自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第84話 正義の検事と灰色の特効薬

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.。

 ホワイトハウスの地下深く、地図に載らないセキュア・ルームでの会談は、次期大統領キャサリン・ヘイズにとって、彼女のこれまでの価値観を粉々に打ち砕く凄惨な通過儀礼(イニシエーション)となっていた。

 

 現職のウォーレン大統領、CIA長官エレノア・バーンズ、そしてタイタン・グループの次期総帥であるノア・マクドウェル。

 この三人が構築した「ディープステート(影の政府)」の存在を突きつけられ、大統領の権限すら及ばない「暗部」があることを知らされた彼女の胸中には、深い絶望と元連邦検事としての激しい怒りが渦巻いていた。

 

「……目を背けろ、ですって?」

 

 キャサリンは震える声で、ウォーレンを睨みつけた。

 彼女の拳は白く握りしめられ、その指先が小刻みに震えている。

 

「私に国民を欺けと言うのですね。

 表舞台で正義のヒロインを演じながら、裏で貴方たちが非合法な手段で世界を操るのを黙認しろと。

 ……そんなこと、できるはずがありません。

 私はアメリカ合衆国大統領になるのですよ?

 国家の最高司令官として、全ての情報の開示を要求します」

 

「キャサリン。

 君はまだ分かっていない」

 

 ウォーレンは彼女の怒りを、冷水を浴びせるように静かに受け止めた。

 その顔には、理想主義を掲げる若き後継者に対する憐れみと、冷徹な現実主義者の諦観が入り混じっている。

 

「君が知るべき情報と、知るべきでない情報がある。

 ……だが、君がそこまで『最高司令官としての責任』を主張するのであれば、まずは『出していい情報』から開示しよう」

 

 ウォーレンはエレノアに目配せをした。

 エレノアは無表情のまま頷き、手元のタブレットを操作して、部屋の壁面に設置されたモニターを起動した。

 

「ヘイズ次期大統領」

 

 エレノアの氷のような声が、静かな部屋に響く。

 

「貴女は選挙戦において、『軍の極秘治験薬の不正流出』を激しく糾弾し、正義を叫びました。

 我々はそれをスケープゴート(目くらまし)だと言いました。

 ……では、その『本物の極秘技術』とは何なのか。

 まずはこちらをご覧ください」

 

 モニターに映し出されたのは、中東の荒涼とした砂漠地帯で撮影された米軍特殊部隊の戦闘記録映像(ガンカメラ・フッテージ)であった。

 映像は激しい銃撃戦の最中から始まる。

 画面の端で、一人の米兵が敵の機関銃の掃射を浴びて倒れ込むのが見えた。

 防弾ベストを貫通し、胸部と腹部から鮮血が噴き出している。

 誰の目にも即死か、それに近い致命傷であることは明らかだった。

 キャサリンは思わず顔を背けそうになったが、元検事としての矜持が彼女の目を画面に釘付けにした。

 

 だが、その直後。

 倒れた兵士の傍らに別の兵士が駆け寄り、懐から取り出した「灰色のインジェクター」を傷口に直接突き立てたのだ。

 プシュッという微かな音と共に、灰色の泡が傷口を覆い隠す。

 そして——。

 

「……なっ」

 

 キャサリンの口から、言葉にならない息が漏れた。

 映像の中で、兵士の裂けた腹部の肉が、まるで生き物のように蠢き、瞬く間に塞がっていく。

 大量に出血していたはずの傷口が、わずか数分のうちに完全に塞がり、傷跡すら残らない状態へと再生したのだ。

 そして、死の淵にあったはずの兵士は苦痛の表情を消し去り、力強く立ち上がると、再びライフルを構えて戦闘に復帰した。

 

「……まさか」

 

 キャサリンはモニターにすがりつくように身を乗り出した。

 彼女の法的な常識も、科学的な常識も、全てが崩壊していく音がした。

 

「外傷を……一瞬で治癒する……?」

 

 彼女は呆然と呟き、エレノアを振り返った。

 

「どうなってるの……?

 これは映画の特殊効果か何かですか!?」

 

「いいえ。

 現実(リアル)です」

 

 エレノアは冷徹に断言した。

 

「これが我々が管理している本物の極秘技術……『バンドエイドMK3』。

 外傷治療に特化したナノマシン・テクノロジーの結晶です」

 

「ナノマシン……」

 

「ええ。

 細胞の修復を原子レベルで強制的に行い、さらに神経伝達を遮断して痛覚を無効化し、人工赤血球によって酸素を全身に供給する。

 ……この薬が1本あれば、兵士は文字通り『死の淵から即座に蘇る』ことができます」

 

 エレノアはタブレットの画面を切り替え、一枚のグラフを表示させた。

 そこには、ここ1年間の米軍の損耗率データが示されていた。

 

「このバンドエイドMK3のおかげで、アメリカ軍の特殊部隊(SOCOM)が展開する世界中の紛争地域における、ここ一年の死者数は……『0(ゼロ)』です」

 

「……0!?」

 

 キャサリンは目を見開いた。

 

「ええ、0です」

 

 エレノアは淡々と事実を述べる。

 戦争において「死者がゼロ」などという事態は、人類の歴史上あり得ない。

 いかに圧倒的な戦力差があろうとも、偶発的な事故や被弾による犠牲は避けられないのが常識だ。

 だが、この薬はその常識を完全に破壊した。

 撃たれても治る。

 手足を失いかけても接合できる。

 即死で頭部を吹き飛ばされない限り、彼らは何度でも立ち上がり、戦い続けるのだ。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 キャサリンは震える足で後ずさりし、再びソファにへたり込んだ。

 彼女が糾弾していた「軍の汚職スキャンダル」など、この現実の前では児戯に等しい。

 こんな魔法のような薬が実在し、実際に米軍の兵士たちを不死身の怪物に変えている。

 もしこの事実が世間に公表されれば、世界中の軍事バランスは崩壊し、倫理的な大論争が巻き起こるだろう。

 「なぜ全ての患者を救わないのか」「なぜ兵器として使うのか」。

 大衆の怒りと欲望は、もはや抑えきれないレベルで爆発するはずだ。

 

「……これを誰が開発したのです?

 アメリカの技術力で、このような神の御業を成し遂げられるとは思えません」

 

 キャサリンは乾いた唇を舐めながら尋ねた。

 

「ある同盟国から貸与されたテクノロジーです」

 

 エレノアが短く答える。

 

「同盟国とは?」

 

「……それはまだ知らない方がいい」

 

 ウォーレン大統領が低い声で遮った。

 その口調には、「これ以上踏み込むな」という明確な警告が含まれていた。

 日本。

 その名を口にすることは、彼らが抱える最大の弱点を晒すことに等しい。

 

「ともかく、このテクノロジーによって特殊部隊の死者数は0です。

 ……だが、表向きにはこの事実は『ないこと』になっています」

 

 ウォーレンは、まるで子供に世界の残酷な真実を教え諭すように静かに語りかけた。

 

「カルテは改竄され、負傷兵たちは『奇跡的な自然治癒』や『秘密の最新医療』で助かったと信じ込まされている。

 部隊の指揮官たちには絶対の口外禁止令が敷かれ、この薬の存在を知る者は軍の最上層部と我々だけだ」

 

「……隠蔽しているのですね」

 

 キャサリンの目に、再び検事としての非難の光が宿った。

 

「これほど素晴らしい技術があるのなら、なぜ一般の兵士たちにも配備しないのですか!?

 これがあれば、前線で命を落とす若者たちを一人残らず救えるはずです!

 それを特殊部隊や一部の将校だけに限定するなど……あまりにも非人道的です!」

 

「……出来ません」

 

 エレノアが冷ややかな一言で、彼女の正義感を斬り捨てた。

 

「現在、我々が確保しているMK3の在庫は『1万ロット(1万本)』あります。

 数の上では、確かに前線の主要部隊に行き渡らせることは不可能ではありません」

 

「だったら……!」

 

「ですが、キャサリン。

 もしこれを一般兵にばら撒いて、戦場の混乱の中で1本でも紛失したらどうなると思いますか?

 あるいは、薬を持った兵士が捕虜になり、敵の手にこのナノマシンが渡ったら?」

 

 エレノアの言葉に、キャサリンはハッとして口を閉ざした。

 

「中国やロシア……いや、世界中のあらゆる国家とテロリストが、この薬を喉から手が出るほど欲しがっています。

 ……事実、中国の国家安全部(MSS)がこのテクノロジーを狙って、シリアで我々の特殊部隊を大規模な傭兵部隊で襲撃した事件がありました」

 

 エレノアは、先ほどとは別の映像——シリアで中国の傭兵部隊と米軍が死闘を繰り広げた際の記録——を再生した。

 凄惨な血みどろの戦闘。

 薬を奪おうと狂気のように突っ込んでくる敵兵と、それを不死身の肉体で迎撃する米兵たち。

 

「中国はこのMK3を強奪するためだけに、1本につき100万ドルという破格の懸賞金を懸けました。

 そして我々の兵士を殺してでも、それを奪おうとしたのです。

 ……その時、我々はどうしたと思いますか?」

 

 ウォーレン大統領が身を乗り出して、キャサリンを見据えた。

 その眼光は、平和な法治国家のトップのそれではなく、血に塗れた軍司令官のものだった。

 

「私は北京の李総理に直接ホットラインを繋ぎ、こう宣告した。

『これ以上、我が軍の補給線に手出しをするなら全面戦争も辞さない』とな。

 ……ハッタリではない。

 私は本気で、この薬を奪われるくらいなら核のボタンを押す覚悟を決めていた」

 

「ぜ、全面戦争……」

 

 キャサリンは絶句した。

 たった一つの薬。

 そのために、アメリカ合衆国大統領が超大国である中国に対して、第三次世界大戦の引き金を引こうとしたというのだ。

 

「今は中国も、我々が本気であることを悟り、一時的に手を引きました。

 ……ですが、場合によっては今後も、中国だけでなくロシアや他のならず者国家がこのテクノロジーを狙って、なりふり構わず牙を剥いてくる可能性があります」

 

 エレノアが冷酷な現実を突きつける。

 

「もしこの薬が敵の手に渡り、彼らがこれを解析してリバースエンジニアリングに成功したら……世界はどうなりますか?

 敵もまた、撃たれても死なない『不死身の軍隊』を手に入れるのですよ?

 そんなものが大量生産されれば、アメリカの軍事的優位は完全に消滅し、世界は泥沼の消耗戦へと突入します。

 だからこそ我々は、これを一般兵には配備できない。

 紛失のリスクを極限まで下げるため、厳重な管理下に置き、一部の精鋭部隊のみに限定使用させているのです。

 ……これは非人道的な判断ではありません。

 国家の存亡を懸けた『安全保障』です」

 

 キャサリンはソファの上で小さく震えていた。

 彼女が信じていた「正義」や「平等」という言葉が、この部屋の中ではあまりにも無力で空虚な響きを持っていた。

 

 全ての人を救うべきだという正義感。

 だが、その正義を実行すれば技術が流出し、結果的に世界を破滅に導くかもしれないという現実。

 どちらが正しいのか。

 元連邦検事としての彼女の明晰な頭脳も、この極限のジレンマを前にしては何の答えも導き出せなかった。

 

「……分かっていただけましたか、ヘイズ次期大統領」

 

 ノア・マクドウェルが静かに口を開いた。

 彼はソファから立ち上がり、窓の外——夜闇に包まれたワシントンの街並みを見下ろした。

 

「貴女がこれから背負うのは、こういう世界なのです。

 法律も倫理も民主主義のプロセスも通用しない。

 ただ圧倒的なテクノロジーと、それを巡る大国間の血みどろの暗闘だけが支配する領域。

 ……貴女の清廉な正義感で、この狂った世界を御しきれると思いますか?

 『全ての情報を国民に公開する』と叫んで、このパンドラの箱をひっくり返す覚悟がおありですか?」

 

 ノアの問いかけは、悪魔の囁きのように甘く、そして残酷だった。

 キャサリンは俯き、両手で顔を覆った。

 

「……できない」

 

 彼女は絞り出すように呟いた。

 公表すれば世界が壊れる。

 軍の兵士たちにも、「お前たちにはリスクがあるから薬は渡せない」と宣言しなければならない。

 それは政治家としての死を意味するだけでなく、国家の崩壊を意味していた。

 

「……私はどうすればいいのですか」

 

 キャサリンの瞳から、それまでの強気な光が完全に消え失せ、代わりに深い絶望と無力感が宿っていた。

 彼女は今、自分が「知ってはいけない秘密」を知らされたことの意味を骨の髄まで理解したのだ。

 

 ウォーレン大統領はゆっくりと立ち上がり、彼女の肩に優しく手を置いた。

 それは、重い十字架を背負う後継者に対する彼なりの労わりであった。

 

「だから言っただろう、キャサリン。

 君は目を背けていればいい。

 何も知らない正義の大統領として、国民を導いてくれ。

 この泥にまみれた秘密と、世界を滅ぼしかねない技術の管理は、彼ら——ディープステートが引き受ける。

 君の手を汚す必要はない。

 君はただ、この国が平和であるという幻想を国民に見せ続けてくれればいいのだ」

 

「……それが私の役目……」

 

「そうだ。

 それが、アメリカ合衆国を存続させるための、君に与えられた最も重要で最も残酷な『任務』だ」

 

 キャサリンはゆっくりと顔を上げた。

 彼女の目に涙はなかった。

 だが、その瞳には、もはやかつてのような純粋な正義の炎は燃えていなかった。

 彼女は、自分がただの「美しい傀儡(マリオネット)」として、この狂ったシステムの表舞台に立たされるのだという現実を受け入れるしかなかった。

 

「……分かりました。

 私は何も見なかったことにします。

 ……この国の平和のために」

 

 その言葉を聞き届け、ウォーレン、エレノア、そしてノアは密かに安堵の息を漏らした。

 これでアメリカの「二重構造」は完成した。

 表の顔である新大統領は正義を語り、裏の顔であるディープステートが日本の技術を管理し、世界のパワーバランスを操る。

 

 ノアは暗い笑みを浮かべた。

 「日本の魔法使い」がもたらした奇跡は、ついにアメリカという国家の最高権力者の魂すらも屈服させ、彼らを完全なる共犯者へと仕立て上げたのだ。

 

 窓の外では、新たな時代を告げる冷たい雨が、ワシントンの街を静かに濡らし始めていた。

 

 




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