かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮   作:くぁwせdrftgyふじこlp

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ドキドキ!初めての依頼!

【みのる Side】

 

今日も白い雲と青空の鮮やかなコントラストが、私たちの住むまことみらい市を明るく染め上げている。

 

どこまでも澄み渡る空。穏やかな風。

まるで“事件”なんて言葉とは無縁の世界みたいだ。

 

キュアット探偵事務所が再び立ち上がってから数日。けれど依頼人は一人も訪れていない。静かで、平和で、少しだけ退屈な日々。

 

……まあ、平和な方がいいに決まっている。

 

けれど、怪盗団ファントムがいつまた姿を現すかはわからない。嵐の前の静けさ、なんて言葉もあるくらいだ。

 

「……この辺りは大丈夫かな?」

 

特にやることもなかった私は、玄関の掃除をすることにした。箒を手に、階段を丁寧に掃いていく。

この前大掃除をしたばかりなのに、もう細かい土や砂が目立っている。風に運ばれてくるのだろうか。

 

……定期的にやらないとダメなのかもしれない。

 

箒の先が乾いた音を立てる中、ふと視界の端に人影が映った。

 

「うう……重いなぁ……」

 

顔を上げると、紫色の大きなバッグを抱えた男性がよろよろとこちらへ歩いてくるところだった。

 

バッグはぱんぱんに膨らみ、明らかに重量がある。持ち手を握る腕が震えているのが遠目にもわかる。

しかも、バッグの隅には茶色い染みのようなものがついていた。

 

……何をしている人なんだろう?

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

思わず声をかける。

 

「え、ああ、ちょっと重いだけだから……」

 

そう言ってはいるけれど、どう見ても“ちょっと”ではない。肩が下がり、息も荒い。

心配になって見守っていると、男性は足を止め、小さくつぶやいた。

 

「でも流石に重すぎるな……ちょっと中見てみるか……」

 

「……?」

 

バッグのフラップが開かれる。

 

その瞬間、男性の顔色がみるみるうちに青ざめていく。

 

「じゃっ……じゃがいも!?ええっ!?げ、原稿は?? げーんこ~~う!!」

 

叫び声と同時に彼はその場でぐるぐると回り、まるで何かを探すように周囲を走り回り始めた。

あまりに突然のことに、思考が追いつかない。

 

異様な光景。

これは、ただ事じゃない。

 

「ちょ……落ち着いてください!!何があったんですか!?」

 

必死に呼び止めると、男性は半ば泣きそうな顔で振り向いた。

 

「な、ないんだよ!!原稿が!?」

 

「げ、原稿?」

 

原稿。

 

その言葉が頭の中で反響する。

原稿といっても種類はいろいろある。書類、設計図、漫画、論文……。

 

いや、待って。

 

さっきの叫び方。あの取り乱しよう。

もしかして――盗られた?

 

胸の奥がざわつく。

 

怪盗団ファントム。

 

あの名を思い浮かべた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

もし、また彼らが動いたのだとしたら。

 

ならば――

 

名探偵プリキュアの出番。

 

「もし良かったら、このキュアット探偵事務所の探偵さんに依頼してみてはいかがですか?」

 

そう言って私は事務所の看板を指さした。

 

木製の看板には、堂々とした文字で《キュアット探偵事務所》と書かれている。つい数日前に磨き直したばかりで、太陽の光を受けてきらりと輝いていた。

 

「た、探偵事務所!!」

 

男性はその文字を視界に入れた瞬間、びくりと肩を震わせた。

 

すると…

 

「うう……助けて~!!探偵さあああん!!!」

 

涙ぐみながら、いきなり私の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶってきた。

 

「ちが……私は探偵じゃなくて……待って、目が回るから離して!!……襟が伸びる!」

 

ぶんぶんと視界が左右に揺れる。

デジャヴだ。こういう目に遭うのは2回目の気がする。

 

なんとか男性の手を外し、深呼吸を一つ。

 

「落ち着いてください。ここの探偵事務所の探偵は優秀ですから!」

 

「うう……お願いします……」

 

優秀というか。

 

物理法則を軽々と無視し、最終的には暴力でだいたい解決してしまう、チート級にパワフルで愉快な名探偵プリキュアという一般人からしたら意味不明な存在なのだけれど。

 

……まあ、細かいことは今はいい。

 

まさか一人目の依頼人を、私が案内することになるなんて。

 

少しだけ誇らしい気持ちとほんの少しの不安を胸に、私は拠点部屋の扉の前に立った。

 

そして、勢いよく扉を開け放つ。

 

「依頼人一名様、ご案内!!!」

 

「「「え……」」」

 

「……ポチ?」

 

沈黙。

 

空気が、凍る。

 

三人の視線が一斉に私へ突き刺さった。

 

やめて。

そんな目で見ないで。

 

変なテンションで自滅した私の心がみしみしと音を立ててひび割れていく。

 

「た、助けてええええ!!」

 

背後で男性の悲鳴がこだました。

 

……一人目の依頼が、こんな形でいいのだろうか。

 

勝手に自己反省モードに入る私をよそに、みくるは目を輝かせていた。

 

「うええ!依頼人だああ!!お茶!お茶~!」

 

「と、とととりあえずその前に座ってもらおう!」

 

「え、どこに!?」

 

「あああどうしよう~!!」

 

「ポチ! ポチ!? ポチ~!?」

 

「今のは忘れて!なかったことにして!!」

 

興奮して部屋をぐるぐる回るみくる。

慌てて椅子を引っ張り出すあんな。

頭を抱えてうずくまる男性。

空中をぴょんぴょん跳ね回るポチタン。

そして、誰も聞いていないのに必死に弁明する私。

 

事務所は一瞬で混沌に包まれた。

 

もう、めちゃくちゃだ。

 

そのとき――

 

「おい!みんな落ち着け!!」

 

低く、よく通る声が響いた。

 

「「「「……………」」」」

 

「ポチ」

 

まるで鶴の一声。

 

全員が、金縛りに遭ったかのようにぴたりと静止した。

ポチタンはそっと地球儀の影に隠れる。

 

しん、と静まり返る室内。

 

……本当にこんな調子で大丈夫なのだろうか。

 

一人目の依頼。

前途多難な予感しかしない。

 

私はそっと、ため息を飲み込んだ。

 

 

_______________

 

 

 

「お茶どうぞ」

 

みくるがどこか誇らしげにティーカップをテーブルへ置いた。湯気の立つ紅茶の香りがさっきまでの混沌を少しだけ和らげる。

 

男性はおそるおそるソファに腰を下ろす。

向かい側にみくるとあんながぴたりと並んで座った。背筋を伸ばし、目を輝かせている。

 

私とジェットはソファの後ろに回り、静かに様子を見ることにした。

 

「「わああ……ふふっ……で、どうしました!!」」

 

声が揃う。満面の笑み。

 

「なんで嬉しそうなの……?」

 

困っているのは目の前の彼なのに、二人は“依頼が来た”という事実の方が嬉しくて仕方ないらしい。

 

再始動早々、評判を落とさないでくれ……。

 

私は心の中で必死に祈る。

 

「僕のバッグの中身が、りんごとじゃがいもになっちゃった!!」

 

「え?」

 

「……?」

 

一瞬、空気が止まった。

 

バッグの中に野菜。

 

これまで遭遇してきた怪盗団絡みの事件とは、あまりにも毛色が違う。

 

しかし、あんなとみくるは顔を見合わせると、なぜか勢いよく立ち上がった。

そして同時に名刺入れを取り出す。

 

「探偵の明智あんなです!」

 

「小林みくるです!」

 

ばっ、と派手に彩られた名刺を差し出す。

テーブル越しに、しかも片手。

 

「ああ、はい!よろしく」

 

男性は困惑しながらも、反射的に受け取った。

 

……いやいやいや。

 

順序がめちゃくちゃだし、テーブル挟んで片手で渡してるじゃん!?

 

「名刺を渡した!探偵って感じ!」

 

「やったねみくる!」

 

達成感に満ちた笑顔。

基本的なマナーまで吹き飛んでいる。

 

……いや、待って。

まだ中学生なんだから、名刺交換のマナーを知っている私のほうが変なのだろうか?

 

でも気になるものは気になる。

 

「あの……一応伝えておくけど、名刺は基本テーブルや机を挟まずに、名刺入れの上に乗せて両手で渡すのがマナーだよ……」

 

小声で、さりげなく伝えた――つもりだった。

 

「……え、そうだったの!?」

 

「す、すみません!!やり直します!!」

 

二人が同時にパニックに陥る。

 

「い、いや……僕のことは気にしないで!」

 

男性まで慌て始める。

 

「全く……」

 

背後でジェットが呆れたようにため息をついた。

事務所の空気は相変わらず落ち着きがない。

 

……余計なお世話だったかもしれない。

 

私はそっと口を閉じる。

助手は出しゃばらない。

 

今はとにかく、男性の話を聞くことが先だ。

男性は、背筋を正すと、ぎこちない笑みを浮かべる。

 

「ええ、改めまして。僕は小松崎純一です」

 

緊張を隠しきれない様子で、彼――純一さんは丁寧に頭を下げた。指先がわずかに震えているのが見える。

 

向かいに座っていたみくるが早速メモを取る準備を整え、あんなが質問に入る。

 

「で、バッグがりんごとじゃがいもって?」

 

あんなの問いかけは軽いが、目は鋭い。

 

「うん、気づいたら中身が変わってて……」

 

純一さんは足元に置いていた紫色のバッグをそっと持ち上げ、フラップを開いた。布地がこすれる音が妙に大きく聞こえる。

そして中身をひとつずつテーブルの上へ並べ始めた。

 

ごろり、と鈍い音を立てて転がる野菜。

 

「りんご、じゃがいも、玉ねぎ、パンに……エプロン?」

 

あんなが小首を傾げる。

 

確かに、奇妙な組み合わせだった。

 

しかも状態が悪い。

 

じゃがいもや玉ねぎは芽が伸びきり、りんごはくすんだ色をしている。食パンは袋にも入っておらず、そのまま押し込まれていたのだろう、角が少しつぶれていた。

 

自炊をしている身から見れば、正直言って料理に使える代物ではない。

時間が経ちすぎている。

 

わざわざ用意したにしては妙だった。

 

「元々バッグには何が入ってたんですか?」

 

みくるが真剣な声で問う。

 

「漫画の原稿、あと着替えと……」

 

その瞬間、あんなの目がぱっと輝く。

 

「漫画の原稿!? 漫画家さんなの!?」

 

ぐいっと身を乗り出し、距離が一気に縮まる。

純一さんは一瞬たじろぎ、それから照れくさそうに笑った。

 

「ううん、目指してる最中なんだ」

 

なるほど。

漫画家志望。

 

「原稿を出版社の人に見てもらうために来たんだよ! 認められれば漫画家になれる……いや、絶対なってみせる!!」

 

最後の言葉は、はっきりと強かった。

その瞳には揺るがない決意が宿っている。緊張も不安もあるだろう。それでも、それを押しのけるほどの覚悟。

 

「すごいなー!」

 

あんなが素直に感嘆の声を上げる。

私も、同じ気持ちだった。

 

漫画家。

 

実力がすべての世界。

売れる者と、埋もれていく者。その差は残酷なほど明確だ。

 

それでも、夢を追う。

簡単にできることじゃない。

 

「原稿がないって気づいたのはどこですか?」

 

みくるの次の問いが空気を引き締める。

 

するとなぜか、私の口が先に動いていた。

 

「事務所の外」

 

「「え……?」」

 

二人の視線が、同時にこちらへ向く。

 

しまった。

 

胸の奥がひやりとする。

 

「事務所の外でちょうど純一さんがいたんだよ」

 

取り繕うように言葉を重ねる。

 

「「………………」」

 

沈黙が落ちた。

空気が、わずかに重くなる。

 

またやってしまった。

余計な補足。

 

みくるとあんなが、ほんの少しだけ複雑そうな顔をするのがわかる。

 

私は助手。

 

探偵は2人。

 

私は支える側でいい。

出過ぎて邪魔をしてはいけない。

 

 

_______________

 

 

 

【みくる Side】

 

「ほんとにここなの!?」

 

私は事務所の前の歩道に立ちながらもう一度周囲を見渡した。

 

「そうだよ」

 

純一さんがうなずく。

 

青空の下、まことみらい市はいつも通り穏やかだ。人通りもそこまで多くはない。こんな場所でバッグがすり替わるなんて、にわかには信じがたい。

 

私とあんなは、より詳しく状況を聞くために事務所の外へ出てきていた。

 

「出版社に行く前に気持ちを落ち着かせようと歩いてたらここにいて、それで何かバッグが重いな……と思ったら……」

 

『じゃっ……じゃがいも!?ええっ!?げ、原稿は?? げーんこ~~う!!』

 

「それでみのるが声をかけて今に至ると……」

 

みのるが玄関を掃除していなかったら、純一さんはそのまま通り過ぎていたかもしれない。

 

……みのるのおかげで、キュアット探偵事務所は最初の依頼を受けることができた。

後でちゃんとお礼を言わなきゃ。

 

「バッグの中身が変わるなんて!」

 

純一さんは困り果てている。

 

「うーん……」

 

中身がすり替えられた?

でも、いつ? どこで? どうやって?

 

情報が少なすぎる。今回も少し手こずるかも……と考え始めたとき。

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

純一さんが、肩にかけようとしたバッグの紐と格闘していた。

どうやら頭を通そうとしているが、うまくいかないらしい。

 

「紐、短すぎません?」

 

「あれ?確かに、短くした覚えないのに!?」

 

純一さんも首をかしげる。

 

その瞬間。

あんなの目が、きらりと光った。

 

「……ピンと来た! 中身じゃなくて、バッグそのものが入れ替わったんじゃない?」

 

「えっ?」

 

中身じゃなくて、バッグそのもの?

確かに、紐の長さが違うなら説明はつく。

 

でも――

 

どうやって?

 

あんなに大きなバッグを、誰にも気づかれずに?

 

「まさか……! 間違いなく僕の……あれ?」

 

純一さんが、バッグの隅をじっと見つめる。

 

「なんか汚れてる……」

 

私とあんなも覗き込む。

 

確かに、隅に大きな茶色い染みがついている。さっき事務所で見たときも少し気になっていたけれど、よく見ればかなり目立つ。

色味も不自然だ。

 

こんなにわかりやすい違いなのに、どうして気づかなかったんだろう。

 

焦っていたから?

 

それとも――。

 

「どっかで落としたとか?」

 

あんなが何気なく言うと、

 

「ああ! そういえば、駅前で!」

 

純一さんがぱっと顔を上げた。

 

「?」

 

私とあんなは顔を見合わせる。

 

純一さんは、何かを思い出したように、ゆっくりと口を開いた。

 

駅前で、何があったのか。

事件の糸口が、少しずつ見えてきた気がした。

 

 

_______________

 

 

 

【るるか Side】

 

ウソノワールが、静かに未来自由の書を捲る。

重厚なページがめくられるたび、舞台全体に低く響く音が広がった。

 

そして――

 

ニジー、アゲセーヌ、私の真上に、ぱっとスポットライトが灯る。

 

……何の演出だろう。

 

天井から降り注ぐ白い光に照らされながら、私は小さくため息をついた。

まあ、これもウソノワールの趣味……ということにしておきましょう。

 

やがて未来自由の書が淡く輝き始める。

ページの上に浮かび上がる光の文字。

それは次なるマコトジュエルの在処を示していた。

 

「なるほど……新たなマコトジュエルの在処がわかった」

 

低く、満足げな声が劇場に響く。

 

「ボクが華麗に盗って参ります!」

 

真っ先に声を上げたのはやはりニジー。

きらきらとした笑みを浮かべ、自信満々に一歩前へ出る。

 

「いいや、アゲが行くっしょ!」

 

すぐさま被せるようにアゲセーヌ。

 

「ん?」

 

「アンタは引っ込めって感じ!」

 

火花が散る。

 

……また始まった。

 

前から思っていたけれど、この二人はほぼ毎日のようにこんな口論を繰り広げている。

よく飽きないものね。

 

「それはこっちのセリフだよ、ベイビー!!」

 

「あーあ、また始まった」

 

呆れた声を出すマシュタン。

 

もはや恒例行事。

 

私はその様子を横目に、手に持っていたソフトクリームを一口食べた。

甘さが口の中に広がる。

 

平和……とは言い難いけれど、いつもの光景。

 

そのときだった。

 

「……!」

 

頭上のスポットライトがふっと消える。

代わりに、ステージ中央へ一斉に光が集まった。

 

「待て、待て、待てい! 熱くなるのは結構だがな! 受ける相手が違いやしないか?」

 

天井から桜吹雪が舞い落ちる。

無駄に凝った演出。

 

光の中心に立っていたのは、扇子を構えた一人の男。

 

「その喧嘩、このゴウエモンが預かった!」

 

怪盗団ファントムの一員、ゴウエモン。

 

銀髪に大柄な体格。

顔には歌舞伎風の化粧。

黒のタンクトップに裾を締めたズボン、足元は下駄。

腰には桜のエンブレム。

 

全体的に、和風。

 

良く言えば個性的。

 

悪く言えば――

 

「出た……面倒なのが……」

 

「……うん」

 

マシュタンの呟きに軽く頷く。

 

この怪盗団ファントム、クセの強い人しかいないのだろうか。

 

嫌いではない。

でも、積極的に関わりたいとも思わない。

 

そんな微妙な存在。

 

「ウソノワール様、おまかせください!」

 

「結局キミが行きたいだけだろ」

 

「マジチョベリバ~!」

 

2人から総攻撃を浴びても、ゴウエモンは首を横に振る。

 

「違う! 新人のためだ! 連れていって、怪盗のいろはを教えてぇんだよ!」

 

ぱしり、と扇子がこちらを向いた。

 

……新人。

 

つまり、私。

 

怪盗団ファントムに入ってまだ日が浅い。

ニジーやアゲセーヌのように、単独で任務をこなしたことはまだない。

 

なぜかゴウエモンは、そんな私をやたら気にかけている。

 

「オレの背中を見て学ぶと良い!」

 

正直――あまり興味はない。

 

「余計なお世話なんだけど!」

 

マシュタンが小声で毒づく。

 

怪盗のいろは、と言われても。

見ていればだいたい何をすればいいかはわかるし、そこまで複雑なことでもない。

 

けれど。

 

「往け! ゴウエモン、キュアアルカナ・シャドウ!」

 

ウソノワールの声が、劇場を震わせた。

 

キュアアルカナ・シャドウ。

それは、私のもう一つの名。

 

プリキュアとしての姿。

 

「ライライサー!」

 

「「「「ライライサー!!」」」」

 

唱和が響き渡る。

 

出撃命令が下った以上、従うしかない。

私はゆっくりと立ち上がった。

 

溶けかけたソフトクリームを食べきり、

 

そして、静かに息を吐く。

 

――さて。

 

今回は、どんな舞台になるのだろうか。

 

 

_______________

 

 

 

【みくる Side】

 

まことみらい市の中央にある駅前広場。

 

人の流れは途切れることなく、改札から吐き出される波のように広場へ広がっていく。買い物袋を提げた人、スマホを見ながら歩く人、急ぎ足の会社員。

 

ここは人通りが多いぶん、スリなどの被害もごく稀に起きる場所だと聞いたことがある。

 

油断はできない。

 

「そうだ、ここだよ!ここで向こうから走ってきた人とぶつかって、バッグを落としたんだ!」

 

純一さんが地面を指さした。

 

「それってもしかして!」

 

あんなの目がきらりと光る。

さっきから彼女の推理モードが止まらない。

 

「純一さんとその人がぶつかったときに、偶然バッグが入れ替わって、そのまま持ち帰っちゃったとか?」

 

「なるほど!それありえるかも!」

 

確かに、見た目がまったく同じバッグだったら――

ぶつかった拍子に入れ替わっても、気づかない可能性はある。

 

盗まれたわけじゃない。

双方が気づかずに、相手の私物を持ち帰ってしまったパターン。

 

「ぶつかった人はどんな人でした?」

 

よし、ここからは私の出番。

特徴さえわかれば、似顔絵を描ける!

 

警察がよくやっているみたいに、目撃情報をもとに顔を再現する。私だってやれる!

 

「うーん、覚えてないなぁ……」

 

「「うう……」」

 

あんなと私の声が重なる。

 

空振り。

特徴がわからないと、描きようがない。

 

となると――バッグの中身から相手を辿るしかないのか。

そう思って頭を抱えかけた、そのとき。

 

「そのバッグ、さっき同じのを持ってる人が来たよ」

 

「お?」

 

声の主は、近くのベンチにペンキを塗っていた作業員姿のおじいさんだった。

 

「間違えて持っていったお兄さんを探してた」

 

「えっ!」

 

「あんなの推理、当たってた!」

 

「うん!」

 

「へへっ!」

 

あんなと私はこっそりハイタッチ。

やっぱり入れ替わりだったんだ!

 

しかも、相手も気づいて探しに来ていたなんて。

 

「その人、どこですか?」

 

「さあ、あっちの方へ行ったけど……」

 

おじいさんが指さしたのはレストランやお店が多く並ぶ方向。

でも、それだけじゃ広すぎる。

 

「どんな人でした?」

 

今度はおじいさんに特徴を聞く。

 

「えっと……若い女の人で、こんな眼鏡で……髪型はこんな感じで……」

 

身振り手振りを交えながら説明してくれる。

私はすぐにプリキットブックを開き、ペンを走らせた。

 

さらさらと線を重ねていく。

眼鏡の形、前髪の分け目、輪郭、雰囲気――

 

よし、いける。

 

「できた!ズバリ……この人ですね!!」

 

自信満々に掲げた。

 

「この人……!??」

 

純一さんとあんなが、なぜか微妙な顔をする。

ちょっと口元が引きつってない?

 

でも――

 

「おお! 彼女だ!!」

 

おじいさんは即答だった。

 

「「えええええ!?」」

 

「伝わってる!?」

 

「流石……!」

 

二人が目を丸くする。

 

ふふん。

私の才能、計り知れないでしょ?

 

よし、やることは決まった。

 

「探しに行きましょう!」

 

あとはこの女性を見つけて、バッグを交換するだけ。

 

事件はシンプル。

私たちは似顔絵を手に、駅前の人混みの中へと駆け出した。

 

 

_______________

 

 

 

【みのる Side】

 

「全く……ジェット先輩も人使い荒いんだから……」

 

ため息まじりの独り言が春の空気に溶けていく。

 

今の私の任務――買い出し。

 

理由は単純明快。

行けるのが私しかいないからだ。

 

みくるとあんなは事件の捜査中。

ジェット先輩は研究室にこもり、道具の改良やら開発やらに没頭している。

 

そして私に向けられたあの一言。

 

『お前、暇だろ。買い出し頼んでもいいか?』

 

暇って何だ、暇って!

 

「何が助手だよ!? 全然助手っぽくないじゃないか!! 私は家政婦じゃないんだよおおおおお!!!」

 

思わず絶叫。

春の穏やかな街並みに、私の魂の叫びが響き渡る。

 

「ママー! あのお姉ちゃん、何か叫んでるよー!」

 

「こら、見ちゃいけません!」

 

……。

 

親子連れの視線が、痛い。

 

「……っ~~!?/////」

 

顔が一気に熱くなる。

 

なんで私はいつもこうなんだろう。

最近特に、立場が微妙な気がする。

 

あんなが来てから、みくるはあんなと一緒にいることが増えた。

 

ずっと隣にいたのは、私だったはずなのに。

 

……いや、あんなは悪くない。

悪いのは、きっと私のこの器の小ささだ。

 

「はあ……」

 

とにかく、買い出しを済ませないと誰もご飯を食べられない。

それはそれで大問題だ。

 

まあいいか。

お金は事務所の経費だし、無駄遣いさえしなければ問題ない。

 

そう自分に言い聞かせ、私は近くのスーパーへと足を運んだ。

 

自動ドアが開いた瞬間――

 

「うわ、寒っ」

 

外は春の陽気でぽかぽかしていたのに、店内はひんやりとした空気に包まれている。

 

野菜、果物、飲み物、日配食品、精肉、鮮魚。

 

冷蔵ケースがぐるりと店を囲んでいるせいで、常に冷気が漂っているのだ。

 

夏場は避暑地。

冬場は地獄。

 

今は春だから、まあ……我慢できる範囲。

 

買うのは、野菜や卵などの食品。

人数が増えた分、いつもの倍近くは必要になる。

 

かごを手に取り、慣れた足取りで店内を回る。

 

(ほうれん草、きゅうり、もやし、にんにく、じゃがいも……)

 

商品を手に取り、ぽんぽんとテンポよく放り込んでいく。

考え事をしていても、買い物の手際だけはいい。

 

気づけば、じゃがいもと玉ねぎが山積みにされたコーナーにたどり着いていた。

ごろりと転がる丸いフォルム。

土の匂いがかすかに残る野菜たち。

 

「やっぱりスーパーにあるのはどれも状態が良いから安心だね」

 

手に取ったじゃがいもは傷も少なく、ずっしりと重い。

スーパーの商品はどれも新鮮で、痛みがほとんどない。

 

徹底された品質管理。

 

さすがだ。

 

……。

 

袋に詰めながら考える。

私は助手なのか、買い出し係なのか。

 

いや、きっとどっちもなんだろう。

研究を支えるのも、みんなの生活を支えるのも、役目には違いない。

 

「はあ……仕方ないか」

 

小さく呟き、玉ねぎをかごに入れる。

 

じゃがいもを袋に詰めながら、ふと脳裏に浮かんだのは――さっき聞いたあのバッグの中身だった。

 

(確か……じゃがいも、玉ねぎ、りんご、食パン、エプロン……だったよね?)

 

ごろりと転がる野菜たちを見つめながら、私は考える。

 

みくるたちが今追っている、あの“バッグ入れ替わり事件”。

 

純一さんはバッグそのものについて、特に違和感を口にしていなかった。

だとすれば可能性は二つ。

 

中身だけを抜かれたか。

それとも――見た目がまったく同じバッグが、丸ごと入れ替わったか。

 

ただし。

 

バッグの隅には茶色い染み。

そして中身はどれも奇抜で、状態もあまり良くない。

 

(いや……そもそも、食べるために買ったわけじゃないかもしれない……)

 

そこで、私は視点を変えた。

 

時間が経った野菜そのものではなく――

注目すべきは、食パンとエプロン。

 

しかもあのエプロン、普通の調理用ではなかった。

デニム生地。厚手で丈夫そうな作り。

 

料理というより――

 

(あれは、絵を描くときに使うエプロン……!)

 

思考が一気に繋がる。

ならば、じゃがいもや玉ねぎ、りんごは?

 

(デッサン用のモチーフ……!)

 

形が単純で陰影がわかりやすい野菜や果物は、静物デッサンの定番だ。

 

そして――食パン。

 

あれも食材とは限らない。

 

木炭デッサンでは、消しゴムの代わりに食パンを使うことがある。

柔らかくて紙を傷つけにくい。

油分が少ないから、拭き取っても油染みにならない。

 

“消しパン”と区別するために“食パン”という名前が生まれた――なんて伝承があるくらいだ。

 

「……なら、純一さんのバッグを持っている人は、絵を描いている人!」

 

小さく呟く。

全てが繋がった。

 

……でも。

 

私は手を止めた。

 

あの二人は、この真相に気づけただろうか?

 

「……私、携帯もプリキットボイスメモも持ってないから連絡手段ないし……」

 

仮にあったとしても。

私は探偵じゃない。

 

名探偵は、みくるとあんな。

二人が解決することに意味がある。

 

それに――答えがわかったところで、もし怪盗団ファントムに狙われたら敵うわけもない。

 

「……今は買い物を続けよう」

 

そう自分に言い聞かせ、じゃがいもをいくつかかごに入れる。

 

けれど、胸の奥がざわつく。

やっぱり気になる。

 

純一さんのバッグがありそうな場所――

 

(そういえば、少し離れた場所に絵画教室があったよね……)

 

帰り道の途中だ。

買い物が終わったら、少し様子を見るくらいならできるかもしれない。

 

そう思った瞬間。

 

「……うお!?」

 

「え、あっ、すみません!!」

 

前を見ていなかった。

考え事に夢中になりすぎて、前方の利用客にぶつかってしまう。

 

今日は本当に不運だ。

胸の鼓動を落ち着けながら、私は軽く頭を下げる。

 

……また何か起きる前に早く確認して帰ろう。

 

冷えた店内の空気が、妙に現実的に感じられた。

 

 

_______________

 

 

 

【るるか Side】

 

高層ビルの屋上から見下ろす街は、まるで小さな箱庭のよう。

 

行き交う人々。

絶え間なく流れる車列。

信号待ちをする学生、笑い合う親子、急ぎ足の会社員。

 

それぞれの、何気ない日常。

 

「未来自由の書によると、今回のマコトジュエルのヒントは……『紫の包みに入った夢が詰まった四角いもの』」

 

隣でゴウエモンが腕を組む。

 

「紫の包み……風呂敷か?」

 

だから高い場所に移動して、紫色のバッグを探しているというわけね。

 

見つけられるのかと思ったけど……案外あっさりと見つけた。

 

「……バッグ」

 

「……ん?」

 

視線を落とす。

 

絵画教室の校舎付近。

一人の男性が、紫色のバッグを抱えて歩いているのが見えた。

 

そして、その近くには――

 

名探偵プリキュアのあの二人。絵画教室と書かれた看板と、その校舎の前で配られている紙を受け取っていた。

 

そして道行く人に声をかけている。聞き取り調査かしら。

 

「お! あれは……」

 

ゴウエモンも気づいたらしい。

 

「獲物を発見! 新人、オレの華麗な手捌きをよーく見ておきな!」

 

「プリキュアが……」

 

いるから気をつけた方がいい、と言いかけた時にはもう遅い。

彼は屋上の縁を蹴り、軽やかに下へと跳んでいた。

 

……迂闊。

 

敵陣に正面から突っ込んでどうするの。

 

仕方なく私は後を追う。

加勢はしない、ただの見学。

それで十分。

 

「見つけたぜ、紫の包み!」

 

突如、三人の前に堂々と現れるゴウエモン。

 

「!!?」

 

男性もプリキュアの二人も、目を見開く。

 

無理もない。

変装もなしに怪盗団ファントムが出てくるのだから。

 

「そのバッグ、いや……マコトジュエルを置いていってもらおうか!」

 

「マコトジュエルって……」

 

「怪盗団ファントム!?」

 

プリキュアの二人は即座に反応した。

 

……まあ、あの格好では隠しようもない。

 

「か、か、怪盗団!?」

 

男性は明らかに動揺している。

 

「漫画の原稿が入ったバッグを見つけるの!」

 

「だから絶対渡さない!!」

 

プリキュアの二人が男性を庇うように前へ出る。

 

なるほど。

 

“夢が詰まった四角いもの”。

 

漫画の原稿、というわけ。

 

「熱いね~! 熱くて茹で上がっちまいそうだ!

だが、相手が悪かったな!!」

 

ゴウエモンが扇子を一振りする。

瞬間、激しい桜吹雪が巻き起こった。

 

「「「ううっ!?」」」

 

視界を覆う花びらの嵐。

三人が怯んだ、その一瞬。

 

「ああ!!」

 

「頂いていくぜ!」

 

「待て!!」

 

一気に距離を詰め、バッグを掴む。

 

……怪盗というより、ほとんど強奪。

 

そのまま全速力で駆け出し、建物の陰へと姿を消していく。

 

……これが、“いろは”?

 

私にやり方を教えると言っていたけれど。

正直、かなり荒っぽい。

変装を駆使するニジーやアゲセーヌの方が、まだ怪盗らしい。

 

「私たちのこと忘れてるわね……」

 

マシュタンも呆れ顔。

 

「……多分、私のところに来るから大丈夫」

 

ああ見えて、後輩思い。

適当に移動しても私の居場所くらい察するだろう。

 

私は見学を終え、踵を返す。

 

 

_______________

 

 

 

「ん?」

 

「よっと」

 

軽い着地音。

予想通り、ゴウエモンは屋根の上からひらりと舞い降りて私のいる路地へと軽々と降り立った。右手には、しっかりと紫のバッグ。

 

……仕事だけは早い。

 

「どうだ? これが怪盗の仕事よ!」

 

自信満々に胸を張る。

 

けれど正直、あまり参考になるやり方ではなかった。

 

怪盗というより、ほとんど正面突破の強奪。

 

しかも、白昼堂々プリキュアの目の前で。

 

名探偵、と名乗るくらいなのだから、追跡手段くらい持っているはず。

この前見かけた白衣姿の少年――どう見ても発明家の雰囲気だった。

 

「で、マコトジュエルは?」

 

マシュタンの声。

 

「よっこらせっと……」

 

ゴウエモンが座り込んでバッグを開く。

私もマシュタンも、同時に中を覗き込んだ。

 

――中身は。

 

「丸いもんばっかりだ……お、四角い! こいつか!」

 

「……ただの食パン」

 

「ハズレね……」

 

芽の生えたじゃがいも。

しなびかけた玉ねぎ。

鮮度が落ちてるりんご。

パサパサの食パン。

そしてエプロン。

 

どれも、マコトジュエルが宿っていそうな雰囲気はない。

 

「……ああ。あ、そういや奴ら、漫画の原稿が入ったバッグを見つけるとかって……」

 

さっきの言葉を思い出したのか、ゴウエモンが呟く。

私は無言でエプロンを取り出し、そっと指で触れた。

 

デニム生地。

厚く、絵の具が染みても問題なさそうな素材。

 

(……なるほどね)

 

一瞬で理解する。

 

けれど――

 

背後から、はっきりと感じる気配。

 

来る。

 

まだ、私の姿を見られるわけにはいかない。

私はマシュタンを抱き上げ、その場を静かに離れた。

 

「な、おい! どこ行くんだよ!? ……近頃の新人は……ん?」

 

次の瞬間。

 

「「うわあああああっ!?」」

 

「うわぁっ!?」

 

空気を切り裂く音。

 

上空から急降下してきた二つの影が、突如として地面に現れたクッションのような光る物体へ着地し、そのまま軽やかに地面へと降り立つ。

 

……やっぱり。

 

何かしらの道具を使っている。

 

「か、返して! 漫画の原稿を探すんだから!」

 

青いスカートの少女が、まっすぐゴウエモンへ迫る。

 

「ははーん? わかったぞ、なるほどな!」

 

「あ!」

 

何度も繰り返される“漫画の原稿”という言葉。

それが決定打だった。

 

ゴウエモンは持っていた紫のバッグを少女へ向かって放り投げる。

少女は慌てて、しかし大切そうに受け止めた。

 

「おそらくマコトジュエルは、その漫画の原稿に宿っている!」

 

「「え!」」

 

怪盗団ファントムが先にマコトジュエルの在処を特定したという事実に、二人の顔にはっきりとした驚きが浮かぶ。

 

そしてゴウエモンは高く跳び上がった。

 

「どっちが先に見つけるか勝負だ! 名探偵!」

 

また桜吹雪が舞う。

視界を覆う花びらの中で、彼の姿は掻き消えるように消えた。

 

……怪盗どころか、やり方は強盗。

挙げ句の果てに、プリキュアと競争。

 

怪盗のいろはを教えるとは、一体何だったのか。

 

私は薄暗い路地の奥から、静かにため息をついた。

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