かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みくるSide】
正直に言うと――
花崎みのるって、ちょっと不思議な子だ。
別に変わっているとか、そういう意味じゃない。
ちゃんと笑うし冗談だって言う。勉強も私よりずっとできる。
……なのに。
ときどき、すごく遠くにいるみたいな顔をする。
初めて会ったときもそうだった。
公園の砂場で一人で遊んでいたみのる。
周りに誰もいないのに、平気そうな顔をしていて。
でも――
どうしてだろう。
放っておけない、って思った。
理由なんてうまく説明できない。
ただ、見ていると胸の奥が少しざわつく。
無理している人の顔って、たぶんあるんだと思う。
みのるは……もしかしたら、
それをものすごく上手に隠すタイプなのかもしれない。
……確証はないけど。
一緒にいる時間が増えて、わかったことがある。
みのるは弱い子じゃない。
むしろ、びっくりするくらい我慢強い。
誰かが困っていれば、さりげなく手を貸すし。
自分のことは、いつだって後回し。
だからこそ――
ちょっと心配になる。
いつか。
本当にしんどくなったとき。
この子、ちゃんと誰かに頼れるのかなって。
……まあ。
もし頼れないなら。
そのときは――
私が、勝手に隣にいるだけなんだけど。
理由とか、義務とか、そういうのじゃなくて。
ただ、それが私の本音。
花崎みのるは、
私にとって――放っておけない、大事な親友だ。
そして、新しい仲間ができた。
明智あんな。
最初に会ったときはちょっと混乱した。
でも今はもう、あんなも背中を預けられる大切な仲間だ。
並んで戦えること。
プリキュアとして、困っている人を助けられること。
それが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。
誰かの「ありがとう」を聞くたびに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
……でも。
その温かさの奥に、どうしても消えない思いがある。
花崎みのる。
あの子のことだ。
これはつい最近知った。
みのるが――小学生の頃、いじめられていたことを。
本人は、いつも通りの顔で笑っていた。
「別に大したことないよ」なんて、軽く言って。
でも。
そんなわけない。
あのとき、ほんの一瞬だけ見せた表情。
今でも忘れられない。
私はまだ、名探偵プリキュアになったばかり。
探偵としても、全然半人前。
正直、できないことの方がずっと多い。
それでも――
私は、なりたい。
ただの探偵じゃなくて。
誰かの痛みに、ちゃんと手が届く探偵に。
いつか。
本当に立派な名探偵になって。
そのときは――
「みのる」
心の中で、名前を呼ぶ。
今はまだ、うまく助けられないけど。
今はまだ、ずっと隣にいることができないかもしれないけど。
それでも、絶対に。
あの子が一人で全部抱え込まなくていいように。
私は――
みのるを…そして困っている人を助けられる名探偵になる。
それが、今の私の一番の目標だ。
_______________
【みのるSide】
埃の匂いと積み上げられた段ボール。
長いあいだ手を入れていなかった探偵事務所は、まるで時間そのものが止まっていたみたいにくすんでいた。
けれど――
名探偵プリキュアが新たに誕生した今、ここを畳む理由はもうない。
だからこそ、私たちは決めた。
徹底的に大掃除をしよう、と。
最初は足の踏み場もなかった床が、少しずつ本来の色を取り戻していく。
窓を拭けば光が差し込み、空気まで澄んでいく気がした。
「掃除が終わったらミルクにしようね」
あんなの明るい声が、部屋の空気をさらに軽くする。
「ポチ~! ポーチ、ポーチ~!」
ミルクという単語に反応したポチタンがぱたぱたと飛び回り――本を運んでいるジェットの顔面にぴたりと張りついた。
「……あ、おいっ!? やめろって! 遊んでる暇はないって言ってるだろ……!」
ジェットの抗議もどこ吹く風。
赤ちゃん妖精のポチタンは、視界を奪われてぐらつくジェットの状況などまるで気にしていない。
あんなは箒と塵取りで床を担当。
ジェットは段ボールの中身の仕分け。
私は雑巾で窓や棚の隙間を拭いている。
みくるは――寮を出る手続きの最中だ。
ちなみに私もみくるも今日からこの事務所で暮らすことになる。
その事実に胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ミルクはまだなのに、相変わらず元気だね……」
積み上げられた本がぐらりと揺れる。
ジェットの足取りはどう見ても危なっかしい。
そのとき。
「ごめーん! 寮を出る手続きで時間かかっちゃった!」
玄関の鈴が軽やかに鳴り、みくるの声が響いた。
ほっとした、その刹那――
「う、うわあああああっ!?」
「危ないっ!!」
ジェットのバランスがついに崩れた。
私はとっさに駆け出す。
けれど――足元のバケツに気づけなかった。
「ああっ!?」
次の瞬間。
バシャーッ!!
ガラガラガラガラ……
本が床に散らばり、水が一面に広がる。
私とジェットは見事に転倒し、さっきまでの努力を一瞬で水の泡にしてしまった。
静まり返る室内。
「……なんか、前より散らかってない?」
みくるの、呆れ半分の声。
「あははは……」
あんなの乾いた笑い。
……否定できない。
せっかく綺麗になりかけていたのに、見事に振り出しへ逆戻りだ。
ため息が出そうになる。
でも。
「みくるも来たし、みんなではなまる素敵な探偵事務所にしよう!」
あんなの声は前向きだ。
そうだ。
起きてしまったものは仕方ない。
私は立ち上がり、雑巾を握りしめる。
「一人暮らしのスキルを舐めるなあああ!! うおおおおっ!!!」
ぶちまけた水をものすごい勢いで拭き取っていく。
腕をフル回転させ、床を滑るように雑巾を走らせる。
「み、みくる……みのるってこんなキャラだったっけ……?」
「たまにこうなるから気にしないで……」
「たまに……」
ぽつりと呟くあんな。
私は聞こえていないふりをしてさらにスピードを上げる。
どうせやるなら、徹底的に。
ここは、私たちの拠点になる場所だ。
泣いたり、笑ったり、きっとこれから何度も帰ってくる場所。
だったら――
最高に、はなまるな探偵事務所にしなくちゃ。
雑巾を握る手に自然と力がこもる。
新しい仲間と、新しい日常。
その始まりは――
どうやら、水浸しからの再スタートらしい。
_______________
捗る――どころか、状況は悪化していた。
「だから順番決まってるの!!」
「えー、色で分けた方がかわいいよ!」
床掃除を終え、本棚の整理に取りかかったはずのあんなが、50音順に並べられていた本をせっせと色ごとに並べ替えている。
赤からピンク、紫、黄緑、緑、青へと、見事なグラデーション。
たしかに見た目は美しい。
だが。
「それじゃ実用性なくなっちゃうだろ!」
当然のようにジェットが反論する。
機能性を重んじるジェットと、直感と美意識で動くあんな。
相性は――まあ、言うまでもない。
そのやり取りの最中。
段ボールを整理していたはずのみくるがいつの間にか床に座り込み、本を広げていた。
「調査時の確証バイアスの除去の重要性か……」
真剣な表情でページをめくっている。
「そこ、手が止まってるぞ!」
「……あ、はい!」
慌てて本を閉じるみくる。
まったく……二人とも何をやっているんだか。
それに比べれば、私は真面目だ。
きっちり作業を進めて、みんなをギャフンと言わせてやる。
……それにしても。
今日も天気がいい。
窓から差し込む日差しがぽかぽかと暖かい。
冬の冷たい空気がようやく去り、四月らしい陽気が部屋を包んでいる。
心まで少しだけ緩んでいくようで――
「お前も日向ぼっこせずちゃんと手を動かせ!」
「……はい」
私も怒られた。
結局全員がジェットに叱られる形となり、ようやく作業は再開。
太陽がさらに昇るころには、拠点部屋の掃除はある程度完了していた。
次の担当分け。
あんなとみくるは外の掃き掃除へ。
私とジェットは地下の研究室へ向かうことになった。
他にも部屋はあるけれど、使用頻度の低い場所は後回しだ。
階段を下りると少しひんやりした空気が漂う。
「……あんまりボクの事務所を探られるのはいい気がしないんだが……」
ジェットがぼそりと呟く。
「私は人の秘密を探るなんてことはしないよ。それに一緒に掃除を手伝えって言ったのはジェット先輩だよね?」
「うぐ……」
痛いところを突かれ、言葉に詰まるジェット。
私は気にせず雑巾で床を拭いていく。
長い間無人だったこの事務所。
ジェットがイギリスから派遣されたことで多少は整えられていたけれど、細かい汚れはまだ目立つ。
棚の隅、机の下。
……そして。
「ジェット先輩、ちゃんと掃除しました?」
床の隅に、小さなお菓子の欠片。
私はため息をつく。
「ハウスダストを吸うとアレルギー症状や呼吸器疾患を引き起こす可能性があって、長期的には深刻な健康被害につながることもあるんですよ。それに糖分も――」
嫌な予感がしたのか、ジェットが顔をしかめる。
けれど私は止まらない。
「頭を使うからって毎日過剰に摂取するのはよくありません。肥満、生活習慣病、血管への負担、精神的なイライラや疲労感、低血糖症のリスクもありますし、砂糖の多い飲料は中性脂肪として蓄積されやすく――」
「わかったからちょっと黙っててくれ!! 長すぎるんだよ!!」
地下室に響く悲鳴。
私は口を閉じる。
……ジェット先輩のためを思って言ったのに。
雑巾を絞りながら、こっそりため息をつく。
でも手は止めない。
ここは私たちの拠点になる場所だ。
健康第一。
清潔第一。
そして――
できるなら、みんなが気持ちよく過ごせる場所にしたい。
すると地下室に乾いた音が響く。
「……痛っ!」
小さな衝撃。
私の頭に直撃した一冊の本が、ぱさりと床へ落ちた。
見上げると、上段の棚に埃をかぶった本が乱雑に積まれている。
ずっと手つかずだったことは一目瞭然だった。
私は無言で、じっとジェットを見る。
「じー……」
「ち、ちゃんと整理しておくからそんな目で見るな!」
どうやら異性から見つめられることに耐性がないらしい。
ジェットはそっぽを向いたまま、気まずそうに頭をかく。
やれやれ。
私は落ちた本を拾い上げ、表紙の埃を軽く払った。
そのとき、目に入った文字に、思わず手が止まる。
「ん……? 『姿を消した妖精……ノワール』」
「……! ちょっとボクにも見せてくれ」
「え? うん」
ジェットが珍しく真剣な顔で近づいてくる。
掃除は一時中断。私が適当に開いたページを、二人で覗き込んだ。
そこに記されていたのは――とある妖精の記録だった。
⸻
『ノワール』
かつてこの世界に存在していたとされる妖精の中でも、最も強い力を持つと語られる存在。
現存する妖精の中でも希少な“時間と時空を超える能力”を有していたとされる。
中でもノワールは、妖精の中でただ一体のみ“未来視”――すなわち未来を見通す特別な能力を持っていたと伝えられている。
その力を駆使し、世界を嘘で塗り替える恐ろしい組織と対立していた。
だが、ある日忽然と姿を消した。
痕跡は一切残されておらず、真相は完全に迷宮入りとなっている。
⸻
「……」
地下室の空気が、わずかに重くなる。
ノワール。
そんなすごい妖精がいたことにも驚きだが、
“姿を消した”という事実が、妙に引っかかった。
「ノワール……名前を聞いたことはあったが、ここまでの能力を持っていたとは……」
ジェットの声は、いつになく低い。
「ジェット先輩は、ノワールに会ったことはないの?」
「会ったどころか姿すら見たことがない。知っているのは名前と、ポチタンと同じ“時空の妖精”ということだけだ。だが……“未来視”まで持っていたとは初耳だ」
長い時間を生きているジェットですら、実態を知らない。
それだけ謎に包まれた存在。
そして、文章の一節が頭をよぎる。
――世界を嘘で塗り替える恐ろしい組織。
「この対立してた組織って……」
「十中八九、怪盗団ファントムだな」
ジェットは即答した。
「姿を消したとなると……連中に始末されたか、あるいは別の理由か……」
怪盗団ファントム。
私たちが現在進行形で追っている敵。
その相手と真正面から対立できる妖精。
「未来視……先の結末をすべて見通せる能力、か。相当すごい妖精だね……」
「相当、怪盗団ファントムにとって脅威だったんだろうな……」
もし。
もし今もノワールが存在していたなら。
強力な味方になっていたのだろうか。
未来が見える妖精。
その力があれば、もっと多くの人を救えるかもしれない。
……けれど。
「ま、過去に起こったことだ。痕跡もなく姿を消したとなると、今さらどうすることもできない。とにかく掃除を進めるぞ」
現実に引き戻すようにジェットが本を閉じた。
「あ、はーい」
考えても、答えは出ない。
私はつい最近まで妖精の存在すら知らなかったただの一般人だ。
遠い過去の謎に思いを巡らせても、今の私にできることはない。
落ちた本を棚の空いた場所に差し込み、雑巾を握り直す。
それでも。
ほんの少しだけ。
“未来視”という言葉が、胸の奥に引っかかったままだった。
未来を見通す力。
もし、そんな力があったなら――
私は何を知りたいと思うのだろう。
地下室の静かな空気の中で、
そんな考えが、ふっと浮かんでは消えていった。
_______________
「インテリア? そんなもんどうでもいいだろ……」
「私まだ掃除途中なんだけど……」
「掃除も大事だけど、地図が貼ってあるだけじゃ味気ないし!」
現在、私たちは掃除を中断し、なぜかまことみらい市の中心部へとやって来ていた。
理由は単純。
“地図しか貼っていない事務所は寂しいから”。
というみくるの提案で、事務所を私たちらしくアレンジしようという話がいきなり決まったのだ。
……正直、あまりお金はかけたくない。
春の陽気に包まれた街はにぎやかで、通りには買い物客や学生たちが行き交っている。
ポチタンは紐をつけてポーチ型に変身し、あんなの肩からぶら下がってはしゃいでいた。
「ポチ~♪」
「あはは、似合うでしょ?」
「はあ……痛い出費はごめんだよ……」
あんながくるりと回る。
その横で、私はため息をつく。
「お願いしまーす!」
ポケットティッシュを配っている女性から、さりげなく一つ受け取る。
裏面には携帯電話の広告。
……今のところ、持つ予定はないが。
「来てくれたお客さんも、素敵な事務所の方がいいでしょ!」
みくるはすっかりその気だ。
「お客さんか……もちろん来た依頼は全て引き受けるけど、ボクらの使命は怪盗団ファントムを止めることだ」
「わかってるって」
ジェットの言葉はいつも通り現実的。
以前は依頼を断っていた彼も、名探偵プリキュアが復活した今はその必要がなくなった。
けれど――
怪盗団ファントムがどれほどの規模なのか、まだ私たちは知らない。
わかっているのはニジーの存在だけ。
今後、さらに仲間が現れる可能性だってある。
そんな中。
「ねえ、ずっと気になってたんだよね。私の時代はウソで覆われた世界じゃないし、ファントムなんて聞いたこともない。ここと変わらないよ、平和だよ?」
未来から来た彼女の言葉。
あんなが元いた時代には、怪盗団ファントムは存在しない。
少なくとも、表立っては。
平和な世界だったと彼女は言う。
でも――
「意味ないよ」
気づけば、私はそう口にしていた。
「え?」
あんなが目を丸くする。
私は少しだけ視線を落とし、続けた。
「未来は絶えず変わる。過去に干渉した時点で、その結末が元の世界と同じになるとは限らない」
静かな声だった。
自分で言ったのに、どこか他人事のように聞こえる。
「み、みのる?」
みくるが不安そうに私を見る。
……喋るつもりなんてなかった。
ただ、自然に言葉が出た。
未来は固定されたものじゃない。
分岐して、揺れて、変わり続ける。
もしあんながこの時代に来たことで何かが変わるなら、
彼女の知っている“平和な未来”がそのまま訪れる保証はどこにもない。
春の風が吹き抜ける。
にぎやかな街の音が、遠くに感じられた。
私は小さく息を吐く。
「だから、安心材料にはならないってだけ」
それ以上は言わなかった。
――未来は、絶えず変わる。
その言葉が、なぜこんなにも自然に出てきたのか。
自分でもわからなかった。
『…………ル……。……利用……ウソ…世界を造……。全……未……書が……いる――』
「っ……!?」
突然、脳内にノイズが走った。
鋭い痛みがこめかみの奥をかすめる。
誰の声だろう。
性別は男性か…それしかわからない。
途切れ途切れで意味を成さない言葉の断片だけが、無理やり頭の中に流れ込んでくる。
――利用。
――ウソ。
――世界。
そこまでで、ぷつりと途切れた。
視界が一瞬揺らぐ。
これは……何?
「大丈夫!? みのる!」
ぐらりと傾いた身体を、みくるが慌てて支えた。
「あ……大丈夫。ちょっと昨日寝不足だったからかな?」
口から出たのは、とっさの嘘。
昨日はちゃんと寝た。体調も万全。
熱もないし、ふらつきももうない。
頭の中で変な声が聞こえた、なんて言えるわけがない。
そんなことを言えば余計心配されるか、病院に行けと言われるか――
最悪、幻聴を疑われる。
「みのる眠れないの? 環境が違うから身体が慣れなかったのかな?」
あんなの瞳が、不安に揺れる。
「全く……あれだけお菓子の食べ過ぎは良くないとか言っていたくせに、自分のことはちゃんと管理できてないじゃないか……」
ジェットの小言が飛ぶ。
「面目ありません……」
素直に頭を下げる。
……いや、体調管理はできているんだけど。
そう思っているうちに、さっきまでの頭痛は嘘みたいに消えていた。
何事もなかったかのように。
本当に、何だったんだろう。
「まあ、みのるが言ったとおりだ」
ジェットが真面目な声で言う。
「未来は絶えず変わる。ボクたちが頑張らないと、ここもお前の時代も“ウソで覆われた世界”になるかもしれない」
「………」
ウソで覆われた世界。
さっき頭の中で聞こえた単語と、同じ響き。
胸の奥が、わずかにざわつく。
でも――
この世界だって、完全に真実だけでできているわけじゃない。
大丈夫と聞かれて「大丈夫」と答える嘘。
学校や仕事を休むための小さな仮病。
相手を傷つけないための、優しいごまかし。
ウソなんて、そこらじゅうにある。
むしろ、一度も嘘をついたことがないのは――
多分あんなくらいじゃないだろうか。
「いけ好かない妖精の手に落ちる可能性がある」
ジェットが付け加えた。
「いけ好かない妖精って?」
あんなが首をかしげる。
「言ってなかったっけ? ファントムのやつらも、ボクたちと同じ“妖精”なんだ」
「……え?」
空気が一瞬止まった。
「あの怪盗が……妖精……?」
衝撃の事実を、ジェットはさらりと明かした。
けれど思い返せば、ニジーのあの身体能力。
人間離れした跳躍力と身のこなし。
妖精だと言われれば納得はできる。
私たちが知らないだけで、
この世界には妖精という存在が、当たり前のように紛れ込んでいるのかもしれない。
怪盗団ファントムも、プリキュアも。
同じ“妖精”という存在が、正反対の立場に立っている。
……利用。
頭の奥に、さっきの断片がよみがえる。
ウソで、世界を造る。
ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。
気のせいだ。
きっと、気のせい。
私はそっと拳を握る。
怪盗団ファントムの計画は、止めなければならない。
未来が変わるとしても。
ウソで覆われる世界なんて――
そんなもの、絶対に認めない。
_______________
【るるかSide】
高い天井から吊るされた巨大な照明が、静まり返った劇場を柔らかく照らしている。
赤いビロードの座席は無人。
舞台も、幕も、音もない。
けれど――
最後部のVIP席だけは違う。
騎士や貴族を思わせる衣装に身を包み、仮面を被った人物が、悠然と腰を下ろしている。
威厳と静謐をまとった存在。
私たち怪盗団ファントムの首領――
ウソノワール。
ここは、私たちの活動拠点。
この荘厳な劇場は、ウソノワールの趣味であり、舞台であり、世界を“演出”するための箱庭。
その手には、分厚い一冊の書物。
不思議な予言書――《
静かにページがめくられるたび、かすかに紙が擦れる音が響く。
「未来自由の書を読み解くに、約束の時まであと僅か。マコトジュエルを獲ねばならぬも、この失態……」
低く、冷たい声。
その視線の先にはニジーの姿。
二度にわたる失敗。
マコトジュエル奪取の失敗。
その責を、ウソノワールは静かに、しかし確実に叱責していた。
私は、少し離れた場所からその様子を眺めている。
そして、反対側には白髪で巨体の男。
誰もが口を挟めない空気。
この世界をウソで覆うためには、マコトジュエルが必要不可欠。
未来自由の書に示された在りかを辿り、奪う。
それが私たちの日常のはずだった。
だが――
「ウソノワール様、申し訳ありません。まさか名探偵プリキュアが現れるとは……」
ニジーの言葉に、場の空気がわずかに揺らぐ。
名探偵プリキュア。
かつて消えたはずの存在。
それが、新たに誕生したという。
その瞬間。
未来自由の書が、ひとりでに次のページをめくった。
パラリ、と乾いた音。
淡い光が文字を浮かび上がらせる。
「未来自由の書が、新たなマコトジュエルを示している」
ウソノワールの声が、劇場に響く。
「……!」
次の標的。
新たな舞台。
その空気を切り裂くように、弾む声が響いた。
「うっふふ! 今回は、アゲが行くしかないっしょ!」
緞帳がゆっくりと開き、スポットライトが一点を照らし出す。
その光の中から、ひとりの女性が歩み出た。
――アゲセーヌ。
ピンクがかった長い髪を高い位置で束ねたポニーテール。
髪を留める飾りは、コウモリの羽がついたハイビスカス。
華やかで、どこか毒のある装い。
ピンクのノースリーブインナー。
左脚に大胆な切れ込みの入った黒のミニスカート。
レッグハーネスと揃いのベルトがきらりと光る。
モコモコとした装飾のノースリーブマントとアームウォーマー。
濃いピンクのハイソックスに、グレーのブーツ。
全体的にギャル風。
けれど、その瞳の奥には鋭い光が宿っている。
「アゲセーヌ、なぜお前が!」
ニジーの声が静まり返った劇場に響いた。
離れた場所からでも分かるほど、露骨に不機嫌だ。
対するアゲセーヌは、肩をすくめて大げさにため息をつく。
「アンタのギャルの変装、ちょー下手! ありえない、チョベリバ~!!」
「……聞き捨てならないな」
ぴくり、とニジーのこめかみが動く。
以前、ギャル風女子高生に変装していたニジーの姿を思い出す。
確かに……本職の目線で見れば、あれはなかなかに厳しい出来だったのだろう。
そもそも男性が無理に女装している時点で、違和感は否めないのだけれど。
「また騒がしいこと」
私の隣で、小さなお供妖精――マシュタンが呆れたように呟く。
「うん」
短く相槌を打ちながら、私は手にしていたアイスをひと口かじる。
甘さがゆっくりと広がった。
この程度の口論は、怪盗団ファントムの日常。
今さら気にするほどのことでもない。
「ウソノワール様! このニジーに、お任せを!!」
マコトジュエル回収に再び立候補するニジー。
だが――
ウソノワールの視線は、背後で猛アピールしているアゲセーヌへと向けられた。
「行け! アゲセーヌ!」
「あ!?」
ニジーの驚愕の声。
「華麗に優雅に奪ってくるのだ」
「うっふふ、任せて! バチッとキメてくるっしょ!」
喜色満面のアゲセーヌ。
一方でニジーは、愕然とその場に立ち尽くす。
「そ、そんな! ボクにチャンスを……!!」
しかし、ウソノワールはその声を意に介さない。
「ライライサー!」
「「ライライサー!!」」
号令と同時に、二人の態度が一瞬で切り替わる。
首領の命令を受けた際の、絶対の返答。
それが、怪盗団ファントムの掟。
アゲセーヌはくるりと身を翻し、舞台袖へと消える。
気づけば、その姿はもうどこにもなかった。
ニジーも悔しさを滲ませながら、自分の持ち場へ戻ろうとする。
そのとき。
「ニジーよ。一つ聞きたいことがある」
低く、重い声。
「は、はい!」
呼び止められ、慌てて振り向くニジー。
「名探偵プリキュアではない生身の人間が、プリキュアや妖精と接触しているのは本当だな?」
劇場の空気が、わずかに張り詰める。
「本当です。ボクの瞳に狂いはありません」
生身の人間。
……例の少女のことね。
ニジーの報告にあった名前。
花崎みのる。
ごく普通の少女。
少なくとも、今のところは私たちにとって直接の脅威ではない。
けれど。
ウソノワールは、なぜかその存在に興味を示している。
「そうか……いたのか」
仮面の奥で、何かを確かめるように呟く。
「長い年月が流れ、運命の時はすぐそこまで来ている……」
意味深な言葉。
だが、その真意を理解できる者は、この場にはいない。
ウソノワールだけが知る“運命の時”。
それが何を指すのか――。
「私たちもそろそろ行きましょ」
マシュタンの言葉に私は立ち上がり、残りのアイスを口に含む。
「……わかった」
マシュタンを抱き上げる。
名探偵プリキュア。
そして、生身の少女。
少しだけ、気になった。
劇場の扉を開けると、外の空気が流れ込む。
巨大な舞台を背に、私は静かに歩き出した。
幕は、すでに上がっている。
次の舞台で、何が起こるのか――
それを確かめに行くのも、悪くない。
_______________
【みのるSide】
街の一角に、ひっそりと佇むインテリアショップを見つけた。
大きなガラス窓越しに見えるのは、やわらかな照明に包まれた家具や雑貨たち。
まるで小さな物語の舞台みたいで思わず足が止まる。
「入ってみよっか」
そう言うと、みくるとあんなが同時にうなずいた。
扉を開けると、木の香りと優しい光に包まれる。
「わあ~、はなまる素敵!」
「ポチ~!」
整然と並ぶ家具や小物たち。
ナチュラルな棚、アンティーク風のランプ、可愛らしいクッション。
見ているだけで、胸がわくわくしてくる。
「いらっしゃいませ!」
店員さんの明るい声が響く。
「かわいい物で溢れてる!」
目を輝かせるあんな。
みくるもすっかり見惚れている。
……対して、ジェットは無表情。
あまり興味がないらしい。
その横ではポチタンが棚に置いてある置物に興味を示した。
「ポチ~!」
「かわいい!」
「ほんとだ!」
棚の真上に置かれていたのは、亀の形をしたオブジェ。
「亀か、これ?」
見た目は亀の置物。
でも全体はガラスでできていて、甲羅は明るい緑色。
手足と頭と尻尾はやわらかな黄色。
照明を受けて、宝石みたいにきらきらと光っている。
思わず、息をのむほど綺麗だった。
「ポ~!」
興味津々のポチタンが手を伸ばす。
「だめ! ガラスだから割れると大変でしょ!」
あんなが慌てて止める。
そして――
「ジェット先輩、この子ほしい!」
「ええっ!?」
ジェットが素っ頓狂な声をあげる。
確かに、いかにも高そうなガラス細工だ。
ただ、よく見ると値札がない。
どうしてだろう?
「ごめんなさい。それ、売り物じゃないんです」
近づいてきた女性の店員さんが柔らかく微笑む。
「え?」
「この店のシンボルなんです」
「シンボル?」
「はい。店のみんなで大切にしていて……」
店員は、亀の置物をそっと撫でた。
「亀みたいに歩みは遅くても、一歩ずつ前に進んでいこう。そしていつか、もっと広くて素敵なお店にしようって。この置物を見るたびに、頑張ろうって思えるんです」
「素敵!」
あんなが感動したように声を上げる。
なるほど。
ただの飾りじゃない。
うさぎのような速さではなく、亀のように確実に。
そんな願いと決意が、このガラスの中に込められている。
それなら、売れないのも当然だ。
「これはお売りできませんけど、他のものならご案内します」
「「お願いします!」」
みくるとあんなが元気よく返事をする。
改めて店内を見渡すと、気になるインテリアがたくさんある。
値段はちょっと怖いけど……
今は忘れて楽しむのも悪くないかもしれない。
「あ、ちほさん。僕が戻しておきますよ」
若い男性の店員さんが声をかける。
「ありがとう、卓也くん」
女性の店員さんが微笑む。
男性店員――卓也さんが、亀の置物を受け取った。
「何かお探しのものはありますか?」
「えーと……」
「新しい部屋の飾りつけがしたいんです!」
みくるが元気よく答える。
「でしたら、二階にもおすすめがありますよ」
女性店員に案内され、みんなが階段へ向かう。
私は少し遅れてついていき――
ふと、振り返った。
「……ん?」
亀の置物。
さっきと、向きが違う。
逆さまに置かれているように見えた。
……気のせい?
あの男性店員の卓也さんが戻したんだよね?
ちょうどそのとき、外国人のお客さんが入店してきた。
「いらっしゃいませ!」
卓也さんは慌てて入り口へ向かう。
逆さまの亀。
きらり、とガラスが光る。
僅かな違和感を感じたが、気にせずにみくるたちのところへ向かっていった。
_______________
「「うわー、かわいいソファ!」」
二人の声がきれいに重なった。
「口を開けば“かわいい”だな。ソファならあるだろ……」
ジェットが呆れたように肩をすくめる。
二階には大型家具がずらりと並んでいた。
タンス、テーブル、椅子、そしてソファ。
どれも重厚感があり、丁寧に作られているのが一目で分かる。
――その分、値段も相当なはず。
私は、隣にあった深いグリーンのソファに目を留めた。
見るからに座り心地が良さそう。
これに座って作業なんてできたら、きっと快適だろうな。
そう思って何気なく値段を確認する。
[14万9000円]
(……見なかったことにしよう)
そっと視線を逸らす。
夢を見るのはやめよう。
一人暮らしの私に、その金額は“破産”という言葉すら生ぬるい。
「でしたら、クッションはいかがですか? お持ちのソファに合わせてみては」
店員さんの優しい提案。
みくるとあんなが、同時にジェットの方を向いた。
無言の圧。
「……まあ、クッションなら……」
観念したようにジェットが言う。
「今お持ちしますね」
クッションならソファほどの金額にはならない。
雰囲気も出るし、持ち運びも簡単。
……というか、もし本当にソファを買っていたらどうやって運ぶつもりだったんだろう。
「あ! このカーテン良くない?」
「派手じゃないか?」
次々と商品に目を輝かせるあんなとみくる。
ジェットはその後ろをついていくだけで精一杯だ。
まあ――支払いは、私たちが“お金を持っていない”という理由で、強制的にジェット担当になっているのだけれど。
みくるはカーテンに覆われているブラインドに注目。
「うーん、ならこれはどう?」
ブラインドの隙間に指をかけ、そっと開いて外を覗き込む。
どこかで見たことのある構図。
「名探偵って感じじゃない?」
「うんうん!」
あんなが全力で同意。
「お前ら、楽しそうだな……」
ジェットが半ば呆れ顔でため息をついた。
お金を払う側の気持ちも考えてほしい、と言いたげだ。
「というか、それ……探偵というより刑事さんじゃない?」
「「あ………」」
私の一言で、二人が固まる。
しまった。
なんだか夢を壊してしまったみたいで、少しだけ罪悪感。
そんな和やかな空気は――
突如として破られる。
「ポ、ポチいいいいいい!!?」
ポチタンが、突然甲高い声を上げる。
「もしかしてまた事件!?」
あんながすぐに察し、その直後。
一階から、短い悲鳴が響いた。
「ああっ!?」
「!?」
私たちは顔を見合わせ、すぐに階段へ駆け出す。
一階のフロア中央。
さっきの女性店員が、呆然と立ち尽くしていた。
「どうしたんですか!?」
「ないんです! 置物が!」
「え!?」
視線の先。
そこにあるはずの、緑と黄色に輝くガラスの亀。
その姿は――消えていた。
残されているのは、置物を傷つけないように敷かれていたクッションだけ。
ぽっかりと空いた空間。
さっきまで確かにそこにあった、店のシンボル。
きらきらと光っていた亀が――
忽然と姿を消していた。
「さっきまであったのに!」
女性店員の声は震えている。
奥から戻ってきた男性店員の卓也さんも、焦った様子で首を振る。
「店内を探しましたけど……どこにも……」
頭を抱えるその姿に、ただ事ではない空気が広がった。
「たちゅけて……」
ポチタンが小さく、けれどはっきりと声を上げた。
――この流れ。
今回で、三回目だ。
「これが事件?」
あんなが真剣な顔でみくるを見る。
「……あの置物に、マコトジュエルが宿っていたのかも」
自分の中で、点と点がつながっていく。
「ほら、今までのポチタンが連れてきたときって、マコトジュエルが危険なときか、取られたときだったでしょ?」
みくるがはっとする。
「なるほど、ありうるな……」
一回目――ティアラが盗まれたとき。
ポチタンは靴屋からあんなを引っ張り出した。
二回目――ガラスペンが盗まれたとき。
事務所で突然暴れ出し、私たちを現場へ導いた。
そして、今回。
亀の置物が消えた直後に、ポチタンが反応した。
偶然とは思えない。
「察知できるんだ……」
思わず、口に出していた。
「え?」
みくるとあんなが同時にこちらを見る。
私はゆっくりと説明する。
「ポチタンが力を取り戻す動力源はマコトジュエル。だから、この街のどこかに眠っているマコトジュエルの異変を、無意識に感じ取れるんだと思う」
二人が真剣に耳を傾ける。
「怪盗団ファントムは“ウソ”の力を使う。マコトジュエルの“マコト”――恐らく真実とは真逆の力。だから、ポチタンが異変を感じたなら……」
胸がざわつく。
「怪盗団ファントムが、近くにいると考えた方がいい」
「うん!」
「……わかった。ありがとう」
強くうなずく二人。
もしファントムがいるなら、変装している可能性が高い。
となると――
またニジー?
「私たちに任せてください!」
あんなが前に出る。
「え?」
ポケットを探り、取り出したのは小さな本とペン。
ミニチュアサイズのそれを掲げて、声を揃える。
「「オープン! プリキットブック!」」
ふわり、と光が溢れた。
手の中の小さな本が、眩い輝きをまといながら大きく変化していく。
現れたのは、名探偵プリキュアの証――プリキットブック。
「小さくして持ち運べるんだ! 天才だろ!」
得意げなジェット。
「本当に天才発明家だよ……」
思わず本音が漏れる。
どういう原理なのか、まったく分からない。
タイムスリップ。
ジェットの発明。
妖精の存在。
私たちの知っている物理法則や常識を軽々と飛び越えていく。
背筋にぞくりとした感覚が走った。
「「私たち、キュアット探偵事務所の探偵ですっ!!」」
二人は堂々とプリキットブックを開き、顔写真と名前を示す。
きらり、とページが光る。
「た、探偵……?」
店員さんたちが戸惑いながら目を丸くする。
「「事件を解決してみせます!」」
力強い宣言。
一瞬の沈黙のあと――
「ええ、お願いします!」
女性店員が、縋るようにうなずいた。
キュアット探偵事務所、本格再始動。
その最初の大仕事。
二人はやる気に満ちた表情で、くるりと振り向く。
推理ショーの幕が、今――上がった。