自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
東京都内某所。
表向きは高度なセキュリティを備えた一般の総合病院とされているが、その最上階にある特別VIP病棟は、政府高官や財界のトップクラスのみが利用を許される、事実上の「不可侵領域」であった。
白を基調とした無機質で清潔な病室のベッドに、一人の男が力なく横たわっていた。
武藤(むとう)元副総理。
長年にわたり政界のドンの右腕として権勢を振るい、現在の与党内でも隠然たる影響力を持つ大物政治家である。だが、いかに権力を持とうとも、肉体を蝕む病魔を前にしては、ただの脆弱な一介の老人に過ぎなかった。
彼を苦しめているのは、進行性の胃がんであった。すでに周囲のリンパ節への転移が見られ、抗がん剤治療の副作用によって彼の髪は抜け落ち、かつてふくよかだった頬は見る影もなくこけ、眼窩は落ち窪んでいる。点滴の管が細い腕に何本も繋がれ、人工的な栄養と鎮痛剤だけが彼の命を辛うじて繋ぎ止めていた。
「……うう……」
武藤は、胃の奥底から込み上げてくる鈍い激痛に顔を歪め、乾いた唇から苦悶の声を漏らした。
現代の最先端医療を尽くしても、彼のガン細胞の増殖を完全に食い止めることはできていなかった。主治医からは「年を越せるかどうか」という非情な宣告を受けており、彼の心はすでに半分、死の淵へと沈みかけていた。
コンコン。
静かな、しかし確かなノックの音が響いた。
身の回りの世話をする看護師かと思ったが、扉を開けて入ってきたのは、見慣れぬグレーのスーツを着た若い男であった。
内閣官房参事官、日下部である。
彼は音もなくベッドの傍らに歩み寄ると、恭しく一礼した。
「……お加減はいかがですか、武藤先生」
「……誰だ、君は。面会の許可は出していないはずだが」
武藤は濁った目で日下部を睨みつけた。権力者としての矜持が、弱り切った体から微かな威圧感を放とうとするが、日下部は涼しい顔でそれを受け流した。
「内閣官房の日下部と申します。本日は、副島総理からの特命を帯びて参りました」
「総理から……? ふん、この死に損ないに、今更何の用だ。派閥の票の取りまとめなら、秘書に言ってくれ……」
「いえ。政治の話ではありません。……先生の『命』についてのお話です」
日下部の言葉に、武藤は微かに眉を動かした。
「我々日本政府は現在、極秘裏に開発を進めている『未承認の治療薬』を保有しております。それは、従来の抗がん剤や放射線治療とは全く異なるアプローチで、体内からガン細胞を確実に排除する革新的な技術です。……先生、我々が用意したこのプログラムの、臨床実験の被験者第一号になっていただけませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、武藤の落ち窪んだ目がカッと見開かれた。
彼の脳裏に、政界の裏で、あるいはネットの片隅で最近まことしやかに囁かれている「ある都市伝説」がフラッシュバックした。
アメリカの大統領選挙すらも左右し、世界の権力者たちが血眼になって探しているという、あの魔法の医療器具の噂。
「……あ、ああ……! メドベッドか!?」
武藤は、点滴の繋がれた腕を震わせながら、ベッドから半ば身を乗り出すようにして叫んだ。
「あの、どんな病気でも治して若返るという……まさか、あれが本当に実在しただなんて……! 政府はあれを隠し持っていたのか!?」
すがりつくような、狂気じみた希望の光が彼の瞳に宿る。
だが、日下部は冷ややかな顔のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ、違いますよ、先生」
「え?」
「あれはネットの陰謀論者が作り上げた妄想の産物です。あんなSF映画のような、人間を若返らせる魔法のポッドなど存在しません」
日下部は、言葉を区切りながら、事もなげに言った。
(……まあ、『オリジナル』のキットなら若返りも可能ですが、そんなものを国内の政治家に安売りするわけにはいきませんからね。今回はあくまで、工藤氏が暇つぶしに作った『消しゴム君』のテストです)
「今回、先生にご提供するのは、もっと現実的で物理的なアプローチの治療薬です。……純粋に『ガン細胞だけを壊すだけの薬』ですよ。若返りや寿命の延長といったオカルトじみた効果はありません。ただ、先生の胃を蝕んでいるその腫瘍を、綺麗さっぱり消し去るだけのものです」
「ガ、ガン細胞だけを……壊す……?」
「はい。特殊なナノマシンが、マーキングされた腫瘍組織を物理的に分解・切除し、体外へ排出します。副作用はありません。髪も抜けませんし、激しい嘔吐もありません。……どうなさいますか? 未承認薬ゆえのリスクは当然伴いますが、このままベッドで終わりを待つよりは、賭けてみる価値はあるかと思いますが」
武藤は荒い息を吐きながら、日下部の目を見つめ返した。
若返りの魔法ではない。だが、この腹の底からこみ上げてくる絶望的な痛みと、死の恐怖から解放されるというのなら、悪魔の毒薬であっても飲み干す覚悟があった。
「……やる。やってくれ。どんな薬だろうと構わん、私を助けてくれ……!」
「賢明なご判断です。では、すぐに手配をいたしましょう」
日下部は一礼し、病室を後にした。
こうして、政府の極秘ルートによる「被験者集め」が静かにスタートした。
◇
政府関係者からの選定だけではない。
この極秘の臨床試験には、日本経済の屋台骨を支える財界のトップたちからも、被験者が選ばれることになっていた。
その仲介役を担ったのは、海道重工の会長、海道龍之介である。
かつて、自身の孫娘であるサクラを「オリジナル」の医療用キットで救われ、日本政府(ディープステート)に魂を売った財界の巨大なフィクサー。彼は今や、政府の「代理人」として、国内の富裕層をコントロールする重要な役割を担っていた。
東京都内の超高級料亭の奥座敷。
海道会長は、メガバンクの元頭取や、日本を代表する総合商社の名誉会長など、数名の「死にかけの老人たち」を密かに集めていた。
彼らはいずれも、肺がんや大腸がんなどを患い、莫大な資産を持ちながらも現代医療の限界の前に膝を屈している者たちだ。
「……海道さん。今日、我々をこんな場所に集めて、一体何の話だね?」
酸素吸入器をつけた商社の名誉会長が、掠れた声で尋ねる。
「単刀直入に言おう。君たちの命を買い戻すチャンスを提供しに来たのだ」
海道は、床の間に飾られた掛け軸を見つめながら、重々しく言った。
「政府が、全く新しいガン治療の技術を実用化の段階に乗せた。君たちも噂くらいは聞いているだろう? アメリカを騒がせているあの『メドベッド』の騒動を」
「馬鹿な……あれは陰謀論者のデマだろう。政府も公式に否定していたじゃないか」
「デマの裏には、往々にして真実の欠片が隠されているものだ。……まあ、ベッドではなく注射器だがな。そして、若返るわけではない。ただ、君たちの体を蝕んでいるその憎きガン細胞を、完全に消去するだけの代物だ」
海道の言葉に、老人たちの目が一斉に見開かれた。
「ほ、本当か!? 海道さん、君はそれを……!」
「私の孫娘がどうやって助かったか、君たちも不思議に思っていたはずだ。……あれは奇跡ではない。日本の技術だ。そして今回、政府はその技術の『ガン治療特化版』の臨床テストを行う決定を下した。私に、その被験者となるに相応しい人間を数名、推薦してほしいと依頼があったのだよ」
海道は、彼らの反応を確かめるようにゆっくりと見回した。
全員が、飢えた獣のような目で海道を見つめ返している。巨万の富など、命の前では何の意味もない。彼らは今、自分の全財産を投げ打ってでも、そのリストに名を連ねたいと切望していた。
「……もちろん、タダとは言わん。これはあくまで『テスト』だが、後に正式な自由診療として提供される際には、目の飛び出るような価格が設定されるだろう。だが、君たちなら払えるはずだ。……どうだね? 私の顔に免じて、政府の『実験台』になってみる覚悟はあるかな?」
「やる! やらせてくれ!」
「いくらでも出す! 私をリストに入れてくれ、海道さん!」
老人たちは、プライドも体面もかなぐり捨てて海道にすがりついた。
こうして、政界から武藤元副総理をはじめとする数名、そして海道の紹介による財界の重鎮たちを合わせ、計5名の「被験者」が選定された。
彼らはいずれも、初期から中期の固形ガン――肺がん、胃がん、大腸がんなどを患っており、工藤創一が指定した「消しゴム君」の適用条件に合致する者たちであった。
◇
数日後。
自衛隊中央病院の地下深く、外部から完全に隔離された特別医療ブロック。
防護服に身を包んだ厳選された医師団が、張り詰めた緊張感の中でモニターを注視していた。
ガラス越しの無菌室のベッドには、最初の被験者である武藤元副総理が横たわっている。彼の胃部に存在する巨大な悪性腫瘍の位置は、事前の最新鋭のMRIとPETスキャンによってミリ単位で3Dマッピングされ、そのデータはテラ・ノヴァの工藤創一の下へと転送されていた。
創一が個別にプログラミングし、パラメーターを調整した「消しゴム君MK1」――無機質な灰色のインジェクターが、執刀医の手に握られている。
「……これより、検体番号01へのナノマシン製剤の投与を開始する」
執刀医の声が、マイクを通じて防音室に響いた。
「投与」
プシュッ。
インジェクターの先端が武藤の静脈に押し当てられ、微細な圧縮音と共に、灰色の液体が彼の血流へと送り込まれた。
その瞬間、武藤の体が微かにビクンと跳ねた。
だが、事前の説明にあったような激痛や拒絶反応による絶叫は起きなかった。
オリジナルのような細胞の強制初期化による激しい代謝熱や、外傷用バンドエイドのような骨が軋む音もない。
ただ、静かに、そして確実に、彼の体内で「見えない外科手術」が開始されたのだ。
「……モニター、血中ナノマシンの濃度上昇を確認。標的部位(胃部腫瘍)への集積が始まりました」
分析医が、震える声で報告する。
高解像度のサーモグラフィーと超音波エコーの画面上で、信じがたい現象がリアルタイムで進行していた。
武藤の胃の壁にこびりついていた巨大な黒い影――ガン細胞の塊の周囲に、ナノマシンの群れが発光しながら群がっていく。
彼らは、事前にプログラミングされたマーカー情報に従い、正常な細胞を一切傷つけることなく、ガン細胞の分子結合だけを精密なレーザーメスのように切り離し、分解していく。
「腫瘍の体積が……縮小しています。あり得ない速度です……!」
医師たちが、目を剥いてモニターに食い入った。
抗がん剤のように細胞全体に毒を撒き散らすわけではない。外科手術のようにメスで肉を切り裂くわけでもない。
ただ、ガンという「エラー」だけが、物理的に消しゴムで擦り消されるかのように、みるみると削り取られていく。分解されたガン細胞は無害な老廃物へと変換され、血流に乗って腎臓へと送られ、やがて尿として排出される仕組みだ。
10分。
20分。
やがて、モニター上の巨大な黒い影は完全に消滅し、きれいな胃壁の組織だけが残された。
「……腫瘍マーカー、急激に低下。患部のスキャン画像……クリアです」
執刀医が、信じられないものを見る目で宣告した。
「ガンが……完全に消滅しました」
病室のベッドの上で、武藤元副総理はゆっくりと目を開けた。
彼の顔色はまだ青白いが、これまで彼を四六時中苛み続けていた、あの腹の底を抉るような鈍い激痛が、嘘のように消え去っていた。
「……痛く、ない……。痛みが、ないぞ……!」
武藤は、震える手で自分の腹をさすりながら、涙を流した。
権力も金も及ばなかった死の恐怖から、彼は解放されたのだ。
同様の奇跡が、残る4名の財界トップたちにも次々と施された。
肺に巣食っていた黒い影、大腸を塞いでいた腫瘍……。
工藤創一が遠隔でプログラミングしたナノマシンの群れは、事前のスキャンデータ通りに的確に働き、副作用を一切残すことなく、彼らの体からガン細胞だけを完璧に「削除」していった。
5名全員のガンが消滅。
成功率100パーセント。
現代医療の常識が、また一つ、音を立てて崩れ去った瞬間であった。
◇
投与実験が全て終了した数時間後。
自衛隊中央病院の地下にある、医師専用のカンファレンスルーム兼休憩室。
今回の極秘ミッションに参加したトップクラスの医師たちは、疲労と、それ以上の圧倒的な興奮、そして得体の知れない恐怖に包まれながら、コーヒーカップを手に集まっていた。
誰もが、今自分たちが目撃した光景をどう処理していいか分からず、しばらくは無言のままだった。
「……ガンが、消えましたね」
一人の若き腫瘍内科医が、ポツリと呟いた。
その言葉が引き金となり、堰を切ったように彼らの口から感情が溢れ出した。
「ああ……信じられない。完全に消えた。あんな進行した胃がんや肺がんが、たった数十分の点滴で跡形もなくなるなんて……!」
「医療革命だな……。我々が何十年もかけて研究してきた抗がん剤も、放射線治療の設備も、すべてが過去の遺物になる。メドベッドのようなオカルトじゃなくて、たった一本の注射器で、こんな夢のような薬が実在するなんて……」
ベテランの外科医が、震える手で自らの顔を覆った。
彼らがこれまでに何千人もの患者の腹を開き、血まみれになって切り取ってきたガン。それでも救えなかった命が無数にある。
その苦労と限界を、あの灰色の液体は一瞬で無意味にしてしまったのだ。
「しかし……この薬、一体どういう原理で動いているんです? 成分分析は一切禁止されていましたが、明らかに我々の知る薬理学の範疇を超えています」
「ナノマシンだそうだ。上層部からの説明では、細胞レベルで物理的にガンを『削り取る』らしい。……神の御業としか思えんよ」
医師たちは、畏敬の念を込めて語り合った。
だが、その熱狂に冷水を浴びせるように、チームのリーダー格である教授が、重々しい口調で口を開いた。
「喜ぶのは早いぞ、君たち。
この薬がどれほど素晴らしいものであっても……これが世界中の患者を救うことは、当分ないだろう」
「え? どうしてですか、教授。これほどの特効薬なら、すぐにでも量産して承認プロセスに乗せるべきでは……」
「それがかなり高いらしいぜ?」
教授は、周囲を見回して声を潜めた。
「上層部の雑談を小耳に挟んだんだが……この薬の治療費、1回いくらに設定されると思う?」
「数千万円……いや、ゾルゲンスマ(超高額遺伝子治療薬)のように1億円を超えるとかですか?」
「甘いな」
教授は、指を五本立ててみせた。
「これ、5億円だそうだ」
「……ご、5億円!?」
若手医師が素っ頓狂な声を上げ、コーヒーをこぼしそうになった。
他の医師たちも絶句する。
「5億円! それは……いくらなんでも高すぎます。保険適用外だとしても、そんな金額を払える一般市民なんて存在しませんよ! 普及するのは厳しいかもな……」
「普及させる気など、最初からないのだよ」
教授は冷ややかに言い放った。
「ああ。あくまで金持ち用の薬だろうぜ。
我々が見たのは『人類を救う薬』ではない。一部の特権階級、政治家や大企業のトップが、自分の命を金で買い戻すための『究極のVIPサービス』だ。
……夢の薬だな。貧乏人にとっては、永遠に手の届かない悪夢のような夢だがね」
カンファレンスルームに、重苦しい沈黙が降りた。
医師としての彼らの純粋な喜びは、5億円というあまりにも生々しい数字によって、完全に打ち砕かれてしまった。
命に値段がつけられ、それが堂々と取引される世界。
彼らは、自分たちがその冷酷な選別システムの片棒を担がされたことを悟ったのだ。
「……でも、なぜそんなに高いんですか? 製造コストがそれほどかかるのでしょうか?」
「製造プロセスの属人性が高すぎるらしい。一つ一つ、患者のガンの形に合わせて手作業でプログラミングをしているとか。だから量産が利かない。……それに、あまり安くばら撒けば、我々のような既存のガン治療の現場が崩壊するからな。ある意味で、我々の仕事を奪わないための『防波堤』としての価格設定なのかもしれん」
自嘲気味に笑う教授の言葉に、他の医師たちも複雑な表情を浮かべた。
自分たちの仕事(ガン治療)は、もはや「治せないから存在を許されている」という残酷なパラドックス。
「……それと、もう一つ嫌な噂を聞いた」
別の医師が、周囲を警戒しながら囁いた。
「次は、アメリカで実験するという話が出てるらしいぜ?」
「アメリカ? なぜアメリカなんだ? 日本にもガン患者は山ほどいるだろ。いくら5億円出せる金持ちに限定するにしても、先に日本の患者から救うのが筋じゃないのか?」
「そりゃ、政府もアメリカに献上しないとってやつだろ……?」
その医師は、嫌悪感を隠さずに言った。
「この薬は、もはや医療の枠を超えた『外交カード』なんだよ。
アメリカの政財界のトップたちに、この『5億円の消しゴム』をちらつかせて恩を売る。日本の技術力の凄まじさを見せつけ、彼らを日本のコントロール下に置くための、最強の賄賂さ。
……我々は医者だと思っていたが、どうやら政治家の武器商人の下請けになってしまったようだな」
誰も反論できなかった。
彼らが扱っているのは、命を救うための道具ではない。
世界のパワーバランスを操り、権力者たちの首根っこを掴むための、極めて冷酷で強力な『呪具』なのだ。
地下の休憩室に、重い沈黙が続く。
彼らは知る由もなかった。
この恐るべき「5億円の消しゴム」が、次元の彼方で漫画を読んでいた一人の男の、ほんの気まぐれな「暇つぶし」から生まれたものであることを。
神の気まぐれが、人間の社会に投下される時、それは常に既存の秩序を無惨に破壊していく。
日本の地下で静かに始まった「選別」の儀式は、やがて海を越え、世界の権力構造を根底から歪めていくための新たな火種となろうとしていた。
医師たちの疲労に満ちた溜め息は、無機質な空調の音にかき消されて、誰の耳にも届くことはなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!