自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第155話 旧知の二人と、見えない魔法使い

 矢崎薫内閣の発足から、わずか十日。

 日本政治が「怪物選挙」の熱狂から冷めやらぬうちに、羽田空港の特別滑走路には、青と白に彩られた巨大な機体が滑り込んできた。

 アメリカ合衆国大統領専用機、エアフォース・ワン。

 新政権発足後、初の主要国首脳の来日であり、しかもそれがアメリカ大統領による「最速の訪問」であるという事実は、世界中に極めて強烈なメッセージを発信していた。

 

 タラップの下には、真新しい総理大臣専用車と共に、矢崎総理本人が直接出迎えに立っている。

 副島政権から矢崎政権へ。トップの顔は変わった。

 しかし、日米同盟の強固な絆と、先駆者(アンノウン)由来技術の管理体制は決して揺るがない。それを世界中に、特に中国とロシアに見せつけるための、周到に計算された外交演出であった。

 

 タラップを降りてきたキャサリン・ヘイズ大統領は、矢崎総理の姿を認めると、硬い表情を崩してふっと微笑んだ。

 

「久しぶりね、薫」

 

 差し出された手を、矢崎がしっかりと握り返す。

 

「ええ、キャサリン。貴方が大統領になってから、会えないことが多くなりましたから」

 

「これで、いつでも会えるわ」

 

「それを喜んでいいのか、職務上は悩むところですね」

 

 矢崎が少しだけ皮肉めいて返すと、ヘイズは声を上げて笑った。

 

「昔から、そういう返し方をする人だった」

 

「貴方も、相手を逃がさないところは変わっていません」

 

 二人は、カメラのフラッシュを浴びながら、旧知の仲であることを隠そうともせずに笑い合った。

 かつて、ヘイズがまだ検事であり、矢崎が若手議員として国際法務・技術犯罪対策会議で同席した頃からの付き合いだ。その短いやり取りだけで、世界中のメディアは「日米首脳の個人的な信頼関係の強さ」を速報で打ち出した。

 

 ◇

 

 首相官邸での共同記者会見は、徹頭徹尾、表向きの「同盟確認」の場となった。

 

「副島前総理のもとで築かれた日米協力の枠組みは、矢崎内閣においても決して揺らぎません。先駆者由来技術は、特定の政権や個人のものではなく、法と制度のもとで管理される国家プロジェクトです」

 

 矢崎総理が、冷静な声で技術の継続性を宣言する。

 

「アメリカは、矢崎総理の新政権を強く信頼しています」

 

 ヘイズ大統領が受けて立つ。

 

「日本が示してきた技術管理能力、医療協力、宇宙開発への責任ある姿勢は、日米同盟の次の百年を支えるものです」

 

 質疑応答で、ある記者が問いかけた。

 

「ヘイズ大統領は、矢崎政権を副島政権と同じように信頼するとお考えですか?」

 

 ヘイズは、マイクの前で少しだけ考える素振りを見せた後、はっきりと答えた。

 

「同じように、ではありません。矢崎総理には矢崎総理の強みがあります。副島前総理は、未知を受け止める器を作りました。矢崎総理は、それを制度として国民生活に届かせるでしょう。アメリカは、その『能力』を信頼しています」

 

 この言葉により、矢崎の役割が明確に世界へ提示された。

 副島は初動の総理。

 矢崎は制度化の総理。

 そして日米同盟は、その両方を支持している、と。

 

 ◇

 

 記者会見が終わり、両首脳は官邸の奥深く、地下の特別会議室へと移動した。

 

「——ジャミング、オン」

 

 内閣情報官の低い声と共に、位相干渉装置が稼働し、会議室は完全な密室となった。通信遮断、外部回線遮断。記録は最高レベルの機密指定。

 

 日本側の参加者は、矢崎総理、内閣官房参事官の日下部、官房長官、そして外務・防衛の担当官と内閣情報官。

 アメリカ側は、ヘイズ大統領、国務長官、国家安全保障担当補佐官、そして最小限の随行官のみ。

 タイタン・グループのノアと、CIA長官のエレノアは、今回は同行していない。

 

 本題に入る前、ヘイズ大統領が円卓の端に座る日下部へ視線を向けた。

 

「あなたが、日本側の実務を支えてきた方ね。ノアとエレノアから、よく名前を聞いているわ」

 

「こちらこそ、アメリカ側の調整にはいつも助けられています」

 

 日下部が、感情を読み取らせない完璧な官僚の顔で頭を下げる。

 

「二人とも、今回は来られなかったけれど、かなり来たがっていたわ」

 

「お二人には、いつも実務面でご協力いただいております」

 

 ヘイズが、少しだけ悪戯っぽく笑った。

 

「ノアは特にね。あなた方の“魔法使い”に会いたがっていたわ」

 

 会議室の空気が、ほんのわずかに張り詰める。

 日下部は、一瞬だけ間を置いた。ここで、正体には絶対に触れてはならない。相手は大統領であっても、情報制御の絶対ルールは守らなければならない。

 

「……そうですか」

 

「ええ。好奇心が抑えきれないみたい」

 

「このまま日米の信頼関係が続けば、いつかはそのような機会もあるかもしれません」

 

 日下部は、完璧な外交辞令で返した。

 ヘイズが少し目を細める。

 

「あら。そうなの?」

 

「あくまで、可能性の話です。現時点でお約束できることはありません」

 

「十分よ。ノアが喜ぶと思うわ。伝えておく」

 

「過度な期待はなさらないよう、併せてお伝えください」

 

「無理ね。あの子は期待するわ」

 

 二人のやり取りに、矢崎総理が静かに割って入った。

 

「ヘイズ大統領。日本政府としては、必要な情報共有と協力は続けます。ただし、先駆者本人への接触については、極めて慎重に扱わせていただきます」

 

「分かっているわ」

 

 ヘイズは、矢崎の言葉をあっさりと受け入れた。

 

「あなたたちが“魔法使い”を簡単に人前へ出す国なら、私はここまで信頼していない」

 

 これで、情報制御の壁は守られた。

 

 ◇

 

「最初に確認したい」

 

 ヘイズが、表情を真剣なものに変え、本題へ入った。

 

「矢崎総理、あなたは“魔法使い”に関する国家運用上必要な情報を引き継いでいるのね?」

 

「先駆者、通称アンノウンに関する国家運用上必要な情報は、前政権から引き継いでいます」

 

 矢崎が、毅然と答える。

 

「ただし、その詳細については、日本政府内でも極めて厳格なアクセス制限が設けられています」

 

「つまり、私たちが“魔法使い”と呼んでいる存在について、あなたは判断に必要な範囲を把握している、ということね」

 

「その理解で結構です」

 

 ヘイズは深く頷いた。

 

「全てを聞こうとは思わないわ。聞かされないことがあるのも承知している。問題は、日米協調に支障が出ないかどうかよ」

 

「支障は出しません。副島政権で構築した技術管理枠組み、日米協力、医療・宇宙・エネルギー分野の協調は継続します」

 

「アメリカ側も同じ。こちらも、すべてを知っているとは言わない。深層側(ノアやエレノア)から聞いていないこともあるでしょう。けれど、判断に困らない程度には聞いている」

 

「すべてを共有することが信頼ではありません」

 

 矢崎が、元法務副大臣としての冷徹な視点で言い切った。

 

「必要な情報を正確に共有し、守るべき線を守ることが信頼です」

 

 ヘイズが少し笑った。

 

「良い言葉ね。法務畑らしい」

 

 ◇

 

 そこから、具体的な議題の整理が猛スピードで進められた。

 13m級教育用核融合炉、日米仏の核融合炉管理枠組み、人工肝臓の治験スケジュール、宇宙輸送技術、医療技術の国際提供枠、技術中核の拡散防止。

 

「矢崎内閣は、副島政権で構築したアンノウン関連の国際枠組みを継承します。日米協調を最優先に置く方針に変更はありません」

 

「アメリカも同じです。ただし、国内からの圧力は増えている。特に医療と宇宙」

 

 ヘイズが、国内の政治事情を漏らす。

 

「人工義手・義足の件ですね」

 

 日下部が、先回りして確認する。

 

「ええ。傷痍軍人会は非常に強い。しかも、彼らの主張は正しい。失った手足を取り戻せるなら、国家はそれを拒めない」

 

「日本としても、人道目的での協力を拡大する用意はあります」

 

 矢崎が、一定の譲歩を示す。

 

「ただし、軍事強化やバッテリー単体での解析は認められません」

 

「その線は守るわ。少なくとも、私の政権では」

 

「“少なくとも”が重いですね」

 

 日下部が、外交官としての牽制を入れる。

 

「民主主義国家ですから」

 

「そこはお互い様です」

 

 矢崎が、苦笑いを浮かべながら同調した。

 

 ◇

 

「ロシアは、今のところ大人しい」

 

 ヘイズが、ロシア情勢をまとめた資料をテーブルに置いた。

 

「北方領土返還後、表向きは対日関係を安定させています。ですが、沈黙を安全と見なすべきではありません」

 

 矢崎が、警戒感を緩めずに応じる。

 日下部が、ロシアの動向について補足説明を行う。

 

「ロシアは現在、我々との正面衝突を意図的に避けています。技術差が開きすぎているため、直接的な軍事挑発はリスクが高すぎると判断しているのでしょう。代わりに、情報工作、サイバー攻撃、第三国への干渉、エネルギー市場の操作など、非対称な手法で動く可能性があります。……特に、中国情勢が揺れた時、ロシアがどこに介入してくるかが重要です」

 

「ロシアが今すぐ大きく動く可能性は低い。けれど、中国が内部で揺れた時、北の熊がどこに手を伸ばすかは分からない」

 

 ヘイズが、日下部の分析に同意する。

 

「ロシア情勢と中国情勢は切り離せない、ということですね」

 

「ええ。ロシアはおとなしい。だからこそ要注意」

 

 ◇

 

 ヘイズの表情が、一段と険しくなった。

 

「問題は中国ね」

 

「ええ。現在の中国は、対日融和というより、医療用キットへの執着で外交判断が極端に歪んでいます」

 

 矢崎が、最大の懸念事項を口にする。

 

「オリジナル医療用キット。中国指導部が“不老不死の薬”と見なしているものね」

 

 日下部が頷く。

 

「はい。中国の国家安全部は、日本の政財界VIPの奇跡的回復から、我が国が何らかのオーバーテクノロジーレベルの先進医療技術を保有していると察知しました。その後、彼らは意図的に流した毒入りの情報に食いつき、その見返りとして、尖閣諸島の領有権主張を完全撤回しました」

 

「彼らにとって、尖閣という領土よりも、医療用キットという個人の命の方が価値を持ってしまった」

 

 矢崎の言葉に、ヘイズは呆れたように息を吐いた。

 

「国家の核心的利益より、自分たちの命を取ったわけね」

 

「その後、オリジナル医療用キット1個を巡って、中国共産党の長老間で激しい内ゲバが発生しました。結果として、最も権力を持つ趙最長老が使用し、全盛期の肉体を取り戻して引退。現在はマイアミで……」

 

 日下部が、そこで少し言葉を選んだ。

 

「例の動画ね。マイアミの亀仙人」

 

 ヘイズが、ネットで出回っている俗称を躊躇なく口にする。

 

「……はい」

 

「その動画が、現役の中国指導部をさらに強烈に刺激しました」

 

 矢崎が、状況の深刻さを強調する。

 

「そして彼らは、追加のキットを欲しがっている」

 

「はい。そのために、彼らは次のカードとして、台湾問題の清算を切ろうとしています」

 

 日下部の言葉に、アメリカ側の随行官たちが静かに息を呑んだ。

 

「ここをはっきりさせましょう。中国は台湾を取り込もうとしているのではない」

 

 ヘイズが、確認するように言う。

 

「はい。現在の動きは真逆です」

 

 矢崎が、断言する。

 

「中国指導部は、台湾の民主主義的独立を承認し、武力統一を完全に放棄する方向へ動こうとしています」

 

「理由は、医療用キット」

 

「はい。彼らは追加のオリジナル医療用キットを得るため、中国共産党の存在意義すら否定するカードを切ろうとしています」

 

「台湾独立承認そのものは、東アジアにとって歴史的な平和要因になり得ます」

 

 矢崎は、理想と現実の狭間で葛藤するように言った。

 

「ですが、動機があまりにも歪んでいる。しかも、実行しようとしている速度が異常で、危険です」

 

「中国共産党は長年、台湾統一を国家の正統性の一部にしてきた。それを突然放棄すれば、軍、党内強硬派、民族主義層、地方政府……どこが燃えてもおかしくない」

 

 ヘイズが、中国国内の分裂リスクを指摘する。

 

「はい。情報によれば、李総理たちは、暴動が起きれば監視システムで徹底的に弾圧すればいいとすら考えているようです」

 

 日下部が、恐るべき情報を付け加える。

 

「それが最も危険です。国内の強烈な反発を、力だけで押し潰せると考えている」

 

 矢崎が、危惧する。

 

「医療用キットが、国家を正気から遠ざけているわね」

 

 ヘイズが、深い溜め息をついた。

 

「中国は、永遠の命への欲望で国家の基礎を売ろうとしています。台湾問題の清算ですら、その手段になっている」

 

 日下部の言葉は、冷徹な事実として会議室に響いた。

 

 ◇

 

「日本としては、台湾の民主主義的地位を尊重する方向そのものは否定しません」

 

 矢崎が、日本政府のスタンスを明確にする。

 

「アメリカも同じ。武力統一の放棄は本来歓迎すべき話よ」

 

 ヘイズも同意する。

 

「ですが、今の中国は手順を完全に無視しています。医療用キット欲しさに、国家の根幹を一晩で書き換えようとしている」

 

 日下部が、彼らの暴走を危惧する。

 

「それを認めれば、中国本土で血みどろの動乱が起きます」

 

「つまり私たちは今、中国に“台湾を手放すな”と言っているのではない。“手放すなら国家を壊さずにやれ”と言っている」

 

 ヘイズが、日米の奇妙な立場を要約した。

 

「はい。極めて奇妙ですが、それが現状です」

 

「台湾を解放することと、中国を内側から爆発させることは別です」

 

 矢崎が、事態の深刻さを強調する。

 

「北京が平和を急ぎすぎて、内戦の火種を撒く。そんな悪夢は見たくないわ」

 

 そこから、日米が中国に対して求める条件のすり合わせが行われた。

 台湾の自由意思の尊重、武力統一放棄の段階的調整、軍と強硬派の統制確保、国際監視の受け入れ、そして「医療用キットを台湾問題の即時対価として要求しないこと」。

 

「中国には、善意であっても手順が必要です。国家は、正しい結論だけでは動きません」

 

 矢崎が、法と制度の重要性を説く。

 

「今の中国は、善意ですらない。死への恐怖と嫉妬で動いている」

 

 ヘイズが、人間の暗部を突く。

 

「医療用キットは、人間の欲望を剥き出しにします。中国は、その最初の大国サンプルになっている」

 

 日下部の言葉に、会議室が少し沈黙した。

 

「台湾問題が、まさか不老不死の薬を巡る取引材料になるとはね」

 

「アンノウン時代では、通常の外交理論だけでは足りません」

 

「欲望の管理も、外交の一部になりました」

 

 ◇

 

 中国問題という重すぎる議題を一旦保留し、会議は次のステップへと進んだ。

 ヘイズが、分厚い宇宙関連の資料をテーブルに広げる。

 

「宇宙の話に移りましょう。スペースXが、火星有人飛行をかなり本気で進めている」

 

「報告は受けています。火星まで五日、でしたね」

 

 矢崎が、事実を確認する。

 

「ええ。五日。……火星が、探査対象から“行ける場所”に変わった」

 

「150km/sまで加速する技術は、現在のところ日本とアメリカの管理下にあります。他国には開放していません」

 

 日下部が、技術の独占状況を説明する。

 

「だからこそ問題なの。スペースXが火星有人飛行を発表すれば、世界中が動く。欧州も、中東も、中国も、インドも、民間企業も、必ず参加枠を求める」

 

「宇宙開発は、国家間競争から国際制度設計へ移る必要があります」

 

「その制度を、私たちが作るのよ」

 

 ヘイズの目には、新たなフロンティアのルールメイカーとしての野心が宿っていた。

 

 議論の焦点は、民間企業が火星へ行くことによる法的なグレーゾーンの解消だ。

 技術貸与の範囲、火星基地の法的地位、資源採掘権、事故時の責任の所在。そして、他国をどう巻き込むか。

 

「スペースXは火星を夢として語る。でも政府から見ると、火星は法律と事故責任と安全保障の塊よ」

 

 ヘイズが、ため息混じりに言う。

 

「夢を止めるわけにはいきません。ですが、夢に法律をつける必要があります」

 

 矢崎が、法務の専門家としての見解を述べる。

 

「ロマンに法務部が追いついていない状態ですね」

 

 日下部が、的確に状況を表現した。

 

「宇宙ロマンって、だいたい書類を増やすのよ」

 

 ヘイズが、大統領としての苦悩を漏らす。

 

 日米は、仮称『日米深宇宙交通安全協定』の策定で方向性を合わせた。

 推進技術の日米共同管理、民間利用のライセンス制、火星有人飛行のNASA・JAXA共同監督、軍事利用の禁止、そして他国参加の段階的審査。

 

「スペースXには、夢を見る自由があります。ただし、火星に国境線を引く自由はありません」

 

 矢崎が、毅然と言い切った。

 

「いい言葉ね。使わせてもらうかも」

 

「どうぞ。ただし、日本側の主張として引用してください」

 

「本当に制度の人ね」

 

 ヘイズは、矢崎のブレない姿勢に満足そうに頷いた。

 

 ◇

 

 会議の終盤。

 ヘイズが、改めて日下部へ視線を向けた。

 

「日下部さん」

 

「はい」

 

「副島前総理から矢崎総理へ変わった。アメリカ大統領としては、日本側の実務ラインが継続していることを歓迎するわ」

 

「恐縮です」

 

「ノアは、あなたのことを“日本側で最も可哀想な実務家”と言っていた」

 

「評価なのか同情なのか判断に困りますね」

 

「エレノアは、“だからこそ信用できる”と言っていた」

 

「それは……ありがたいお言葉です」

 

 矢崎が、横から静かに口を挟んだ。

 

「日下部さん、逃げられませんね」

 

「最近、その結論に皆さん到達するのが早すぎます」

 

 日下部が、心底うんざりしたように答えると、ヘイズが笑った。

 

「アンノウン時代の外交は、逃げ足の遅い実務家で支えられているのね」

 

「せめて、責任感が強いと言ってください」

 

 日下部の言葉に、会議室に少しだけ和やかな笑い声が響いた。

 

 会談の最後、日米同盟の継続、先駆者由来技術の安全管理、中国への段階的対話の要求などを盛り込んだ共同声明の草案が確認された。

 

「文言は強すぎず、しかし曖昧すぎないようにしましょう」

 

「中国には伝わる程度に?」

 

「はい。ですが、挑発と受け取られるほどではなく」

 

「難しい線ね」

 

「外交ですから」

 

「本当に昔から変わらないわね」

 

 ヘイズは、矢崎の手腕を心から評価しているようだった。

 

 ◇

 

 ヘイズ大統領一行が宿泊先のホテルへ向かい、官邸には矢崎総理と日下部が残された。

 

「強い人ですね、ヘイズ大統領は」

 

「ええ。強いです。しかも現実主義です」

 

「ですが、話は早い」

 

「そこは助かります」

 

 矢崎は、窓の外に広がる東京の夜景を見つめながら言った。

 

「副島前総理は、未知を受け止める器を作った。私は、それを制度にしなければならない」

 

「はい」

 

「中国、ロシア、火星、人工義肢、核融合炉。最初の首脳会談としては重すぎませんか」

 

「アンノウン案件では、軽い議題が存在しません」

 

「なるほど。副島前総理が勇退したくなった理由が、少し分かりました」

 

「分かっていただけて何よりです」

 

 矢崎が、日下部の方を振り返った。

 

「日下部さん」

 

「はい」

 

「これからも、よろしくお願いします」

 

「……承知しました」

 

「嫌そうですね」

 

「いえ。覚悟を新たにしただけです」

 

「それは良かった」

 

 矢崎は、穏やかに微笑んだ。

 日下部は内心で、深く、本当に深くため息をついた。

 また、逃げ道が一つ減った。

 

 副島政権から矢崎政権へ。そして、日本からアメリカへ。

 アンノウン時代の同盟は、トップの顔を変えながらも、さらに深く、強固に結び直されていく。

 だが、その先には、医療用キットに狂い暴走する中国、静かに沈黙を守るロシア、火星まで五日という宇宙時代、そして魔法使いに会いたがるアメリカの深層実務家が待っている。

 

 魔法使いは、まだ姿を見せない。

 だが、その存在を前提に、地球の政治はもう次の段階へ進み始めていた。

 

第十部 列に並ぶ列強と、配られる奇跡編完

 




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