かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
その小学生の男の子は、あんなとみくるに声をかけた。
不思議なことに、その声にもどこか聞き覚えがある。
「えっ……うん。ちょっと探し物してて」
あんなとみくるはこの違和感を感じていないみたい。
私も確かに違和感はある。
でも、どこで見たのかなぜか思い出せない。
記憶の引き出しを引っ張るほど、するりと逃げていく。
「へぇ~、わあっ!?」
「勝手にうろついてんじゃねぇ!」
男の子の短い悲鳴が上がったかと思えば、スーツ姿の男性がその小さな体を片手で軽々と持ち上げていた。
乱暴そうな見た目に反して、どこか慣れた手つきだ。
その男性の横に立っている女子高生にも、なんとなく見覚えがある。
「コナンくん、迷子になったら大変でしょ」
「ごめんなさい……探偵のお姉さんたちが気になっちゃって」
絶対にどこかで見たことがあるのに思い出せない。
コナンくんという名前も、どこかで聞いたような気がしてならない。
——もうキリがないからこれ以上考えるのはやめよう、と私は静かに思考を打ち切った。
「探偵って……」
「どうしてわかったの?」
あんなとみくるが驚いたように声を上げる。
そうだ、そこが引っかかっていた。
この男の子は、二人を一目見ただけで探偵だと見破ったのだ。
「だって、変わった形だけど虫眼鏡でしょ?探し物で虫眼鏡とか如何にも探偵って感じだし、それに警官がいっぱいいる中で注意もされないし、きっと有名な探偵さんなんだよね?」
この子の言動、明らかに普通の小学生ではない。
低学年くらいの見た目なのに観察力が高く、それでいて警察のことを「おまわりさん」ではなく、「警官」と呼んでいる。
——この子、本当に小学生?
「いや~有名だなんて~」
有名な探偵さんという言葉を聞いた瞬間、みくるが海藻みたいにフニャフニャになる。
こういうときに限ってしっかりしてほしい、と思いながら見ていると、あんなはこんなときこそ自己紹介のチャンスとばかりに名刺をさっと取り出して男の子に差し出した。
「はなまる正解!私たち、キュアット探偵事務所の探偵なの!」
「明智あんなです!」
「小林みくるです!」
二人が元気よく名乗る。
その様子を少し離れたところから眺めながら、私はいつものように一歩引いた位置に立っていた。
ところが、男の子の視線がすっと私の方へ向いた。
「……あれ、後ろにいる人は?」
「「え?」」
あんなとみくるが同時に振り返る。
二人が私の存在に今さら気づいたと思ったら、間も置かずに二人揃って無言でこちらへ歩いてきた。
その無言の圧が、じわじわと迫ってくる。
「え、ちょっと……?」
どちらかが何か言う前に私の腕が掴まれ、半ば強引に引っ張られる。
「もーう!そんな離れなくていいからこっち来て!」
「そうだよ!自己紹介のときに自分を下に見るのは禁止!」
——ずっと気にしてたんだ。
どうやらバレていたらしい。
二人が自己紹介をするとき、私はいつの間にか距離を取ってしまう癖がある。
自分は探偵じゃないから、二人と並ぶのが少し気が引けてしまうのだ。
それだけのことなのだが、二人にとっては看過できないことだったようだ。
「……わかった」
引っ張られるままに前に出て、私は小さく息を吐いた。
「花崎みのる。一応、助手を担当してます」
探偵ものでイメージするような助手っぽいことはあまりやっていないけれど、まあ、そういうことにしておこう。
私が名乗ると、男の子たちも自己紹介を始めた。
「ボク、江戸川コナン!」
「私は毛利蘭、よろしくね」
「名探偵の毛利小五郎だ」
やっぱりどこかで聞いたことがある名前だ。
小五郎という名前が耳に届いた瞬間、みくるが素っ頓狂な声を上げた。
「えぇ!?ま……まさか、あの眠りの小五郎!?」
「誰?」
「まるで眠っているように推理してどんな難事件でも解決しちゃう名探偵、眠りの小五郎だよ!」
一気にまくし立てるみくるに、毛利さんはみるみる上機嫌になる。
「フッフッフッフッフッ……こんなお嬢ちゃんにも知れ渡っているとはな!フハハハハ!」
すごい笑い方をする人だな。
隣を見ると、コナンくんが呆れたような表情で毛利さんを眺めている。
ちなみに毛利小五郎という人物については、以前みくるから少しだけ話を聞かせてもらっていた。
まるで眠っているような状態から見事な推理を披露する、不思議な探偵なんだとか。
その本人がこの人なんだ……なんか、意外。
「どうしてまことみらい市に?何か事件が!?」
「何で嬉しそうなの?」
みくるも探偵の悪い癖が出てしまっている。
平和なのが一番だとはわかっていても、事件が起これば探偵が活躍できるというこの皮肉な状況が、なんとも言えない気持ちにさせる。
「ああ。なんでも、街に怪獣が出るらしくてな」
「それを調査しに来たの」
この街に出てくる怪獣、ということはもしかして——。
「ハンニンダーのこと!?」
「プリキュアの姿が見られたのかも?」
「ポチー!」
三人が顔を寄せて声を潜める。
でも私は内心で少し考え込んでいた。
ハンニンダーは召喚された瞬間に周囲の人を認識できなくさせる結界を張るはずなので、普通の人に気づかれることはないと思うのだけど、どうなんだろう。
もしハンニンダーのことが出回っているとしても、都市伝説程度の話題であればまだいい。
最も回避したいのは、ハンニンダーの存在が街中に知れ渡ってパニックになることだ。
「ところで、何を探してたの?」
「「えっ?」」
脱線しかけた話題をコナンくんがすっと引き戻す。
あんなとみくるは慌ててポチタンを隠しながら、元の方向へ向き直った。
_______________
「これが盗まれたのか……」
「うん」
美術館の入口に貼られたポスターの中央には、『12時のわすれもの』という文字がデカデカと印刷されていた。
ファントムが狙ったということは、当然マコトジュエルが宿っているのだろう。
「……で、現場に残っていたのはスタッフや美術館オーナーの持ち物だけねぇ……」
「うん。バッグとかリュックとか……」
現場に残されていたのは、それくらいのものだった。
展示室の中はあんなとみくると警察が徹底的に調べ上げたけれど、有力な手がかりは何一つ見つからない。
それでも頭を捻れば何かわかりそうな気もするのだが……。
「なるほど……」
——ん?
コナンくんの口から、小学生とは思えない低い声が漏れたような気がした。
聞き間違いだろうか。
私はそっとコナンくんの横顔を窺った。
「……けどすごいよね!犯人は短い時間でどうやって本物と偽物を見分けられたんだろう?」
「確かにどうしてだろう?」
「「うーん……」」
コナンくんはすぐにいつもの調子に戻って話し始めた。
でも、その話し方がどうにも引っかかる。
まるで僅かな情報からすでに犯人への手がかりを掴んでいて、こちらにヒントを与えているような口ぶりだ。
やっぱりこの子、ただ者ではない。
とりあえずそのヒントをもとに考えてみる。
ガラスの靴を一瞬で見分ける方法は——あ、わかった。
「……あ、そういうこと」
「みのるわかったの!?」
「ほら、思い出してみて。展示品を扱う際にジェット先輩に言われたことを」
ガラスの靴の偽物は樹脂製で、温度も質感も本物とは異なる。
明確に違いがわかるのは、直接触れたときの感触だ。
作業中は全員が手袋をはめていたはずなのに、あのとき一人だけ、素手のまま散乱した展示品に触れている人物がいた。
「あっ!ピンってきた!」
「「えっ?」」
私のヒントであんなが何かを掴んだらしく、毛利さんと蘭さんが驚きの声を上げた。
今回の事件は広い視野を持ちながら細部まで注意深く観察する必要があった。
事件発生直後のパニック状態では、見落としてしまうのも無理はない。
「みのる、コナンくん、ありがとう!事件解決だよ!みくる、戻ろう!」
「あ……ちょっと待って!話はまだ——」
あんなはみくるの手を引いて、足早に中へ入っていった。
コナンくんの抗議の声など聞こえていないかのように。
相変わらず、調査中でもあの二人は仲が良い。
「全く、落ち着かない二人だね。ね、名探偵くん!」
冗談交じりのつもりで言ったのに、コナンくんはかなりオーバーなリアクションを取った。
「!?」
え。……まさか図星?
この子、本当に探偵だった?
「ん?どうかしたの?」
「あ、いや……どうしてボクが探偵だって思うのかなって?」
少し混乱したようにこめかみに冷や汗をかいている。
そんなに知られたらまずいことなのだろうか。
「言動が普通の小学生じゃないからね。警察のことを警官って普通言わないでしょ?観察力も高いし、語彙力だって低学年のレベルとはとても思えないし——『まるで小学生じゃないみたい』」
「いっ……!!?」
「?」
……嘘だよね?
小学生じゃない、ということが本当にありえるのだろうか。
いや、ありえなくはないか。
大人でも身長がほとんど伸びない人だっているし。
でもこの子に限っては、何か別の要因がある気がしてならない。
「確かに、たまに難しい言葉を使ってるときがあるよね?」
「俺が話した言葉を真似してるだけなんじゃねーのか?」
蘭さんも疑問を感じているようだったが、毛利さんは自分の言葉を学習しただけだと簡単に結論づけた。
うーん、真相は闇の中、か。
「と、とにかくおじさんの事件も追わないとだし!早く行こう!」
何かを隠すようにしてコナンくんは蘭さんを連れて足早に去っていった。
気になる。
すごく気になる。
でも、本人が話したくなさそうにしているのだから、これ以上追いかけるのはやめよう。
それよりも今は、事件の解決を優先しなければ。
私は小さく息をついて、あんなとみくるの後を追った。
_______________
警備室に足を踏み入れると、あんなとみくるはすでに中にいて、防犯カメラの映像を食い入るように見つめていた。
「樹脂の靴を使った理由は、落ちても割れないだけじゃなかった。本物と偽物を区別するために使っていたんだ」
「「え!?」」
大正解
見た目はどれほど精巧に作っても、素材が違えば感触までは再現できない。
このガラスの靴の偽物こそが、事件最大の手がかりだったのだ。
「触った時の感じが、ガラスは樹脂よりも冷たいから……」
「なるほど、触って調べるなら……」
今のあんなはまるでゾーンに入ったように思考が加速している。
珍しいことに、いつも勘の鋭いみくるがその速度についていけなくなっている。
隣に立っている警部さんも呆然とした顔で二人を見ているので、もう少し頑張ってください、と心の中でだけ声をかけた。
「そういうこと!あっ、止めて!」
あんなの鋭い声に、警備員が素早く手を動かして映像を一時停止する。
画面の中に映っているのは、その場にいた全員の中でただ一人、手袋をはめていない人物の姿だった。
「犯人がわかった!」
小学生の探偵さんに助けてもらったとはいえ、わずかなヒントだけでここまで一気に辿り着いてしまった。
流石は名探偵プリキュア——どんな謎も、はなまる解決してしまう。
後はジェット先輩たちがいるいつもの事務所に戻るだけだ。
犯人は、そこにいる。
_______________
【るるかSide】
「ふーん……あの子、面白いわね」
「何かわかったの?」
適当に後をつけ、気になっていた小学生の様子をしばらく観察していた。
見ているうちに、なんとなくわかってきたことがある。
「あの子。小学生に見えるけど、彼の本来の姿は小学生じゃないのかもしれない」
「どういうこと?」
「………」
マシュタンの問いに私は答えなかった。
自分でもよくわからないことを言っているという自覚はある。
でも、なんとなくそんな気がしてならないのだ。
あの男の子、見た目は小学生でも、言動があまりにも小学生離れしている。
本人は隠しているつもりなのだろうけど、私には筒抜けだ。
小学生はあんな話し方をしない、絶対に。
ということは、本当は小学生じゃないのでは——そう感じてしまう。
プリキュアや妖精といった非現実的な存在が当たり前にいる世界なのだから、それくらいのことがあっても不思議じゃない。
「……後はニジーに任せましょう。私たちはアイスを買いに来たんだから」
「教えてくれても良いのに……まあいいわ。今日一日は休みだから、アイスでも食べてのんびりしましょう」
ごめんねマシュタン。
ニジーがあの状況でどうやってマコトジュエルを持ち帰るつもりなのかは気になるけれど、せっかくの休みをニジーの追跡で終わらせるのはなんか嫌だ。
だからこれ以上はニジーに任せて、私は休日を楽しむことにする。
「……ジャック?」
「え?」
「あそこにジャックがいるわ!」
マシュタンが突然声を張り上げる。
視線を向けると、向こうの道路をジャックが歩いているのが見えた。
ルートからして美術館を出た直後といったところだろうか。
ということは、今回はニジーとジャックが手を組んでいる?
「……また面倒なことが起こりそう」
「ジャックが気づく前に早く行きましょ。変に絡まれたらせっかくの休みが台無しだし」
「うん」
ジャックまでいるとなると状況はより混沌を極めそう。
これ以上うろうろしているのはやめて、さっさとアイスを買いに向かった。
名探偵プリキュアがジャックに対してどう動くのか、気にならないと言ったら嘘になる。
でも私は、アイスを食べてのんびりする方が好きだ。
_______________
【みのるSide】
玄関のベルが激しく鳴り響いた。
私とみくるはあんなに引きずられるようにして、ジェット先輩たちがいる地下の研究室まで猛ダッシュ。
あんなってこんなに体力あったっけ。
アドレナリンのせい?
「犯人がわかりました!」
「はぁ……はぁ………」
「はぁ……はぁ……死ぬ………はぁ……誰か……水……」
研究室ではジェット先輩と新堂さんと宝生さんが作業をしていた。
三人があんなとみくるの声に立ち上がる。
私は壁に手をついて、ひたすら息を整えることに集中していた。
「「犯人は、あなたです!」」
二人の人差し指が、揃って美術館のオーナーである宝生さんへと向けられた。
言われてみれば引っかかる場面はあった。
宝生さんが権力を使って荷物検査をスルーさせた理由も、今となっては納得できる。
「あ……私が!?」
「はい。犯人はガラスと樹脂を区別するために手袋をしていなかった。12時のわすれものを探していたとき、手袋をしていなかったのはあなただけだった!」
手袋をしていれば、感触も温度も伝わりにくくなる。
展示品が散乱した中で宝生さんは確かに、12時のわすれものが置いてあった場所の近くを探していた。
そしてその一部始終を、防犯カメラはしっかりと記録していた。
他のスタッフが全員手袋をはめながら散乱した靴に触れていたのに対して、宝生さんだけが素手だったのだ。
「あなたはみんなが慌てている中、12時のわすれものを目の前にあったジェット先輩のリュックに入れた!」
スタッフが宝生さんの近くへ移動した僅かな隙を狙い、真後ろに回り込んだ瞬間にリュックの中へ。
これで目立ちやすい服の中に隠すというリスクを負わずに済む。
後は自分の荷物検査が行われないよう圧力をかければ、簡単に美術館の外へ出られる。
オーナーという立場なら、周囲の防犯設備を一時的に解除するよう指示することだってできるだろう。
「12時のわすれものは、ここに!」
床に置かれているリュックの中に、本物のガラスの靴——12時のわすれものは入っているはずだ。
「あれ?ない……」
しかし、リュックを開けてもガラスの靴は見当たらなかった。
どれだけ探しても、ちょっとした道具が入っているだけで、肝心の物は何もない。
「よく見た?」
「うん……」
犯人が宝生さんであることは間違いない。
だけど盗まれた物を見つけられなければどうにもならない。
どこかに隠した可能性が出てきた。
「犯人なんてあんまりですわ!」
容疑者にされたことで宝生さんが不機嫌そうに声を上げる。
そのとき、玄関の方からまたあの聞き覚えのある声が響いてきた。
「すみませ~ん!」
一階へ上がると、さっきの三人が事務所の玄関で立っている。
怪獣の調査はもう片付いたのだろうか。
「あ!コナンくん!」
「名刺に住所が書いてあったから」
「コナンくんがどうしても来たいって……」
そう言いながら、コナンくんは名刺を取り出す。
確かに端の方に、小さくこの事務所の住所が印刷されていた。
わざわざここまで来た理由は、おそらく事件の内容が気になったからだろう。
そうでなければ、小学生がこんな場所に来たいなんて言い出すはずがない。
「おじさんの事件も解決したしね」
「結局怪獣の正体は、映画の撮影の着ぐるみ。……ったく、人騒がせな……」
なるほど、怪獣の正体は着ぐるみだったらしい。
遠くから見た誰かが勘違いしたのだろう。
ハンニンダーとは何の関係もなかった。
「ハンニンダーじゃなかった……」
「こっちはひと安心だね」
「ポチ~」
「肝心の事件は全然安心できないよ」
ハンニンダーの心配はなくなった。
でも事件はまだ解決していない。
盗まれた12時のわすれものがどこに隠されているのか、それを突き止めなければ何も終わらない。
「それで調査はどうなの?」
「えっ!?うーん……」
「残念ながらこんな調子で……」
犯人がわかったときあれだけ勢いに溢れていたあんなが今は完全にしぼんでいる。
今回のファントムはなかなか手強そうだ。
_______________
コナンくんたちも交えて、研究室で考えをまとめていく。
12時のわすれものを盗んだのは宝生さんでほぼ間違いない。
防犯カメラに手袋をはめていない姿が映っていたのが証拠だった。
宝生さんはそれをこっそりジェット先輩のリュックに忍ばせて美術館を出て、事務所へと向かった。
だけど盗まれた物は見つからないまま、今に至る。
「作品はリュックの中になかったのか……」
「そうですの!人を犯人呼ばわりするだなんてあんまりだと思いません!」
犯人扱いされたのがよほど悔しかったのか、宝生さんはずっと不機嫌なままだ。
新堂さんが隣で宥めている。
「これ、展覧会に使うんですか?」
蘭さんがカウンターに置いてある丸い水槽に気づく。
中には水が満たされていて、部屋の電灯の光を受けてきらきらと輝いていた。
これも新堂さんの作品らしい。
「はい。その予定でしたけど……」
「とっても素敵ですね……」
展覧会が開けないまま落ち込んでいる新堂さんに、蘭さんが気を遣ったのか、ぽつりと作品の感想を呟いた。
それを聞いた新堂さんの表情に、少しだけ笑みが戻る。
「透明に宿るストーリー、そのテーマに合わせたんだ」
新堂さんは各作品にテーマをつけて製作している。
この水槽は「透明に宿るストーリー」というテーマをもとに作られたものだという。
水槽の中の水は、光とガラスの反射によって常に形を変え続けている。
その水そのものが一つの物語のように、様々な姿を内側に隠しているのかもしれない。
……ん?
……隠す?
確か、水槽や透明な容器に入った水にある液体をある割合で混ぜると、中のものが完全に見えなくなるという現象があった気がする。
「透明……」
もしそうだとしたら——。
研究室の棚に視線を向けると、液体の入った容器が二つ並んでいるのが見えた。
なるほど、これで謎は解けた。
全く、ファントムも随分と凝ったことをしてくれる。
「……そういうことか!」
「「『12時のわすれもの』はあそこだ!」」
コナンくんとあんなとみくるも同じ瞬間に真相へ辿り着いた。
一気に場の空気が動く。
後は恒例の推理でファントムを問い詰めていくだけだ。
「犯人は、やっぱり宝生さんです」
「はぁ……証拠はあるんですの?」
「あります、そこに」
みくるが水槽へ視線を向ける。
一見何も入っていないように見えるその水槽に、実はある科学的なトリックが仕掛けられているのだ。
「聞いたことありませんか?ガラスはサラダ油の中に入れると見えなくなるって」
「えっ!そうなんですか?」
サラダ油にガラスを沈めると消えたように見える——確かに有名な話だ。
テレビで見た記憶がある人もいるかもしれない。
「サラダ油?」
「それの応用です!」
ただ、水槽の中の液体はドロドロしていないし、無色透明。
入っているのは油ではない。
研究室の棚にある、あの二つの薬品だ。
「どう見ても違うだろ。サラダ油って黄色いし」
「なっ!でも……でも……透明なサラダ油があるかも!」
「ここにそんなのないだろ!」
やっぱり名探偵の二人には難しすぎる事件だ。
ある程度の知識がないと厳しいかもしれない。
でも、どうわかりやすく説明すればいいだろうか……。
「二人とも落ち着いて!」
あんなが混乱するみくるとジェット先輩を止めようとした、その瞬間だった。
ピシッ、と何かが刺さるような鋭い音が聞こえたと思ったら、急にあんながまるで目を回したようにフラフラになり、足元がおぼつかなくなった。
「た……しかに……すいしょうのなはに~……」
倒れそうになりながらも倒れないという絶妙なバランスを保ちながら、近くの椅子に吸い込まれるようにそのまま座り込んで目を閉じたまま動かなくなってしまう。
「あんな?」
「……いきなり寝た?」
様子がおかしい。
さっきまで普通だったし、眠そうな気配なんてまるでなかったのにどうして急に。
それに、さっき確かに何かが刺さったような音が微かに聞こえていた。
麻酔か何か仕込まれた?
こんな一瞬で意識を失うとなると、手術で使うような強力なものくらいしかない。
ファントムの妨害だろうか。
それに、いつの間にかコナンくんの姿が見当たらない。
どこに行ったんだろう。
「おーい」
みくるがあんなに手を振って反応を確かめようとしたとき。
「確かに、水槽の中にサラダ油を入れて隠した……普通ならそう考えるでしょう」
「喋った……!?」
眠っているはずのあんなが突然喋り出したのだ。
目を閉じたまま、口も動いていないのに。
「こいつどうしちまったんだ?」
「あっ!!もしかして……!?ね、眠りのあんな!」
「眠りの小五郎ならぬ、眠りのあんなって……」
眠りのあんな。
それって、みくるが前に言っていた眠りの小五郎みたいな感じ?
本当に眠りながら推理ができる……なんて、そんなわけあるの?
眠っているから腹話術もありえない。
絶対に誰かが声を真似て喋っているように見せかけているはずだ。
となると、突然姿を消したコナンくんが一番怪しい……。
「なんかお父さんみたい……」
蘭さんの横では毛利さんが得意気に胸を張っている。
でも今の光景を見ていると、本当に毛利さん自身が推理しているのかどうかがわからなくなってくる。
そんなことを考えているうちに、眠りのあんなは推理を始めた。
「水槽の中の液体は、エタノールとベンジルアルコールを混ぜたもの」
「エタノール??ベンジルアルコール??」
みくるは全然理解できていないようだけど、その二つの薬品は意外と身近なところで使われている。
名前だけ聞くとわかりにくいが、日常生活の中で割とよく関わる素材や薬品というのは、案外たくさんあるものだ。
「エタノールはお酒の主成分や消毒液として広く利用されている揮発性の無色透明な液体で、アルコールの一種。ベンジルアルコールはほのかに甘い花のような香りを持つ同じく無色透明の液体で、化学系溶剤から化粧品、医薬品まで非常に幅広い分野で利用されてる薬品だよ。ちなみに消防法の第4類第三石油類危険物に該当する液体で……」
「わかった!わかったから!これ以上はいいから!」
まだ話すことがあったのに……ちょっとわかりにくかったかな。
「それならプリキット作りで使うからここにあるけど……」
ジェット先輩が棚からエタノールとベンジルアルコールの容器を取り出した。
そう、部屋を見渡したときにちょうどその二つが目に入ったから閃いたのだ。
……というか、プリキット製作のどういう場面でエタノールなんか使うんだろう。
そこが一番の謎だ。
「ガラスや液体のような透明なものを光が通過する時、光が曲がり屈折する」
「……!」
「……で、光がどのくらい曲がるかを表した数値を『屈折率』というの」
ガラスや水は形や状態によって光の曲がり方が大きく違うから、中に物を入れると歪んで見えることが多い。
水槽が原因で起こる収斂火災も、太陽光が水槽の水やガラスによって屈折し、レンズのように光を一点に集中させることで焦点にある可燃物が発火する現象だ。
実際に気になって調べたことがある人もいるかもしれない。
「クククク……クッセツリツ!??」
「いつものあんなじゃない!!」
「ポ、ポチ!?」
普段のあんなとはかけ離れた言葉が次々と飛び出すことにみんながざわついている。
でも考えてみれば、そこまで難しい話でもない気がする。
「理科で習うでしょ?忘れたの?」
「いやいきなり聞かれてもわかんないから!」
「何でお前は冷静でいられるんだよ!?」
全部知っていることだから驚かないだけだ。
ただ、なぜこういう知識ばかり頭に入っているのか、自分自身のことが一番わからない。
「屈折率が同じ物質どうしでは屈折が起こらない。エタノールとベンジルアルコールをある割合で混ぜ合わせた液体にガラスを入れれば見えなくなる」
ちなみにその割合はかなりシビアで、少しでも量を間違えるとうまくいかない。
ということはファントムは目分量で奇跡的に配合を成功させたことになる。
なかなかやるものだ、と思わずにはいられない。
「エタノールを約22%、ベンジルアルコールを約78%の割合で混ぜたこの混合液にガラスの靴を入れると、ガラスと液体の屈折率差が小さくなる。するとスネルの法則により光が曲がりにくくなり、反射率の式により表面反射が減る。そして輪郭が消え、背景と同化するという流れで、ガラスの靴が見えにくくなる。これで良いんだよね?」
「す……すごいね。みのる……」
一応あんなの言葉を補足してまとめてみたら、なんかドン引きされた。
「すごく難しい言葉が飛び交ってる~???」
みくるは完全についていけなくなり、とうとう目を回している。
知識が豊富なみくるでも流石に無理だったか……。
「まあとにかく、12時のわすれものはこの中に……ある!!」
気を取り直して、トリックがわかればあとは水槽の中から取り出すだけだ。
みくるが手袋をはめて水槽に手を入れると、何も入っていないように見えるその液体の中から、まるで魔法のように本物のガラスの靴がゆっくりと姿を現した。
「「「「!!」」」」
巧妙なトリックを使っていたものの、小さな探偵の助太刀もあってマコトジュエルを奪うという企みは失敗に終わった。
「私たちが来たと知って、リュックの中にあった12時のわすれものをエタノールとベンジルアルコールを混ぜておいた液体に入れて隠した!そういうことだよね、あんな!」
「うん、みくる!」
みくるが簡潔に流れを説明すると、宝生さんの表情が悔しそうに歪む。
もう自分で犯人だと教えているようなものだ。
「水槽の前で作業をしていたのは宝生さんだけだ」
「犯人は宝生さん、あなただ!」
ジェット先輩の証言も加わり、犯人はついに宝生さんだと確定。
あんなの鋭い声が室内に響き、空気が一気に変わった。
「うふふっ……ブラボー!」
次の瞬間、宝生さんが服を脱ぎ捨てる。
「なんかいつもと雰囲気が違ったけど、ご名答だよ名探偵!」
ニジーだ。
相変わらずの調子だけれど、マコトジュエルが宿っているはずの12時のわすれものはニジーの手にはなく、みくるが大事そうに抱えている。
「しかし、最後に勝つのはこのボクさ!」
ニジーがみくるに飛び掛かった。
みくるは反射的に後ろを向いて守ろうとするが、妖精が相手では簡単に奪われてしまう。
「待って!」
「退いてもらおうか!!」
私がニジーの前に立って制止しようとしたが、それで止まるはずがない。
——まずい、突き飛ばされる。
そう思った瞬間だった。
「ふっ!!」
側で様子を見ていた蘭さんが凄まじい速さで間に割って入り、私を抱き寄せながらニジーの腕を鮮やかに受け流した。
「……な!?」
これにはニジーも驚愕。
今の動き、明らかに普通の人のものじゃない。
ごく普通の女子高生といった雰囲気の蘭さんだが、今の佇まいは完全に武道を極めた者のそれだ。
わずかな動きだけで、相当な実力者だと理解できた。
「みくるちゃん、みのるちゃん、下がってて!」
「は……はい」
「うん……」
言われるがままに後ろへ下がる。
ジェット先輩もそっと私とみくるを庇いながら前に出て、守ろうとしてくれていた。
「邪魔をしないでもらおうか!!」
今度は蘭さんを狙って襲いかかるニジー。
しかし蘭さんは怯むどころか、しっかりと構えを取って思い切り拳を突き出した。
「はぁぁ!!ふっ!!」
「いっ!!?」
予想外の反撃に間一髪でニジーが回避するも、蘭さんは片足を軸にしてそのまま回転し、豪快な回し蹴りをお見舞いした。
「えいやぁぁぁぁ!!」
「ぐっ!?ああぁ!!……うっ!!」
咄嗟に腕で防御したニジーだったが、蹴りの威力が強すぎてそのまま壁までぶっ飛ばされた。
まるで砲弾のような一撃。
何度も私たちを苦しめてきたニジーが、信じられないほどあっさりと倒されている。
「ふぅ……」
「「「「……………」」」」
なんだこの女子高生、強すぎる……。
戦い方を見るに恐らく空手の有段者なのだろうけど、妖精をぶっ飛ばすとはとんでもない人なんじゃないか。
みくるも、ジェット先輩も、私も、目の前の光景がすぐには信じられなかった。
変身していない。
プリキュアでもない。
それなのに、怪盗団ファントムを制圧してしまった。
蘭さんは構えを解いて平然としている。
その姿を見ると、むしろニジーの方が被害者に見えてしまうほどだった。
ニジー床に倒れたままぴくりとも動かない。
「まさか……生身でファントムを倒すとは……」
「す、すごい……」
プリキュアでも苦戦する相手を普通の人間が倒してしまうなんて、常識が音を立てて崩れていくような感覚だった。
——だが衝撃は立て続けに起こってしまう。
「バコォォォォン!!」
「「!!」」
突然、とんでもない爆音が響いた。
壁でも崩れたのかと思うほどの衝撃。部屋全体が震えたように感じた。
「っ!?」
振り返った瞬間、視界の端を何か巨大なものが横切る。
——扉だった。
部屋の出入口についていたはずの扉が、信じられない速度で吹き飛び、回転しながら室内を横断していく。
「えぇぇぇぇぇっ!?」
みくるの悲鳴が響く。
扉は壁に激突し、轟音とともに停止。
木片がぱらぱらと床に落ち、全員の思考が止まった。
何が起きたのかわからない。
誰も言葉を発せない。
そして——。
扉が消えた入口から、一人の少女がひょこっと顔を覗かせた。
「ニジー、そろそろ迎えに……」
聞き覚えのある声に、背筋が凍る。少女は室内を見渡した。
「あれ?」
首を傾げる。
黒髪で、かわいらしくも不気味な雰囲気。
いつもの無邪気そうな笑顔。
「ジャック!!?」
みくるが叫んだ。
さっきまでの勝利ムードが一瞬で吹き飛ぶ。
「こんな時にマジかよ……」
蘭さんが鋭い視線を向けている。
私の心臓も嫌な音を立て始めた。
よりによってまたこんなタイミングで一番来てほしくない人が来てしまった。
ジャックはそんな私たちの反応を気にした様子もなく、のんびりと室内へ入ってくる。
そして床に転がるニジーを発見した。
「ん?」
数秒の沈黙。
ジャックはしゃがみ込み、倒れているニジーの顔を覗き込んだ。
軽く頬をつついてみるが、ニジーは呻きながらぐったりしたままだ。
その様子を確認したジャックの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「へえ……」
楽しそうだった。
怒っているわけでもない。
焦っているわけでもない。
まるで面白いおもちゃを見つけた子供のような声。
ジャックは立ち上がり、私たちを順番に見回した。
みくる、あんな、ジェット先輩、蘭さん、毛利さん、新堂さん——そして私。
その視線だけで、背中に冷たいものが走った。
やがてジャックは笑みを浮かべたまま、口を開く。
「誰がニジーを倒したの?」
穏やかな声だった。
優しい問いかけにも聞こえる。
だけど、その場にいた誰もが理解していた。
これは単なる質問じゃない。
最強の怪盗が、獲物を見定めている。
そんな気配が、静かに部屋の中へ広がっていった。