自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第95話 オーバル・オフィスの影と追い詰められた熊

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。

 ペンシルベニア大通り1600番地、ホワイトハウス。

 西棟(ウエストウイング)の心臓部であるオーバル・オフィス(大統領執務室)の分厚い防弾ガラスを、冷たいみぞれ交じりの雨が容赦なく打ち据えていた。

 壁掛け時計の針が午後十時を回ったことを告げている。本来であれば、ホワイトハウスの多くの職員が家路につき、静寂が訪れる時間帯だ。

 だが、第48代アメリカ合衆国大統領に就任したキャサリン・ヘイズのデスクには、いまだに処理すべき書類の山が築かれていた。

 

 彼女はプラチナの万年筆を置き、凝り固まった首の後ろを指で揉みほぐした。

 大統領の椅子は、想像していたよりも遥かに重く、そして孤独だった。表舞台では「クリーンで公正な政治の体現者」として国民に笑顔を振り撒き、連邦検事時代に培った弁舌で議会をまとめ上げている。

 しかし、彼女の心の奥底には、常に冷たい鉛の塊のような「諦念」が沈み込んでいた。

 自分はアメリカの最高権力者ではない。

 この国の本当の力、世界のルールを裏側で書き換えている『絶対的なテクノロジー』の管理権限から、自分は完全に切り離されているという事実。

 彼女は、美しい鳥籠の中で正義を歌うようにプログラムされた、高価なカナリアに過ぎないのだ。

 

 コンコンコンコン。

 

 控えめだが、拒絶を許さない独特の重みを持ったノックの音が響いた。

 予定はないはずだ。シークレットサービスが事前に通す人間など、この時間には限られている。

 

「……入りなさい」

 

 重厚なマホガニーの扉が音もなく開いた。

 姿を現したのは二人の人物。

 一人は、隙のない濃紺のスーツに身を包んだ、氷のような碧眼を持つ女性――CIA長官、エレノア・バーンズ。

 そしてもう一人は、その後ろを優雅な足取りでついてくる若き青年。アメリカ最大の軍産複合体『タイタン・グループ』の総帥であり、影の政府(ディープステート)を束ねる怪物、ノア・マクドウェルであった。

 

 キャサリンは小さく息を吐き、背もたれに深く寄りかかった。

 そして、努めて皮肉めいた、アメリカの政治ドラマに登場するタフな検事のようなトーンで口を開いた。

 

「あら。てっきり、私という大統領は完全に『蚊帳の外』だと思っていたのに、何かしら?

 わざわざこの時間に、地下の快適な作戦室(シチュエーション・ルーム)を抜け出して、お飾りの私のところに報告に来るなんて。……ホワイトハウスのコーヒーメーカーでも壊れたの?」

 

 彼女のサークズム(皮肉)に対し、エレノアは表情一つ変えなかったが、ノアは楽しげに口角を上げた。

 彼は勝手知ったる他人の家のように、執務室の高級なレザーソファにゆったりと腰を下ろす。

 

「マダム・プレジデント(大統領閣下)。そんなに棘のある言い方をなさらないでください。我々は一心同体ではありませんか」

 

 ノアの青白い瞳が、ランプの光を受けて妖しく輝いた。

 

「我々は貴女を蚊帳の外に置いているのではありません。貴女を『守っている』のです。ただ、貴女が知らないでいい後ろ暗いこと、泥にまみれた血生臭い作業は、我々がすべて請け負うという、ただそれだけのことですよ。……貴女の手は、いつまでも白く美しくあるべきですからね」

 

「その美しい白さを保つために、どれほどの違法行為と主権侵害が行われているか、考えるだけで吐き気がするわ」

 

 キャサリンは冷たく言い放ったが、ノアは肩をすくめただけだった。

 

「さて、嫌味の応酬はそれくらいにして。本題に入りましょう」

 

 エレノアが、脇に抱えていたブルーの機密ファイル(ブルー・フォルダー)をデスクの上に滑らせた。

 表紙には『TOP SECRET/EYES ONLY』のスタンプが押されている。

 

「ロシアの動向についての、最新のインテリジェンスが伝わってきました」

 

「ロシア?」

 

 キャサリンは眉をひそめた。

 

「ウクライナとの休戦協定を結んでから、彼らは国際社会の中で息を潜めているはずよ。国内の不満を抑え込むのに必死で、対外的な工作活動を行う余裕なんてないでしょう?」

 

「ええ。ですが、彼らが『息を潜めている』のには、もっと物理的で致命的な理由があるのです」

 

 エレノアはファイルを指で叩いた。

 

「ロシア関連では、前政権の終盤……ウォーレン大統領の任期の最後に、我々CIAとFBIの合同タスクフォースが、アメリカ国内に潜伏していたロシアのスパイ網(スリーパー・セル)を一網打尽にしました。

 現在、この広大なアメリカ合衆国国内に、ロシアのスパイは一匹たりとも存在していません」

 

「……は?」

 

 キャサリンは、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 元連邦検事として、防諜活動の難しさは嫌というほど知っている。広大な国土に一般市民として溶け込み、細胞(セル)のように独立して活動するスパイを「全て」捕まえるなど、現実の法治国家においては100パーセント不可能なのだ。

 

「一網打尽!? どうやって……?

 まさか、リストでも手に入れたの? それとも、数千人規模の通信を全て解読したとでも?」

 

「それは知らない方がいいです、マダム・プレジデント」

 

 エレノアは、冷徹に、そして有無を言わさぬ圧力で彼女の質問を遮った。

 キャサリンの脳裏に、以前見せられた「技術」という不気味な影がよぎる。あの時、彼女は「真実から目を背ける」ことを受け入れたのだ。これ以上追及すれば、自分が否定したはずのパンドラの箱を再び開けることになる。

 

「……」

 

「ともかく、事実としてロシアのスパイは全滅しました。彼らの隠れ家、通信手段、資金ルート、その全てを同時に、そして完璧に叩き潰したのです。……米国内は現在、建国以来かつてないほどに安全です。ロシアの影響力など、この国には微塵も存在していません」

 

 エレノアの言葉は、恐ろしいほどの自信に満ちていた。

 キャサリンは、手の中で万年筆を転がしながら、深く息を吐き出した。

 

「……なるほど。まあ、手法は置いておくわ。私には見えない『魔法』でも使ったのでしょうね」

 

 キャサリンは皮肉を込めて言った。

 

「とりあえず、貴方たちがロシアを完全に追い詰めているのは分かったわ。……ただ、それって、いくらスパイ相手とはいえ、一国の中枢情報網を物理的に完全破壊するなんて、宣戦布告に近い行為よ?

 あの強硬派のボグダノフ大統領が、自分の手足を全て切断されて黙っているはずがない。……だけど、現実として前政権から現在に至るまで、ロシアとの戦争は起きていない。少なくとも、表沙汰にはなっていないわよ? どうやって彼らの報復を抑え込んでいるの?」

 

 キャサリンの政治家としての論理的な疑問に対し、ノアが静かに笑い声を立てた。

 

「報復? 彼らにそんな選択肢はありませんでしたよ」

 

 ノアは、まるでチェスの盤面を解説するように優雅に手を動かした。

 

「ええ。ジュネーブで行われた、ロシア・ウクライナ休戦の協定の場。世界中が平和の訪れに歓喜したあの調印式の裏側の密室で、ボグダノフ大統領は、非公式ですがウォーレン前大統領に対して深々と頭を下げ、謝罪の意を表明しました。

 そして、アメリカ国内で拘束された全てのスパイを、大人しく引き取ったのです。……一切の抗議も、報復の素振りも見せずにね」

 

「ボグダノフが……謝罪した?」

 

 キャサリンは信じられないという顔をした。

 あの傲岸不遜な独裁者が、アメリカの前に完全に白旗を揚げたというのだ。

 

「彼らは理解したのですよ。アメリカを相手に情報戦を挑むことが、いかに無謀であるかを。我々の『眼』から逃れる術はないと、骨の髄まで思い知らされたのです」

 

 ノアの言葉の裏にある「日本の監視レーダー網」の存在を、キャサリンは薄々と感じ取った。アメリカは自らの手ではなく、同盟国のオーバーテクノロジーの威を借りてロシアを屈服させたのだ。

 

「そして、ロシアは現在、極度のパラノイア(疑心暗鬼)に陥っています」

 

 エレノアが説明を引き継ぐ。

 

「アメリカには敵わない。ならば、ターゲットを代えるしかない。……そう考えた彼らは最近、中国にも大規模な諜報作戦を仕掛けました」

 

「中国にも!?」

 

 キャサリンは目を見開いた。

 

「ちょっと待って。中国とロシアは、アメリカに対抗するための戦略的パートナー……友好国なはずでは?」

 

「表向きにはそうですね、大統領」

 

 ノアが肩をすくめる。

 

「しかし、後ろ暗い国家間では、友好国同士であっても熾烈なスパイ合戦が起きます。特に、ある『絶対的な価値を持つもの』……彼らの喉から手が出るほど欲しい技術(テクノロジー)を巡ってはね。

 ロシアは、中国なら付け入る隙があると考えたのでしょう。アメリカの強固な監視網を逃れ、東のアジアから秘密の尻尾を掴もうとした」

 

「で、どうなったの?」

 

「結論から言いますが、中国もまた、自国内に侵入してきたロシアのスパイ網を、見事に一網打尽にしました」

 

 ノアは、まるでコメディ映画のオチを語るかのように軽快に言った。

 

「中国政府からは、事前に我々アメリカと……ある同盟国に対して、『庭のネズミを駆除する』という事前の通告がありました。

 ですが、彼らのやり方は我々アメリカの『逮捕』という洗練された手法とは違いました。荒っぽい方法で、文字通り物理的に排除したのです」

 

「……物理的な排除?」

 

「ええ。抵抗する者はその場で射殺し、隠れ家はドアごと爆破。生き残った者も闇から闇へと消し去りました。……まさに虐殺です。一人の生存者も、本国への帰還者も出していません」

 

 キャサリンは息を呑んだ。

 友好国に対して、そこまで残虐な手段を取るのか。

 いや、それよりも恐ろしいのは、中国もまたロシアのスパイを「一網打尽」にする能力を持っていたという事実だ。

 

「中国も……貴方たちが使ったのと同じ『魔法』を、持っているということ?」

 

 キャサリンの鋭い問いに、エレノアは無言で微かに頷いた。

 『魔法』は、アメリカだけでなく中国にも導入されている。その事実を知ったキャサリンは、世界のパワーバランスがいかに歪で、そして一部の特権的なテクノロジーに完全に支配されているかを改めて痛感した。

 

「ロシアは今、完全に追い込まれています」

 

 エレノアが、冷徹な分析官のトーンで告げた。

 

「我々CIAが、ロシア指導部およびボグダノフ大統領の心理状態の分析を行いました。

 アメリカでスパイを狩られ、頼みの綱であったはずの中国でも同じように完璧に狩り尽くされた。彼らは今、『世界中の大国が、自分たちの見えないところで結託し、自分たちだけが一方的に監視されている』という絶対的な恐怖と孤立感に苛まれています。

 武力で対抗すれば自滅し、情報戦を仕掛ければ全滅する。彼らに残された手段は、もはや物理的な『力』にはありません」

 

「……では、彼らはどう動くというの?」

 

 キャサリンは、腕を組みながら問いかけた。

 手足を搦め捕られた熊は、大人しく餓死を待つのか、それとも最後の狂乱を見せるのか。

 

「現実として、ロシアは追い込まれ、生き残るために『外交』で解決しようとしています」

 

 ノアが、ソファから立ち上がり、執務室の窓辺へと歩み寄った。

 雨に濡れるワシントンの夜景を見下ろしながら、彼は静かに宣告した。

 

「彼らはプライドを捨て、最も屈辱的な方法で、この『蚊帳の外』から抜け出そうとしています。……彼らが誰にすり寄り、何を差し出して許しを乞おうとしているのか。

 大統領、我々はその動きを、ただ静観していればいいのです」

 

「誰にすり寄るというの?」

 

「決まっています。すべての源泉(ソース)を持つ国ですよ」

 

 ノアは振り返り、悪魔のような笑みを浮かべた。

 ロシアが膝を屈する相手。それはアメリカでも中国でもない。

 極東の島国、日本だ。

 

 キャサリンは、その答えを直感し、深く沈黙した。

 アメリカ合衆国大統領という世界最高の権力を手にしながら、自分はただ、日本の生み出したテクノロジーが世界を振り回す様を、特等席で眺めることしかできない。

 正義の検事上がりである彼女にとって、これほど歯痒く、そして恐ろしい現実はなかった。

 

「……分かったわ。貴方たちの言う通り、私は何も知らないことにしておく。……この国の平和のために」

 

 キャサリンが絞り出すように言うと、エレノアは満足げにファイルを閉じた。

 

「賢明なご判断です、マダム・プレジデント」

 

 二人の「陰の支配者」が退室した後、オーバル・オフィスには再び雨音だけが残された。

 キャサリンはデスクの上の星条旗を見つめ、深く、重い溜め息を吐いた。

 世界の覇権は、すでにワシントンにはない。

 それは次元の彼方、誰も知らない異星の工場で、ただ黙々とラインを構築し続ける、姿なき「魔法使い」の掌の上にあるのだ。

 

 




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