かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
[演目『閃光の帰還』]
運命とは、時に残酷なものである。
どれほど強く願おうとも、どれほど懸命に手を伸ばそうとも、決して変えられない未来がある。
それでも、人は希望を捨てない。
たとえ明日、世界が終わるとしても。
たとえ信じていた真実が、すべて偽りだったとしても。
大切な誰かを守りたいという想いだけは、決して消えることがないのだから。
七の月。
人々で語り継がれてきた終焉の予言が、ついに現実へと姿を変えようとしていた。
刻一刻と迫る約束の時。
静かに動き始めた運命の歯車は、もはや誰にも止められない。
光を信じる者たちと、闇の中で己の目的を果たそうとする者たち。
決して交わることのなかった二つの道が今、一つの終着点へと向かっていた。
その先に待つものが希望なのか、絶望なのか。
まだ誰も知らない。
しかし、忘れてはならない。
闇に身を置く者が、必ずしも光を憎んでいるとは限らないことを。
正義を掲げる者が、必ずしもすべての真実を知っているとは限らないことを。
そして、誰かを守るためについた嘘が、時として最も大切なものを傷つけてしまうことを。
過去に置き去りにされた約束。
失われた記憶。
忘却の彼方へと消えた、かつての輝き。
それらは長い時を経てもなお、決して消滅したわけではなかった。
ただ、眠っていただけなのだ。
再び目覚めるその瞬間を待ちながら。
かつて、眩い光をまとって駆け抜けた一輪の花があった。
誰よりも優しく、誰よりも強く、そして誰よりも純粋に、誰かの幸せを願っていた花。
しかし、ある日を境に、その輝きは失われた。
守りたかったものも。
共に歩んだ日々も。
交わした約束も。
すべてが白い霧に覆われ、二度と思い出すことのできない遠い夢となった。
残されたのは、何も知らずに微笑む一人の少女。
そして、その微笑みを守るために、過去との決別を選んだもう一人の少女。
失ったものを取り戻すことが、本当に幸せへとつながるのだろうか。
忘れてしまったからこそ、手に入れられた穏やかな日常。
それを壊してまで、過去を呼び覚ます必要があるのだろうか。
その答えは、まだ見つからない。
けれど、運命は残酷にも選択の時を迫っていた。
世界を覆い尽くそうとする巨大な影。
明かされようとする、長きにわたって隠されてきた真実。
そして、避けることのできない戦い。
幾重にも絡み合った想いが衝突する時、閉ざされていた記憶の扉にも、わずかな亀裂が走り始める。
忘れたはずの温もり。
聞き覚えのある声。
遠い日の約束。
胸の奥に眠る、決して失われることのなかった使命。
それは、失われた光が再び世界を照らすための小さな兆しだった。
たとえ過去を思い出したとしても、あの日と同じ自分に戻れるとは限らない。
たとえ再び光を手にしたとしても、かつてのように笑い合えるとは限らない。
それでも………
もし、その輝きが誰かの涙を拭うために存在するのなら。
もし、その力が大切な人の未来を守るためにあるのなら。
少女はきっと、もう一度その手を伸ばすだろう。
失われた昨日のためではなく、これから訪れる明日のために。
そして運命の日。
すべての想いが交錯する戦場に、一筋の閃光が走る。
それは、終焉を告げる光か。
それとも、新たな希望の始まりか。
長い眠りの果てに、忘れ去られた輝きが再び目覚めようとしていた。
今、名探偵の命運を懸けた激戦が幕を開ける。
そして、かつて失われた一輪の花が、再び咲き誇る時が訪れる。
その閃光は、もう二度と消えることのない未来を照らすために――。
〖1999年7月19日――運命の日〗
_______________
【みのるSide】
真夏の太陽が、まことみらい市を容赦なく照りつけていた。
どこまでも澄み渡る空の下では、蝉たちが競い合うように鳴き続け、街路樹の葉が時折吹き抜ける風に揺れている。
アスファルトには陽炎が立ち上り、降り注ぐ日差しが街全体を眩しく輝かせていた。
今日という日は、世界にとって特別な意味を持つはずだった。
七の月に恐怖の大王が現れる。
世間を騒がせ続けてきた、あの予言。
その運命の日が、ついに訪れたのだ。
けれど、私の目の前に広がっている景色はそんな不吉な予言とはあまりにもかけ離れていた。
空を見上げても、そこにはいつもと変わらない青空が広がっているだけ。
何かが降ってくる気配も、世界が終わりを迎えるような異変も何ひとつ感じられない。
むしろ今日ほど平和という言葉が似合う日はないのではないかと思えるほどだった。
街には普段と変わらない日常が流れている。
買い物袋を提げて商店街を歩く人たち。
日陰で涼みながら休憩するお年寄り。
元気いっぱいに走り回る子供たち。
そんな子供たちを微笑ましく見守る大人たち。
誰もがそれぞれの時間を過ごしていた。
もちろん大王に関する話題が完全に消えたわけではない。
テレビでは相変わらず予言について取り上げられているし、街を歩いていてもその話を耳にすることは珍しくなかった。
ただ、最初の頃とは雰囲気が違っていた。
以前は世界の終わりを本気で恐れ、不安そうな表情を浮かべる人も少なくなかった。
けれど、何事も起こらない日々が続くうちに、その恐怖は少しずつ薄れていったのだろう。
今では、予言そのものを冗談として受け止める人の方が多くなっているように感じる。
今日がその日であるにもかかわらず、街に緊迫した空気は漂っていない。
それよりももうすぐ夏休みが始まることもあって、人々の関心はすっかり別のところへ向いていた。
家族で出かける旅行の計画。
夏休みに訪れる観光地の話。
海や山で過ごす休日への期待。
楽しそうな話題があちらこちらから聞こえてくる。
子供たちにとっては、世界の終わりを告げる予言よりも、目前に迫った夏休みの方がずっと大切なのかもしれない。
私だって、もし何も知らなければ今日という日をただの暑い夏の一日として過ごしていたはずなのだから。
眩しい太陽の光に目を細めながら、私は静かに息を吐いた。
どこまでも青く、どこまでも穏やかな空。
その下では、今日もたくさんの人たちが笑い、働き、遊び、それぞれの未来へ向かって歩いている。
明日も、明後日も、その先も、きっとこの何気ない日常が続いていく。
誰もが、そう信じているのだろう。
そして今、この街に広がる穏やかな時間を眺めていると、私自身もそう信じたくなってしまう。
世界の終わりなんて、最初から存在しなかったのではないか。
あの予言も、ただの取り越し苦労で終わるのではないか。
そんな考えさえ浮かんでくるほど、今日のまことみらい市は平和だった。
夏の風が頬を撫で、遠くから蝉の声が響いてくる。
何も変わらない街並み。
何も知らずに過ぎていく時間。
これから訪れる何かを覆い隠すかのように、運命の日はそんな穏やかな日常の中で静かに始まっていた。
_______________
「大怪獣……マジラ2000??」
思わず雑誌に書かれている文字をそのまま読み上げてしまった。
私が手にしている雑誌の最初のページには、これから公開される新作映画の予告が大きく掲載されている。
そこに写っているのは、現在絶賛大活躍中の人気俳優、家入しるくさん。
どうやら彼女が主演を務める新しい映画の告知らしい。
大きな見出しと迫力のある宣伝写真。
まだ公開前だというのに随分と気合いの入った広告だ。
その予告を目にしてジェット先輩が黙っているはずもない。
「しるくが主演を担当する新作の映画なんだ!まだ撮影中だから完成まで時間がかかるけど、もし上映が始まったら一番乗りで行こうぜ!」
案の定、目を輝かせながら興奮気味に説明してくれる。
まあ、好きな俳優が主演を務める映画となれば、楽しみになる気持ちもわからなくはない。
ただ、今は少しばかり自分の仕事に集中してほしいところだ。
「わかった、わかったから自分の作業に集中して」
「まあこっちはあとキャップをつけるだけで完成だ」
そう言ってジェット先輩は再び作業台へと向き直った。
今私がいるのはキュアット探偵事務所の地下に設けられた、ジェット先輩の研究室。
どうしてこんなところで雑誌を読んでいるのかというと、今日はジェット先輩から研究室の片付けを手伝ってほしいと頼まれていたからだ。
ただ、私が担当したのは実験や発明品の製作ではない。
散らかった部屋の整理整頓や、不要になった道具の分別、使わなくなった物の廃棄といった、いわゆる雑用。
最初は、こんなことで本当に役に立てるのだろうかと思っていた。
けれど、ジェット先輩にとっては相当ありがたかったらしく、作業がひと段落するたびに休憩まで取らせてくれる。
こうして雑誌を読んでいるのも、その休憩時間の一環だった。
普段から研究や発明に没頭しているジェット先輩にとって、部屋の片付けはどうしても後回しになってしまうのだろう。
それなら、私にも手伝えることがある。
そう思うと、単純な雑用でも不思議とやりがいを感じられた。
さて、そんなジェット先輩が現在取り組んでいるのは、以前から研究していた百合の花の香水。
抽出した百合の香りを専用の容器に詰めるというものなのだけれど、驚いたことに、その容器まで一から自分で製作しているらしい。
販売する予定があるわけでもないのに、随分とこだわっている。
そこがジェット先輩らしいところなのかもしれない。
香水そのものは以前から完成に近づいていたものの、容器の形や使い勝手など、細かな部分で何度も試行錯誤を繰り返していた。
そして、ついに最後のキャップが取り付けられる。
「できた!できたぞ!!この香水を嗅げばきっとキュアエクレールがわかる!」
完成した香水を掲げ、ジェット先輩が嬉しそうに声を上げた。
何度も作り直していたからどれほど複雑な仕上がりになっているのかと思っていたけれど、実物は意外なほどシンプルだ。
余計な装飾を施さず、すっきりとした形にまとめられている。
「いつにも増して元気だね。嬉しいことでもあったの?」
「いや~ボクって何でこんなに天才なんだろうって」
「まさかの自画自賛」
まったく、相変わらず自分に自信満々な妖精だ。
けれど、その自信が決して根拠のないものではないことも私はよく知っている。
この研究室に並べられた数々の発明品を見れば、それは一目瞭然だ。
「天才なのは間違いないけど、それは200年以上も自分の実力を研きあげたからこその結晶でしょ?かわいらしいデザインも、師匠の言葉で努力したからこんなに素敵な発明品をたくさん作れる。改めて見てみると、ジェット先輩ってすごい妖精なんだなって思うよ」
「お前……」
先ほどまであれほど得意げだったのに、今度は何やら落ち着かない様子で視線を逸らしている。
ジェット先輩は、正面から褒められることには慣れていない。
「そ、そんな褒めまくっても何も出ないからな!」
「わかってるって。ジェット先輩はジェット先輩らしくしていれば良いから」
何かを期待して褒めたわけではない。
私が普段から感じていたことを、そのまま言葉にしただけだ。
それなのに、ジェット先輩は少し照れくさそうにしながらも、作業台の近くに置かれていたキャンディーを取り出した。
「ほら、お礼にキャンディーくらいならあげるぞ」
「あ、ありがとう」
……何も出ないと言っていたのに、素直じゃないなぁ。
そんなことを思いながらも、私は差し出されたキャンディーをありがたく受け取った。
こういうところもジェット先輩らしくて微笑ましい。
「さて、完成したのはいいけどまだどんな感じか試してないならな……。みのる、ちょっと香りを確認してくれないか?」
「うん、わかった」
完成したばかりの香水。
百合の花から抽出した香りが、いったいどんな仕上がりになっているのか、私自身も少し楽しみだった。
ジェット先輩は容器の噴射口をこちらに向けると、試しに一度だけ香水を吹きかけた。
細かな霧が空気中に広がり、私の周囲を優しく包み込む。
『…うか人…と……が互いに…………世界を、あなた…ちにお願…………のです……』
……………?????
「ん?どうした?」
「……………はっ!!」
ジェット先輩の声で、私は我に返った。
目の前には、完成した香水を手にしたジェット先輩がいる。
研究室の様子も、先ほどから何ひとつ変わっていない。
……気のせい、だったのかな。
不思議な感覚は残っていたものの、今は香水の出来を確認する方が先だ。
「すごく仄かな甘い香りがして癒されるよ。これで問題ないと思う」
強すぎず、かといって薄すぎるわけでもない。
ふんわりと広がる上品な甘さが心地よく、深呼吸したくなるような香りだった。
百合の花らしい優しさが感じられる、素敵な仕上がりだと思う。
「そうか、なら大丈夫そうだな」
私の感想を聞いたジェット先輩は、満足そうに頷いた。
そして完成した香水を改めて見つめると、その表情が一気に明るくなる。
「できたあああぁぁぁぁ!!」
ジェット先輩は勢いよく研究室のドアを開け放ち、完成した香水を手に階段を駆け上がっていく。
さっきまで作業台に向かっていたと思ったら、今度は大喜びしながら飛び出していくなんて。
本当に忙しい妖精だ。
「子どもみたい」
200年以上も生きているとは思えないほど無邪気な姿にそんな言葉がこぼれる。
けれど、何かを完成させたことをあそこまで素直に喜べるのは素敵なことだと思う。
私はすぐにジェット先輩の後を追った。
「とうとう完成したぞ!!」
地下から地上へと続く階段を上りきり、いつもの拠点として使っている部屋へと向かう。
そこにはみくるとあんながいる。
二人とも普段と変わらない様子で、何やら楽しそうにしていた。
けれど、私の視線はすぐにその二人のそばにいるもう一人の人物へと向けられた。
「え?」
思いがけない人物の姿に、私は足を止めそうになった。
(くれあさん……)
そこにいたのは、帆羽くれあさん。
いつもパティスリーチュチュで見かける制服姿ではなく、今日は私服を身にまとっている。
お店で働いている時とは少し違った雰囲気に新鮮さを覚えた。
どうしてくれあさんがここにいるのだろう。
もちろん彼女が事務所を訪れること自体は不思議ではない。
みくるやあんなとも面識があるし、私だって話をしたことがある。
けれど、ジェット先輩が百合の香水を完成させたまさにこのタイミングで彼女がここにいることには、少しばかり驚かされた。
彼女は、キュアエクレール。
かつてプリキュアとして戦っていた少女。
その正体を、私は突き止めた。
これまでの出来事やるるかさんの反応。
そして、くれあさん自身に残されているいくつもの手がかり。
それらを繋ぎ合わせたことで、私は彼女がキュアエクレールであると確信した。
けれど、今のくれあさんにはその頃の記憶がない。
自分がかつて何者だったのかも、どんな戦いを経験してきたのかも、きっと覚えていないのだろう。
今ここでその事実を口にするべきではない。
私の判断だけで彼女の過去を明かすことはできなかった。
私は胸の内に浮かんだ考えをそっと押し込め、何も知らないふりをして二人へ視線を移した。
「「えへへ!」」
みくるとあんなは揃って楽しそうに笑っていた。
いつもと変わらない、穏やかな日常。
その中に、失われた過去を持つ少女がいる。
そして今、ジェット先輩の手には、ようやく完成した百合の香水が握られていた。
_______________
【るるかSide】
重い………
今、この場所を支配している空気を言葉にするなら、それしか思い浮かばない。
怪盗団ファントムの拠点である劇場。
普段ならば、それぞれが思い思いに行動しているこの場所に、今日は全員が集められていた。
舞台の中央に立つ私たちの視線の先には、玉座に腰掛けたウソノワールの姿がある。
その手には、何度も読み返されてきた一冊の書物。
私たち怪盗団ファントムの行動を導いてきた、未来の出来事が記された未来自由の書。
ウソノワールは、そのページを食い入るように見つめていた。
誰も口を開かない。
ただページをめくる微かな音だけが、静まり返った劇場に響いている。
いつも以上に張り詰めた空気。
その原因が何なのか、ここにいる全員が理解しているはずだ。
今日という日が、ついに訪れてしまったのだから。
「1999年七の月。真の地で真実の石を抱く者、大王となる……そして世界が嘘の影で覆われる」
ウソノワールが、未来自由の書に記された一節を読み上げる。
七の月
真の地
真実の石
そして、大王。
これまで幾度となく耳にしてきた予言の言葉が、今になって現実味を帯びて迫ってくる。
「約束の時が来てしまった!真の地で大王にならねばならぬのに!!」
突然、ウソノワールの怒号が響く。
先ほどまで書物に向けられていた視線が、私たちへと向けられた。
その声には、苛立ちだけではない、何かに追い詰められているかのような焦燥が滲んでいた。
普段のウソノワールなら、これほど露骨に取り乱すことはない。
けれど、約束の時が訪れたという事実が彼から冷静さを奪っているようだった。
「マコトジュエルでしたら、本日手に入れる手筈です!」
ニジーが慌てて声を上げる。
その言葉には、どうにかウソノワールを落ち着かせようとする必死さが感じられた。
しかし、現時点で必要なマコトジュエルを十分に確保できていないことも、紛れもない事実だった。
「私たちの力不足で、十分なマコトジュエルを確保できませんでした…」
ジャックが静かに頭を下げる。
いつもならば、どれほど厳しい状況でも余裕を崩さない彼女でさえ、今は自分たちの失敗を認めるしかなかった。
これまで何度もマコトジュエルの奪取を試みてきた。
けれど、そのたびにプリキュアたちに阻まれ、計画通りに進まなかった。
そして、とうとう約束の日を迎えてしまった。
その現実が、劇場全体をさらに重苦しい空気で包み込んでいく。
しかし……
「マコトジュエルならここにある!」
ウソノワールが声を張り上げ、懐から一つの結晶を取り出した。
その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。
見間違えるはずがない。
あの結晶が持つ意味を、私は誰よりも理解している。
それは、キュアエクレールのマコトジュエル。
くれあの失われた記憶と深く関わる、あまりにも大切なもの。
「だめ!!そのマコトジュエルは!!」
考えるよりも先に声が出ていた。
あれだけは使わせてはいけない。
あの結晶を、ウソノワールの目的のために利用させるわけにはいかない。
「そ、その通りです!それはボクらが集めているマコトジュエルとは似て非なる物!」
そう、あれはこれまで私たちが集めてきた普通のマコトジュエルとは違う。
同じ名前で呼ばれていても、その性質は決して同一ではない。
そして、その違いが何を意味するのか。
少なくとも、あの結晶を使うことが危険だということだけは、ここにいる全員が理解しているはずだった。
「先日も話しましたが、そのマコトジュエルはウソノワール様のお身体に……」
ジャックがもまた、以前からその危険性を指摘していた。
しかし、その言葉が最後まで続くことはなかった。
「黙れ!!」
凄まじい怒声が劇場に反響する。
空気が震えたような錯覚さえ覚えるほどの威圧感。
ウソノワールの表情には、もはや他人の忠告を聞き入れる余裕など残されていなかった。
「未来自由の書には真の石が必要とある。これもまた真の石!マコトジュエルに変わりはない!!」
「……!!!」
違う、そんな単純な話ではない。
他のマコトジュエルと同じように扱っていいはずがない。
あれはくれあのもの。
彼女が失った過去と、プリキュアとしての記憶に繋がる結晶なのだ。
それをこんな形で使われるなんて。
私の中で、怒りと焦りが激しく渦巻いていた。
今すぐにでも奪い返したい。
あの手から、くれあのマコトジュエルを取り戻したい。
けれど、ここで感情に任せて動けばどうなるか。
私が正面から逆らったところで、簡単に目的を果たせる相手ではない。
それでも、黙って見ていることなどできなかった。
そんな私の様子を察したのか、すぐそばから小さな声が聞こえてきた。
「落ち着いて。あの焦り様、どこかでチャンスがあるはずよ」
マシュタンだった。
その声は、張り詰めた私の感情を抑えようとするように静かに話しかけてくれた。
今のウソノワールは明らかに冷静さを欠いている。
普段なら決して見せないほどの焦り。
それは、裏を返せば隙が生まれる可能性があるということでもあった。
今ここで無謀に飛び出すよりも、その瞬間を待つべきなのかもしれない。
頭では理解できるけれど……
「くっ……!!」
私は奥歯を強く噛み締めた。
視線の先には、今もウソノワールの手に握られているキュアエクレールのマコトジュエル。
あの輝きを見ているだけで、胸の奥が締めつけられる。
なのに手を伸ばすことすらできない。
私は込み上げる感情を必死に押し殺しながら、ただその結晶を見つめるしかなかった。
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【みのるSide】
どうやら、今日はパティスリーチュチュの休業日らしい。
くれあさんは、せっかくのお休みだからとプリティホリックへ買い物に行くついでに、私たちの探偵事務所にも立ち寄ってくれたようだ。
いつもの制服ではなく私服姿なのも、そのためだろう。
そんな彼女の前で、ジェット先輩は完成したばかりの香水を得意げに掲げていた。
「香水?」
「ジェット先輩が作ってくれたんです!」
「ああ、事務所のガーデンの百合で作った特製の香水だ!」
事務所の中庭に咲いている、あの百合の花。
私たちがこの探偵事務所へやって来るよりも前からずっとそこに植えられていたという不思議な花だ。
誰が植えたのか、いつから咲いているのか、どうしてあの場所にあるのか。
その詳しい事情は、今も何ひとつわかっていない。
けれどあの花が持つ香りには、キュアエクレールの復活へと繋がる可能性が秘められている。
「思い出の香りが記憶を運んでくれるって、くれあさんが教えてくれたでしょ?」
「うん」
香りと記憶の結びつき。
以前、くれあさん自身が私たちに教えてくれたことだ。
何気ない香りをきっかけに、忘れていた思い出が蘇ることがある。
それが本当なら、今回の香水は失われた記憶を取り戻すための大きな手がかりになるかもしれない。
「この探偵事務所に越してきた時、香水みたいな甘い百合の香りがしたんです!」
「だからこの香りがあれば、ここにいたはずの名探偵がきっと見つかるはずなんです!」
二人が言っている名探偵とは、もちろんキュアエクレールのことだ。
現在、みくるが使っている部屋。
そこには、かつてキュアエクレールがいたと思われる痕跡が残されていた。
そして、その部屋に漂っていた甘い百合の香りは、ジェット先輩が作った香水と同じもの。
さらに言えば、くれあさん自身からもほんの僅かに似た香りが感じられたことがある。
……みんなは、そのことに気づいていないのだろうか。
今の二人の様子を見る限り、目の前にいるくれあさんと、探しているキュアエクレールが同一人物だとは考えていないみたい。
「名探偵?」
「はい!」
(きっと見つかるというか、目の前にいるんだけどね……)
何とも不思議な光景だった。
みくるも、あんなも、ジェット先輩も、失われた記憶を持つキュアエクレールを探している。
けれどその本人が今、何も知らずに私たちの目の前に立っているのだ。
キュアエクレールの正体が帆羽くれあさんであること。
それを知っているのは、ここでは私だけだ。
今すぐにでも教えてあげたい気持ちはある。
けれど、私が一方的に正体を明かしたところで、失われた記憶まで戻るわけではない。
だからこそ、この香水が重要なのだ。
もし、あの百合の香りがくれあさんの記憶を呼び覚ますことができたなら、彼女は再びキュアエクレールとしての自分を思い出せるかもしれない。
……ただ、一つだけ気がかりなことがある。
るるかさんだ。
彼女は、くれあさんが再びプリキュアになることを望んでいない。
失われた記憶を取り戻し、キュアエクレールとして復活することさえ、きっと望んではいないのだろう。
もしくれあさんの記憶が戻ったら、その姿を見たるるかさんは、一体何を思うのだろうか。
少なくとも、素直に喜んでくれるとは思えなかった。
「エリザさん、俳優のしるくさん…」
「あと友達のれいに、くれあさん!」
部屋の壁に貼られている地図には四人の少女の写真が並べられていて、みくるとあんなが写真を一枚ずつ確認していく。
来栖エリザ
家入しるく
金田れい
そして帆羽くれあ
いずれもキュアエクレールになれる素質を持っていると考えられている少女たちだ。
みんなは、この四人の中に失われた記憶を持つ名探偵がいると考えている。
なんとももどかしい。
しかも今日は予言の日。
世界の運命を左右するかもしれない一日が、すでに始まっている。
そんな日に、くれあさんが記憶を取り戻すことになったら、るるかさんがそれを望んでいない以上、何も起こらずに済むとは思えなかった。
「この中にきっと、記憶をなくした名探偵がいるってピンっと来たの!」
「私?まさか…」
自分が候補に挙げられていることに、くれあさんは戸惑ったような反応を見せる。
まさか自分自身が、みくるたちの探しているキュアエクレールだとは思いもしないはずだ。
それでも、彼女がこうして候補の一人としてここにいることには、何か不思議な巡り合わせを感じてしまう。
みくるたちは、引き続きキュアエクレールについての議論を交わしていた。
誰が名探偵なのか。
どうすれば失われた記憶を取り戻せるのか。
完成した香水が、その手がかりになるのではないか。
そんな話題で盛り上がる事務所には、明るい空気が流れていた。
けれどその穏やかな時間は、何の前触れもなく終わりを迎えた。
開け放たれていた窓の外から、一枚のカードが凄まじい勢いで飛び込んできた。
空気を切り裂くように室内へ飛来したそれは、一直線に作業台へと向かい、その表面に鋭く突き刺さった。
「予告状!?」
「「!!」」
あまりにも突然の出来事に、私たちは一斉に息を呑んだ。
先ほどまで楽しそうに話していたみくるとあんなの表情から笑みが消える。
そこに突き刺さっているのは、紛れもなく一枚のカード。
そして、その背面には見覚えのある紋章が描かれていた。
怪盗団ファントム。
何度も目にしてきた、あの怪盗団のロゴマークだった。
……やっぱり来た。
今日が予言の日である以上、ファントムが何らかの行動を起こす可能性は十分に考えられた。
けれど、まさかこんな形で予告状を送りつけてくるなんて。
先ほどまでの平和な時間が一瞬にして緊迫した空気へと変わってしまった。
「るるかさんなの!?」
あんなが真っ先に窓へと駆け寄った。
そのまま身を乗り出すようにして外の様子を確認する。
けれど、そこには誰の姿もなかった。
カードを投げ込んだ人物は、すでに立ち去ってしまったのだろうか。
それとも、最初から姿を見せるつもりなどなかったのか。
るるかさんの仕業なのか、それとも別の怪盗団員なのか。
現時点では判断できなかった。
そんな中、ポチタンはジェット先輩が完成させたばかりの香水を、失くしてしまわないように自分の体内へと取り込んだ。
〔予告状〕
本日、ウソノワールが、
地図にある真の地で
『世界』をいただく
怪盗団ファントム
「本人、ウソノワールが、地図にある真の地で『世界』をいただく……」
「世界を頂く!?」
あまりにも規模の大きな予告に誰もが驚きを隠せない。
これまで怪盗団ファントムが狙ってきたものは、主に人々の心に宿るマコトジュエルだった。
それが今度は、世界そのものを奪うという。
宝石や貴重品を盗むという話なら、まだ怪盗団らしい予告だと受け止められる。
けれど世界を頂くなんて、いくらなんでも飛躍しすぎではないだろうか。
しかし、予告状の文面からは単なる冗談や脅しとは思えないほどの強い意志が感じられる。
ウソノワール本人が、世界を奪う。
そう明言している以上、向こうは本気なのだろう。
それほどまでに、自分たちの計画が成功すると確信しているのかもしれない。
……それに彼らの戦力を考えると、決して不可能だと笑い飛ばせる話でもなかった。
怪盗団ファントムには、ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモンといった、人間が相手だと十分な脅威になる幹部たちがいる。
さらに圧倒的な戦闘能力を誇るジャック。
その全員を従える首領ウソノワール。
あれほどの戦力が揃っているのなら、その気になれば一つの国家を転覆させることさえ可能かもしれない。
彼らにはマコトジュエルという未知の力まである。
なので今回の予告を軽く考えるわけにはいかない。
もし本当に世界を奪われてしまったら、取り返しのつかない事態になることは言うまでもない。
「地図にある真の地って…?」
予告状には、ウソノワールが現れる場所として、真の地という言葉が使われている。
けれど、それだけでは具体的な場所がわからない。
「こんな時にもわざわざ謎解き要素入れなくてもいいのに…」
世界を奪うなどという物騒な予告をしておきながら、肝心の場所については謎解きを要求してくるなんて。
怪盗団らしいと言えばそうだけど、今回ばかりは少し勘弁してほしかった。
どこかの地名なのか。
それとも特定の場所を遠回しに表現しているのか。
「地図ってこれのこと?」
後ろには私たちが普段から調査に使用している大きな地図が掲げられている。
まことみらい市の情報を整理するためのもので、地図のあちらこちらにはメモ用紙や写真が貼り付けられている。
怪盗団ファントムに関する情報や、これまでの調査で得られた手がかり。
キュアエクレールの候補となる少女たちの写真もそこに並んでいる。
けれど、真の地という言葉に直接繋がりそうな情報は見当たらない。
そもそもこれまで私たちが集めてきた情報をまとめた地図なのだから、ウソノワールが予告状で指定した場所を示しているとは限らない。
どうしたものかと考えていたら、地図に貼られていた一枚のメモ用紙がふわりと剥がれ落ちた。
どうやら、貼り付けが甘くなっていたらしい。
紙はゆっくりと宙を舞い、そのまま床へと落ちていく。
「あ……」
その様子を見ていたあんなが、突然何かを思い出したように声を漏らした。
「二階の地図は!?物置だった時に壁に貼ってあった地図!」
「そうか!待ってろ!」
ジェット先輩も、あんなの言葉を聞いた途端に反応した。
どうやら彼女の言っている地図に心当たりがあるらしい。
ジェット先輩はすぐに目的の地図を取りに向かっていった。
その行動の早さに少し驚きながらも、私は困惑している。
……二階の地図?
そんなものがあっただろうか。
私には覚えがなかった。
隣にいるくれあさんも何のことかわからない様子だ。
ここにいる中で事情を知らないのは、私とくれあさんだけらしい。
「二階の地図って何?」
「みのるはその時、ジェット先輩の研究室にいたんだよね?」
その言葉を聞いて、私は記憶を辿り始めた。
ジェット先輩の研究室に出入りする機会は、そこまで頻繁にあるわけではない。
今日のように片付けを頼まれることはあるけれど、普段はジェット先輩が一人で研究や製作を進めていることが多い。
だからいつの出来事なのかを思い出すには、少し時間が必要だった。
研究室にいた日。
あんなとみくるが二階にいた日。
そして、物置の掃除。
そこまで考えたところで、ようやく一つの記憶が浮かび上がってきた。
それは私たちがこの探偵事務所へやって来てから、まだそれほど時間が経っていなかった頃のことだ。
「えっと…もしかして大掃除の時?」
「うん、私とみくるが二階の掃除をしようとドアを開けたら、丁度壁に貼ってあった古い地図が落ちたんだ」
事務所に来て間もない頃、みんなで建物の大掃除をしていた。
長い間使われていなかった場所もあったため、部屋ごとに担当を分けて片付けを進めたのだ。
その時、私はみくるやあんなとは別行動を取っていた。
今日と同じように、ジェット先輩の研究室で清掃を手伝っていたのだ。
一方みくるとあんなは二階にある物置の掃除を担当していて、その時に壁に貼られていた古い地図を見つけたらしい。
~~~~~~~~~~~~~~~
「物置って感じかな?」
二階の部屋の扉を開けたみくるは、目の前に広がる光景を見渡しながら、そんな感想を漏らした。
そこは、現在プリティホリックとして使われている部屋。
けれど、私たちがこの探偵事務所にやって来たばかりの頃は、まだ何の手入れもされていないただの物置だった。
部屋のあちらこちらには使われなくなった荷物が積み重ねられ、床には埃が溜まっている。
長い間、誰もまともに出入りしていなかったことが容易に想像できるほど、雑然とした空間だったらしい。
おそらくキュアアルカナ・シャドウやキュアエクレールがこの探偵事務所で活動していた頃も、使われていた部屋ではなかったのだろう。
そんな物置の掃除を担当することになったのが、みくるとあんなだった。
「……?」
二人が部屋へ入ろうと扉を開いた時、扉のすぐ横の壁に貼り付けられていた一枚の紙が突然剥がれ落ちた。
長い年月が経って、貼り付けていた部分が弱くなっていたのだろうか。
紙はそのまま床へと落ち、二人の足元に広がった。
「これって、この辺の地図?」
「ええ」
拾い上げた紙に描かれていたのは、まことみらい市の全体図。
街の道路や建物の位置などが細かく記された、ごく普通の地図。
ただし、一つだけ不思議な点があった。
地図の所々に、手書きと思われる✕印や○印がつけられていたのだ。
それも、一か所や二か所ではない。
市内の様々な場所にいくつもの印が散らばっていた。
何らかの調査記録なのか、それとも別の目的で書き込まれたものなのか。
地図を眺めただけでは、その意味を読み取ることはできなかったそう。
「キュアット探偵事務所はここかな?」
「うん」
二人は地図の上で、現在自分たちがいる探偵事務所の位置を確認した。
「私の街はここにできるんだ……」
地図に描かれた街並みを見つめながら、あんなはそんな言葉を漏らした。
しかし、そこに記された印については、結局何の共通点も見つけられなかった。
これらの印が何を意味しているのか。
その答えを知る手がかりは見当たらなかった。
大掃除の最中だったこともあり、二人はそれ以上詳しく調べることなく、地図を別の場所へと片付けた。
そして、そのまま月日が流れ、今日に至ったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~
別々の場所で作業していたのだから、私が知らなくて当然だ。
事務所の二階にあった古い地図も、私たちが引っ越してくる前から壁に貼られていたもの。
もし予告状に書かれている地図が、現在この部屋にあるものではなく、その古い地図を指しているのだとしたら、真の地という言葉の意味もそこから見つけられるかもしれない。
ジェット先輩が持ってきた古い地図を、私たちは作業台の上に広げた。
なるほど、確かにあんなが説明してくれた通りだった。
少し古びた紙には、まことみらい市の全体図が描かれている。
そして、そのあちらこちらに✕印と○印が書き込まれていた。
私は地図を覗き込みながら、それぞれの印がつけられた場所を目で追っていく。
けれど、見れば見るほど不思議だった。
印のある場所は一か所に集中しているわけではなく、市内の様々な地点に散らばっている。
何を基準につけられたものなのだろう。
「真の地……きっとるるかさんがここにいた頃に調べてたんだよ!」
この地図が私たちの引っ越してくる前から事務所にあったものなら、かつてここで活動していたるるかさんが関わっている可能性はある。
「この印はるるかさんがつけたってこと?」
「それはわからないけど、可能性はあると思う」
「でも印がたくさんある…」
るるかさん本人が印をつけたという証拠はない。
そもそもこの地図がいつから存在しているのかさえ、はっきりしていないのだから。
ただ、かつてキュアアルカナ・シャドウとして活動していたるるかさんが、何らかの目的で街を調査していたのだとしたら。
その記録がこうして地図に残されていても不思議ではなかった。
それはあくまでも可能性の一つにすぎない。
みくるの直感が正しいのか、それとも別の意味が隠されているのか。
今の段階では判断できなかった。
✕印と○印、それぞれが示す場所に何か共通点があるはずだ。
けれど、一見しただけでは規則性が見えてこない。
建物の種類が同じというわけでもなさそうだし、特定の地域だけに印が集中しているわけでもない。
そもそもこの印が何を区別しているのかすらわからなかった。
「ったく、場所くらいどこだかはっきり知らせりゃいいのに…相変わらずまどろっこしいな!」
世界を奪うという重大な予告をしておきながら、肝心の場所については曖昧な言葉しか残さない。
しかもその答えを探すための地図には、いくつもの印がつけられている。
これでは、どこへ向かえばいいのか判断できない。
仮に一つの印を真の地だと考えて向かったとしても、そこが間違っている可能性もある。
そして間違いに気づいてから別の場所へ向かったところで、既に手遅れになっているかもしれない。
かといってすべての印を順番に確認することも現実的ではなかった。
時間が足りない。
私たちが探しているのは、単なる怪盗団の出現場所ではない。
世界そのものを奪うという、ウソノワールの計画が実行される場所なのだ。
「!」
不意にあんなが何かに気づいたように反応する。
先ほどから地図を熱心に見つめていた彼女だったけれど、様子が違った。
その視線は、地図のある一点に釘付けになっていた。
「何か気づいたの?」
あんなの視線は、まことみらい市の港に近い場所。
いくつもの○印と✕印が散らばっている中で、たった一か所だけ、その二つが重なっている地点があった。
他の場所には見られない不自然な印。
……ここは、確か。
「ランドマコトタワー……」
まことみらい市の港付近にそびえ立つ、街を代表する超高層ビル。
その高さと特徴的な外観から、市内でも特に目立つ建物の一つであり、観光客にもよく知られている。
まさにこの街のシンボルとも呼べる存在だった。
けれど、私が気になったのは、その建物の高さでも知名度でもない。
ランドマコト。
……ランド、マコト?
頭の中でその名前を繰り返した瞬間、ある考えが浮かんだ。
まさか真の地というのは、そういう意味だったのだろうか。
「1999年にも!?」
「あるけど……あ!!ランドマコトって……」
みくるも何かに気づいたようだった。
あんなに続いて彼女も真の地が何を意味しているのか理解したらしい。
ようやく予告状に隠された言葉の意味が繋がった。
あれほど複雑に考えていたのに、答えは驚くほど単純だった。
「なるほど、ランド……英語の『land』を日本語に訳すと『陸地』『土地』!マコトタワーのマコトはそのまま『真』に置き換えると……」
ランドは土地。
マコトは真。
つまり、真の土地。
……真の地。
「……!!……真の地か!」
ようやく繋がった。
ウソノワールが予告状に記した、真の地。
その正体は、ランドマコトタワーだったのだ。
古い地図にはその場所にだけ○印と✕印が重なっている。
これが単なる偶然だとは考えにくい。
むしろここまで条件が一致しているのなら、他の場所を疑う必要はほとんどないだろう。
怪盗団ファントムとの決戦の地。
それは、まことみらい市の象徴でもあるランドマコトタワー。
ようやく場所を突き止めた安堵感が胸に広がる一方で、別の不安が込み上げてきた。
あそこは、観光客が多く集まる場所だ。
もし、そんなところでファントムが暴れ始めたら……。
「場所はわかったからすぐに行こう!!あそこはきっと観光の人でいっぱいだから、もしファントムが暴れれば……」
ランドマコトタワーの周辺には、観光客だけでなく、買い物や散歩を楽しむ人たちも大勢いる。
今日は雲ひとつない快晴。
外出する人も少なくないはずだ。
そんな場所で、怪盗団ファントムが本格的な戦闘を始めたらどうなるか。
考えるまでもなかった。
大勢の人が危険に晒され、逃げ惑う人々によって周辺が大混乱に陥る可能性もある。
それだけは何としても避けなければならない。
「ウソノワールの好きにはさせない!私たちが世界を守る!!」
あんなとみくるの言葉に迷いはなかった。
世界を奪うという、あまりにも大きな脅威。
それでも彼女たちは立ち向かうことを選んだ。
二人はすぐに行動を開始し、ジェット先輩やポチタンも二人に続く。
しかしくれあさんは突然の展開についていけていないようだった。
つい先ほどまで、失われた名探偵の記憶について話していたのに、いきなり世界を奪うという予告状が届き、みんなが慌ただしく出発してしまったのだから。
私だって、頭の中を整理するのに必死だった。
けれど、そんなことを考えている間にも、事態は進んでいく。
私もみくるたちの後を追い、事務所の外へと向かったのだが……。
「こんにちは~!探偵エリーの新作ができて……わぁぁぁぁ~~~!?」
突然声が聞こえたと思ったら、玄関先にいたのは来栖エリザさんだ。
完成したばかりの探偵エリーの新作を持って、事務所を訪ねてきてくれたらしい。
けれど、彼女が挨拶を終えるよりも早く、勢いよく飛び出してきたみくるたちと鉢合わせになってしまった。
突然の出来事に、エリザさんは驚いて体勢を崩す。
衝突こそ避けられたものの、慌ただしく行き交うみんなに振り回されるような形になり、そのまま尻餅をついてしまった。
「エリザさん!?ごめん、先に行ってて!」
私は慌ててエリザさんの元へ向かった。
「わ、わかった!エリザさんとくれあさんをお願い!」
「ごめんなさ~い!!」
みくるたちも一瞬だけ足を止めたものの、すぐに状況を理解してくれた。
あんなは申し訳なさそうな声を残し、みんなは再び走り出していく。
……さて、どうしたものかな。
本当なら、私も一緒にランドマコトタワーへ向かいたい。
世界を奪うという予告を受けて、みくるたちだけを危険な場所へ送り出すことには、どうしても抵抗があった。
けれど、ここにはエリザさんとくれあさんがいる。
事情を知らない二人をこのまま放っておくわけにはいかない。
それに、仮に私が現場へ向かったところで戦闘が始まればできることは限られる。
私はプリキュアではない。
あれほど強力な敵を相手に正面から戦えるわけがない。
今回の相手はウソノワール本人だ。
確実に他の幹部たちも集まるだろう。
世界を奪うという大きな計画を実行するのだから、怪盗団ファントムが総力を挙げてくることくらいは容易に想像できた。
そんな場所に私が同行しても、かえってみくるたちの足を引っ張ってしまうかもしれない。
それなら、今はここに残る方がいい。
エリザさんとくれあさんのそばにいることくらいはできる。
「どうしたの?」
「それが……」
くれあさんがエリザさんに説明しようとしているが、言葉に詰まっている。
二人にどう説明すればいいのだろう。
怪盗団ファントムから予告状が届いたこと。
ウソノワールが世界を奪おうとしていること。
その決戦の場所がランドマコトタワーだと判明したこと。
一つずつ説明すれば理解してもらえるかもしれない。
けれど、今の二人は混乱している。
エリザさんに至っては事務所を訪ねてきたばかりだ。
いきなり世界の危機について説明されても、すぐに状況を飲み込めるとは思えなかった。
それでも、何も知らないままにしておくわけにはいかない。
「話すと長くなるけど、最悪……世界が終わるかもしれない」
「「ええっ!!?」」
……しまった、簡潔に説明したつもりが余計に混乱させてしまったらしい。
いや、でも実際にそういう状況なのだから、嘘をついたわけではない。
下手に遠回しな説明をするよりは、事態の深刻さが伝わった……はず。
私は目の前で驚いている二人を見ながら、何とも言えない気持ちになった。
ランドマコトタワーでは、これから怪盗団ファントムとの決戦が始まろうとしている。
みくるとあんなは、きっと全力で戦ってくれるだろう。
二人なら、簡単に諦めたりはしない。
それはこれまでずっと見てきた私が誰よりもよく知っている。
けれど、今回ばかりは状況が悪すぎる。
……本当に、大丈夫なのだろうか。
今日という日が、これからどんな結末を迎えるのか。
私には何もわからなかった。
_______________
【るるかSide】
まことみらい市の港付近に、天を突くようにそびえ立つランドマコトタワー。
その圧倒的な高さを誇る建物の向こう側には、巨大な観覧車が堂々とした存在感を放っていた。
真夏の太陽に照らされた街並みは眩しいほどに輝き、青く澄み渡った空の下では、今日も多くの人々が思い思いの時間を過ごしている。
観光客で賑わう広場。
楽しそうに会話を交わす家族連れや、仲睦まじく歩く恋人たち。
夏休みを目前に控えた子供たちの弾むような声も、あちらこちらから聞こえてくる。
誰もが、今日という日をいつもと変わらない平和な一日だと思っているのだろう。
けれど、私たちにとっては違う。
1999年7月19日。
未来自由の書に記された、約束の日。
そして、怪盗団ファントムが世界の運命を懸けて動き出す、決戦の日だ。
私は目の前に広がる穏やかな街並みを眺めながら、胸の奥に重苦しい感情が沈んでいくのを感じていた。
これからこの場所で何が起こるのか。
ここにいる人々は何も知らない。
そして何も知らないまま、その時を迎えようとしている。
「予告状、出してきたわ」
キュアット探偵事務所へ予告状を届けに行っていたマシュタンが、無事に役目を終えて戻ってきたらしい。
「………うん」
これで全ての準備が整った。
ウソノワールが世界を奪うという予告は、探偵事務所へ届けられている。
後は、未来自由の書に記された約束の時を迎えるだけ。
……この街は、これから地獄に変わる。
私の視線の先には、ニジー、アゲセーヌ、ゴウエモン、ジャックの四人が並んでいた。
四人は揃って姿勢を正し、敬礼をしたまま、首領の登場を待っている。
その様子からは、普段のような軽率さや余裕は感じられなかった。
今日という日が、怪盗団ファントムにとってどれほど重要なのか、それを全員が理解しているのだろう。
やがて私たちの前方にある空間が、不自然に揺らぎ始めた。
目に見えない何かが空気を捻じ曲げているかのように、景色が歪んでいく。
その異変は、当然ながら周囲の人々にも伝わった。
先ほどまで普通に歩いていた人たちが足を止め、何事かとこちらへ視線を向け始める。
そして、歪んだ空間の中心から、緑色の炎が噴き上がった。
ゆらゆらと揺れる、不気味な業火。
真夏の眩しい日差しの下であるにもかかわらず、その炎だけは周囲の景色から切り離されたような異様な存在感を放つ。
炎は徐々に勢いを増し、その中心に一つの人影が浮かび上がる。
やがて、緑色の炎を纏うようにして姿を現したのは、怪盗団ファントムの首領、ウソノワール。
「うおぉ!?」
「なんだ!?」
「何なの…?」
広場のあちらこちらから、驚きの声が上がった。
何の前触れもなく空間が歪み、正体不明の炎の中から異様な人物が現れたのだから当然の反応だ。
平和だった広場には、一瞬にしてどよめきが広がっている。
立ち止まって様子を窺う人。
不安そうに後ずさる人。
突然の出来事に理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くす人。
その反応は様々だったけれど、誰もが目の前の異変に恐怖を感じ始めていることだけは、はっきりとわかった。
この人たちはまだ知らない。
自分たちが今、どれほど危険な場所に立っているのかを。
目の前に現れた存在が、どれほど恐ろしい力を持っているのかを。
私たち怪盗団ファントムのただならない気配が、周囲の空気を急速に変えていく。
先ほどまで笑顔で満たされていた広場は、もはや平穏な観光地ではなくなっていた。
「だ、ダーリン……」
「だ、大丈夫。ボクがついてるよ……」
人々のざわめきの中で存在感を放つ一組のカップル。
……あの二人、確か以前パティスリーチュチュに来ていた人たちだ。
さらにあの二人は以前、ウソノワールによって無理やり嘘に覆われたことがある。
その時の恐怖は、今も心の中に深く残っているのだろう。
女性は怯えた様子で男性に寄り添い、男性も彼女を安心させようとしているものの、その声には隠しきれない震えが混じっていた。
一度でもウソノワールの力を経験した人間なら、あの存在がどれほど危険なのか、身をもって理解しているはずだ。
広場のどよめきは、収まるどころか次第に大きくなっていく。
誰もが突然の異変に戸惑い、不安と恐怖を募らせている。
そして、その騒がしさに痺れを切らしたのか。
「騒々しい!」
ウソノワールの怒声が広場全体を揺らす。
先ほどまでざわめいていた人々も、一瞬だけ動きを止めた。
けれど、それで恐怖が消えるはずもない。
むしろ得体の知れない存在から放たれた怒声によって、周囲の緊張はさらに高まっていった。
ウソノワールは、そんな人々を冷たく見渡した。
そして、何の躊躇いもなく力を解き放った。
「嘘よ覆え!!」
その瞬間、ウソノワールの身体から凄まじい力が溢れ出した。
シャドウの力。
あらゆる存在を嘘で覆い尽くす、恐ろしい力。
それは一瞬にして周囲へと広がり、広場にいた人々を次々と包み込んでいく。
逃げようとする人も、立ち尽くしている人も関係ない。
誰一人としてその力から逃れることはできなかった。
先ほどまでのどよめきは、瞬く間に悲鳴へと変わる。
何が起きているのかわからず、必死に逃げ惑う人々。
互いに身を寄せ合いながら、恐怖に震える人たち。
広場は完全なパニックに陥っていた。
ウソノワールの力が絶大なのは知っていた。
けれど、実際に大勢の人々が一度にその力に飲み込まれていく光景はあまりにも異様だ。
そして……
「消えろ、人間」
ウソノワールが、冷徹な声で言い放った。
そこには怒りも、躊躇いも、何の感情も感じられない。
目の前にいる人々など、最初から存在する価値すらないとでも言うかのような、あまりにも冷たい一言。
その直後に、人の姿が………消えた。
一人、また一人と消えていったのではない。
広場にいた人間たちが、文字通り一瞬にして姿を消してしまったのだ。
先ほどまで聞こえていた悲鳴も、足音も、ざわめきも、全てが途絶えた。
……静かになった。
あれほど大勢の人々で賑わっていた場所が、嘘のような静寂に包まれている。
ほんの数秒前まで、ここには確かに人々の日常があった。
笑顔があった。
会話があった。
それなのに、今は誰一人として残っていない。
これが、ウソノワールの力。
人間がどれほど抵抗しようと、まるで意味を成さない。
逃げることも、立ち向かうことも許されない。
ただ一言で、周囲一帯の人間を消し去ってしまう。
その圧倒的な実力を、これでもかというほど見せつけられた気がした。
隣に並ぶ幹部たちもほんの僅かではあるものの、その表情には不安の色が浮かんでいた。
誰もが今の光景に少なからず動揺しているのだろう。
私も同じだった。
これほどの力を目の当たりにして、平然としていられるはずがない。
「この嘘は一時……。だが、大王になれば……私の嘘は永遠となる!!」
一時的な嘘。
つまり、今この場所で起こったことはまだ完全なものではないということ。
けれど、もしウソノワールが大王となれば。
その力は永遠のものになる。
一時的に人々を覆うだけではなく、世界そのものが嘘によって支配される。
未来自由の書に記された予言。
世界が嘘の影で覆われるという言葉の意味が、今になって恐ろしいほど現実味を帯びてきた。
本当に、このまま約束の時を迎えてしまうのだろうか。
ウソノワールは、あのマコトジュエルを使うつもりなのだろうか。
そんな考えが頭をよぎったその時だった。
「そんなことさせない!!」
空から明るく高い少女の声が響いてくる。
その声は、ウソノワールの低い声を遮るように、静まり返った広場へと真っ直ぐ届いた。
青く澄み渡った空。
その上空から、こちらへ向かってくるいくつかの影が見えた。
先頭にはポチタン。
そして、そのポチタンに引っ張られるようにして、二人の少女が空を移動していた。
キュアット探偵事務所の名探偵たち。
みくるとあんな。
予告状を受け取った彼女たちが、とうとうこの場所へ辿り着いたのだ。
つい先ほどまで、人々の悲鳴で満たされていた広場。
今は誰一人いなくなったその場所に、世界を守ろうとする少女たちが現れた。
約束の時、未来自由の書に記された運命の日。
その運命に抗おうとする者たちが、ついに姿を見せたのだ。
「ポチポチ~!」
「「うわあぁぁぁぁぁ!!」」
ポチタンに引っ張られるようにして現れた名探偵は、勢いをつけたまま私たちのいる広場へと向かってきた。
……まあ、当然来るでしょうね。
キュアット探偵事務所に予告状を届けた以上、彼女たちがこの場所へ現れることは最初から予想していた。
むしろ来ない方がおかしい。
世界を奪うなどという予告を受けて、あの二人が黙っているはずがないのだから。
ただ、思っていたよりも随分と早い到着だった。
あの予告状には、真の地という曖昧な言葉しか記されていなかったはず。
それなのにこうして迷うことなくランドマコトタワーへ辿り着いたということは、何らかの手がかりから場所を特定したのだろう。
相変わらず探偵としての勘は侮れない。
私は近づいてくる二人を見つめながら、その後ろに続く姿にも目を向けた。
ポチタンだけではない。
発明家のジェットまで同行している。
今回の事態を相当深刻に受け止めているらしい。
……けれど、一人の姿が見当たらなかった。
花崎みのる。
いつもなら、あの二人と行動を共にしていることが多い少女。
それなのに、今回は彼女だけがいない。
少し気になった。
あの子なら世界を奪うという予告を聞いても、ただ黙って待っているような性格ではないと思っていたから。
何か別の事情でもあるのだろうか。
……まあ、今は考えなくてもいい。
どうせここから先はプリキュアとの衝突を避けられない。
私たち怪盗団ファントムと、世界を守ろうとする名探偵プリキュア。
その両者が同じ場所に揃った以上、戦いが始まるのは時間の問題。
「プリキュア……!!」
ウソノワールの声には隠しきれない憎悪が滲んでいた。
上空から現れたみくるとあんなを睨みつけるその眼差しは、自分の計画を妨げる存在を何としてでも排除しようとしているかのようだった。
「アルカナシャドウ!奴らを止めるぞ!」
ゴウエモンが私へ声をかける。
彼はウソノワールを守るように、その前へと立ちはだかった。
さらにジャックも無言のまま一歩前へ踏み出す。
その小さな動作だけで、周囲の空気が一段と張り詰めた。
完全な臨戦態勢。
誰もがこれから始まる戦闘に備えている。
そして、私もその一員だった。
怪盗団ファントムに所属している以上、みくるとあんなが敵として現れたなら、私も彼女たちと戦わなければならない。
これまでも、何度となく刃を交えてきた相手だ。
けれど……。
私の目的は、あの二人を倒すことではない。
そもそも、私が今も怪盗団ファントムに身を置いている理由は、ウソノワールの野望を叶えるためではない。
もっと別の、どうしても果たさなければならない目的がある。
そして今、その目的を果たすための機会がようやく訪れたのだ。
「無理。待っていた……チャンスだから!」
私はゴウエモンの言葉を拒んだ。
今、この瞬間を逃すわけにはいかない。
みくるとあんなが現れたことで、状況は確実に変わった。
ウソノワールの意識は、二人のプリキュアへと向けられている。
他の幹部たちも、これから始まる戦闘に備えている。
今なら、あのマコトジュエルを取り返せるかもしれない。
キュアエクレールのマコトジュエル。
くれあから失われた大切な結晶。
それをウソノワールの手から奪い返す、絶好の機会だった。
私は静かに意識を集中させる。
「オープン、ティアアルカナロッド」
幾度となく繰り返してきた動作。
今では、何も考えなくても自然と身体が覚えているほどだった。
けれど、その言葉を紡ぎながら、私の意識は別の場所へと向かっていた。
……くれあ。
私は、あなたのことを忘れたことなんて一度もない。
いつだって、その優しさに救われてきた。
何度も、何度も。
私がどれほど苦しい思いをしていても、あなたは変わらず優しく接してくれた。
その温かさが、どれほど私の支えになっていたことか。
「シャッフル」
けれど胸の奥にある感情だけは、どれほど眩しい光に包まれても消えることがなかった。
あの頃の私は、まだ何も知らなかった。
くれあの優しさを、ただ素直に受け取ることができていた。
一緒に過ごす時間を、心から大切に思えていた。
……だけど、「あの真実」を知ってしまってからは、すべてが変わってしまった。
私は、くれあの顔をまともに見ることさえできなくなった。
以前と変わらない笑顔を向けられるたびに、胸の奥が痛む。
何も知らない彼女の前で、何もなかったかのように振る舞うことが、どうしてもできなかった。
それでも、くれあは優しかった。
何も覚えていなくても。
私たちがかつてどんな関係だったのかを知らなくても。
彼女は、変わらず私に微笑みかけてくれた。
だからこそ、余計に苦しかった。
「リバース」
かつて想像したことがあった。
キュアエクレールと私。
二人で並び、同じ敵に立ち向かう未来。
互いを信じ、支え合いながら戦う姿。
そんな日が、いつか訪れるのではないかと。
けれど、もうその願いが叶うことはない。
……いいえ、叶えてはいけない。
くれあは、もう名探偵プリキュアになるべきではない。
あの子には、今の生活がある。
パティスリーチュチュで働き、好きなお菓子を作り、訪れるお客さんたちを笑顔にする日常。
それこそが、くれあに歩んでほしい人生だった。
危険な戦いに身を投じる必要なんてない。
失われた過去に、もう一度縛られる必要だってない。
ただいつも通りに、一人のパティシエとして穏やかな日々を送ってほしい。
私は、それだけを願っていた。
「神秘と秘密で包み込む、キュアアルカナ・シャドウ」
すっかり見慣れてしまった怪盗の衣装。
探偵とは違う立場でこうして戦いの場に立っていることにも、いつの間にか慣れてしまっていた。
けれど、私の目的だけは変わっていない。
キュアエクレールのマコトジュエルを、怪盗団ファントムに握らせておくわけにはいかない。
あの結晶がウソノワールの手にある限り、きっとろくなことにはならない。
それは、劇場での一件を思い出すだけでも明らかだ。
ウソノワールは、あのマコトジュエルを自分の目的のために使おうとしている。
他の幹部たちが危険性を指摘しても、聞く耳を持とうとしなかった。
だから、私が取り返さなければならない。
くれあのマコトジュエルを。
彼女の失われた過去と繋がる、あの結晶を。
そのために、私は怪盗団ファントムにいる。
取り返して……。
取り返して……。
……そして。
そこから先のことを考えようとした瞬間、胸の奥に言葉にならない感情が広がった。
取り戻した後、私はキュアエクレールのマコトジュエルを………。
……今は、考えたくなかった。
「さあ、迷宮へ誘いましょう」
怪盗としての立ち振る舞いも、戦い方も、以前なら戸惑っていたはずのことが、今では当たり前のようにできてしまう。
その事実に複雑な気持ちを覚えた。
けれど、感傷に浸っている時間はない。
目の前にはすでに戦う覚悟を決めた者たちが揃っているのだから。
「あなたたちも早く、プリキュアになりなさい!」
マシュタンが、みくるとあんなに向かって声を上げた。
その言葉に、二人は一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべる。
「「え……?……うん!!」」
今がどれほど危険な状況なのか、二人も十分に理解しているのだろう。
迷っている暇などないと判断したのか、すぐに表情を引き締めた。
そして、二人は同時に胸元へ手を伸ばす。
そこに輝いているのは、プリキュアへと変身するためのジュエルキュアウォッチ。
「「オープン!ジュエルキュアウォッチ!」」
あの頃の二人は、まだまだ未熟だった。
プリキュアとしての実力も、探偵としての経験も十分とは言えず、正直なところ、名探偵を名乗るには少し早いのではないかと思っていた。
目の前の出来事に一喜一憂し、時には危なっかしい行動を取ることもあった。
だからあまり期待していなかった。
あの二人がどこまで成長できるのか。
本当に、名探偵として人々を守れる存在になれるのか。
当時の私には、想像もできなかった。
「「プリキュア!ウェイクアップタイム!」」
最初は頼りなく見えた二人も、日を追うごとに少しずつ変わっていった。
戦い方を覚え、互いの動きを理解し、危険な状況でも冷静に判断できるようになっていった。
何より、どれほど追い詰められても決して諦めようとはしなかった。
どんなに危機的な状況でも、二人は最後まで立ち上がってきた。
その姿を、私は何度も見ている。
怪盗団ファントムの一員として、敵対する立場から。
「サン!見つける!」
今の二人がウソノワールやジャックに勝てるかと聞かれれば、簡単に頷くことはできない。
今のミスティックとアンサーでは、まだ敵わないかもしれない。
……けれどいつかは、そんな強敵すら超えてしまうのではないだろうか。
不思議とそんな予感がしていた。
最初に出会った頃の二人を思えば、今の成長は目覚ましいものがある。
ならば、これから先も成長を続けていけば、いずれは私たちの想像を超える存在になるのかもしれない。
「ロク!向き合う!」
半人前だった二人は、いつの間にか多くの人々を助ける名探偵になっていた。
困っている人がいれば手を差し伸べ、誰かが苦しんでいればその理由を知ろうとする。
どんなに難しい事件でも投げ出したりしない。
どれほど強大な敵が立ちはだかっても、決して背を向けようとはしなかった。
自分たちでは勝てないかもしれない。
そんな相手にさえ、二人は迷わず立ち向かっていく。
その姿勢は、今も変わっていない。
以前よりもずっと強くなっているように感じられた。
「「キュー!奇跡のふたり!」」
……奇跡。
互いに異なる考え方を持ちながらも、相手のことを理解し、足りない部分を補い合う。
一人ではできないことも、二人なら乗り越えられる。
戦闘でも推理でも、二人は互いを信頼し、連携することで何度も困難を突破してきた。
それはまさしく、奇跡のような関係だった。
……私には、叶わなかった願い。
互いに支え合い、同じ未来を見つめながら歩いていけると信じていた。
あの頃の私は、いつか二人で肩を並べ、名探偵プリキュアとして戦う日が来ることを疑っていなかった。
けれど、その未来は失われた。
今の私の隣には、もうあの子はいない。
私自身も、かつて思い描いていた場所には立っていなかった。
「くるっと回して!」
「キュートに決めるよ!」
二人は常に未来を見ている。
今がどれほど苦しくても、どんなに絶望的な状況でも、その先にある未来を信じて進もうとする。
誰かの笑顔を守るために。
まだ見ぬ明日を、より良いものにするために。
そのためなら、どれほど強い相手にだって立ち向かう。
……それに比べて、私はどうだろう。
怪盗団ファントムに身を置き、過去に囚われたまま、ただ一つの目的だけを追い続けている。
かつて大切にしていたものを失い、その現実から目を背けるように、今の道を選んだ。
ファントムに堕ちた私と、未来のために戦い続ける後輩たち。
その違いは、あまりにも大きかった。
きっと私は、もうとっくに負けている。
名探偵としての在り方で、既にあの二人に追い越されてしまっていた。
「どんな謎でもはなまる解決!名探偵キュアアンサー!」
迷いのない眼差し。
堂々とした立ち姿。
かつての未熟さを感じさせない強さがあった。
「重ねた推理で笑顔にジャンプ!名探偵キュアミスティック!」
その表情には強い意志が宿っていた。
……名探偵プリキュア。
あなたたちが、これまで何度も口にしてきた答え。
その意味が今になってようやく理解できた気がする。
名探偵とは、ただ事件を解決するだけの存在ではない。
誰かの苦しみに向き合い、その人が未来へ進めるように手を差し伸べる。
そして自分たちもまた、未来を信じて歩き続ける。
きっと、二人にとっての名探偵とは、そういう存在なのだろう。
……私はくれあのことばかり考えている。
あの子の失われた記憶。
かつての私たちの関係。
二度と取り戻せないかもしれない未来。
そればかりを見つめて、他のことが見えなくなっている。
今の私には、あの二人のように誰かの未来を守ろうとする資格などないのかもしれない。
もはや探偵失格。
そう言われても、反論できないだろう。
私が活動していた、あの場所。
今あそこに相応しいのは、間違いなく目の前の二人。
「「名探偵プリキュア!!」」
キュアミスティックとキュアアンサー。
世界を守るために現れた、二人の新たな名探偵。
……本当に、立派になったものね。
最初に出会った頃には、こんな日が来るなんて想像もしていなかったのに。
今の二人ならきっと、この絶望的な状況でも何かを変えてくれる。
そう思えるほど、二人は成長していた。
それでも私には、まだやるべきことがある。
くれあのマコトジュエルを取り戻す。
その目的を果たすまでは、どんなことがあっても引き下がれない。
今の自分が名探偵として失格だったとしても。
それだけは、譲るわけにはいかなかった。
「私の答え、見せてあげる!」
……ええ、見せてもらおうじゃない。
あなたたちが辿り着いた、名探偵としての答えを。
そしてその力を。
今だけは、私の目的のために使わせてもらう。
「じゃあ、私の足を引っ張らないでね。名探偵さん」
私はティアアルカナロッドを構え、その先端を前方へと向ける。
私が狙っているのは、ミスティックでもアンサーでもなかった。
ロッドの先にいるのは、怪盗団ファントム。
これまで私が所属してきた組織の幹部たち。
そして、その中心に立つウソノワールだ。
……裏切り行為。
そう受け取られても仕方がない。
怪盗団の一員でありながら、その首領へ武器を向けているのだから、誰が見ても裏切りに等しい行動だろう。
それでも、私はロッドを下ろさなかった。
最初から私が本当に守りたかったものは一つだけ。
怪盗団ファントムの目的でもなければ、世界を嘘で覆うという野望でもない。
帆羽くれあ、あなたの未来だけは何としてでも守りたい。
そのためなら、私はどんな立場にだって立つ。
ウソノワールが目指すのは、未来自由の書に記された大王となり、世界を永遠の嘘で覆い尽くすこと。
そして、それを阻止しようとするのが名探偵プリキュア。
互いに譲れない目的を抱えた者たちが、同じ場所で向かい合った。
ランドマコトタワー
まことみらい市を象徴する超高層ビルの足元で、世界の運命を懸けた戦いが始まろうとしている。
怪盗団ファントムと名探偵プリキュア。
そしてその狭間で自らの目的を追い続ける私。
それぞれの思惑が交錯する、ランドマコトタワーでの激戦が、今まさに幕を開けようとしていた。