自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第157話 中国政府、首輪付きの不老不死に歓喜する

 北京、中南海。

 中国共産党の中枢を担う最高指導者たちが集う、地下深くの極秘会議室。

 分厚い防音扉に閉ざされた室内は、あらゆる外部通信から遮断され、国家安全部(MSS)による完全な情報統制下にある。壁面に設置された巨大なモニター群には、日本から提供された監視システム「グラス・アイ」の専用端末が並び、中国全土の治安状況や通信ログをリアルタイムで可視化していた。

 

 円卓を囲むのは、李総理、国家安全部の張部長、人民解放軍トップの劉将軍。そして、駐日大使館一等書記官にしてMSS日本支局長という地獄の肩書きを持つ王特使と、旧世代の長老たちが引退した後に台頭してきた「新世代長老」の代表数名である。

 

 重苦しい沈黙の中、張部長が手元の極秘報告書を開いた。

 

「日本側より、オリジナル医療用キット一個の『条件付き提供』について、正式な打診がありました」

 

 会議室が、一瞬だけ水を打ったように静まり返った。

 次の瞬間、李総理が弾かれたように椅子から半分立ち上がった。

 

「来たか!」

 

 その声には、一国の最高指導者らしからぬ、生々しい歓喜と欲望が張り付いていた。

 

「ただし、極めて厳しい条件付きです」

 

 張部長が、冷静な声で釘を刺すように続ける。

 

「あくまで『緊急時の保険』としての預託です。所有権は日本側にあり、キットは日本側の特殊封印ケースに収納されたまま中国へ移送されます。開封には日本側の状況判断と解除手続きが必須。解析、複製、破壊検査、無断使用は厳禁。万が一、これらの条件に違反した場合は即時没収され、以後の医療協力はすべて停止となります」

 

 通常であれば、大国である中国に対して「お前たちを信用しない」と突きつける、屈辱的極まりない条件である。

 だが、李総理は顔を真っ赤にして、満面の笑みを浮かべた。

 

「ハハハハハ! 日本はやはり話が分かる国だ!」

 

 その異様な高揚ぶりに、劉将軍が渋い顔をして低く唸った。

 

「総理。お言葉ですが、これは薬ではありません。首輪です」

 

 李総理は、笑いながら将軍に向けて手を振った。

 

「首輪? 違うな、将軍。君は政治の機微というものが分かっていない。これは『保険』だ。国家指導者である私の健康と、職務の継続を守るための、絶対的な保険なのだよ。私は使わない。直ちには使わない。ただ持っているだけだ。……手元にそれがあるという安心感だけで、私は国政に全力を注げるのだからな!」

 

 会議室の誰も、李総理の「使わない」という言葉を信じてはいなかった。

 だが、彼が日本からの『勝利報酬』を手に入れたという事実は、会議室内の空気を劇的に変化させた。

 

 ◇

 

「ずるいぞ、李!」

 

 沈黙を破ったのは、新世代長老の一人だった。彼は机を叩き、血走った目で李総理を睨みつけた。

 

「一つだけだと? なぜ貴様だけが持つ!」

 

「趙めが先に若返り、今度は李か! 我々はいつまで待てばいいのだ!」

 

 別の新世代長老も、口角に泡を飛ばして同調する。彼らは、旧世代の長老たちが「マイアミの亀仙人」となった趙最長老を除いてすべて表舞台から消え去った後、中国の利権を握った者たちだ。彼らにとって、国家の威信などより、自分自身の延命こそが至上の命題であった。

 

 長老たちの非難を浴びても、李総理は完全に上機嫌だった。

 

「ふふふ。これは私が日本を説得し、粘り強い交渉の末に手に入れたものでーす!」

 

 普段の老獪で底知れぬ態度はどこへやら、今の李総理は、欲しかった玩具をやっと買ってもらった子供のように完全に浮かれていた。

 

「君たちは何かしたのかね? 私は日本とギリギリの交渉を行い、尖閣諸島の撤回という英断を下し、さらに台湾問題という巨大なカードを動かして、ようやくこの保険を得たのだ。これは私の卓越した政治的成果だ!」

 

 張部長が、たまらず咳払いをした。

 

「総理。正確には、日本側は『保険としての預託』と言っており、所有権は認めていません。いつでも没収できるという……」

 

「細かい!」

 

 李総理が、苛立たしげに張部長の言葉を遮る。

 

「細かくはありません」

 

 劉将軍が、重い声で同調した。

 

「そこが本質です。我々は、生殺与奪の権を日本に握られたということです」

 

 だが、新世代長老たちは将軍の警告など気にも留めず、さらに騒ぎ立てた。

 

「次だ! 早く次の薬を取れ!」

 

「台湾などという足手まといの看板は、一刻も早く売り払え!」

 

「日本に企業優遇でも資源でも何でも渡せばいい! 我々にも早く薬を寄越せ!」

 

 そこには、大国の誇りも、共産党の理念もなかった。

 国家の中枢が、台湾という「核心的利益」を、単なる「薬の代金」としてしか扱っていない。その異常で滑稽な光景に、王特使は一人、深く絶望していた。

 

 ◇

 

「これで憂いはなくなった」

 

 李総理は、手元の資料を満足げに叩いた。

 

「よし。これで国内統制に集中できる。早く台湾とかいう足手まといを切り捨てよう!」

 

「急ぎすぎてはなりません」

 

 劉将軍が、即座に、そして強い語気で制止した。

 

「日本とアメリカからも、段階を踏めと厳重に警告されています。事を急げば、国内が燃えます」

 

 李総理の顔が、少しだけ険しくなった。

 

「なぜだ。台湾の民主主義的独立を認め、武力統一を完全に放棄する。長年の懸案が平和的に解決するのだ。それで日本もアメリカも喜ぶのではないのか」

 

「それ自体は世界中から歓迎されるでしょう。しかし、速度が問題です。長年『統一』を大義名分にしてきた軍や民族主義者を納得させるには、時間と周到な物語が必要です。急げば、彼らは反乱を起こします。そして国内が燃えれば……」

 

 劉将軍は、李総理の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「日本は、混乱を理由に医療用キットを没収するでしょう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、李総理の表情から浮かれた色が消え去り、真顔になった。

 

「それは駄目だ」

 

 国家の危機には動じないが、医療用キットが絡むと判断が異常に速い。

 

「分かった。アメリカと日本のスケジュールに合わせる。薬を失うわけにはいかんからな」

 

「すでに国内向けには、工作を開始しています」

 

 張部長が、世論誘導の状況を説明する。

 

「『台湾の民主化と自由意思を尊重するべきではないか』というオピニオンリーダーの論考や、経済界からの『平和的共存による実利』を説く記事を意図的に流しています。段階的に世論を慣らし、武力統一の放棄へのアレルギーを薄める方針です」

 

「台湾側にも、非公式接触を継続しています」

 

 王特使が、疲労困憊の声で報告する。

 

「ただし、あちらは当然ながら我々の突然の態度軟化を『罠だ』と疑っており、全く信用していません」

 

「信用など後からついてくる」

 

 李総理が、鷹揚に構える。

 

「独立を認めると言っているのだぞ? 長年の悲願が叶うのだ、喜べばいいものを」

 

 王特使は内心で激しく突っ込んだ。

(その理由が『不老不死の薬が欲しいから』だと見透かされているから、信用されないのです)

 だが、口に出せば間違いなく粛清されるため、彼は黙って頷くだけだった。

 

 ◇

 

「監視システムで全て見えています。反乱の兆しはあります」

 

 張部長が、壁面の「グラス・アイ」の画面を指差した。

 モニターには、中国全土の不穏な動きが赤い警告アイコンとして無数に表示されている。

 

「軍内部の一部派閥が、台湾方針の軟化に強く反発しています。また、民族主義系ネットコミュニティの過激化、地方党幹部の不満、退役軍人団体の不穏な集会、さらには新世代長老の周辺で動く私兵ネットワークの動きも活発化しています。……ロシア系工作員の再侵入の兆候も確認されました」

 

「ならば潰せるな」

 

 李総理が、冷酷に言い放つ。

 

「現段階では、可能です」

 

 張部長が慎重に答える。

 

「総理。軍を軽く見ないでいただきたい」

 

 劉将軍が、軍人としての誇りを込めて警告する。

 

「監視できることと、完全に統制できることは別です。不満はマグマのように溜まっています」

 

「だから、段階的にやると言っているではないか。日本とアメリカの顔を立てながら、国内はグラス・アイで徹底的に監視し、芽が小さいうちに潰す。何の問題もない」

 

 李総理の楽観論に、張部長は少し沈黙した。

 

「問題がない、とは申しません。ですが、グラス・アイ導入以前よりは、はるかに制御しやすい状態にあるのは事実です」

 

「ならばよい」

 

 李総理は満足げに頷いた。

 中国の中枢は、「見えているから、力で制御できる」という恐ろしい勘違いに陥っていた。

 

 ◇

 

「王特使」

 

 李総理が、会議の傍観者になろうとしていた王特使へ視線を向けた。

 

「はい」

 

「東京へ行け。日本側に我々の深い感謝を伝えろ。条件を確認し、医療用キットの受け入れ手続きを大至急詰めるのだ。一秒でも早く、だぞ」

 

「承知しました」

 

「それと、台北にも行け」

 

 王特使の顔が、一瞬で石のように固まった。

 

「……台北にも、ですか」

 

「当然だ。再び台湾政府に、我々が本気であると伝えろ。民主主義的独立を尊重する用意がある。武力統一も完全に放棄する。だから、直ちに話し合いのテーブルにつけ、と」

 

「総理……前回、私は半ば泣きながら独立をお願いしたのですが。あちらの冷ややかな目は、私の胃に穴を開けるには十分でした」

 

「今回は泣かずにやれ」

 

「努力します」

 

 王特使の悲痛な声に、新世代長老が口を挟んできた。

 

「台湾が渋るなら、もっと譲歩しろ! 経済特区でも何でもくれてやれ!」

 

「どの程度まででしょうか……?」

 

「薬が手に入る程度までだ!」

 

 王特使は、黙って手元の分厚い書類に目を落とした。

 東京で日本政府から首輪を渡され、台北で「独立してくれ」と頭を下げ、北京で強欲な老人たちに急かされる。この役回りは、あまりにもひどすぎる。

 

 ◇

 

「もう一件。国産マイクロマシン研究について報告があります」

 

 張部長が話題を切り替えると、李総理の顔から露骨に興味が薄れた。

 

「まだやっていたのか、あれは」

 

「はい。陳博士を呼んでいます」

 

 入室してきたのは、MSS地下実験施設の主任研究員、陳博士だった。

 痩せこけた顔、目の下には濃い隈。白衣ではなく、MSS研究施設の黒い制服を着た彼は、極度の疲労と神経質な空気を纏っていた。

 

「ご報告します」

 

 陳博士は、感情の起伏を感じさせない声で話し始めた。

 

「日本から回収した残骸(MK1、MK2)およびオリジナル容器の解析は、一定の進展を見せています」

 

「医療用キットは作れるのか」

 

 李総理が、結果だけを急かす。

 

「現段階では不可能です」

 

 その一言で、李総理は一気に興味を失い、あからさまに溜め息をついた。

 

「ならば短く話せ」

 

「治療用としての再現は、我々の技術レベルでは極めて困難です。原子レベルでの組み立て、細胞の精密制御、遺伝子エラーの修復、自己崩壊の防止……すべてが不安定で、すぐに崩壊します。現在の国産マイクロマシンは、人体の修復よりも『破壊』に偏っています」

 

「分かりやすく言えば、今のところ医療用ではなく、破壊兵器としてしか使えない、ということです」

 

 張部長が補足すると、劉将軍が反応した。

 

「兵器としては使えるのか?」

 

 陳博士は、少し言い淀んだ。

 

「使える、とは言い切れません。制御性が低すぎます。対象を選ばず、あるいは予期せぬタイミングで暴走する危険があります。現状では、自爆兵器に等しい代物です」

 

「ただし」

 

 陳博士が、慎重に言葉を選ぶ。

 

「研究チームの一部が、別方向の応用に進み始めています」

 

「別方向?」

 

「病原体を意図的に運搬する、あるいは生体内で自然発症に見える形のダメージを遅効性で与える、という方向です」

 

 会議室が、少し沈んだ空気に包まれた。

 

「それは意味があるのか? 私は科学者ではないから分からんが」

 

「彼らは、“病を運ぶ技術を完璧に制御できれば、その逆算で病を治す技術に応用できる”と主張しています」

 

「建前としては、です」

 

 張部長が、研究者たちの真意を看破するように言う。

 

「君はどう見ている」

 

「私の勘違いであればよいのですが……」

 

 陳博士は、重い口を開いた。

 

「研究者の一部は、もはや医療用キットの再現を諦め、暗殺や戦略的妨害への応用に興味を移しています。純粋な科学的探求というより、破壊的な成果を求めて暴走しつつあるように見えます」

 

「軍としては、制御不能な兵器には興味がない」

 

 劉将軍が、冷たく切り捨てた。

 

「賢明です。現状では、使えば自国にも返ってくる可能性があります。パンデミックの引き金になりかねません」

 

「ならば期待できん」

 

 李総理が、つまらなそうに手を振った。

 

「技術の進歩は間違いなくありますが……医療用キットの再現には程遠いのが現実です」

 

「とりあえず好きにさせておけ。どうせ期待はしていない。日本の医療用キットをもらう方が、自前で作るよりどうせ早い」

 

 陳博士は、一瞬だけ目を伏せ、深くお辞儀をして退室した。

 この李総理の一言で、中国の科学者たちの危険な暴走は、国家の監視下で事実上「放置」されることとなった。

 

 ◇

 

「総理。研究施設の管理は強めるべきです」

 

 陳博士が退室した後、張部長が低く警告した。

 

「なぜだ。期待していないと言っただろう」

 

「期待していないからこそです。トップから期待されていない研究者は、自分の価値を示すために、倫理を無視した過激な成果を求めます」

 

「兵器化に走るか」

 

 劉将軍も懸念を示す。

 

「はい。しかも、成功しても失敗しても、どちらに転んでも面倒な事態を引き起こします」

 

 李総理は少し考えたが、彼の頭の中はすでに「日本からの医療用キット」でいっぱいだった。

 

「監視は続けろ。だが今は台湾と日本だ。我々の最優先事項を間違えるな」

 

「……承知しました」

 

 張部長は表面上は承知したが、内心では深い危険を感じていた。制御不能な毒が、自国の地下深くで培養されつつあるのだ。

 

 ◇

 

 新世代長老たちは、まだ諦めていなかった。

 

「李総理。お前の保険の次は、我々の番だ。次の医療用キットをもらうための取引を考えるべきだ」

 

「台湾だけでは足りん。日本との貿易をさらに増やせ。企業優遇だ。土地も市場も、日本企業に大きく開け!」

 

「日本企業をもっと入れて、日本に莫大な利益を出させろ。そうすれば、日本も気前よく次も薬をくれるはずだ」

 

 御用官僚の経済担当官が、最新の経済指標の資料を提示する。

 

「事実、この二年で日本企業の中国参入は急増しています。医療、精密機械、素材、物流、食品、教育、娯楽産業まで、あらゆる分野に広がっています」

 

「結果は?」

 

「経済は驚異的な伸びを見せています。特に日本企業の進出地域では、雇用と所得が大幅に上昇し、地方政府からの評価も極めて高い。国民の間でも、日本優遇は『政府の現実的で実利的な方針』として高く評価されつつあります」

 

「反日世論はネット上でも抑制され、対日実利路線が確実に浸透し始めています」

 

 張部長が、世論調査の結果を補足する。

 

 李総理の顔に、底知れぬ満足感が広がった。

 

「ふふふ。順風満帆というわけか」

 

 劉将軍は黙っている。張部長も黙っている。王特使は、胃の痛みを堪えるように疲れた顔で資料を見つめている。

 李総理だけが、世界が自分の都合のよい方向へ進んでいると、心から信じていた。

 

 ◇

 

「総理。軍は命令には従います」

 

 劉将軍が、重い沈黙を破って口を開いた。

 

「当然だ」

 

「ですが、台湾方針の転換は、人民解放軍の精神的支柱をへし折ります。長年の悲願であった武力統一を放棄し、台湾の民主主義的独立を承認する。それは軍にとって、戦わずして敗北を認めることに等しい」

 

「敗北ではない。高度な戦略的転換だ」

 

「その言葉で、前線の兵士たちが納得するとは限りません」

 

「ではどうする」

 

「時間が必要です。台湾を手放すなら、単なる敗北ではなく、“中国がより大きな未来(宇宙や新エネルギー)を選んだ”という巨大な物語を作る必要があります」

 

「日本との医療・宇宙・経済協力を、“新しい中華の繁栄”として大々的に宣伝する必要があります」

 

 張部長が、プロパガンダの方向性を提案する。

 

「よし。それでいけ」

 

「それでも反発は出ます」

 

「グラス・アイで見つけろ。反乱の芽は、先に潰せばいい」

 

 劉将軍は、これ以上は何も言わなかった。

 軍は完全には納得していない。その火種は、確実に燻り続けている。

 

 ◇

 

「王特使。直ちに東京行きの準備をしろ」

 

 会議の終盤、李総理が命じた。

 

「はい」

 

「日本側に伝えろ。中国はすべての条件を尊重する。医療用キットは『保険』として厳重に保管する。解析もしない。使用もしない。日本とアメリカのスケジュールに完全に従い、台湾問題も段階的に進める、と」

 

「同時に、次の医療協力枠(追加のキット)についても、慎重に探りを入れるべきです」

 

 張部長が補足する。

 

「次の、ですか」

 

「当然だ。我々の分だ」

 

 新世代長老の一人が、目を血走らせて叫ぶ。

 

「いや、まずは私の保険が先だ。次はその後だ」

 

 李総理と長老たちが、再び醜い言い争いを始める。

 

 王特使は、半ば虚無の表情で虚空を見つめた。

 東京で頭を下げ、台北で頭を下げ、北京で老人たちの欲望を調整する。この三つを往復するだけで、自分の寿命が確実に削られていくのが分かる。

(寿命が縮む私にこそ、あの薬が必要なのではないか……)

 しかし、そんなことを口に出せばその場で消される。彼はただ深くため息をつき、「承知いたしました」とだけ答えた。

 

 ◇

 

 会議後。

 李総理は一人、豪華な執務室に戻った。

 広葉樹の重厚な机の上には、三つの分厚い資料が置かれている。

 一つは、日本からの医療用キット条件付き預託案。

 一つは、台湾民主主義的独立承認に向けた段階的世論誘導計画。

 一つは、日本企業優遇・対日貿易拡大政策。

 

 李総理は、それらの資料を撫でながら、満足そうに一人笑った。

 

「尖閣を差し出し、台湾を切り捨て、日本企業を入れ、アメリカの顔を立てる。……その対価が永遠の命なら、安いものだ」

 

 彼にとって、国家の核心的利益や領土は、もはや自らの命を買うための「値札のついた商品」に過ぎなくなっていた。

 

「趙老め。マイアミで笑っていられるのも今のうちだ。私もすぐに追いつく」

 

 今回のキットはあくまで「保険」であり、使うことは許されていない。だが、彼はもう手に入った気でいた。

 

「日本は話が分かる。アメリカも現実を分かっている。中国経済は伸び、国民も対日協力を評価している。台湾も、いずれ理解する。……ふふふ、順風満帆だ」

 

 同じ時刻。

 軍内部の暗号通信が、グラス・アイの死角を突いて一つ増えた。

 地下研究施設では、国産マイクロマシンの実験槽で、不吉な赤い警告灯が点滅を繰り返していた。

 台湾の総統府では、中国からの極秘接触文書が机に置かれ、総統が深い疑惑の目を向けていた。

 そして東京では、日下部が王特使の来日予定を確認し、胃薬を口に放り込んでいた。

 

 李総理だけが、順風満帆だと思っている。

 

 中国政府は、不老不死の薬を手に入れたと思い込んでいた。

 だが実際に手に入れたのは、日本とアメリカが握る、解除コードという鍵のついた透明な「首輪」だった。

 李総理はそれを保険と呼び、新世代長老たちは希望と呼び、劉将軍は屈辱と呼び、張部長は管理可能な毒と呼んだ。

 そして王特使は、ただひたすら胃痛と呼んだ。

 

 巨竜は、嵌められた首輪を宝石だと思い込んだまま、歓喜と共に、自らその首を差し出そうとしていた。

 

 




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