自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

14 / 207
第13話 霞が関の憂鬱と黄金の果実

 永田町、内閣総理大臣官邸。

 その地下にある危機管理センターの一室は、地上とは隔絶された独特の熱気に包まれていた。

 大型モニターには、惑星テラ・ノヴァの前線基地(FOB)にいる日下部駐在員の顔が映し出されている。

 円卓を囲むのは、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣、防衛大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣、そして警察庁の堂島警備局長といった、国家の中枢を担う面々だ。

 

 彼らの表情には、疲労と、それを上回る強烈な興奮が混在していた。

 手元に配られた極秘資料。

 そこに記されているのは、工藤創一からもたらされた最新の成果報告である。

 

「……では、日下部くん。報告を続けてくれたまえ」

 

 総理大臣が重々しく口を開いた。

 日下部が画面の向こうで一礼し、眼鏡の位置を直す。

 

『はい。まずは内政面……資源確保に関する報告です。

 特務開拓官・工藤氏より、新たな技術供与の提案がありました。

 資料の3ページ目をご覧ください。『温室(Greenhouse)』による木材生成プラントの建設についてです』

 

 経済産業大臣が身を乗り出すようにして、資料を睨んだ。

 

『工藤氏の提供した設計データによれば、この施設は、水と現地の砂、あるいは水のみを触媒として、ナノマシン技術により植物を急速成長させます。

 日産30単位。これは従来の林業における伐採効率を、数千倍上回る数値です。

 しかも、遺伝子データを書き換えることで、地球上のあらゆる樹種を再現可能です』

 

「……水と砂だけで、木材ができるというのは本当かね?」

 

 経産大臣の声が震えていた。

 無理もない。日本は国土の三分の二が森林だが、林業の衰退により木材自給率は低い。

 安価な輸入材に頼りきりなのが現状だ。

 それがタダ同然のコストで、しかも工場で量産できるとなれば、産業構造がひっくり返る。

 

『事実です。

 工藤氏は、この技術の実証実験として、日本国内へのプラント設置を提案しています』

「場所は?」

『東京都江東区、新木場の貯木場跡地を予定しています。

 そこなら海水淡水化プラントと直結でき、物流の拠点としても最適です。

 テラ・ノヴァへのゲートもここに移して拠点とします。

 建設資材は、すべてテラ・ノヴァから逆輸入します』

 

「素晴らしい……!」

 

 経産大臣が拳を握りしめた。

 

「建設用資材の高騰、ウッドショック……これらすべてが、一挙に解決するぞ。

 いや、それだけじゃない。バイオマス発電の燃料としても使える。

 CO2削減目標の達成も容易になる。

 これは……産業革命だ」

 

 会議室に、どよめきが走る。

 たかが木材、されど木材。

 国家の基盤を支える資源が「無限」になるという意味を、彼らは骨の髄まで理解していた。

 

「進めたまえ。予算は予備費から全額捻出する。

 ただし、市場への影響が大きすぎる。関連業界への根回しが終わるまでは、情報は『最高機密』だ。

 表向きは……そうだな。『次世代植物工場の研究施設』とでもしておけ」

 

 総理の裁定が下った。

 日下部が頷き、次の議題へと移る。

 ここからが本番だ。空気の温度が一段階上がった。

 

『次に遠征調査の結果についてです。

 工藤氏と防衛隊の混成チームは、基地から数キロ地点にある敵性生物(バイター)の巣の近辺まで進出。

 その過程で、高純度のレアメタルを含む隕石と……ある重要な資源を発見しました』

 

 日下部が一拍置き、告げた。

 

『原油(Crude Oil)です』

 

 シン……と会議室が静まり返った。

 直後、防衛大臣がテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「石油だと!? 本当か!?」

『はい。イヴ——工藤氏の随伴AI——のスキャン結果によれば、巣の直下に大規模な油田が確認されています。

 埋蔵量は測定不能。ですが、地表に滲み出ている量から見て、中東の巨大油田に匹敵する可能性があります』

 

「おお……神よ……」

 

 誰かが呻くように呟いた。

 資源小国、日本。

 エネルギー安全保障のアキレス腱。

 先の大戦の敗因であり、現代においても日本の首輪となっている「石油」。

 それが自国民の管理下にある(異世界の)土地から湧き出たのだ。

 

「中東の顔色を窺う必要がなくなる……。

 ホルムズ海峡のリスクも、原油価格の乱高下も、過去のものになるのか」

「円安対策の切り札どころの話じゃない。日本が産油国になるんだぞ!」

 

 興奮が理性を上書きしていく。

 防衛大臣が紅潮した顔で叫んだ。

 

「総理! 直ちに自衛隊の本隊を派遣すべきです!

 一個師団……いや、中央即応集団を投入し、あの巣を制圧しましょう!

 バイターなどという害虫に、我々の石油を占拠させておく理由はありません!」

「そうです! 直ちにリグを建設し、パイプラインを敷設するんだ!」

 

 強硬派の意見が噴出する。

 欲望が加速している。

 だが、ここで警察庁の堂島警備局長が、低く、しかしよく通る声で割って入った。

 

「……お待ちください、大臣」

 

 現場を知る男の言葉に、場の熱狂がわずかに冷める。

 

「私は実際にゲートをくぐり、バイターと交戦しました。

 彼らは、ただの害虫ではありません。集団で連携し、死を恐れずに突っ込んでくる戦闘種族です。

 小銃弾を弾く装甲を持つ個体もいます。

 工藤氏のタレットと的確な指揮があったから撃退できましたが、本格的な『戦争』になれば、こちらの被害も甚大になります」

 

 堂島は防衛大臣を真っ直ぐに見据えた。

 

「自衛隊員を何百人も死なせて、石油を得る覚悟はおありですか?」

「ぐっ……」

 

 防衛大臣が言葉に詰まる。

 官房長官が冷ややかな視線で引き取った。

 

「それに大規模な部隊展開は目立ちます。

 アメリカや中国に勘付かれるリスクもある。

 ここは、工藤氏の推奨する『各個撃破と段階的な前線構築』プランに従うべきでしょう」

 

「……ふむ。妥当だな」

 

 総理が頷いた。

 

「防衛大臣。気持ちは分かるが、勇み足はいかん。

 我々は侵略者ではない……いや、実質的にはそうかもしれんが、自衛隊員を無駄死にさせるわけにはいかんのだ。

 工藤氏のプランに従い、1つ1つ進めよう。

 まずは木材プラント。次に周辺の安全確保。

 そして油田開発だ」

 

「……承知しました」

 

 防衛大臣が不満げながらも着席する。

 続いて、厚生労働大臣が手を挙げた。

 彼の顔色は、他の大臣たちよりも悪かった。

 

「あの総理。忘れてはならない案件があります。

 『医療用キット』です」

 

 場の空気が、熱狂から湿った緊張感へと変わる。

 石油が国家の血液なら、こちらは個人の寿命に関わる禁断の果実だ。

 

「日下部くん。今回の遠征で、原料となる『バイオマター』は確保できたのかね?」

『はい。20個の確保に成功しました。

 工藤氏との契約に基づき、半分の10個が完成品(医療用キット)として日本政府へ納品されます。

 現在、FOBから極秘輸送便で、こちらへ向かっています』

 

「10個……!」

 

 厚労大臣がゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「前回のサンプルは成分分析で使い切ってしまった。

 今回は、いよいよ実用化に向けた試験を行わねばならん」

「試験とは?」

「人体実……失礼。臨床試験です」

 

 厚労大臣が言い淀んだ言葉に、全員が顔をしかめたが、誰も咎めなかった。

 

「成分上は無害ですが、実際に人間に投与した場合の長期的な影響、特にDNAへの作用を確認する必要があります。

 末期癌の患者や重度の外傷を負った自衛官……ボランティアを募り、極秘裏に投与を行います」

「……誰に投与するつもりだね?」

「そこが問題です。

 一般人を使えば情報が漏れます。『奇跡の薬』の噂が広まれば、暴動が起きかねない。

 かといって身寄りのない人間を実験台にすれば、人権問題になる。

 ……誰が、その責任を取るのですか?」

 

 厚労大臣の悲痛な問いかけに、誰も答えなかった。

 総理が重い口を開いた。

 

「……責任は私が取る。

 対象者は、極秘任務で負傷し再起不能となった自衛官、および公安関係者を優先しろ。

 彼らなら守秘義務がある。

 そして何より、国家のために傷ついた者たちだ。

 まずは彼らを救うという名目で、データを取る」

 

「……分かりました。

 『愛国者への恩赦』というわけですね」

 

 厚労大臣は皮肉っぽく呟き、メモを取った。

 それは救済ではない。モルモットとしての利用だ。

 だが、背に腹は代えられない。

 

「さて、最後の議題だ」

 

 官房長官が最も重い懸案事項を切り出した。

 彼は視線を天井に向けた——まるで空の彼方にある軍事衛星を睨むように。

 

「アメリカ合衆国だ。

 彼らを、どうする?」

 

 重苦しい沈黙。

 外務大臣が青ざめた顔で口を開いた。

 

「……今のところ、表立った動きはありません。

 ですが、CIAやNSAが嗅ぎつけるのは時間の問題です。

 新宿での大規模な資材搬入、自衛隊退役者の不自然な再雇用、新木場のプラント建設。

 隠し通すには、規模が大きくなりすぎました」

「もしバレたら、どうなる?」

「『日米同盟』という名の圧力がかかります。

 『共同研究』や『安全保障上の懸念共有』という名目で、技術の全面開示とテラ・ノヴァへのアクセス権を要求してくるでしょう。

 断れば……経済制裁、あるいは物理的な介入もあり得ます」

 

 最悪のシナリオだ。

 せっかく手に入れた「日本独自の資源」が、同盟国の名の下に没収される。

 戦後、幾度となく繰り返されてきた敗北の歴史。

 

「……断固として拒否すべきだ」

 

 防衛大臣が唸るように言った。

 

「これは日本の領土(正確には異星だが)で起きた事象だ。

 アメリカにとやかく言われる筋合いはない。

 今回は日本政府としての意地を張るべきです。

 日本国民のために、この利益は死守せねばならん!」

「理想論ですね」

 

 官房長官が冷たく切り捨てた。

 

「意地で国が守れるなら苦労はない。

 現実を見たまえ。米軍と事を構えて勝てるわけがない。

 それに、工藤氏を守りきれる保証もない」

「では、言いなりになれと?」

「いいや。そうは言っていない」

 

 官房長官は手元の資料にある『医療用キット』の項目を指で叩いた。

 

「外交は駆け引きだ。

 彼らが欲しいのは『利益』だ。

 もし嗅ぎつけられたら……実利で黙らせるしかない」

「実利?」

「医療用キットを2個、ホワイトハウスへ贈るんだ」

 

 全員が息を呑んだ。

 

「賄賂……かね?」

 

 総理が尋ねる。

 外務大臣が慌てて口を挟んだ。

 

「待ってください、官房長官!

 それは薬事法以前の問題です。国家間の贈収賄になりかねない!

 もし表沙汰になれば、政権が吹き飛びますよ!

 それに、後で必ず『もっと寄越せ』と足元を見られます!」

「その時は、その時だ」

 

 官房長官は平然と言い放った。

 

「『友好の印』ですよ、大臣。

 アメリカ大統領も高齢だ。健康不安説も流れている。

 『我が国で開発された新薬です。極めて希少ですが、同盟国のよしみで特別に提供しましょう』と言って渡す。

 その効果を実感すれば、彼らも無茶な介入はできなくなる。

 ……説明書き(能書)は、私が作りますよ。いかにもな美辞麗句を並べてね」

 

「……『供給を絶たれたくなければ、日本政府の管理権を認めろ』という脅しか」

「人聞きが悪い。相互理解のための調整ですよ」

 

 官房長官は薄く笑った。

 その笑顔は、霞が関の魔物そのものだった。

 

「もちろん、あくまで『バレた場合』の最終手段です。

 基本は秘密保持(トップシークレット)。

 ですが、万が一の時は、この虎の子の薬を切る覚悟をしておいてください。

 ……たった2個で国家の主権が買えるなら、安いものです」

 

 総理は目を閉じ、深く考え込んだ。

 日本独自の資源と技術。

 それを守るための、アメリカとの腹の探り合い。

 そしてその中心にいる、一人の中年、工藤創一。

 

「……致し方あるまい」

 

 総理は目を開けた。

 その瞳には、一国の長としての覚悟と、決して消えない泥を被る決意が宿っていた。

 

「日本国民のために、私は倫理を棚上げする。

 説明責任も政治的なリスクも、すべて私が飲み込もう。

 

 方針は決定だ。

 1.木材プラントの建設と実用化。

 2.医療用キットの臨床試験と対米交渉用備蓄。

 3.バイターの段階的殲滅と油田開発の準備。

 

 ……総員、抜かりなく頼むぞ。

 これは日本が『戦後レジーム』から脱却し、真の独立国家となるための戦いなのだから」

 

「「「はっ!」」」

 

 閣僚たちが一斉に頭を下げる。

 会議は終わった。

 だが、彼らの仕事は、これからだ。

 

 木材、石油、そして不老不死の薬。

 テラ・ノヴァからもたらされた果実は、あまりにも甘美で、そして毒を含んでいる。

 

 霞が関の地下で、国家という巨大な怪物が、新たな餌を求めて唸り声を上げていた。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。