かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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決意の修学旅行
迷宮トレインにご招待!?


【みくるSide】

 

ここはまことみらい市の中心に位置する大きなターミナル駅——「まことみらい駅」。

 

数多くの路線と新幹線が乗り入れるこの駅の在来線ホームは、私やあんなをはじめとするまことみらい学園の生徒と先生たちですっかりごった返していた。

 

なぜ普段は駅など使わない私たちが、こんなところに揃って立っているのか。

それは、人生に数回しか訪れないであろう学校生活最大のイベントが、いよいよ幕を開けようとしているからだ。

 

隣のホームに静かに停車している列車の側面には、「修学旅行」と書かれた幕がかかっていた。

 

そう——修学旅行だ。

 

周りを見渡せば、笑顔の生徒たちで溢れかえっている。

 

「いよいよだね!まことみらい学園二年生の修学旅行!」

 

「はなまる楽しみ!」

 

あんなが目を輝かせながら声を弾ませる。

 

探偵の仕事が忙しくて、なかなか話題に出す余裕もなかったけれど——本当はずっとずっとこの日を待ち望んでいた。

 

近くにはりえとゆみもいて、二人の嬉しそうな様子を見ていると、自然と私の胸にも元気が溢れてくる。

 

修学旅行はクラスごとや班ごとに行動することが多いから、違うクラスのみのるとはほとんど会えない。

それだけが少し残念だけれど、何事もなく楽しい旅にしたい——そう、心の中でそっと願った。

 

「ポ~!」

 

「「チ~!?」」

 

私とあんなはすかさずポチタンの口をそっと押さえ、近くの自販機の影へと身を潜めた。

 

ポチタン——それがもう一つの心配事だった。

言葉を覚えてまだ日が浅いせいで、こうして突然声を上げてしまうことがある。

人の多い場所では特に気が抜けない。

 

「ポチタン、修学旅行中はずっと一緒だよ?」

 

できるだけ穏やかな声で語りかける。

 

「バレないように、大人しくしてようね。後でミルクあげるから」

 

「ポチ~!」

 

説得できたかどうかは正直わからないけれど、とりあえずしばらくは大丈夫そうだ。

 

これだけ大人数の行事で数日間を乗り切るのは、かなりハードルが高い。

でも——頑張るしかない。

 

「皆さーん、準備は良いですか~?これから班ごとに乗り込んでもらいます!返事はー?」

 

「「「「「はーい!!」」」」」

 

人混みの中、ゆみが先頭に立って大きな声をかけると、ホーム全体の視線が一点に集まり、元気な声が一斉に響き渡る。

 

「おぉーみんなもノリノリだね!」

 

先生が生徒を案内しながら、次々と車内へと誘導していく。

 

貸し切り列車だから周りの目を気にしなくていい——それも修学旅行ならではの特権だ。

 

「よ~し!修学旅行へ~」

 

「「しゅっぱ~つ!!」」

 

私たちもそろそろ列車に乗り込んだ。

 

しばらくすると、列車がゆっくりと動き出す。

 

ホームの景色が少しずつ後ろへ流れていくこの瞬間がたまらなく好きだ。

 

生徒たちを乗せた列車は、目的地へ向かってゆっくりと走り始めた。

 

この旅を、記憶に刻み込めるくらい全力で楽しむ。それが今の私たちにできる一番大切なこと。

 

 

_______________

 

 

 

軽快にスピードを上げて走る列車に揺られながら、私はあんな、ゆみ、りえと同じ席に座り、賑やかに言葉を交わしていた。

 

「遊覧船楽しみ~」

 

「お城の見学も楽しみ~」

 

修学旅行のしおりに載っている犬山城の天守、そして犬山城遊覧船。

私たちが向かう修学旅行の目的地は愛知県、そして三重県だ。

 

一日目は名古屋に到着してから東山動物園へ向かい、二日目はいま私たちが話題にしている犬山城とその城下町、それから名古屋港水族館を巡る。

そして最終日の三日目は、三重県の大規模遊園地「ナガシマスパーランド」で遊んでから帰路につく——二泊三日のなんとも豪華な内容だ。

 

「私たちが泊まるホテルって、ご飯がおいしいって評判なんだよね?」

 

「うん。夜ご飯は地元の食材を使った豪華バイキング! 凄腕の料理長なんだよ!」

 

「へえー!」

 

「いいね!」

 

ゆみはこの修学旅行に備えてしっかりと下調べをしていて、私たちが知らないことは何でも教えてくれる。

 

修学旅行といえば、夕食のバイキングは外せない。

普段ならただ食べるだけの行為でも、修学旅行の舞台に変わるだけで食事そのものが特別なイベントになる。

 

列車が走り出した頃からもうわくわくが止まらなかった。

 

「それに大浴場は天然温泉なの!入ればお肌がモチモチのツルツルになるんだって!」

 

「モチモチ~!」

 

「ツルツル~!」

 

「ポチポチ~!」

 

下からくぐもった声が聞こえてきて、私はそっと笑いをこらえた。

 

バイキングだけでも十分すぎるくらい最高なのに、天然温泉まで付いているなんて。

 

旅行を楽しめて、料理も楽しめて、美容まで良くなる——まさに一石三鳥だ。

 

「ゆみ詳しい!さすが実行委員長だね!」

 

「へへっ、張り切って調べたんだ!みんなに配ったしおりは、そのほんの一部なんだよ」

 

そう言ってゆみが取り出したしおりは、私たちが手にしている普通のものとはまるで別物。

分厚さが違う。

 

大量の付箋が貼り付けられ、開いたページにはびっしりと訪れる場所の情報が書き込まれている。

 

相当な熱意がなければ、とても書ききれない物量だ。

 

「すごい!」

 

「ここまでやってたんだ!」

 

「だって修学旅行は中学で一回しかないビッグイベントだよ!みんなに思いっきり楽しんでもらうために、事前準備はバッチリなんだから!」

 

ゆみは今回の修学旅行で実行委員長を務めている。

「全員が楽しめる修学旅行」を目標に掲げ、徹底的に準備を重ねてきたらしい。

 

犬山城などの歴史的な建物について図書館の資料で調べ上げ、先生たちにはプレゼンで理解を得て、なんと旅行会社にまで自ら足を運んで挨拶をしていたという。

その本気度は、私たちの想像とは段違いだった。

 

「一生忘れられない特別な時間にしようね!」

 

「「「「「わぁ~!!」」」」」

 

ゆみが席から立ち上がり、拳を高く掲げる。

まだ目的地にも着いていないのに、車内の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

これはゆみの頑張りだけじゃない。

クラス全体の雰囲気が温かくて、みんながこの旅行を心から楽しもうとしているからこの熱気が生まれているんだと思った。

 

窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら、私はふと思った。

 

——ここにみのるもいたら良かったのにな。

 

みのるは別のクラスだから違う車両にいる。

 

しばらくは顔を見ることも、言葉を交わすことさえも叶わないかもしれない。

 

独りぼっちで寂しい思いをしていないか、少し心配になる。

でも——ゆみがあれだけ楽しい修学旅行を考えてくれたんだ。

 

きっとみのるも楽しめているはず。

心配しすぎるのも良くないよね。

 

そう自分に言い聞かせたとき、車両の扉がスライドして開いた。

 

「まいど~、車内販売でございま~す。あぁ、麗しの車内販売!」

 

ワゴンを押しながら入ってきたのは、独特な見た目の女性。

 

やっぱり列車の移動といえば車内販売——ワゴンには軽食や飲み物がずらりと並んでいて、見るからに美味しそうだ。

 

でもお金を使うのは目的地に着くまで我慢しておこう。

 

ただ……このアテンダント、なんだか引っかかる。

女性にしては体格がかなりがっちりしているし、特徴的な髪型に、片目を覆うマスク。

 

どこかで定期的に見ているような、妙な既視感があった。

どこだろう……?

 

「あっ、UFO!」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

考えていた矢先、アテンダントが突然窓の外を指差してそう叫んだ。

 

UFO——度々世間を騒がせている未確認飛行物体が、まさかこんなところにまで!?

 

「どこ?どこ?」

 

「UFO!UFO!」

 

その一言に、車内の生徒たちが一斉に反応した。

全員が窓に殺到し、指の差す方向へ顔を向ける。

 

しかしどこを見渡しても広がるのは青空ばかり。

怪しい物体などどこにも見当たらない。

 

「あ、あれだ!」

 

「あれは鳥だよ」

 

「鳥型のUFOかもしれないだろ!」

 

結局見えたのは、空をゆったりと飛ぶ一羽の鳥だけだった。

 

アテンダントには一体何が見えたのか。

一瞬だけ捉えたのか、それとも見間違いだったのか……。

 

「いないね」

 

「もう逃げちゃったのかな?」

 

どこにも見つからない。

そろそろ席に戻らないと先生に怒られてしまう——そう思った瞬間だった。

 

「ポチ!」

 

「え?」

 

ずっと大人しくしていたポチタンが突然声を上げた。

直後、後ろからゆみの声が聞こえてくる。

 

「あれ?私のしおりがない!なんで?どこ?」

 

座席に置いていたはずのしおりを、ゆみが慌てて探していた。

確かにそこにあったはずなのに——私たちが窓の外に視線を向けたほんの隙に、消えてしまっている。

 

「フン」

 

そのとき、僅かに嘲るような笑い声が聞こえた。

 

車両の扉の方を見ると、不敵な笑みを浮かべたアテンダントの姿がそこにあった。

 

その笑みを見た瞬間、確信した。

 

——あいつは車内販売のアテンダントなんかじゃない。

怪盗団ファントムの、ゴウエモンだ!

 

「あの人まさか!?」

 

「うん!」

 

あの体格にあの特徴的な髪型、どう見ても普通のアテンダントじゃない。

 

そもそも仮面をつけている時点でなぜもっと早く気づかなかったんだろう。

修学旅行の浮かれた気分が完全に判断を鈍らせていた。

 

あの集団は時と場合を選ばない——それはわかっていたはずなのに、まさか列車の中にまで乗り込んでくるとは思ってもいなかった。

 

「ゆみ、心配いらないよ!」

 

「……え?」

 

「探偵の私たちが見つけてみせる!」

 

UFOだと騙して視線を誘導し、目撃者をゼロにするための嘘だったのだ。

 

でも——そうはいかない。

ゆみの返事も待たずに、私とあんなは貫通扉へ向かって一直線に走り出した。

 

一刻も早く取り返さないと面倒な事態になってしまう。

扉を開けて貫通路に踏み出した。

 

「やっぱりゴウエモン!」

 

「ん?」

 

変装を解いたゴウエモンが、ゆみのしおりを手に持ってそこに立っていた。

 

しおりを盗んだということは、あのしおりにマコトジュエルが宿っている。

絶対に渡してはいけない。

 

「ゆみのしおりを返して!」

 

「ふん!返してと言われて返す怪盗がいると思うか?」

 

正論ではある。

でも、そんな理屈で人の物を盗んでいいわけがない。

あんなが負けじと言い返した。

 

「思わない……思わないけど返して!」

 

「返さない」

 

「返して!」

 

「返さない」

 

「どうして返さないの!!」

 

「怪盗だから」

 

「ぐぬぬぬ……」

 

単純な言い争いでは、ゴウエモンには勝てなかった。

 

言葉に詰まるあんなの代わりに私が一言加える。

 

「ゴウエモン、逃げようとしても無駄だよ。この列車は密室なんだから」

 

「密室?」

 

「走る列車から飛び降りるのは危険すぎる。つまり——次の駅に到着するまでの三十分間、誰もこの列車から降りることはできない!」

 

高速で走行する列車から飛び降りるなんて、アニメやドラマの世界の話だ。

 

実際に試みようものなら、いくら妖精であっても自殺行為に等しい。

 

強い慣性が働いているから、着地した瞬間にバランスを崩し、地面に叩きつけられて怪我どころの話では済まなくなる。

 

走行中の列車は、ほぼ密室。

ゴウエモンに逃げ場はない。

 

「だとしたら、お前たちは運がいいな」

 

「「え?」」

 

しかしゴウエモンは焦る様子もなく、淡々と言葉を続けた。

 

「もしジャックだったら、窓を破って飛び降りていたはずだぞ」

 

「……………」

 

——ジャックじゃなくて、本当に良かった。

 

ゴウエモンの言う通りだ。

ジャックなら、マコトジュエルを盗んだその瞬間に窓を破って逃走していただろう。

 

あの戦闘力なら、走行中の列車から飛び降りることなど造作もないはず。

もしそうなっていたら、私たちはその時点で完全に負けていた。

 

「……でも今はジャックじゃなくて、ゴウエモンでしょ!」

 

気持ちを切り替えて、私は真っ直ぐゴウエモンを見据えた。

 

ジャックほどの戦闘力はない——だから飛び降りることはしないはず。

 

「そんなことはもちろん承知の上」

 

「「えっ?」」

 

「つまり——三十分間、列車の中で逃げ切ればいいってことだろ?」

 

こんな状況でもゴウエモンは涼しい顔をしている。

 

どうしてそんなに自信があるんだろう。

仮に私たちが今プリキュアに変身したら、一体どうするつもりなの——そんなことを考えていた矢先、ゴウエモンが懐から扇子を取り出した。

 

「出でよ、からくり迷路!」

 

「うわ!?」

 

掲げた扇子を地面に叩きつけた瞬間、空間が歪んだ。

周囲の景色がみるみるうちに変わっていく。

 

ごく普通の内装だったはずの列車が、まるで推理小説に出てくるようなレトロ感満載の空間へと変貌した。

 

オリエント急行を彷彿とさせるような雰囲気に、私は混乱を隠せなかった。

 

「どうなってるの!?」

 

「ポチ~!」

 

——でも、この感覚には覚えがある。

 

以前学校が謎解きの迷宮にされたとき、よく似た現象が起きた。

あのときもゴウエモンが担当だったから、間違いなく同じ能力だ。

 

「お前らをゴウエモンの迷宮トレインに招待しよう!」

 

「迷宮トレイン?」

 

気がつけば、目の前のゴウエモンはいつの間にか車掌の制服に身を包んでいる。

地味に似合っているのがなんだか悔しい。

 

「果たして次の駅に着くまでに全ての事件を解決して、このしおりを取り戻すことができるかな?」

 

冗談じゃない。

もう三十分しかないのに、そんなことに付き合っていたら逃げられてしまう。

 

「返して!」

 

「おっと!」

 

あんながしおりを取り返そうと飛び出した瞬間、私たちの間にバリケードが仕掛けられ、行く手が塞がれた。

 

「あいにく迷宮トレインにご乗車するには、切符が要るんですよ。さあ——そこに置いてある中から、本物の切符を見つけてみな」

 

「「え?」」

 

「ポチ?」

 

ゴウエモンの視線の先を追うと、私たちのすぐ横に小さなテーブルがあり、その上にゴウエモンが持っているものとよく似た切符が三枚並んでいた。

 

「切符が三枚……」

 

たった三枚。

それだけなら探すのは簡単なはずだ。

 

「こんなの簡単!車掌のゴウエモンが持ってる切符と同じものを選べばいいんでしょ!」

 

「そうだね!」

 

何十枚も何百枚も用意していないあたり、意外と優しいところもあるんだな——なんて思いかけたが、どんな事情があれ、人の物を盗んでいる時点で優しさなんて関係ない。

 

ゴウエモンが手にしている切符には、端に両側が尖った切り口があり、こう書かれていた。

 

「迷宮トレイン『迷宮ゆき』、下車前途無効、発行当日限り有効」

 

テーブルの上の三枚も、それぞれ切れ込みと文字がある。

 

見た目はほぼ同じ——でも、どこかに違いがあるはずだ。

 

・迷宮トレイン「迷宮ゆき」、下車前途無効、発行当日限り有効

 

・迷宮トレイン「迷宮ゆき」、下車前途無効、発行当日限り有効

 

・迷宮トレイン「迷宮ゆき」、下車前途無効、発行当日限り有効

 

「「え~っと……ちらっ」」

 

あんなと二人で見比べてみるけれど、どこが違うのかが全然わからない。

 

もう一度ゴウエモンの切符に視線を戻す。

やっぱり、違いが見えない。

 

「あれが本物だから……」

 

「「う~ん……」」

 

テーブルに並んだ三枚の切符を見比べてみても、ぱっと見では大きな違いが見当たらない。

 

「形や大きさはみんな同じだね」

 

「書いてある文字も同じ。本物は一つのはずだけど……」

 

うーん、何が違うんだろう。

 

細かく観察していると、あんなが切符のある部分に首を傾げた。

 

「あれ? なんでここ欠けてるの?」

 

切符の端にある小さな切れ込み。

私はそれを見て、ピンと来た。

 

「これは切り口だね」

 

「切り口?」

 

「自動改札じゃない駅では、切符を使った証拠として、駅員さんが鋏で切れ目を入れるんだよ。切り口にはいろいろな形があるの」

 

この切り口があることで誰が列車を利用したのかが一目でわかるし、不正乗車を防ぐこともできる。

 

ただ、自動改札機の普及によってこの光景は年々姿を消していて、今ではすっかり珍しくなってしまっている。

 

「それだよみくる!よく見ると切り口が全部違う!」

 

「本当だ!」

 

あんなの一言で、ようやく答えへの糸口が見えた。

テーブルの三枚の切符——切り口の形がそれぞれ異なっている。

 

一番上が尖っているもの、片方だけが出っ張っているもの、左右両側が尖っているもの、三枚ともバラバラだ。

 

「ゴウエモン車掌、もう一度切符見せて!」

 

「しょうがないですねぇ。一度だけですよ」

 

あとはゴウエモン車掌の切符の切り口と同じものを選べば解決できる——そう思ったのにゴウエモンは切符をちらりと見せてすぐに下げてしまった。

 

「短っ!」

 

「さあ、答えてください」

 

仕方ない。

わずかな記憶を頼りに考えるしかない。

 

「う~ん……」

 

「ゴウエモンの切符と同じ形は……」

 

確かゴウエモンの切符は上が尖っている形をしていたはず。

だから尖っていない一枚はまず除外。

 

残りは二択。

あとの記憶が正しければ、両側が尖っていたような気がする。

 

だとすれば——この二枚の中で、両側が尖っている切符が答えだ。

 

「これだ!」

 

「ふっ、正解。やるじゃねぇか」

 

正解したことでバリケードが消え、先の車両へと続く道が開いた。

 

「どうぞご乗車ください」

 

「「あっ!」」

 

しかしゴウエモンは次の車両の扉を開き、さっさと先へ行ってしまった。

切符の謎は、あくまでも前座に過ぎなかったらしい。

 

「これからが本番だぜ!」

 

「逃がさないんだから!」

 

「行こう!」

 

ゴウエモンを追って次の車両へ踏み込んだ瞬間、あんなは声を上げた。

 

「えぇー!?列車の中にレストラン!?」

 

「豪華列車の食堂車……映画や小説の探偵ものでよくあるシチュエーションだよ」

 

今では数少なくなった食堂がある車両。

探偵小説の定番シーンが目の前に完璧に再現されている。

 

車内には数人の乗客が食事をしていて、本当にオリエント急行に乗り込んだみたいだ。

 

——ゴウエモンの能力がここまで完成度が高いとは思わなかった。

 

すると周囲が急に暗くなり、車内の様子が何も見えなくなった。

 

「わっ!?」

 

「トンネルに入ったんだ」

 

暗闇はほんの一瞬。

すぐに電灯がともり、車内が元の明るさを取り戻す。

 

「電気がついた!」

 

ほっと息をついたその瞬間——。

 

「きゃああぁぁーー!!」

 

「「!!」」

 

車内の奥から女性の鋭い叫び声が響いた。

 

これは事件の予感がする。

探偵である以上、見過ごすわけにはいかない。

 

声のした方へ駆け寄ると、料理の前で困り果てている女性がいた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「どうされました?」

 

周囲の乗客も物々しい雰囲気を察して、女性と私たちのやり取りに視線を向けている。

 

「わ……私の……私の料理が消えましたの!」

 

「「うん?」」

 

「料理?」

 

まずは探偵の鉄則——事情聴取だ。

詳しく話を聞いて、そこから手がかりを探っていく。

 

「トリュフとフォアグラの濃厚デミグラスソース和え、極上生オクトパスですわ!」

 

えっと……つまり、生のタコ?

でも使っている食材が高級すぎる!

 

「トリュフとフォアグラ!二つともとっても高級な食材なの!」

 

「えっ、おいしいの?」

 

「わからない!食べたことないから!でも高級なの!」

 

トリュフとフォアグラはキャビアと並んで「世界三大珍味」と称されるほどの高級食材だ。

 

きっと美味しいはず——食べたことがないからわからないけど!

それを生のタコにかける料理に至っては、もっとわからない!

 

「いいね高級!美味しければもっといいよね!」

 

「早速調査を始めなきゃ!」

 

「うん!」

 

よくわからない流れのまま調査に入ることにした。

列車はトンネルを抜け、再び太陽の光が車内に差し込んでくる。

 

「料理が消えたのは、トンネルに入って暗くなった時だよね」

 

「ほんの数秒だった」

 

暗くなっていた時間はほんの一瞬。

その間にできることはかなり限られている。

 

「あの短い間にタコ一匹をまるまる食べきるのは無理」

 

「……ってことは、犯人はタコをどこかに隠したんだ」

 

犯人が別の車両へ逃げる時間もなかったはず。

つまり——この車両の誰かが料理を隠したことになる。

 

あの柔らかくて滑りやすいタコを咄嗟に隠せたことには驚くけれど、犯人がこの中にいるのは確実だ。

 

「被害者の女性以外でこの食堂車にいるのは三人。犯人はこの中にいる!」

 

食事中の男性が二人、そしてクロッシュで覆った料理を運ぶウエイターが一人。

一見しただけでは、怪しいところは見当たらない。

 

とりあえず一人ずつ話を聞いてみよう。

そこで何か気づくことがあるはずだ。

 

「おや、何か?」

 

「その瓶を見せてください」

 

あんなが黄色い髪の男性に声をかけた。

テーブルに並んだ料理には、タコを隠せそうな場所が見当たらない。

もしあの人が隠すとしたら、手元の瓶くらいだろうか。

 

「どうぞ」

 

男性は瓶をあんなに手渡し、あんなが中を覗き込む。

 

タコは軟体動物——骨がないため、わずかな隙間さえあれば簡単に通り抜けられる。

瓶の中に隠してあるかもしれないと踏んだあんなの推理は筋が通っていた。

 

「空っぽか……」

 

しかし、中には何も入っていないようだった。

 

私はあんなと手分けして、もう一人の男性に声をかけた。

 

「こちらの鞄を見せていただけますか?」

 

「どうぞ」

 

この男性で気になるのは鞄だけ。

テーブルに並んだ料理には、タコを隠せそうな隙間がどこにもない。

 

(この人がタコを隠すとしたら、この鞄くらいね……)

 

中に手を入れて探ってみると、何かが指先に触れた。

 

(何かある!?タコ?)

 

取り出してみると、私の手にあったのはスルメイカの干物だった。

 

……なんでこれがそのまま鞄の中に入っているの?

 

「イカ??」

 

「干物が好物なんです」

 

いやいや、好物でも袋にも入れずにそのまま鞄に突っ込むのはまずいでしょ。

臭いがついてしまったらどうするの……。

 

とはいえ、入っていたのはスルメイカの干物だけだった。

タコは見当たらない。

 

男性客の二人は、一旦容疑者候補から外れることになった。

 

「残りはウエイターさんか……」

 

「何かご用でしょうか?」

 

ウエイターが持っているのは、料理を覆う銀色の半球の蓋——クロッシュと、空のワイングラス。

 

怪しいとすれば、クロッシュ一択だけど……。

 

「そのクロッシュを持ち上げて、中を見せてください」

 

「良いですよ、はい」

 

あんな……クロッシュなんて正式名称知ってたんだ。

 

ウエイターはあんなの指示に素直に従い、クロッシュを持ち上げて中を見せた。

 

しかしそこには、タコどころか料理すら何もない。

文字通りの空っぽだった。

 

「何もない!」

 

「そんな……じゃあ一体誰が?」

 

犯人は絶対にこの中にいる。

どこかを見落としているはずだ。

 

ちゃんと観察すれば、答えは自ずと見えてくるはず——そう思って視線を巡らせたとき、

 

「あらいけない……ソースで服がくっついてしまったわ」

 

「くっつく……」

 

「……!」

 

被害者の女性が何気なく呟いたその言葉が、頭の中で何かを弾かせた。

 

タコは柔らかいだけじゃない——もう一つの特徴を持っている。

それを忘れていた。

 

……だとすれば、犯人はやっぱりこの人だ。

 

「わかりました」

 

「えっ?」

 

私とあんなの人差し指が、目の前の人物へと向く。

 

「「犯人は、あなたです!」」

 

「な……なぜ私が?」

 

クロッシュを持っているウエイターが、タコを隠した犯人だ。

 

クロッシュの中には何も入っていないように見える。

でも、注目すべき場所はそこじゃない。

 

「クロッシュの中をもう一度見せてください」

 

「はぁ……」

 

ウエイターが再びクロッシュを持ち上げて中を見せる。

 

当然、ただ持ち上げただけでは見えない。

 

「ほら、何もないでしょう」

 

「いえ、そうではなく……クロッシュの中、内側を見せてください」

 

「あっ……」

 

あんなの指摘を受けた瞬間、それまで強気だったウエイターの反応が明らかに揺らいだ。

 

これはますます怪しい。

ウエイターはクロッシュを持ち上げて中に何もないところを見せただけで、内側は一度も見せていない。

 

隠せる場所があるとすれば、そこしか考えられなかった。

 

「お願いします」

 

「ううぅ……」

 

私たちの追及に観念したのか、ウエイターがゆっくりとクロッシュの内側を向ける。

 

そこには一匹のタコがびったりと貼りついていた。

 

吸盤の特性を利用して、クロッシュを持ち上げても落ちないように隠していたのだ。

 

「あなたは新鮮なタコの吸盤を利用して、クロッシュの裏にタコを貼りつけたんです。クロッシュを持ち上げても見えないように」

 

「正解です……」

 

推理は大正解。

これで二つ目の謎を解くことができた。

 

「やったねみくる!」

 

「うん!」

 

「ポチ~!」

 

切符に続いて食堂車での事件を解決できた。

ほっと一息ついたとき、奥のカウンターからゴウエモンが顔を出し、次の車両へと逃げていく。

 

「なかなか楽しませてくれるじゃないか。だが次はどうかな?」

 

安心したくても、時間は待ってくれない。

次の駅の到着までもう20分を切っているはずだ。

 

早く次の謎を解かなければ、ゴウエモンに逃げられてしまう。

 

「行こう!」

 

「うん!」

 

ゴウエモンを追って次の車両へ向かい、扉を開けると——広々とした空間に、豪華なソファがいくつも並んでいた。

 

普通の客車でも豪華列車になるとここまで変わるものなのか。

 

「ない……ない……どこにもない!」

 

早速事件が起きているらしかった。

一人の男性がポケットをひっきりなしに探り、何かを必死に捜している。

 

「どうされたんですか?」

 

「居眠りしている間に、懐中時計がなくなったんだ。胸のポケットに入れたはずなのに……」

 

眠っている人や人混みの中でこっそり他人の私物を盗む、いわゆる「スリ」だ。

 

「つまり、寝ている間に誰かに盗まれたんだ!」

 

「うん」

 

プリキットブックを取り出して、まずは周囲の利用客に話を聞いてみることにした。

 

「怪しい人を見なかったかって?そうねぇ……」

 

懐中時計を盗まれた男性と向かい合う形で座っていた女性。

一番近くにいたこの人なら、何か知っているかもしれない。

 

「そういえば、その方が寝ている間に近づいた人が三人いたわね」

 

近づいた人が三人——つまり、懐中時計を盗める距離にいた人物が三人いるということになる。

 

「その三人の中に犯人がいるかもしれない!」

 

「調査しよう!」

 

早速男性に接近したという三人から話を聞くことにした。

 

まず最初に声をかけたのは、一番最初に男性に近づいたという白髪の老人。

 

「ああ、通りすがりに気持ちよさそうに眠っている男性が見えましてね。眩しかろうと思って、窓のカーテンを閉めてあげたんですよ」

 

次に、派手な髪色と服装の女性利用客に話を聞いた。

 

「私は隣の食堂車に行くのに通りかかったんです。床に落ちてた帽子を拾って、隣の座席に置きました。それが何か?」

 

最後は、車内検察のために車両に来ていた車掌さんだ。

 

「はい、切符を確認しに参りました。でもお休み中でしたので、毛布をお客様の膝にかけて、その場を後にしました」

 

三人の発言にはどこにも引っかかるところがない。

 

「一人はカーテンを閉めて、一人は帽子を拾い、一人は毛布をかけた……。みんなすごくいい人だね!」

 

「確かに」

 

「こんないい人の中に犯人っているのかな?」

 

わかることといえば、三人全員が優しいということ。

 

でも男性に接触したのがこの三人である以上、誰かが悪意を隠している可能性は十分にある。

 

いくら探偵でも人の本心までは読めないから、どこまで疑えばいいのか難しい。

 

「うーん……もうあと10分で駅に着くよ。そしたらゴウエモンに逃げられちゃう」

 

「急がないと……」

 

気づけば残り時間は僅かだ。

停車までのタイムリミットが迫る中、私は必死に頭を働かせた。

 

証言だけじゃない、この車内の構造もちゃんと確認しなければ——。

 

「はぁ……いつになったら止むのかしらねぇ」

 

「え?」

 

女性の利用客が窓のカーテンをさっと開けて、そう呟いた。

 

外はあんなに晴れていたはずなのに、いつの間にか薄暗くなって雨が降っている。

 

「雨……」

 

「昼からずっと降ってるのよ……」

 

今は午前中で、朝からずっと晴れていた。

この雨はおそらくゴウエモンが仕掛けた演出だろう。

 

でもこの薄暗い雨のおかげで、三人の発言のうち一つに矛盾が生じていた。

 

「ずっと?……みくる!」

 

「うん!そういうことか!」

 

もう一度、事件発生の状況を頭の中で整理する。

 

被害者の男性の前には仕切りがあり、前方が死角になっていた。

仕切りを挟んで女性が向かいに座っていて、窓の外は薄暗く、車内の明かりが一部反射して窓がほぼ鏡のようになっている。

 

これが事件の謎を解く、重要な証拠になる。

 

「「犯人はあの人だ!」」

 

私とあんなは、三人の容疑者のうちの一人へと歩み寄った。

 

「懐中時計を盗んだのはあなたですね?」

 

「うーん、証拠はあるのかい?」

 

眩しいからとカーテンを閉めたという白髪の老人。

この人が懐中時計を盗んだ犯人に違いない。

 

「あなたは、寝ている人が眩しくないようにカーテンを閉めたと言いました。でも今日の天気は雨。眩しいはずがありません」

 

「うっ……それは……」

 

老人があからさまに視線を逸らした。

 

今は雨がそこそこ強く降っていて、外はかなり薄暗い。

カーテンを閉めても開けても明るさはほとんど変わらないため、わざわざカーテンを閉める理由がどこにもないのだ。

 

「でも私、その方がカーテンを閉める音を聞いたわよ」

 

「カーテンを閉めた理由が別にあるんです」

 

カーテンと天気の矛盾は証明できた。

でも犯行の手順そのものはまだ説明できていない。

 

「ご婦人の席からは、被害者の男性の姿を直接見ることはできません。でも窓ガラスに姿が映っていれば、見えてしまう」

 

そう——男性と女性の席の間には仕切りがあって、直接前方を見ることはできない。

 

でも雨が降っているような薄暗い状況では、車内の方が外よりも明るくなるため、窓ガラスが鏡のように車内を映し出す。

これはトンネルに入った時が一番わかりやすいはずだ。

 

「だから犯行を目撃されるのを避けるために、カーテンを閉めた」

 

窓が反射していれば、前方が死角でも向かい側の様子が丸見えになってしまう。

 

だから被害者が眩しくないようにと都合のいい理由をつけてカーテンを閉め、目撃者がいないうちに犯行に及んだ。

 

これが懐中時計を盗んだ一連の流れだ。

 

「うん……お見事、正解じゃ」

 

老人がポケットから懐中時計を取り出した。

推理は的中だ。

 

でも喜んでいる場合じゃない。

もう残り時間は10分を切っている。

 

早く取り返さなければ、ゆみの大切なしおりは二度と戻ってこなくなってしまう。

 

「急ごう!」

 

喜びを噛みしめる間もなく、私たちはさらに奥の扉へ向かって走り出した。

 

扉を開けて貫通路に踏み込むと——。

 

「ゴウエモン!今度こそ逃がさないんだから!」

 

「フッ……来たなプリキュア!」

 

ゴウエモンが待ち構えていた。

次の車両へ逃げ込もうとする様子はない。

 

これ以上謎解きがないということだけは、なんとなく読み取れた。

 

「絶対逃がさない!」

 

あんなが前に出て、強い眼差しをゴウエモンに向ける。

しかし——

 

「逃げる」

 

「逃がさない!」

 

「逃げる」

 

「どうして逃げるの!!」

 

「怪盗だから」

 

「ぐぬぬぬぬぬ……」

 

完全に正論を返されて、あんなが言葉に詰まった。

 

……というかこのやり取り、さっきも見たような気がするんだけど。

 

いやいや、そんなことよりゴウエモンに集中しないと!

 

「迷宮トレインの事件を全て解決するとは、誉めてやろう」

 

ここで素直にしおりを返してくれれば話が早いけれど——さっきのやり取りを聞く限り、返すつもりはさらさらないだろう。

 

「だが残念だったな。もう時間はない!」

 

予想通り、ゴウエモンは桜を纏いながらその場からふっと姿を消した。

 

「ゴウエモンがいない!?」

 

「急いで探さないと!」

 

どこまでもしぶとい……!

のんびりしていたら一瞬で駅に着いてしまう。

 

最短で手がかりを見つけて、ゴウエモンを追い詰めなければ。

 

「オープン、プリキットミラールーペ!」

 

プリキットミラールーペを取り出し、前方に広がる客室エリアをくまなく調べ始めた。

 

「部屋が三つある」

 

「この中にゴウエモンが隠れているはずね」

 

「うん」

 

客室は三つ。

それぞれそこまで広くはないけれど、時間がないので隅々まで探している余裕はない。

 

「あった!ゴウエモンの下駄の足跡!」

 

ミラールーペで床を照らすと、ゴウエモンが履いている下駄の特徴的な足跡が浮かび上がった。

 

その足跡は真ん中の部屋の前まで続いて、ぷつりと消えている。

 

「……この部屋だね」

 

客室は家具が多すぎないシンプルな造りだ。

でもゴウエモンが隠れられそうな場所は、どこにも見当たらない。

 

「いないね……」

 

「確かに部屋の床にも足跡はあるのに……」

 

床の足跡は確かにここを通っていることを示している。

 

そしてその足跡は——窓まで続いていた。

 

「窓?」

 

「桜だ!」

 

窓を調べると、端っこに桜の花びらが一枚挟まっている。

 

ゴウエモンは自分の能力を使うときに大体桜を纏わせているため、窓にこれがあるということは……。

 

「窓から逃げちゃった?」

 

「それはないと思う。さっきも言ったけど、走る列車から飛び降りるなんて危険でできない」

 

改めてジャックじゃなくて本当に良かったと思う。

 

あの子だけは何をしてくるか常に予想がつかないから油断も隙もない。

ジャック以外なら、わざわざそんな危険な行為はしないはずだ。

 

「だよね……てことは……」

 

——列車の上。

 

「オープン!プリキットライト!」

 

あんながプリキットライトで梯子を描くと実体化した梯子が完成し、窓から外へ出して屋根に掛けた。

 

屋根にゴウエモンがいるなら仕方ないとはいえ、かなり危ない。

足を踏み外したら一巻の終わりだ。

 

「……本当に大丈夫なの?」

 

「……ゆっくり行くしかないね」

 

焦って登る方がよっぽど危険。

タイムリミットが迫っているのはわかっていても、一歩一歩慎重に体を動かす。

 

ゆっくりと窓から身を乗り出して足をかけ、屋根の上へ。

なんとか落ちずに、無事に列車の上に立つことができた。

 

「「……………」」

 

前方を見ると——明らかに布が被さって盛り上がっている部分がある。

 

隠れているつもりなのだろうけれど、ゴウエモンの巨体のせいで位置が丸わかりだった。

 

「「見つけた」」

 

「だわわわわ!?見つかった!?」

 

「やっぱり屋根の上にいたんだね」

 

さっさと布を引き剥がして、かくれんぼは終わり。

 

残り時間はもう5分ほどしかない。

これ以上逃がしていたら埒が明かない。

 

「もう逃げられないよ!」

 

「大切なしおりを返して!」

 

「ぬぅ……こうなったら仕方がない!」

 

何度も言うけれど、ここで大人しくしおりを返してくれるわけがないのはわかっていた。

 

最後の抵抗とばかりに、ゴウエモンはしおりに眠っているマコトジュエルを使ってハンニンダーを呼び出す。

 

「ウソよ覆え!来やがれ、ハンニンダー!」

 

「ハン!ニン!ダ~~!!」

 

桜吹雪と共にマコトジュエルが黒く染まり、しおりを開いたような見た目のハンニンダーが姿を現した。

 

こうなれば、やるべきことは一つだけだ。

 

「みくる!」

 

「うん!」

 

ハンニンダーを倒して、マコトジュエルとゆみのしおりを取り返す!

 

「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」

 

ジュエルキュアウォッチを高く掲げた瞬間、私たちの制服がプリキュアの衣装へと変わっていく。

 

残り時間は僅か。

短時間で決着をつけないと。

 

「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」

 

「「名探偵プリキュア!!」」

 

変身完了。

戦闘の準備は整った。

 

「あのしおりには、ゆみの修学旅行への想いと努力が詰まってる!」

 

「しおりは絶対に渡さない!」

 

しかしハンニンダーは聞く耳を持たず、真っすぐ私たちへ突撃してくる。

 

列車の上では大きな立ち回りはできない。

でも直線的な攻撃なら避けやすいはずだ。

 

「ハンニン~~ダー!」

 

ハンニンダーのパンチをジャンプで大きく飛び越え——着地した瞬間だった。

 

「わっ!?おっととととと!ギャアアアアアア!!?」

 

走行中の列車の上は揺れるし、強い風も吹きつけてくる。

足場は非常に不安定で、プリキュアの状態でも簡単にバランスを崩してしまう。

 

転倒して上半身が投げ出され、転落寸前になった。

 

「あ、危ない……!」

 

「落ちたら大変だよ!」

 

こんな場所で戦わないといけないなんて……。

 

「フッ、気をつけろよ。俺が走る列車から逃げられないとか言ってたが、お前らだって列車の上では動きにくいってことだ!」

 

「うぐぐ、確かにその通り……」

 

「ぐうの音も出ない……」

 

これに関してはゴウエモンが正しい。

 

ゴウエモンが列車から降りられないなら、私たちだって飛び降りることはできない。

足を踏み外したら終わりなのはどちらも同じだ。

 

不利な状況なのはハンニンダーだけじゃない——私たちもそうだった。

 

「ハ、ハンニン~!!」

 

「「!!」」

 

後ろからハンニンダーが迫ってくる。

 

直線的な攻撃しかできないとはいえ、さっきみたいに大胆に避けたらまたバランスを崩すかもしれない。

 

「ダー!!」

 

「「はぁっ!!」」

 

勢いを抑えながらアンサーと同時にハンニンダーの上部スレスレを躱す。

そのままハンニンダーの背中を蹴りつけて、反撃した。

 

「うおっ!?」

 

吹き飛ばされたハンニンダーはゴウエモンに衝突し、そのままゴウエモンの上半身は列車から投げ出された。

 

「ギャアアアアアア!?危ねぇだろ!落ちたら大変だぞ!」

 

「ハンニンダー……」

 

どちらも危険な状況のため、考えて動かないと命取りになる。

お互いに気をつけないといけない。

 

「「気をつけてね!」」

 

「絶対逃げてやるからな!!」

 

停車まであと3分ほどしかない。

ゆみやりえたちが今どんな状況にいるのかもわからないまま、時間は刻一刻と迫っていた。

 

そして敵味方関係なく、私たちにさらなる危険が迫ろうとしている。

 

「ポチ!?」

 

「どうしたのポチタン?」

 

ポチタンが列車の進行方向を指差した。

視線を向けると——そこにはトンネルが口を開けて待ち構えている。

 

「トンネルだ!!」

 

「立ってたら危ないよ!!」

 

もし立ったままでいれば、トンネルの天井や入り口に激突して取り返しのつかないことになる。

 

ただでさえバランスが悪いのに、さらに障害物まで加わるなんて、列車の屋根は戦う場所に向いていない。

 

というかそもそも戦うために作られた場所ですらない。

 

「ハンニンダー」

 

「おい、伏せろ!!」

 

ハンニンダーは後ろに壁が迫っていることに気づかず、よろよろと立ち上がろうとしている。

 

ゴウエモンの呼びかけに、私たちも素早く姿勢を低くした。

しかしハンニンダーには聞こえていないようだった。

 

やがて列車はスピードに乗ったままトンネルへと突入し、伏せていたゴウエモン、私、アンサーの三人は無事だったものの、

 

「ハン!ハン!?ダー!!」

 

「「「ハンニンダーが落ちた!!?」」」

 

伏せていなかったハンニンダーは壁に激突し、そのまま転落して地面に叩きつけられた。

 

ハンニンダーが落ちたことで事件は解決………にはならないから!!どうするのこれ!!

 

「ちょっと!ゆみのしおりどうするの!?列車停めてよ!!」

 

「いや停まるか!!」

 

ハンニンダーはマコトジュエルとゆみのしおりを素体にしている。

私たちが直接倒して取り返さなければ意味がない。

 

ここに来て最悪の展開に、なす術もなく伏せていることしかできなかった。

 

それでも列車は容赦なく走り続け、やがてトンネルを抜けた。

 

「トンネルは抜けたけど……」

 

「どうしよう……」

 

かといって列車から飛び降りることもできない。

停車してからダッシュで戻ったとしても、絶対に間に合わない。

 

修学旅行中に私たちが急にいなくなれば大混乱になるのは目に見えている。

本当にどうすれば……。

 

「ん?なんだ、UFOか?」

 

「「え?」」

 

ゴウエモンが空を見上げ、釣られて私たちも視線を向けると、何かが空から近づいてくる。

 

ゴウエモンの言う通り本当にUFO!?と思ったが——。

 

「ハンニンハンニンハンニンハンニン……!!」

 

「「「ハンニンダー!!?」」」

 

しおりを翼のように羽ばたかせながらハンニンダーが空を飛んで戻ってきた。

 

飛行できるハンニンダーといえばツバメくらいしかいないと思っていたのに、まさかこんな意外なタイプが出てくるなんて。

 

「ハンニンダ~~!!」

 

「飛べたんだ!」

 

離ればなれになっていたゴウエモンとの感動的な再会——にはならず、ハンニンダーはゴウエモンの真上に着陸し、二人まとめて屋根の上に倒れ込んだ。

 

「ぐわっ……!」

 

めちゃくちゃな展開に呆然としかけたけれど、浄化するなら今しかない。

 

これ以上列車の上で戦い続けたら何が起きるかわからないから今すぐ決めないと!

 

「今だ、行くよ!」

 

「うん!」

 

プリキットミラールーペを取り出し、浄化を開始する。

 

「「オープン!プリキットミラールーペ!」」

 

ポチタンから受け取ったマコトジュエルをはめて、宝石を三回転させた。

 

「「これが私たちの答えだ!」」

 

ミラールーペを高く掲げ、込められた力を一気に解き放つ。

白い大きな鳥が、勢いよくハンニンダーへと向かっていった。

 

「「プリキュア!フライング・スペクトル!」」

 

ゆみの気持ちを嘘で踏みにじるような人に、マコトジュエルは渡さない。

白い鳥はそんな私たちの気持ちを読み取るように、ハンニンダーの胴体を真っすぐ貫いた。

 

激しい光がハンニンダーをまるごと包み込む。

 

「「キュアット解決!」」

 

「ハン……ニン……ダーぁぁぁぁ~……!」

 

浄化されたハンニンダーは静かに消滅し、マコトジュエルとしおりが私たちの手元へと戻ってきた。

 

マコトジュエルの回収はポチタンに任せ、私はゆみのしおりをそっと手に取った。

 

「あれ、ゴウエモンがいない?また車内に隠れたのかな?」

 

ゴウエモンによって改造されていた列車はすっかり元の姿に戻り、いつの間にかゴウエモンの姿も視界から消えていた。

 

「まあいいか。しおりは取り戻せたし」

 

「そうだね」

 

撤退したのか隠れたのか——どちらにせよ、マコトジュエルもしおりも取り戻せた。

 

今回はこれ以上手を出してくることはないはずだ。

 

列車がゆっくりと速度を落とし始め、駅へと向かっていた。

 

このままの姿を誰かに見られたら大変なことになる。

私たちは急いで列車内に戻った。

 

 

_______________

 

 

 

停車していた列車は再び動き出し、次の駅へ向かって走り始めた。

 

「はい、これ!」

 

「私のしおり!本当に見つけてくれたんだ……」

 

バタバタした時間がようやく終わり、いつもの席に戻ってゆみにしおりを手渡した。

 

ゆみの表情がほっとしたものに変わっていく。

 

「さすが名探偵だね!」

 

「あんな、みくる、ありがとう!」

 

「「どういたしまして!」」

 

感極まって泣きそうになっているゆみを見てそれだけ大切にしていたしおりだったんだとあらためて感じ、胸の奥が温かくなる。

 

やっぱり困っている人を助けられたときのこの気持ちが好きだ。

 

「よーし!改めて修学旅行、みんなで思い切り楽しもう!」

 

「「「「「おー!!」」」」」

 

ゆみの声にみんなの声が重なり、車内の空気がさらに賑やかに弾けた。

 

これから始まる修学旅行。

最高の思い出になるように——ゆみの想いに、私たちも全力で応えよう。

 

列車は私たちの気持ちを乗せながら、目的地へ向かって力強く走り続けていった。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

今日の劇場はとても静かだ。

普段なら誰かしらが騒ぎを起こしている。

 

ゴウエモンが大声で笑っていたり、アゲセーヌが文句を言っていたり、ニジーが妙な理屈をこねていたり。

 

けれど今は違う。

ゴウエモンが任務から戻ってきて以来、久しぶりに幹部全員が劇場に揃っているのに静かなのだ。

 

会議があるわけでもなく、それぞれが好き勝手に過ごしている。

 

誰かは読書をし、誰かは昼寝をし、誰かは筋トレをしている。

 

平和と言えば平和な時間だった。

私も劇場の廊下に設置された大きなステンドグラスの前に立ち、その光景を眺めている。

 

外は雲ひとつない青空。

穏やかな風。

 

そして、いつもと違う状況。

 

「……あの子たちは修学旅行……」

 

何気なく呟くと、肩に乗っていたマシュタンが反応した。

 

「羨ましいわね。愛知県と三重県ですって」

 

私は小さく笑った。

確かに羨ましいかもしれない。

 

あの名探偵たち――みくるやあんな、そしてみのるは、今頃修学旅行を楽しんでいるはずだ。

 

二泊三日、学校生活の中でも特別なイベント。

友達と同じ部屋で夜更かしをしたり、お土産を選んだり。

そんな当たり前の青春。

 

私には、少し遠いものだった。

だからこそ眩しく見えるのかもしれない。

 

「ねえ、マシュタン」

 

「何?」

 

「名探偵たちのことを占ってほしい」

 

言葉にした瞬間、自分でも少し不思議だった。

 

別に理由があるわけではない。

ただ、気になったのだ。

 

あの子たちが今何をしているのか。

どんな未来へ向かっているのか。

 

そんな些細な興味、それだけだった。

 

「良いけど、どうして?」

 

「少しプリキュアの行動が気になってて……」

 

「わかったわ」

 

マシュタンは深く追及しない。

こういうところは本当に気が利く。

 

私が話したくないことを無理に聞いてくることもない。

頼めば大抵のことは引き受けてくれる優しい妖精だ。

 

でもその優しさで時々無理をしていないか心配になる。

 

マシュタンは慣れた手つきで水晶玉を取り出した。

透明な球体が劇場の照明を反射して淡く輝く。

 

「マシュマシュマシュマシュマシュマシュ~!」

 

水晶の内部に光が満ち始めた。

未来を見る力、結末を映し出す魔法。

私は何度も見ているが、毎回不思議な能力だと思う。

 

やがて水晶の輝きが強くなり、未来が映った。

 

そのはずだった。

 

「見えたわ!」

 

マシュタンが声を上げたものの――。

 

「………………!?」

 

言葉が止まった。

 

「ん?」

 

マシュタンの顔色が変わっていた。

 

驚愕、困惑、そして微かな恐怖。

そんな感情が入り混じった表情。

 

こんな反応は初めて見る。

未来視の結果に驚くことはあっても、ここまで固まることなど今までなかった。

 

一体何を見たのだろう。

 

「どうしたの?」

 

問いかけると、マシュタンは数秒遅れてこちらを見た。

声もどこか硬い。

 

「名探偵の親友に、命の危険が訪れるって」

 

「命の危険?」

 

親友

 

その言葉で真っ先に思い浮かぶ人物は一人しかいない。

 

花崎みのる

みくるたちにとって、何より大切な存在。

 

「それって……みのるのこと?」

 

マシュタンは静かに頷いた。

 

命の危険、その言葉はあまりにも重い。

 

怪我とは違う。

トラブルとも違う。

 

本当に命が失われる可能性があるということだ。

 

「それってファントムの仕業?」

 

もしそうなら話は早い。

誰が関わるかも予想できる。

 

けれどマシュタンは首を横に振った。

 

「ファントムじゃないわ」

 

「え……?」

 

「だけど原因までは見えないの」

 

ファントムではない。

つまりウソノワールやジャックが修学旅行を襲撃するわけじゃない。

 

だとしたら事故か災害か。

あるいは予想もしない何か。

 

修学旅行中に命の危険……普通に考えれば大問題だ。

全国ニュースになるような騒ぎになってもおかしくない。

 

愛知県と三重県は観光地も多いし人も多いため、何が起きるか分からない。

 

窓の外の青空は相変わらず穏やかだった。

けれど私の心の中には、小さな不安が静かに沈殿していく。

 

未来はまだ確定していない。

占いはあくまで可能性だ。

 

だけどマシュタンの占いは大体当たる。

 

みのるに命の危険が迫るという言葉だけが、妙に胸に引っ掛かって離れなかった。

 

遠く離れた場所で、今頃あの子たちは何をしているのだろう。

 

何も知らないまま笑っているのだろうか。

 

それとも――

 

まだ始まっていない危機が、すぐそこまで近づいているのだろうか。




次回からアニメ本編から離れ、修学旅行編に入ります。修学旅行編が完結次第、アニメ20話から続く予定です。
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