かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【みのるSide】
テレビから流れてくるニュースを聞きながら、私は何となく画面へ視線を向けていた。
〈さて、最近の話題と言えば、7月19日に現れる大王の話ですが、巷ではこのような雑誌も出ています〉
〈世紀末ということも関係しているんですかね?〉
またこの話だ。
最近のニュースはほとんどがどこかの時間に大王の予言の話で持ちきりになっている。
窓の外へ目を向ければ、空は青く澄み渡っていた。
穏やかな日差しが降り注ぎ、いつもと何も変わらない街の景色が広がっている。
こんなにも平和なのに、世界の危機までもう1ヶ月もない。
改めて考えても、いまいち現実味が湧かなかった。
世間では世紀末だからと騒がれているだけなのかもしれない。
でも、私たちは知っている。
ウソノワールは、7月にマコトジュエルを手に入れて大王へ覚醒する――そんなことを言っていた。
だからテレビで面白おかしく取り上げられているような、ただの予言で終わる保証なんてない。
決して冗談ではないはず。
「なんか大事になってきたな…」
「怪盗団ファントムのことも警察やテレビでも警戒するようになったから大変だよね」
予言だけでも頭が痛くなりそうなのに、今の私たちにはキュアエクレールの調査まである。
特に実際に動くことになるみくるとあんなの負担が心配だった。
二人は今もずっと頭を捻らせている。
「「「うーん……」」」
みくるとあんな。
そしてポチタンまで一緒になって考えていた。
三人揃って唸っている姿を眺めていると、少しくらい息抜きをした方がいいんじゃないかと思ってしまう。
……まあ、世界の危機が目前に迫っている以上、そうも言っていられないのだろうけど。
「キュアエクレールはプリキュアだったことを覚えていない…」
「この前のしるくさん、ファントムの変装を見破っていたみたいだし、もしかしたら…」
「そういうことなら、エリザさんもあり得ると思わない?」
二人が候補として考えているのは、しるくさんとエリザさんだ。
しるくさんは持ち前の演技力と観察眼を活かして、るるかさんの変装を見破ったとみくるから聞いた。
一方のエリザさんも元々は探偵志望だった人だ。
今はミステリー作家として活動していて、推理小説を何冊も手掛けている。
二人とも観察力や推理力という点では申し分ない。
少なくとも、探偵という基準だけを見るならどちらも満たしているように思える。
「そうかも!」
「でしょ!」
……だからこそ困る。
話し合えば話し合うほど候補が増えて、一向に二人の意見がまとまらない。
私はそんな二人を見ながら口を挟んだ。
「候補を一人に絞るんじゃなかったの?」
「結局どっちなんだよ…」
「「わかんない」」
……まあ、そうなるよね。
仕方ないと思う。
何しろ手がかりがほとんどない。
キュアエクレールというプリキュアが存在していたことはわかった。
その本人が今はプリキュアだった頃の記憶を失っていることも。
だけど、それ以上の情報があまりにも少ない。
もし詳しい事情を知っている人物がいるとするなら――。
「森亜るるか、あいつなら何か知っているんだろうけど」
「教えてくれるわけないよね。前に見つけたあの写真も…」
「わからずじまいだし…」
あの写真。
アゲセーヌが撮った、青い蝶のような姿が写っていた一枚。
写っている人物がプリキュアだということまではわかった。
でも、蝶のシルエットがあまりにも目立っていて、肝心の衣装すらまともに確認できない。
ジェット先輩の道具を使って色褪せた写真を綺麗にしても、結局その正体までたどり着くことはできなかった。
私は改めて写真へ目を向けながら考える。
「あの写真がキュアエクレールだとしても、肝心の姿が見えないから正体を予測するのも難しい」
「ポチ…ポチ?」
手がかりがない以上、いくら考えたところで答えが突然降ってくるわけでもない。
そんな私たちの様子を見かねたのか、ジェット先輩が飴を取り出し、私たちに一本ずつ分けてくれる。
甘いものでも食べて少し休め、ということなのだろうか。
直接口にはしないけれど、無理をするのは身体に毒だと遠回しに教えてくれているような気がした。
「やれやれ……」
ジェット先輩の呆れたような声を聞きながら、私はもらった飴をそっと握る。
急ぎすぎたところで身体を壊してしまったら意味がない。
世界の危機が迫っている。
キュアエクレールの正体もわからない。
焦る理由なんて探せばいくらでもある。
それでも、今できることを一つずつ進めていくしかない。
無理をしない範囲で、これからもエクレールの調査を続けていこう。
_______________
【るるかSide】
あの人は、私にとって唯一無二の相棒だった。
ただ同じ目的を持って、同じ場所を目指して歩いていただけの関係じゃない。
嬉しいことがあれば一緒に笑った。
苦しいことがあれば互いに支え合った。
何かに悩めば話を聞いてもらって、逆にあの人が悩んでいれば私が隣にいた。
特別な約束なんてしなくても、気がつけばいつも一緒だった。
隣にいることが当たり前だった。
相棒であり、親友。
あの頃の私にとって、あの人以上に大切な存在なんていなかった。
今でも覚えている。
一緒に過ごした時間も、交わした言葉も、何気ない仕草も。
そして、ただ隣にいてくれるだけで感じることのできた安心も。
どれだけ時間が経っても、その記憶だけは鮮明に残り続けている。
忘れようとしたことだってあった。
全部忘れてしまえば、こんな思いを抱えなくても済むのかもしれない。
最初から何もなかったことにできれば、前を向けるのかもしれない。
だけど、そんな簡単に消えてくれるような思い出じゃなかった。
それだけ大切だった。
だから私は、ずっと過去に囚われていた。
もう戻ることのできない時間を何度も振り返って、今ここにあるものではなく、失ってしまったものばかりを追いかけ続けていた。
もう一度あの頃に戻れたら。
もう一度、あの人と隣に並べたら。
叶うはずがない。
そんなこと、自分が一番よくわかっている。
それでも心のどこかでは、そんな願いを捨てきれずにいた。
過去に縋って、失った時間を追い求めて。
ずっと、そんな私だった。
けれど――
もう、そんな私ではない。
昔の思い出なんて、もういらない。
だからといって、あの人との時間を否定したいわけじゃない。
あの人と出会ったことも、一緒に過ごした日々も、私にとって大切だったことも。
全部なかったことにしたいわけじゃない。
あの時間があったからこそ、今の私がいる。
それくらいはわかっている。
ただ――それをいつまでも抱きしめたまま、その場所で立ち止まり続ける必要はもうない。
過去は過去だ。
どれだけ手を伸ばしたって届かない。
どれだけ願ったって、失った時間が戻ってくることはない。
だったら私は前を見る。
今の私には、守るべきものがある。
それを守るためなら、私は過去に背を向けることだってできる。
あの人が私の唯一無二の相棒だったことは変わらない。
かけがえのない親友だったことも変わらない。
それはきっと、これからどれだけ時間が流れたとしても変わらないのだろう。
それでも私は、もう過去のためには生きない。
思い出に縋りながら歩くんじゃない。
今、ここにある大切なもののために歩いていく。
それが――私の選んだ道だから。
……………。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が聞こえて私の意識は現実へと戻ってきた。
パティスリーチュチュ
私がアイスを買うために毎回訪れている洋菓子店。
扉を開けば甘い香りが漂い、ショーケースには色鮮やかなスイーツが綺麗に並んでいる。
今日もいつもと変わらない光景。
そして私が店に入って真っ先に声をかける相手も、いつもと同じ。
帆羽くれあ
まだ私と同い年ながら、パティシエとして豊富な経験を持っている。
「あら、いつもありがとうございます」
私の顔を見るなり、くれあはすっかり見慣れた客を迎えるように声をかけてきた。
当然といえば当然だ。
何度もここへ買いに来ているのだから、顔を覚えられていない方がおかしい。
「別に、おいしいから来ているだけ」
それ以上でも、それ以下でもない。
アイスならスーパーでもコンビニでも買える。
実際、そこで済ませることだってある。
でも――やっぱり、ここのお店は格別だった。
一度食べればまた食べたくなる。
別に今日は入らなくてもいいと思っていても、この店の前を通ろうとすると、いつの間にか足が入口へ向かっている。
自分でも呆れるくらいだった。
それほどまでに、この店には人を虜にするスイーツが並んでいる。
今日だって同じ。
最初から来るつもりだったのか、それとも気がつけば来ていただけなのか。
「今日は何にしますか?」
くれあに尋ねられ、私はショーケースへ軽く視線を向ける。
色とりどりのアイスが並んでいるけれど、わざわざ悩む必要なんてない。
ここに来た時に選ぶものは、いつも決まっている。
「チョコミントとラズベリー」
私は決まってこのアイスを注文する。
理由は単純、一番好きなフレーバーだから。
今日もいつもと同じように注文して、そのままテイクアウトして帰る。
そのつもりだった。
「やあいらっしゃい!たまには、店で食べていきませんか?なかなか乙なものですよ」
突然店長からそんなことを言われ、くれあにも勧められる。
「どうですか?」
「………え」
店で食べていくなんて考えていなかった。
私はいつもテイクアウトだし、何よりこの店には、あの名探偵たちもたまに足を運んでいる。
ここでのんびりしていたら鉢合わせする可能性だってある。
できれば避けたいところだけど……。
店長とくれあの二人にそこまで勧められると、なんだか断りにくい。
「さ、こちらにどうぞ」
迷っているうちに、店長がわざわざ椅子まで引いて用意していた。
そこまでしなくて良いのに。
そう思っていると、不意に背中へ柔らかな感触が伝わってきた。
くれあが私の肩を優しく押している。
「………!」
「さぁ」
「……………」
胸の奥に、何とも言えない感覚が広がった。
なんだか……懐かしい。
理由はわからない。
ただ、その優しい手から感じる温かさ。
それでいて、どこか爽やかな雰囲気。
以前にもこんな感覚を知っていたような気がする。
店内の近くには、白い百合の花が飾られていた。
そこから漂うほのかな香りが、洋菓子の甘い匂いと混ざり合い、店内の空気をさらに柔らかく包んでいる。
そんな雰囲気に浸っていると、すぐ隣から甘ったるい声が聞こえてきた。
「ダーリン何にする~?」
「別々のを頼んで、半分こにしようか!」
「え~!?逆に悩んじゃうぅ~♡」
「悩む君もかわいいよ~♡」
……………おめでたいことね。
私は隣のラブラブなカップルの会話を適当に聞き流しながら用意された席へ腰を下ろす。
そして連れてきていたマシュタンをテーブルの上へそっと置いた。
ここでは人形のふりをしてもらっている。
アイスが運ばれてくるまで特にすることもない。
何気なく店内を眺めていると、壁に飾られている一枚の写真が目に留まった。
四人の男性が並んで写っている。
そして背後にそびえ立っている特徴的な建築物。
あれは……エッフェル塔?
ということは、この写真が撮られた場所はフランスのパリね。
私が写真を眺めていることに気づいたのか、店長が話しかけてきた。
「その写真、パリで修行をしていた16歳頃の写真です。俳優の金城タクヤみたいでイケメンでしょう?」
「……………」
言うほど似ているだろうか……?
「ぁ、ジョークですよ……」
「その時の店長の歳って、今の私と同じですよね?お待たせしました、チョコミントとラズベリーアイスです」
店長の話を聞いている間に、注文したものが完成したらしい。
くれあが私の前へ皿を置いた。
チョコミントとラズベリー。
注文した二種類のアイスが綺麗に盛りつけられている。
でも、それだけじゃなかった。
その隣には小さなスイーツが添えられている。
これは……ブルーベリータルトとミルフィーユ?
私は頼んだ覚えがない。
「……ケーキは頼んでない」
「サービスです。私が作ったものなんですけど、良かったら…」
そういうことなら断る理由もない。
何より、くれあが自分で作ったものらしい。
くれあの作るケーキなら、絶対においしいはず。
それなら、ありがたくいただいておこう。
「いただきます…」
小さく呟いてから、まずブルーベリータルトを一口だけ口に運んだ。
「……!」
サクッとした生地の食感とともに、特有の香ばしい香りが口いっぱいに広がっていく。
それに続いて感じられるのは、決して主張しすぎない控えめな甘さ。
ブルーベリーの風味も絶妙に合わさっていて、どれか一つが強すぎるということもない。
おいしい。
今まで食べたどのスイーツよりも、素直にそう思えた。
「……おいしい…!」
「店長直伝です!」
「パリ仕込み!」
さっき壁に飾られていた写真を見たけれど、店長はパリで相当腕を磨いてきたのでしょうね。
そうじゃなかったら、こんな風味は簡単に真似できない。
そしてその技術を継承しているくれあもすごい。
まだ私と同い年なのに、ここまでのスイーツを作れるのだから。
……まあ、くれあが作るアイスには勝てないけど。
そこだけは譲れない。
「そのブルーベリータルト、決まって頼む常連さんがいるんです。お客さんに雰囲気が似てて、気に入ってくれるかなって」
常連……。
私は手元のブルーベリータルトを見る。
決まってこれを頼むということは、相当気に入っているということ。
この味ならそれも納得できる。
それだけ誰かに愛されているスイーツということね。
すると厨房の方から電話の呼び出し音が鳴り響き、店長がそちらへ向かって受話器を取った。
「はいはい、パティスリーチュチュです!………あー、ジェットくん!」
「!」
その名前を聞いた瞬間、私は反射的に反応してしまった。
「噂をすれば、ですね!ごゆっくり」
くれあは私に一礼すると、そのまま店長の方へ向かっていった。
私はアイスを食べながら、聞こえてくる電話の内容へ意識を向ける。
ジェット……あのキュアット探偵事務所にいる発明家の妖精。
どうやら注文の内容は、今私の前にあるものと同じスイーツらしい。
いつものブルーベリータルトとミルフィーユを、探偵事務所まで届けてほしい。
……いつもの。
その言い方が引っかかった。
いつもの、と言うくらいなのだから、きっと今回だけじゃない。
毎回同じものを注文しているということになる。
つまり、このブルーベリータルトとミルフィーユは――キュアット探偵事務所にいる誰かの好きな食べ物。
「店長!私、届けてきます!」
「ああ、頼むよ」
くれあは店長から注文の品を受け取ると、それを届けるために店の外へ出ていった。
扉が閉まる。
私は残ったアイスを食べながら、何気なく隣の席へ視線を向けた。
相変わらず、あのカップルはお互いのことで頭がいっぱいらしい。
周囲のことなんてまるで気にせず、二人だけの世界に入り込んでいる。
そのおかげで、さっきからテーブルの上でずっと人形のふりをしていたマシュタンもようやく話せると判断したらしい。
「常連って名探偵さんたちのこと?」
「かもね」
そう答えたけれど――。
かもしれないどころか、十中八九間違いない。
ジェットなんて名前の人が、この周辺に何人もいるとは思えない。
ましてはあの発明家の妖精と同じ名前。
さらに届け先は探偵事務所。
この周囲に探偵事務所なんて、キュアット探偵事務所しかない。
だったら答えはほとんど決まっている。
あのブルーベリータルトとミルフィーユをいつも頼んでいる常連は、あの事務所にいる誰か。
「あの子、るるかが名探偵だって気づいたのかしら?」
「………」
私は何も答えなかった。
探偵なんて言葉は、今の私にはほど遠い。
私が名探偵だったなんて、もう過去の話なのに。
今更誰かがそれに気づいたところでどうしようもない。
昔の私が何者だったのか。
何をしていたのか。
そんなものは、今の私には関係ない。
だって――今の私は怪盗なのだから。
探偵とは真逆の立場。
謎を解き、真実を暴き、何かを守る側ではない。
奪う側。
怪盗団ファントムの一員として行動する側。
だから、私がやることは一つだけ……。
_______________
【みのるSide】
それから数時間が経った。
キュアエクレールについて何か新しい手がかりを見つけようと、あれこれ考えていた私たちだったけれど――
「ポチ~ポチ~」
「今日はいつもよりも元気だね、ポチタン」
あんなはポチタンと遊んでいた。
元気いっぱいなポチタンを相手にしながら、あんなもすっかり楽しそうにしている。
横ではみくるが一冊の小説を手にしていた。
「この小説のシリアスな場面はいつもドキドキさせられるよ~」
……結局、何も進展していない。
最初は束の間の休息だったはずなのに、気がつけば完全にいつもの日常へ戻ってしまっていた。
ポチタンと遊ぶあんな。
小説を読むみくる。
世界の危機や正体不明のプリキュアについて調べていたとは思えないほど、平和な空間が広がっている。
まあ、私も雑誌を読んでいるから人のことは言えないけど。
そんな穏やかな時間が続いていた時。
――チリンチリーン
玄関の方からドアベルが鳴った。
誰かが事務所へ入ってきたらしい。
音に気づいたみくるとあんなが揃って様子を見に行く。
「「は~い!……あ!!」」
「こんにちは!パティスリーチュチュです!」
「「くれあさん!」」
その名前を聞いて、私も雑誌から顔を上げる。
パティスリーチュチュのパティシエ、帆羽くれあさんだった。
普段は店長さんが注文したものを届けに来ることもあるけれど、くれあさん本人がこの事務所まで来るのは初めてだ。
「店長に聞いたとおり、素敵な事務所ね」
二人に案内されながら中へ入ってきたくれあさんは、珍しそうに事務所の中を眺めている。
どうやらこの雰囲気が気に入ったらしい。
「そっか!来てくれるの初めてですもんね」
本来なら注文したものを届けてもらって、それで終わりなのだけれど――この二人がそんな簡単に帰すわけもなかった。
「せっかくですからお茶でも飲んでいきませんか?」
「え、でも……」
わざわざ届けに来てもらったのに、そのまま帰ってしまうのはもったいない。
二人としては、そんな理由なのだろう。
くれあさんは遠慮しようとしていたけれど、みくるとあんなが揃って距離を詰める。
「くれあさん!」
「ぜひ!」
二人の瞳は恐ろしいくらいに透き通っていた。
一切の不純物がない。
純粋に一緒にお茶を飲みたいと思っているだけ。
だから断りづらい。
あんな目で見つめられてしまったら、もう付き合う以外に選択肢なんて残されていない。
「じゃあ一杯だけいただこうかしら」
結局、くれあさんは苦笑いしながら了承した。
二人に付き合わされる形で、私たちもお茶の準備を進めることになり、テーブルの上は一気に華やかになった。
鮮やかなブルーベリータルトとミルフィーユ。
さらにモンブランやショートケーキといった定番の洋菓子までずらりと並んでいる。
それだけで、事務所の中がいつもとは違う仄かな甘い香りに包まれた。
「わぁぁ!」
「いつ見てもはなまるおいしそう~!」
店長さんやくれあさんが作るスイーツは、いつ見ても圧倒されるほどのクオリティだ。
見た目だけでも丁寧に作られているのがわかるし、味だって間違いなく逸品。
これだけのものを毎日のように作っているのだから、その腕には感服するしかなかった。
みんなの意識がテーブルの上に集中している中、くれあさんだけは別の場所を見ていた。
その視線の先にあるのは、向こうの壁。
そこには地図が貼られ、周囲にはいろんなメモや写真が並べられている。
今私たちが調べているものだ。
「調査中の事件の資料なんです」
「ごめんなさい、目に入ってしまって」
「いえ、資料といっても解決のヒントになるのかもわからなくて」
見られて困るものでもない。
そもそもそこに貼られているものが本当に解決へ繋がるのかすら、私たちにもわかっていなかった。
これまでみくるたちは大体の事件をその日のうちに解決してきた。
……まあ、ほとんどの事件に怪盗団ファントムが関わっていたから、犯人がわかりやすかったというのもあるのだろうけど。
だけど、今回だけは違う。
キュアエクレールの捜査だけは有力な手がかりを掴めていない。
「そんなに大変な事件なんですか?」
「その…人を探しているんですけど、肝心のその人が記憶を失くしているみたいなんです」
私が気絶している間、アルカナ・シャドウがそれを匂わせる発言をしていたらしい。
キュアエクレール本人には、当時の記憶がない。
それなら自分がプリキュアだったということさえ忘れているはずだ。
本人すら自分が探されている人物だとわからない。
そんな相手を限られた手がかりだけで見つけ出さなければならないのだから、難易度が高いなんてものじゃない。
そして、エクレールについて何かを知っている可能性が最も高い人物。
森亜るるかさん。
彼女から話を聞ければ大きく前進するかもしれない。
だけど――。
るるかさんが私たちに何かを話してくれる可能性は、最初からないものとして考えた方がよかった。
「全部思い出してくれれば解決するんですけど…」
結局のところ、それが一番確実だった。
キュアエクレール本人が失った記憶をすべて取り戻してくれれば、自分がプリキュアだったことも過去に何があったのかもわかる。
だけど、それが簡単にできないからこうして頭を悩ませている。
「「はぁ……」」
「記憶………」
二人が大きなため息を吐く一方、くれあさんは何かを考えるように呟いた。
その表情を見ていると、どうやら何か良い方法を思いついたみたい。
「ケーキには見た目と味、それからもう一つ大切なものがあるのだけれど…何だと思う?」
「もう一つ?」
「大切なもの?」
見た目と味以外にケーキで大切なもの。
テーブルの上に並んでいるケーキを眺めながら考える。
思い浮かぶのは――香り。
確かに香りは記憶と関係しているという話もある。
記憶喪失の人が特定の匂いを嗅いだことで、失っていた記憶を取り戻す。
そんな話を聞いたこともある。
「うーん………わかった!香りですね!」
「正解!」
見事に答えを的中させたあんなは、得意気な表情でポーズを決める。
くれあさんはテーブルの上にあるブルーベリータルトへ視線を向けた。
「あんなちゃんの好きなブルーベリータルト、旬のブルーベリーとカスタードの甘い香りが、食欲をそそるでしょ?」
「はい!とっても!」
あんなに限ってはどんな料理でも本当においしそうに食べるから、ブルーベリータルトに限った話でもない気がする。
あんなならグルメリポーターとか向いているかも?
「いつだって食欲そそられてるだろ?」
「私が作った料理には毎回飛びつくように来るからね」
「えへ!」
一人分の料理を作るくらいなら、それほど大変じゃない。
だけど、事務所にいる全員分となれば話は別だ。
人数分の材料を用意して量を考えて、みんなが食べられるように作る。
それなりに大変ではある。
それでも、あんなみたいにおいしそうに食べてくれる人がいると、作った甲斐があったと思える。
自然と疲れまでなくなっていくから不思議だ。
「香りは食欲だけじゃないの。記憶とも強く結びついていると言われているわ」
「記憶、そっか!ミルフィーユの甘い香り、これを嗅ぐとおばあちゃんと食べたことを思い出すの!」
「海外にいた時だっけ?」
「そう、ロンドン!」
みくるは見た目は普通に日本で育ったようにしか見えないけれど、幼少期はロンドンで日常を過ごしていた。
初めてその話を聞いた時は、そのギャップに驚かされたものだ。
ちなみにミルフィーユの発祥はフランスである。
「ね、香りは記憶を運んでくれるのよ」
なるほど。
そういうことなら、今回の調査にも使える可能性がある。
「特定の匂いを嗅ぐことで、昔の記憶やその時の感情が鮮明によみがえる現象を『プルースト効果』と呼ぶんだよ。このメカニズムはね……」
「落ち着けみのる。また暴走しかけてるぞ」
ジェット先輩に止められ、私は口を閉じた。
また一人で難しい解説を始めるところだった。
人にわかりやすく説明すること自体はできる。
問題は、一度歯止めが効かなくなるとそのまま延々と話し続けてしまうことだ。
そんな私をよそに、みくるとあんなの表情にはさっきまでなかった明るさが戻っていた。
「香りと記憶、ヒントになるかも!」
「「ありがとうございます!」」
二人が揃ってくれあさんにお礼を言う。
これまでほとんど意識していなかった新しい要素である香り。
これが本当にキュアエクレールの正体へ近づく突破口になるのかは、これからの調査次第だ。
でも――
香りなら、この事務所にも既に何か手がかりがあったような気が……。
「お役に立ててよかった」
くれあさんは穏やかに笑っていたが、まだ仕事の途中だ。
せっかく来てくれたからといっていつまでも事務所に引き留めておくわけにもいかない。
私たちは早速テーブルに並んだケーキを食べながら、最近あった出来事や、みくるとあんなの活躍について話した。
ついさっきまでキュアエクレールのことで頭を抱えていたのが嘘みたいに事務所には穏やかな時間が流れていく。
新しく見つけた「香り」という手がかりを頭の片隅に残しながら、私もみんなと一緒に、しばらくのお茶の時間を楽しんだ。
_______________
【るるかSide】
次の日。
休暇時間を終えた私は、いつも通りファントムの拠点へと戻ってきた。
今日はいつもより静かだった。
ここにいるのはウソノワール、ゴウエモン、そしてジャックの三人だけ。
ニジーとアゲセーヌは休暇を取っているため姿は見当たらない。
そんな中、私の視線は自然とジャックへ向かっていた。
いつもと変わらない。
何事もなかったかのように過ごしている。
それが私には信じられなかった。
ジャックは確かに、プリキュアの浄化技を正面から受けたはず。
それなのに、何の変化も起きていない。
ダメージを受けた様子もなければ浄化された様子もない。本当に何もなかったかのように、今までと同じジャックのままだ。
仮に彼女がプリキュアの浄化技そのものを無効化するような能力を持っているのだとしたら――名探偵プリキュアにとって最大の脅威になり得る。
浄化技が通用しない相手を、あの二人はどうやって倒すのか。
そんなことを考えていると、ゴウエモンが私に気づいた。
「帰って来たか。丁度マコトジュエルの在処が出たところだ」
どうやら未来自由の書に新しい予言が現れたらしい。
私はウソノワールの方へ視線を向ける。
未来自由の書に映し出された文章を確認しながら、ウソノワールがその内容を読み上げた。
「『甘き香り漂う憩いの場、青春の香りがする一枚の記録』」
「!」
聞いた瞬間わかってしまった。
考える時間なんて必要なかった。
だって私は昨日、そこにいたのだから。
甘き香り漂う憩いの場。
スイーツの甘い香りに包まれた洋菓子店。
パティスリーチュチュ。
そして、青春の香りがする一枚の記録。
店内の壁に飾られていた一枚の写真。
パリで修行をしていた若い頃の店長と、三人の男性が並んで写っていたあの写真。
あれだ。
今回、マコトジュエルが宿っているのは――あの写真。
私の反応だけで察したのか、ウソノワールがこちらを見る。
「わかったようだな」
「っ………」
声が出なかった。
よりによって。
どうして、私が担当する日に……パティスリーチュチュの私物を盗まなければならないの……。
いつも通りでいい。
今までと同じように、予言が示した場所へ行く。
マコトジュエルが宿っている物を見つける。
そして盗む。
それだけ。
何も難しいことなんてないはずなのに。
……恐い。
どうして?
写真を盗んだら当然なくなる。
なくなったことに気づけば、店長も探すはず。
そして――くれあも。
あの写真が見つからないからと、くれあが無理をして探そうとするんじゃないか。
もし何か危険なことに巻き込まれたら、私は……。
くれあはただ………。
「やるじゃねえか!早速行くとするか!」
ゴウエモンの声に、思考が途切れた。
「行け!アルカナ・シャドウ」
「……………」
返事ができなかった。
わかったなんて言えない。
いっそのこと、ゴウエモンだけで行けばいい。
でもそれは無理だ。
ゴウエモンなら必ず私を連れていく。
そして何より、ウソノワールから直接命令を受けてしまった。
逃げられない。
「ライライサー!!」
それでも私は返事をしなかった。
次第にウソノワールから感じる圧力が強くなっていく。
息苦しい。
目には見えない何かが、身体を締めつけてくるようだった。
返事をしろ。
そう言われている。
いつものように。
命令を受けた時と同じように。
ライライサーと答えろ、と。
でも……。
「ライライサー!」
「……ライライサー」
ゴウエモンに続いてマシュタンが返事をしてくれたことで、それ以上ウソノワールから詰められることはなかった。
私はそっとマシュタンを見る。
こちらを見つめる、その表情。
心配している。
私の異変に気づいている。
そんな顔をされると、余計に胸が苦しくなった。
……何を躊躇してるの、私。
くれあと私は赤の他人。
それだけの関係。
私はあのお店の客で、くれあはそこで働いているパティシエ。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのに、どうして今になって、こんなことを思い出してしまうのか。
昨日、肩を優しく押された時に感じた温かさ。
爽やかな雰囲気。
あの懐かしい感覚。
全部関係ない。
もう私は決めた。
昔の思い出に縋るのではなく、怪盗として生きていくと。
私は怪盗の道を歩むことを選んだ。
だから――今さら後戻りなんてしない。
できない。
_______________
二日連続でこのお店に来るのはもしかしたら初めてかもしれない。
パティスリーチュチュのアイスはおいしいし、この場所自体も気に入っている。
だから何度も足を運んでいるけれど、普段はあまり頻繁に来ないようにしていた。
くれあの邪魔をしたくないから。
忙しく働いているのは知っているし、私が何度も来れば、そのたびに対応させてしまう。
だからいつも、ある程度日を開けてから来るようにしていた。
今日は昨日に続いて二日連続。
理由は――わかっている。
店内に足を踏み入れるといつもより慌ただしい。
くれあが一人だけで店内を行き来している。
注文を受けて、お客さんの対応をして、また別のお客さんに声をかける。
休む暇なんてほとんどなさそうなくらい忙しく動き回っていた。
やがて私に気づいたくれあが、申し訳なさそうにこちらへやって来る。
「すみません、お待たせしちゃって。今日店長が出張で一人なんです」
「そう…」
一人だからこんなに忙しいのね。
たった一人でこのお店を切り盛りしているなんて、さすがだと思う。
……本当なら、頑張っているくれあを見て素直にそう思えればよかった。
くれあは頑張りすぎ。
昔からそうだったかのように、そんな言葉が自然と浮かんでくる。
頑張り屋なところも。
努力家なところも。
全部、くれあの良いところ。
なのに私は、その姿を見ても素直に喜べなかった。
壁へ視線を向けると、昨日と同じ場所に写真がある。
四人の男性が並び、背後にはエッフェル塔が写っている一枚の写真。
青春の香りがする一枚の記録。
今回、マコトジュエルが宿っている物。
――私は、あれを盗まないといけない。
そう思った途端、胸の奥が重くなった。
私は写真から視線を逸らし、注文する。
「ダークチョコレートとキャラメル」
「え?」
「あと、今日はテラス席にする」
「はい……」
それだけ伝えて、私は店内からテラスへ移動した。
7月の日差しが容赦なく照りつけている。
夏本番が近づいていることを嫌でも感じさせる暑さだった。
席の上には大きなパラソルがあり、そのおかげで直射日光だけは避けられる。
それでも風がほとんど吹いていないせいで暑いことには変わりない。
こんな日こそ、冷たいアイスを食べるのが一番。
普段の私なら、それだけを考えていればいいはずなのに、どうしてもあの写真のことが頭から離れない。
今、この店に名探偵プリキュアはいない。
店長も出張中。
いるのはくれあ一人だけ。
つまり――その気になれば、写真なんていつでも持ち出せる。
ポチタンがマコトジュエルの異変に気づいたとしても、キュアット探偵事務所からここまで駆けつけるには時間がかかる。
邪魔をする相手はいない。
警戒する必要もほとんどない。
怪盗として考えるなら、これ以上ないくらいの好条件。
今が大チャンスということ。
なのに、私は動けない。
あの写真を盗んだら、くれあはきっと悲しむ。
大切な写真が突然なくなれば、何が起きたのかわからず困惑するはず。
そして、きっと一人でも見つかるまで探そうとする。
今だって店長がいない店を一人で切り盛りしているのに、さらに無理をするかもしれない。
そう考えただけで、どうしても手を伸ばすことができなかった。
それだけじゃない。
いざ目当ての物を盗もうとすると、心のどこかから問いかけてくるものがある。
――本当に盗んでもいいのか?
ほんの僅かな迷い。
だけど、確かに存在している。
美術館の時はこんなに躊躇はしなかった。
あの時は展示されていた物が偽物だったのと、オーナーの不正を暴くという目的もあった。
だから迷いなく動けた。
でも、今回の写真は偽物じゃない。
店長にとって、本当に大切な思い出の品。
それを私は盗もうとしている。
怪盗として。
私はもう名探偵じゃない。
そう決めたはずなのに。
それでも――元は名探偵だったという部分が、まだ私の中に残っているのだろうか。
誰かの大切な物を奪う。
誰かを悲しませる。
そんな手を汚すようなことはしたくないと。
私自身の本能が、拒絶しているのだろうか……。
「お待たせしました。ダークチョコレートとキャラメルです」
一人で考えを巡らせているうちに、聞き慣れた声が私を現実へと引き戻した。
顔を上げると、くれあがアイスを盛りつけたグラスを手に立っている。
いつもと変わらない優しい表情。
そのままテーブルの上へ置かれたグラスには、ダークチョコレートとキャラメル。
いつものチョコミントとラズベリーではない、今日だけの組み合わせ。
私はアイスではなく、目の前にいるくれあへ視線を向けた。
今しかない。
ここへ来る前から準備していたものがある。
私はそれを取り出し、何でもないことのように差し出した。
「これはあなたに」
一枚の予告状。
くれあは不思議そうにそれを受け取る。
そこに書かれている内容はもちろん、あの写真をいただくというもの。
くれあの視線が、ゆっくりと予告状の文字を追っていく。
「えっと……本日……」
「本日6時に、『写真』をいただく」
「怪盗団ファントム……。ジョーク……じゃないみたいですね」
本当にそうだったらどれだけ良かったのだろう。
ただの悪ふざけ。
何の意味もない紙切れ。
6時になっても何も起こらず、明日になれば笑い話にできる。
そんな予告状だったなら。
でも、あの写真にはマコトジュエルが宿っている。
未来自由の書が示した以上、それは紛れもない事実。
だから私は――盗まないといけない。
くれあは予告状から私へ視線を戻した。
「あなたが怪盗?信じられません…」
「私の……私の名前すら知らないのに、どうしてそう思うの?」
くれあの言葉で心が揺さぶられた感じがした。
どうして、そんなことを言えるの?
私が怪盗に見えないから?
それとも――私が誰かの大切なものを盗むような人間じゃないと、見抜いているのだろうか。
そんなはずない。
くれあは私のことなんて知らない。
私はただ、この店に何度もアイスを買いに来ている客。
それだけの関係なのだから。
「じゃあ名前を教えてくれますか?」
「……………」
言えない。
どうしても答えることができなかった。
森亜るるか……たったそれだけを口にすればいいのに。
……恐い。
何が恐いのかと聞かれても、自分でもわからない。
名前を知られること?
私自身を知られること?
それとも――くれあに何かを思い出されること?
わからない。
ただ、今は教えない方がいい。
そう判断した。
私が黙っていると、くれあはそれ以上名前を聞こうとはしなかった。
代わりに、少しだけ柔らかな表情を浮かべる。
「………一つだけ、あなたのことを知っているわ。いつもアイスを幸せそうに食べてくれる」
「……!」
思いがけない言葉だった。
「それだけは知っています」
知っている。
その言い方が胸に引っかかる。
まるでずっと一緒にいるから私のことなんて全部わかっている――そんな言葉にも聞こえてしまう。
でもおかしい。
私はいつもアイスをテイクアウトしている。
注文したら受け取って、そのまますぐに持って帰る。
くれあの前で食べることなんて、ほとんどなかったはず。
それなのにどうして、私がアイスを幸せそうに食べていることを知っているの……?
答えを見つけられないまま、くれあは言葉を続ける。
「写真は渡せません。アイス、溶けますよ」
軽く頭を下げると、そのまま店内へ戻っていった。
私は何も言えず、その背中を見送る。
テーブルの上には運ばれてきたばかりのアイス。
この暑さでは、放っておけば本当にすぐ溶けてしまう。
私はスプーンを手に取った。
そしてダークチョコレートのアイスを少しだけすくい、口へ運ぶ。
冷たさと一緒に濃厚な甘さが広がった。
おいしい……やっぱりここのアイスはおいしい。
どんな味を選んでも変わらない。
でも今の私の心の中は、アイスのように冷えきっていた。
これでいい。
予告状は渡した。
予告をすれば名探偵プリキュアは確実に駆けつける。
くれあが無理をしないのなら、くれあが何も知らないまま平和に過ごしてくれれば。
私は怪盗としてやるべきことをやる。
それだけでいい。
これで……これでいいはずだから……。