かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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しるくの覚悟

【みのるSide】

 

青い蝶が写った一枚の写真。

ずっとキュアット探偵事務所に貼られていたその写真について、ようやくいくつかの事実が判明した。

 

まず、この写真を撮ったのは怪盗団ファントムのアゲセーヌ。

そして、写真に写っている青い蝶の正体は、ただの蝶なんかではなかった。

 

正体不明のプリキュア――その名は、キュアエクレール。

これで写真の正体については大きく前進したことになる。

 

けれど、だからといって全ての謎が解けたわけじゃない。

むしろ、本当の調査はここからだ。

 

次なる私たちの目標は、キュアエクレールの正体を突き止めること。

 

とはいえ、肝心の手がかりはほとんどない。

写真から名前までは判明したものの、それ以外に正体へ繋がりそうな証拠は見つかっていない。

 

結局、一から調べ直すことになるのは変わらなかった。

 

「この事務所には森亜るるかの他に、キュアエクレールが所属していた」

 

これまでに判明した情報を頭の中で整理する。

 

森亜るるか――キュアアルカナ。

そして、もう一人のプリキュアであるキュアエクレール。

 

同じ事務所に二人のプリキュアが所属していたというのなら、何かしら共通するものがあるのかもしれない。

 

「もう一人の名探偵。エリザさん……だったら良いのにな」

 

「ポチ」

 

あんなの呟きとポチタンの小さな鳴き声を聞きながら、私は一人の少女の姿を思い浮かべる。

 

来栖エリザさん。

キュアエクレールの正体を探すにあたって、候補の一人目として名前が挙がった少女だ。

 

彼女は現役の女子高生でありながらミステリー作家として活動している。

それだけでなく、この前の事件では探偵としての優れた素質も見せてくれた。

 

推理力もあるし、行動力だってある。

そんなエリザさんなら、プリキュアだったとしても不思議ではない。

 

……でもそれだけで決めつけるのはあまりにも早すぎる。

 

探偵として優秀だからプリキュアだ、なんて理屈が通るなら、候補なんていくらでも出てきてしまう。

 

「一概にエリザさんとは言えないけど、この街のどこかにはいるんじゃないかな?」

 

「うん。まだ他にも候補はいるかもだし、調査……」

 

――バタバタバタバタッ!!

 

突然、廊下から激しい足音が聞こえてきた。

足音はこちらへ一直線に近づいてくる。

 

それも普通に歩いているなんてものじゃない。

誰かが全速力で廊下を駆け抜けているような勢いだ。

 

そしてみくるが勢いよく部屋の中へ飛び込んできた。

 

「事件じけえええぇぇぇん!!」

 

「みくる?」

 

「依頼か!?」

 

あんなだけでなく、ジェット先輩まで反応する。

あまりにも慌てた様子で飛び込んできたものだから、私も一瞬身構えてしまった。

 

この慌てよう、よほど大変な事件の依頼でも入ったのだろうか。

ところが、そんな私たちの緊張とは裏腹に、みくるは手に持っていた一枚のチラシを勢いよく私たちの前へ突き出した。

 

その表情は事件を知らせに来た探偵というより、嬉しい知らせを一刻も早く伝えたくて仕方がない子供みたいに輝いている。

 

「ジャジャーン!しるくさんの舞台にご招待されちゃった~!」

 

……舞台?

 

さっきまでの緊張感は一体何だったんだろう。

ジェット先輩も同じように拍子抜けしたのか、呆れたような声を出す。

 

「な~んだ家入しるくの…家入しるく!!?」

 

ところが、その名前を口にした途端、ジェット先輩の反応が一変した。

 

……そういえばジェット先輩、しるくさんのことが気になってたっけ。

 

家入しるく

今を輝く大人気の現役女子高生の女性俳優だ。

ドラマや舞台に引っ張りだこの有名人で、私でも名前くらいは知っている。

 

そんな彼女がわざわざ私たちを舞台へ招待してくれたらしい。

そう考えると、確かに凄いことなのかもしれない。

 

今回、しるくさんはまことみらい市にあるとある劇場で公演を開くそうだ。

私はみくるが持ってきたチラシへ視線を落とす。

 

そこに書かれている舞台のタイトルは――。

 

『Sの喜劇』

 

題名だけではどんな内容なのか全く見当がつかない。

そんなことを考えている私の目の前で、みんなの興奮はさらに加速していた。

 

「「それは!?大事件だあああああああ!!!」」

 

大事件らしい。

少なくとも、みんなにとっては。

 

「みんな落ち着いて」

 

さっきまでキュアエクレールの正体について真剣に話し合っていたはずなのに、しるくさんの名前が出ただけでこの騒ぎ。

 

みくるもあんなもジェット先輩も興奮している。

そんな中、私だけが一人、完全に取り残されていた。

 

別に舞台が嫌いなわけじゃない。

しるくさんが凄い人だということだってわかっている。

ただ、みんなほど興奮できるほど詳しくないだけだ。

 

……これも、自分だけ流行に追いついていない証拠なのかな。

 

周囲が大騒ぎしている中、私は一人でそんなことを考えていた。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

「未来自由の書が、新たなマコトジュエルを示している」

 

また新たなマコトジュエルの在処が記されたらしい。

これまでと同じように、未来自由の書が示すのは直接的な場所や名前ではない。

 

意味を読み解かなければならない予言という形で、マコトジュエルへ繋がる手がかりが記されている。

 

今回の予言は何を示しているのか。

ウソノワールがそこに記された言葉を読み上げる。

 

「『演じる星の声、いつも聞いている耳で輝きし石』…と」

 

演じる星の声。

いつも聞いている耳で輝きし石。

 

頭の中でその言葉を分解して考えていると、隣にいたマシュタンが先に答えへ辿り着いた。

 

「耳が輝く石……ああ、イヤリングね」

 

耳につける輝く石といえばイヤリング。

実際、マシュタンの耳にもイヤリングがついている。

 

「演じる星の声??」

 

演じる星。

演じる……星……。

 

そこまで考えたところで、私の頭の中に一人の人物が浮かんだ。

 

「演じる…スター…家入しるくのイヤリング」

 

家入しるく、この街で話題沸騰中の俳優だ。

 

『演じる』は俳優。

そして『星』はスター。

 

つまり、『演じる星』とは俳優として活躍するスター、家入しるくのことを指している。

 

そして、その後に続く『いつも聞いている耳で輝きし石』はイヤリング。

予言をそのまま繋ぎ合わせれば、今回マコトジュエルが宿っている場所は、家入しるくの耳についているイヤリングということになる。

 

目的がわかったところで、ウソノワールが私へ視線を向けた。

 

「アルカナ・シャドウ、出番だ。ライライサー!」

 

……また私。

今回も私が出動することになるなんて。

 

別に行きたくないわけじゃない。

でも今は、あまり行く気分じゃなかった。

 

でもウソノワールから命令された以上、断るわけにもいかない。

 

「……ライラ」

 

「「ライライサー!!」」

 

「「……………」」

 

ゴウエモンの声が重なり、マシュタンの声は威勢のいいかけ声に完全に塗り潰されてしまった。

 

私とマシュタンの間に何とも言えない沈黙が流れる。

 

……まあ、なんとなく予想はしていた。

私が任務で動くとなると、大体ゴウエモンもついて来る。

だから今回もそうなるんじゃないかとは思っていた。

 

けれど今回はもう一人、予想していなかった人物が動き出した。

 

「さて、今回も調査しないとね」

 

ジャック

その言葉を聞いて少し意外に思った。

ゴウエモンだけではなく、ジャックまで一緒に動いたからだ。

 

ジャックは基本的に、ウソノワールから直接命令されない限り、自分から積極的に動くことはほとんどない。

少なくとも、私について行こうとするゴウエモンとは違う。

そんなジャックが自分から動こうとしている。

 

それに――調査。

一体、何を調べるつもりなのだろう。

 

少し気になったものの、ジャックは何も言わずに劇場の外へ向かっていく。

その横では、ゴウエモンがやる気に満ち溢れていた。

 

「任せとけ!オレが一肌脱いでやるぜ!さあ、行くぞー!アーッハッハッハッハ!」

 

「「……………はぁ」」

 

ゴウエモンが私のことを気にかけていること自体は別に嫌じゃない。

一緒に来てくれることだって、悪いとは思っていない。

 

ただ――少し暑苦しいのは勘弁してほしい……。

そんなことを思いながら、私はゆっくりと腰を上げた。

 

先へ進んでいくゴウエモンとジャック。

その二人の後を追うように、私も歩き出した。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

街にある野外ステージへやって来ると、その周囲にはすでに大勢の人たちが集まっていた。

 

どこを見ても人、人、人。

開演前だというのに、ステージの周辺は多くのファンで埋め尽くされている。

 

楽しそうに話している人や、今か今かと開演を待っている人。

その誰もが、これから始まる舞台を心待ちにしているのが伝わってきた。

 

これだけの人を一度に集めてしまうなんて。

改めて、家入しるくという俳優がどれほど人気なのかを思い知らされる。

 

そして、そんな大人気のしるくさん本人から直接招待された私たちは、考えてみればもっとすごいのかもしれない。

 

「うわぁ……すごい!!」

 

「しるくさん大人気だね!」

 

みくるとあんなが周囲を見渡しながら感心していた。

 

「ジェット先輩も来たかっただろうな…」

 

今回、しるくさんから招待されたのは私たちだけじゃない。

当然、ジェット先輩も一緒に来るはずだった。

 

でも――。

 

『店はボクに任せて行ってきなぁぁ…』

 

出発する時、涙ながらに私たちを見送ったジェット先輩の姿を思い出す。

残念ながら、ジェット先輩は店番をしなければならなかった。

 

しるくさんの名前を聞いた時は、私たち以上に興奮していたのに。

あれだけ楽しみにしていた人が、よりによって一人だけ来られないなんてさすがに可哀想に思えてしまう。

 

「この日くらい休業日にしても良かったのに……」

 

私はちゃんと提案した。

一日くらいなら店を休みにして、みんなで舞台を見に来てもいいんじゃないかと。

 

ところがジェット先輩は、いきなり告知もせずに店を臨時で休業するのは申し訳ないから止めておくと言って聞かなかった。

 

あんなにしるくさんの舞台を見たがっていたのに、こういうところだけは妙に真面目だ。

 

……結局、しるくさんの舞台を見たいのか、店番をやりたいのか、どっちなのだろうかわからないまま私たちだけで現地に来る形となった。

 

そんなことを考えながら辺りを見回していると、近くから聞き覚えのある声がした。

 

「いたいた!久しぶり」

 

「しるくさんのマネージャーさん!」

 

以前会った、しるくさんのマネージャーさんだった。

私たちを探していたらしく、そのまま迷うことなくこちらへ歩いてきた。

 

「しるくが楽屋で呼んでるわ」

 

招待されたことを説明する必要すらなかった。

マネージャーさんは私たちの姿を確認すると、そのまま関係者用の扉へ案内してくれる。

 

さすがマネージャーさん。

一度会っただけなのに、私たち三人の顔をちゃんと覚えている。

 

一般のお客さんたちが集まっている場所から離れ、関係者しか入れない場所へ進んでいく。

こういうところを歩いていると、本当に私たちは本人から招待されたんだという実感が湧いてくる。

 

やがて、しるくさんが待っている楽屋の前へ辿り着いた。

マネージャーさんが扉を軽く叩く。

 

「どうぞ!」

 

すぐに中から明るい声が返ってきた。

しるくさんの声だ。

 

マネージャーさんに促され、扉を開けて楽屋の中へ入ると、そこにはすでに舞台の衣装を身につけたしるくさんがいた。

 

本番を控えているというのに緊張している様子はなく、私たちの姿を見るなり明るい表情を浮かべて出迎えてくれる。

 

「しるくさん!」

 

「お久しぶりです!」

 

「ご無沙汰してます」

 

私たちがそれぞれ挨拶すると、しるくさんは嬉しそうに私たちの名前を呼んだ。

 

「あんなさん!みくるさん!みのるさん!来てくれてありがとう!」

 

本当に歓迎してくれているらしい。

それは嬉しいけれど、しるくさんだって準備があるだろうし、決して暇な時間ではないはずだ。

 

そんな忙しい時間に、私たちが楽屋まで入ってしまって良かったのだろうか。

……まあ、本人が呼んでくれたのだから大丈夫なのだろう。

 

ただ、しるくさんの様子を見ているうちに、私は何となく引っかかるものを感じていた。

単純に、招待した私たちへ挨拶をしたかっただけ。

 

それだけなら、わざわざ本番前の楽屋へ呼ぶ必要があるのだろうか。

私たちをこうして歓迎してくれたのは、それだけの理由ではなさそうだった。

 

「本番前に良かったんですか?」

 

これから舞台が始まるという忙しい時間に、私たちが楽屋にいても大丈夫なのだろうか。

そんな疑問から尋ねてみると、しるくさんの表情が変わった。

 

先ほどまでの明るい笑顔とは違う。

どこか不安そうな、真剣な表情だ。

 

「探偵のみんなに相談があるんだ…」

 

そう言って、しるくさんが私たちに見せてきたのは一枚のカード。

 

一見すれば、何の変哲もないカード。

けれど問題は、そこに書かれている内容とその送り主だった。

カードを確認した瞬間、それまで穏やかだった楽屋の空気が一変する。

 

「怪盗団ファントムからの予告状!?」

 

怪盗団ファントム

その名前だけで、これがただの悪戯では済まされないことがわかる。

 

「リハーサルが終わって楽屋に戻ってきたら、いつの間にかあったの」

 

しるくさんがリハーサルをしている間に、ファントムの誰かがこの楽屋へ予告状を置いたということになる。

そして、そこに書かれていた内容は――。

 

「『本日、夜7時。家入しるくのイヤリングを頂く。怪盗団ファントム』!」

 

狙われているのは、しるくさんのイヤリング。

犯行時刻まで指定されている。

 

どうしてイヤリングを狙うのか。

その答えは、続くしるくさんの言葉ですぐにわかった。

 

「特別高価なものでもないの。ただ…私にとっては、大切な思い出のイヤリングなんだ」

 

……違う。

高価かどうかなんて、怪盗団ファントムにとっては関係ない。

あいつらが狙っているのは、高価な宝石でも貴重品でもない。

 

人の強い思い入れがある物に宿る、マコトジュエル。

 

これまでだってそうだった。

誰かにとって大切な思いが込められた物。その中に宿ったマコトジュエルを、ファントムは狙ってきた。

 

今回も同じだとしたら――。

しるくさんのイヤリングには、マコトジュエルが宿っている。

 

「デビューオーディションの時につけていてね、あの時の気持ちを忘れることがないようにって。大切な舞台の時には身につけているの」

 

しるくさんにとって、俳優としての始まりとも言える大切な日の思い出が込められたイヤリング。

そして今でも、その時の気持ちを忘れないために大切な舞台では身につけている。

 

それなら強い思い入れがあるのも当然だ。

きっとしるくさんにとって、そのイヤリングはどんな高価な宝石よりも価値のあるものなのだろう。

 

お金では決して測ることのできない、大切な思い出そのもの。

 

「そんな大事なイヤリングを狙うなんて…」

 

「許せない!」

 

みくるたちの表情に怒りが浮かんでいた。

 

しるくさんがどれだけ努力して今の場所まで辿り着いたのかも知らずに、その大切な思い出が込められた物を盗もうとする。

そんなファントムの好きにさせるわけにはいかない。

 

「予告状にあった夜7時は開演時間なの。もし大事になれば、舞台は大変なことになってしまうかもしれない。だからあなたたちに…!」

 

予告時間と舞台の開演時間がまったく同じだった。

観客が集まり、しるくさんが舞台に立つその瞬間を狙っている。

 

随分と卑怯な時間を指定してきたものだ。

もし舞台の最中にファントムが乱入すれば、イヤリングだけの問題では済まないかもしれない。

 

大勢の観客がいる。

舞台そのものだって、めちゃくちゃにされてしまう可能性がある。

 

けれど――この二人なら心配はいらない。

 

「私たちに任せてください!」

 

「怪盗団からイヤリングを守ります!」

 

迷いのない二人の言葉。

私はその横で、しるくさんに向かって言葉を続ける。

 

「私もできる限りのことはやります。なので安心してください」

 

名探偵プリキュアの力は、戦いを重ねるたびに上がっている。

もしファントムにイヤリングを奪われるようなことがあったとしても、きっと二人なら取り返してくれる。

 

私はその戦いに加わることはできない。

それでも、何もできないわけじゃない。

 

私には私のできることがあるはずだ。

戦えないのなら、それ以外の方法で二人を支えればいい。

そのためにできることを、今のうちにやっておきたい。

 

私たちの言葉を聞いたしるくさんの顔から、少しずつ不安が消えていった。

そして最後には、いつもの明るい笑顔が戻ってくる。

 

「探偵さん……!ありがとう!」

 

その笑顔を守るために。

大切な思い出を、怪盗団ファントムに奪わせないために。

名探偵は今日も動き出す。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

しるくさんから怪盗団ファントムの予告状について相談を受け、私たちはさっそく調査を始めることにした。

 

……のだけれど。

 

「ぅ……」

 

「みんな忙しそうだね…」

 

会場の裏側では、大勢のスタッフがひっきりなしに行き交っていた。

 

舞台の準備を進める人、何かを運んでいる人、慌ただしく指示を出している人。

もうすぐ本番だから当然なのかもしれないけれど、立ち止まっている人を探す方が難しいくらい、誰もが忙しそうに動いている。

 

この状況でまともに調査できるのだろうか。

誰かに話を聞こうとしても、仕事の邪魔になってしまいそうだ。

 

「7時まであと1時間!」

 

時計を確認すると、予告状に記されていた時間は着実に迫っていた。

 

「タイムリミットが迫ってる。のんびりしている時間はなさそうだね」

 

みのるの言う通りだ。

調査が難しそうだからといって、諦めるわけにはいかない。

 

夜7時までにファントムを突き止められなければ、正体も居場所もわからない相手を警戒しながらイヤリングを守ることになる。

 

それではあまりにも不利だ。

だったら今ある情報から、少しでも相手に近づくしかない。

 

「しるくさんがリハーサルをしている間に予告状が置かれたということは…!」

 

私は、しるくさんから聞いた話を思い返す。

リハーサルを終えて楽屋へ戻ってきた時には、すでに予告状が置かれていた。

 

つまり――

 

「ファントムはきっとこの会場にいる!」

 

予告状を置くためには、必ず一度は現場まで足を運ばなければならない。

少なくとも、予告状が置かれた時にはファントムがこの近くにいた可能性が高い。

 

そして犯行予告は今日の夜七時。

わざわざ予告状だけ置いて、遠くへ離れるとも考えにくい。

 

今もこの会場のどこかに潜んでいる可能性は十分にある。

問題は、これだけ多くの人がいる中からどうやって見つけ出すか。

 

「もしかしたら誰かに変装してるのかも!」

 

ファントムなら、それくらいのことをしていてもおかしくない。

 

スタッフや関係者。

あるいは舞台を楽しみに訪れた普通のお客さん。

誰に紛れ込んでいるのかわからない。

 

「三人で手分けして調べよう!」

 

三人で同じ場所を調べるより、それぞれ別の場所を調べた方が効率がいい。

 

私とみくるとみのる。

三人で会場を分担すれば、きっと誰がファントムなのか突き止められるはず。

 

「私はお客さんを調べる!」

 

「私はスタッフを調べる!」

 

「私は関係者エリアの人通りが少ない場所に怪しい人がいないか調べてみるよ」

 

「わかった!」

 

これで調べる場所は決まった。

私はみくると向き合い、互いの腕を軽くぶつける。

 

ここからは時間との勝負だ。

そのまま私たちは、それぞれの担当場所へ向かって走り出した。

 

あと1時間。

焦って何かを見落としてしまったら意味がない。

落ち着いて一つずつ調べれば大丈夫。

 

「「調査開始!!」」

 

まだ時間はある。

だけど、みのるの言った通りのんびりしている時間はない。

 

しるくさんの大切なイヤリングを守るためにも、開演までにファントムを見つけなければ。

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

ビルの上から見下ろせば、野外ステージの全体を簡単に見渡すことができた。

 

舞台はもちろん、その周囲に集まっている大勢の観客や、慌ただしく動き回っている関係者たちの様子までよく見える。

 

そして、その中に見覚えのある姿を見つけた。

名探偵プリキュアの一人、明智あんな。

人混みの中を走りながら、何かを探すように周囲へ視線を向けている。

 

私たちが送った予告状のことはすでに聞かされているらしい。

あの様子を見る限り、もう調査を始めているのだろう。

 

「しるくはきっと、イヤリングをつけて舞台に上がるわ。どんな作戦で行く?」

 

後ろにいるマシュタンが尋ねてきた。

確かに、そこは考えなければならない。

 

家入しるくにとって、あのイヤリングは大切な舞台で身につけるもの。

今回も舞台に上がる時につけている可能性は高い。

 

ただし、こちらがイヤリングを狙っていることは、すでに名探偵プリキュアに知られている。

あの二人がいる以上、真正面から簡単に盗めるとは思えない。

 

マシュタンの言う通り、何か作戦を考えてから動いた方がいい。

そう思っていたのだけれど――

 

「そんなの簡単だ!さっさと舞台に上がって奪えばいい!」

 

ゴウエモンが迷うことなく言い切った。

作戦も何もない。

ただ正面から乗り込んで奪うだけ。

 

あまりにもゴウエモンらしい答えだ。

そしてジャックまでそれに続く。

 

「同感、舞台とかどうでもいいし。さっさと奪ってさっさと撤退すれば問題ないよ。プリキュアなんて蹴散らせばいいし」

 

ジャックにとっても、わざわざ作戦を考える必要はないらしい。

邪魔をされたら倒せばいい。

それだけ。

 

「全然おしゃれじゃないっ!!」

 

二人からあっさり拒否されたマシュタンが怒りを爆発させる。

せっかく作戦を考えようとしていたのに、ゴウエモンとジャックはまるで興味がない。

 

ゴウエモンはともかくとして――。

……どうしてジャックまで来てるのか。

 

ウソノワールから今回のマコトジュエルを奪うよう命令されたのは私なのに、当然のようについて来ている。

 

「どうする、るるか?」

 

……どうするか。

 

正面から乗り込む。

ジャックにやる気があったら目的は達成できるかもしれない。

でも、せっかく予告状まで出したのだから、ただ舞台に乱入して奪うだけでは面白くない。

 

ここはあえて、こちらの存在を見せてから行動した方がいいのかもしれない。

 

私は手にしていたアイスを食べるのを止めた。

そして、眼下の会場をじっと観察する。

 

会場の中で動き回る名探偵プリキュアたち。

行動を目で追いながら、頭の中で考えを組み立てていく。

やがて、一つの考えが浮かんだ。

 

「役者は決まった」

 

「ん?」

 

試してみる価値はある。

今回の舞台の役者は――あなたたちよ、名探偵プリキュア。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

「うーん……」

 

お客さんの中に怪しい人物がいないか調べる。

そう決めたまでは良かったけれど、実際に探し始めてみると想像以上に難しかった。

 

辺りを見回しても人だらけ。

しるくさんの舞台を楽しみにやって来た大勢のお客さんが会場を行き交っている。

 

この中から怪盗団ファントムをどうやって見つければいいんだろう。

前みたいに携帯電話を手がかりにする方法も、今回は使えない。

 

つまり――手がかりはない。

怪しい人がいないか一人一人確認するしかないのかな。

 

そんなことを考えながら歩き、角を曲がろうとした時。

 

「優雅にター……」

 

「がっ………!!?」

 

角の向こうから現れた少女と、思いきり激突した。

額に強烈な衝撃が走り、一瞬にして目の前が真っ暗になる。

 

何が起きたのか理解するより先に身体が後ろへ倒れ、私はその場に尻餅をついてしまった。

 

「いたたたたた……」

 

「すみません!!ってあんな!?」

 

……あれ?

この声……。

 

「りえ!?ゆみ!?」

 

そこにいたのは、まさかのりえとゆみだった。

 

__________

 

 

「3回目!?」

 

「全国へ行くつもり!」

 

「じゃあ二人とも詳しいんだ!」

 

話を聞いてみると、りえがしるくさんの舞台を現地で見るのは、今回ですでに3回目らしい。

 

そういえばしるくさんが学校に来た時もかなりはしゃいでいた。

あの時から何となくわかっていたけれど、やっぱり根っからのファンなんだ。

それにしても、全国を回るつもりなのはすごい。

 

……交通費とかチケット代とか、大丈夫なのかな。

私はそっちの方が少し心配になってしまった。

 

「まあね!『Sの喜劇』、二人だけで演じる劇なんだよ!しかもしるくさんのお相手はあの大女優、サクラよし乃さん!!」

 

今回の舞台に登場する役者は、しるくさんともう一人だけということらしい。

そして、その相手がサクラよし乃さん。

 

「綺麗な人…!」

 

しるくさんは美少女だけれど、サクラよし乃さんもすごく綺麗な美人さんだ。

 

そんな二人以外には出演者が一切いない。

こういう演劇を「二人芝居」というらしい。

 

私はまだ見たことがないから、どんな舞台になるのか想像がつかない。

でも、話を聞いているだけで楽しみになってきた。

 

「しるくさんは絹江役で、サクラさん演じるエステルとの関係の中で成長していくの!」

 

しるくさんが演じるのは絹江という人物。

そしてサクラさんが演じるエステルとの関係を通して、絹江が成長していく物語。

 

「見どころはね!エステルが絹江を罠にかけて、泥棒の疑いをかける!だけど!!絹江が名推理で逆転するところ!!」

 

名推理で逆転――!

その言葉を聞いた瞬間、私の興味が一気に強くなった。

 

罠に嵌められて、自分が泥棒だと疑われる。

そんな絶体絶命の状況から、推理によって真相を突き止めて逆転するなんて!

 

これは探偵の私が見るべき作品に違いない!

実際の事件でも、犯人が自分の罪を隠すために、別の人へ罪を擦りつけようとすることだってあるはず。

 

だったら、この舞台を見ることが探偵としての勉強にもなるかもしれない。

 

「「カッコいい~!!」」

 

「名推理で逆転かー。私たちも頑張らないと!」

 

今は舞台を楽しみにするだけじゃない。

私たちには、しるくさんのイヤリングを怪盗団ファントムから守るという役目がある。

 

私たちだって、名探偵として頑張らないと。

そう改めて決意した時だった。

 

「……ポチ?」

 

小さな声が聞こえた。

私のところにぶら下がっているポチタンだ。

 

マコトジュエルに反応した――という感じではない。

どちらかというと、何かを見つけたような、何かに気づいたような声。

 

「「ポチ?」」

 

「っ!!?」

 

「なんか鳴った?」

 

まずい、この二人はポチタンのことを知らない。

ここでポチタンの存在に気づかれたら、きっと大騒ぎになる。

 

どう説明すればいいのかもわからないし、とにかく今は誤魔化すしかない。

 

「え……えっと……また後でね~!」

 

「「???」」

 

二人が揃って首を傾げる。

その視線から逃げるように、私はその場を離れた。

 

ポチタンに引っ張られるように先へ進みながら、今度は誰かとぶつからないように気をつけて急ぐ。

 

それにしても――さっきの反応は何だったんだろう。

ポチタンは一体、何を見たのだろうか……。

 

 

_______________

 

 

 

【みくるSide】

 

「開演時間にどうやって盗むんだろう…」

 

慌ただしく動き回るスタッフたちを眺めながら考える。

 

会場の裏側にいるスタッフの人数はかなり多い。

もし、この中の誰かに怪盗団ファントムが変装しているのだとしたら厄介だ。

一人一人を調べていたら、それだけで開演時間になってしまうかもしれない。

 

でも逆に考えれば、人が多いということは怪しい行動を取れば誰かの目につきやすいということでもある。

これだけスタッフが行き交っている場所なら、誰にも見られずに不審な行動をするのは難しいはず。

 

だったら――

 

「そうだ!」

 

自分一人で怪しい人を探す必要なんてない。

ここにいるスタッフへ片っ端から聞き取りをすればいいんだ。

 

いつもと違う行動をしている人や、普段なら立ち入らない場所にいた人。

それに見慣れないスタッフ。

そんな人物を見かけた人が、この中にいるかもしれない。

 

思い立ったが即行動!

時間は有限じゃない。

予告時間が迫っている以上、いつまでも考えている暇はない。

 

私はさっそく近くにいたスタッフへ駆け寄った。

 

「すみませーん!」

 

「はい?」

 

振り返ってくれた。

これなら話を聞ける。

 

まずは出演者について聞いてみよう。

 

「サクラよし乃さんって……」

 

ところが、私が質問を言い終わるより先に、そのスタッフは別の方向へ顔を向けてしまった。

 

「あ、ごめんね!それはそっちじゃなくて!」

 

別のスタッフへ何か指示を出しながら、そのまま慌ただしく向こうへ行ってしまう。

私は取り残されたまま、その背中を見送った。

 

__________

 

 

「今手が離せなくって!」

 

「ぁ………」

 

__________

 

 

「ホントごめんね!」

 

「ぁぁ………」

 

__________

 

 

「サクラさんに話を聞こうと思ったけどこれじゃそもそも会えないよ~!」

 

何人に声をかけても結果は同じだった。

 

みんな私を無視しているわけではない。

単純に忙しすぎるんだ。

 

もうすぐ舞台が始まるのだから当然なのかもしれないけれど、まともに立ち止まって話を聞いてくれる人が一人もいない。

 

聞き取り調査を思いついた時は完璧な方法だと思ったのに、結果は完全な失敗。

怪しい人物の情報どころか、何一つ手がかりを掴むことができなかった。

 

せめて、しるくさんと一緒に舞台へ出演するサクラよし乃さん本人に会ってみたい。

出演者なら、スタッフとは違う何かを知っている可能性だってある。

 

でも、この忙しさでは楽屋の場所を聞くことすら難しそうだった。

 

どうしよう、別の方法を考えた方がいいのかな。

そんな時だった。

 

「メイクさんは?」

 

近くからスタッフの声が聞こえた。

私は何となくそちらへ耳を傾ける。

 

「さっき休憩行きました」

 

「ええ!?サクラさんのメイクの時間なのに!」

 

……サクラさん?

その名前を聞いた瞬間、私は反応した。

 

どうやらサクラさんのメイクを担当するスタッフが、この開演直前のタイミングで休憩に行ってしまったらしい。

 

「……!」

 

ということは――チャンス。

 

メイクを担当するスタッフなら、サクラさんのところへ行っても不自然じゃない。

だったら私がメイク担当のスタッフに変装すれば、直接サクラさんに会うことができるかもしれない。

 

そうと決まればすぐ行動だ。

私は人目につかないようにその場を離れ、近くに停まっていたトラックの陰へ移動する。

 

左右を確認。

誰もいない。

ここなら大丈夫。

 

「……よし!オープン!プリキットグロス!」

 

プリキットグロスを取り出し、唇に塗る。

すると、私の姿が思い浮かべた通りの格好へ変わっていく。

身長が伸び、普段よりもずっと大人っぽい姿になった。

 

そして何より――

 

「メイクアップアーティスト!たくさんのメイク道具かわいすぎるうぅぅ!これなら調査できるはず!」

 

たくさんのメイク道具!

見ているだけで楽しくなってくる。

 

今の私はいつもの私とは違う。

変装したことで背も高くなって大人っぽくなったし、かわいいメイク道具まで装備している。

 

これはもう完璧。

今の私は最高に輝いてる!

 

……なんて、得意気になっていた時。

 

「いた!メイクさん!!もうどこ行ってたのよ!」

 

「え」

 

突然、スタッフに声をかけられた。

メイクさん?

一瞬何を言われたのかわからなかったけれど、すぐに自分の格好を見る。

 

あ、そうか。

今の私はメイク担当のスタッフに変装している。

だから、本物のメイク担当の人だと勘違いされてるんだ。

 

そう理解した時には、すでに遅かった。

スタッフさんが私の腕を掴む。

 

「サクラさん待ってるから!」

 

「ええ……」

 

待って、確かにサクラさんには会いたかった。

会いたかったけど――。

 

私が何か言う暇すら与えられないまま、スタッフさんは私の腕を引っ張って歩き出す。

その勢いに逆らうこともできず、私は強引に楽屋の方へ連れて行かれてしまった。

 

 

_______________

 

 

 

「良い香りね」

 

「最近流行ってるんですよ~!」

 

私はできるだけ自然な笑顔を作りながら答えた。

 

……………。

 

(ビックリしたあああ!!でもこれでサクラさんの楽屋に入れた!)

 

さっきは突然スタッフさんに腕を掴まれて、どうなることかと思った。

でもなんだかんだあった末に、ついにサクラよし乃さんの楽屋へ潜入することができた。

 

目の前には本人がいる。

もちろん、今ここにいるサクラさんが本物だと確定したわけじゃない。

 

怪盗団ファントムが誰かに変装して会場へ潜り込んでいる可能性がある以上、役者本人に化けていることだって考えられる。

 

メイクをしながら様子を探ってみよう。

 

「それじゃ始めていきますね!」

 

「ええ、お願いね」

 

サクラさんは特に疑う様子もなく、私にメイクを任せてくれた。

 

……とは言ったものの。

大丈夫かな、私。

 

自分以外の人にメイクをするなんて初めてだ。

プリキットグロスでメイクアップアーティストの姿にはなれても、だからといって急に経験まで増えるわけじゃない。

 

でも、なんとかなるかもしれない。

慎重にやればきっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせながら、私はメイク道具を手に取る。

 

しかも今、私の目の前にいるのはあの大物俳優のサクラよし乃さん。

もし失敗して舞台に出られないようなメイクにしてしまったら、謝罪どころじゃ済まされない。

 

絶対に失敗できない。

慎重に……慎重に……。

 

それと同時に、調査も進めなければならない。

私はできるだけ不自然にならないよう、何気ない会話を装って質問してみることにした。

 

「役者さんって大変ですか?」

 

「そうね。けどね、何にでも化けて魅せるのは楽しいわ」

 

………化け……!?

 

今、確かに言った。

サクラさんの口から『化けて』って……!?

 

頭の中で一気に警戒心が強くなる。

何にでも化ける。

それって、まさか――。

 

「………化けて、いるんですか?」

 

「ええ、今だって演じているわ。サクラよし乃という役をね」

 

「!!」

 

やっぱり!

私の予感は当たっていた……!?

 

今だって化けている。

サクラよし乃を演じている。

つまり、目の前にいるこの人は本物のサクラさんじゃない!

 

ファントムがサクラさんに化けているんだ!

だったら、このまま見逃すわけにはいかない。

イヤリングを盗まれる前に、ここで止めないと!

 

私はサクラさんから距離を取り、勢いよく問い詰めた。

 

「あなた!ファントムね!?」

 

「……………」

 

それまで笑っていたサクラさんの表情が消えた。

 

沈黙

楽屋の空気が一気に張り詰めたように感じる。

 

やっぱり図星だったんだ。

私は何が起きても対応できるよう警戒を続ける。

 

やがて、サクラさんがゆっくりと口を開いた。

 

「フ………ファントム??」

 

……あれ?

 

「え、サクラさんに化けたって?あれ~??」

 

何かがおかしい。

サクラさんは本当に意味がわからないというような顔をしている。

 

もしかして……。

私の早とちりだっただけ?

 

さっき言っていた『化ける』というのは、怪盗の変装じゃなくて役者として別の人物を演じるという意味。

 

『サクラよし乃という役を演じている』というのも、役者としての自分を表現しただけ。

 

しかも、この反応を見る限り、ファントムという名前すら知らない。

 

……完全に白だ。

 

やっちゃった。

そんな気まずい空気の中、さらに最悪の事態が起こった。

 

「すみませ~ん遅れました~!ってだれ!?」

 

楽屋の扉から別の人が入ってきた。

 

「いいい!?」

 

その格好を見た瞬間にわかった。

本物のメイク担当のスタッフさんだ。

 

休憩から戻ってきちゃった!

 

本物のメイクさん。

メイクさんに変装している私。

そして、私を怪訝そうに見ているサクラさん。

 

……これじゃ完全に私が不審者だ。

 

「この人変なこと言うのよ…」

 

「すみませーん!!間違えましたー!!」

 

私は勢いよく頭を下げ、そのまま楽屋から飛び出した。

これ以上ここにいたら余計に騒ぎが大きくなるだけだ。

廊下へ出てそのまま一目散に楽屋から離れる。

 

結局、聞き取りらしい聞き取りはほとんどできなかった。

潜入したと思ったら勘違いして、最後には不審者みたいになって逃げ出すことになるなんて……。

 

でも、まあ……サクラさんがファントムじゃないとわかった。

それだけでも一応、結果オーライということにしておこう。

 

 

_______________

 

 

 

【みのるSide】

 

「ごめんなさい…見てないわ」

 

「そうですか、お忙しい中すみませんでした」

 

私は軽く頭を下げ、その場を離れた。

 

……また空振り。

これで何人目だろう。

 

関係者エリアを歩き回りながら、怪しい人物を見なかったか聞いてみたけれど、有力な情報は何一つ得られない。

 

怪盗団ファントムから予告状が届いている。

犯行時刻まで指定されている。

 

それなのに、こちらは何の対策も取れない。

そのことがどうしようもなくもどかしかった。

 

誰に変装しているのか。

どこに潜んでいるのか。

せめてどちらか一つでもわかれば、予告時間を迎える前に阻止できるかもしれないのに。

 

「事務所も怪しいところは何もなし…か」

 

外と比べれば、こちらはスタッフの数も少ない。

ここなら人の動きも確認しやすいと思っていた。

 

けれど、怪しい行動をしている人は見当たらない。

ファントムが身を隠していそうな場所も探してみたけれど、それらしい場所さえ見つからなかった。

 

「屋内だからこそファントムが潜んでいると思ったんだけど……」

 

予想が外れたのだろうか。

それとも、私が気づいていないだけなのか。

 

大方調べられる場所は調べた。

これ以上一人で探し続けても、時間を無駄にしてしまうかもしれない。

 

そろそろみくるたちと合流しよう。

そう思って歩き出そうとしたら、横から突然声をかけられた。

 

「へぇ、私たちが潜んでるって?」

 

「そう、怪盗団ファントムという悪い人……たちが……」

 

反射的に返事をしてしまった。

けれど、言葉を続ける途中で違和感を覚える。

 

今の声……

私は、この声を知っている。

 

その瞬間――全身から一気に血の気が引いた。

 

怪盗団ファントムの……!!

 

「ジャ……うっ!?あがっ!?」

 

名前を呼び終えることすらできなかった。

次の瞬間には首を掴まれていた。

身体が持ち上がるような感覚の直後、背中に凄まじい衝撃が走る。

 

壁に叩きつけられた。

息を吐き出す暇もなく、そのまま首を強く締め上げられる。

 

息が――できない。

 

「本当に懲りない連中だね……キュアット探偵事務所の人たちは。あなたも、プリキュアも」

 

目の前にいるのは、ジャック。

よりによって、この人が来ているなんて。

 

(だ……誰か……)

 

助けを呼ばないと。

そう思って口を開こうとする。

 

けれど、喉を押さえつけられているせいで声が出ない。

空気すらまともに吸えないのだから、叫べるはずもなかった。

 

それでも誰かに気づいてほしくて周囲へ視線を動かす。

 

誰もいない。

さっきまであれほど多くのスタッフがいたのに、この場所には一人もいなかった。

 

助けを呼べない。

助けてくれる人も近くにいない。

 

「う………っ………あ………ぁぁ」

 

喉から出るのは、掠れた声だけ。

こんな時に、一番厄介なファントムが……。

 

ジャックがいる。

ただそれだけで状況は一気に最悪になる。

 

そして今、近くにプリキュアはいない。

みくるも、あんなもいない。

ここにいる私は――ただの人間。

 

ジャックに対抗できる力なんて持っていない。

つまり、今の私は下手をしたら死ぬ。

 

「プリキュアは確実に力をつけている。だけどね、どうしても超えられない壁というのが存在することくらい知ってるよね?」

 

「っ…………く………!!」

 

苦しい。

私は必死に身体を動かし、首を掴んでいるジャックの手を振りほどこうとする。

 

けれど、びくともしない。

それどころか、抵抗したことでさらに力を込められた。

 

首が締まる。

息が吸えない。

苦しさが急激に増していく。

視界までおかしくなってきた。

 

本気で命の危険を感じる。

ジャックは何かを話している。

でも、もうその言葉を理解する余裕すらなかった。

 

苦しい。

息ができない。

もう――ジャックが何を言っているのかさえ、わからない。

 

「ねえ、少し取引しようか?」

 

「………?」

 

取引……!?

突然出てきたその言葉に、苦しさの中で疑問が浮かぶ。

どうして今、そんな話をするのだろう。

 

目の前のジャックは笑っている。

見た目だけなら、どこにでもいる少女のようなかわいらしい笑顔。

 

なのに、その笑顔からは想像もできないほどの不気味さを感じた。

背筋に冷たいものが走り、全身に鳥肌が立つ。

 

「もし明智あんなと小林みくるに関する情報を全て吐いたら、二度とあなたに手は出さないことを約束する。悪くない内容でしょ?」

 

あんなと、みくるの情報を……?

そのために私を――。

 

「ぁ…!!はぁっ!!はぁっ………はぁはぁ……」

 

突然、首を締めつけていた手が離れた。

身体が解放され、私は必死に空気を吸い込む。

 

息ができる。

それだけのことが、今は信じられないほどありがたかった。

 

掴まれていた首が痛い。

呼吸するたびに喉にも違和感が残っている。

 

それでも空気が肺に入ってくる。

呼吸ができるだけで、こんなにも自分が生きていると実感したのは初めてだった。

 

どうやら本気で私を殺すつもりはないらしい。

……少なくとも今は。

 

「で?どうするの?」

 

「と……取引だって……!?」

 

「早く答えて。応じるの?応じないの?」

 

ジャックから放たれる圧に、身体が固まる。

 

逃げたい。

ここから一刻も早く離れたい。

なのに足がすくんで動かない。

 

……いや、そもそも逃げようと考えること自体が無駄なのかもしれない。

今の私が走り出したところで、ジャックから逃げ切れるはずがない。

 

「………そんなの……」

 

あんなとみくるに関する情報を全て話せば、二度と私には手を出さない。

確かに言葉だけを聞けば『取引』なのかもしれない。

 

でも、こんなのは取引なんかじゃない。

首を締め上げて、命の危険を感じさせた直後に選択を迫るなんてほとんど脅迫だ。

 

そもそもジャックは私に断る選択肢を与えるつもりなんてないのかもしれない。

 

それでも――。

だからといって、私はそんな脅迫に屈するわけにはいかない。

 

ここで自分だけ助かるために、あんなとみくるの情報をファントムへ渡すなんてできない。

 

怖い、身体は震えている。

それでも、答えだけは決まっていた。

 

「ごめんなさい。あなたの取引には、応じられない」

 

「……………」

 

ジャックが黙った。

その瞬間だった。

 

さっきまで笑っていたジャックの瞳から、すっと光が消えた。

 

「ひっ……!?」

 

思わず息が漏れる。

 

怖い

目の前に立っているだけなのに、身体が勝手に震えた。

 

これが、人間と妖精の差なのだろうか。

力だけじゃない。

存在そのものから感じる圧が、あまりにも違いすぎる。

 

「あっそ。ならこうするしかないね」

 

次の瞬間――

 

「がっ!!?………はっ……!?」

 

鳩尾に鋭い痛みが走った。

何をされたのか理解する暇すらなかった。

 

息が詰まり、身体から一瞬で力が抜けていく。

視界が揺れる。

 

そして、目の前が真っ暗に染まった。

 

何も見えない。

何も考えられない。

それからのことは――何も覚えていない。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

「どうしたのポチタン!?」

 

「ポチ!」

 

さっきからポチタンの様子がおかしい。

何かを見つけたように反応し、そのまま私を引っ張るように先へ進もうとしている。

 

私はポチタンに導かれるまま、大勢のお客さんが行き交う人混みの中を逆走していった。

ぶつからないように人と人の間をすり抜けながら、ポチタンが見つめている方向へ目を凝らす。

 

すると――人混みの向こう。

ほんの一瞬だけ、その姿が見えた。

 

見間違えるはずがない。

るるかさんの姿が………。

 

「っ!!るるかさん!」

 

どうしてここに!?

しかも変装すらしていない。

 

いつもの姿のまま、こんな大勢の人が集まっている場所にいるなんて。

 

どうして変装せずに……。

 

いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない!

私は急いで人混みをかき分け、さっきるるかさんが見えた場所へ向かう。

 

「いない……しるくさんに知らせなきゃ!」

 

「ポチ!」

 

もう姿はなかった。

見えたのは、本当に一瞬だけ。

 

それでも間違いない。

確かにるるかさんだった。

それだけは絶対に間違いない。

 

確か宝生美術館の時も予告状を送ったのはるるかさんだった。

だったら今回も……。

 

しるくさんに届いた予告状と、るるかさんがこの会場にいることは無関係じゃないはず。

早くみんなに知らせないと!

 

「あんな!」

 

「みくる!?」

 

ちょうどみくると合流しようと思っていたところだった。

まさか向こうから来てくれるなんて。

 

偶然とはいえ、ちょうどいい。

……でも、私は目の前のみくるを見て動きを止めた。

 

いつもの格好じゃない。

身長が高くなっていて、雰囲気もずっと大人っぽい。

 

しかも、たくさんの道具を身につけたその姿は、まるで美容師のような……。

 

「へへ!かっこいいでしょう?」

 

「素敵~!!……じゃなくて!るるかさんを見たの!」

 

「ええっ!?」

 

危ない!

完全に脱線するところだった。

 

みくるの綺麗な姿が気になって目的を忘れそうになってしまった。

 

今はそれどころじゃない。

るるかさんがいる。

つまり、しるくさんのイヤリングを狙っている可能性が高い。

 

予告時間まで、もう15分を切っている。

ここでのんびりしていたら、本当にイヤリングを盗まれてしまう。

急がないと!

 

「予告状を出したのはるるかさんかも!早く伝えなきゃぁぁぁぁ!!」

 

私はしるくさんのところへ向かって一気に走り出した。

 

「あ!待って待ってー!」

 

後ろからみくるの声が聞こえる。

そのまま二人で急ぎながら、私はふともう一人のことを思い出した。

 

……みのるはどこにいるんだろう?

私もみくるも調査を終えて合流できたのに、みのるの姿だけが見当たらない。

 

早くみのるとも合流しないと!

 

 

_______________

 

 

 

【るるかSide】

 

………予告時間まで、あと僅か。

私は家入しるくの楽屋の近くまで移動すると、周囲に人がいないことを確認してプリキットグロスを使った。

 

これから、とある人物に変装する。

ゴウエモンはすでに楽屋の中へ潜り込み、見つからない場所に隠れてタイミングを窺っている。

 

一方、ジャックがどこへ行ったのかはわからない。

さっきまで一緒にいたはずなのに、いつの間にか姿を消していた。

 

まあ、ジャックなら一人でも大丈夫だろう。

今は自分の役目に集中する。

 

プリキットグロスによる変装が完了し、私は一度呼吸を整えると、慌てているふりをしながら勢いよく楽屋へ飛び込んだ。

 

「しるく!!」

 

「あんなさん!?」

 

家入しるくが驚いた表情で私を見る。

 

そう、私が変装した人物は――明智あんな。

しるくと普段から面識のある人物にあえて変装することで、油断を誘うつもりだ。

 

適当なスタッフや関係者に変装したところで、本人の楽屋まで簡単に入れてもらえるとは限らない。

ならば、しるくが最も信頼しているであろう人物に化ければいい。

 

名探偵プリキュアの変身者、明智あんな。

彼女なら、しるくも疑わずに話を聞くはず。

 

「怪盗はもうこの劇場に潜入しています!」

 

「………!」

 

しるくの表情が強張った。

私はそのまま畳みかける。

 

「舞台に邪魔が入ったら大変!だからそのイヤリング、私が預かっておきます!」

 

もちろん、預かるつもりなんてない。

イヤリングを受け取ったら、そのままマコトジュエルごと劇場へ持ち帰る。

 

まだ本物の二人はここへ来ていない。

狙うなら今しかない。

 

ゴウエモンは後ろの壁に隠れている。

ジャックはどこにいるかわからないけれど、あの人なら一人でも問題ない。

 

イヤリングさえ手に入れば、そのまま撤退する。

 

………はずだった。

 

「……………違う」

 

「え?」

 

予想していなかった言葉が返ってきた。

しるくは私を見つめている。

 

そして、はっきりと言った。

 

「あなた、演じきれてない」

 

「!?」

 

……演じきれてない。

その言葉の意味を理解した瞬間、私は動揺した。

 

この人――私の正体を見抜いている!?

 

そんなはずはない。

プリキットグロスは、ただ姿を変えるだけの道具じゃない。

 

誰が見ても本人だと騙されるほど、完璧な変装ができる。

今の私の姿は、どう見ても明智あんなのはず。

 

それなのに、どうして……。

 

「役者はね、自分じゃない誰かになるために、いつでも誰かを観察しているの。邪魔が入ったら大変?あんなさんなら邪魔が入ったとしても、『何がなんでも守る!』そう言ってくれるはずよ!」

 

「………」

 

何も言い返せなかった。

 

役者……そうだ。

しるくは役者だ。

 

役者は、自分ではない誰かを演じることが多い仕事。

そのために自分だけではなく、他人を観察する。

 

行動

言葉

その人特有の癖。

 

そういった細かな部分まで普段から見ているということなのだろう。

 

……正直、少し恐ろしい。

 

姿だけなら完璧に再現できている。

それなのに、たった数回言葉を交わしただけで違和感を見抜かれた。

 

「それにあんなさんは私のこと、どんなに慌てていても、『しるくさん』って呼んでくれるわ!」

 

「………残念。バレちゃった」

 

……迂闊だった。

 

私は明智あんなの姿だけを見ていた。

相手のことを真面目に観察していなかった。

 

どんな言葉を使うのか。

どんな時にどう行動するのか。

相手をどう呼ぶのか。

 

そんな内面の部分まで考えていなかった。

 

どれだけ姿形を完璧に真似したところで、その人の内面までは簡単に真似できない。

そして、その違いを役者であるしるくは一瞬で見破った。

 

ここまでバレてしまった以上、もう変装している理由はない。

私はしるくの目の前で変装を解いた。

 

「あなたが怪盗団ファントム!?」

 

しるくの表情に警戒が浮かぶ。

その時、会場内に案内が響いた。

 

[まもなく開演のお時間です]

 

時間は刻一刻と迫っている。

 

正体は見破られた。

しるくにも完全に警戒されている。

それでも状況そのものが変わったわけではない。

 

この人は一般人。

プリキュアのように、自分自身を守るための手段を持っているわけではない。

 

「っ………」

 

変装を解いた私を前にして、しるくは警戒したまま動かない。

 

「さあ、どうする?」

 

予告した時間が来ればイヤリングを奪う。

 

相手は一般人。

どれだけ警戒されたところで、力ずくで奪うことは難しくない。

 

そう思っていた。

けれど――しるくが取った行動は予想外だった。

 

自ら耳元へ手を伸ばし、大切に身につけていたイヤリングを外す。

 

そして、そのイヤリングを私の前へ差し出した。

 

「………持って行きなさい。誰にも舞台の邪魔はさせない!」

 

抵抗するでもない。

逃げるでもない。

自分から渡す。

 

その様子を隠れて見ていたゴウエモンが姿を現した。

 

「へへ!それじゃ遠慮なく!」

 

ゴウエモンは差し出されたイヤリングを奪い取る。

あまりにも簡単に、目的のイヤリングは私たちの手に渡った。

 

もっと抵抗されると思っていた。

大切な思い出が詰まった物なら、必死になって守ろうとすると思っていた。

 

だから私は、素直に疑問を口にした。

 

「意外。思い出がたくさん詰まった大切なお守りなんでしょ?」

 

「決めつけちゃダメ!!私にとって一番大切なもの。それは舞台を待つお客さん!そしてそのお客さんと造る、新たな思い出だから!!」

 

なるほど、イヤリングは確かに大切。

デビューオーディションの時から身につけてきた、思い出の詰まったお守り。

 

けれど、それはあくまでも『思い出の一部』でしかない。

しるくにとって本当に大切なのは、舞台を楽しみに待っているお客さん。

 

そして、その人たちとこれから造っていく新しい思い出。

だからどちらを選ぶのか葛藤すらしなかった。

 

イヤリングを守るために舞台を台無しにするくらいなら、イヤリングを手放す。

それほどまでに、この人は自分のファンを大切にしている。

 

「家入しるく……『演じる星』。さすがね」

 

未来自由の書に記されていた言葉。

演じる星。

 

確かに、この人には相応しい呼び方なのかもしれない。

 

「私は、みんなが待っている舞台に行きます」

 

しるくはそう言い残し、迷うことなく楽屋から出ていく。

そして、ほとんど入れ違いになるように二つの足音が近づいてきた。

 

あんなとみくる。

結局、衝突は避けられないということなのね。

 

「「しるくさん!?」」

「後はお願いね、探偵さん」

 

しるくは二人に後を託し、そのまま舞台へ向かっていった。

私はその背中を見送りながら、静かに身構える。

戦うのは面倒だけど、仕方ない。

 

……それにしても、ジャックは本当にどこに行ったのだろう。

 

「オレたちもおさらばだ!」

 

「役者が揃ったみたいね」

 

明智あんな

小林みくる

 

名探偵プリキュアの二人。

そして、怪盗団ファントムの私たち。

 

これで役者は揃った。

戦いの火蓋が、今まさに切られようとしている。

 

「行かせない!」

 

「『何がなんでも、守る』!!」

 

「!!」

 

……本当に言った。

しるくが言っていた通り。

 

邪魔が入ったら大変だなんて言わない。

どんな状況でも諦めず、守ると決めたものを守り抜こうとする。

 

それが明智あんな。

しるくは、そこまで見抜いていた。

 

あの観察眼は本物だった。

 

「私たちも!」

 

「開演の時間ね!」

 

「ポチ~!!」

 

ポチタンの声が響く。

……この二人は、怪盗団ファントムの計画を邪魔するだけじゃない。

 

少しずつ、私とエクレールの関係まで調べ始めている。

以前の私は、この二人が真相へ辿り着くことなんてないと思っていた。

 

今思えば――そんなことを言っていた頃の自分を殴ってやりたい。

それくらい、二人は成長を続けている。

 

探偵としても。

プリキュアとしても。

確実に真相へ近づこうとしている。

 

だったら――。

あちらが私たちの邪魔をするのなら、こっちも容赦はしない。

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