かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【あんなSide】
昼食を終えてからも、私たちは東山動物園の中を歩き回った。
広い園内には本当にたくさんの動物がいて、全部を見ることはできなかったけれど、修学旅行のしおりに載っていたおすすめの動物たちはひと通り見ることができた。
ライオンも見たし、ゾウも見たし、コアラだって見た。
思い返すだけで十分満足できるくらいには充実していたと思う。
そして気が付けば、空はすっかり夜の色に変わっていた。
私たちが今いる場所は、名古屋市内にある天然温泉付きのホテル。
そのレストランの入り口だ。
「待ちに待ったバイキング~!!」
「待ってましたバイキング!!」
修学旅行の楽しみはいろいろあるけれど、その中でも食事はかなり大きな割合を占めていると思う。
バイキング形式
普通のレストランみたいにメニューから注文するのではなく、自分で好きな料理を好きなだけ選べる。
ずらりと並んだ料理の中から、自分だけの夕食を作ることができる特別な食事だ。
私は家族旅行でホテルに泊まったことはある。
でも、こうして同級生たちと一緒に泊まるホテルは初めてなので、新鮮だった。
「これがゆみが言ってたバイキングかー!実際に見るとすごく広くて綺麗!」
「でしょ!市内のホテルでも人気の高い場所だから絶対においしいはずだよ!」
胸を張るゆみの姿は、まるで自分の家みたいだった。
荷物を部屋へ置いてすぐに移動してきたけれど、貸し切りになっているレストランの中ではすでに大勢の生徒たちが料理へ向かっていた。
皿を持って走り出しそうな勢いの人。
どれを取ろうか真剣に悩んでいる人。
友達同士で盛り上がっている人。
みんなが普段の学校では見せないような楽しそうな顔をしている。
「おいしそう……」
目の前に広がる光景は圧巻の一言。
揚げ物、肉料理、魚料理、サラダ、スープ。
さらにデザートまで並んでいる。
香ばしい匂いが漂ってきて、それだけでお腹が鳴りそうだった。
「ポチ~!」
「「ポチ?」」
急に私のポケットの中から声が聞こえ、ゆみとりえが同時に首を傾げる。
「「げっ!?」」
慌てて下を見ると案の定、ポチタンが顔を出していた。
料理の匂いに完全に釣られている。
私たちは急いでポチタンを隠した。
危ない危ない、こんな場所で妖精が堂々と声を出したら大騒ぎになってしまう。
でも気持ちは分かる。
こんなにおいしそうな料理が並んでいたら、ポチタンだってお腹が空くに決まっている。
食事が終わったらミルクをあげないと。
私たちだけおいしいものを食べて、ポチタンだけ我慢というのもかわいそうだ。
「な、なんでもないよ!」
「うんうん!早く食べようよ!」
慌てて話を逸らす。
最近はこういう誤魔化し方もすっかり慣れてしまった。
ポチタンのことも、プリキュアのことも、嘘をつくのは好きじゃない。
真実を明らかにする探偵だからこそ、余計にそう思う。
だけど今は秘密を守るために必要な嘘もある。
そう自分に言い聞かせるしかない。
うまく誤魔化せたようで、ゆみとりえはこれ以上追及はしてこなかった。
「そうだね。順番は決まってないからゆっくり行こう」
「まだ人が多いし時間もあるから並んでおこうよ」
料理コーナーの前には生徒の長い列ができていた。
私たちも最後尾へ並ぶ。
けれど不思議と退屈ではなかった。
むしろ楽しい。
他愛のない会話をしているだけなのに、いつもとは違う特別な時間に感じる。
学校では授業があって、チャイムが鳴って、宿題があって。
そんな決まりきった毎日を送っている。
でも修学旅行では、同じ友達と話していても景色が違うし場所も違う。
空気も違う。
だからこんなにも楽しいのだろう。
待つ時間すら思い出になる。
修学旅行って、本当に不思議だ。
「みくる、空いたよ?」
「え、あっ、ごめん!」
みくるが慌てて前へ進む。
急いでトレーを取った拍子に箸を落としそうになり、慌てて掴み直していた。
危なっかしい。
でも、そんなところもみくるらしかった。
私もトレーを手に取る。
箸を乗せ、皿を置き、茶碗も用意。
準備は万端。
目の前には色とりどりの料理がずらりと並んでいる。
湯気を立てる料理たちが、まるで「早く食べて」と誘っているようだった。
私は小さく息を吸い込み、期待で胸を膨らませる。
さっきまでは遠くから見ていただけだったけれど、こうして目の前まで来ると迫力が違う。
揚げたてらしいエビフライ。
湯気を立てるハンバーグ。
照りのある唐揚げ。
カレーやパスタ、焼き魚にサラダ。
さらに奥にはケーキやプリンまで並んでいる。
「多くない!?」
「これは迷うね……」
「だからバイキングは楽しいんだよ!」
ゆみは自信満々の様子で笑う。
確かにこれは楽しい。
何を食べるか自分で決められるだけでこんなにもわくわくするなんて思わなかった。
前の生徒たちもそれぞれ違う料理を選んでいて、その皿を見るだけでも個性が出ている。
肉ばかり取る人や野菜をしっかり盛る人。
デザートを真っ先に確保している人。
自由そのものだ。
「よし!」
私はまずサラダコーナーへ向かった。
最初から肉ばかりだと後で後悔しそうな気がする。
レタスやトマトを適度に盛り付け、その隣にポテトサラダを少し乗せる。
続いてメイン料理へ。
「うわぁ……」
どれもおいしそうだ。
悩みに悩んだ末、ハンバーグと唐揚げ、それからエビフライを一つずつ選んだ。
欲張りすぎると後で食べきれなくなる。
でも少なすぎると損した気分になる。
この微妙な駆け引きが難しい。
ふと横を見ると、
「みくる、それ絶対取りすぎじゃない?」
みくるの皿にはすでにスパゲッティが山のように積まれていた。
「え?そうかな?」
「そうだよ」
「でもおいしそうだったから……」
本人は全く悪びれていない。
むしろ当然という顔をしている。
大丈夫かな、この量。
「後で苦しくなっても知らないからね」
「大丈夫大丈夫!」
全然説得力がなかった。
一方でゆみは非常にバランスが良い。
野菜も肉も魚も綺麗に配置されている。
栄養士が監修した見本みたいだった。
「流石だね……」
「修学旅行中に体調崩したくないからね」
実行委員長らしい答えだった。
そしてりえはというと、
「デザート確保!」
なぜかケーキを先に取っていた。
「まだ食事始まってないよ!?」
「なくなったら困るでしょ!」
「そんな理由!?」
普段通りに見えるりえも食べ物の前では意外と本気なのがおかしかった。
周囲を見ると他の班も似たようなもの。
レストラン全体が楽しそうな空気に包まれていた。
料理を取り終えた私はトレーを持ちながら辺りを見回す。
「ポチ~……」
すると小さな声が聞こえ、ポケットからポチタンがひょこっと顔を出していた。
視線の先は料理だった。
きっと食べたいのだろう。
「ポチタンは食べれないからダメだよ」
「ポチ……」
しょんぼりしている。
なんだか罪悪感が湧いてきた。
「後でミルク飲もうね」
「ポチ!」
途端に元気になった。
でもその反応が可愛くて少し笑ってしまった。
いつかミルク以外でも食べられるようになるのかな?
人間と違うから成長するとどうなるかはわからないけど。
全員が料理を取り終える頃には、トレーの上はすっかり賑やかになっていた。
「私たちの席はあそこだね」
バイキングの場合も席は班ごとに決められているため、迷うことはない。
でも生徒の数が多いので、あちこちの席で既に食事が始まっていて楽しそうな声が飛び交っている。
「窓際の席だ!ラッキー!」
「いい席だね」
大きなガラス越しに夜の名古屋の街並みが見える。
スカイタワーほど高い場所にあるわけではないので遠くまでは見通せないが、窓一面に広がる夜景は素敵だ。
私たちはトレーを慎重に運び、それぞれの席へ置く。
ガタン、と小さな音を立ててトレーがテーブルに置かれ、ようやく落ち着いた。
目の前には自分で選んだ料理。
隣には仲の良い友達。
周囲には修学旅行を楽しむ生徒たち。
そして窓の向こうには夜景。
今日一日だけでも十分楽しかった。
動物園を歩き回り、みんなで笑って、こうして同じテーブルを囲んでいる。
普段の学校生活では味わえない時間だった。
私は改めてみんなの顔を見た。
みくるは早く食べたくてうずうずしているし、りえは既にデザートのケーキを確認している。
ゆみはそんな二人を見て苦笑していた。
なんだか自然と笑みがこぼれる。
この四人で来られて良かった。
もちろんみのるがいたらもっと楽しかっただろう。
そんなことを思いながら、私は椅子に深く腰を下ろした。
同じバイキングなのに、見事なくらい内容が違う。
私の皿にはハンバーグやエビフライ、唐揚げがバランスよく並んでいる。
ゆみの皿は野菜や魚も入った健康的な内容。
りえは意外にもデザートを確保済み。
そして――
「みくる、それ本当に食べきれるの?」
「食べきれるよ!」
みくるの皿にはサラダや唐揚げや魚などの料理が結構積み上がっていた。
みくるは大食いというわけじゃないのにその自信がどこから来るのかは分からない。
でも修学旅行補正というやつなのか、今日は何となく本当に食べきりそうな気もする。
「それじゃあ――」
ゆみがみんなを見回した。
昼食も楽しかったけれど、やっぱりこういうホテルでの食事は特別感がある。
修学旅行に来ているんだな、と改めて実感できる時間だ。
「「「「いただきまーす!」」」」
四人の声が重なった。
私はまずハンバーグにフォークを入れる。
柔らかい感触とともに肉汁がじわっと溢れた。
「……!おいしい!」
肉の旨味が口いっぱいに広がり、ソースとの相性も抜群だった。
「本当だ!」
みくるも唐揚げを頬張りながら目を輝かせている。
「うわっ、これすごい!」
「だから言ったでしょ?人気のホテルなんだから!」
「ゆみが作ったわけじゃないからね?」
りえの冷静なツッコミにみんなが笑う。
「でも本当においしい!」
エビフライの衣はサクサクで中のエビはぷりぷり。
揚げたてだったらしく、まだ温かい。
周囲を見れば、他の生徒たちも楽しそうに食事をしている。
あちこちから「うまっ!」「これ最高!」なんて声が聞こえてくる。
普段なら先生に注意されそうな騒がしさだけれど、今日だけはそれも修学旅行の一部みたいだった。
ふと向かいを見ると、みくるが少し早いペースで食べ進めている。
「ちょっと落ち着いて食べなよ」
「だっておいしいんだもん!」
「子供みたい」
「同い年でしょ!」
でもその顔は楽しそうで、見ているこっちまで嬉しくなる。
私もそうだけど、みくるは感情がそのまま表情に出る。
だから見ていて飽きない。
「このスープもおいしいよ」
ゆみが勧めるスープを、私も一口飲んでみた。
「ほんとだ……」
優しい味が身体に染み渡る。
一日中歩き回った疲れが溶けていくような感覚だった。
「デザートも気になるなぁ」
「まだ早いよ!」
りえはもうデザートに手をつけようとしている。
まだ食べ始めて数分しか経ってないのにデザートは早すぎる。
「だって気になるんだもん」
「気持ちは分かるけど!」
再び笑いが起きる。
こうして話しながら食べていると、時間が経つのが本当に早い。
学校の昼休みもあっという間に終わってしまうけれど、今はそれ以上に早く感じる。
楽しい時間ほど短く感じるというのは本当らしい。
気付けば私の皿はかなり空になっていた。
ハンバーグも、エビフライも、唐揚げも、ほとんど残っていない。
「……」
まだまだ食べられそう……それにさっき見た料理の半分も食べていない。
パスタもあったしカレーもあった。
デザートなんてまだ一口も食べていない。
これは一回では到底足りない。
でも胃袋は有限なのでちゃんと選んで食べないといけない。
料理の誘惑に負けないように選ぶ必要があるのがかなり難しい。
「どうしたの?」
「決まってるでしょ」
せっかくのバイキング。
修学旅行なんだから、こんな機会を逃すわけにはいかない。
「もう一回行ってくる!」
そう宣言すると、私は空になった皿を持って勢いよく立ち上がり、再びビュッフェ台へ向かった。
目の前には、まだまだ私を待っている料理たちがたくさん並んでいる。
一日中歩き回ったせいだろうか、冷房の効いたレストランにいると温かいスープが欲しくなる。
私は汁物のコーナーへ足を向けたところ……
「……ん?」
見覚えのある後ろ姿が目に入った。
同じ学校の制服に少し小柄な体格で見慣れた黒髪。
「……みのる?」
みのるはこちらに気づいていない。
何やら真剣な顔で鍋を覗き込んでいた。
私は近付いて、その様子を見て――思わず固まった。
みのるはお玉でスープを少量すくうと、それを小さな皿へ入れていた。
そして味見をしている。
「……みのる、何してるの??」
私の声に、みのるはようやく顔を上げた。
「あんな?このホテルの料理の調味料を確かめてたんだよ」
「調味料?」
「うん。おいしいから料理の参考にしようかなと思って」
悪びれた様子もなく、そう言って再びスープを見る。
まるで料理研究家みたいな顔だった。
「しゅ、修学旅行で……味見……」
唖然としてしまう。
普通の中学生なら、『うわーおいしそう!』とか『いっぱい食べよう!』とか考えるところだと思う。
なのにこの子は、ホテルの料理の味付けを研究している。
「うーん……塩味だけじゃない気がする。コンソメかな……でも少し違うような……」
本気で分析している。
なんだろう……探偵というより研究者だ。
でもみのるは意外と料理になると本気を出す。
本人は『自炊してただけだから』と言っているけれど、それにしてはかなり料理にも詳しい。
料理の話になると集中力が変わるし、何より楽しそうだ。
普段より少し表情が柔らかくなる。
ただ、自宅でも事務所でもない場所でその行動はちょっとマズい。
「でも、さすがに怒られちゃうよ。その辺にしておいたら?」
「うん」
あまりにも素直だった。
先生に注意された生徒みたいに、みのるは即座にお玉を元の場所へ戻す。
「従うの早っ」
「怒られるのは嫌だし……」
小さく呟くみのる。
確かにその通りだけど。
「でも本当に料理好きだよね」
「好きっていうか……作るのは嫌いじゃないかな」
「好きってわけじゃないの?」
「違うよ。必要だったから覚えただけだし」
即否定された。
確かに両親がいないから全部自分でなんとかするしかない部分を見ると、嫌でも家事をやらないといけない負担がある。
そう考えるとやっぱりみのるはすごい。
「でも楽しそうだったよ?」
「……そう見えた?」
「うん」
私が頷くと、みのるは少し困ったような顔をした。
「そうかな……」
自覚はないらしい。
だけど間違いなく楽しそうだった。
料理の話をしている時のみのるは、普段より生き生きしている。
「あっ」
「どうしたの?」
「私、スープ取りに来たんだった」
みのるの衝撃的な光景に目的を忘れてしまっていた。
湯気がふわりと立ち上る鍋に向かい、お玉でスープをすくってお椀へ注ぐ度に優しい香りが鼻をくすぐった。
「じゃあ私は戻るね」
「うん」
「みのるもちゃんと食べなよ?」
「食べてるよ?」
そう言いながらも、まだスープの鍋を見ている。
絶対また分析しようとしてる。
「ほどほどにね」
「わかってるって」
本当にわかっているかは怪しいけれど……
私はスープの入ったお椀を持ち上げた。
そしてみのるに手を振り、賑やかなレストランの中を歩いて自分たちの席へ戻っていく。
温かなスープの香りが漂う中、周囲ではまだまだ多くの生徒たちが食事を楽しんでいて、あちこちから笑い声が聞こえてくる。
ホテルのレストランは、普段の学校では見られないほど賑やかな空気に包まれていた。
「ただいまー」
「おかえり」
戻ると既にゆみとりえが席に座っていた。
「遅かったね。誰かと話してたの?」
ゆみが不思議そうに聞いてくる。
思ったより長居してしまったかもしれない。
「みのるがバイキングの味見してた」
「「「?????」」」
三人とも見事に固まっている。
その反応は正しいと思う。
私も最初に見た時は同じ顔をした。
「えっと……味見?」
「うん」
「料理を?」
「うん」
「バイキングで?」
「うん」
「なんで?」
「調味料を研究するため」
「……なんで?」
話が振り出しに戻る。
私も説明しながら意味が分からなくなってきた。
「ホテルの料理がおいしいから参考にするんだって」
「……修学旅行なのに?」
全員脳が処理を放棄しかけている。
すると、りえが微妙な表情のまま口を開いた。
「ま、まあ……人それぞれだよね」
自分に言い聞かせるような声。
でもその顔は明らかに引いている。
「うん……みのるらしいと言えばみのるらしいかな……」
親友であるみくるが言うなら間違いないのだろう。
たまにテンションが上がったり、ちょっと不思議なことをするのがみのるだ。
そう話しているうちに私もスープを飲み終えた。
すると突然、ゆみが立ち上がる。
「私、デザート取ってくるね」
「お、ついに」
夕食もかなり進んでいるが、そろそろデザートの時間だ。
バイキングのデザートも一瞬しか見ていないがどれもおいしそうだったため、また多くの生徒がデザートコーナーに移動している。
「いってらっしゃい」
ゆみは嬉しそうにデザートコーナーへ向かっていった。
そしてりえも一口サイズのケーキをあっという間に食べ終え、何事もなかったように立ち上がる。
「じゃあ私も行ってくる」
「え?今食べたよね!?」
「デザートは別腹だよ♡」
デザートを食べたのに気にした様子もなく、軽い足取りでまたデザートコーナーへ歩いていってしまった。
みのるは味見をするし、りえはデザートを無限に食べようとするし。
今日はなんだか周りが自由すぎる。
だけど――そんな何気ないやり取りも修学旅行だ。
普段の学校では味わえない時間。
友達と笑い合える時間。
学校行事はこういう瞬間こそが一番思い出になるのかもしれない。
そんなことを考えていると――
「あ、そういえば!」
突然、みくるが何かを思い出したように立ち上がる。
「え?」
「ちょっと行ってくる!」
そう言い残して、みくるは席を離れてしまい、そのままデザートコーナーの方向へ消えていく。
みくると入れ違うようにデザートコーナーへ行っていた二人が戻ってきた。
「ただいまー」
ゆみの皿にはプリンやフルーツが乗っている一方――
りえの皿にはケーキ、プリン、ゼリー、アイス、バイキングにあったあらゆるデザートがほぼ全種類乗っている。
どう見ても一人分ではない。
「りえ?本当に食べるの?」
「もちろん!別腹だからね!」
別腹でも胃袋は一つしかないので気をつけないといけない…ということは何度も思ったけど、ホテルのバイキングは滅多に食べることがないから欲張りたいのは当然だろう。
「……あれ?みくるは?」
「急に立ってデザートの方に向かったけど……」
みくるは何を取りに行ったんだろう?
急に思い出したように行ってしまったから余程気になるのがあったのかもしれない。
「何探してるんだろう?」
「お気に入りでも見つけたんじゃない?」
確かみくるはデザートで、名前は忘れてしまったけど好きなスイーツがあることを言っていた。
そしてその予想は見事に当たっていた。
「ただいまー!」
どこか弾んだ声が聞こえた。
みくるだったが、さっきよりも機嫌が良い。
何か良いことがあったのが丸わかりだ。
「おかえり。何取ってきたの?」
みくるは得意げに皿をテーブルへ置く。
そこに乗っていたのは――ミルフィーユだった。
サクサクのパイ生地。
間に挟まれたクリーム。
上には粉砂糖。
見た目からしておいしそうな一品だった。
ミルフィーユが出た時点でみくるが取りに行った理由がようやくわかった。
「みくるは本当にミルフィーユが好きだね~」
「ホテルにあるなんて思わなかったからすごく嬉しい!」
海外で家族と食べて以来好きになったみたいだけど、考えたらみくるの過去っていろいろと気になる部分が多い。
みくるの家族のことはみのるにもわからないから気にはなるけど無理に聞くほどでもないだろう。
「いただきます!」
みくるは嬉しそうにフォークを持ち、ミルフィーユを一口。
サクッとミルフィーユ特有のサクサク生地の音が聞こえる。
「~~~~っ!」
みくるの顔がぱっと明るくなる。
言葉にならないくらいおいしかったらしい。
「大分ご満悦なことで~」
「ミルフィーユの食感はハマりやすいからね。好きになるのもわかる気がする」
りえもミルフィーユを取っていたので試しに口に運び、分析を始めていた。
私もミルフィーユは全然食べてないかはこの機会に食べてみるのもアリかも?
賑やかな笑い声がテーブルを包み、窓の外には名古屋の夜景。
テーブルの上には料理とデザート。
修学旅行1日目の夜は、まだまだ終わりそうになかった。
バイキング会場を出て部屋へ戻ると、それまでの賑やかさが少しだけ落ち着いた。
ふかふかのベッドに腰を下ろし、テレビをつける。
観光情報やバラエティ番組が次々と流れ、誰も真剣に見ているわけではないのに、四人とも自然と画面へ視線を向けていた。
1999年のテレビ番組は、今ではもう放送されてないのが多かったけど、昔も面白い番組がたくさんあったんだと実感できた。
満腹だからか、それとも今日一日歩き回った疲れなのか、部屋の中にはどこか心地よい空気が流れている。
みくるはクッションを抱えながらテレビを見て笑い、りえはベッドに寝転がって「動けない……」と小さくつぶやき、ゆみは明日の予定表をもう一度確認していた。
こんな何気ない時間まで楽しいなんて、修学旅行って本当に不思議だ。
家でテレビを見るのとは全然違う。
友達と同じ部屋で、同じ番組を見ながら笑っている。
それだけで、いつもの何倍も面白く感じる。
このままずっとのんびりしていたいな。
そんなことを思っていると――
「あんな、そろそろ時間だよ!」
みくるの弾んだ声が部屋に響いた。
「時間って何が?」
私はぼんやりしたまま聞き返す。
すると、予定表を見ていたゆみが顔を上げた。
「温泉だよ温泉!入浴の時間だから準備して!」
「……!」
その一言で、私の頭の中のスイッチが一気に入った。
「そうだ、温泉だ!」
そうだった、今日のお楽しみは夕食だけじゃない。
ホテルといえば温泉。
修学旅行の温泉なんて、絶対に楽しいに決まってる。
大きなお風呂にみんなで入って、一日の出来事を話して、また笑って。
考えただけで胸が躍る。
「急がなきゃ!」
旅行バッグを開き、着替えを取り出す。
タオルを確認して、洗面用具も忘れていないかチェック。
隣ではみくるも鼻歌交じりに準備を始め、りえも「よいしょ」と起き上がってバッグを探り始めた。
「シャンプーあるかな?」
「ホテルにもあると思うけど、一応持っていくね。」
「ドライヤーって混みそうだよね。」
そんな何気ない会話まで弾む。
ゆみは忘れ物がないかみんなを気にかけながら、自分の荷物も手際よくまとめていた。
私は肩にタオルを掛け、着替えの入ったバッグを持つ。
準備は万端。
夕食が終わっても、修学旅行の一日はまだ終わらない。
次は温泉。
まだまだ続く楽しい時間に胸を弾ませながら、私はみんなと一緒に部屋を出る準備を整えた。
_______________
着替えを終え、脱衣所を抜けて大浴場の扉を開けた瞬間――
「広~い!!」
目の前に広がっていたのは、想像していた何倍も大きな空間だった。
天井は高く、壁には落ち着いた色合いの石が使われていて、柔らかな照明が湯気をぼんやりと照らしている。
浴場全体が白く霞み、幻想的な雰囲気さえ感じられた。
浴槽は一つではない。
大きな湯船を中心に、いくつもの浴槽が並び、奥には露天風呂へ続く扉まで見える。
床は丁寧に磨かれていて、水滴が照明を反射してきらきらと輝いていた。
そして何より、ふわりと鼻をくすぐる独特の香り。
家のお風呂では絶対に感じられない、自然の中にいるような優しい匂い。
……すごい。
事務所のお風呂も十分広かったし、私が住んでいた家のお風呂だって普通の家庭よりは少し広めだ。
でも、それらと比べても桁違いだった。
何十倍あるんだろうと思うほど広く、まさに「大浴場」という名前がぴったりの場所だった。
私がきょろきょろと周囲を見回していると、みくるも感心したように辺りを眺めながら言った。
「これがゆみが言ってた肌がモチモチになる温泉?」
「うん!天然温泉は美肌効果が良いからね。自然が生み出した美容品だよ!」
「自然が生み出した美容品……」
こんなに気持ちよさそうなお湯なら肌にも良さそうだ。
りえが少し羨ましそうに湯船を眺めながらぽつりと呟く。
「私の家のお風呂も温泉だったらなぁ……」
「それは私も思う」
毎日こんな温泉に入れたら最高だろうな。
疲れなんて一瞬で吹き飛びそう。
もっとも、そんな贅沢はなかなかできないからこそ、修学旅行の特別感があるのかもしれない。
その時、入口のすぐ横に小さな湯だまりのような場所が目に入った。
「あれ?確か最初はかけ湯だったよね?」
出入口の横には、体にお湯をかけるためのスペースが設けられていた。
そういえば、テレビや本で見たことがある。
いきなり湯船へ入るのではなく、まず体にお湯をかけてから入浴するのが温泉でのマナーだと。
みくるは頷きながら答えた。
「ええ。公共のお風呂は家と違ってマナーがあるから覚えないとダメだけど、あんななら大丈夫そうね」
「記憶が曖昧だったからよかった……」
知っているつもりでも、いざ来ると「あれ、順番ってこれで合ってたっけ?」と不安になるものだ。
もし一人だったら、少し戸惑っていたかもしれない。
でも、今は委員長のゆみがいて、しっかり者のみくるがいて、気軽に話せるりえもいる。
そんな安心感があるから、初めての大浴場でも緊張より楽しみの方がずっと大きかった。
湯気の向こうで静かに揺れる温泉を眺めながら、私は胸の高鳴りを抑えきれず、一通り身体を流し終えると、私たちは大きな湯船の縁まで歩いていった。
立ち上る湯気の向こうで、お湯がゆっくりと揺れている。
私はそっと足先から湯に触れる。
熱すぎず、ぬるすぎず、絶妙な温度。
ゆっくりと身体を沈めていくと、お湯が腰、胸、肩へと優しく包み込んでいく。
「はぁぁ……」
自然と息が漏れた。
温かさが肌に触れているだけじゃない。
身体の芯までじんわりと熱が広がり、一日歩き続けていた足や肩の疲れが、少しずつ溶けていくような感覚だった。
家のお風呂ももちろん気持ちいい。
でも、この温泉は何かが違う。
まるで身体の中心から疲れを吸い取ってくれるような、不思議な心地よさがあった。
それに、ゆみが言っていた美肌効果のせいだろうか。
実際に変わったわけではないのに、お湯に包まれているだけで肌が少しずつすべすべになっていくような気がする。
隣では湯船に肩まで浸かっていたゆみが幸せそうに目を閉じていた。
「いい湯だねー………」
その声には、心からくつろいでいることがそのまま表れている。
みくるも大きく息を吐きながら頷く。
「温泉ってやっぱり最高だよ……」
普段は元気いっぱいのみくるまで、今はすっかり力が抜けている。
まるで温泉の魔法だ。
さらに、反対側ではりえが湯船の縁にもたれながら、小さく呟いていた。
「ずっと入っていたい……」
その気持ちは痛いほど分かる。
こんなに気持ちいい場所なら、時間なんて忘れてしまいそうだ。
もちろん本当にずっと入っていたらのぼせてしまうので危ないけど、「ずっとここにいたい」と思ってしまうほど、この温泉には人を癒やす力があった。
静かに揺れる湯面を眺めながら、私は肩までお湯に浸かる。
今日一日の出来事が頭の中をゆっくりと流れていく。
列車での移動、観光、みんなとの会話、バイキングでの楽しい時間。
ゴウエモンの乱入があったけど、そのどれもが温泉の温かさと一緒に心へ染み込んでいくようだった。
温泉に浸かってしばらくすると、頬は少し熱く、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
このまま入り続けると、きっと気持ちよさよりものぼせる心配の方が大きくなってしまう。
名残惜しさを感じながらも、湯船の縁に手をついた。
「そろそろ上がろうか。」
私がそう声をかけると、みくるたちも「そうだね」と頷き、それぞれゆっくりと立ち上がる。
お湯から身体を出した瞬間、空気が少しひんやりと感じた。
温泉の熱で火照った肌には、その冷たささえ心地よい。
足元が滑りやすいため、気をつけながら洗い場へ戻ると改めてその広さに目を奪われた。
横一列にずらりと並ぶ水栓。
その一つひとつに鏡と椅子が備え付けられ、大勢の人が同時に身体や髪を洗えるようになっている。
家のお風呂では考えられない光景。
私の家なら洗い場は一つだけ。
順番を気にする必要なんてない。
でもここでは、同じような設備がずっと奥まで続いている。
その整然と並ぶ様子は壮観だったけれど、慣れない私は少しだけ落ち着かない気分にもなった。
周囲にはほかの班の生徒たちもいて、それぞれ静かに身体を洗ったり、髪をすすいだりしている。
とはいえ、思っていたほど混雑しているわけではない。
修学旅行では入浴時間も工夫されていて、混雑を避けるために班ごとで利用する時間帯が決められている。
そのおかげで洗い場が埋め尽くされるようなことはなく、落ち着いて使える程度の人数しかいない。
これなら周りを気にしすぎずに済みそうだ。
私は鏡の前に腰を下ろし、シャワーを手に取る。
温かいお湯が頭から肩へ流れ落ち、さっきまで浸かっていた温泉の成分を優しく洗い流していく。
備え付けられているシャンプーを泡立てると、甘く爽やかな香りがふわりと広がった。
指先で頭皮を丁寧に揉みほぐすたび、今日歩き回って張っていた疲れまで一緒にほどけていくような気がする。
一日目だけでも、動物園やホテルまでの移動で思っていた以上に歩いた。
楽しかった分、身体は正直だったらしい。
だからこそ、今日はいつも以上にしっかり洗おう。
髪も身体も、一日の汗や疲れをきれいに落としてぐっすり眠れるように。
そう考えながら私は温かなシャワーを浴び続けた。
温泉で癒やされたあとの洗髪と身体洗いは、不思議なくらい心までさっぱりと軽くしてくれる。
髪を丁寧にすすぎ、身体についた泡もきれいに洗い流す。
これでようやく、頭も身体もすっきりした。
鏡に映る自分を見ると、温泉のおかげなのか頬がほんのり赤く染まっている。
さっぱりした気分で立ち上がると、この入浴で最後のお楽しみが頭に浮かんだ。
露天風呂
さっき内湯で長く浸かりすぎなかったのは、このためでもある。
せっかくホテルに泊まるなら、露天風呂まで楽しまないともったいない。
「お、みんな終わったみたいだね」
気づけば、みくるもゆみもりえも、それぞれ身体を洗い終えて立ち上がっていた。
「じゃあ行こう!」
私たちは四人そろって露天風呂へ続く扉を開ける。
途端に、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
「うう……寒い……」
温泉で温まりきった身体だから外気の冷たさが何倍にも感じられる。
肌をなでる風は真冬のような厳しい冷たさではないのに寒い。
もしこれが真冬だったら、きっと今以上に震えていただろう。
そう思うと、まだ季節に助けられている方なのかもしれない。
「早く温泉に……」
小走りになりたい気持ちを抑えながら足を進めると、湯気を立ち上らせる露天風呂が目の前に現れた。
夜空の下に静かに広がる湯船。
白い湯気がふわりと漂い、照明が水面を優しく照らしている。
その光景だけでも十分に美しかった。
私はそっと足先からお湯へ入る。
ひんやりしていた肌を、温かな湯が一瞬で包み込んだ。
「あぁ……」
冷えかけた身体が再び温まり、全身の力が自然と抜けていく。
この瞬間があるから、外へ出る寒さも我慢できるのだろう。
四人そろって肩まで浸かると、ゆみが満足そうに微笑んだ。
「やっぱりいい湯だね~」
その言葉に誰も異論はない。
りえは周囲を見渡しながら感心したように言う。
「中の温泉と同じなのに、外にあるだけで雰囲気が全然違うね」
お湯そのものは内湯と変わらないはずなのに、頭上には屋根ではなく夜空が広がり、頬には時折やわらかな風が触れる。
閉ざされた空間とは違う開放感があって、まるで自然の中で温泉に浸かっているような気分になる。
みくるも空を見上げながら頷いた。
「頻繁に入れないこそ魅力があるんだよね」
ホテルや旅館へ来たときだけ味わえる特別な時間。
だからこうして浸かっている一分一秒が、とても贅沢に感じられる。
澄んだ空気。
優しく漂う湯気。
虫の鳴き声がどこからか聞こえ、心地よい静けさが辺りを包んでいる。
日常ではなかなか出会えない景色だった。
「夜の露天風呂ってこんな素敵な場所だったんだ……」
自然とそんな言葉が口をついて出る。
今日という一日の締めくくりに、これ以上ないほどぴったりの時間だった。
修学旅行の思い出は、観光や食事だけじゃない。
こうして友達と並んで夜空を眺めながら温泉に浸かる、この何気ないひとときもまた、きっといつまでも忘れられない大切な思い出になるのだと私は静かに思った。
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露天風呂までたっぷり満喫し、私たちは脱衣所で髪を乾かし、身支度を整えて浴場を後にした。
扉を開けると、さっきまで浴びていた湯気とは違う、涼しく乾いた空気が身体を包む。
「はぁ……」
自然と大きな息が漏れた。
身体の力がすっかり抜けている。
温泉に入る前は歩き疲れていることをあまり意識していなかったけれど、こうして全身がほぐれると、一日に溜まっていた疲労がどっと流れたようだ。
隣ではみくるも、満足そうに肩を回しながら笑う。
「いい湯だった…」
「うん」
短く返事をするだけで十分だった。
それくらい、あの温泉は気持ちよかった。
廊下を歩いていると、その先に落ち着いた色合いのソファが並ぶ休憩スペースが見えてきた。
お風呂上がりの人が一息つけるように用意されている場所らしい。
柔らかな照明が照らすその空間は、静かで居心地が良さそうだった。
「ちょっと休憩しましょう」
「そうだね」
すぐに部屋へ戻ってもよかったけれど、お風呂上がりに少し身体を落ち着かせてからの方が良さそうだ。
私たちは並んでソファへ腰を下ろし、クッションがふわりと身体を受け止める。
その柔らかさだけで、全身から力が抜けていくようだった。
館内は静かで、遠くから誰かの話し声がかすかに聞こえるくらい。
時計の針がゆっくり進むような穏やかな時間が流れている。
少しだけ休んだら部屋へ戻ろうと思いながら、背もたれに身体を預けた。
……ところが時間が経つにつれて、妙な感覚が私を包み始める。
身体が温まっているせいだろうか。
それとも、一日中歩き回った疲れがまた押し寄せてきたのだろうか。
さっきまでは気持ちよかった温かさが、今度は眠気へと変わっていく。
まぶたが少しずつ重くなる。
瞬きをするたびに、閉じたままの時間が少し長くなっていく。
……眠い。
こんなところで寝ちゃダメだ。
そう思って目を開ける。
でも数秒後には、またゆっくりとまぶたが下りてくる。
温泉でほぐれた身体は、まるで「もう今日はゆっくり休んでいいよ」と語りかけてくるようだった。
ソファの心地よさも相まって、私の意識は少しずつ、少しずつ、睡魔の方へ引き寄せられていった。
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【みのるSide】
ようやく私たちの班にも入浴の順番が回ってきた。
タオルを肩に掛けながらホテルの廊下を歩く。
周りには同じように移動する生徒たちの姿もあるけれど、私はいつものように一人だった。
小学生の頃ほど胸が痛むことはないけれど、それでも修学旅行みたいな「みんなで楽しむ」行事では、一人で歩いている自分が浮いて見える。
ぼんやり考えながら歩いていると、前方に見覚えのある後ろ姿があった。
カメラを持っているゆみだ。
「あと残り一枚か……」
独り言のようにつぶやきながら画面を確認している。
よく見ると、そのカメラは先生が昼間持っていたものだった。
修学旅行中、先生がいろんな生徒の写真を撮っていたあのカメラ。
どうしてゆみが持っているんだろうと思ったけれど、実行委員長だから先生に預かるよう頼まれたんだろう。
様子を伺っているとゆみが私に気づき、ぱっと顔を上げた。
「あ、みのる!はいチーズ!」
「え、あっ!?」
――カシャッ
シャッター音が廊下に響く。
反応する間もなく撮られてしまった。
「いい写真が撮れた!」
「ちょっと!話してくれればポーズくらいは取れるのに!」
急に撮られたせいで、どんな顔になっているのか想像もつかない。
変な顔だったらどうしよう。
「ごめんごめん!素の方が自然な感じがしてかわいいからさ」
「ほ、褒めても何もでないよ!/////」
かわいいなんて、そんなこと急に言われたら反応に困る。
私は照れ隠しをするように話題を変えた。
「ところでそのカメラって先生が持ってたやつ?」
「うん。預かるように頼まれたけど何枚か撮影できるから、お風呂から上がってずっと撮ってたんだ」
「へぇ~」
だからさっきから写真を撮っていたのか。
修学旅行の思い出をたくさん残そうとしているんだな。
ただ、ゆみは画面を見ながら困ったように首を傾げている。
「あ、でもまだ一枚残ってる。どうしよう?」
すると廊下の少し先から、小さく手を振る姿の生徒が見えた。
「ゆみ!みのる!こっちこっち!」
りえだった。
何かを見つけたらしく、こちらへ手招きしている。
「なになに~?」
ゆみと一緒に近寄り、りえの視線の先を覗き込む。
そこには休憩用のソファが置かれていて――
「…………」
ソファには、あんなとみくるが肩を寄せ合うように並んで眠っていた。
二人とも規則正しい寝息を立てていて、熟睡している。
「眠ってる……」
「おお、いい被写体発見!いただき!」
ゆみは二人の光景にカメラをそっと構え、音を立てないよう慎重にシャッターを切る。
――カシャッ
静かな廊下に、またシャッター音だけが響く。
二人はまったく起きない。
本当にぐっすり眠っているみたいだ。
「相当疲れてたのかな……」
今日は朝から移動して、観光して、ホテルに着いて、夕食を食べて、温泉にも入った。
思い返せば、かなり動き回っていた。
修学旅行は楽しいけれど、その分疲れも大きい。
「みたいだね。消灯時間まで話したかったけど、今日はそっとしておこうか」
「だね」
私は改めて二人の寝顔を見る。
あんなは穏やかな表情で、みくるも安心しきったように眠っている。
「それにしても気持ちよさそうな寝顔しちゃって」
本当に幸せそうだ。
修学旅行を心から楽しんでいることが、その寝顔から伝わってくる。
「どんな夢を見てるのかなぁ……?楽しそうな夢だといいね。まだ修学旅行は二日あるし」
今日だけでも十分すぎるくらい楽しかった。
だからきっと、夢の中でも笑っているんじゃないかと思う。
そして明日も、明後日も。
この修学旅行が、みんなにとって忘れられない思い出になればいい。
りえは時計を見て私たちに声をかけた。
「明日に備えて私たちも早めに休んでおこう」
楽しい時間はまだ終わらない。
明日を思いきり楽しむためにも、今日は温泉に入った後はしっかり身体を休めよう。
私は静かに眠る二人をもう一度見つめてから、みんなと一緒にその場を後にした。