自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
中華人民共和国北京。
紫禁城の西に広がる政治の中枢、中南海。
その地下深く、国家安全部(MSS)が管理する極秘の円卓会議室『深淵の間』は、まるで長きにわたる激しい嵐が過ぎ去った後のような、異様なまでの静寂と疲労感に包まれていた。
換気システムは最新鋭のものが稼働しているはずだが、室内に漂う空気はどこか血の匂いがし、焦げついた欲望の残滓がこびりついているかのように重い。
円卓を囲む顔ぶれは、ほんの数週間前と比べて明らかに減っていた。
国務院総理の李(リー)、国家安全部長の張(チャン)、そして人民解放軍を代表する劉(リュウ)将軍。
彼ら現役の最高指導部メンバーは席についているものの、その目元には深い隈が刻まれ、肌は土気色にくすんでいる。
彼らの周囲に座っていたはずの、党の裏側から絶大な影響力を誇示していた「長老」たちの姿は、今やたった一つの空席を除いて完全に消え失せていた。
ここ数週間、中国の指導部内では、日本政府から「尖閣諸島の完全譲渡」への返礼として届けられた、たった1個の『医療用キット(オリジナル)』を巡り、歴史上類を見ないほど凄惨な権力闘争が繰り広げられていた。
表向きは「健康上の理由による引退」や「汚職の摘発」「不慮の交通事故」として処理されたが、その実態は、永遠の命という神の果実を奪い合う老人たちの血で血を洗う殺し合いであった。
毒殺、暗殺、軍の一部を動かしての恫喝。
彼らは、自らの寿命を延ばすためだけに、国を傾けかねないほどのエネルギーを内ゲバに費やしたのだ。
そして今日、その長きにわたる闘争についに終止符が打たれる。
勝者が決まったのだ。
生き残ったすべての政敵を屠り、あるいは屈服させ、ただ一つ用意された「神の薬」をその身に打ち込んだ絶対的な覇者。
李総理たちは、その勝者がこの部屋に現れ、日本から突きつけられた「権力の座からの完全な引退」という条件に対する最終的な調印式を行うのを待っていた。
「……遅いな」
劉将軍が苛立たしげにテーブルを指で叩いた。
その音だけが静まり返った部屋に空しく響く。
「まさか、あの薬を使っておきながら、土壇場になって引退を渋っているのではないだろうな?
『永遠の命を得たのだから私が永遠にこの国を統治する』などと言い出せば、それこそ最悪の事態だ。
人民解放軍は、老害の永遠の独裁など絶対に認めんぞ」
「落ち着き給え、将軍」
李総理が掠れた声で諌めた。
「日本の日下部参事官からの絶対条件だ。
『薬を使った者は即座にすべての権力を手放し、表舞台から姿を消すこと。これを破れば、中国への追加の技術供与や薬の提供は未来永劫に行わない』と。
……あの老獪な趙(チャオ)最長老が、その条件の重さを理解していないはずがない。
彼は必ず引退書にサインする」
趙最長老。
建国初期から党の中枢に居座り、鄧小平時代から続く巨大な利権と人脈を掌握し続けてきた、生きた化石のような権力者。
今回の闘争においても、彼は自らは車椅子から一歩も動くことなく、配下のネットワークを冷酷に操り、次々とライバルたちを葬り去った。
数日前まで、彼は重度の心不全と多臓器不全を患い、酸素マスクなしでは呼吸すらままならない状態だった。
その彼が薬を使ってどう変化したのか。
その時。
会議室の分厚い防音扉の向こうから、何やら奇妙な足音が近づいてくるのが聞こえた。
タッタッタッタッタッタッ。
それは重々しい軍靴の足音でもなければ、老人が杖をついて歩く擦過音でもなかった。
リズムに乗った、驚くほど軽快なステップの音。
そして、鼻歌まで聞こえてくる。
「……何だ?」
張部長が怪訝そうに眉をひそめ、扉の方を向いた。
次の瞬間、扉が勢いよく、まるで蹴り開けられたかのようにバーンと開け放たれた。
「やあやあ諸君! 待たせたかな!」
部屋に飛び込んできたその人物を見て、李総理、劉将軍、張部長の三人は、文字通り顎が外れんばかりに絶句し、椅子から転げ落ちそうになった。
そこにいたのは、間違いなく趙最長老であった。
頭髪は真っ白なままであり、顔には彼が生きてきた九十年近い歳月を刻み込んだ深いシワが残っている。
見た目の年齢は、紛れもなく「老人」のそれだ。
だが、その肉体は異常だった。
彼が着ているのは、イタリア製の超高級なオーダーメイドのシルクスーツだったが、そのスーツの生地が悲鳴を上げるほどに、下にある筋肉が異常な隆起を見せていたのだ。
分厚い胸板、丸太のような太い腕、そしてはち切れんばかりの大腿部。
姿勢は驚くほど良く、背筋はピンと伸び切っている。
酸素マスクも車椅子も、いつも握りしめていた象牙の杖もない。
そして何より、彼の動きだ。
タタタッ! ターン!
趙長老は、残された唯一の空席に向かって、なんと「スキップ」をしながら近づいてきたのである。
そして椅子の背もたれを片手で軽く掴むと、体操選手のような身軽さでクルリと宙返りし、そのまま椅子にストンと腰を下ろした。
「はっはっは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ!!」
趙長老は、腹の底から響くような若き日の覇王のような野太い声で高笑いした。
「息が切れない! 心臓が痛くない! 足の関節がまるでバネのように弾む! 見えるぞ、部屋の隅の埃の粒までハッキリと見える!
これが……これが日本の魔法か!
始皇帝が求め、歴代の皇帝たちが血の涙を流して渇望した神の薬の力か!!」
彼は興奮のあまり両手を高く掲げて天を仰いだ。
その目には狂気じみた歓喜の涙が浮かんでいる。
「……趙長老……。お体が……そのように……?」
李総理が震える声で尋ねた。
彼らは事前に日本の日下部参事官から、「薬の効果は内臓と身体機能を20代のピーク時に戻すが、見た目の若返り効果はない」と聞いていた。
だが、実際にそれを目の当たりにすると、その不気味なギャップに脳の処理が追いつかない。
顔はシワシワの老人なのに、首から下はオリンピック選手以上の超絶的なマッスルボディであり、しかも異常にテンションが高いのだ。
「おお、李総理! すまんな、少しはしゃぎ過ぎてしまったようだ」
趙長老はニカッと笑い、テーブルの上に置かれていた分厚いバインダー——数百ページに及ぶ今後の国家運営に関する重要な決議案の束——を手に取った。
「さて、今日の議題はこれだったかな? どれどれ、確認させてもらおう……」
彼はその分厚いバインダーを両手で持つと、確認するふりをして、そのまま力を込めた。
ビリィィィィィィィィッ!!!
紙の束を引き裂く鈍い音が響いた。
電話帳よりも分厚いその書類とプラスチックのバインダーが、彼の手によって、まるでティッシュペーパーか何かのようにあっさりと真っ二つに引き裂かれたのだ。
「なっ……!?」
劉将軍が目を見開いた。
軍のトップである彼でさえ、あれだけの分厚さの書類を素手で引き裂くことなど不可能だ。
それが九十歳近い老人の手によって、いとも容易く行われた。
「ああ、すまんすまん。力が有り余っていてな。どうにも加減が難しい」
趙長老は引き裂いた書類をゴミ箱に放り投げると、今度はポケットから何かを取り出した。
クルミだ。
彼はその硬いクルミを、親指と人差し指の「指先二本」で挟んだ。
パキィッ!
乾いた破砕音と共に、硬いクルミの殻が粉々に砕け散った。
彼は中身を取り出し、美味しそうに咀嚼した。
「うむ。歯もすっかり生え変わって、硬いものも美味しくいただけるようになった。最高だ。まさに至福の時だ」
その光景に張部長は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
ただ病気が治っただけではない。筋肉と骨格の密度が限界を超えて「強化」されている。
あの力で殴られれば、人間の頭蓋骨などクルミと同じように砕け散るだろう。
目の前にいるのは老人ではない。人間の形をした怪獣だ。
「……趙長老。お元気になられたことは、国家の慶事であり、大変喜ばしい限りです」
李総理は必死に動揺を隠し、努めて冷静なトーンを取り繕った。
「ですが、本日の会議の目的をお忘れではないでしょうね?
日本政府との密約。……その薬を使用した場合、貴方は即座に党のあらゆる役職から退き、権力から完全に引退するという条件です。……いかがなさいますか?」
李総理の問いかけに、室内の空気が一瞬だけ張り詰めた。
もしここで超人と化した趙長老が「引退などせん」と宣言し暴れ出したらどうなるか。
今の彼を物理的に止めるには、護衛の拳銃程度では足りないかもしれない。
だが、趙長老の反応は、彼らの予想を完全に裏切るものだった。
「引退? ああ、もちろんするよ。当然じゃないか」
趙長老はあっけらかんと言い放ち、テーブルの上に用意されていた『引退宣言同意書』に流れるような手つきでサインをした。
一切の未練も躊躇いもない。
それまで病室のベッドに寝たきりになりながらも、最後の最後まで党の人事に口を出し、ライバルを蹴落とし、自らの派閥の利益を守るために血眼になっていた、あの権力亡者が、まるでどうでもいい紙切れにサインするかのようにあっさりと権力を手放したのだ。
「……えっ? 本当によろしいのですか?」
あまりのあっけなさに、劉将軍が思わず聞き返した。
「おや? 私が権力にしがみつくとでも思っていたのかね? ハッハッハ! 馬鹿なことを言うな!」
サインを終えたペンを放り投げ、趙長老は椅子の背もたれに深く寄りかかり、腕を組んだ。
そして李総理たちを、まるで哀れな昆虫でも見るかのような底知れぬ見下した視線で眺め回した。
「君たちは分かっていないのだよ。
……『権力』などというものが、いかに矮小で滑稽で虚しいものかということをな」
「矮小だと……?」
「そうだ」
趙長老の瞳に、超越者としての冷酷な光が宿る。
「私がなぜ、あそこまで権力に執着していたか分かるかね?
それは恐怖だ。死の恐怖だよ。
明日死ぬかもしれない。自分の体が腐っていく。その絶望と孤独を紛らわせるために、他人を支配し、国を動かし、『自分はまだ生きている』『自分には価値がある』と、自分自身を騙し続ける必要があったのだ。
権力とは、死の恐怖を紛らわせるための貧弱で効き目の薄い麻薬に過ぎなかったのだよ」
その言葉は、現在進行形で権力の頂点に座る李総理たちの胸に、深く冷たいナイフのように突き刺さった。
「だが、今の私にはもう、そんな紛い物の麻薬は必要ない」
趙長老は自らの分厚い胸を叩いた。
「私は手に入れたのだ。本物の奇跡を。永遠の命と、この溢れんばかりの活力を!
死の恐怖から完全に解放された今となっては、政治だの覇権だの国家のイデオロギーだの、そんなものは欠伸が出るほど退屈な『暇つぶし』でしかない」
彼は立ち上がり、会議室の中を軽やかなステップで歩き始めた。
「私はこれから、世界中の絶景を巡るつもりだ。最高の酒を飲み、最高級の料理を食い、そして世界中の美しい美女たちをこの腕に抱く。毎日が新しい発見であり喜びだ。
私の新しい人生は、これから500年は続くのだからな! そんな素晴らしい時間を、薄暗い会議室で書類を睨みつけたり、他国とくだらない駆け引きをするために浪費してたまるものか!」
趙長老は李総理の背後に立ち、その肩をポンポンと叩いた。
「そういうわけで、国家の運営などという息苦しく、ちっぽけで、何の生産性もない仕事は、せいぜい残り数十年……いや、ストレスでもっと短いかもしれない寿命しかないお前たちで、精々頑張りたまえ。
私には、そんなつまらないゲームに付き合っている暇はないのだよ。ワッハッハッハ!」
それは究極のマウントであった。
権力、金、地位。それらすべてを持つ李総理たちに対して、「お前たちはすぐ死ぬ哀れな生き物だが、私は永遠を生きる神だ」と宣言しているのだ。
これほどの絶対的な敗北感はない。
李総理の顔が屈辱で歪み、劉将軍の拳が小刻みに震えている。
「おお、そうそう」
出口へと向かいかけた趙長老は、ふと振り返り、極上の煽り文句を付け加えた。
「お前たちも、せいぜい日本政府に逆らわずに尻尾を振って貢ぎ続けることだな。
さすれば、日本の魔法使いたちの気が向いて、お前たちにもいつか順番が回ってくるかもしれないぞ? ……まあ、それまでお前たちの貧弱な命が保てばの話だがな! では失礼する! アデュー!」
タタタタッ!
趙長老は、来た時と同じように軽快なスキップを踏みながら、防音扉の向こうへと消えていった。
残されたのは、彼の高笑いの残響と、静まり返った会議室だけだった。
シン……。
何分経っただろうか。
誰も口を開こうとはしなかった。いや、開けなかったのだ。
彼らの心の中には、かつてないほどの巨大でドロドロとした感情の奔流が渦巻いていた。
嫉妬。
羨望。
そして、己の老いと死に対する狂おしいほどの恐怖と渇望。
「……見たか」
最初に沈黙を破ったのは劉将軍だった。
彼の声は、地を這うような怨念に満ちていた。
「あれが日本の薬の力だ。
あの、今にも死にそうだった薄汚い老いぼれが、あのような……あのような神の如き肉体と生命力を手に入れたのだぞ!」
ドンッ!!
劉将軍はテーブルを激しく殴りつけた。
「許せん……! あんな男が永遠の命を謳歌し、国を支えるこの私が、いずれ病と老いに蝕まれて死ぬなど……絶対に許せるものか!!」
「……その通りだ」
張部長が目を血走らせながら応じた。
彼の冷静なインテリジェンスの仮面は完全に剥がれ落ち、ただの一人の欲望に狂った人間へと成り下がっていた。
「あんな奇跡を見せつけられて、諦められるわけがない。
何としてでも……何としてでも我々の手で、第2号、第3号の薬を日本から引き出さねばならない。
あれは我々が手に入れるべきものだ!」
李総理は目を閉じ、荒い呼吸を繰り返していた。
彼の脳裏には、先ほどの趙長老の言葉が呪いのようにこびりついている。
『お前たちの貧弱な命が保てばの話だがな』。
その通りだ。自分に残された時間は少ない。日本の顔色を窺い、ちまちまと外交交渉などしている間に、自分の寿命が尽きてしまえば何の意味もないのだ。
「……台湾だ」
李総理が目を開けた。
その瞳には、国家指導者としてのイデオロギーは完全に消え去り、ただ生き延びようとする獣の狂気だけが宿っていた。
「台湾だろうが、レアメタルの利権だろうが、我が国の市場だろうが、何でもいい。
奴らの要求するものはすべて差し出せ」
「総理……! よろしいのですか!?」
「構わん!!」
李総理は絶叫した。
「もはや国家の体面などどうでもいい! 私が死んでから国がどうなろうと知ったことか!
日本に伝えろ! 『中国は台湾の民主主義的独立を正式に容認する手続きに入る。その見返りとして、直ちに今すぐに医療用キットを2個……いや、我々三人のための3個をよこせ』と!!
日本の機嫌を絶対に損ねるな! 彼らが望むなら、アメリカへの非難も止め、日本の核開発も公に支持してやる!!
……すべては、あの薬を手に入れるためだ!!!」
狂乱。
14億の民の運命を握る中枢が、完全に日本の「毒饅頭」によって崩壊した瞬間だった。
日本の日下部参事官が引いたシナリオ通りに、いや、それ以上に醜く滑稽な形で、赤い龍は自らの鱗を剥ぎ取り、国家の誇りを泥に投げ捨てたのである。
彼らはもはや、日本と対等に渡り合おうなどとは微塵も考えていない。
日本の足元にひれ伏し、永遠の命という餌を待ち続ける哀れな飼い犬へと、完全に脱皮したのだ。
北京の夜空は相変わらずPM2.5に覆われ、星の光を遮っていた。
だが、その汚れた空の下で、権力者たちは、はるか東の海に浮かぶ島国に向けて、血の涙を流しながら祈りを捧げ始めていた。
日本の魔法使いが、自分たちに気まぐれな慈悲を与えてくれることを信じて。
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