かわいいホームズの親友ちゃんは、相棒の座を奪われて焦心苦慮 作:くぁwせdrftgyふじこlp
怪盗団の陰謀
【ジャックSide】
夕暮れの繁華街。
行き交う人々の喧騒に紛れながら、私は目の前に現れた人物だけを見ていた。
まさか、こんなところで再会することになるなんて思ってもいなかった。
そもそも、彼は今頃日本から遠く離れた場所で活動しているはず。
「デッチ・アゲイン、あなたロンドンのキュアット探偵事務所の本部を担当してたんじゃないの?」
「そっちの方は大方計画通りに進んでいるよ。日本にいるキミ達が結構手こずっているって聞いたから駆けつけたのさ」
「それはどうも」
随分と余裕そうだ。
こちらがどれほど面倒な状況に陥っているのか、ちゃんと理解しているのだろうか。
いや、彼のことだからある程度の事情は既に把握しているのかもしれない。
「こっちは随分と興味深いことになってるね。キュアエクレールが復活したと…」
「そう、プリキュアという邪魔者が増えたあげく、戦闘力の高いエクレールが加わってもっとめんどくさくなった」
思い出すだけで頭が痛くなる。
あの戦いで見せたキュアエクレールの圧倒的な速度と攻撃力。
暴走したとはいえ、ウソノワール様を相手に翻弄するかのように戦っていた姿は鮮明に覚えている。
ミスティックとアンサーの実力が上がっているというのに、あんな戦力まで加わってしまった。
本当に面倒なことこの上ない。
「エクレールくらいならジャックでも戦えるんじゃない?」
「簡単に言わないでくれる?」
私だって簡単に負けるつもりはない。
けれど、実際に戦ったわけでもない相手を軽く見積もるほど、私は楽観的じゃない。
「キミの潜在能力は目を見張るものがある。ファントムにとってはなくてはならない存在だ」
自分の実力を評価されるのは悪い気分じゃないけれど、彼に言われるとどうにも素直に受け取れない。
「そう言うあなたも厄介な能力を持ってるじゃん。一番敵に回したくないタイプだよ」
「オレの実力を認めてくれて嬉しいよ」
「褒めてない」
まったく、どこまで本気で言っているのやら。
こちらの皮肉すら称賛の言葉であるかのように受け取ってしまう。
調子狂うなぁ……。
そもそも、わざわざロンドンから日本まで来たということは、単なる様子見では済まないはずだ。
何かしらの目的があるに違いない。
「それで、あなたがここに来たわけだけど何するつもりなの?全員で探偵事務所をカチコミするわけじゃないよね?」
「その通り」
「その通りなの??」
冗談半分で言ったつもりだったのに、そんなあっさり肯定されても困るんだけど。
「エクレールは名探偵プリキュアになり立てでまだ実戦経験が少ない。これ以上成長を続けて手がつけられなくなるよりはマシだろう」
彼の言い分にも一理ある。
キュアエクレールの戦闘能力は既に相当なものだ。
あれでまだ実戦経験が少ないというのなら、これから経験を積んだ時にどれほどの脅威になるのか、想像するだけでも厄介になる。
ミスティックとアンサーも戦う度に成長しているのを考えれば、今のうちに叩いておくという考え方自体は間違っていない。
「それはそうだけど、いきなりすぎない?」
だけどいくらなんでも唐突だ。
こちらにはこちらの事情があるし、何より怪盗団ファントムには守るべき方針がある。
力任せに敵の拠点へ押しかければいいというものではない。
「でもちょっと内容は違うかな?そのまま突撃しても演出的に面白くないだろう?」
なるほど、ただ正面から攻め込むつもりではないらしい。
演出という言葉を使うあたり、彼なりに何か考えているのだろう。
だがその具体的な内容まではまだわからない。
気になるのは彼の作戦そのものよりも、それが怪盗団ファントムの目的に沿ったものなのかということだ。
私たちは単にプリキュアを倒すためだけに活動しているわけじゃない。
ウソノワール様にはウソノワール様なりの美学がある。
それを無視して勝手に動くわけにはいかない。
「ウソノワール様はどう思ってるの?マコトジュエルじゃなくて単に特攻するだけならウソノワール様の美学に反する行為だけど」
「もちろんマコトジュエルも兼ねてね。実はキミに合う前に一度ウソっちに顔を出したのさ。その時に未来自由の書から複数のマコトジュエルの場所を示す予言が一度に現れた」
デッチ・アゲインは私と会う前に既にウソノワール様と接触していたらしい。
それにしても未来自由の書から複数の予言が同時に現れるなんて。
これまで私たちは、未来自由の書に記された予言を頼りにマコトジュエルを探してきた。
けれど、一度に複数の場所が示されるというのはほんの数回しかないため珍しい。
それだけ多くのマコトジュエルを手に入れる機会が訪れたということなのだろう。
「複数のマコトジュエルが一斉に?チャンスなのは確かだけど、プリキュアが黙ってるはずがないよ」
当然あの名探偵たちが逃すはずもない。
複数の場所を同時に狙うとなれば、こちらも相応の戦力を割かなければならない。
「そこで演出を考えたのさ。オレの能力を使って、幹部総出で散らばっているマコトジュエルを移動時間を無視して一網打尽にする。そしてまたオレの能力を使えば、プリキュアに遭遇することもない」
……それなら理屈は通る。
彼の能力を利用すれば、各地に散らばったマコトジュエルを効率よく回収できるだろう。
しかもプリキュアとの戦闘すら避けられる可能性があるというのなら、作戦としてはかなり合理的だ。
ただし、それはあくまで効率だけを考えた場合の話。
「作戦は悪くないけど、それもウソノワール様の美学に反する」
私たちは怪盗団ファントム。
ただ目的の物を奪えばいいというわけではない。
華麗に盗み出して相手を欺く。
それこそが怪盗としての美学であり、ウソノワール様が重んじているものだ。
いくら便利な能力だからといって、それに頼りきってしまうのはどうなのだろう。
「まあまあ、今回くらいはオレたちファントムの実力を見せつける良い機会じゃないか。ウソっちに注意されたら能力は使わない。これでどうだい?」
……相変わらず軽いなぁ。
ウソノワール様のことを平然と『ウソっち』なんて呼ぶところも含めて本当に変な人。
けれど今回の作戦が成功すれば、複数のマコトジュエルを一度に確保できる。
怪盗団ファントムにとって大きな成果になることは間違いない。
それに最終的な判断を下すのは私ではない。
「はぁ……別にいいよ。いいかダメかはウソノワール様が判断することだし。で、いつやるの?」
「明日」
「明日ぁ!?」
……ちょっと待って、明日?
いくらなんでも急すぎるでしょ。
まだ作戦の詳しい内容すら聞いていないというのに、もう実行するつもりなのか。
「プリキュアが成長する前にって言っただろう?」
言ってたけど翌日とは思わないじゃん。
彼の行動力には感心するべきなのか、それとも呆れるべきなのか。
「ニジーたちには話したの?」
「もう話はつけてある。全員最初はジャックと同じ反応をしていたけど、今回くらいならって承諾したから問題はない」
……ああ、つまり私が最後だったわけね。
それにしてもニジーたちまで同じ反応をしたというのは少し面白い。
さすがに突然すぎると思ったのだろう。
最終的には全員承諾したらしいけど。
「仕事は早いね」
ロンドンから日本にやって来て、ウソノワール様に顔を出し、他の幹部たちと話をつけ、最後に私のところへ来る。
これだけのことを既に済ませているのだから、行動力だけは本当に大したものだ。
「最後に言っておくけど、マコトジュエルの一つはキュアット探偵事務所にある。そこをキミに任せたい」
……へぇ。
ここまで話を聞いて、ようやく最初に彼が言っていたことの意味を理解した。
マコトジュエルの回収と、プリキュアへの襲撃。
その二つを同時に行うつもりなのだ。
よりにもよって私の担当がキュアット探偵事務所とは。
随分と面倒な場所を任せてくれるじゃん。
「だからカチコミを兼ねてるんだね」
「どう?満足した?」
作戦の意図は理解できた。
マコトジュエルの回収を目的としながら、プリキュアの戦力がこれ以上強化される前に仕掛ける。
悪くない。
けれど、計画というものは実行してみなければわからない。
「満足かどうかは実際にやってみないとわからないよ」
「慎重だね。そういうの、嫌いじゃないよ」
……またそういうことを言う。
別に気に入られたくて言っているわけじゃないんだけど。
明日、キュアット探偵事務所へ向かう。
突然決まった話ではあるけれど、作戦の内容は理解した。
あとは実行するだけだ。
「あっそ。ま、作戦は頭に入れておくよ」
「頼んだよ」
私はその言葉に返事をせず、デッチ・アゲインに背を向けた。
……まったく、ただでさえ面倒なことが山積みだというのに、また一つ仕事が増えてしまった。
けれど、やると決まった以上は手を抜くつもりもない。
問題は、あのプリキュアたちがこちらの思惑通りに動いてくれるかどうか。
………デッチ・アゲイン
右目の下にある泣きボクロと、目を引く白髪が特徴的な青年。
常に冷静で、どこか掴みどころのないミステリアスな雰囲気を漂わせている。
左目にはモノクルを掛け、身に纏っている象牙色のコートも相まって、一見すると西洋の貴族を思わせるような出で立ちだ。
けれど、そのコートの下に着ているのは明治時代の書生を彷彿とさせる羽織袴のような和服。
西洋の優雅さと日本の伝統を巧みに組み合わせた、まさに和洋折衷という言葉が似合う装いだった。
そして、胸元には一輪のオレンジ色の百日草を模したブローチ。
百日草は彼が最も好んでいる花であり、その鮮やかな橙色は落ち着いた色合いの衣装の中でも存在感を放っている。
相変わらず、妙に洒落た格好をしているものだ。
デッチ・アゲインは、私たちと同じ怪盗団ファントムの幹部に名を連ねている。
ただし、その立場は他の幹部たちとは少々異なる。
彼はウソノワール様と旧知の仲であり、組織内での発言力も極めて大きい。
実質的にはウソノワール様と同格、あるいは怪盗団ファントムのナンバー2と呼んでも差し支えないほどの立ち位置にいる。
つまり、こうして私と気軽に会話を交わしているものの、本来なら私たちよりも格上の存在なのだ。
……まあ、本人があんな調子だからあまり上下関係を意識することもないんだけど。
それに、彼が特別扱いされる理由は、その立場だけではない。
何より厄介なのが、彼自身の持つ能力だ。
その名も、「空間移動」。
物体や生物を問わず、対象を強制的に別の場所へ瞬間移動させるという、極めて強力な能力である。
単純に考えれば、これほど盗みに向いている能力もないだろう。
盗みたい物を瞬間移動させれば、わざわざ警備を突破する必要もない。
仮にプリキュアが現れたとしても、戦闘になる前に逃げてしまえばいい。
……ただそこまで都合のいい能力ではないらしい。
空間移動にはいくつかの制約が存在する。
まず、物体や一般人を瞬間移動させるためには、あらかじめ対象の近くに一定時間留まり、嘘の力で染め上げておく必要がある。
つまり、目に入った物を片っ端から好きな場所へ飛ばせるわけではない。
対象を十分に染め上げる前にプリキュアと遭遇してしまえば、瞬間移動による回収や撤退は難しくなる。
そのため、能力だけを頼りにマコトジュエルを奪い、プリキュアとの接触を完全に避けるというのは、実際にはそう簡単な話ではないのだ。
しかし、その制約には例外がある。
デッチ・アゲイン自身と、私たち怪盗団ファントムの幹部たちだ。
私たちに限っては、事前に嘘の力で染め上げる必要がなく、どれほど遠く離れていようとも自由に瞬間移動させることができる。
例えば敵に包囲されたり追われていても、一瞬で別の場所へ移動できる。
逆に、離れた場所にいる仲間を呼び寄せれば、瞬く間に戦力を集中させることも可能になる。
戦闘中に位置関係を自在に変えられるということは、敵の攻撃を回避するだけでなく、予想外の方向から反撃することさえできるということ。
私たち幹部全員がその恩恵を受けられるのだから、戦術的な価値は計り知れない。
正直、敵に回したくない能力の筆頭だ。
……しかし、怪盗団ファントムにはさっきも言ったがウソノワール様が掲げる美学がある。
華麗に、そして優雅に盗む。
それこそが、私たち怪盗団ファントムの在り方なのだ。
空間移動を使ってマコトジュエルを回収するだけでは、その過程を丸ごと省略してしまうことになる。
それでは怪盗としての美学も何もあったものではない。
だからこそ、私を含めた他の幹部たちも、彼の能力を積極的に利用することにはあまり乗り気ではなかった。
もちろんマコトジュエルを一刻も早く集めたいという気持ちはある。
ウソノワール様の目的を果たすためにも、効率よく回収できるに越したことはない。
けれど、私たちはウソノワール様に仕える身。
その美学に背いてまで成果を求めるというのは、どうにも納得できない。
……でも今回ばかりは少し事情が違う。
デッチ・アゲインが提案した、幹部総出によるマコトジュエルの一斉回収作戦。
私も最初は反対した。
あまりに唐突だったし、彼の能力に頼るという方針も気に入らなかった。
けれど、冷静に考えれば悪い話ではない。
何しろ、今のプリキュアたちは以前とは比べものにならないほど力をつけている。
あの戦闘力を目の当たりにした以上、これ以上の成長を許すのは得策ではない。
いつまでもあの名探偵たちに好き勝手させておくのも癪だ。
こちらが手をこまねいている間に、さらに力をつけられて私たちを超えられたらたまったものじゃない。
ウソノワール様の美学を尊重する気持ちは変わらない。
けれど、今回の作戦が怪盗団ファントムにとって大きな転機になる可能性もある。
複数のマコトジュエルを一度に奪い、プリキュアたちに私たちの実力を思い知らせる。
その機会が目の前に転がっているのなら、利用しない手はないだろう。
これまで何度も邪魔されてきた名探偵たちに、今度はこちらから仕掛けることになる。
考えてみれば、なかなか面白いじゃない。
当然油断するつもりはない。
相手がどれほど成長していようと、こちらにも相応の実力がある。
怪盗団ファントムの斬り込み役として、簡単に後れを取るわけにはいかないのだ。
あの名探偵たちにも、そろそろ思い知らせてやらないとね。
_______________
【あんなSide】
激戦の終わった夜。
キュアット探偵事務所には穏やかな時間が流れていた。
今日のポチタンは大活躍だったから、きっと疲れてしまったのだろう。
みくるの膝の上で小さな身体を丸め、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
時折、小さな寝息を立てながら身体をもぞもぞと動かす姿は本当の赤ちゃんみたいだ。
他の妖精たちも既に別の部屋で休んでいる。
私たちはくれあさんを交えて、これまでの出来事について話し合っていた。
キュアエクレールとしての記憶を取り戻したとはいえ、くれあさんが知らないことはまだたくさんある。
特に、私が今置かれている状況については、きちんと説明しておかなければならない。
突然未来からやって来たなんて話を聞かされれば、誰だって混乱するはずだから。
「ポチタンが、あんなちゃんをタイムスリップさせたってこと?」
私自身、最初は自分が20年以上も過去の世界に来てしまったなんて信じられなかった。
「ああ、ポチタンは時空の妖精だからほぼ間違いないと思う」
あの日、私をこの世界へ連れてきたポチタン。
どうして私だったのか。
どうして20年以上も昔の世界だったのか。
聞きたいことは山ほどある。
「理由を聞きたいけど、今はまだ赤ちゃんのままだし…」
ポチタンはまだ本来の姿に戻っていない。
言葉も十分に話せない状態では、あの日何があったのかを詳しく聞き出すことなんてできない。
「それにいくら時空の妖精でも、一度に20年以上も移動したのはかなり特異なんだ」
ジェット先輩の説明に、私は改めて事の重大さを感じた。
言葉にするのは簡単だけど、それだけの時間を一瞬で飛び越えてしまったのだ。
時空を移動する妖精であっても、それは普通では考えられないことらしい。
「力を使いすぎたから赤ちゃんになったわけじゃないってこと?」
みのるが疑問を口にした。
大きな力を使った反動で赤ちゃんになってしまったのだと。
けれど、それだけでは説明できない何かがあるのかもしれない。
「その可能性もあるが、ポチタンが話せるようにならない限り、この謎が解けるのはまだ難しいか……」
……元の世界。
私が本来いるべき未来。
そこには私が過ごしてきた日常がある。
だけど、今の私にはまだ帰る方法がわからない。
この世界に来てからみくるたちと一緒にたくさんの事件を解決してきた。
大変なこともあったけれど、楽しい思い出だってたくさんできた。
それでも、いつかは元の世界に帰らなければならない。
その方法がまだ見つかっていないという現実は、やっぱり不安だった。
そんな私の気持ちを察したかのように、みくるが静かに口を開く。
「約束したの…必ずあんなを元の世界に戻すって。だから私たちは…」
みくるはやっぱり覚えていてくれてる。
私と交わした、あの依頼を。
「諦めない、だろ。難しいのは確かだが、きっといつか解決できるはずだ」
「ジェット先輩……!」
そうだ、まだ何もわかっていないからといって、諦める必要なんてない。
私たちはこれまでだって、たくさんの難事件に立ち向かってきたんだから。
「課題は山積みね。それでも一つずつ落ち着いてこなしていけば大丈夫だから。私も名探偵プリキュアとしてみんなを助けたい」
くれあさんの優しい笑顔を見ていると、不思議と安心できる。
キュアエクレールとして復活したばかりなのに、もう私たちのことまで考えてくれている。
これからは、くれあさんも一緒に事件を解決していく仲間なんだ。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
「私はプリキュアみたいに戦えないけど、できることを探してサポートできるようにするから、力を合わしていこう」
「うん!」
続いてみのるもそう言ってくれた。
みのるは名探偵プリキュアじゃない。
それでも私たちを助けてくれた。
今日だって危険を顧みずに行動してくれたおかげで、くれあさんはキュアエクレールとして復活することができたのだ。
戦えるかどうかなんて関係ない。
みのるも、私たちにとって大切な仲間なんだから。
一人では解決できない問題も、みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられる。
不安が完全になくなったわけじゃない。
だけど、こうして一緒に考えてくれる仲間がいる。
それだけで、今は十分に心強かった。
「他にもくれあに共有した方がいい情報とかはあるか?」
「重要かどうかはわからないけど、一つだけいいかな?」
ジェット先輩の問いかけに応じるように、みのるが口を開いた。
彼女がわざわざ話題にするということは、何か気になることでもあるのだろうか。
「何かあるの?」
「どう話していいか難しい内容なんだけど、私……最近変な夢を見ることがあるんだ」
「変な夢?」
少し意外だった。
夢なんて誰でも見るものだけど、みのるがこうして話題にするくらいだから、きっと普通の夢とは何か違うのだろう。
「例えばどんなの?」
「私が記憶を失った時の病院のこととか、知らない女の子と家の後ろにある見覚えのない百合の花畑で一緒にいたこと」
……病院と、百合の花畑?
まるで繋がりのない二つの光景。
病院については、みのるの過去に関係しているのかもしれない。
でも、知らない女の子と百合の花畑というのは、一体どういうことなのだろう。
「みのるちゃんも記憶がないの!?」
そういえば、くれあさんにはまだ詳しく説明していなかったかもしれない。
くれあさん自身も記憶を失っていたから、みのるの話には特に驚いたのだろう。
「両親がいないことはくれあさんも聞いてたと思うけど、実は小学生の頃から前の記憶がないの」
「そんなことが……」
改めて考えると胸が痛くなる。
自分がどこで生まれて、どんな幼少期を過ごしてきたのか。
そんな大切な記憶が失われているなんて、どれほど不安なことだろう。
けれど、みのるは私たちの心配を和らげるように明るい声を出した。
「今はそこまで深刻に考えてないから大丈夫だよ!」
そう言って微笑む姿は、いつものみのるそのもの。
……本当に大丈夫なのかな。
少しだけ気になったけれど、今は彼女の言葉を信じることにした。
「病院……はみのるが記憶を失った時の過去の体験として、知らない女の子と百合の花畑はなんなんだ?」
ジェット先輩の言う通り、そこが一番気になるところだ。
病院の夢なら過去の記憶が断片的に蘇っている可能性も考えられる。
でも、知らない女の子と百合の花畑については、手掛かりがあまりにも少ない。
「全くわかりません」
「だろうな」
あまりにもあっさりとしたやり取りに思わず苦笑してしまった。
本人にもわからないのだから、私たちが今すぐ答えを出せるはずもない。
「その百合の花畑って、ガーデンにある百合と同じ?」
……あっ、そうか。
ガーデンに咲いている百合。
くれあさんが記憶を取り戻すきっかけにもなった、あの美しい花。
同じ百合なら、何か関係があるのかもしれない。
「夢だから正確には覚えてないけど、白い百合なのは間違いないよ。ただ家の後ろには森しかないはずだし、夢の中の花畑は一つだけ黒い百合が咲いていて、その女の子と花言葉について話してた」
黒い百合……?
白い花が一面に咲き誇る中に、たった一輪だけ黒い百合。
その光景を想像すると、何だか不思議な感じがした。
「黒い百合なんてあるんだ…」
白やピンクの百合なら見たことがあるけれど、黒い百合なんてあまり馴染みがない。
「ジャックの頭にいつもついてるだろ」
そういえばそうだった。
ジャックの頭には、いつも黒い百合のような髪飾りがついている。
何度も戦っている相手なのにすっかり忘れていた。
でも、こうして考えると、どうしてジャックは黒い百合を身につけているのだろう。
単なる好みなのか、それとも何か意味があるのか。
「その黒い百合の花言葉。あまり良くない意味だった気がするけど…」
みのるも夢の中で女の子と花言葉について話していたと言っていたけど、どんな意味があるのだろう。
「愛、恋、呪い、復讐」
……えっ?
最初の二つはともかく、後半の二つは随分と物騒な言葉だった。
愛や恋と、呪いや復讐。
同じ花なのに、まるで正反対の意味が込められているなんて。
「恋の途中で何があったんだよ」
愛や恋から突然呪いや復讐になるなんて極端すぎる。
けれど、みのるが夢の中でその花言葉について話していたということは、何か特別な意味があるのかもしれない。
「百合の畑の場所とか、女の子がどんな人物かも知らないの?」
「知らない。記憶が戻ったら思い出すかもだけど」
夢の内容だけでは場所も人物も特定できない。
もしそれが失われた記憶の一部なのだとしたら、みのる自身が何かを思い出さない限り、真相に辿り着くのは難しそうだ。
「うーん……」
今の情報だけでは、どうしても繋がりが見えてこない。
「ねえ。今日はもう遅いから、次の日にまたじっくり考えた方が良いわ」
時計に目を向けると、もう随分と遅い時間になっていた。
今日はいろいろなことがありすぎたし、みんな疲れているはず。
「そうね。夜更かしは身体に毒、気にはなるけど健康第一が一番だから」
みくるの言う通りだ。
無理して考え続けても、いい答えが浮かぶとは限らない。
だけど、ここまで聞いてしまうとどうしても続きが気になってしまう。
「うーん、不完全燃焼」
せっかく重要そうな情報が出てきたのに、何もわからないまま終わってしまうなんて。
探偵としてはどうにも落ち着かない。
「仕方ないさ、まだ時間はあるからじっくり考えていこう」
……そうだよね。
焦ったところで、失われた記憶が突然戻ってくるわけじゃない。
少しずつ手掛かりを集めていくしかないんだ。
「本当に深刻に捉えなくていいよ。隠し続けるのも良くないかなって、一応みんなに伝えておいただけだから」
みのるはいつもの落ち着いた口調でそう言った。
自分の過去に関わることなのに、私たちが心配しすぎないように気遣ってくれているのかもしれない。
そんなみのるを、みくるがじっと見つめている。
「……………」
「?」
何かを考えているような、真剣で不安な表情。
しばらくするとみくるはふっと表情を和らげた。
「話してくれてありがとう。みのるの記憶も戻るように、私たちも頑張らないと!」
私が元の世界へ帰る方法を探しているように、みのるにも取り戻したい過去がある。
そして、くれあさんの記憶を取り戻すことができたように、みのるの記憶だっていつかきっと取り戻せるはずだ。
「私もみんなの助けになるのなら協力するわ」
記憶を失っていた経験があるくれあさんだからこそ、みのるの気持ちを理解できる部分もあるのかもしれない。
私も負けていられない。
今はまだ手掛かりが少なくても、みんなで協力すればきっと何かが見つかる。
だって、私たちは名探偵プリキュアなんだから!
「みんなで力を合わせれば恐いものなんてないしね!」
「ほんと調子いいんだから」
ジェット先輩が呆れたように言うも、その声はどこか優しかった。
こういう時こそ、前向きに考えないと!
そんな私たちのやり取りを見ていたみのるが、小さく笑みをこぼした。
「……ふふっ」
みのるの夢について何も解き明かすことができなかった。
それでも、みのるが自分から話してくれたことはきっと大きな一歩だったと思う。
一人で抱え込まず、みんなで考える。
それができるだけでも、少しずつ前に進めるはずだから。
私はみのるの穏やかな笑顔を見つめながら、いつか彼女が失われた記憶を取り戻せる日が来ることを、心の中で願っていた。
_______________
みんなとの話し合いを終え、そろそろ寝る準備をしようと思っていた頃。
廊下を歩いていると、玄関の方から微かに物音が聞こえてきた。
こんな時間に誰だろう?
気になって玄関を覗いてみると、そこにはあんながいた。
出掛けるわけではないらしく、靴を脱いだまま玄関にしゃがみ込んでいる。
その視線の先にあったのは、いつも履いている一足の靴だった。
みくるが小遣いを使ってあんなに買ってあげた靴。
未来からこの世界へやって来たばかりのあんなにとって、あの靴は特別な思い出の品なのだろう。
「……あんな?こんなところで何してるの?」
「あ、みのる。ずっと同じ靴を履いてたから汚れちゃってて……」
よく見てみると、靴の表面には薄い汚れがついていた。
靴底の縁にも土埃が残っているし、ところどころに擦れたような跡もある。
探偵の依頼があれば街中を走り回り、事件に巻き込まれることだってある。
それだけ使っていれば、汚れるのも当然だろう。
「買ってもらった時からずっと履いてたもんね」
「うん……みくるが買ってくれた、大切な靴だから」
あんなは靴を見つめながら、嬉しそうに微笑んだ。
……そっか。
あんなにとって、この靴はただの履き物じゃないんだ。
突然知らない時代に飛ばされて、右も左もわからなかったあんな。
そんな彼女にみくるが買ってあげた靴には、きっと私が想像する以上の思い出が詰まっているのだろう。
だから汚れてしまったことが気になっているのかもしれない。
私もあんなの隣にしゃがみ、靴の状態を確かめた。
……うん、これくらいなら綺麗にできそうだ。
「明日私が洗ってあげるから、もし外出するなら私の予備の靴をつかってよ」
「えっ!?いいの?」
「もちろん。もし依頼があって外に出ることになったら、靴が乾くまで履けないと困るでしょ?」
最初の時みたいにまた素足のままそとを歩くのはよろしくない。
怪我もするしきっと痛いだろう。
「でも、みのるに悪いよ……」
「気にしなくていいよ。私は買い出しに行くくらいだし」
あんなは少し迷うように靴と私の顔を交互に見た。
こういう時くらい遠慮しなくてもいいのに。
「それに、せっかくみくるに買ってもらった靴なんだから、大切にしたいでしょ?」
「……うん!」
その表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう、みのる!じゃあお願いしてもいい?」
「うん、任せて」
あんなは靴を持つと、丁寧に向きを揃えて玄関に置いた。
その仕草だけでもどれほど大切にしているのかが伝わってくる。
綺麗にしてあげないとね。
明日はみくるとあんなも探偵の仕事があるかもしれないし、私は夕食の準備もする予定だ。
少し忙しくなるかもしれないけれど、靴を洗うくらいなら大した手間じゃない。
それにあんなが喜んでくれるなら、それで十分だ。
「じゃあ、そろそろ寝よっか」
「そうだね!おやすみ!」
「おやすみ、あんな」
私たちは玄関の明かりを消し、並んで廊下を歩く。
背後には綺麗に揃えられた一足の靴。
みくるからあんなへ贈られた、大切な思い出の品。
……明日、ちゃんと洗ってあげよう。
あんながこれからも、あの靴を履いて笑顔で歩いていけるように。
そんなことを考えながら、私は自分の部屋へと戻っていった。
_______________
翌日
「今日は雲が多いなぁ……」
空を見上げると、灰色がかった雲が一面に広がっていた。
昨日までの晴れやかな空とは打って変わって、今日はどこか薄暗い。
雲の隙間から時折差し込む陽光も、すぐに隠れてしまう。
あんなの靴を洗い終え、買い出しからの帰り道。
私は一人、キュアット探偵事務所へと向かっていた。
出かける前にはみくるやあんなと一緒にいたが、本当に探偵の依頼が入ってきたらしく、二人はそちらへ向かうことになった。
その時のあんなは私の予備の靴を履いて出ている。
私はというと、夕食の準備をするために一足先に帰ることにした。
くれあさんはパティシエの仕事があるし、ジェット先輩もお菓子の買い出しに出掛けるらしい。
つまり、しばらくの間は事務所には私一人しかいないことになる。
……珍しいな。
いつも誰かしらがいて、賑やかな声が絶えないあの場所で一人きりになるなんて。
一人の時間というものは、状況によって好きにも嫌いにもなる。
昔は一人でいることが当たり前だった。
誰かと一緒に過ごすことなんてほとんどなかったし、それを寂しいと感じることすら少なくなっていた。
でも、今は違う。
みくるやあんな、ジェット先輩たちと出会ってから、誰かと一緒に過ごす時間が当たり前になっていた。
だからこうして一人で歩いていると、少し不思議な気分になる。
……まあ、今は悪くないかな。
誰にも邪魔されず、自分のペースで過ごせる時間。
たまにはこういう日があってもいいだろう。
それに夕食の準備という仕事もある。
みんなが帰って来る前に、ある程度済ませてしまおう。
そんなことを考えながら、私は事務所へと続く道を歩いていった。
やがて見慣れた建物が視界に入る。
いつも通りの外観。
何も変わらない、私たちの大切な居場所。
私は玄関の前に立った。
「ただいま~」
誰もいないのに、つい言ってしまった。
すっかり癖になっているらしい。
苦笑しながらもジェット先輩から預かっていた鍵を取り出した。
鍵穴に差し込み、回すとカチャリと小さな音がする。
扉を開けると同時に、頭上のドアベルが軽やかな音を奏でた。
チリンチリン……。
その音だけが、静まり返った事務所に響く。
静かだなぁ。
いつもならみくるの明るい声や、あんなの元気な返事が聞こえてくる。
ジェット先輩が何かの作業をしていたり、ポチタンが事務所の中を動き回っていたり。
そんな光景が当たり前になっていたから、誰もいない事務所は少し寂しく感じられた。
でも、同時に懐かしさもある。
私たちが来る前、まだプリキュアがいなかった頃の静かなキュアット探偵事務所。
あの頃も、きっとこんな空気が流れていたのだろう。
……さて、感傷に浸っている場合じゃない。
私は玄関を閉めると、いつもの拠点となっている部屋へ向かった。
扉を開け、レジ袋を所定の場所に置く。
まずは台所へ行って夕食の準備を始めよう。
そう思って身体の向きを変えた時だった。
「フィールドに入れたり、ウソノワール様を相手にただの人間が扱えないはずのプリキットを使いこなしたり、本当に人間なのかな?」
「!!!?」
突然聞こえてきた声に全身が硬直した。
誰もいないはずの部屋。
その中から、聞き覚えのある声がした。
いや……聞き覚えがあるどころじゃない。
恐る恐る振り返った瞬間、心臓が大きく跳ねた。
そこにいたのは、黒い百合を頭に飾った少女。
ジャックがソファの上でくつろいでいた。
「この事務所、警備が甘すぎるんじゃない?こんなんじゃ出入りし放題だよ」
ジャックはまるで自分の部屋にでもいるかのように、平然とした言動でこちらを見ていた。
その余裕たっぷりの表情が、余計に私の警戒心を強める。
「ちゃんと戸締まりしてたのに……!!」
鍵は掛かっていた。
さっき私が開けたばかりなのだから間違いない。
「私は怪盗だよ?この程度で入れなかったら怪盗なんて名乗ってないから」
確かに、相手は怪盗団ファントムの幹部。
普通の鍵なんて、彼女にとっては何の障害にもならないのかもしれない。
でも、ここは私たちの大切な事務所だ。
既に何回かファントムの幹部に侵入を許している。
勝手に入られていい場所じゃない。
今のところ、ジャックが攻撃してくる様子はない。
けれど、油断は禁物だ。
相手は、プリキュアですら簡単には太刀打ちできないほどの実力者なのだから。
「な、何しに来たの……?」
「何しにって……この事務所にマコトジュエルがあるからに決まってるでしょ?」
「え……マコトジュエルが?」
この事務所に?
そんな話、聞いていない。
私が必死に考えを巡らせていると、ジャックは手元にある物へ視線を落とした。
「この靴、明智あんなが履いてるみたいだけど、相当大切に扱ってるみたいだね」
「その靴!?」
その靴は、あんながいつも大切にしている、ピンク色の靴だ。
私が洗ったはずの靴が、ジャックの手に渡っている。
しまった……完全にタイミングが悪すぎた。
みくるがあんなのために買ってあげた、大切な贈り物。
あの靴にマコトジュエルが宿っていた……!
考えれば予測できたことなのに……やってしまった。
「それはみくるに買ってもらった、あんなの大切な靴なんだよ!」
未来から突然この世界にやって来たあんな。
そんな彼女にとって、みくるから贈られた靴は単なる履き物なんかじゃない。
彼女の大切な思い出の品なのだ。
「大丈夫大丈夫。私は物を盗らずにマコトジュエルだけを盗むから、この靴はそのまま残る。これでいいでしょ?」
……違う、そういう問題じゃない。
ジャックは何でもないことのように言いながらあんなの靴に手をかざすと、靴から淡い光が浮かび上がる。
それは徐々に一点へと集まり、やがて小さな結晶の形を成していった。
あんなの大切な靴に宿っていたマコトジュエルが、ジャックの手によって取り出されてしまったのだ。
「何も良くないよ……」
「なんで?」
ジャックは不思議そうに首を傾げる。
本当にわからないのだろうか。
物さえ残っていれば、それでいいとでも思っているのだろうか。
……そんなわけない。
「大切な想いが込められたマコトジュエルを盗むのは、人の気持ちを考えずに踏みにじるのと一緒だよ。そんな説明であの二人が納得すると思う?」
あんながどんな気持ちで大切に履いていたのか。
その想いをジャックは何も考えていない。
靴そのものが残っていたとしても、そこに宿っていた大切な想いを奪われてしまったら、同じことだ。
そんなの、絶対に許せない。
「……プリキュアみたいなこと言うんだね、あなたも」
……プリキュアみたい、か。
変身することもできなければ、みくるやあんなのように怪盗と互角に戦う力もない。
それでも、大切な人の想いを守りたいという気持ちは同じだ。
プリキュアじゃないからって、黙って見過ごすことなんてできない。
「取り返したければ好きにどうぞ。ただの人間が私相手に取り返せるならね」
ジャックは余裕の表情を崩さない。
当然だ。
彼女と私の実力差なんて、考えるまでもない。
真正面から戦ったところで勝ち目なんてない。
それでも……あれは、あんなの大切な靴に宿っていたもの。
みくるとあんなの絆が形になったような、大切な結晶だ。
それを、こんな形で奪われていいはずがない。
……どうする?
みくるもあんなも、今は探偵の依頼で出掛けている。
くれあさんもジェット先輩もいない。
助けを求められる相手は、ここには誰もいない。
今、この場所にいるのは私とジャックだけ。
力では敵わない。
逃げるにしても、相手が簡単に見逃してくれるとは限らない。
考えろ、今の私にできることは何?
どうすれば、あのマコトジュエルを取り返せる?
「あ、でもあなた……普通の人間とは少し違うみたいだし、きっと特別な力が眠ってたりして?」
ジャックは何かを思いついたように笑みを浮かべた。
……特別な力?
突然そんなことを言われても、私には何のことだかわからない。
私はプリキュアしか入れないはずのフィールドに入れたり、プリキットライトを使えたり……。
だけど、それが特別な力なのかどうかなんて私自身にもわからないのだ。
そんなことを考えていた瞬間、ジャックの手が突然私の腕を掴んだ。
反応する間もなく、強い力で身体を引っ張られる。
「痛い!離して!!」
咄嗟に抵抗するも、ジャックはまるで意に介さない。
そのまま私の身体を強引に引き寄せると、もう片方の手を添え、まるで社交ダンスでも踊るかのような体勢に持ち込んだ。
……ち、近い!!
目の前にはジャックの顔。
ほんの少し顔を動かせば触れてしまいそうなほどの至近距離。
彼女は楽しそうに笑っている。
私がどれだけ抵抗しても、びくともしない。
「ここからどうするのかな?今は頼みの綱であるプリキュアも妖精もいないみたいだし、このままじゃマコトジュエルを盗られちゃうよ~ほらほら頑張らないと~」
完全に遊ばれている。
わざと挑発するような口調も、余裕たっぷりの表情も、全てが私を見下しているように感じられた。
「バカにしないでよ!!」
私は力いっぱい腕を振りほどこうとした。
けれど……動かない!
どれだけ身体に力を込めても、ジャックの拘束はまったく緩まない。
腕だけじゃない。
肩も、腰も、足も。
まるで全身を金属の枠に固定されているかのような感覚。
自分の身体なのに、自由に動かすことすらできない。
……何、この力……!?
私が必死になって抵抗しているというのに、ジャックは少しも力んでいる様子がない。
これが、プリキュアたちと互角以上に渡り合ってきた怪盗の実力……。
悔しい、ただ腕を掴まれているだけなのに何もできない。
「さて、あなたをいじってばかりだとプリキュアが来ちゃうから、そろそろおいとましますか……」
……待って、このまま帰られたらマコトジュエルが……!
「くっ………」
どうすればいい?
どうすれば、あんなの大切なマコトジュエルを取り返せる?
「こんにちはー。ごめんなさい!少し遅くなっちゃったけど、新作のスイーツが完成したから良かったら試食してみて!」
「「!!」」
突然、事務所の入口から明るい声が響いた。
その声に私とジャックは同時に顔を向ける。
そこに立っていたのは、くれあさんだった。
どうやら仕事を終え、新作のスイーツを持ってきてくれたらしい。
けれど、部屋に入ったくれあさんは、その場でぴたりと動きを止めた。
「……………」
「へぇ……キュアエクレールのお出ましねぇ」
ジャックの声色が変わった。
さっきまでの人をからかうような態度はそのままだけど、目つきには警戒が宿っている。
……くれあさんは、もう普通のパティシエじゃない。
記憶を取り戻し、再びプリキュアとして覚醒したキュアエクレールなんだ。
「くれあさん!!」
「っ!!」
私は助けを求めるように叫ぶと、その声にくれあさんが動いた。
私の声に反応するや否や、迷うことなくジャックへ向かって飛び出したのだ。
狙いは、ジャックが持っているマコトジュエル。
「おっと!」
しかし、ジャックも即座に反応した。
くれあさんの動きを察知すると、素早く身を翻して距離を取る。
「くれあさん、どうして中に?」
「ジェット先輩が私に合鍵を貸してくれたの。いつでも事務所に来て良いって」
「そうだったんだ……」
ジェット先輩、いつの間に合鍵を渡してたんだろう?
でもナイスジェット先輩!!
「あなた、怪盗団ファントム!!」
くれあさんが鋭い視線を向ける。
その表情は、さっきまでの穏やかな笑顔とは違った。
「そう、私はジャック。怪盗団ファントムの怪盗の一人」
ジャックは余裕たっぷりに名乗った。
相手がキュアエクレールだとわかっているはずなのに、まったく怯む様子がない。
「どうして事務所に入ってきてるの?」
「くれあさん!ジャックはあんなの靴にあったマコトジュエルを狙ったんだ!」
私は慌てて事情を説明する。
くれあさんの視線が、ジャックの手元へ向かう。
ジャックの手元には、あんなの靴から取り出されたマコトジュエルが握られている。
「キュアット探偵事務所に入るのはこれで2回目だけど、本当に警備が緩くて助かるよ。無駄に力があるくせに、警戒心の欠片もないのがよくわかる」
またそんな言い方を……!
まあ……事務所の警備が十分だったとは言えないかもしれない。
でも、それとプリキュアたちの力は関係ない。
みくるも、あんなも、くれあさんも。
みんな誰かを守るために戦っている。
その力を無駄だなんて、絶対に言わせたくない。
「なんですって?」
くれあさんの声が低くなった。
その表情から、先ほどまでの柔らかさが消えた。
「私たちの力は無駄じゃない。あなたたちの歪んだ目的と平和な世界を守るために必要なのよ」
穏やかで優しい彼女が、今は一歩も引かない強い意志を見せている。
けれど、ジャックも負けていない。
「度重なる名探偵プリキュアの妨害に、ウソノワール様の我慢はもう限界なの。マコトジュエルをもっと集めないと、ウソノワール様の理想の世界が手に入らない。だから私たちも何度でもマコトジュエルを手に入れる。名探偵の理屈なんて正直に言って邪魔。じゃあね」
そう言って、ジャックは立ち去ろうとした。
このまま行かせたら、あんなのマコトジュエルが奪われてしまう。
私は声を上げようとした。
けれどそれよりも早く、くれあさんが口を開いた。
「……行かせるわけないでしょ」
静かな声。
怒鳴っているわけでも、感情を爆発させているわけでもない。
それなのに、そこには絶対に退かないという強い意志が込められていた。
くれあさんはジャックを逃がさないと言いたげに真っ直ぐ見ている。
一方のジャックも足を止めた。
そして、ゆっくりと振り返る。
「ふっ………まさかこんな形で最強の名探偵と戦えるなんて。一筋縄じゃいかなそうだけど、どのくらいなのか試してみるのも良さそうだね」
……ぞくっ。
背筋に冷たいものが走った。
ジャックの口元には笑みが浮かんでいる。
けれど、その瞳は笑っていなかった。
さっきまで私をからかっていた時とは全く違う。
目の前にいる相手を、初めて本当の敵として認識したかのような鋭い眼差し。
対するくれあさんも一歩も引かない。
二人の視線が真正面からぶつかり合う。
その間に目に見えない火花が散っているかのようだ。
おぞましいほどのこの空気。
さっきまで普通の事務所だったはずなのに、今は息をすることさえ躊躇ってしまうほどの緊張感に包まれている。
怪盗団ファントムの中でも突出した戦闘力を誇る幹部、ジャック。
そして復活したばかりとはいえ、あの暴走したウソノワールを圧倒したキュアエクレールのくれあさん。
どちらも並の相手では太刀打ちできないほどの実力者。
そんな二人が、今まさに衝突しようとしている。
……だけどここ事務所の中なんだけど!?
机、椅子、棚、食器、調度品。
普段から私たちが使っている、生活に必要な物ばかりだ。
ここで本気の戦闘なんて始まったら、一体どうなるのか考えたくもない。
この二人が室内で戦い始めたら……。
(ま、まずいよ……これは……)
私はただ、みんなが帰ってくる前に夕食の準備をしようと思っていただけなのに。
事務所には怪盗が侵入し、あんなの大切なマコトジュエルが奪われ、強者の二人が睨み合っている。
二人の間に漂う空気は、今にも爆発しそうなほど張り詰めていた。
どちらかが少しでも動けば、戦いが始まってしまう。
お願いだから事務所だけは壊さないで……!!
※デッチ・アゲインの能力が強すぎるので、少しだけナーフしてあります。(今後のアニメの展開で修正する可能性あり)