自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
東京都千代田区永田町、首相官邸。
その地下五階に存在する『特別情報分析室』は、分厚い鉛と最新の電磁シールドに覆われた、日本国における究極の密室である。普段であれば、ごく限られた政府高官と情報機関のトップのみが円卓を囲み、顔を突き合わせて血の気の引くような国家機密を語り合う場所だ。
だが今日、その冷徹な空間に、明らかに場違いな空気を纏う一人の男が立っていた。
使い込まれた作業着を身にまとい、まるで近所のホームセンターからそのままふらりと立ち寄ったかのような、のんびりとした佇まいの男――工藤創一である。
「うわー、すごい。みんなここで会議してたんですね」
創一は、部屋の中をぐるりと見渡し、感心したように声を上げた。
円卓には、副島内閣総理大臣を筆頭に、防衛大臣、外務大臣、そして腕を組んだ権田隊長や数名の高級官僚たちが、重苦しい表情で座っている。全員が隙のないスーツ姿か制服姿であり、その中で創一の作業着姿はひどく浮いていた。
「いや、いつもジャミング張ってるから『ここらへんでやってるんだろうな』とは思ってましたけど。呼んでもらえたの初めてで、ちょっと嬉しいです」
創一が屈託のない笑顔で言うと、ピンと張り詰めていた会議室の空気が、微かに、しかし確実に緩んだ。
いや、緩んだというよりは、毒気を抜かれたと言うべきか。
国家の命運を左右する重大会議の場に、まるで「文化祭の準備に呼ばれた理系学生」のようなノリでやってきた彼に対し、円卓の面々は呆れと安堵が入り混じった複雑な表情を浮かべている。
「……はぁ」
スクリーンの横に立っていた内閣官房参事官の日下部は、誰にも聞こえないほどの深い、深い溜め息を吐き出した。
その一呼吸だけで、「ああ、今日はまたこの男のペースに巻き込まれて、私の胃がすり減る日になるのだな」という確信が、その場にいる全員に共有された。
「……ええ、工藤さん。わざわざテラ・ノヴァからお越しいただき、ありがとうございます」
日下部は、疲労の色が濃く滲む顔にどうにかビジネススマイルを貼り付け、手元のコンソールを確認した。
「『位相干渉装置(ジャマー)』、最大出力で固定。……では、早速ですが会議を始めましょう」
日下部はタブレットを置き、居住まいを正した。
その声のトーンが一段階低くなり、官僚としての冷徹な響きを帯びる。
「工藤さん。単刀直入に申し上げます。
アメリカは、『ヤタガラス』の存在に気づいたようです」
その言葉が落ちた瞬間、創一の笑顔がピタリと止まった。
「……は? マジですか?」
「マジです」
日下部は、微塵も冗談を含まない真顔で頷いた。
創一は、信じられないというように少しだけ目を丸くした。
「……マジかよ……」
創一の声のトーンが、先ほどまでの軽いノリから、一気に「技術者(エンジニア)」のそれに切り替わった。
彼の瞳の奥で、MK2ナノマシンによる超高速演算が静かに青白い光を放ち始める。
「現在、アメリカ政府から我が国への直接的な照会や抗議は一切ありません」
日下部は、CIAやNSAの内部に潜り込ませた協力者(エス)からの断片的な情報を統合したレポートを、手元のモニターに表示させた。
「彼らは、我々に『見つけた』と悟られることを極度に恐れているようです。公の外交ルートは使わず、完全に内部での観測と評価のフェーズに移行しています。
……皮肉な話ですが、我々が提供した『グラス・アイ(位相空間レーダー)』を通じて気づいたわけではありませんでした。彼らは全く別のアプローチ――純粋な物理的観測の積み重ねによって、あの巨大な質量にたどり着いたのです。我々は、そのワシントンの密室で行われた会議の内容の一部を、スパイ網経由で傍受することに成功しました」
「……うーん。気づくとしたら、重力勾配あたりですかね」
創一は、顎に手を当ててブツブツと独りごちた。
「レーダーには絶対に映らないように電波吸収材を配置したし、赤外線シグネチャも冷却システムで完全に抑え込んでる。光学迷彩のアルゴリズムだって、背景の空とコンマ数ミリ秒で同化するように組んだし、音響キャンセラーもジャミングも完璧だったはずだ。
……でも、質量そのものが空間に与える影響までは、完全には消しきれない。あれ、ほぼ観測機器の誤差範囲(ノイズ)に収まるように調整してたと思うんだけどな」
彼にとっては、アメリカという超大国に秘密がバレたことの政治的リスクよりも、「自分の完璧なはずの迷彩が、どこから破られたのか」という技術的な興味の方が勝っているようだった。
「ええ。察しの通りです」
日下部が、レポートの該当箇所を指差して頷いた。
「アーサー・ペンドルトン。国家地理空間情報局(NGA)のしがない一解析官です。彼が、複数の衛星から得られた極めて微小な軌道残差――重力勾配の痕跡のノイズを拾い上げ、それが自然現象ではなく、移動する巨大質量の航跡であると証明してみせたのです」
「ああ……やっぱりそうですか」
創一は、悔しがるどころか、どこか感心したような、純粋な敬意を含んだ声を出した。
「あれ、ちゃんと見てる変人に当たると見つかるんだよなぁ。
ノイズの中に意味を見出すなんて、相当な執念と変態的な計算能力がないと無理ですよ。地球にも、そういう凄い奴がいるんですね」
創一の「変人」という言葉は、彼なりの最上級の褒め言葉であった。彼自身が、効率化のために常軌を逸したシステムを組み上げる「変人」だからこそ、そのノイズを見つけ出した解析官の執念が痛いほど理解できたのだ。
副島総理が、円卓の向こう側から少しだけ苦笑を漏らした。
「その変人に見つかった結果、DARPAの博士まで巻き込んで、アメリカ大統領にまで直接報告が上がってしまったそうだ。……ワシントンの地下は、さぞかしパニックになったことだろうな」
「うわあ……」
創一は、少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いた。
自分の作った全長3キロの「キャンピングカー」が、アメリカの最高権力者たちを恐怖のどん底に叩き落としている図を想像して、流石にやりすぎたかと反省したのだ。
「じゃあ、次から消します?」
創一は、顔を上げてサラリと提案した。
「えっ?」
「だから、重力勾配も完全に隠します? ってことです」
創一は、仮想のキーボードを叩くような仕草をしながら、改善案をスラスラと口に出した。
「たぶん、次便の打ち上げの時に、ヤタガラスの反重力エンジンのダンパー(緩衝器)をもう一段増やして、外縁リングの位相変調の周波数を少し弄ってやれば、周囲の空間への重力的干渉を限りなくゼロ……それこそ大気の揺らぎレベルまで相殺して消せますけど。やります?」
シン……。
会議室の空気が、完全に停止した。
全長3キロ、質量数百万トンを超えるであろう巨大構造物の重力を、「ダンパーを増やして変調を弄れば消せる」と、まるで自転車のチェーンに油を差すくらいの軽さで言ってのけたのだ。
超重大な発見と、日米同盟の根幹を揺るがす危機管理の話をしている最中に、「あ、次から修正できますけど」というITエンジニアのバグ修正(パッチ当て)のノリ。
閣僚たちは、この男の脳内における物理法則の軽さに、改めて戦慄を覚えるしかなかった。
「……いいえ。今回は逆です」
数秒の沈黙の後、どうにか再起動した日下部が、きっぱりと首を横に振ってその提案を否定した。
「重力勾配は、そのままで構いません」
「え? 直さなくていいんですか? バレちゃいますよ?」
創一が不思議そうに首を傾げる。
「向こうは、『まだこちらにバレていない』と思っています」
日下部は、冷徹な外交官の顔になって、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「アメリカは、我々が彼らの会議を傍受していることなど夢にも思っていない。彼らは『日本の秘密の基地を見つけたが、日本には気づかれないように監視を続けよう』と、息を潜めている状態です。
……ならば、その勘違いを最大限に利用します」
日下部はスクリーンを操作し、地球の世界地図を表示させた。
そして、アメリカ本土やヨーロッパといった同盟国の上空を赤く塗りつぶし、逆に太平洋のど真ん中や、誰もいない公海上の空域を緑色でハイライトした。
「ヤタガラスは、今後もあえて『観測できる程度の痕跡』を残したまま運用してください。
ただし、飛行エリアは厳選します。アメリカ本土上空や、同盟国の上空を飛ぶことは絶対に避けてください。アメリカの領域外、太平洋上や極東の公海上のみを、適当にウロウロと動かしていただく」
「……なるほど」
創一の青白い瞳が、合点がいったように光った。
「『見つかった秘密基地』を、あえて向こうに見せ続けるんですね。
それで、本命であるテラ・ノヴァへのゲートや、もっとヤバい施設の存在から目を逸らさせる。……デコイ(囮)にするってことですか」
「その通りです」
日下部は深く頷いた。
「アメリカの情報機関は、ヤタガラスの重力痕跡を追うことに全リソースを注ぎ込むでしょう。彼らの脳内には『日本は太平洋上空に巨大な移動要塞を隠し持っている』という強烈な虚像が固定化されます。
そうすれば、我々が裏でどれだけテラ・ノヴァからの資源を運び込もうが、彼らの目は常に空の上のデコイに向いている。ヤタガラスは、我々にとって本物の戦略基盤であると同時に、アメリカを欺くための最も巨大で、最も理解しやすい『分かりやすい嘘(カバーストーリー)』になるのです」
「了解です」
創一は、ポンと手を打って笑った。
「じゃあ、アメリカの領土以外を、適当にぶらぶらと遊覧飛行させておきます。たまに少しだけ高度を下げて、彼らの衛星に『ほら、ここにいるよー』って手を振ってあげるような軌道を描いときますね」
国家の最高機密であるはずの超兵器の運用方針が、「適当にぶらぶらさせる」という一言で決定してしまった。
だが、その軽さこそが、かえってアメリカの深読みを誘う完璧なブラフとなるのだ。
「……さて。対米関係の応急処置については、これで方針が決まりました」
日下部は、手元の資料の束をパタンと閉じ、別のファイルを開いた。
その瞬間、彼の纏う空気が、先ほどまでの「外交的ないたちごっこ」から、極めて深刻で、国家の根幹に関わる重いトーンへと切り替わった。
日下部の合図で、スクリーンの映像が切り替わる。
そこに映し出されたのは、ヤタガラスの精緻な内部断面図。そして、居住区画の収容人数シミュレーション、さらには地球のゲートからテラ・ノヴァへの大規模な物資と人員の往還(ピストン輸送)を想定したフローチャートであった。
「……さて、本題に入ります。
今回、工藤さんをわざわざこの官邸地下までお呼びしたのは、アメリカの件ではなく、全く別の『本命の案件』があったからです」
創一は、少しだけ怪訝そうに首を傾げた。
「まだ何かあるんですか? レーダーの増設なら、いつでもやりますけど」
日下部は一拍置き、そして、円卓の閣僚たち全員を代表するように、低く、重みのある声で告げた。
「国家存続計画――『ヤタガラス第二国土化構想』です」
シン……。
会議室の空気が、まるで鉛を流し込まれたように重く、そして冷え切った。
閣僚たちは一様に口を噤み、その言葉の持つ途方もない重量に耐えるように背筋を伸ばしている。
ただ一人、工藤創一だけが、「おおっ?」というように少しだけ目を輝かせて、スクリーンの図面を見つめていた。
「第二国土、ですか」
創一の問いに、副島総理がゆっくりと口を開いた。
「そうだ、工藤さん。
……我々日本は今、貴方がもたらした超技術によって、世界で最も強大で、そして最も『狙われる国』になってしまった」
総理は、深く刻まれた皺に憂いの色を浮かべながら語り始めた。
「アメリカの依存、中国の禁断症状にも似た渇望、そしてロシアの不気味な沈黙。世界情勢は我々がコントロールしているように見えて、実はいつ暴発してもおかしくない薄氷の上にある。
それに加えて、我が国は地理的な宿命として、首都直下型地震、南海トラフ巨大地震、あるいは富士山の破局噴火といった、国家の存亡を揺るがす自然災害のリスクを常に抱え続けている」
総理は、真っ直ぐに創一の目を見つめた。
「もし、我々がコントロールに失敗し、世界中から核ミサイルの雨を降らせられたら。
あるいは、大地が割れ、日本列島が物理的に人が住めない焦土と化したら。
……我々には、テラ・ノヴァという『絶対的な安全圏(避難先)』がある。それを持っている以上、最悪の事態を想定した退避手段を構築しない理由は、国家としてどこにもないのだよ」
続いて、権田隊長が腕を組んだまま、実務的な観点から補足した。
「ヤタガラスは、ただのデカい船じゃない。
あれは内部に工場があり、反物質リアクターによる無尽蔵の電力があり、居住区画があり、そして何より、次元を跳躍して地球からテラ・ノヴァへと直接ジャンプできる輸送能力を持っている。
……いざという時、あれを単なる秘密基地や兵器としてではなく、日本という国家の中枢システムと、ある一定数の国民をそのまま浮かせて逃がせる『器(アーク)』として完成させたい。それが我々の総意だ」
有事の際、政府の要人だけが逃げても国家は維持できない。
日本の未来を繋ぐための技術者、医師、研究者、若年層、そして子供たち。
誰を、どこまで、どうやって運び、そして向こうの星でどうやって生かしていくか。
そのための、極めて現実的で、血の通った「箱舟」としての役割を、ヤタガラスに求めているのだ。
「なるほど。そういうことですか」
創一は、腕を組んでスクリーンの居住区画の図面を見上げた。
そして、彼岸の出来事でも語るかのように、極めてフラットなトーンで言った。
「へー、良いですね。
でも、やるなら『宇宙コロニー』まで考えた方が良いですね」
「……はい?」
日下部の口から、間の抜けた声が漏れた。
会議室の時間が、再び完全に停止した。
「コロニー……? 宇宙コロニーですか?」
防衛大臣が、自分の耳を疑うように聞き返す。
「ええ」
創一は、本気で不思議そうに首を傾げた。
「いや、だってヤタガラスだけだと、結局のところ避難先が『テラ・ノヴァの地表』か『地球の上空』に限られるじゃないですか。
国家存続まで本気で考えるなら、最終的には特定の惑星の環境や重力に縛られない、宇宙空間の『常住拠点』が要りますよね?
地表に降りちゃうと、バイターみたいな原住生物の脅威もあるし、星自体の気候変動のリスクもありますから。完全に環境をコントロールできるコロニーの方が、長期的な生存確率は圧倒的に高いですよ」
……この男は、何を言っているのだ。
日下部は、眩暈がするのを感じた。
日本政府が「空飛ぶ都市で国民を逃がそう」と、SF映画も真っ青の必死の覚悟で提案したというのに。
この男の思考は、すでに大気圏を突破し、ガンダムの世界のような「宇宙移民(スペースコロニー)」の段階にまで一気に飛躍しているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください工藤さん。
宇宙コロニーって……あの、円筒形のアレですか?」
「そうですそうです。オニール・シリンダーみたいなやつです」
創一は、すでに目の前のホワイトボードにマーカーを手にして、猛烈な勢いで図式を書き込み始めていた。
彼の目には、国家の危機や悲壮感など微塵もない。あるのは、巨大な生産ラインを設計する時特有の、純粋な「エンジニアとしての喜び」だけだった。
「地球側の避難国家としてヤタガラスを中継地点(ハブ)に使うのは、大賛成です。
でも、『国家存続』って言うなら、“逃げる”だけじゃなくて、“逃げたあとに向こうで生活を回す”ところまで最初からパッケージで設計しておかないと駄目です」
キュッ、キュッ、とマーカーが走る音だけが、呆然とする閣僚たちの前で響く。
「まず、前提条件(パラメーター)の整理ですね。
居住人口、食料の完全自給率、水の完全循環システム、廃棄物のリサイクル効率。
それから、医療区画、発電モジュール、教育施設、行政機能、そして何より……生活インフラを維持するための『産業基盤』と、人口を維持・拡大するための『再生産人口(男女比と年齢構成)』の計算。
あと、閉鎖空間での心理的ストレス耐性の限界値や、子供を健全に育てられる環境と文化の維持システム……」
創一の口から、都市工学、社会学、生命維持工学の専門用語が滝のように溢れ出してくる。
副島総理や官僚たちは、それを「国家の運営」という重い文脈で受け止めようとしていた。だが、創一の頭の中では、それらはすべて「工場を効率よく回すための生産ラインの構成要素」の延長線上でしかなかった。
「……工藤さん。仮にコロニーを作るとして、どれくらいの規模が必要だとお考えで?」
文部科学大臣が、恐る恐る尋ねた。
「そうですねぇ……。
最初から何百万人も移住させるのは、物流的にも資源的にも無理です。ボトルネックが多すぎる。
でも、数千人ぽっちじゃ遺伝子プールが狭すぎて、数世代で国家(システム)が維持できなくなって死滅します。
遺伝的多様性を保ちつつ、自力で文明を再構築できる『文明の種』として機能させるなら……最低でも【十万人単位】は初期ロットとして欲しいですね。
研究や技術開発に特化した『研究都市』として割り切るなら、数万人でも回せなくはないですが」
「じゅ、十万人……」
会議室のあちこちから、息を呑む音が聞こえた。
十万人。地方の中核都市が丸ごと一つ、宇宙に浮かぶ計算だ。
「ただ、最初のコロニー第一号は、居住モジュールの実証テストを兼ねるので、もっと小さくていいです」
創一はホワイトボードに、巨大な円筒と、その外周に取り付けられたブロックの絵を描いた。
「たとえば、五千から一万人規模の『実験都市』を一個、軌道上に浮かべる。
それをベースにして、ブロックを継ぎ足すように増設前提で回していくんです。テラ・ノヴァにはすでにロケットサイロと宇宙プラットフォームの基礎がありますし、重力制御ユニットとヤタガラスによる大規模な資源搬入ルートが確立されてるなら、地球の軌道上にコロニーを作るより一万倍ずっと楽に作れますよ」
「……重力制御か」
防衛大臣が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「回転式で遠心力による人工重力を作るのか? それとも……」
「あ、回転式は構造が複雑になるし、ジャイロ効果で姿勢制御が面倒なので却下です」
創一は即答した。
「ヤタガラスに積んでる反重力エンジンのユニットを小型化して、各フロアの床下に敷き詰めます。これでどこでも地球と同じ1Gの『固定重力』が作れます。
農業区画は日照量をコントロールしやすいように外部モジュールとして分離。医療区画は、もちろん『ザルすくい君』と『消しゴム君』をフル稼働させる前提のシステム設計にします。
……あ、あと、子供がストレスなく思いっきり走り回れるように、天井高が最低でも50メートルはある巨大な『公園区画』は絶対に必要ですね。これもモジュールでくっつけましょう」
創一は、まるで自分の庭にDIYで犬小屋を建てるかのように、次々と壮大な宇宙都市の仕様を決定していく。
会議室の閣僚たちは、もはや彼の思考の速度とスケールに完全に置いてけぼりにされ、半ば理解不能な顔でポカンとしている。
ただ一人、日下部参事官だけが、頭を抱えながらも、必死で手元の端末に創一の言葉を一言一句漏らさずメモを取り続けていた。
(……こいつ、本当に頭おかしい。だけど、言ってることの理屈は完璧に通っている……! これが自称超天才の都市計画か……!)
その時。
ずっと黙って創一の言葉を聞いていた副島総理が、低く、しかし確かな重みを持った声で口を開いた。
「……工藤さん」
総理の鋭い視線が、ホワイトボードの前でペンを走らせる創一の背中を射抜く。
「あなたは、我々が話している『避難』の話をしているつもりは、ないな?」
その問いかけに、創一は少し驚いたように振り返った。
「え? いや、避難は避難ですけど……」
創一は、本気で不思議そうに首を傾げた。
「でも、ただ『逃げる』だけじゃ、その後が続かなくてジリ貧になって詰むじゃないですか。逃げた先でちゃんと住んで、生活を回せないと意味がない。
だったら、最初から『どんどん増やせる新しい居住地』として設計して、システムを構築しておいた方が、後々絶対に効率が良いですよね?」
そのあっけらかんとした回答を聞き、副島総理と日下部は、ようやくこの男の見ている「地平」の恐ろしさを完全に理解した。
日本政府がヤタガラスに求めていたのは、あくまで「地球が駄目になった時の、一時的な箱舟(シェルター)」であった。
だが、工藤創一の頭の中では、それはすでに「中継地点(ハブ)」に過ぎない。
彼は、地球という枠組みすらも過去のものとし、宇宙空間に人類(日本人)の全く新しい『人口圏』をゼロから構築し、増殖させることを、至極当然のプロセスとして計算に入れているのだ。
逃げるのではない。彼は、新たな世界を「作る」つもりなのだ。
「……コロニー構想。壮大すぎる夢だが、彼ならやり遂げかねん」
副島総理は、深く息を吐き出し、自嘲気味に笑った。
自分たち政治家が地球の泥沼で領土や覇権を巡って足掻いている間に、この男は人類の進化の階段を二段も三段も飛ばして駆け上がろうとしている。
「ですが、工藤さん」
日下部が、なんとか意識を現実へと引き戻すために、パンと手を叩いて会議の主導権を握り直した。
「コロニーのお話は……非常に重要かつ魅力的ですが。我々にはまず、目の前の現実的なステップをクリアする必要があります。
……まずは、ヤタガラスからです」
「あ、はい。そうですね」
創一も、ペンを置いて素直に頷いた。
「じゃあ、段階的(フェーズ分け)にやりましょうか。一気にやろうとするとバグが出ますからね」
創一は、ホワイトボードの空いたスペースに、即席のロードマップを書き出した。
「『フェーズ1』。ヤタガラスを、これまで通りアメリカ向けの『デコイ兼・移動工場』として運用を継続する。同時に、非常時用の居住区画の基礎を拡張し、数百人から数千人規模の短期収容能力を確保する。
『フェーズ2』。テラ・ノヴァ側の地上に、ヤタガラスからの避難民を受け入れるための巨大なハブ拠点を整備する。ここに医療、水、食料、教育の初期基盤(ベースキャンプ)を作る。
『フェーズ3』。ヤタガラスを量産し、複数艦体制に移行する。1号艦は『資源採掘・工場艦』、2号艦は『地球との輸送特化艦』、3号艦は『居住・避難特化艦』といった具合に、役割を分担して効率化する。
……そして『フェーズ4』。宇宙プラットフォームを拡張し、居住可能な外部コロニーの試験建設に入る」
見事なまでのシステム構築論。
会議室の閣僚たちは、その明確で論理的なステップに、もはや反論の余地すらなく、ただ呆然と頷くしかなかった。
「……では、ヤタガラスを『第二国土』として運用する準備を進めるとして」
官房長官が、重い口を開いた。
ここからが、政治家として最も避けては通れない、そして最も残酷な論点である。
「いざ地球で破滅的な有事が起きた際……。
我々は、その『数千人』、あるいは『十万人』の枠に……誰を優先的に乗せるのだ?」
会議室の温度が、スッと数度下がったような気がした。
国家の命運を分ける「命の選別」。
政府の中枢機能を維持するための閣僚や官僚か。
新しい世界を構築するための技術者や医師、研究者か。
未来を託すべき若年層や子供たちか。
それとも、暴動を防ぐための無作為な抽選枠や、地方の優先枠を設けるのか。
……誰を選び、誰を見捨てるのか。それは、政治家にとって究極のトロッコ問題であった。
閣僚たちが沈痛な面持ちで考え込む中。
創一は、ホワイトボードのペンを弄りながら、ここでもやはり「工場長のロジック」で、極めてシンプルに、そして冷酷なまでに合理的な答えを口にした。
「最初は、『増やせる人』と『回せる人』を優先して乗せるしかないんじゃないですか?」
「……増やせる人と、回せる人?」
「はい。
医療、電力、水、食料、教育、そして機械のメンテナンス。
コロニーだろうがヤタガラスだろうが、そのインフラを『回せる技術と知識を持った人間』がいないと、システムがダウンして結局全員死にます。
それと、人口を維持・拡大していくためには、若い男女……つまり『増やせる人』が絶対条件です。
……だから、まずはそこを最優先の『コア・コンポーネント』として確保する。政治家の人たちとか、お年寄りは、システムが安定してから後回しで良いんじゃないですかね?」
悪気など一切ない。
ただ純粋に、「システムを維持・拡張するための最適なパーツ構成」を述べているだけだ。
だが、そのあまりにも冷たい、命を部品(パーツ)として扱うような言葉に、閣僚たちは一瞬言葉を失った。自分たち政治家は「後回し(不良在庫)」扱いされたのだ。
しかし、副島総理だけは、創一のその冷たさの奥にある本質を正確に理解していた。
それは「悪意」ではない。彼なりの、全員を最も効率よく生かすための「究極の運用思考」なのだと。
「……耳の痛い話だが、実に論理的だ。工藤氏の言う通りだろう」
副島総理は、重々しく頷いた。
「我々老いぼれが先に逃げてシステムを崩壊させるより、未来を作れる者たちを先に送るのが、国家としての正しい機能だ。
……よし、決まりだ」
総理は円卓を見渡し、最終的な決断を下した。
「本日を以て、『ヤタガラス第二国土化構想』を国家の最高機密プロジェクトとして正式に始動する。
対外的には、この計画は一切存在しないものとする。対米対応としては、引き続きヤタガラスを『太平洋上のデコイ』として運用し、彼らの目を逸らし続ける。
……工藤氏には、至急、ヤタガラス内部の居住区画の拡張、都市OSの開発、およびテラ・ノヴァ地上での避難民受け入れ能力の拡張に向けた『たたき台』の作成を依頼する。
そして、宇宙コロニー構想については……」
総理は日下部を見た。
「日下部くん。それは『将来構想』として、別の極秘ファイルで厳重に管理・封印しておけ。今はまだ、我々には早すぎる」
「承知いたしました」
日下部は深く一礼し、そして創一に向かって、念を押すようにキツく釘を刺した。
「工藤さん。いいですか?
宇宙コロニー案は、まだ『今すぐやる話』ではありませんからね。絶対に、勝手に作り始めないでくださいよ。
まずはヤタガラスの居住区画を、安全に人間が住める状態に整備することから始めてください」
「はーい、分かってますよ」
創一は、少し不満そうに返事をした。
「とりあえず、ヤタガラスの中を住みやすくしてからですね。了解です」
だが、彼はホワイトボードのペンを片付けながら、誰に言うともなく、ボソッと独り言をこぼした。
「でも、住みやすく完璧に仕上げちゃうと……絶対、その先の『もっとデカい場所』が欲しくなるんだよなぁ……」
その言葉を聞いた瞬間、日下部は無言で胃袋のあたりを強く押さえ込み、本日何度目か分からない深い溜め息を吐いた。
この男の「拡張欲」は、決して止まることはないのだ。
◇
次元の彼方、惑星テラ・ノヴァ。
ヤタガラス1号艦の広大な艦内。
まだ無機質な骨組みとコンクリートが剥き出しになっている居住区画の予定地で、創一は一人、空中に展開したホログラムの設計図と睨み合っていた。
「とりあえず、第一フェーズの居住区画か……。
ここに食堂を置いて、こっちが学校エリア。医療区画は『ザルすくい君』を複数台並べるから広めに取って……。
あと、子供が走り回れるように、天井高50メートルの人工の『公園』みたいなものも作らないとな。水循環区画と、農業モジュールは隣接させた方が効率がいいな」
彼は、楽しげに指を動かし、次々と都市の機能ブロックをパズルのように配置していく。
その設計図の端っこに。
彼は、無意識のうちに、ある『走り書き』のメモを残していた。
『※ Orbital Habitat(軌道居住区)用・環境制御モジュールへの規格転用:互換性アリ』
『マスター。……それはヤタガラスの居住区画の設計図ではなかったのですか?』
イヴが、その走り書きを見て、冷静に問いかけた。
「ん? ああ、そうなんだけどさ」
創一は、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「どうせ規格をゼロから作るなら、そのままそっくり『宇宙コロニーのブロック』としても転用できた方が、後で拡張する時に楽かなーって思って。
モジュール化しておけば、ヤタガラスから取り外して、そのまま軌道上にガチャンって繋げられるからね」
彼は、ヤタガラスの窓から外を見上げた。
紫色の空の向こう。
そこには、彼が打ち上げたロケットが運んだ資材によって、少しずつ形を成しつつある宇宙プラットフォームが、星の光に混じって微かに輝いているはずだ。
「国を逃がす箱舟、か。
まあ、日下部さんたちがどうしても必要だって言うなら作るけどさ。
……どうせなら、逃げた先で、ちゃんとずっと住める『新しい場所』まで作ってあげた方が、良いに決まってるよな」
創一は、ニッと不敵に笑った。
日本政府が考えている「第二国土」のスケールなど、彼の頭の中ではすでに通過点に過ぎない。
極東の島国から始まった小さな工場の物語は、地球という揺り籠を完全に脱ぎ捨て、未知なる宇宙の人口圏(コロニー)へと、その圧倒的な歩みを進めようとしていた。
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