かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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開演の時間

【るるかSide】

 

家入しるくの舞台、その開演を知らせるブザーが鳴り響いた。

それとほぼ同時に、劇場の裏では私たち怪盗団ファントムと名探偵プリキュアの二人が向かい合う。

 

舞台ではこれから観客を楽しませるための演劇が始まる。

そして、その裏側では別の戦いが始まろうとしている。

 

周囲にはすでに結界……フィールドが張られていた。

外の世界から完全に区切られたことで、それまで聞こえていた人々の声や慌ただしい物音が消えていく。

 

静寂

この場所だけが別の空間になった。

 

「しるくさんの気持ちに応える!!」

 

「イヤリングは渡さない!!」

 

あんなとみくるが強い意志を込めて言い放つ。

しるくから託された以上、絶対にイヤリングを取り返すという熱意が伝わってくる

。

けれど、その程度でゴウエモンが引き下がるはずもない。

 

「知ったことか!こちとら何より忠義の男だ!」

 

ゴウエモンはウソノワールに忠誠を誓っている妖精の一人。

どれだけプリキュアが前に立ちはだかろうと、怯むような人じゃない。

 

むしろ、こういう状況だからこそ余計に燃えるくらいだと思う。

 

ゴウエモンは手に入れたイヤリングを掲げた。

 

「ウソよ覆え!来やがれ、ハンニンダー!」

 

桜吹雪が舞い上がり、無数の花びらがしるくのイヤリングを包み込み、その中心から大きな影が姿を現した。

 

「ハ~~ンニンダー!!」

 

現れたのは、トランプのダイヤのような形をした宝石のハンニンダー。

その姿を確認した瞬間、二人もすぐに動いた。

 

「みくる!」

 

「うん!」

 

迷いはない。

二人はジュエルキュアウォッチを構える。

 

「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」

 

眩しい光が二人の身体を包み込んだ。

その光の中で、二人の服装が瞬く間にプリキュアの衣装へと変化していく。

 

「どんな謎でも、はなまる解決!名探偵『キュアアンサー』!」

 

「重ねた推理で、笑顔にジャンプ!名探偵『キュアミスティック』!」

 

「「名探偵プリキュア!!」」

 

二人の名乗りが静かなフィールドに響き渡る。

私たちの前に立った名探偵プリキュアを見て、なぜかマシュタンのテンションまで一気に上がった。

 

「戦いの幕が上がるわ~~!!!」

 

「マシュタン……」

 

……マシュタンはこういうのが好きなのだろうか?

 

妙に楽しそう。

とはいえ、私も眺めているだけというわけにはいかない。

 

首から下げているティアアルカナロッドに手をかける。

 

「オープン、ティアアルカナロッド」

 

私の身体も光に包まれた。

それまで身につけていた服装が消え、プリキュアとして戦うための衣装へと変わっていく。

 

これで準備は整った。

 

「神秘と秘密で包み込む、キュアアルカナ・シャドウ」

 

双方の変身が完了する。

その瞬間を待っていたかのように、ハンニンダーが動き出した。

 

地面を蹴り、一気に高く跳び上がる。

 

「ハ~ンニンダー!!」

 

その身体から紫色の光が輝き、レーザービームとなって二人へ放たれた。

 

アンサーとミスティックは素早く反応する。

二人とも攻撃の軌道から飛び退き、レーザーを回避した。

 

でも、前から来る攻撃に意識を向けすぎている。

私はその隙を見逃さなかった。

 

すかさずアンサーの背後へ回り込む。

 

「!?」

 

「遅い」

 

そのまま足を振り抜いた。

私の蹴りがアンサーを捉える。

 

「うわぁぁっ!!?」

 

アンサーの身体が勢いよく吹き飛ばされ、そのまま地面へ激突した。

私は倒れたアンサーを静かに見つめる。

 

前ばかりに気を取られすぎ。

目の前のハンニンダーだけを警戒していたら、別方向からの攻撃には対応できない。

 

戦いにおいて、それは致命的なことなのに……まだまだ甘いわね。

 

「こっちの番だよおおぉぉぉ!!!」

 

アンサーを蹴り飛ばした直後、今度はミスティックが勢いよく私へ向かってきた。

 

一直線に距離を詰めてくる。

けれど、その視線は私へ集中しすぎていた。

 

さっきアンサーが背後から攻撃されたからなのか、今度は私の動きを警戒している。

そのせいで――ハンニンダーの攻撃動作に気づいていない。

 

ハンニンダーの身体に紫色の光が集まる。

私はその気配を察すると、ビームの動線に巻き込まれないように顔を反らした。

 

直後、すぐ側を強烈な光が通過する。

そのままビームは、こちらへ向かってきていたミスティックへ一直線に飛んでいった。

 

「きゃあああ!?」

 

直撃する寸前、ミスティックが反応した。

どうやらギリギリで防御には成功したみたい。

それでも、今の二人が劣勢なのは間違いない。

 

「さぁ、どうする?」

 

私は二人の様子を慎重に窺う。

こちらが有利だからといって、油断するつもりはない。

この二人は今まで何度も、不利な状況を打開してきた。

 

追い詰められても、劣勢になっても。

動ける限り、決して諦めない。

 

何があっても諦めない。

それこそが、名探偵プリキュア――アンサーとミスティックの強さなのだから。

 

「追い詰めろ、ハンニンダー!」

 

「ハ~ン………ニンダー!!」

 

ゴウエモンの指示でハンニンダーがその場で力を溜め始める。

紫色の光がさらに強く輝き、一気に解き放たれた。

 

「「うっ!!」」

 

強烈なビームが二人を襲う。

直後、激しい爆風が広がり、二人の姿が煙の向こうへと消えた。

 

でも、これで倒れるような子たちじゃない。

それくらいは、もうわかっている。

 

「ハーハッハッハ!!」

 

「オーホッホッホ!!」

 

「プリキュア敗れたり!」

 

そんな私とは対照的に、ゴウエモンとマシュタンは完全に上機嫌だった。

久しぶりに見えてきた勝機に、興奮が収まらないみたい。

 

「もう降参?」

 

私は二人へ問いかける。

今はこちらが優勢。

 

でも、ここから二人はどう出るのか……。

 

「アルカナ・シャドウ!!」

 

「キュアエクレールと同じ探偵事務所にいた!そうでしょ!?」

 

……何を言い出すのかと思えば。

 

ここでエクレールの話?

エクレールのことを持ち出して、私を説得しようとしているのだろうか。

 

それとも、単純に私から情報を引き出して、エクレールについて調べようとしているだけなのか……。

この二人に限っては、多分前者だと思うけど。

 

「なっ!?」

 

近くからゴウエモンの驚く声が聞こえた。

けれど、私は別に気にしない。

 

私がファントムに入ったのは、自らの意思。

誰かに無理やり入れられたわけじゃない。

 

だから、二人に何を言われようと関係ない。

私は私のやるべきことを遂行する。

それだけ。

 

「それが答え?」

 

「っ!!」

 

ミスティックが私へ向かって突撃してきた。

その勢いのまま拳を振るう。

 

私はすぐにアルカナロッドを構え、そのパンチを受け止めた。

 

……相変わらず一方的な動き。

真っ直ぐ向かってきて、そのまま攻撃する。

これじゃ動きを読まれて当然なのに。

 

「教えて!エクレールはどこにいるの!?」

 

どうしてこの二人はそこまでエクレールにこだわるのだろう。

 

「探しても無駄。あなたたちには見つけられない」

 

二人には関係のない人物のはず。

それなのに、エクレール、エクレールって……。

なぜそこまで熱心になって調べようとするのか、私にはわからない。

 

私はミスティックの攻撃を防ぎながら体勢を変え、その顔へ蹴りを叩き込んだ。

 

「あぁぁっ!!?」

 

ミスティックの身体が再び後ろへと退く。

 

「わかった?マコトジュエルも諦めなさい」

 

これだけ力の差を見せれば、少しくらいは理解するはず。

そう思っても二人の信念は揺るがない。

 

「諦めない!」

 

「しるくさんの思い出を守る!」

 

キュアエクレールは……私の大切な人はもう、一緒に隣に並ぶことすらできないのに。

 

そんな私の前で、二人は何の関係もないはずの人物の大切な物を、迷うことなく『思い出』を守ると言い切る。

 

「思い出……そんな形のないものを守るなんて、無駄ね」

 

思い出なんて、形のないもの。

どれだけ楽しいことがあっても。

どれだけ嬉しいことがあっても。

 

いずれ、つらい思いをするくらいなら――過去の思い出なんて意味がない。

 

「無駄なんかじゃない!!」

 

「形のないものだからこそ、思い出は誰にも奪えない!」

 

………何も知らないから、そんなことが言えるのよ。

 

二人は知らない。

私の知っているエクレールが、もういないことを。

関係のないあなたたちが介入する必要なんてないのに。

 

キュアエクレールは……記憶を失くしている。

 

だから意味がない。

覚えていないのなら、大切だった思い出だって、なかったことと同じ。

 

「もしも……全て忘れてしまったら、記憶をなくしてしまったら……思い出に意味なんてない!」

 

「記憶を……!?」

 

「そう、あなたたちが探しているキュアエクレールに記憶はない。だから探しても無駄、諦めなさい」

 

探したところで、全部無駄。

たとえエクレールの正体を突き止めたとしても、二人の言葉で失った記憶が戻るわけじゃない。

 

それに、そもそも私はエクレールを……

 

「守るって約束した!」

 

思考を遮るように、声が響く。

 

「私たちを信じてくれた!」

 

「っ……」

 

その言葉に、胸の奥が揺れた。

そして一つの台詞が頭の中に蘇る。

 

『それでも、信じている。誰もが私を疑っていても、全てを奪われ、私が私でなくなってしまっても、信じてくれる仲間がいれば何も恐くない。私の本当を守ってくれる!そうでしょ?』

 

私がしるくのイヤリングを奪おうとした時、カウンターに置かれていた演劇の台本。

そこに書かれていた台詞。

 

信じてくれる仲間がいれば、何も恐くない。

自分の本当を守ってくれる。

今の二人を見ていると、その言葉が重なる。

 

二人がここまで立ち上がる理由は、ただマコトジュエルを取り返したいからじゃない。

 

しるくが二人を信じたから。

自分たちに託してくれたから。

その想いに応えるために、どれだけ追い詰められても挫けずに立ち上がる。

 

本人の気持ちだけじゃない。

信じてくれたからこそ、その気持ちを裏切りたくない。

絶対に悲しませたくない。

 

そんな明確な意思が、二人をここまで強くしている。

 

「マコトジュエルを、取り返す!!」

 

アンサーとミスティックが、再び前へ出ようとするその瞬間――

 

周囲の空気が変わったのを感じた。

 

 

_______________

 

 

 

【あんなSide】

 

絶対に取り返す。そう決めてアルカナ・シャドウとハンニンダーに向かおうとした時、

 

「あれ?もう戦ってるんだ?」

 

「!?」

 

突然聞こえてきた、場違いなほど軽い声。

その声を耳にした瞬間、私は反射的に動きを止めた。

 

何度も私たちの前に立ちはだかり、その圧倒的な力を見せつけてきた相手。

 

「ジャック!!?…………ぇ…」

 

ミスティックの鋭い声が、途中で急激に弱くなる。

私もすぐにジャックの姿を捉え――息を呑んだ。

 

「二人ともダメだよ~この子を一人にさせちゃ。今みたいに狙われたりしたら大変だからね」

 

ジャックはいつもの調子で、まるで私たちの不注意を注意するかのように笑っている。

けれど、そのすぐ側にいる人物を見た瞬間、そんな声なんてどうでもよくなった。

 

ジャックがみのるを抱えていた。

意識を失っているらしく、全身から力が抜けてぐったりとしている。

自分で立つことすらできず、抵抗する様子もない。

 

どうして……まさか私たちが分かれてファントムを探している間に!?

 

「みのる!!!」

 

考えるより先に叫んでいた。

 

「みのるを離しなさいっ!!」

 

隣にいたミスティックも同じだった。

今にも飛び出していきそうなほど身体を前へ出し、ジャックを睨みつけている。

 

私だってすぐにみのるを助けたい。

けれど――

 

「おっと!近づいたらこの子のマコトジュエルを破壊するからね」

 

「「!!!」」

 

身体が止まった。

まるで見えない壁に遮られたかのように、一歩も踏み出せなくなる。

 

みのるのマコトジュエルを破壊する。

その言葉だけで、私たちの動きを止めるには十分だった。

 

ジャックが冗談でこんなことを言っているとは思えない。

少しでも迂闊な動きをすれば、本当に実行するかもしれない。

 

みのるがすぐそこにいるのに動けない。

 

「なるほど、人質か……」

 

ゴウエモンの声が聞こえる。

けれど、今の私にはそちらへ意識を向ける余裕なんてほとんどなかった。

 

視線はずっと、ジャックに捕らえられているみのるへ向いたままだ。

 

「ジャック……もしまたみのるに手を出したら……!!」

 

隣から聞こえてきたミスティックの声には、今までとは明らかに違う怒りが込められていた。

 

「何?聞こえないんだけど?言うならもっとはっきり言ってよ」

 

わざとだ。

絶対に聞こえている。

 

それでもジャックは、あえて聞き返している。

ミスティックを怒らせるために。

 

「離しなさいっ!!!もしみのるに何かしたら、絶対に許さないから!!」

 

怒声が響き渡った。

ミスティックの気持ちは痛いほどわかる。

 

私だって同じだ。

みのるをこんなふうに利用されて、冷静でいられるはずがない。

 

けれどジャックは、そんな私たちの感情すら楽しんでいるようだった。

 

「じゃあ何?私を倒すの?ならやってみなよ、やれるものならね。勝てないくせに何をそんなにムキになってるの?」

 

その言葉に、隣のミスティックから怒気が膨れ上がるのを感じた。

 

「こいつ……!!」

 

「ミスティック」

 

私は名前を呼ぶ。

それだけで十分だ。

 

ミスティックは一瞬だけ黙り込み、飛び出しかけていた気持ちを必死に押し留めるように息を整えた。

 

「………大丈夫。わかってるから」

 

私はジャックから目を逸らさないまま、静かに身構える。

挑発に乗ってはいけない。

ジャックが厄介なのは、圧倒的な実力だけじゃない。

 

こうして相手が一番触れられたくないところを平然と突き、怒りや焦りを引き出そうとしてくる。

みのるを人質に取ったうえで、わざとミスティックを挑発する。

 

冷静さを失えば、それこそジャックの思う壺だ。

 

わかっている。

わかっているけれど――目の前でぐったりしているみのるを見れば、私だって今すぐ助けたい。

 

それでも耐えなければならない。

ジャックの挑発に乗ったら終わる。

実力だけじゃなく、直接相手の心を揺さぶってくる発言もしてくるから、本当に厄介極まりない。

 

「お取り込み中悪いけど、そろそろ動いてもいいかしら?」

 

冷たい声が割って入り、私は反射的にそちらへ視線を向けた。

みのるを捕らえているジャックにばかり意識を向けていたけれど、ここにいる敵は彼女だけじゃない。

 

「オレたちのことを忘れちゃ困るぜ」

 

「ハンニンダー!」

 

ジャック

アルカナ・シャドウ

ゴウエモン

そして、ハンニンダー。

 

ただでさえジャック一人を相手にするだけでも簡単じゃない。

それなのに、今はみのるまで人質に取られている。

 

「ジャックだけでも厄介なのに、どうすれば……」

 

私も答えを出せなかった。

みのるが人質にされている以上、下手に動けば詰むのは確実。

 

マコトジュエルを破壊されたらどうなるのかはわからない。

けれど、ジャックがわざわざ私たちへの脅しとして使っている以上、何も起こらないなんてことは絶対にない。

良くないことが起こるに決まっている。

 

だったら――まず、ジャックが何を求めているのかをはっきりさせるしかない。

 

「要求はマコトジュエルなんでしょ?」

 

「話が早くて助かるね。そう、これは取引。あなたたちが今回のマコトジュエルを諦めてくれればみのるは解放してあげる」

 

やっぱり狙いは今回のマコトジュエル。

私たちが諦めれば、みのるを返す。

 

言葉だけなら取引なのかもしれない。

しかし……

 

「でも要求を飲めなかったら、みのるのマコトジュエルを破壊して………そうだね、おまけに家入しるくの舞台もめちゃくちゃにしてあげようか?」

 

「そんなの一方的な脅しよ!!」

 

「本当になんなの……信じられない」

 

ジャックは笑っている。

 

笑顔で。

平気で。

みのるを傷つけると口にして、しるくさんの舞台までめちゃくちゃにすると言って。

 

人の心をぐちゃぐちゃにしようとしている。

そんなジャックのことが、私には理解できない。

 

いや――理解したくもない。

胸の奥に湧き上がっているこの気持ちは、なんだろう。

 

以前の私なら、どこかで思っていたのかもしれない。

ジャックとも、まだ話し合えるんじゃないか。

言葉を交わせば説得できるんじゃないか。

そんな可能性を捨てきれずにいた私が、確かにいた。

 

でも今はもう、そんな私はいない。

みのるを人質にして、その命に関わるかもしれないものを脅しに使う。

 

誰かが大切にしている舞台まで壊そうとする。

それを笑いながら口にするジャックを見て、私の中に残った感情はただ一つだった。

 

――倒さないと。

 

その気持ちだけが、今までにないほどはっきりと胸の中に残っていた。

 

「早く決めてよ。こっちも時間がないんだから」

 

急かすジャックに対して、ミスティックが一歩も引かずに睨み返す。

 

「あなたがどう言おうと、そんな要求に応えるわけないでしょ。しるくさんの邪魔はさせない。マコトジュエルも奪わせない。そしてみのるも助ける。これが私の答えよ!」

 

その答えを聞いた瞬間、私の迷いも完全に消えた。

 

そうだ。

どれか一つを諦めるなんて、そんな選択をする必要はない。

 

全部守る。

私たちはそのためにここにいる。

 

「平気で人を傷つけるようなファントムに、私たちは絶対に負けない。そんな考え方をするジャックを私は許さない!!」

 

「……………」

 

返事はなかった。

ジャックから笑みが消えたわけでも、怒り出したわけでもない。

 

ただ、沈黙。

それが逆に不気味だった。

 

何を考えているのか、まるで読み取れない。

私たちとジャックの間に、重苦しい静寂だけが流れる。

 

そして――

 

「ゴウエモン、この子を預かってて」

 

突然、ジャックがみのるをゴウエモンへ差し出した。

 

「お、おう……」

 

ゴウエモンも予想していなかったらしく、戸惑いながらみのるを受け取る。

 

どういうつもり……?

人質を自分から手放した?

 

違う、ゴウエモンに預けただけ。

でも、だったらジャック自身は――。

 

「敵を知るには自らが実験台に……名探偵プリキュアの戦い方を知るには一番効率が良いかもね」

 

「…?」

 

何を言って――。

そう思った次の瞬間だった。

 

ジャックの姿が、一瞬で視界から消えた。

 

いや、消えたんじゃない。

速すぎて――見えなかった。

 

「うっ……ぐぁっ!!?」

 

衝撃

理解するよりも先に身体へ強烈な一撃が叩き込まれ、息が詰まった。

 

いつの間に!?

ほんの一瞬前まで離れた場所にいたはずなのに。

気づいた時には、ジャックが私の目の前まで迫っている。

 

恐ろしいほどの速さだった。

 

「今回の相手はあなたに決めたよ。キュアアンサー」

 

「うぅぅ……」

 

痛みを堪えながら、どうにかジャックを見る。

私を――選んだ?

 

さっきの意味深な言葉。

名探偵プリキュアの戦い方を知るために、自らが実験台になる。

 

どういうことかわからないけど、とにかく今はジャックをなんとかしないと!

 

「アンサー!!」

 

私が攻撃されたのを見て、ミスティックがこちらを向く。

 

でも、

 

「よそ見してる場合?」

 

「なっ!?」

 

鋭い蹴りがミスティックの頬を掠める。

ミスティックはこちらを助けに来られない。

アルカナ・シャドウが、それを許してくれない。

 

「オレたちもいくぜ!ハンニンダー!」

 

「ハン~ニンダー!!」

 

さらにハンニンダーが動いた。

 

一直線に放たれた光が空間を突き抜ける。

その狙いは――ミスティック。

 

私たちを分断しようと考えているのだろうか……どっちにしても、状況は最悪だ。

 

「さて……あなたは何を魅せてくれるのかな?」

 

ジャックは余裕のある様子で私を見つめていた。

 

その表情から緊張は感じられない。

私がどんな戦い方をするのか、純粋に興味を抱いているようにすら見える。

 

そんな姿を見ていると、胸の奥から抑えきれない感情が込み上げてきた。

 

「ジャック……あなたはどうして何度も平気で人を傷つけることができるの!?」

 

みのるを人質にしたこともそう。

これまでだって、ジャックは目的のためなら誰かを傷つけることを躊躇わなかった。

 

私にはそれが理解できない。

けれど、返ってきた答えはあまりにも淡々としていた。

 

「他人のことなんてどうでもいいからだよ。私は怪盗団ファントム……ウソノワール様の願いと約束のためなら手段を選ばない。それだけのことだよ」

 

一切迷いのない言葉。

まるで当然のことを説明しているだけのようだった。

 

「……何を言っても無駄ってこと?」

 

「そう、邪魔をする奴らは排除する。もちろん名探偵プリキュアもね」

 

「っ………」

 

やっぱり、そうなんだ。

今のジャックに何を言ったところで、その考えを変えるつもりはない。

 

だったら――

 

「はあっ!!」

 

私は一気に踏み込んだ。

 

ジャックは構えようとすらしていない。

構えるまでもない……ということなのかな。

 

いや、ジャックはああいう性格だった。

相手を前にしても余裕を崩さず、何を考えているのかわからない。

ただ、こうして睨み合っているだけじゃ何も始まらない。

 

だったらこちらから先手を打つ!

距離を縮め、ジャックへと急接近。

 

しかし――私の攻撃が届く直前。

ジャックの身体がふわりと宙へ舞った。

私の突撃を宙返りで躱し、そのまま私の背後へ着地する。

 

すぐに振り向き、勢いのまま腕を振るう。

けれど、その攻撃もジャックには届かなかった。

 

また躱された。

当然、ジャックも避けているだけではない。

無邪気な表情を浮かべたまま、周囲に魔力を展開する。

 

それらは鋭い槍の形を作り上げ、無数の槍となって一斉に飛来した。

 

「血月降魔」

 

視界いっぱいに広がる槍。

 

前だけじゃない。

広範囲を覆い尽くすような攻撃に、私は瞬時に判断する。

 

なんて広範囲!?

これは躱そうとするだけ無駄……ならあえて動かずにやり過ごす!!

 

こういった広範囲の攻撃は、下手に動けば逆に危険になる。

避けた先へ別の槍が飛んでくる可能性だってある。

 

だったら、自分に飛んでくる攻撃だけに集中した方がまだ可能性はある!

 

私はその場から動かず、両拳に力を込めた。

迫ってきた一本目の槍を拳で弾く。

 

続いて二本目、三本目。

次々と飛来する魔力の槍を、目で追いながら叩き落としていく。

 

一つ判断を間違えれば大怪我は必須。

それでも動かない。

自分に向かってくるものだけを見極め、一つずつ確実に迎撃する。

 

やがて最後の槍を叩き落とすと、周囲を覆っていた攻撃が収まった。

範囲は広いけど密度が高くなかったのが救いかも……。

 

なんとか一発も被弾せずに済み、私はすぐに体勢を整える。

 

けれど、安心なんてできない。

今の攻撃が全然本気じゃないことくらいは、薄々感じている。

 

ジャックにはまだ余裕がある。

だったら、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 

私は再び地面を蹴った。

距離を詰めて、接近戦に持ち込む。

その途中で、ジャックから光弾が放たれた。

 

身体を反らす。

一発目が身体すれすれを通過。

 

すぐに二発目。

今度は顔を傾ける。

頬のすぐ横をエネルギー弾が駆け抜けていった。

 

さらに三発目。

私は細かくステップを踏みながら軌道から外れる。

 

避けた。

そして――入った!

 

ジャックの懐。

この距離なら!

 

「はあああぁぁっ!!」

 

力を込めた拳を一気に振り抜く。

確実に捉えたと思った。

 

しかし――。

ジャックは上半身を反らしただけで、私の拳を難なく回避した。

 

拳が虚しく宙を切る。

その僅かな隙を、ジャックは見逃さなかった。

 

足が伸びてくる。

私の足に引っ掛けるような動き。

 

まずい――体勢を崩される!

いや、まだ!!

 

弾かれた反動に逆らわず、その勢いを利用する。

右手を地面につけ、身体を支える。

そして足を高く振り上げた。

 

ジャックの顔面目掛けて、思い切り蹴りを放つ。

完全に体勢を崩された状態からのカウンター。

 

これなら――!

けれど、ジャックは私の反撃を目にした瞬間、自分の攻撃を中断した。

 

そして私の蹴りもまた、空を切った。

また躱された。

私はすぐに身体を起こし、ジャックを見据える。

 

もどかしい。どんな攻撃を仕掛けても全て回避されちゃう。

 

正面から攻撃しても。

背後を狙っても。

隙を突いたつもりでも。

土壇場でカウンターを仕掛けても。

 

まるで私の動きを最初から知っていたかのように躱される。

後頭部にも目がついているのかと勘違いするぐらい――ジャックには隙がない。

 

「じゃあ私からも行くね~!」

 

「っ!?ぐっ......あぁ!?」

 

私の攻撃をするりとすり抜けたジャックが、そのまま横から強烈な一撃を叩き込んできた。

 

防御が間に合わない。

身体に衝撃が走り、私は大きく後ろへ押し戻される。

 

足で地面を踏みしめてどうにか倒れることだけは堪えたものの、一気に距離を取らされてしまった。

 

顔を上げた瞬間、ジャックの指先から再び光が放たれる。

 

すぐ横を光弾が通り過ぎる。

避けた――そう思う暇すらない。

 

さらに次。

一発を避ければ、その先にはもう次の攻撃が迫っている。

身体を反らし、足を動かし、迫ってくる光弾を必死に回避していく。

 

反撃なんて考えている余裕がない。

避けるだけで精一杯。

 

ジャックは私に一切の隙を与えてくれなかった。

これでまだ本気じゃないと言うんだから、恐ろしいよ本当に……。

 

攻撃を続けながらも、ジャックの表情は変わらない。

ずっと笑顔。

息を切らす様子もなければ、必死になっている様子もない。

 

その姿を見れば、本気を出していないことくらい嫌でもわかってしまう。

そして同時に、自分がまだどれほど弱いのかも肌で感じさせられる。

 

前よりは確実に戦えてる。

以前より攻撃を見切れるようになった。

回避だってできている。

 

だけど、これじゃまだ勝てない……。

 

「ああっ!!?」

 

避けきれなかった光弾が身体を捉えた。

 

痛みと衝撃で体勢が崩れる。

それでもすぐに立て直す。

 

けれど、こんな戦い方をいつまでも続けられるはずがない。

全力で戦っても、この状態。

私の体力だって無限じゃない。

 

何より、ジャックの攻撃を避け続けることだけに体力を持っていかれている。

このまま逃げ続けても、先に限界を迎えるのは私だ。

 

だったら――

どうせ逃げ続けても埒が明かない……なら被弾覚悟で近づくしか方法はない!!

 

「はああぁぁぁぁ!!」

 

私は進む方向を変えた。

 

これまで攻撃から逃げるように動かしていた足を、今度は真正面へ。

ジャックに向かって一気に突撃する。

 

「え!?」

 

初めて、ジャックの声に僅かな驚きが混じった。

 

それでも攻撃は止まらない。

光弾が身体に当たる。

 

一発、また一発。

痛い、それでも止まらない。

 

次々と攻撃を受けながら、私は半ば強引にジャックとの距離を縮めていく。

 

「あははっ!頑張りすぎておかしくなっちゃったの?それだと自分が余計に消耗するだけだよ!」

 

わかってる、ジャックの言う通りだ。

こんなめちゃくちゃな戦い方を続ければ、私の方が先に消耗する。

 

だからといって距離を取ったままじゃ、攻撃を当てることすらできない。

少しでも可能性を上げるには、距離を取られないようにするしかない。

 

接近戦に持ち込むことが大前提。

ようやく距離を詰め、私は攻撃を仕掛ける。

 

ジャックもすぐに応戦した。

拳と拳がぶつかる。

弾かれれば、もう一度。

 

ジャックから攻撃が飛んでくれば身体を捻って躱し、すぐにこちらからも拳を返す。

互いに一歩も譲らない激しい攻防。

 

それでもジャックは無傷だった。

息すら切らしていない。

 

対する私は攻撃を受けながら無理やり距離を詰めたせいで、確実に体力を削られている。

 

手加減されてる……。

認めたくなくても、感じてしまう。

私がジャックとこうして戦えているのは、私がジャックと同じ強さだからじゃない。

 

ジャックが本気を出していないから、なんとか戦えているだけだ。

 

「ぐっ!?」

 

また攻撃を受け、身体が弾き飛ばされる。

それでも私は立ち上がった。

 

何度攻撃されても。

何度倒されても立つ。

ファントムの好きにさせるわけにはいかない……。

 

決めたんだ。

何がなんでも守るって!

 

力だけじゃ勝てない。

真正面から殴り合うだけじゃ、ジャックには届かない。

 

だったら――私にできる方法で戦う!

 

「プリキットライト!!」

 

私はプリキットライトを取り出した。

狙うのはジャック自身じゃない。

その足元。

 

プリキットライトの力で、ジャックの周囲にある地面を描き変える。

固かった地面が、弾力のある地面へと変化した。

 

「うわっ!?」

 

ジャックの身体がぐらつく。

身体が軽くて小柄なジャックなら、突然足場の感触が変われば簡単にバランスを崩しやすい。

 

力での勝負なら間違いなく勝てない。

速さでも負けている。

 

だったら――頭を使う。

直接ジャックを上回れなくても、隙くらいは誘える!

 

そして今、ほんの僅かだけどその隙が生まれた。

 

「アンサーアタック!!」

 

「ぐっ!?」

 

拳を思い切りジャックへぶつける。

単純な攻撃じゃ当てられないことは、もう嫌というほどわかっている。

 

だからこそ足場を崩した。

精一杯の力で踏み込み、ほんの僅かな隙でも確実に捉えられるように拳を振り抜く。

手応えと同時に、激しい衝撃が周囲へ広がった。

 

地面から砂埃が一気に舞い上がる。

視界が茶色く染まり、私は目を凝らした。

ジャックの姿が――見えない。

 

(手応えはあった……でもまだ……)

 

この程度の攻撃でジャックがやられるなんて、私だって思っていない。

舞い上がった砂埃の向こうを睨みながら、すぐに構え直す。

 

次は何が来る。

光弾か。

魔力の槍か。

それとも、また一瞬で距離を詰めてくるのか。

 

どんな攻撃が来ても反応できるように、私は神経を研ぎ澄ませた。

それと同時に、乱れた呼吸を少しでも整えようとする。

 

(冷静になって自分……これ以上体力をしょ……)

 

そこまで考えた瞬間だった。

 

本当に、一瞬。

何が起きたのか理解する時間すらなかった。

 

気がついた時には――目の前にジャックがいた。

砂埃の中から現れたその身体には、傷一つない。

 

さっきの一撃なんて最初から受けていなかったかのように、無傷のまま私の目の前に立っている。

 

でも違う。

さっきまでとは、何かが違う。

 

言葉で説明できるものじゃない。

構えが変わったわけでもない。

それなのに、その場の雰囲気だけで理解してしまった。

 

――ジャックが、本気を出した。

 

「がっ………はっ……」

 

自分の身体が浮いた。

正確には――吹き飛ばされた。

 

何をされたのか、わからなかった。

攻撃されたことだけは、身体を襲った衝撃で理解できる。

 

(何も見えなかった……)

 

身体が地面へ叩きつけられ、全身に痛みが走った。

それでも、重くなった身体を必死に動かす。

 

腕に力を入れて身体を起こし、震える足で立ち上がった。

 

まだ終わっていない。

そう何度も自分に言い聞かせる。

 

「残念、バカ正直に向かって来るだけの攻撃なんて大したことないんだよね」

 

「………」

 

言い返せない。

実際、私の攻撃はジャックに通用していない。

 

戦いでは、何が起こるかわからない。

常に予測不可能なことが起きる。

その度に状況を見極め、即座に対応できる判断力が必要になる。

自分より遥かに格上の相手と戦うことだってある。

 

それでも諦めたくない。

みんなを助けたい。

笑顔にしたい。

 

その気持ちがあるから、どれだけ絶対的な相手が目の前に立ちはだかっても――私の身体は止まらない。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

再びジャックへ向かう。

もうわかっている。

今の私では、ジャックを前にして数分も持たない。

 

それでも拳を振るった。

ジャックは私の攻撃を難なく受け流していく。

 

一発

二発

三発

 

何度拳を振るっても届かない。

ジャックの表情には依然として笑顔が浮かんでいる。

 

でも、その瞳だけは違った。

獲物を狩る猛獣のような――人を傷つけることに何の躊躇もない瞳。

 

「あぁっ!?」

 

鋭い衝撃が右肩を襲う。

 

(肩が………!!)

 

いつの間にか背後に回られていた。

迫ってきた攻撃をどうにか防御したものの、完全には受け止めきれない。

 

衝撃が強すぎる。

右肩に激痛が走り、思わず苦痛に顔が歪んだ。

もし今の攻撃を変身せずに受けていたら――きっと腕ごと千切られていた。

 

そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。

けれど、もう力の差なんて考えている余裕すらない。

 

ジャックの猛烈な連撃が襲ってくる。

目にも留まらない。

痛めた右腕はまともに使えない。

 

利き手ではない左手だけでどうにか攻撃を凌ぐしかない。

こんな状態で、勝機なんてあるはずがなかった。

 

「ぐ.........あっ.........ゲホッゲホッ......」

 

鳩尾に強烈な衝撃が走った。

 

息ができない。

身体が勝手に折れ曲がり、私はお腹を抱えてその場にうずくまる。

 

苦しい。

それでもジャックは止まらない。

 

指先へ魔力が集まっていく。

まずい、そう思った時には――もう遅かった。

 

「あああああああっ!!!?」

 

また身体が吹き飛ばされた。

地面へ落ちる。

 

それでも向かう。

そして、また崩される。

 

何度向かっても。

何度立ち上がっても。

勝ち目どころか、抵抗にすらなっていない。

 

「もう終わりだよキュアアンサー。さっさと諦めて」

 

「………まだ……まだやれる!!」

 

諦めない。

身体がどれだけ痛くても。

勝てないとわかっていても。

 

私は残された力を拳へ集める。

ありったけの力。

これが最後になってもいい。

 

最後の一撃を放つために、私は拳へ力を込めた。

対するジャックも片手に膨大な力を集めている。

その力の大きさは、今の私とは比べものにならない。

 

どちらが勝つかなんて、もう意味がない。

ジャックが勝つ。

そんなことはわかっている。

 

それでも――マコトジュエルを渡すつもりはない。

 

「はああああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

左腕を突き出しながら、残った力の全てで地面を蹴る。

ジャックへ向かって突撃する。

ジャックも拳を突き出し、攻撃を放った。

 

そして――二人の攻撃が激突した。

凄まじい爆風が生まれ、辺りを激しく掠めていく。

 

「...............」

 

「はぁ………はぁ……………ぁ……」

 

もう、身体に力が入らなかった。

視界が揺れる。

ジャックの姿も、周囲の景色も、何もかもがぼやけていく。

 

足が支えきれなくなった。

私はとうとう、そのまま地面へ倒れ込んだ。

もう立ち上がる気力さえ残っていない。

 

何度も何度も。

私はハンニンダーと戦ってきた。

その度に必死になって戦って、少しずつ強くなってきたつもりだった。

 

なのに、まだジャックには届かない……。

マコトジュエルを……しるくさんのイヤリングを守らなきゃいけないのに……。

 

みのるも助けないといけないのに……。

それなのに、身体はもう動いてくれない。

 

私は……まだ弱い。

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