かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
【るるかSide】
まさか、ここまでだったなんて……。
今までは同じ怪盗団ファントムに所属していたから彼女の実力を深く知る必要なんてなかった。
同じファントムなら私自身が彼女と敵対することになるなんて考えもしなかったのだから。
けれど、実際に戦ってみればこの始末だ。
圧倒的な力、常識外れの攻撃。
そして、こちらがどれほど抵抗しようとも、まるで意に介さないほどの実力差。
これほどまでに強大な力を持つ妖精を、私はウソノワール以外に見たことがない。
同じ幹部として行動していた頃には気づかなかった。
いや、気づこうとすらしていなかったのかもしれない。
ジャックという存在が、どれほど恐ろしい相手だったのかを。
「アンサー!!ミスティック!!大丈夫か!?」
「アルカナ・シャドウ!!」
遠くから妖精たちの切羽詰まった声が聞こえてくる。
身体を起こそうと腕に力を込める。
全身に走る痛みを堪えながら、どうにか上半身を持ち上げることはできた。
けれど、それが精一杯だった。
これ以上戦えるのかと問われれば、正直自信がない。
ジャックの攻撃を受けた私は、アンサーとミスティックが吹き飛ばされた場所で、二人と同じように倒れていた。
身体のあちこちが痛み、呼吸を整えるだけでも大変で、立ち上がろうにも思うように力が入らない。
あれほどの攻撃を受けてまだ意識があるだけでも幸運なのかもしれない。
肝心のウソノワールを止めるどころか、その配下である幹部たちに追い詰められ、全員が満身創痍になってしまった。
怪盗団ファントム。
その恐ろしさを知っていたつもりだった。
幹部たちの能力も、ウソノワールの強大さも、十分に理解していたはずだった。
けれど、私は彼らを甘く見すぎていたのだ。
そして何より恐ろしいのは、これほどの戦いですら、まだ始まりに過ぎないということ。
「約束の時は来た!!」
「「「「はっ!」」」」
四人の幹部が一斉に返事をすると、ウソノワールの前へ進み出て、その場に跪く。
止めなければならない。
そう頭ではわかっているのに、身体が動かない。
アンサーもミスティックも、今の状態では満足に戦えないだろう。
結局私たちは何もできないまま、怪盗団ファントムの計画が進むことを許してしまった。
そして、ウソノワールがゆっくりと動き始めた。
その手が向かった先は、自身の顔を覆い隠している仮面。
これまでウソノワールは、決してその素顔を明かそうとはしなかった。
重厚な鎧に身を包み、仮面で顔を隠し、不気味な声で幹部たちに命令を下していた。
同じ怪盗団ファントムに所属していた頃ですら、仮面の奥に何が隠されているのかを知る機会はなかった。
けれど今、その謎が明かされようとしている。
「ウソノワールが、本性を現す」
「え…?」
マシュタンの言葉に反応したアンサーとミスティックが、緊張した様子で息を呑むのがわかった。
あの鎧の中に、一体どんな存在が隠されているのだろう。
今まで一度も公の場に姿を現さなかった、その本当の姿。
そして、ついに……
………カランカラン
乾いた音が静寂の中に響く。
ウソノワールの顔を覆っていた仮面が外され、無造作に地面へ投げ捨てられた。
硬い地面にぶつかった仮面は、何度か跳ねながら転がり、やがて動きを止めた。
あの声を聞くだけで身体が震え上がるほどの存在だ。
きっと、その素顔も想像を絶するほどおぞましいものに違いない。
………そう思っていた。
「………え??」
「ポチ??」
「「???」」
ポチタンも、アンサーもミスティックも、全員が目の前の光景を理解できていない。
「………あれが、本当の姿」
そこにいたのは、私たちが想像していたようなおぞましい怪物などではなかった。
ベージュがかった白い身体。
尻尾と耳は茶色で、耳の色は両目の半分ほどまで広がっている。
その耳には片側に二連ずつ、くるりとしたカールがかかっていた。
頬には他の妖精たちと同じように、左右それぞれにピンク色のハートが浮かんでいる。
紺色を基調とした瞳には、他の幹部たちと同じ金色の四芒星が輝いていた。
首元には深紅のスカーフが巻かれ、頭には鎧をまとっていた頃から身につけていた三角帽子が乗っている。
そしてその大きさは……マシュタンたちとほとんど変わらない。
つい先ほどまであれほどの威圧感を放っていた存在が、今は目の前にいる他の妖精たちと大差ない姿をしている。
重厚な鎧も、顔を隠す不気味な仮面もない。
そこにいたのは、どこからどう見てもかわいらしい妖精だった。
あの恐ろしい声で私たちを威圧し、巨大な鎧を操っていた張本人が、こんなにも小さな姿をしていたなんて。
あまりにも想像とかけ離れている。
先ほどまで感じていた威厳も、圧迫感も、その見た目からは一切感じられない。
あまりにも凄まじいそのギャップに、呆然とするしかなかった。
「私は、大王になる!ウソよ覆え!!」
「だめっ!!!」
私の声なんてウソノワールには届かない。
どれほど外見が変わろうとも、その本質まで変わったわけではない。
ウソノワールは、ウソノワールなのだ。
今まさに私たちの目の前で、取り返しのつかないことをしようとしている。
ウソノワールの手元に浮かぶ、キュアエクレールのマコトジュエル。
その輝きが、ウソノワールの放つ嘘の力によって少しずつ覆い隠されていく。
本来ならば、人の想いが結晶となったマコトジュエルにこんな力を加えること自体が許されるはずがない。
それを無理矢理自身の身体へ取り込もうとしているなんて。
……このままでは、本当に取り込まれてしまう。
使われてしまう……キュアエクレールのマコトジュエルが!!
止めたいと思っても、ジャックとの戦闘で負った傷が私の身体から自由を奪っていた。
目の前でマコトジュエルが奪われようとしているのに、手を伸ばすことすらできない。
そんな私の焦りなど知る由もなく、周囲からは場違いなほど明るい声が上がった。
「マジ行け~!チョベリグ~!」
「よっ!待ってました!」
アゲセーヌとゴウエモンは、ウソノワールの行動を止めるどころか、待ち望んでいた瞬間が訪れたかのように興奮している。
これから何が起ころうとしているのか、その危険性を理解していないのだろうか。
けれど、同じ幹部でもニジーとジャックの反応は違っていた。
ウソノワールの様子を注意深く観察し、何が起きても対応できるように警戒している。
「ウソノワール様の第二幕が、開演するのか……!?」
「何事もなければ良いんだけど……」
二人にはわかっているのだ。
ウソノワールが今から行おうとしていることが、決して安全なものではないということを。
この時ばかりは、ニジーとジャックの意見を聞いてほしいと心の底から思った。
同じ怪盗団ファントムの幹部である二人なら、ウソノワールを思いとどまらせることができるかもしれない。
けれど、そんな期待が叶うはずもなかった。
自らの目的を達成するためなら、どんな犠牲も厭わない。
それが、私の知っているウソノワールなのだから。
「私の嘘が永遠となり、世界を覆う!フッ…」
「くっ……!!」
嘘の力に覆われたマコトジュエルが、ゆっくりとウソノワールの身体へ吸い込まれていった。
光が揺らめき、結晶の輪郭が徐々に失われていく。
とうとうキュアエクレールのマコトジュエルは、ウソノワールの身体と完全に一体化してしまった。
……止められなかった。
あれほど守らなければならないと思っていたのに。
あれほど取り返したいと願っていたのに。
私たちは何もできないまま、エクレールのマコトジュエルを奪われてしまった。
けれど、本当の恐怖が始まったのはその直後だ。
ウソノワールの身体に異変が起こり始める。
膨大な力を秘めたエクレールのマコトジュエルを一度に取り込んだことで、その小さな身体が急激に変貌していく。
先ほどまでマシュタンたちと大差なかった身体が、みるみるうちに膨張していった。
手足は太く、長くなり、その先には鋭い爪が生えていく。
尻尾も異様なほど長く伸び、かわいらしかった面影は瞬く間に失われていった。
その姿は、まるで狼のようだった。
けれどただの狼などではない。
巨大な身体に鋭い爪、長い尻尾を備えた巨人。
もはや巨人という言葉ですら生ぬるい。
……化け物。
そう表現する以外に、適切な言葉が見つからなかった。
先ほどまでのかわいらしい姿からは、到底想像もつかないほどのおぞましい変貌。
そして何より、その大きさが異常だった。
私たちの背後にそびえ立つランドマコトタワー。
まことみらい市の港を象徴する、あの巨大な建造物の半分ほどにも達する身長。
そんな規格外の怪物が、今、私たちの目の前に立っている。
あまりにも巨大すぎて、見上げるだけでも首が痛くなりそうだ。
その身体から放たれる威圧感は、先ほどまでのウソノワールとは比較にならない。
私たちプリキュアの力で、本当に太刀打ちできるのだろうか。
そんな疑問が、嫌でも頭をよぎってしまう。
「ヴオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!!!」
ウソノワールの凄まじい咆哮は、空気そのものが震えているようだった。
耳を塞ぎたくなるほどの轟音が周囲一帯に広がり、その振動が地面にまで伝わってくる。
今、この場所には怪盗団ファントムが普段使用しているフィールドが展開されていない。
本来ならば、戦闘の際には周囲の空間を一時的に隔離する結界が張られ、一般人が巻き込まれることを防いでいる。
けれど、今はこの巨大な怪物の姿も、耳をつんざく咆哮もすべて現実の世界で起こっている。
つまり、周囲に住んでいる人々にも見えてしまうということだ。
ランドマコトタワーの半分にも達する巨大な怪物が、何の前触れもなく街に現れた。
そんな光景を目撃すれば、人々が大混乱に陥るのは目に見えている。
それだけではない。
この巨体が少し動くだけでも、周囲の建物や道路にどれほどの被害が及ぶかわからない。
ウソノワールがそんな力を振るい始めたら……。
考えたくもなかった。
「1999年……七の月の大王……これが予言の真相なのか!?」
世間を騒がせていた、あの世界滅亡の予言。
目の前の光景はその内容と恐ろしいほど重なっている。
ウソノワール自身も大王になると宣言していた。
けれど、この怪物こそが予言に記された大王だと断定できるわけではない。
偶然なのか、それとも本当に予言が示していた存在なのか。
今の私には判断する材料がない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
このまま放っておけば、まことみらい市は壊滅する。
それどころか、周辺の地域まで巻き込まれるのも時間の問題だろう。
あれほどの巨体と、エクレールのマコトジュエルが秘めていた膨大な力。
その二つが合わさったウソノワールを野放しにすれば、一体どれほどの被害が出るのか想像もつかない。
けれど、どうやって止める……?
ウソノワールがこれほど巨大な怪物へ変貌した原因は、間違いなくキュアエクレールのマコトジュエルだ。
ならば解決する方法は一つしかない。
取り込まれたマコトジュエルを、ウソノワールの身体から引き剥がすこと。
それさえできれば、今の異常な力を失わせることくらいはできるかもしれない。
……でも、既に満身創痍の私たちにあの怪物へ近づく力が残されているのだろうか。
ようやく見つけた唯一の解決方法さえ、実行できる見込みがない。
「あ、絶景かな~!」
「イェーイ!ヒューヒュー!アゲー!」
目の前にそびえ立つ巨大なウソノワールを見上げながら、ゴウエモンが感嘆の声を上げ、アゲセーヌは写真を撮っている。
……呑気なものね、巨大な怪物が私たちの目の前に立っているというのに。
二人にとってはウソノワールが強大な力を手に入れたことがそれほど喜ばしい出来事なのだろう。
けれど、その余裕が長く続くことはなかった。
なぜなら、二人が歓喜しているその相手こそが、次の瞬間には私たち全員を恐怖に陥れることになるのだから。
「ヴゥ゙ゥ゙!?ヴオ゙オ゙オ゙オ゙!!!ヴオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
突然、ウソノワールが苦しそうに身体を震わせた。
そして、その巨大な口から放たれた咆哮と共に、凄まじい暴風が周囲一帯へ吹き荒れる。
強烈な風圧が全身に叩きつけられ、立っているだけでも危険だ。
足元が不安定になり、少しでも気を抜けばそのまま吹き飛ばされてしまいそうになる。
ただの咆哮で、これほどの風が巻き起こるなんて。
元々ウソノワールは通常の状態ですら、私たちでは到底太刀打ちできないほどの戦闘力を持っていた。
膨大な力を秘めた結晶を取り込んだことで、その強さはもはや常識では測れないものになってしまったのだろう。
……でも、何かがおかしい。
凄まじい力を手に入れたことは間違いない。
けれど、その動きはどこか不自然だ。
巨大な身体を震わせ、苦しそうな声を上げ、自分自身の中にある何かと必死に戦っているかのように見える。
何かに抗っている……?
それとも、取り込んだ力を制御できていない……?
……やっぱりエクレールのマコトジュエルを、無理矢理取り込んだから!!
本来ならば、あのマコトジュエルはウソノワールのものではない。
それを嘘の力で強引に覆い、自分自身と一体化させたのだ。
そんな無謀なことをして何の代償もないはずがない。
けれどその異変に気づいたところで私たちに何ができるというのだろう。
「うわああああ!!?」
「ポチィィィ!!?」
巨大なウソノワールの足が、近くにいたジェットたちへ向かって振り下ろされようとしていた。
ジェットたちは間一髪のところで飛び退き、どうにか直撃を免れる。
直後に巨大な足が地面に叩きつけられた。
凄まじい衝撃が周囲に広がり、先ほどまで妖精たちがいた場所の地面が大きく抉れる。
地面には深い窪みが生まれ、周囲には砕けた破片が飛び散った。
あんなものをまともに受けていたら、ひとたまりもなかっただろう。
けれど危機はそれだけでは終わらなかった。
踏みつけによって発生した衝撃波が、飛び退いたばかりのジェットたちを襲った。
直撃を避けたはずなのに、その余波だけで妖精たちの小さな身体が宙へ吹き飛ばされてしまう。
ただ足を踏み下ろしただけであれほどの破壊力が生まれる。
今のウソノワールがどれほど危険な存在になってしまったのか、その光景だけでも思い知らされた。
「ヴオ゙オ゙!!」
「うおっ!?」
今度は巨大な口がゴウエモンたちの方へ向けられた。
その口元に光が集まったかと思うと、強烈な光弾が放たれる。
ウソノワールが攻撃した相手は、プリキュアでも妖精たちでもない。
自分自身に忠誠を誓っているはずの、怪盗団ファントムの幹部たちもだ。
「う、ウソノワール様!?」
「げっ!?」
突然の攻撃に、ニジーたちは動揺を隠せない。
けれど、ウソノワールはそんな反応など気にも留めていなかった。
そもそも彼らの声が聞こえていない。
巨大な口から次々と光弾が放たれ、幹部たちのいる場所へ容赦なく降り注いでいく。
一発、また一発。
その攻撃は止まる気配を見せなかった。
完全に暴走している。
もう敵も味方も関係ない。
ウソノワールにとって、目の前で動いているものは全て攻撃対象になってしまっているのかもしれない。
「ってマジヤバ!?」
「逃げろ!!!」
幹部たちは一斉にその場から離れ、ウソノワールとの距離を取る。
幹部たちが離れた直後に光弾が地面に着弾。
轟音と共に土砂が舞い上がり、周囲の地面が大きく抉られる。
やがて土煙が薄れると、そこには巨大なクレーターが残されていた。
たった一発の攻撃で、あれほどの被害が生まれてしまう。
ウソノワールはそれを何度も繰り返しているのだ。
もはや誰にも制御できない怪物になってしまっているのだろう。
ウソノワールの暴走はそれだけでは終わらない。
「うわっ!!」
「ポチ~!!?」
再びジェットたちの方へ向けてウソノワールが光弾を放った。
幹部たちへの攻撃を終えたかと思えば、何の躊躇もなく妖精たちを狙っている。
光弾が近くに着弾し、凄まじい衝撃が周囲へ広がった。
その衝撃に巻き込まれたジェットたちは、茂みの方へ勢いよく吹き飛ばされてしまう。
小さな身体が宙を舞い、そのまま茂みの中へ消えていった。
衝撃を受けた弾みで、ジェットが本来の妖精の姿へ戻ってしまう。
吹き飛ばされた妖精たちの中にはマシュタンもいる。
助けに行かなければ。
そう思っているのに、身体が動かない。
大切なお供妖精が危険な目に遭っているというのに、助けに行くことすらできないなんて。
こんな時こそ、私が守らなければならないはずなのに。
「ジェット先輩!!」
「マシュタン!!ポチタン!!」
アンサーとミスティックは妖精名前を必死に呼んでいた。
自分たちだって、ジャックとの戦闘で満身創痍になっている。
まともに立ち上がることさえ難しい状態のはずなのに、マシュタンのことまで心配してくれている。
敵同士の私のお供妖精を、何の隔たりもなく、仲間として気にかけてくれているのだ。
……本当に、二人は。
「………予想通りね。キュアエクレールのマコトジュエルが抗ってる。あの子のマコトジュエルを、ウソノワールが扱えるはずがない」
ウソノワールはまだ無差別に攻撃を繰り返している。
威厳があった姿とは違い、制御できないほど膨れ上がった力と、それに翻弄される巨大な身体だけ。
……やっぱりこうなった。
『先日も話しましたが、そのマコトジュエルはウソノワール様のお身体に……』
あの時、ジャックは確かに警告していた。
キュアエクレールのマコトジュエルを取り込むことが、どれほど危険な行為なのかを。
そして、その警告は見事なまでに的中してしまった。
ウソノワールが操るシャドウの力。
それは嘘を源とする力であり、真実の力を宿すマコトジュエルとは、本来相容れない性質を持っている。
そんな正反対の力を無理矢理組み合わせれば、どうなるか。
高い確率で、拒絶反応と呼ばれる現象が引き起こされる。
特に妖精の場合、その影響は顕著に現れやすい。
二つの力が互いに反発し合い、身体の内側から異常を引き起こす危険な現象だ。
マコトジュエルを嘘の力で覆い隠したところで、本来の性質まで変えられるはずがない。
強引に取り込もうとすればするほど、内側に秘められた真実の力が反発するのは当然だった。
ジャックは、それを理解していたのだろう。
だからこそ、事前に忠告していた。
けれど、ウソノワールはその言葉に耳を貸さなかった。
自分自身の目的を達成するためなら、どれほど危険な力であろうと利用する。
その結果が今の惨状だ。
世界を覆うほどの力を手に入れようとしたはずが、逆にマコトジュエルの力に溺れ、自分自身を制御することすらできなくなってしまった。
……皮肉なものね。
支配しようとした者が、誰よりも自分自身を支配できなくなるなんて。
「ヴオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
ウソノワールの口から、次々と光弾が放たれる。
一つ、二つ、三つ。
もはや狙いなど定めていないのだろう。
手当たり次第に放たれた光弾が周囲へ降り注ぎ、着弾する度に激しい爆発を引き起こしていく。
爆風が吹き荒れ、地面が抉れ、土煙が辺り一面を覆い尽くした。
先ほどまでの景色は、見る影もなくなっていた。
もし今、この場所に一般の人たちが残っていたら……。
もしウソノワールが人間を一時的に消滅させていなかったら……。
そう考えただけで、背筋が冷たくなる。
「止めないと……」
どれほど絶望的な相手であろうと、止めなければならない。
このまま放っておけば、被害は拡大する一方なのだから。
他に頼れる者はいない。
今この場でウソノワールを止められる可能性があるのは、私たちプリキュアだけ。
「……そうだね」
「だって!名探偵は、絶対に諦めないんだから!!」
その声には、疲労が滲んでいる。
けれど、決して諦めようとしている様子はなかった。
あれほどの戦闘を経験し、圧倒的な力の差を見せつけられたというのに。
それでも、二人の瞳から希望の光は失われていなかった。
……本当に、この子たちは。
「………少しはらしくなってきたじゃない」
最初に二人を見た時は、まだまだ半人前だった。
探偵としても、プリキュアとしても、未熟なところばかりが目立っていた。
けれど、今はどれほど強大な敵を前にしても諦めない。
誰かを守るためなら、自分自身が傷ついていても立ち上がろうとする。
その姿は、私が知っている名探偵プリキュアそのものだった。
プリキュアという存在は、不思議なものだと思う。
ほんの短い時間でも、戦いを重ねることで実力を高めていく。
困難に直面するたびに、心までも強くなっていくのだから。
……もし、私もそうなれていたら。
過去に囚われず、目の前の困難から逃げず、自分自身の弱さと向き合うことができていたなら。
私も、怪盗団ファントムに身を置くことなんてなかったのかもしれない。
……なんて、今さらそんなことを考えたところで何も変わらない。
ウソノワールの第二幕。
それを止められるかどうかは、今の私たちにかかっている。
私たちがここで諦めれば、誰もこの怪物を止められなくなるかもしれない。
ならば、最後まで戦うしかない。
「プリキットライト!!」
最初に動いたのはキュアアンサー。
彼女がプリキットライトを使用すると、空中に足場が作り出されていく。
その光景を見て、すぐにアンサーの狙いを理解した。
今のウソノワールは、私たちの身長を遥かに超える巨体。
地上から攻撃しようとしても届く場所は限られる。
けれど、プリキットライトで空中に足場を作れば話は別。
足場から足場へと跳び移ることで、高所まで移動しながら戦うことができる。
相手がどれほど巨大であろうと、空中を自由に移動できれば攻撃の選択肢は大きく広がる。
……悪くない考えね。
ただ真正面から突っ込むのではなく、相手の大きさに合わせて戦い方を変える。
その判断は、確かに以前のアンサーよりも成長している証拠だろう。
けれど、今のウソノワールはただ巨大なだけの敵ではない。
いくらプリキットライトで足場を作ったところで、あの無差別な攻撃をすべて避けられるとは限らない。
空中に浮かび上がったプリキットライトの足場を蹴り、アンサーが勢いよく跳躍する。
その後を追うように、ミスティックも別の足場へ飛び移った。
二人は互いに距離を取りながら、巨大なウソノワールの周囲を移動していく。
けれど、相手はあまりにも規格外だ。
「ヴオ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
ウソノワールが咆哮を上げると同時に、その巨大な口から光弾が放たれた。
アンサーは足場を蹴って回避。
彼女が立っていた場所を光弾が通過し、背後の地面へ着弾した。
衝撃波が空中にまで広がり、身体が大きく揺さぶられる。
それでも二人はどうにか体勢を立て直していた。
ウソノワールはまともに狙いを定めることすらなく攻撃を繰り返している。
どこから光弾が飛んでくるのか、予測することさえ難しい。
「いくらなんでも無茶だ!このままじゃ……アンサー!!ミスティック!!」
先ほどの攻撃で妖精の姿に戻ってしまったジェットは、空中で戦い続ける二人を見上げながら、必死に声を張り上げている。
「ポチ……ポチ!!」
その時、ポチタンが何かに気づいたように声を上げた。
私は一瞬、そちらへ視線を向ける。
ポチタンは何かを思いついたらしく、小さな身体を動かしながらジェットたちへ必死に訴えかけていた。
「エクレール!エクレールポチ!」
……エクレール?
こんな状況でどうしてあの子の名前が出てくるのだろう。
そしてポチタンはある物を取り出した。
小さな容器。
その中に入っているのは、液体?
「そうか、香水でキュアエクレールを見つければ!」
香水で、キュアエクレールを見つける?
まさか、この状況であの子を探そうというの?
「は!?一体何を言ってるの!?」
マシュタンの驚いた声が聞こえた。
私もまったく同じ気持ちだった。
こんな状況で、キュアエクレールを探しに行くなんて。
だけどあの子は……。
そこまで考えたところで再び巨大な影が動いた。
ウソノワールが長い腕を振り回し、空中にいる私たちを追い払おうとしている。
「ポチタン、いく!」
「前も届けてくれたもんな!頼んだぞ、お供妖精!!」
ポチタンの小さな身体には、迷いが感じられなかった。
本気でキュアエクレールを探しに行くつもりらしい。
……ちょっと待ちなさいよ。
ポチタンをそのまま行かせるわけには……そう思っても目の前にいるウソノワールは攻撃を待ってくれない。
また光弾が来る。
「ポチ!ポチポチ~!」
「あぁっ!エクレールは!!」
香水を持ったポチタンはどこかに飛んでいってしまう。
どうしてみんな、そんな簡単にあの子を巻き込もうとするのだろう。
なぜこの危険な戦場へ連れてこようというのだろうか。
……冗談じゃない。
私はあの子にはもう戦ってほしくない。
昔の記憶を取り戻すことも、再びプリキュアとして危険に身を投じることも望んでいない。
今のあの子には生活がある。
それを守りたいからこそ、私は……。
けれど、ジェットもポチタンも私の想いなど知らない。
ただ目の前の危機を乗り越えるために、必死に方法を探しているだけなのだろう。
それがわかっているからこそ、余計に腹立たしかった。
……本当にどいつもこいつも……!!
「うっ!?」
突然、視界の端で無数の光が瞬いた。
ウソノワールの巨大な身体が大きく震え、その周囲に膨大な力が集まり始めている。
ウソノワールが全方位へ向けて光弾を放った。
これまでのように一方向へ集中して攻撃するのではない。
周囲にいるものすべてを巻き込むように、無数の光弾が一斉にばらまかれたのだ。
回避しようにもあまりにも数が多すぎた。
一つを避けても、すぐ隣から別の光弾が迫ってくる。
逃げ道を探した時には、すでに周囲を光が埋め尽くしていた。
……避けきれない。
強烈な衝撃が全身を襲った。
身体が宙へ浮き、視界が激しく揺れる。
爆風に押し流されながら、私は必死に意識を保とうとした。
抵抗することもできず、そのまま地面へ叩きつけられてしまう。
アンサーとミスティックも同じように攻撃を受け、吹き飛ばされていた。
「ヴオ゙オ゙オ゙オ゙!!!」
巨大な口が開き、次々と無数の光弾が放たれる。
一瞬でも近づこうとすれば、容赦なく光弾が飛んでくる。
空中から接近しようとしても、全方位へ放たれる攻撃によって逃げ場を失ってしまう。
あれほど巨大な相手なのに、距離を詰めることすら許されない。
これでは、マコトジュエルを引き離すどころではなかった。
エクレールのマコトジュエルを取り戻さなければ、この暴走は止まらない。
けれど、そのためにはウソノワールへ近づく必要がある。
そして、今の私たちにはそれすらできない。
全く近づけない。
プリキュアの力ですら無力に等しい私たちにどうしようもない焦りを感じていた。
_______________
【みのるSide】
事務所で待っているだけなんて私にはできない。
みくるも、あんなも、今頃きっと怪盗団ファントムと戦っている。
危険すぎる相手に二人だけで戦っているのに、私だけ安全な場所で帰りを待っているなんて。
……そんなの、絶対に嫌だった。
私はこれまで、何度もプリキュアに助けられてきた。
危険な目に遭った時も、敵に捕まった時も、いつだって彼女たちは私を助けようとしてくれた。
それなのに、私はプリキュアじゃないから何もしなくていい?
戦う力がないから、ただ待っていればいい?
そんな理屈、許されるはずがない。
プリキュアじゃなくたって、私にできることはあるはずだ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、必死に足を動かす。
後ろにはくれあさんとエリザさんの姿もあった。
三人とも目指している場所は同じ。
まことみらい市の港にそびえ立つ、ランドマコトタワーだ。
けれど、その場所は既に大変なことになっている。
「何あれ……あれがウソノワールだって言うの!?」
港の方角に巨大な何かが立っている。
遠く離れたこの場所からでもはっきりと確認できるほどの巨体。
その姿は狼のようにも見えたけれど、私の知っているどんな生き物とも違っていた。
……あれが、ウソノワール?
私たちが知っている怪盗団ファントムの首領が、あんな姿になっているというの?
港の周辺では、何度も激しい爆発が起こっていた。
巨大な怪物が動くたびに土煙が舞い上がり、時折、凄まじい咆哮が聞こえる。
まさに地獄絵図だ。
これほど離れた場所にいるのに戦闘の音が絶え間なく聞こえてくる。
それだけでもあそこで起こっていることが、どれほど深刻なのか十分に伝わってきた。
「ランドマコトタワー!あんなちゃんたちが向かったところだ!」
巨大なウソノワールの周囲を三つの小さな光が飛び回っている。
光は縦横無尽に動き、時には急上昇し、時には地面すれすれまで下降している。
……あれはきっとプリキュアだ。
みくるとあんなが、必死にウソノワールを止めようとしている。
大きな相手にも臆することなく、何度も攻撃を避けながら戦っているのだろう。
そして、もう一つ。
三つ目の光の存在が少し気になった。
……キュアアルカナ・シャドウ?
どうして彼女までウソノワールと戦っているのだろう。
彼女は怪盗団ファントムだったはずなのに。
けれど、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
事情がどうであれ、彼女もウソノワールを止めようとしている。
ならば、今はそれだけわかれば十分だ。
「もうあれこれ葛藤してる場合じゃない……きっと何かできるはず……私たちでも!!」
そう、迷っている時間なんてない。
自分には戦う力がないとか、プリキュアではないとか、そんなことで立ち止まっている場合じゃない。
何ができるのかは、まだわからない。
それでも、行かなければ何も始まらないのだから。
「探偵になるって決めたんだから!助けてあげたい!」
エリザさんの表情には、確かな決意が浮かんでいる。
探偵になりたかった彼女だからこそ、困っている人たちを放っておけない。
「うん!私のきらめきも、行けって言ってる!!」
三人の気持ちは同じだった。
今、私たちにできることをする。
ただ、それだけだ。
丘を下り、街の中心を通る大通りへ向かう。
けれど、そこに広がっていたのは普段とはまるで違う光景だった。
道路には大量の車が停車していて、何台もの車が列をなし、ほとんど動いていない。
信号が変わっても、前へ進もうとする車はほとんどなかった。
完全に交通が麻痺している。
その理由はすぐにわかった。
車の中にいる人たちも、歩道にいる人たちも、ほとんどが港の方角を見つめていた。
誰もがランドマコトタワーの近くに現れた巨大なウソノワールに釘付けになっている。
あんなものが現れたら運転どころではなくなってしまうのも当然だろう。
けれど、私たちは立ち止まっているわけにはいかない。
近くに歩道橋があったため、階段を上って向こう側へ渡れば安全に大通りを越えられるはずだ。
私たちは歩道橋へ向かい、そのまま階段を駆け上がろうとした時。
……ズドォォォン!!
「うっ!?」
突然、衝撃が襲ってきた。
地面が大きく揺れ、身体がぐらりと傾く。
こんなところまで、衝撃波が!?
港からはかなり離れているはずなのに。
身体が後ろへ傾き、そのまま転落しそうになるが、手すりを強く握り締めてどうにか身体を支える。
隣にいたくれあさんも同じように手すりにつかまっていた。
どうやら私たち二人は無事だったらしい。
けれど………
「きゃっ!!」
すぐ後ろから短い悲鳴が聞こえ、振り返るとエリザさんが階段に座り込んでいた。
「エリザさん!?」
「足を挫いたの!?」
「大丈夫!?」
足元を押さえ、苦しそうに顔を歪めている。
先ほどの衝撃で体勢を崩した際に、足を痛めてしまったらしい。
エリザさんは何とか立ち上がろうとしたけれど、すぐに動きを止めてしまった。
このままではまともに歩くことすらできない。
でも怪我をしたエリザさんを置いていくなんて……。
「先に行ってて!!」
「え……?」
「すぐに追いかけるから……あんなちゃんたちのところに行ってあげて」
……何を言ってるの?
足を挫いているのに。
歩けるかどうかもわからない状態なのに、私たちだけ先に行けなんて。
「でも!」
……ズドォン!!
会話の途中でも爆発音が響く。
遅れて伝わってきた衝撃が、歩道橋を小さく揺らす。
港から離れたこの場所にまで、立て続けに衝撃が伝わってくる。
その直後にはウソノワールの咆哮も耳に入った。
早くしなければ。
そう思えば思うほど、胸の奥に焦りが募っていく。
「怪我してるのにエリザさんを一人にできない。私が背負ってでも!」
歩けないのなら、私が背負えばいい。
運動はできないし力もないし、時間はかかるかもしれないけれど、それでも三人で向かうことはできるはずだ。
怪我をした人を置いていくなんて、そんなことができるわけがない。
「お願いだから行って!!」
しかし、エリザさんの声が私の考えを遮った。
「エリザさん……」
「みのるちゃん、あんなちゃんたちの助手なんだよね?探偵たちを支える大切な役目があるんだから…行ってあげないと!」
「………!!」
……助手。
そうだ、私はみくるとあんなの助手なんだ。
特別な力を持っていなくても、二人を支えるためにキュアット探偵事務所にいる。
探偵として事件を解決しようとする二人の隣で、少しでも役に立ちたいと思ってきた。
戦うことができなくても、できることはある。
そう信じて、ここまで来たはずだった。
……なのに、私はまた自分が何をするべきなのか見失いかけていたのかもしれない。
もちろん怪我をしたエリザさんを放っておくことなんてできない。
けれどこの瞬間にもみくるとあんなは命懸けで戦っている。
あの二人を支えること。
それもまた、私にしかできない大切な役目なのだ。
「私は大丈夫。だから、あの子たちを助けてあげて」
エリザさんは、もう一度そう言った。
……エリザさんがそこまで言ってくれるのなら、その想いを無駄にするわけにはいかない。
「………わかった」
「みのるちゃん……」
くれあさんにはまだ迷いが残っているようだった。
私だってエリザさんをここに残していくことが不安じゃないわけではない。
けれど、今は前に進まなければならない。
みくるとあんなが、私たちを必要としているかもしれないのだから。
「エリザさん、後で必ず迎えに行くから!!」
そう約束して、私は再び港の方角を見つめた。
遠くには、巨大なウソノワールの姿が見える。
今もなお、激しい爆発音と咆哮が絶え間なく響いていた。
……待ってて、みくる、あんな。
私に何ができるのか、まだわからない。
それでも、二人の助手として、できる限りのことをしたい。
だから今は……一刻も早く、二人のところへ。
私はくれあさんと共に、再び歩道橋の階段を駆け上がった。
世界が、終わってしまうのかもしれない。
そんな不安が、街全体を覆い尽くしていた。
見慣れた街並み。
いつも人々の笑顔で溢れていた大通り。
何気ない日常が繰り返されるはずだった、平和なまことみらい市。
それが、今は恐怖に包まれている。
幼い子供を抱き締める母親。
震える手で家族に連絡しようとする人。
何が起こっているのかわからず、ただ空を見上げることしかできない人。
泣いている人もいた。
誰かに助けを求めている人もいた。
恐怖のあまり、その場から一歩も動けなくなってしまった人もいた。
これまで当たり前だった日常そのものが、音を立てて崩れ落ちていくような感じがする。
私たちには、あの怪物と戦う力なんてない。
空を飛ぶことも、光を放つことも、巨大な敵を一撃で倒すこともできないただの女の子だ。
少し走れば息が上がるし、転べば怪我をする。
怖いものは怖いし、苦しいものは苦しい。
それでも、今は立ち止まりたくなかった。
だって、あの場所には……。
私たちの大切な人たちがいるのだから。
遠くの港では、三つの小さな光が巨大な怪物を相手に戦い続けていた。
あまりにも小さな光だった。
怪物の身体と比べれば、今にも消えてしまいそうなほど頼りなく見える。
けれど、その光は何度吹き飛ばされても再び空へ舞い上がっていた。
一度地面へ落ちても、また立ち上がる。
何度攻撃されても、諦めずに前へ進む。
きっとあの子たちだって怖いはずだ。
痛いはずだ。
逃げ出したいと思う瞬間だって、あるのかもしれない。
それなのに、どうして戦い続けられるのだろう。
……ううん。
私は、その答えを知っている。
あの子たちは、誰かが泣いているのを放っておけないから。
助けを求める人がいる限り、見て見ぬふりなんてできないから。
自分よりも大切な誰かの笑顔を守りたいと、心の底から願っているから。
だから何度でも立ち上がる。
勝てる保証なんてどこにもなかったとしても。
それが、私の知っているプリキュアだった。
そしてその想いは、あの場所で戦っている三人だけのものではなくなっていた。
怪物の咆哮が響く街の中で。
恐怖に震える大勢の人々の中で。
ほんの数人の少女たちが、前へ進もうとしていた。
誰かに命令されたわけではない。
誰かに褒められたいわけでもない。
自分たちが行ったところで何かが変わるわけでもない。
それでも行かなければならないと思った。
大切な人を、助けたいと思った。
その気持ちだけが、私たちの背中を押していた。
……不思議だね。
少し前までの私は、誰かと肩を並べて歩くことすら夢のように思っていた。
ずっと一人だった。
誰かに必要とされることも、誰かを頼ることも、私には縁のないものだと思っていた。
だからみくるやあんなと出会えたことが、どれほど嬉しかったか。
一緒に笑って、一緒に悩んで、一緒に事件を追いかけて。
そんな何気ない時間が、私にとっては何よりも大切な宝物になっていた。
もし、あの子たちと出会っていなかったら。
きっと私は、今もどこかで一人きりだったのだろう。
そして、こんな恐ろしい光景を目にしたら誰よりも先に逃げ出していたかもしれない。
でも、今は違う。
守りたいものができた。
帰ってきてほしいと願う人ができた。
そして何より、私自身も誰かの力になりたいと思えるようになった。
それは、私にとって何よりも大きな変化だった。
……ねえ、みくる。
……あんな。
二人は、私にたくさんのものをくれたよね。
一人ぼっちだった私に、居場所をくれた。
何もできないと思っていた私に大切な役目をくれた。
そして、誰かのために勇気を出すことが、どれほど尊いことなのかを教えてくれた。
だから今度は、私の番だ。
二人が何度も私を助けてくれたように。
今度は私が、二人を助けに行きたい。
この小さな手でできることが、ほんの少ししかなかったとしても。
その少しを、私は決して諦めたくない。
隣を走るくれあさんも、前を見つめている。
私たちは決して強くない。
けれど誰かを想う気持ちだけは、あの怪物にも負けないと信じたかった。
世界を救うなんて、大それたことは言えない。
街を守るなんて、今の私には到底できないかもしれない。
それでも、たった一人でも大切な人を助けられるのなら。
たった一つでも、誰かの涙を笑顔に変えられるのなら。
そのために、私は何度だって立ち上がりたい。
……きっと、勇気ってそういうものなんだ。
怖くないことじゃない。
絶対に勝てると信じられることでもない。
怖くても、震えていても、それでも誰かのために一歩を踏み出そうとすること。
私はそう思う。
『無茶だなんて、決めつけはなし!』
『私たちの大切な街を、無茶苦茶になんてしてほしくない!』
『決めたはずでしょ…!たとえ特別な力がなくたって、ポチタンを守るって!!』
『お願い……みんな無事でいて!』
そして、その一歩を踏み出そうとしているのは、決して私一人ではない。
同じ想いを胸に抱いた少女たちが、それぞれの場所で、それぞれの大切な人を想いながら、前へ進もうとしている。
今は離れ離れだったとしても。
互いの姿が見えなかったとしても。
その小さな勇気はきっとどこかで繋がっている。
やがて一つになった時、どんなに深い絶望の中にだって、希望の光を灯せるのかもしれない。
……待ってて。
もう少しだから。
私たちも、そこへ行くから。
どれほど絶望的な状況でも、まだ終わりじゃない。
だってあの子たちは諦めていない。
そして、私たちも諦めていないのだから。
世界が恐怖に包まれたその日。
大勢の人々が空を見上げ、絶望に震えていたその時。
ほんの数人の少女たちが、立ち上がろうとしていた。
それは、誰の目にも留まらないほど小さな勇気だったのかもしれない。
けれど、その小さな勇気こそが、やがて世界の運命を変える最初の一歩になるのだと。
私は、信じたかった。
_______________
「あと少し……あと少しで港街の入口にたどり着ける!」
息を切らしながら私たちは必死に走り続けていた。
丘を下り、大通りを越え、ようやく港街へ続く道が見えてきた。
隣を走るくれあさんもかなり疲れているようだった。
肩を大きく上下させ、何度も息を吸い込みながら、それでも足を止めようとはしない。
私だって同じだ。
もう足は重いし苦しい。
それでもここまで来たのだから。
あと少しで、みくるとあんなが戦っている場所へ辿り着ける。
そう思うだけで、もう一度足を前へ踏み出すことができた。
……お願い、みんな無事でいて。
そんな願いを胸に、私たちが走り続けていた時だった。
「ポチィィィィィ~~~!!」
「………?」
どこからか甲高い声が聞こえてきた。
今の声は……?
「何の声……?」
私にはその声に聞き覚えがあった。
いや、聞き覚えがあるどころではない。
何度も事務所で耳にしてきた、あの鳴き声。
「……ポチタン?」
「ポチィィィィィ~~~~~!!!」
また声が聞こえた。
今度は、さっきよりもずっと近い。
声のする方へ顔を向けると、向こうから小さな何かがものすごい勢いで飛んでくるのが見えた。
ポチタンだ。
どうしてこんなところに?
ポチタンはみくるたちと一緒に港へ向かったはずなのに。
そんな疑問が浮かんだのも束の間だった。
「ポチィィィ!!!」
「……!?」
ポチタンが一直線に飛び込んできた。
私の方じゃない。
ポチタンが向かっているのは、隣にいるくれあさん。
そのままくれあさんの胸元へ飛びつく。
突然の出来事に、くれあさんは驚きながらも、どうにか小さな身体を受け止めた。
そして、私は気づいた。
ポチタンの手に、小さな容器が握られていることに。
「え!?あんなちゃんのポーチ!?」
そういえばくれあさんはポチタンのことを、あんなのポーチだと思っていたんだった。
当然、ポチタンが妖精であることも、言葉を話せることも知らない。
「たちゅけて!」
「ぽぽぽポーチが喋った!!?」
……うん、そうなるよね。
普通のポーチだと思っていたものが、突然喋り始めたのだから。
けれどポチタンはそんな反応など気にしていない。
小さな手で握り締めていた容器を、くれあさんの方へ差し出した。
「こうすい!」
「?」
ポチタンの手にある香水で何を伝えようとしているのか理解できずにいるようだった。
『この中にきっと、記憶をなくした名探偵がいるってピンっと来たの!』
……さっきあんなが言っていた言葉。
記憶をなくした名探偵。
その存在を探し続けていた私たち。
ジェット先輩が完成させた、百合の香水。
全てが、今この瞬間に繋がろうとしている。
……ポチタンは、そのためにここまで来たの?
「あんなみくる、たちゅけて!くれあ!!」
ポチタンが必死に訴えかける。
その目には、大粒の涙が浮かんでいた。
小さな身体を震わせながら、何度も何度もくれあさんへ香水を差し出している。
みくるたちは相当危険な状況にいるのだろう。
だからポチタンはエクレールに助けを求めるためにここまで飛んできた。
二人を助けたい、その一心で。
………ただ、そんなに簡単な話じゃない。
香水の香りを嗅いで失われた記憶が戻って、すべて解決する。
そんな都合のいいことが、本当に起こるのだろうか。
もしそれだけで記憶が戻るのなら、こんなに苦労していない。
何より、くれあさん自身が……。
「………私じゃないの。百合の香りをどんなに嗅いでも、名探偵の記憶なんて思い出さないの。ごめんなさい…」
くれあさんは申し訳なさそうに目を伏せていた。
ポチタンが何を求めているのか理解したのだろう。
けれど、期待に応えることができない。
どれほど百合の香りを嗅いでも、失われた名探偵の記憶が戻ってくることはない。
それが、今のくれあさんにとっての現実だった。
……違う、そうじゃない。
私は心の中で必死に言葉を探した。
くれあさんが悪いわけじゃない。
記憶が戻らないからといって、謝る必要なんてない。
だって、あなたは……
「ポチ………」
さっきの勢いが嘘のように、ポチタンの声は弱々しかった。
差し出した香水を握り締めたまま、しょんぼりとうつむいてしまう。
気まずい時間が流れるも、くれあさんは一つの提案をした。
「一緒に探しましょう。一緒に名探偵に香水を届けるの!」
くれあさんの瞳には、もう決意が宿っていた。
自分が探している名探偵ではなかったとしても、みくるたちを助けるために何かをしたい。
だから、一緒に探そう。
その言葉には、そんな想いが込められているように感じられた。
「ポチ!」
先ほどまで涙を浮かべていた小さな顔に、ポチタンも少しだけ明るさが戻ったように見えた。
私は何とも言えない気持ちだった。
あなたは、本当に……。
「くれあさん……名探偵は」
気づけば口が動いていた。
言わなければならない。
そう思った。
だって、私は知っているのだから。
キュアエクレールの正体を。
記憶を失った名探偵が、一体誰なのかを。
そして、その人物が私の目の前にいることを。
……くれあさん。
あなたが探している名探偵は……。
「みのるちゃんも、手伝ってくれる?」
「え……あ……うん」
……言えなかった。
咄嗟に返事をしてしまった私は、そのまま口を閉じた。
くれあさんは、私の返事を聞いて安心したようだった。
けれど私の胸の中には、言葉にできないほど複雑な感情が渦巻いていた。
……どうしてこんなにも言い出しにくいのだろう。
本当のことを伝えればいいだけなのに。
キュアエクレールは、目の前にいるあなたなんだよ。
そう言えばはっきりするはずなのに。
けれど、今のくれあさんは自分がキュアエクレールだったことを覚えていない。
かつて名探偵として戦っていたことも、プリキュアだったことも、何も。
それにその事実を伝えようとすると、どうしても思い出してしまう人がいた。
……かつてキュアエクレールの相棒だった、るるかさん。
くれあさんが記憶を取り戻すことを、必ずしも望んでいるわけではない。
むしろ今のくれあさんのままでいてほしいと願っている。
だから簡単には言えなかった。
もしここで私が真実を告げたら、くれあさんはどうするのだろう。
失われた過去を取り戻そうとするのだろうか。
それとも、何も思い出せないまま戸惑ってしまうのだろうか。
そして、るるかさんは……。
……だめ、考えれば考えるほど言葉が出てこなくなる。
今は一刻も早く、みくるとあんなを助けに行かなければならない。
それなのに、私は目の前にいるくれあさんへ、たった一つの真実を伝えることすらできない。
「……………」
……どうしよう。
このまま黙っていて、本当にいいのだろうか。
でも真実を伝えたところで、くれあさんが記憶を取り戻せる保証なんてどこにもない。
何も知らない彼女を混乱させてしまうだけかもしれない。
……どうすれば。
「大丈夫みのるちゃん?顔色が悪いわよ?」
「……ちょっと疲れただけ」
本当は疲れだけが原因ではない。
頭の中を埋め尽くしている葛藤の方が、ずっと苦しい。
「そう、無理しないでね」
くれあさんは優しく声をかけてくれた。
本当に優しい人だ。
自分だって相当疲れているはずなのに。
そんな彼女を見ていると、ますます本当のことが言い出せなくなってしまう。
……お願いだからそんなに優しくしないで。
私は今、あなたに大切なことを隠しているのだから。
………ドガァァァァン!!
また爆発音が響く。
遠くではまだウソノワールが暴れ続けている。
その巨大な身体が動く度に爆発が起こり、深刻さが増していく。
くれあさんに真実を伝えるべきなのか。
それとも、何も言わないべきなのか。
るるかさんの想いを尊重するべきなのか。
この板挟みのような状況を、一体どうすればいいの!?
考えろ、私。
落ち着いて考えるんだ。
こういう時こそ、持ち前の頭脳を駆使する場面でしょう!?
感情に流されるな。
今ある情報を整理して、最善の選択肢を導き出す。
それが、探偵の助手として私ができることのはずだ。
なのに……何度考えても答えが見つからない。
そんな時………。
「れい!」
ポチタンが突然、前方へ向かって声を上げた。
「……!!ポチタン!!」
「ポチ!」
ポチタンが嬉しそうに反応した。
今聞こえた声ってもしかして…
「れい!?」
向こうにいたのは生徒会長のれいだった。
どうしてこんなところに?
思いがけない人物との遭遇に、一瞬頭の中の葛藤を忘れてしまった。
「れいさんって……」
くれあさんは面識がないため、不思議そうに視線を向けている。
とりあえず今はれいにも状況を説明しないと……そんな場合ですら現実は残酷である。
……ウォォォォォォ!!
何度聞いたかもわからない不気味な咆哮。
その瞬間、周囲の空気が異様な勢いで流れ始めた。
……まずい!!
「危ない伏せて!!」
嫌な予感がして叫んだが、反応する時間もなく、強烈な暴風が私たちへ襲いかかっていた。
「「きゃぁぁぁっ!!?」」
さっきの比ではないくらい身体が大きく揺さぶられる。
まるで見えない巨大な手に押し飛ばされるような風圧だった。
地面に手をついて踏ん張ったものの、風は一向に弱まらない。
髪が激しく乱れ、目を開けていることすら難しかった。
この風のせいで、私たちの希望は容赦なく砕かれることになる。
「ポ~~チィィィ!?」
ポチタンの悲鳴が聞こえ、小さな身体が暴風に煽られて宙へ浮き上がっていた。
そしてその手から……。
……香水の容器が離れた。
小さな瓶が空中へ投げ出され、ゆっくりと弧を描くように落下し始める。
……まずい、あの高さから硬い地面へ落下すれば、確実割れてしまう!
それだけは絶対に避けなければならない。
「ポチタン!!」
「くっ……!!!」
れいは飛ばされていくポチタンへ向かって動く。
暴風に逆らいながら、小さな身体をしっかりと抱き締めた。
ポチタンはれいが守ってくれたけれど、まだ終わっていない。
香水はまだ誰の手にも触れていない。
私はくれあさんとほとんど同時に手を伸ばした。
……お願い、届いて!!
あと少し……あと少しなのに。
指先が落下する容器を追いかける。
なのに身体は思うように動かない。
足を踏み出そうとしても、疲労で動きが鈍くなる。
私は必死に腕を伸ばした。
くれあさんもすぐ隣で手を伸ばしている。
二人の指先が、落下していく小さな瓶へ迫る。
……間に合え。
この香水だけは絶対に失うわけにはいかない。
ジェット先輩はあの香水を完成させるために、どれほどの時間を費やしてきたのだろう。
記憶をなくした名探偵を見つけるための、大切な手がかり。
今、目の前にいるくれあさんが、キュアエクレールであること。
彼女が失ってしまった記憶を取り戻せるかもしれない唯一の希望が、この小さな瓶に詰まっている。
香水を嗅いだからといって、必ず記憶が戻るとは限らなくても、ほんのわずかでも希望が残されているのなら、それを失うわけにはいかない。
私は最後の力を振り絞り、指先を伸ばした。
あと数センチ。
もう少しで、届く。
……けれど………無情にも、香水の容器は私たちの指先をすり抜けた。
……あ
時間が止まったような気がした。
小さなガラス瓶が、ゆっくりと地面へ向かって落ちていく。
私の手はまだ空中に伸ばされたままだった。
くれあさんの指先も、届かなかった。
……待って。
まだ……まだ、間に合うはず……。
しかし、そんな願いも虚しく。
バリンッ………
乾いた音が、耳に届いた。
「……………」
目の前でガラスの容器が砕け散った。
透明な破片が地面に広がり、中に入っていた香水が飛び散っていく。
あれほど大切に運ばれてきた小さな瓶は、もう元の形を留めていなかった。
頭の中が真っ白になっていく。
ジェット先輩が完成させた香水。
ポチタンが、みくるたちを助けるために必死に運んできた香水。
それが私の目の前で……壊れた。
どうして、こんなことに。
あと少しだったのに。
もう少しで手が届いたのに。
砕けた容器の周囲には、こぼれた香水が静かに広がっている。
その光景が、どうしようもなく残酷に思えた。
……ああ。
私の頭の中には、もう何一つ、言葉が浮かんでこなかった。