助けを呼べないということ。

 

今回のような事件が起きたとしても通報できないのはかなり痛い。早急に復旧できることを祈るばかりである。

 

「じゃあ、店の固定電話で――」

 

「それより!」

 

あんなが勢いよく声を上げた。

 

「私がそのおばあさんを探してきます!」

 

そう言って、店を飛び出そうとした瞬間。

 

「待て」

 

ジェットが、彼女を静止した。

片方の手には見慣れない道具がある。

 

「僕が発明した――プリキットだ」

 

「プリキット?」

 

見た目はジェットの妖精姿を模した小型端末。

可愛らしいが、彼の発明に「ただの見た目」はありえない。

 

「探偵道具だ。このプリキット・ボイスメモを使えば連絡が取れる」

 

どうやら同じ端末同士なら通信障害の影響を受けず、独自の電波で通話や記録ができるらしい。

 

――さすが、天才発明家。

 

「ありがとう、ジェットさん!」

 

あんなは迷いなくプリキットを受け取り、今度こそ外へ駆け出していった。

 

残された私たち。

 

その場に立ち尽くしながら私は考える。

 

私に、できることは何だろう。

 

名探偵でも、プリキュアでもない私に――

この事件で役に立てることはあるのだろうか。

 

「すみません、エリザさん」

 

少し緊張した声でそう切り出すとエリザは背筋を伸ばし、はっとしたようにこちらを見た。

 

「は、はい……!」

 

「もし可能であれば、ペンがなくなったときのことをもう少し具体的に教えてもらえませんか?」

 

あんなに代わって今度は私が話を聞く番だ。それが今の私にできる役目だ。

その様子を見てみくるは素早く行動に移る。ジェットが持っていたもう一つのプリキットを受け取り、通信機能を起動した。

 

「……もしもし、聞こえる?」

 

『みくる?』

 

応答したのはあんなの声。

 

「ペンがなくなったときのこと、今みのるが詳しく聞いてるところだから」

 

『うん!』

 

私が情報を集め、みくるがそれを捜索中のあんなに伝える。自然と役割分担ができあがっていた。

 

私とエリザはテラスの椅子に腰掛け、テーブルを挟んで向かい合う。そよ風がわずかに木々を揺らし、店の前を流れる小さな川が静かに音を立てていた。

 

「ここで原稿を書いていたら、おばあさんが来たの。『あなたのファンです。握手してください』って」

 

「それで、握手を?」

 

「うん!そんなこと初めて言われたから、とっても嬉しくって!」

 

エリザの顔がぱっと明るくなる。

ファンがいる――それは、何かを表現する人間にとって何より心強い存在だ。作家も、アイドルも、応援する誰かがいて初めて前に進める。

 

だが、その笑顔はすぐに曇った。

 

「でも……サインしようとしたらペンがなくて。気づいたら、おばあさんもいなくて……」

 

なるほど。

これで、おばあさんがペンを盗んだ可能性はかなり高くなった。状況はだいぶ見えてきた。

 

「そのおばあさんの特徴、教えてもらえますか?」

 

「緑の着物を着てて、髪型はおだんごで……」

 

「…………」

 

私は話を聞きながら、店の周囲に視線を巡らせた。

正面には小さな川が流れ、見通しは良好。背後には高い緑色の塀が連なり、とても簡単に越えられる高さじゃない。

 

この場所で、ほんの一瞬視線を逸らしただけで姿を消すなんて――

陸上選手並みの脚力があるか、あるいは……。

 

おばあさんに見せかけた――変装。

 

身体能力が高く、なおかつ変装を得意とする人物。

 

「……まさか」

 

嫌な予感が、確信に変わる。

 

「あああああ!?」

 

「な、何!? どうしたのみのる!?」

 

もし、この推理が正しければ……そんなことができる人物は、私の知る限り一人しかいない。

 

「ニジーだ!!ニジーがおばあさんに変装してるんだよ!!」

 

「……っ!?確かに、この見通しの良い場所で突然消えるなんて、あの人にしかできない!!」

 

みくるもすぐに理解し、息を呑んだ。

 

「あんな!その人は――!!」

 

『え?』

 

みくるが犯人の名前を告げようとしたその瞬間だった。

 

プリキットの向こうから、しわがれたおばあさんのような声が響く。

 

『フッ……バイバイ、ベイビー!』

 

『あっ!!』

 

その軽薄で余裕のある言い回し。

間違いない――怪盗団ファントム、ニジーだ。

 

どうやらあんなは既に変装したニジーと接触していたらしい。驚くあんなの声が聞こえたが、通信越しでは詳しい状況まではわからない。

 

「私たちも行こう!!」

 

みくるの一声に、全員が一斉に動き出した。

 

「うん!」

 

店を飛び出し、街を駆ける。その最中もみくるは無駄なく状況を共有していく。

 

「そのおばあさんは怪盗団ファントムだよ!」

 

『いーっ!?』

 

プリキット越しにあんなの素っ頓狂な声が響く。

 

「怪盗団ファントムだと!?」

 

続いてジェットの驚愕した声。

 

――ロンドンから来たばかりのジェットまで知っている。

それだけで、怪盗団ファントムという組織の規模と悪名が伝わってきた。

 

「ファントムを知ってるの!?」

 

「まあな!」

 

詳しく尋ねたいところだが、今はそんな余裕はない。

昨日の一件を思い出す。あの怪盗団が何も企んでいないはずがない。

 

――急がないと。

 

「あんな、今どこ!?」

 

『おばあさんが公園に入っていく! ……っ……待って~!!』

 

必死に追いかけるあんなの声。その中で、私は引っかかりを覚えた。

 

――わざわざ、公園に?

 

公園に近づくと、すでに中にはあんなの姿があった。周囲を見回し、何かを探している様子だ。

 

おそらく、どこかで姿を消したか、変装を切り替えたのだろう。

 

「あんな!」

 

私たちもそのまま公園の中へ駆け込む。

 

「みくる、みのる!おばあさん見なかった?」

 

「見てないよ!」

 

「私も!」

 

「そんな……」

 

追い詰めたはずなのに肝心の姿が見えない。

あんなは確実に、向こう側の出入口から入ってきていた。

 

「僕らはあっちから来た!」

 

「私はこっち!」

 

「構造的に挟み撃ちにできるはずなんだけど……どこに行ったの!?」

 

公園はそこまで広くない。出入口も二か所だけだ。

 

「出入口は二つしかないのに誰ともすれ違ってない!柵を越えた? ……それとも、茂みに隠れてる?」

 

確かに、ニジーほどの身体能力があれば、フェンスを越えるのは造作もない。

でも茂みは低い。隠れられるのはせいぜい子どもくらいだ。

 

――ただもう一つ、可能性がある。

 

「それか……別の誰かに変装しているのかも……?」

 

あんながはっと息を呑む。

 

その推理はすぐに現実味を帯びた。

公園内には完全に無人というわけではなく、数人の人影がある。

 

ベンチに座り、眠そうにうつむくスーツ姿の会社員――山田大造。

別のベンチで、昼間から暑苦しいほどイチャつくカップル――秋田実と夏川涼美。

街灯にもたれ、楽しそうに通話している制服姿の女子高生――谷本晴恵。

 

――この中に、犯人がいる。

 

「あ!なんか変わったスマホ!」

 

あんなの声が上がる。

 

「スマホ?」

 

「スマホ……携帯電話ね」

 

女子高生が手にしている端末に、あんなは興味津々だ。

 

その女子高生は通話を続けたまま、スーツ姿の会社員の前を通り過ぎ、出入口へ向かって歩いていく。

 

一方、会社員も携帯電話を取り出し、通話しようとするが――

なぜか不満そうに顔をしかめた。

 

「……あ!」

 

その瞬間だった。

 

あんな、みくる、そして私。

三人の中で、同時に何かが噛み合った。

 

――矛盾。

 

今起きている状況と、明確に食い違っている人物が一人いる。

 

「見えた……!これが……答えだ!」

 

あんなとみくるの声が重なり、公園の静けさを切り裂いた。

 

怪盗ニジーの正体は、もう逃げ場がない。

 

「ちょっといいですか?」

 

あんなが通話中の女子高生へ声をかける。

女子高生は露骨に面倒そうな顔を向けた。

 

「んあ?無理、電話してんだけど」

 

「だからこそです」

 

「はぁ?」

 

そしてあんなとみくるは、息ぴったりな動きで同時に腕を伸ばし、指を指した。

 

「「ペンを盗んだ犯人は、あなたです!」」

 

「は!?」

 

公園の空気が止まる。

 

突然の告発に女子高生は目を見開く。

だが――それは驚きではなく、動揺だ。

 

私はジェットの隣で二人の推理の続きを見守った。

 

「電話をしているフリ?」

 

「今、電話を使えるはずがない。通信障害だから!」

 

「……っ!!」

 

しまったと顔に書いてある。

女子高生の表情がわずかに崩れた。

 

背後では携帯が繋がらない会社員が、首を傾げながら公園を出ていくのが見える。

 

「なんで繋がらないんだ……?」

 

さらに例のカップルも移動を始めた。

 

「電話繋がらないみたい!」

 

「でも、僕たちはつながってるもん!」

 

「「ね~!」」

 

……相変わらず暑苦しい。

 

(全く……こんな日中にイチャイチャしちゃっ……ひゃああああああ!!?)

 

冷めた目で見ているとジェットに脇腹をつつかれ、思いきり体が跳ねた。

弱点を的確に突かないでほしい。心の中だけで叫んだのでどうにか二人の邪魔は回避できた…と思う。

 

あんなが一歩前へ出る。

 

「あなたは逃げてたから気づかなかったんだ」

 

「電話をする女子高生の変装は完璧だった。だからこそ失敗に繋がった」

 

女子高生は、しばらく沈黙したあと――

 

パタン、と携帯電話を閉じる。

 

そして。

 

にやりと笑う。

 

拍手。

 

――やっぱりあいつだ。

 

「お見事!」

 

姿が揺らぎ、制服がほどけるように崩れ、そこに立っていたのは。

 

「いかにもボクがニジーさ、ベイビー!」

 

怪盗団ファントムのニジー。

 

昨日に続き、まるで反省の色はない。

 

みくるたちが一斉に身構える。

今度は何を仕掛けてくるのか――。

 

「ボクの変装を二度も見破るなんて、ご褒美をあげよう!」

 

「それは!!」

 

ニジーの手に現れたのは、エリザのペンに宿っていたマコトジュエル。

 

――まずい。

また、あれを呼ぶつもりだ。

 

「ウソよ覆え!出でよ、ハンニンダー!」

 

投げ放たれたバラがペンへ突き刺さる。

同時に、宝石が闇色へと染まっていく。

 

「ハンニンダー!!」

 

光が爆ぜ、影が膨張。

 

現れたのは――

ガラスペンを思わせる細長い胴体を持つ怪物。

 

昨日のティアラとは違うが、確かに同じ存在。

新たなハンニンダーが、公園の地面を震わせた。

 

「なんだこいつは!?」

 

ジェットから声が漏れる。目の前に現れた異形――巨大な怪物は、やはり迫力が桁違いだ。

 

「ファントムが新たに開発した存在らしい……ニジーがそう話してたけど、私たちにも詳しくはわからない!」

 

「ファントムが……?」

 

ジェットもハンニンダーを見るのは初めてらしい。いつも余裕のある彼の表情にも、はっきりと動揺が浮かんでいる。

 

私たちは思わず後ずさる。

けれど――

 

みくるとあんなだけは違った。

 

迷いなく、胸元のペンダントへ手をかける。

 

『大切なペンなのに……』

 

エリザの落ち込んだ顔が脳裏に焼き付いて離れない。

何もできない自分が悔しい。

 

でも今は――任せるしかない。

 

「ペンは私たちが……」

 

「「取り返す!!」」

 

「ポチ!」

 

ポチの声が響いた瞬間、二人の周囲がまばゆい光に包まれる。

溢れる輝きが弾け、姿が変わる。

 

再び現れたのは――名探偵プリキュア。

 

「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」

 

二人は並び、歩み寄る。

 

「「名探偵プリキュア!」」

 

華やかな衣装に身を包んだアンサーとミスティック。

ジェットはさっきから驚きっぱなしだ。

 

私はポチタンを抱きしめながら、戦いを見守る。

 

「これが名探偵プリキュア!?」

 

「ポチ!」

 

「自分の心の中にあるマコトジュエルでプリキュアになるとは聞いてたけど……本当だったんだ!」

 

「どうやったら変身しただけであんな身体能力になるのかわからないけど、とにかく頑張れ!」

 

――マコトジュエル。

ジェットの言葉からすると、あれは人の心の中に宿るものらしい。

 

限られた人だけが覚醒するのか。

それとも、あのペンダントが覚醒を引き起こすのか。

 

考えがまとまらないまま、ニジーが腕を振る。

 

「行け、ハンニンダー!」

 

「ハンニン……ダー!!」

 

巨体からは想像もできない速さだった。

振り下ろされた拳が地面を叩き割る。

 

アンサーとミスティックは左右へ飛び退き、回避。

着地と同時に一気に踏み込み――

 

ドンッ!!

 

連携した蹴りが炸裂し、ハンニンダーの巨体が吹き飛ぶ。

 

「ハンっ!?ニン……ダー!!!」

 

しかし倒れない。

すぐさま跳ね起き、先端を二人へ向ける。

 

次の瞬間――

 

黒いインクが放水のように放たれた。

 

「っ!?」

 

「ふっ!!」

 

反応が遅れたアンサーの前に、ミスティックが滑り込み、抱き寄せて回避する。

 

インクはそのまま後方の木へ直撃した。

 

ベチャッ――

 

黒く濁った液体が幹を覆い、瞬く間に広がる。

緑だった木は、禍々しい闇に侵食されていく。

 

まるで、生命そのものが塗りつぶされるように。

 

「強力なマコトジュエルをウソで覆えば、誰にも止められない強力な力になるんだよ!」

 

誇らしげに胸を張るニジー。

その隣ではハンニンダーが、まるで褒められた犬のように体を揺らしている。

 

あまりにも人を食った態度だった。

 

アンサーとミスティックの空気が一変する。

 

「エリザさんのペンで……!!」

 

「何てことするの!!」

 

怒りの声。

けれどニジーは気にも留めない。

 

むしろ楽しそうに笑う。

 

「違うよ。もうボクのペンさ!」

 

ハンニンダーはゴマをするようにニジーへすり寄る。

 

「ファンと偽り近づき、ゲッチュ!ウソを使えば容易いものさ!」

 

――こいつ……。

 

『あなたのファンです、握手してください!って、とっても嬉しくて!』

 

あの言葉が頭に蘇る。

 

嬉しい気持ちを踏みにじり、

純粋な心を利用して奪う。

 

その非道さに、アンサーの瞳が燃え上がる理由がよくわかった。

嘘をつかない彼女にとって、こんなやり方は絶対に許せないのだ。

 

「ほしい物はなーんでも、ウソで手に入る」

 

「ハンニンダー!」

 

「!?」

 

呼応するようにハンニンダーの先端が開いた。

 

「ドゥrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

 

次の瞬間――

 

機関銃のような轟音と共に、ペンでできた弾丸が雨のように撃ち出された。

 

回避が間に合わない。

 

「うわぁっ!!」

 

「まずい!?」

 

衝撃に二人が吹き飛ばされる。

 

ニジーはその様子を満足げに見下ろした。

 

「ボクらファントムは……ウソで溢れ覆われた、素晴らしい世界を造る!そのためには、マコトジュエルが必要なのさ!」

 

あまりにも身勝手な企みだ。

 

嘘で覆われた世界?

そんなもののどこが素晴らしいというのだろう。

 

怪盗団ファントム――

世界を偽りに変えて何をするつもりなのか。

 

「ウソの世界なんて……全然素晴らしくないっ!!!」

 

アンサーが体を起こし、叫ぶ。

ミスティックも同じようにニジーを睨みつけていた。

 

「そうかな?キミたち名探偵を倒すこんな力があるのに……」

 

ニジーがさらにハンニンダーに指示を出そうとしたその時だった。

 

ジェットがいつの間にか二人の前に立っている。

さらに一歩、前へ踏み出す。

 

「好き勝手に言ってくれるじゃんか!」

 

「ん?」

 

「ボクも一つ教えてやる!キュアット探偵事務所の使命は『ウソを暴いて止める』。ファントム!お前たちからマコトジュエルを守ることだ!」

 

その背中は、小さく見えて小さくない。

 

私も前へ出て彼の隣に並ぶ。

 

「私からも言わせてもらうけど、そんな偽りの力を使った怪物が名探偵プリキュアに勝てるわけないでしょ?あなたのボスがわざわざ開発とかしたらしいけど、それで勝てると思ってるならよっぽど頭が悪く見える」

 

挑発。

 

けれど――

 

ニジーの表情は変わらない。

声のトーンも、微動だにしない。

 

「随分と威勢の良いベイビーたちだ。キュアット探偵事務所……無論、キミたちの使命は心得ているよ」

 

余裕を崩さないニジーの声。

 

「ハンニンダー!!」

 

巨大な影が前へ出る。

私とジェットを見下ろすように立ちはだかった。

 

――大きい。

 

頭では分かっていても、実際に目の前にすると違う。

圧迫感が胸を潰し、足が竦む。

 

気づけば私は無意識にジェットの腕にしがみついていた。

 

「でもこの状況でウソ……ハンニンダーをどう止める?」

 

「プリキュアがいる!!」

 

間髪入れず言い返すジェット。

私も息を飲み、声を張る。

 

「歴史上、数人しかいなかった名探偵プリキュアが今、二人もいる!!」

 

「人を騙すならもう少しマシなウソつきなよ!あなたのウソより、あの子たちの正直な力の方がずっと本物だ!!」

 

だが――

 

言葉が届くことなど最初から想定していないかのように、ハンニンダーの拳が振り下ろされる。

 

「ハンニンダー!!」

 

「うっ!!」

 

潰される――

 

目を瞑った、その瞬間。

 

バンッ!!

 

激しい衝突音。

 

目の前に立っていたのは、アンサーとミスティックだった。

私たちの代わりにその拳を受け止めている。

 

ニジーも、ジェットも、私も、同時に目を見開いた。

 

「ハンニン……!?」

 

ハンニンダーまでもが戸惑いの声を漏らす。

 

「まさか再び舞台に立つとは……」

 

ニジーが頭を押さえ、苦笑する。

 

二人は拳を押し返し、力強く宣言した。

 

「ウソをつかれて、ペンを盗られたエリザさんは悲しんでる!」

 

「人を悲しませるウソなんて……」

 

「「プリキュアがウソを終わらせる!!」」

 

響き渡る声。

この世界の嘘をなくすため、未来を守るため――

名探偵プリキュアが希望を呼び覚ます。

 

二人はジュエルキュアウォッチを取り出し、針を一周させる。

 

輝きが溢れた。

 

地面を蹴り、一気に突撃。

 

「「これが私たちの……アンサーだあああああ!!! 」」

 

拳が胴体を貫いた。

 

――爆発。

 

「「キュアット解決!」」

 

「ハン……ニン……ダー……」

 

浄化されたハンニンダーは弱々しく消滅し、輝きを取り戻したマコトジュエルが空中へ舞い上がる。

 

「ポチポチ!キュアキュア!」

 

ポチタンの胸の宝石にかざすと嬉しそうにはしゃぐ。

ジュエルは宝石の中へ吸い込まれ、わずかに力が戻ったようだった。

 

「次のショーでまた会おう」

 

今回は敗北を認めたのか、悔しさも見せず、ニジーは煙幕とともに姿を消した。

 

同時に――

インクに染まっていた木が何事もなかったかのように元へ戻る。

 

「木が戻った……証拠を残さず消え去るってわけか……」

 

「『怪盗は逃亡する際、痕跡を一切残さない』って聞くから……」

 

「ああ、そういうことだろうな」

 

ペンは取り返せた。

けれど――

 

怪盗団ファントムの厄介さを、改めて思い知らされる。

 

私とジェットは、素直に安心することができなかった。

 

 

_______________

 

 

 

「はい!」

 

差し出されたそれを見た瞬間、エリザの表情がぱっと明るくなった。

 

「私のペン……!」

 

パティスリーチュチュに戻り、取り返したガラスペンを手渡すと彼女は大切そうに両手で包み込み、瞳を輝かせる。

 

まるで宝物を取り戻した小さい子供のような笑顔だった。

 

「犯人は取り逃がしましたけど……」

 

みくるが申し訳なさそうに言うと、私も肩をすくめる。

 

「まあ、あれを捕まえるのは至難の業だよ」

 

ニジーの厄介さを思い出すだけで頭が痛くなる。プリキュアが二人がかりでも簡単には捕まえられないだろう。

 

――きっと、これからも現れる。

 

また盗みを働き、また私たちの前に姿を見せるに違いない。

 

「でも戻ってきたから!ありがとう!」

 

それでもエリザは満面の笑みで頭を深く下げた。

 

失った物が戻ってきた。

それだけで十分だと伝えるように。

 

「新作がんばってください!」

 

あんなの励ましの言葉に、

 

「うん!」

 

エリザは力強く頷いた。

 

こうして今回の事件は、無事解決を迎えたのだった。

 

 

_______________

 

 

 

事務所に戻ると、ジェットはやけに派手な装丁の本を二冊取り出した。

そして何気ない動作であんなとみくるへ手渡す。

 

「それ、やるよ。『プリキットブック』――名探偵の証だ」

 

「?」

 

受け取った二人は顔を見合わせる。

手帳にしては大きすぎるし、かといって普通の本とも違う。何に使うものなのか理解できていない様子だった。

 

「勘が悪いな……認めてやるって言ってるんだ。事務所も好きに使えよ」

 

「ありがとう!」

 

「やったねみくる!」

 

無邪気に喜ぶ二人。

その光景を、私は少し離れた場所から呆然と眺めていた。

 

――プリキットブックはプリキュアの証。

つまり、私には関係のない話。

 

……事務所も、きっと自由に使えるわけじゃないんだろうな。

 

(くっ……これが格差社会か……)

 

一人で勝手に落ち込んでいると、

 

「おい……お前も事務所、使っても良いぞ」

 

「やっぱりダメで……え?」

 

思わず間の抜けた声が出た。

予想外の言葉に頭が追いつかない。

 

「名探偵プリキュアの仲間なんだろ?それにプリキュアじゃないからってだけで追い出すほど非道じゃねーよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「ポチ!」

 

許可をもらった途端、あんなとみくるがこちらに親指を立ててグッドサインを送ってくる。

胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。

 

「私たちで困った人たちを助ける。マコトジュエルを守って、ポチタンも元に戻して、そしたらあんなも元の時代に!」

 

サンルームへ歩み出たみくるが高らかに宣言する。

差し込む太陽光を背に、その姿は眩しく見えた。

 

「うん、でも私決めちゃったんだ。みーんなを助けるって!!」

 

「うん?」

 

「ウソで覆われた世界なんて嫌だから。私、みくると一緒に名探偵プリキュアとしてがんばる!戻るのはその後!」

 

あんなもサンルームへ進み、みくるの前に立つ。

太陽に照らされる二人は、まるで同じ光を放っているみたいだ。

 

「あんな……」

 

「よしお前ら、名探偵プリキュアとしての証をプリキットブックに書け」

 

ジェットはさらに、大きなペンの形をした不思議な道具を渡す。

試しに本の模様に沿って走らせると――

 

白紙だったページに、二人の顔写真と本名が浮かび上がった。

 

名探偵プリキュアとしての証が、確かに刻まれる。

 

「よし、じゃあ改めて。ようこそ、キュアット探偵事務所へ。名探偵プリキュア」

 

ジェットが二人と向き合い、正式に迎え入れる。

あれほど疑っていた彼が今ははっきりと認めていた。

 

「よろしくね、ジェットさん!」

 

「ジェットさん??」

 

少し不満げな表情を浮かべるジェット。

 

「もっと先輩にふさわしい呼び方があるだろ?ちなみに、みのるはちゃんと正しい呼び方だったぞ?」

 

ジェットの年齢は222歳、最低でも人間の寿命の22倍以上は生きている。しかし、あのときの二人はジェットの年齢の話を聞いていなかったのであんなとみくるはジェットの年齢を知らない。

 

「あ、先輩!」

 

「ジェット先輩!よろしくお願いします!」

 

「……よろしく!」

 

満足したように微笑み、差し出した腕。

三人は握手を交わした。

これから、きっと長い時間を共に過ごすことになるのだろう。

 

太陽の光に包まれる三人。

その輪から少し離れた日陰で、私はその様子を見つめていた。

 

胸の奥が、なんとなくモヤモヤする。

 

ただの嫉妬――

そう言い切れれば楽なのに。

 

どうしてか、言葉にできない寂しさが残っていた。

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