かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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特別な時間と隠された情報

【みのるSide】

 

タワーの最上階にあるレストランは、大きな窓に囲まれていた。

 

窓の向こうには街並みが広がり、遠くまで見渡せる景色がまるで一枚の絵画みたいだ。

修学旅行らしい特別感のある場所で、周囲の生徒たちも楽しそうに食事を選んでいる。

 

そんな中、私たちもそれぞれ注文を済ませて席についた。

 

なぜか私は、みくるたちの席にいた。

 

「みのるもカレーなんだ!おいしそう!」

 

「私はなんでも良かったんだけど……」

 

本来なら私は別の班だ。

でも、班ごとに厳密に座らなければいけないわけではない。

 

同じ場所にいるなら、他の班と交流しても特に問題はないらしい。

だから私は、同じ班のほとんど話したこともない生徒たちの輪に入るのではなく、みくるたちのところへ来ていた。

 

もちろん嬉しい。

みくるやあんなたちと一緒に食事ができるのは素直に嬉しかった。

 

でも、その一方で落ち着かない気持ちもあった。

同じ班の人たちはどう思っているだろう。

 

――なんなの、あいつ。

 

――なんで違う班で楽しそうにしてるの?

 

そんな風に思われていたらどうしよう。

考えすぎだとわかっていても、そういう想像が頭から離れない。

 

「ダメだよ!修学旅行なんだからたまには好きなの食べないと!」

 

「ゆみもカレーじゃん……」

 

「私はカレーが好きだからいいの!」

 

カレーが嫌いな人は少ないと思うんだけど…。

 

「あ、私のオムライスもおいしそう!」

 

あんなが運ばれてきた皿を見て嬉しそうな声を上げた。

 

「私は無難にカレーかな」

 

りえもそう言う。

 

「あれ?みくるは何にしたの?」

 

「私もカレーだけど」

 

「私以外全員カレー!?」

 

確かにテーブルの上を見ると白いカレー皿がずらりと並んでいた。

その中で一つだけオムライスなのは妙な光景である。

 

「まあまあ、こういうこともあるから。それより早く食べないと時間がなくなるよ」

 

「時間に追われながらの食事は良くないと思いまーす!」

 

りえが即座に反論する。

焦って食べると脇腹が痛くなりそうだからゆっくり食べるしかない。

 

「それもそうだね。食事くらいゆっくりしようか」

 

「なんか私だけオムライスなの違和感あるけど、まあ……いっか。いただきまーす!」

 

あんなは気にした様子もなくスプーンを手に取った。

そして一口食べる。

 

「おいし~い!みのるの手料理と良い勝負しそうだよ!」

 

その言葉に私はぴくりと反応した。

それは聞き捨てならないなぁ…。

 

私は黙ってオムライスを見つめる。

ふわふわの卵。

艶のあるケチャップ。

 

確かにおいしそうだ。

 

でも負けられない。

料理だけはちょっと譲れない。

 

そんな変な対抗心が胸の奥で燃え上がる。

 

「こうやってみんなで食べるともっとおいしいよね!」

 

「うんうん!結構聞く言葉だけど、実際に経験すると本当においしくなるよ!」

 

「しかも景色も最高だからね。これ絶対おいしさ補正入ってるよ」

 

りえは窓の外を指差した。

高層階から見下ろす街並みは壮観だ。

 

遠くまで続く建物に青い空。

確かに、この景色を見ながらの食事は特別だ。

 

「…………」

 

私は静かにカレーを口へ運ぶ。

みんなの会話は止まらない。

 

みくるが話し、あんなが笑い、ゆみがまとめ、りえがツッコミを入れる。

 

見ていて微笑ましい。

だけど同時に、少しだけ眩しかった。

 

元気すぎるのだ。

みくるとあんなのやり取りを見ていると特にそう思う。

 

私は昔から控えめな性格だった。

人前で大声を出すのは苦手だし、自分から会話の中心になることもほとんどない。

 

だから時々、この明るい空気についていけなくなる。

 

みんなが悪いわけじゃない。

むしろ優しい。

それはわかっている。

 

それでも、自分だけ少し温度が違うような感覚を覚えることがある。

その感覚こそが、私が抱えている孤独の正体なのかもしれなかった。

 

学校でもそうだった。

あんなが来る前から、りえやゆみとみくるの輪を見ていると、自分だけ少し外側にいるような気持ちになることがあった。

 

あんなが現れてからは、その輪がさらに広がった。

 

私は嬉しかった。

でも同時に、自分の居場所が少しずつ小さくなっていくような錯覚も覚えていた。

 

その結果、すれ違いが起きて。

仲違いまでしてしまった。

今思えば、本当に馬鹿だったと思う。

 

ちゃんと話せばよかったのに。

でも、あの時の私はそれができなかった。

 

今は仲直りしてまた同じ関係に戻っている。

こうして同じテーブルを囲んで笑い合える。

それだけで十分幸せなことのはずだった。

 

それなのに、修学旅行という特別な行事になると、心の奥に隠れていた孤独が顔を出す。

 

学校なら休み時間にみくるたちと話せる。

放課後だってある。

でも今は違う。

 

クラスごとに動き、班ごとに行動する。

そして私は二組。

みくるたちは一組。

 

その違いが嫌でも目につく。

私のクラスには、気軽に話せる相手がいない。

 

賑やかな笑い声に囲まれながら、私は窓の外へ目を向ける。

遠くに広がる景色は綺麗だった。

 

みんなと一緒にいる今は楽しい。

それは本当だ。

 

だけど心のどこかで、私はまだ居場所を探している。

そんなことを考えながら、私は静かにカレーを一口食べた。

 

温かな味が口いっぱいに広がる。

 

「みのる?」

 

みくるの声に、私ははっと我に返った。

気づけばスプーンを持ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていたらしい。

 

「うん!楽しい……じゃなかった。おいしいよね!!」

 

言った瞬間、自分で自分に呆れた。

 

何言ってるんだろう私。

料理の話をしていたはずなのに、なぜ最初に「楽しい」が出てくるのか。

 

けれど、その言葉を聞いたゆみは笑った。

 

「楽しいのも正解だよ。こうやって会話するのも普段の食事と違うから楽しくなる!」

 

その言葉に私は少し目を瞬かせる。

否定されるどころか肯定されるとは思わなかった。

 

「うん、それわかる!先生の話を除けば、修学旅行ってほぼ全部が『楽しい』でできてる感じだからね」

 

「先生が不憫……」

 

確かに先生たちは注意事項を説明したり、生徒を誘導したり、トラブルが起きないように目を配ったりと大忙しだ。

楽しむ余裕なんてないようにも見える。

 

するとみくるがフォローするように言った。

 

「まあ、先生は大変だけど、きっとどこかで私たちと同じように楽しんでると思う」

 

「そうだね。私は生徒だけじゃなくて先生にもあまり負担がかからないように話し合ったから大丈夫だよ」

 

さすが修学旅行実行委員。

その発言には説得力があった。

 

「ゆみが考えた修学旅行なら心配いらないね」

 

「とにかく食べよう。料理が冷めちゃうよ」

 

あんながスプーンを構えながら言った。

 

「みんなで食べてると、つい手が止まっちゃうよね……」

 

ゆみも苦笑しながらカレーを口に運ぶ。

会話が楽しくて、料理を食べる速度が遅くなっている。

 

私は少し冷め始めたカレーを口に入れた。

 

「冷めてもおいしい……なかなかやるね」

 

素直な感想だった。

味が落ちていない。

むしろスパイスの風味がよくわかる気がする。

 

「あれ?みのるの料理魂に火がついちゃった?」

 

「料理魂?」

 

するとあんなが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

 

「みのるって料理がすごく上手なんだよ!」

 

「え!?みのるって自炊できるの!?」

 

「諸事情があって、みくるたちと住む前はね……」

 

私は曖昧に答えた。

本当の理由は言えない。

 

親がいなかったから。

誰かが作ってくれるわけじゃなかったから。

自分で作るしかなかった。

 

ただ、それをこんな楽しい食事の場で口にしたいとは思わなかった。

 

「すごーい!!」

 

「本当に!?」

 

ゆみとりえが同時に声を上げ、少し肩が跳ねた。

こんな反応をされるとは思っていなかった。

 

「もし良かったら今度みのるの料理も食べてみたい!」

 

ゆみが目を輝かせながら言う。

 

「良かったらでいいからね!」

 

りえも慌てて付け加えた。

 

「自炊って大変だろうから無理しない範囲で大丈夫だから!」

 

「う、うん。気が向いたらね……」

 

曖昧に返事をする。

本当に作るかはわからない。

でも、嫌な気持ちはしなかった。

 

むしろ少しだけ嬉しかった。

ゆみもりえも、私みたいな人間に積極的に話しかけてくれる。

 

無理に距離を詰めるわけでもなく、かといって放っておくわけでもない。

私が話しやすいように気を遣いながら、それでもちゃんと輪の中へ入れようとしてくれている。

 

その優しさはちゃんと伝わっていた。

私はスプーンを持ちながら、向かい側に座るみんなを見た。

 

みくるが笑っている。

あんなが楽しそうに話している。

ゆみが周囲を気遣いながら会話をまとめている。

りえが相変わらずマイペースな調子でツッコミを入れている。

 

本当に賑やかで、温かい。

だからこそ思ってしまう。

 

この時間は長く続かない。

修学旅行中だからこうして同じ場所にいられる。

でも食事が終われば、それぞれの班に戻ることになる。

 

私は二組、みくるたちは一組。

当たり前のことなのに、その事実が少しだけ胸を締め付ける。

 

せっかく一緒にいられるのに。

せっかく楽しいのに。

終わりが見えているからこそ、この時間が余計に大切に思えてしまう。

 

私はそんな感情を隠すようにカレーをもう一口食べた。

窓の外では、午後の日差しが街を明るく照らしている。

 

その光景を眺めながら、私は心の中で小さく願った。

できることなら、この楽しい時間がもう少しだけ続いてくれればいいのに、と。

 

 

_______________

 

 

 

【ジャックSide】

 

はぁ、と小さくため息を吐く。

まことみらい市の空気は、相変わらず平和だ。

 

平和――本来なら人間たちが喜ぶべき状況なのだろうけれど、私にとっては退屈以外の何物でもない。

 

名探偵プリキュア……。

キュアミスティックこと小林みくると、キュアアンサーこと明智あんな。

 

あの二人が修学旅行で街を離れている今、この街には緊張感というものが欠けていた。

 

「はぁ……プリキュアたちは修学旅行か。つまんないの……」

 

誰に聞かせるでもなく呟く。

もちろん、戦力的に考えれば悪い状況ではない。

むしろ逆だ。

 

街を守る存在が不在なのだから、マコトジュエルを回収するには絶好の機会と言える。

あの二人がいるだけで面倒事が何倍にも増えるのだから。

 

それでも。

何というか――張り合いがない。

私は廊下を歩きながらぼんやりと天井を見上げた。

 

怪盗団ファントムのアジトとなっているこの劇場は広い。

広すぎると言ってもいい。

 

そのせいで、何もすることがない時は自然と散歩のようなことをしてしまう。

 

そんな時だった。

 

「……ん?」

 

視界の端に違和感が映った。

 

そこにあったのは一枚の扉。

ただの扉だ。

 

けれど、周囲の景色から浮いて見えた。

最近改装された他の扉と違い、その扉だけは古びている。

 

木材の色も褪せていて、取っ手には年月を感じさせる傷が刻まれていた。

まるで時代から取り残されたみたいに。

 

こういうのは気になる。

人間なら好奇心と言うのだろうか。

 

別に私は人間じゃない、妖精だ。

だけど、気になるものは気になる。

それだけの話だった。

 

「暇だし入ろう」

 

悩む理由は特にない。

私は取っ手を掴み、そのまま扉を押した。

 

――ギィィィ……

 

耳障りな軋み音が廊下に響く。

随分と手入れされていないらしい。

 

もっとも、この古さなら当然か。

私は気にせず中へ足を踏み入れた。

 

「……物置か」

 

少しだけ期待してた。

秘密の金庫とか隠し通路とか、そういう面白そうなものを。

 

だけど現実は違った。

部屋の中には大量のガラクタが置かれていた。

 

古びた机

壊れた照明

木製の箱

使われなくなった大道具。

 

床にはうっすらと埃が積もり、空気そのものが古かった。

人が出入りした痕跡もほとんどない。

 

長い間忘れ去られていた場所なのだろう。

私は棚の間を歩きながら周囲を見回した。

劇場である以上、演劇用の小道具は数え切れないほど存在する。

 

ここに置かれている物も、その大半はそういう類のものだろう。

 

かつて誰かが使い、役目を終えた物たち。

今では誰にも見向きもされず眠っている。

 

「でも全部ではなさそう……」

 

ふと違和感を覚えた。

部屋の奥、棚の上。

そこに一つだけ気になる物が置かれていた。

 

「……何これ」

 

形状が独特すぎる。

一目見ても用途が想像できない。

 

円形にも見えるし機械にも見える。

複数の部品が組み合わさった構造をしていて、人間の作る家電や工具とはどこか違う雰囲気を放っていた。

 

そして何より。

造りが異様にしっかりしている。

演劇の小道具なら見た目さえ整っていれば十分だ。

 

だがこれは違う。

本当に動くことを前提に作られた機械のようだった。

 

私は試しに触れてみる。

ボタンらしき部分を押す。

レバーらしき部分を動かす。

 

しかし、反応はない。

 

「壊れてるから何の道具かはわからない……か……」

 

つまらなそうに呟きながらも、私はその装置を見つめ続ける。

 

近未来的なデザイン。

人間の技術とは少し方向性が違う造形。

 

そして――私は棚の周囲に目を向けた。

他の物には厚く埃が積もっている。

 

だが、この装置だけは被っている埃が少ない。

最近まで使われていたような痕跡が残っていた。

 

「……へぇ」

 

少なくともただのガラクタではない。

それだけは断言できた。

私は装置を持ち上げ、様々な角度から観察する。

 

壊れている以上、今は何も分からないけれど、怪盗団ファントムのアジトになってから持ち込まれた物である可能性は高い。

 

そして、この劇場でそんな得体の知れない機械を扱う人物など一人しか思い浮かばなかった。

 

「これは間違いなくウソノワール様が使ってた道具だろうね」

 

静かな物置の中で独り言が響く。

 

何に使う物だったのか。

なぜここに置かれているのか。

どうして壊れているのか。

 

何一つ分からない。

けれど、分からないものほど面白い。

 

そしてウソノワール様は、意味のない物を持って来るような存在ではない。

 

「痛っ」

 

すると頭に軽い衝撃が走った。

どうやら装置をいじっている最中に棚へ触れてしまったらしい。

 

ガタッ、と棚がわずかに揺れ、その反動で何かが上から落下してきた。

 

直撃したのは大した重さの物ではなかったが、埃まみれの部屋で上から物が落ちてくるのはあまり気分の良いものではない。

 

さらに衝撃で積もっていた埃が舞い上がった。

 

(うわっ……)

 

私は顔の前で手を振りながら後ろへ下がる。

こんな古い埃を吸い込んだら何だか負けた気分になる。

 

しばらくして視界が落ち着くと、床に落ちている物が見えた。

 

新聞だ。

私はしゃがみ込み、それを拾い上げる。

 

「何でこんなところに新聞が……?」

 

黄ばんだ紙面。

端の方は少し破れていて、長い年月を感じさせる。

 

日付を確認した私は思わず眉をひそめた。

 

「しかも7年前の1992年の新聞だし……」

 

この部屋には古い小道具や壊れた備品が大量に置かれている。

だが新聞はこれ一枚だけだった。

 

私は棚の上へ視線を向けた。

他にも積み重なっているなら理解できる。

 

けれど、それらしい物は見当たらない。

本当にこの新聞だけがぽつんと置かれていたように見える。

 

「……なんで?」

 

誰かが読んでそのまま放置したのか。

それとも何か別の理由があるのか。

少し気になった私は新聞を開いてみた。

 

すると、表面の記事が目に入る。

 

 

 

 

[夫婦殺害、娘は意識不明の重体 強い殺意か]

 

1992年4月7日

 

7日未明、○○県○○市の住宅で、この家に住む夫婦の○○○○さん(○歳)と○○○○さん(○歳)が死亡しているのが発見された。警察は何者かが住宅に侵入し、二人を殺害したものとみて捜査を進めている。

 

警察によると、現場となった住宅内では夫婦の遺体が見つかったほか、同じ家にいた娘の○○○○○さん(○歳)も倒れているのが発見された。○○○さんは意識不明の状態で病院へ搬送され、その後一命を取り留めたという。

 

捜査関係者によれば、夫婦の遺体には激しい損傷が確認されており、犯人が二人に対して強い殺意を抱いていた可能性があるとみられている。また、住宅内には第三者が侵入した形跡も確認されているという。

 

警察は殺人事件として捜査本部を設置し、現場周辺での聞き込みや証拠品の分析を進めるとともに、犯人の行方を追っている。

 

事件の詳しい経緯や動機については現在も不明で、警察は引き続き慎重に捜査を続けている。

 

 

 

 

名前の部分はなぜか破れていて読めない。

 

私は記事を読み終えた後も、しばらく紙面から目を離さなかった。

 

殺人事件……それもただの殺人ではない。

記事の内容からして、犯人は相当な憎悪を抱いていたことが窺える。

 

夫婦だけを執拗に狙い、娘だけが生き残った。

 

偶然なのか。

それとも意図的だったのか。

 

「……」

 

別に人間の事件なんて珍しくもない。

世の中には毎日のように悲劇がある。

 

それでも、この新聞だけがわざわざここに残されている理由は気になった。

 

偶然にしては出来すぎている。

ましてや、この劇場にはウソノワール様がいる。

 

偶然という言葉が最も信用できない場所だ。

 

「私が言うのもおかしいけど、この街でも物騒な事件ってあったんだね」

 

怪盗団ファントムとして活動している以上、人間の犯罪なんて特に興味ない。

けれど、この新聞の記事には妙な引っ掛かりがあった。

 

ただの殺人事件の記事。

それだけのはずなのに、どうしてこんな場所に残されているのか。

 

そんなことを考えていた時だった。

 

「何を見ているのだ?」

 

「ひゃあああああ!!?ウソノワール様!?」

 

背後から突然聞こえた声に、私は飛び上がった。

 

心臓が止まるかと思った。

私は慌てて振り返る。

 

そこには、いつの間に現れたのか、ウソノワール様が立っていた。

 

威圧感はあるのに気配というものがない。

気づいた時にはすぐ後ろにいる。

 

「何故倉庫に入った?」

 

低く静かな声が響く。

責めるような口調ではない。

それなのに圧力がある。

 

「あ、いえ……気になって入っただけなのでやましい気持ちは何も!」

 

私は反射的に背筋を伸ばした。

本当に悪いことをしていたわけじゃないのだけれど、何となく言い訳したくなるのは仕方がないと思う。

 

ウソノワール様の視線が私を通り越し、棚の上へ向けられた。

 

「これが気になるのか?」

 

視線の先にあるのは、さっき見つけた謎の装置。

 

「は、はい。他の小道具と雰囲気が違いましたので、何の装置なのかなと」

 

正直に答える。

下手に誤魔化しても意味はない。

 

ウソノワール様はしばらく装置を見つめていた。

まるで遠い記憶を眺めるような雰囲気だった。

 

「お前が知る必要はない。その道具は私の望む世界のために用意してもらった物だが、今はもう必要がない」

 

やっぱりただの機械ではなかったらしい。

しかもウソノワール様自身が使うために用意された物。

誰が作ったんだろうか?

 

「これが嘘で世界を覆うために必要な道具だったんですか?」

 

「そうだ」

 

迷いも躊躇もない。

その一言だけで十分だった。

 

「……………」

 

私は再び装置を見る。

 

使われなくなった道具。

かつて世界を変えるために用意された物。

 

そう考えると少しだけ不思議な気分になる。

こんな埃まみれの場所に置かれているのだから。

 

視線を下げる。

手にはまだ新聞があった。

私は少し迷ってから口を開く。

 

「この新聞の記事は……?」

 

「それも知る必要はない」

 

予想通りの返答だった。

けれど、その返答が逆に気になった。

 

もし本当に無関係なら、そう言えば済む話だ。

それをわざわざ「知る必要はない」と言った。

つまり……

 

「……何か知ってるってことですか?」

 

言った瞬間、しまったと思った。

少し踏み込みすぎたかもしれない。

 

ウソノワール様は何も答えない。

 

「申し訳ありません、口答えするつもりはなく……」

 

私はすぐに頭を下げた。

別に反抗したかったわけじゃない。

ただ純粋に気になっただけだ。

 

しばらく沈黙が続き、ようやくウソノワール様が口を開いた。

 

「……いずれお前も知ることになるだろう……いずれはな。その時にお前がどう思うのかはわからんが」

 

その言葉は予想外だ。

 

否定でもないし肯定でもない。

ただ、未来を示唆するような言い方。

 

「そう……ですか」

 

それ以上は聞けなかった。

聞いても答えてはくれないだろう。

 

ウソノワール様は私を見つめることもなく、そのまま踵を返した。

 

黒いマントが静かに揺れる。

足音だけが倉庫の中に響いた。

 

そして、そのまま出口へ向かい、ギィ……と古い扉が開く。

ウソノワール様の姿は廊下の向こうへ消えていった。

 

「……」

 

私はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 

謎の装置、一枚だけ残された新聞。

そしてウソノワール様の意味深な言葉。

 

何も分からない。

けれど確信できることが一つだけあった。

 

この倉庫には、ただのガラクタ以上の何かが眠っている。

そして、その中心にあるのは――きっとあの新聞の記事なのだろう。

 

私は無意識のうちに、もう一度新聞の見出しへ視線を落としていた。

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