かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みくるSide】
「喧嘩!!?それでみのるが行方不明に!?」
ゆみの驚いた声が、遊園地の喧騒の中でもはっきりと響いた。
私も耳を疑った。
みのるが……喧嘩?
どうして?
あんなも戸惑いを隠せない様子で話を整理するように呟く。
「みのるがジュースをこぼして服を濡らし、友達が我慢できなくて、言いがかりをつけて口論になっちゃったと……」
「なんで……なんでそんなことに!?」
気づけば私は声を上げていた。
ジュースをこぼした……それだけで?
みのるはきっと真っ先に謝ったはずだ。
何度も何度も頭を下げて、自分が悪いと責め続けたに違いない。
それでも口論になるなんて――。
説明していた女子生徒は今にも泣き出しそうな顔で首を振った。
「ごめんなさい!!私は気にしてないんですけど、あかりが激しく怒りだして止められなくて……」
もう一人の生徒も俯いたまま震える声で続ける。
「周囲を探したけど、全然見つからなかったんです……」
その言葉を聞きながら、私は視線を少し横へ向けた。
離れた場所に、一人の女子生徒が立っている。
あかり……きっと彼女なのだろう。
複雑そうな表情を浮かべ、私たちとは目を合わせようともせず、どこか遠くを見つめている。
怒っているようにも見える。
でも、それだけじゃない。
後悔しているようにも、不安そうにも見えた。
その姿を見た瞬間、一瞬だけ胸の奥から熱い感情が込み上げた。
──なんで。
なんでみのるにそんなひどいことを言ったの?
あの子がどれだけ傷つきやすいか知っていたら、そんな言葉は絶対に言えないはずなのに。
そう叫びたくなった。
だけど、その怒りは長くは続かなかった。
……違う。
この人たちは知らない。
みのるがどんな過去を抱えているのか。
どれだけ自分を責めやすい子なのか。
どれだけ「迷惑をかけた」という一言だけで心が壊れてしまうほど繊細なのか。
知らないから。
知らないまま、普通の友達同士の喧嘩と同じ感覚で言葉をぶつけてしまった。
責めたい気持ちはある。
でも、それ以上に今は――みのるを見つけたい。
それしか頭になかった。
「どうするの?かなりマズい状況じゃ……」
「マズいね」
ゆみは小さく息を吸い、実行委員長として冷静に状況を整理し始めた。
しかし、その声には若干の焦りが混じっている。
「プライベートでの旅行ならともかく、今は修学旅行中。集団行動が厳守なのに、はぐれたままなら大問題になる。もし帰る前の集合時間になっても見つからなかったら、来年以降の修学旅行すらできるかもわからない」
「修学旅行ができなくなる……!?」
その言葉の重さが、私にも痛いほど伝わってきた。
学校全体の問題になる。
先生たちはもちろん、遊園地全体を巻き込んだ大捜索になるかもしれない。
「くっ……みのる……!」
私は唇を噛んだ。
そんな責任だとか学校だとかより、今はあの子が一人でどこにいるのか、それだけが心配だった。
みのるは今、どんな気持ちでいるんだろう。
また全部自分が悪いと思い込んで、一人で泣いているんじゃないだろうか。
どこか人気のない場所で、自分を責め続けているんじゃないだろうか。
そんな想像ばかりが頭をよぎる。
「とりあえず三人は本部に行ってこのことを伝えて。多分先生たちもみのるを探しに行くと思うから。後は先生の指示に従って」
「わ、わかりました……」
「はい……」
ゆみの指示に三人は力なく頷き、そのまま本部の方向へ走っていった。
「私たちは?」
「……ごめんね、みんな。しばらくみのるの捜索を手伝ってもらっていいかな?」
ゆみの表情には申し訳なさと責任感が入り混じっている。
その言葉に迷う人は誰もいない。
「もちろん。今はみのるを優先しないとだからね!」
私も一歩前へ出る。
胸の中の不安を押し殺し、強く拳を握った。
「探偵である私たちが動かないわけにはいかない」
みのるは、私の大切な親友。
困っている時に探しに行かなくて、何が探偵だ。
「絶対、みのるを見つける!」
「私も手伝うよ!心配でとても楽しめる雰囲気じゃないからね!」
その言葉を聞いたゆみの表情が和らいだ。
「みんな……ありがとう!」
遊園地の賑やかな音楽は変わらず流れている。
子どもたちの笑い声も聞こえる。
けれど、私たちの修学旅行は、その瞬間を境に楽しい思い出を作る時間から、一人の大切な友達を探し出すための時間へと変わった。
私は園内を見渡し、小さく息を吸う。
待ってて、みのる。
今度は私が、絶対にあなたを見つけるから。
_______________
【みのるSide】
――また、やってしまった。
その言葉だけが、頭の中で何度も何度も繰り返される。
私は歩きながら俯き、自分の足元だけを見つめていた。
さっきまでの出来事が、嫌というほど脳裏によみがえる。
ジュースをこぼしてしまったこと。
口論になったこと。
そして、感情のままにその場を飛び出してしまったこと。
どうして私はこうなんだろう。
嫌なことがあると冷静になれない。
生徒会長のれいとぶつかった時もそうだった。
何度同じ失敗を繰り返せば気が済むんだろう。
修学旅行で単独行動は禁止。
先生から何度も聞かされた注意事項だったのに、私はそれを破ってしまった。
時間が経てば経つほど、状況は悪くなる。
班のみんなはきっと困っている。
先生も探し始めているかもしれない。
みくるたちまで巻き込まれていたらどうしよう。
考えれば考えるほど、不安だけが大きく膨らんでいく。
「……早く戻らないと」
今は気まずさなんてどうでもいい。
怒られるなら怒られよう。
謝るなら何度でも謝る。
でも、このまま行方不明扱いになるのだけは絶対に駄目だ。
もし警察まで出動するような騒ぎになったら?
もしニュースになるような問題になったら?
最悪の場合、「修学旅行中の重大トラブル」として学校の評判が悪くなり、来年以降の一年生が修学旅行へ行けなくなる可能性だってゼロじゃない。
そんな未来だけは嫌だ。
私一人のせいで、大勢の人たちの楽しみを奪うなんて、絶対にあってはいけない。
急がなきゃ……なのに。
「地図……持ってない……」
焦りがさらに募る。
さっきまで班のみんなと一緒だったから必要ないと思っていた。
こんな時に限って頼れるものが何一つない。
私は深呼吸を一つして、空を見上げた。
太陽の位置を確認する。
それから園内に立っている案内板へ視線を向ける。
「とりあえず……本部がある方向へ……」
それしか方法はなかった。
ナガシマスパーランドは想像以上に広い。
絶叫マシンが並び、大勢の人が行き交い、建物も道も複雑に入り組んでいる。
適当に歩けば、迷子になるのは目に見えていた。
焦る気持ちを抑えながら、一歩一歩進み始めた時。
「うええぇぇぇぇん!!おかあさあぁぁぁぁん!!」
耳をつんざくような泣き声が響いた。
思わず足を止める。
……子ども?
聞き間違いじゃない。
「うわあああぁぁぁぁん!!」
今度はもっと近くから聞こえた。
振り向くと、小さな少女がその場にしゃがみ込み、泣いていた。
肩を震わせ、涙をぽろぽろこぼしながら、何度も「お母さん」と叫んでいる。
迷子だ。
すぐにそう分かった。
周囲にはたくさんの人が歩いている。
家族連れも、カップルも、学生もいる。
でも、みんな一瞬だけ少女を見て、そのまま通り過ぎていく。
「……」
スタッフの姿も見当たらない。
私の胸の中で、二つの気持ちがぶつかり合う。
――早く本部へ戻らないと。
――でも、この子はどうするの?
私だって迷子みたいなものだ。
班とはぐれている。
先生に迷惑をかけている。
一秒でも早く戻らなければいけない。
なのに。
目の前で泣き続ける小さい子を見ていると、足が動かない。
見て見ぬふりなんて、できるわけがなかった。
私は探偵じゃない。
事件を解決する力なんてない。
プリキュアでもない。
誰かを助けられるような特別な力なんて持っていない。
それでも、目の前で助けを求めて泣いている子どもを放って自分だけ立ち去るなんて、私にはできなかった。
気がつけば、考えるよりも先に体が動いていた。
私は女の子を驚かせないよう、ゆっくりと膝を折ってしゃがみ込む。
できるだけ目線を合わせる。
子どもは身長の高い人を見上げるだけでも怖く感じることがあるため、できるだけ穏やかな声で話しかけた。
「……ねぇ、君」
しゃくり上げる声が少しだけ止まる。
「………うぅっ……誰?」
涙で濡れた瞳が、恐る恐る私を見上げた。
泣き腫らした赤い目。
頬には涙の跡が何本も残っている。
こんな小さな子が、一人ぼっちでこんなに不安だったんだ。
あとは……自己紹介だ。
花崎みのるです……で良いのかな?
普通ならそれでいいはずなのに、迷子の子どもへいきなり本名を名乗るのもどこか不自然な気がした。
かといって名乗らなければ、知らない人に声をかけているだけの怪しい人になってしまう。
どうしよう。
頭の中で考えがぐるぐる回る。
そして焦った私は、とんでもない言葉を口にしてしまった。
「た……探偵だよ!」
言ってしまった。
自分でも驚くくらい自然に、その単語が飛び出していた。
探偵……いやいやいや。
私は探偵じゃない。
せいぜい探偵事務所に居候しているようなものだ。
事件を解決したこともないし、助手らしい助手の仕事だってしていない。
なのに、どうしてこんな見栄を張るようなことを言ってしまったんだろう。
内心では頭を抱えたくなる。
しかし、
「探偵!?」
少女の表情が一変した。
「探偵さんなの!?本物の探偵さん!?」
さっきまで涙でぐしゃぐしゃだった顔が、まるで太陽が顔を出したみたいに明るくなる。
瞳は期待でいっぱいに輝いていた。
「え……あ……うん……」
今さら「嘘です」とは言えない。
この笑顔を曇らせる勇気なんて、私にはなかった。
だから私は、小さく頷くしかなかった。
……ごめんなさい。
嘘をつきたいわけじゃないんです。
でも今だけは、探偵ということにさせてください。
少女はぎゅっと自分の服を握り締め、小さな声でお願いした。
「お願い、探偵さん……お母さんを探してほしいの……」
その一言に、私は自然と表情を引き締める。
「お母さんとはぐれちゃったの?」
「うん……」
遊園地のような人混みでは、ほんの数秒目を離しただけでも見失ってしまう。
子どもならなおさらだ。
「それは大変だね……」
私は周囲を見回す。
だけど、みくるたちが持っているプリキットのような便利な道具はない。
探偵ドラマみたいな特殊な機械もない。
名探偵みたいな超人的な推理力があるかはわからないけど、地道に探すしか方法はない。
私は一つ気になったことを尋ねた。
「近くの大人に助けてほしいって言わなかったの?」
「知らない人に話しかけちゃダメって言われてるから……それに、怖いし……」
「あ……」
なるほど、確かにその教えは間違っていない。
むしろ、とても大切なことだ。
……でも、私はその「知らない人」に入らないんだ。
いきなり話しかけて探偵って名乗っただけで。
少し複雑な気持ちになりなるも問題ないなら別に気にしなくても大丈夫だろう。
スタッフへ案内することも考えたが、この子は怖がって動かないかもしれない。
無理やり連れていけば、また泣き出してしまうだろう。
どうするのが一番いいんだろう。
私自身だって迷子みたいなものなのに。
「ねえ……探偵さんなんでしょ?」
少女が私の服の袖を掴んだ。
期待に満ちた大きな瞳が、まっすぐ私を見つめる。
「私のお母さん……探して?」
「ぅ………」
その目は反則だ。
そんな真っ直ぐな期待を向けられたら、断れる人なんているんだろうか。
いや、少なくとも私は無理だ。
それに――私は今、急いでいる。
本部へ戻らなければならない。
きっとみんなは心配している。
頭では分かっている。
分かっているのに、自分の口はもう答えを決めていた。
「いいよ。お母さんが見つかるまで、一緒に探してあげる」
女の子の顔がぱっと花が咲いたように明るくなった。
「本当!?ありがとう!探偵のお姉ちゃん!!」
その無邪気な笑顔に私も微笑んだ。
――探偵のお姉ちゃん。
不思議な呼び方だ。
でも、嫌じゃない。
私は物心ついた頃から一人っ子として育ってきた。
兄弟姉妹がいる生活なんて知らない。
だから、「お姉ちゃん」と呼ばれる感覚も初めてだった。
まるで本当に小さな妹ができたみたい。
もちろん現実はそんな簡単な話じゃない。
私は迷子で、この子も迷子。
二人合わせても何も解決していない。
それでも、私を信じ切ったその笑顔だけは、絶対に裏切りたくなかった。
探偵を名乗ってしまった以上、その責任くらいは果たしたい。
私は静かに立ち上がると、小さな手を優しく握った。
「よし、一緒にお母さんを探そう」
その言葉に、女の子は力いっぱい頷いた。
その小さな手から伝わるぬくもりは、不安に震えていたはずなのに、不思議と今は少しだけ安心したように感じられた。
「ねえ、お姉ちゃん!」
小さな手が私の腕にぎゅっとしがみつく。
さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘みたいに、女の子はすっかり元気を取り戻していた。
「何?」
自然と笑顔で返事をする。
その笑顔とは裏腹に、胸の奥ではずっと焦っている。
焦れば焦るほど時間だけが過ぎていく。
それでも、その焦りをこの子に見せるわけにはいかない。
「推理してみて!」
「………え?」
あまりにも唐突な一言に、間の抜けた声が漏れてしまった。
「探偵さんなら、私たちが今どこにいるのかわかるでしょ?」
……しまった。
そうだった。
私は探偵を名乗っている。
本物の探偵なら、推理くらいできて当然。
そう期待に満ちた眼差しが私へ向けられる。
その瞳を見ていると、「できません」とは言えない。
「も、もちろんだよ!このくらいなら、すぐにわかる!」
「すごーい!推理してみて!」
純粋すぎる期待。
……自分で自分の首を絞めている気しかしない。
「ちょ……ちょっと待ってね……」
私は慌てて周囲を確認した。
何もない状態から一人で推理なんてそんな大それたこと私にできるわけがない。
あくまで知識を使って仮定を述べるくらいだ。
何か材料はないだろうか。
頭の中で必死に情報を整理する。
そういえば、班の子が持っていた園内マップを一瞬だけ見た記憶がある。
全部は覚えていない。
それでも、何もないよりはましだ。
視線を巡らせると、一枚の案内看板が目に入る。
そこには隣接施設への案内が書かれていた。
――ジャンボ海水プール。
そうだ、ナガシマスパーランドのすぐ隣には、日本でも有名な巨大ウォーターパークがある。
私はもう一度空を見上げた。
太陽の位置。
そして遠くから感じる海風。
頭の中で園内の配置を思い浮かべながら、一つずつ答えを組み立てていく。
「看板を見る限り……隣には大規模なウォーターパーク、『ジャンボ海水プール』がある」
少女は真剣な顔で聞いている。
「それと太陽の位置、それに海岸の方向を合わせて考えると……私たちはナガシマスパーランドの東側にいる。正確には……北東あたりかな?」
「すごーーーーい!!本物の探偵だ!!」
少女は私の推理かよくわからない説明にぴょんぴょん飛び跳ねた。
その無邪気な歓声に私は苦笑する。
……よかった。
なんとか誤魔化せたみたいだ。
でも、胸の中には小さな罪悪感が残る。
私は探偵じゃない。
たまたま周囲の情報を繋ぎ合わせただけ。
本当にすごいのは、みくるたちの方だ。
「大まかな現在地はわかったけど、それだけじゃお母さんがどこにいるかまではわからないからね」
「あ!だったら高い場所から探そうよ!」
「高い場所?」
その少女の発想には少し感心した。
確かに高い場所なら園内を広く見渡せる。
でも、この辺りで高い場所といえば……
ジェットコースターやフリーフォール。
どれも人を探すには向いていない。
それに私は今、アトラクションに乗っている場合じゃない。
「ほら!あそこ!」
少女が元気いっぱいに指を伸ばした先にあったのは、園内でもひときわ目立つ巨大な観覧車だ。
ゆっくりと空へ向かって回り続けるその姿は、遠くからでもよく見える。
「あれだけ高いと人なんて米粒くらいにしか見えないよ……」
観覧車は逆に高すぎて探すのが難しい気がする。
けれど女の子は諦めない。
「えー!行こうよ!もしかしたら見つかるかもしれないじゃん!」
「ちょ、ちょっと……!」
私の服の袖を両手で掴み、ぐいぐい引っ張る。
思った以上に力が強い。
「わかった、わかったから……あんまり引っ張らないでね」
「やったー!」
私が折れると、少女は満面の笑みになった。
……本当に観覧車でお母さんを探したいのかな?
それとも、ただ乗ってみたいだけなんじゃないだろうか。
でもそれを責めるつもりはない。
迷子になって、ずっと泣いて、不安だったはずだ。
少しくらい気持ちが紛れる時間があってもいいはず。
私には時間がないはずなのに、いつまでも反対できない自分を悔いる。
「観覧車♪観覧車♪」
「あまりはしゃいじゃダメだよ!」
鼻歌まで歌いながら歩いる少女の小さな手を握る力を少し強めた。
「またはぐれちゃうから」
「はーい!」
返事だけは立派だ。
……本当に分かっているのかな。
周囲から見れば、きっと私たちは姉妹に見えるだろう。
小さな妹に振り回される姉。
そんな、ごくありふれた光景。
その姿が少しだけくすぐったくてなんとなく嬉しかった。
けれど現実は違う。
私は修学旅行の最中に行方不明になっている生徒。
この子は迷子。
どちらも決して余裕のある立場じゃない。
なのに私は今、巨大な観覧車へ向かって歩いている。
(……私、一体何をやってるんだろう)
そんな自嘲に晒されるも、この少女の小さな手は離せなかった。
_______________
【みくるSide】
「オープン!プリキットミラールーペ!」
掛け声とともに、私とあんなは同時にミラールーペを展開する。
淡い光をまとったルーペが手の中に現れ、その力が静かに発動した。
ゆみとりえは別方向を捜索するため、私たちは二手に分かれることになった。
集合時間の一時間前になっても見つからなければ、本部前で再集合。
残された時間は決して多くない。
みのるがどこにいるのかも分からないまま、一分一秒が過ぎていく。
焦りだけが胸の中で膨らんでいた。
私は深呼吸を一つして、ミラールーペを地面へ向けた。
「……」
無数の足跡が光となって浮かび上がる。
人間だけではない。
子ども、大人、スタッフ。
靴の種類も大きさも向きも、すべてが入り乱れ、地面一面を覆い尽くしていた。
「………ダメ。足跡が多すぎて、全然判別できない……」
あんなも隣でルーペをのぞき込みながら、小さくため息をついている。
「こういう人混みだと、ミラールーペの弱点が出ちゃうね……」
その通りだった。
ナガシマスパーランドは、日本最大級の遊園地。
休日ともなれば何万人もの人が訪れる場所だ。
これだけ多くの人が歩き回った地面から、たった一人のみのるの足跡だけを探し出すなんて、砂浜で落としたコンタクトレンズを見つけるようなものだ。
私は機能を切り替える。
「ローファーの足跡だけなら……」
条件を絞り込めば少しは見やすくなるはず。
しかし、地面に残った光はほとんど減らなかった。
「……これもダメ。ローファーだけでも多すぎる……」
修学旅行生だけでも相当な人数がいる。
しかも、この遊園地には他校の学生も来ているかもしれない。
同じような靴ばかりでは、みのるの足跡を特定することなどできなかった。
便利な道具にも限界はある。
それを痛いほど思い知らされる。
「聞き込みをする?」
あんなが提案するも、私はゆっくり首を横に振った。
「この広さと人の多さじゃ……」
遊園地中を歩き回る大勢の人。
その中から「中学生くらいの女の子を見ませんでしたか」と聞いて回っても、情報はほとんど集まらないだろう。
時間だけがなくなっていく。
「どうしよう……」
「他に使えそうなプリキットもなさそうだし……」
私たちは完全に行き詰まっていた。
人の波は途切れることなく流れ続ける。
賑やかな遊園地の景色は変わらない。
でも、私たちの心だけはどんどん重くなっていく。
みのるは今どこにいるの?
泣いてない?
一人で無理してない?
頭の中に浮かぶのは、そんなことばかりだった。
そしてさらに状況を悪化させる要素が一つ近づいている。
――ゴロゴロゴロゴロ……
腹の底まで響くような低い音が、遊園地全体を震わせた。
「ねえ、みくる。この地鳴りみたいな音、何?」
「……違う。これは地鳴りじゃない」
耳に残るような低い音。
この音は地面からではない。
もっと高い場所……空だ。
「……雷だよ」
「雷!?」
あんなが驚いて空を見るも、頭上には青空が広がっていた。
白い雲がぽつぽつ浮かぶだけで、雨が降るような気配はまるでない。
「でもこんなに晴れてるよ?」
その疑問はもっとも。
だけど、雷が鳴ったという事実は変わらない。
つまり、近くに積乱雲がある。
私はある方向へ指を向けた。
「ここじゃない。あっちを見て」
「あっち?」
あんなが振り向き、ちょうど周囲のお客さんたちも同じ方向を見始めていた。
その視線の先。
水平線の向こうに、異様なほど巨大な雲がそびえ立っていた。
「……何、あれ……」
あんなの声が震える。
私はその姿から目を離せなかった。
「あれは積乱雲。しかも……かなり発達してる」
「積乱雲!?」
雲は信じられない高さまで成長し、その頂上は平らに広がっていた。
まるで巨大なキノコ。
あるいは金床のような形。
典型的な金床雲だった。
成層圏近くまで達した証拠。
つまり、限界以上に発達した積乱雲。
いつの間にあんな雲ができていたんだろう。
「あれほど大きいなんて……」
その危険性は私たちもよく知っている。
雷
突風
豪雨
そして場合によっては雹まで降る。
晴れているはずなのに突如として襲ってくる最悪の雲。
「もしこっちへ来たら……」
「天気は一気に荒れるでしょうね」
アトラクションは営業を一旦停止され、人の移動も制限される。
もはや捜索どころではなくなってしまう。
「とにかく来ないことを祈るしかない。急ぐよ!」
「うん!」
ミラールーペを握りしめて私たちは再び走り出す。
積乱雲はまだ遠い。
風向きが変われば、こちらへ来ない可能性だってある。
でももし近づいてきたら、捜索はさらに困難になる。
ジェット先輩の発明に頼ってばかりじゃ駄目だ。
私たち自身が考え、行動して、みのるを見つける。
――絶対に。
その強い決意だけを胸に抱きながら、私は人混みの中へ駆け出した。