自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第162話 きのこ型異星人、母星の座標を差し出す

 漆黒の宇宙空間。星々の冷たい瞬きだけが支配する絶対的な静寂の中に、二つの異質な存在が対峙していた。

 一つは、地球の重力圏を遠く離れ、次元の壁をも越えた外宇宙に展開する『ヤタガラス外宇宙船団』。強固な黒銀の装甲に身を包み、圧倒的な質量と威容を誇る超弩級の探査艦隊だ。

 そしてもう一つは、その巨大な船団から一定の距離を保ち、静かに静止している未知の異星船団であった。彼らの艦体は、地球の常識からすれば極めて洗練された流線型を描いており、白銀の装甲の表面には淡い緑色のラインが幾何学的な模様のように走っている。それは決して有機的な生体船などではなく、高度な物理学と機械工学の結晶であることを無言のうちに証明していた。

 

 その二つの強大な船団の中間宙域に、白銀に輝く小さな人工物がぽつりと浮かんでいた。

 ヤタガラスから射出された『中立会見モジュール』である。

 外装には一切の武装を持たず、ただ対話のためだけに作られたそのモジュールは、両船団から完全に孤立した空間として機能していた。

 

 モジュールの内部は、中央に設置された極めて頑丈な透明隔壁によって、左右に完全に分割されていた。

 日本国側区画と、未知の異星文明側区画。

 双方の生命維持環境、つまり大気の成分、気圧、重力、温度は完全に分離されており、万が一相手が未知の病原菌を持っていたり、呼吸する気体が猛毒であったりしても、互いに影響を及ぼさない安全設計となっている。やり取りできるのは、音声と映像、そして電磁通信のみ。緊急事態が発生した場合は、中央から即座に物理的に分離し、自船団へと帰還できる仕組みであった。

 

 日本国側の区画に、二人の男が姿を現した。

 完璧なダークスーツに身を包んだ内閣官房参事官、日下部。そして、いつもと変わらぬ着古した作業着姿の工場管理者、工藤創一である。

 二人の肉体はテラ・ノヴァのポッド内で眠っており、ここにあるのは生体感覚を完全に同期させた『遠隔活動義体』だ。

 

 日下部は、周囲の洗練された内装と、透明隔壁の向こう側に用意された異星人向けの区画をぐるりと見渡した。

 

「本当に、即席でこんな外交空間を作れるんですね」

 

 日下部は、感嘆と呆れが入り交じった声で言った。

 地球であれば、他国との首脳会談の場を一つ設けるだけでも、何ヶ月もの事前交渉と警備計画が必要になる。それを、未知の宇宙船と遭遇してから数時間で完璧に用意してしまうこの男の規格外さには、いつまで経っても慣れることができない。

 

「外宇宙用の標準機能です」

 

 創一が、壁面のコンソールを軽く叩きながらあっけらかんと答える。

 

「標準という言葉の意味が分からなくなってきました」

 

 日下部が胃のあたりを押さえながら呟くと、空間にヤタガラス外宇宙船団の中枢支援AI、ロゴスの透明感のある声が響いた。

 

「対象外交艇、接近中。敵対行動なし。生体反応二。機械反応複数。武装反応は確認されません」

 

 ロゴスの報告と同時に、モジュールの外、漆黒の宇宙を滑るように接近してくる小型シャトルの姿が見えた。白銀と淡い緑のラインが入ったその外交艇は、推進炎を出すこともなく、極めて滑らかな軌道を描いて会見モジュールの反対側のハッチへとドッキングした。

 

「相手側も少人数、約束通りですね」

 

 日下部は、少しだけ警戒を解いて言った。

 大艦隊で押し寄せるのではなく、代表者のみで接触してくる。それは、相手が最低限の外交的礼節とルールを理解している知性体であることの証左だった。

 

「いい人たちっぽいですね」

 

 創一が気楽なトーンで言う。

 

「まだ判断しないでください」

 

 日下部は即座に釘を刺した。地球の歴史上、笑顔で近づいてきた者が最も残酷な侵略者だった例など、枚挙にいとまがないのだ。

 

 ◇

 

 ゴツン、という微かな結合音の後、相手側のハッチがゆっくりとスライドして開いた。

 透明隔壁の向こう側、白い蒸気のような気体が晴れた後、ついに人類史上初となる「地球外知的生命体」がその姿を現した。

 

 日下部と創一は、思わず息を呑んでその姿を注視した。

 

 そこに立っていたのは……。

 

 身長は二・三メートルほどだろうか。ずんぐりとした太い胴体。極端に短い足。そして、肩から上に乗っているのは、人間の頭部ではなく、丸く巨大な『傘』のような器官だった。

 傘の下には、目のような役割を果たしていると思われる、黒く光沢のある器官が複数並んでいる。腕は太く短めで、指は三本か四本に見えた。

 体表はやや柔らかそうな樹脂質で覆われており、感情の起伏を示すかのように、その表面に散らばる淡い斑点がゆっくりと明滅を繰り返している。

 

 だが、その奇妙な生体構造以上に日下部たちを驚かせたのは、彼らが身につけている『装備』だった。

 彼らは裸ではない。そのきのこのような体型に完全にフィットした、極めて洗練された流線型の宇宙服を着用していた。背中には小型の生命維持装置か通信機と思われるバックパックを背負い、胸元には彼らの所属を示す発光する紋章が刻まれている。

 それは、未開の生物などではなく、高度な物理学と工学を修めた『宇宙飛行士』の姿そのものであった。

 

 創一は、その姿をじっと見つめた後、義体の内部通信機能を使って、音に出さずに日下部へと思考を送った。

 

(工藤:きのこですね……)

 

 突如として脳内に直接響いた創一の声に、日下部はビクッとして肩を震わせた。

 

(日下部:えっ、なんですか。声が聞こえるんですが……)

 

(工藤:義体の通信機能です。声に出さなくても、近距離で思考を共有できます。便利でしょ)

 

(日下部:先に言ってください)

 

 日下部は、胸を撫で下ろしながら内心で強く抗議した。

 

(工藤:便利ですよね)

 

(日下部:便利ですが、心臓に悪いです。ただでさえ未知との遭遇で極限状態だというのに)

 

 日下部は、透明隔壁の向こうでこちらを興味深そうに見つめている異星人から視線を外さずに、思考通信を続けた。

 

(工藤:で、喋る内容教えてください)

 

(日下部:まずは自己紹介です。余計なことは言わないでください)

 

 ◇

 

 日下部の指示を受け、創一は小さく頷くと、会見モジュールのシステムへと合図を送った。

 

「ロゴス、翻訳機を頼む」

 

「万能翻訳機、会見モードで起動。相互音声・概念変換を開始します」

 

 ロゴスの声が響いた瞬間、隔壁の向こうにいるきのこ型異星人たちの体表にある斑点が、一斉にパチパチと激しく明滅を始めた。彼らも、こちらのシステムが起動し、言葉が通じる状態になったことに驚いているようだった。

 

 日下部が、一歩前に出た。

 彼は地球の官僚としての威厳を保ち、深々と一礼してから、はっきりと口を開いた。

 

「私は日本国の日下部と申します。外交官のような役割と考えていただければ結構です」

 

 それに続いて、創一も軽く手を挙げて挨拶した。

 

「工藤です。ええと……工場長をやっています。よろしくお願いします」

 

 その瞬間、日下部の義体内通信に強烈なツッコミが飛んだ。

 

(日下部:工場長で押すんですか)

 

(工藤:嘘じゃないですし)

 

(日下部:まあ、嘘ではありませんが……。相手が宇宙船団の代表に対して、工場長という肩書きがどう翻訳されるか不安で仕方ありません)

 

 二人が内心でそんなやり取りをしていると、透明隔壁の向こう側で、一番大きなきのこ型異星人が、ゆっくりと太く短い両腕を広げた。

 その動作は、威嚇ではなく、明らかに歓迎と親愛を示すジェスチャーであった。

 

『我々はミコラ族です。私はロモ・ミコラ。こちらはピリ・ミコラ。外縁探査船団の接触担当です』

 

 万能翻訳機を通したその声は、驚くほど滑らかで、知性と穏やかさを感じさせるものだった。

 隣に立つ少し小柄な異星人——ピリ・ミコラも、恭しく身をかがめて礼をした。

 

『ピリ・ミコラです。通信と航行を担当しています』

 

 ロモ・ミコラは、その巨大な傘の斑点をチカチカと明るく輝かせながら、一歩前に進み出た。

 

『我々の言語を解読できたのですね! 素晴らしいです! これほど早く意味が通じるとは、想像していませんでした!』

 

 その声には、隠しきれないほどの興奮と歓喜が溢れていた。

 ピリ・ミコラも、胸の発光紋章をチカチカと点滅させながら、熱を帯びた声で続く。

 

『初めて知性ある存在に遭遇できました。感激しています!』

 

 創一は、そのストレートな喜びの表現に思わず微笑んだ。

 

「こちらこそ、意思疎通できて光栄です」

 

 ◇

 

 ここで、日下部は相手の様子を冷静に観察しながら、義体内通信で創一と状況を整理し始めた。

 

(工藤:めちゃくちゃ喜んでますね)

 

(日下部:そう見えます。ただし、完全に信じるのは早いです。外交における『喜びの表現』が、相手を油断させるための高度な演技である可能性もゼロではありません)

 

(工藤:でも悪い人には見えないですよ。きのこですし)

 

(日下部:見た目で判断しないでください。地球の毒キノコがどれほど致命的かご存じでしょう。それに……)

 

 日下部は、彼らが着ている洗練された宇宙服をじっと見つめた。

 

(日下部:そこは私も驚いています。あの愛嬌のある見た目と、彼らが構築している文明レベル(宇宙船の工学的洗練度)が全く一致しない。高度な科学力を持つということは、それなりの生存競争や論理的思考を経てきているはずです)

 

 ロゴスが、客観的なデータ分析を割り込ませる。

 

「対象個体の表情相当反応、体表発光、音声強度から、興奮・喜悦・緊張が高いと推定。敵意を示す反応は現時点で確認されません」

 

(日下部:……友好的なのは確か……でしょうか)

 

(工藤:でしょうね)

 

 日下部は、相手が少なくとも即座に武力を行使するような好戦的な種族ではないと判断し、次のステップへと踏み込むことにした。

 

(日下部:では、無難に宇宙に出てどれくらいか聞きましょう。あと、光を超える航行の有無も確認してください)

 

(工藤:いきなり聞いて大丈夫ですか? 相手の技術レベルを探るような質問は、警戒されないですか?)

 

(日下部:重要です。それ次第で、テラ・ノヴァ側へ攻め込まれる可能性の評価が根底から変わります。向こうの機動力を知っておかなければ、防衛計画が立てられません)

 

(工藤:了解です)

 

 創一は、少しだけ声のトーンを真面目なものにして、ロモ・ミコラに尋ねた。

 

「ミコラ族は、宇宙に出てどれくらいなのですか? それと、光を超える航行……FTL航行は、もう開発済みなのでしょうか?」

 

 その質問に対し、ロモ・ミコラは隠し立てする様子もなく、むしろ自国の技術の進歩を誇るように嬉しそうに答えた。

 

『我々が母星の外へ本格的に出たのは、最近です。母星の一サイクルほど前です』

 

(日下部:一サイクル……一年相当でしょうか)

 

「原文概念は母星公転周期に相当。厳密な日数は不明です」とロゴスが即座に補足する。

 

 ロモ・ミコラは、さらに大きなジェスチャーを交えて続けた。

 

『そして、はい! 我々はFTL航行を開発しました!』

 

 ピリ・ミコラが、誇らしげに胸を張る。

 

『まだ長距離航行は慎重に行っていますが、近縁星域の探査は可能になりました』

 

 ロモ・ミコラの傘の斑点が、まるで花火のように明るく明滅した。

 

『我々は、宇宙に知性ある存在を探しに旅へ出たのです。ですが、これほど早く、あなた方のような知性ある存在に会えるとは思っていませんでした! すでに母星では、お祭り騒ぎになっているはずです!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、日下部の義体の動きが完全に硬直した。

 

(工藤:おっと。FTLも星間通信もありますね。そして母星にも連絡済みと)

 

(日下部:ええ。これは重要です)

 

(工藤:最悪、始末も考えてましたが、それはなしですね。この船団だけ消しても、母星から次が来るなら意味ないですし)

 

(日下部:急に怖いこと言わないでくださいよ。普段そんなことを内心で考えているんですか? 怖いですって)

 

(工藤:こっちは普段バイターの相手してるし…あと、地球を守るなら最悪のケースは考えないと)

 

(日下部:考えること自体は必要ですが、軽く言わないでください。私の胃が持ちません)

 

 日下部は、脳内で猛烈な勢いで状況の再評価を行った。

 相手はFTL航行(超光速航行)を持ち、さらにリアルタイムに近い星間通信技術まで保有している。そしてすでに、「日本国」という未知の文明と接触した事実が、彼らの母星に伝わってしまっている。

 つまり、ここで彼らを敵に回すことは、そのまま星間戦争に発展するリスクを意味する。

 最初から敵対は避けるべきだったが、これで「友好的な関係を築く」ことが絶対の最善手となった。

 

(日下部:完全に信じるわけにはいきませんが、友好的なのは確かですね。これは今後も交流するしかありません)

 

(工藤:了解です)

 

 ◇

 

 創一は、再び笑顔を作ってロモ・ミコラに語りかけた。

 

「それはすごいですね。初めての知性体との接触に、我々が選ばれたというのは光栄です」

 

『光栄なのはこちらです!』

 

 ロモ・ミコラは、透明隔壁に少しだけ近づき、短い腕をパタパタと動かした。

 

『我々は、ずっと宇宙に声を送ってきました。誰も答えないかもしれないと思っていました。しかし、日本国は答えてくれました!』

 

『しかも、我々の言語を理解してくれました。これは、母星の学術院がひっくり返るほどの出来事です!』

 

 ピリ・ミコラも、感極まったような声を上げる。

 

(工藤:本当にお祭り騒ぎっぽいですね)

 

(日下部:相手がここまで好意的だと、逆に扱いに困りますね。疑うのが仕事の官僚としては、調子が狂います)

 

(工藤:平和そうで良かったじゃないですか)

 

(日下部:そうですね。良かったです。本当に良かった。……だからこそ、こちらが失敗できません。この奇跡的な友好関係を、我々の些細なミスで壊すわけにはいかない)

 

 日下部は、外交官としての重責を改めて両肩に感じていた。

 

(工藤:とりあえず、今後も交流したいから、万能翻訳機内蔵の通信機を渡したいですね。一応用意してあります)

 

(日下部:用意が早いですね)

 

(工藤:こういう時に便利かなって)

 

(日下部:通信機の仕様は?)

 

(工藤:距離をほぼ無視して通信できます。こっちの中継系統を通すので、相手が母星に戻っても連絡できます。もちろん地球には繋がりません。ヤタガラス経由でテラ・ノヴァのサーバーに落ちるだけです)

 

(日下部:情報流出リスクは?)

 

(工藤:日本国側へ繋がる専用通信だけです。こちらが許可した情報しか流れません。逆探知対策もあります。相手が通信機を分解しても、構造からこっちの座標は絶対にバレません)

 

(日下部:……今後交流するなら必須ですね。許可します)

 

 日下部の許可を得て、創一は空間のコンソールを操作した。

 すると、透明隔壁の中央に設けられた小さなエアロックが作動し、そこから手のひらサイズの滑らかな通信デバイスが、ミコラ側の区画へと送り出された。

 

「ロモさん、ピリさん。今後も交流を続けるため、こちらの通信機をお渡ししたいと思います。母星に戻っても、我々と距離を問わず通信できます」

 

 それを見た瞬間、ロモ・ミコラの傘が、かつてないほど強烈な光を放った。

 

『素晴らしい!!!』

 

『距離を問わず通信……それは、大変貴重な贈り物です!』

 

 ピリ・ミコラは、通信機を両手で大事そうに抱え込み、胸の紋章を激しく明滅させた。

 

『喜んで頂きます! 母星のみんなも喜ぶでしょう!』

 

(日下部:受け取りましたね)

 

(工藤:警戒心ゼロですね)

 

(日下部:罠の可能性を考えて断るかと思いましたが……受け取りましたね。見知らぬ異星文明から渡された通信機を、何のためらいもなく母星へ持ち帰ろうとしている。これは、態度をそのまま受け取って良いかもしれません)

 

(工藤:いい人たちですね)

 

(日下部:たぶん、そうです。たぶん。……私の外交官としての常識が、どんどん崩されていくのを感じます)

 

 ◇

 

 通信機を受け取ったロモ・ミコラが、不意に何かを思い出したように、ずんぐりとした体をブルブルと揺らした。

 

『ああ、そうだ!』

 

 日下部が、何事かと身構える。

 

『日本国の皆さん。よろしければ、我々の母星の座標をお送りします。ぜひ来訪してください!』

 

 日下部の義体が、完全に固まった。

 

(工藤:心配になってきました。俺でも母星の場所は隠すのに)

 

(日下部:同感です。……これは、受容的というレベルを超えて、無防備すぎます。もし我々が侵略的な文明であれば、彼らの母星は今から数日後には灰になっているというのに)

 

(工藤:受け取りますよ?)

 

(日下部:受け取ってください。情報としては極めて重要です。……しかし、彼らのこの警戒心の薄さは、逆に我々が彼らを守ってやらなければならないのではという、変な使命感すら湧いてきますね)

 

「いやー、光栄です。ありがとうございます。座標、受け取ります」

 

 創一が笑顔で応じると、ピリ・ミコラが自らの端末を操作し、データ送信を実行した。

 

「座標データを受信」

 

 ロゴスの声が響く。

 

「検疫領域へ隔離。直接航行情報としてはまだ使用しません」

 

(日下部:検疫、いい判断です)

 

「肯定します。未知文明由来データは全て隔離解析対象です。コンピュータウイルスの類が含まれている可能性もゼロではありませんので」

 

『我々の母星は、とても美しいところです。まだ宇宙に出たばかりですが、皆さんを歓迎する準備を進めます!』

 

 ロモ・ミコラが、心底嬉しそうに語る。

 

(日下部:……いや、早い。初対面の相手を母星に招待するのは早すぎる。彼らは、宇宙の暗黒面(ダークサイド)を全く知らないのだろうか)

 

 日下部は、彼らの純粋すぎる善意に目眩を覚えながらも、自らの職務を全うすべく表に出た。

 

「ロモさん、ピリさん。今回は、我々にとっても嬉しい接触でした」

 

 日下部は、外交官としての威厳と、穏やかな親愛の情を込めて語りかける。

 

「日本国は、ミコラ族の皆さんと友好的に接したいと考えています。ただし、初回接触であるため、互いに慎重に情報を交換し、誤解を避けながら関係を築きたい」

 

 日下部のその言葉に、ロモ・ミコラは大きく頷いた。

 

『慎重であることは、悪いことではありません。我々も、あなた方を急がせるつもりはありません』

 

「ありがとうございます。今後は、この通信機を通じて定期的に連絡を取る形にしましょう」

 

『はい! 我々も母星へ戻り、接触の記録を整理します』

 

 日下部は、ここで今後の安全保障上、極めて重要な依頼を一つ付け加えた。

 

「それと、今後もし別の知性体に接触した場合、可能な範囲で我々にも知らせていただけますか?」

 

 その申し出に、ロモ・ミコラの傘が再び明るく光った。

 

『もちろんです! あなた方のような存在がいるのです。宇宙には、まだまだ会うべき知性ある存在がたくさんいるに違いありません!』

 

『我々は、声を聞いたら、また日本国にも知らせます!』

 

 ピリ・ミコラも力強く頷く。

 

(日下部:これで、ミコラ族が別文明と接触した場合の早期警戒線(アーリー・ウォーニング・ライン)にもなります。彼らが不用意に好戦的な種族と接触した場合、我々が事前に察知できる)

 

(工藤:いいですね。きのこ早期警戒網)

 

(日下部:言い方)

 

 ◇

 

 会談は、これ以上ないほど穏やかな空気の中で終了の時を迎えた。

 ロモ・ミコラが、別れを惜しむように短い両腕を大きく広げた。

 

『日本国の皆さん。今日は、本当にありがとうございました!』

 

『我々の母星は、今日を忘れません!』

 

『日本国に出会えたことを、我々は喜びとして記録します!』

 

「こちらこそ、ありがとうございました。今後とも、慎重かつ友好的な交流を望みます」

 

 日下部が一礼し、創一も手を振って応える。

 

「また連絡してください」

 

『はい! 必ず!』

 

 ミコラ族側のハッチがゆっくりと開き、ロモとピリの二人が小型の外交艇へと戻っていく。

 その後ろ姿は、明らかに弾んでいた。

 ずんぐりとした短い足で、ぴょこ、ぴょこ、とリズミカルに床を蹴っている。

 

 創一が、それを見て思わず呟いた。

 

「うわ、スキップしてる。短い足で……」

 

「工藤さん。悪口ですよ」

 

 日下部が、即座にたしなめる。

 

「いや、可愛いなって思って」

 

「相手は星間文明の代表です。ペットではありません」

 

「そうでした」

 

 外交艇のハッチが閉ざされ、中立会見モジュールでの歴史的な接触は幕を閉じた。

 

「さて、帰りましょう。官邸に報告することが山ほどあります」

 

 日下部が、これから待ち受ける膨大な事後処理を思って深く息を吐く。

 

「ですよねー」

 

 創一は、伸びをしながら気軽に応じた。

 

 ◇

 

 ヤタガラス外宇宙船団の艦橋に戻った二人は、転送ポッドに入る前に今回の成果を整理した。

 

【得られた情報】

 ・相手はミコラ族。

 ・初めて知性体と接触した可能性が高い。

 ・受容的・友好的であり、攻撃的な兆候は皆無。

 ・母星一サイクルほど前にFTL航行を開発済み。

 ・星間通信技術を有し、母星に連絡済み。

 ・日本国への敵意は見られない。

 ・通信機を受け取り、母星座標を提供してきた。

 ・別の知性体に会った場合、日本国へ知らせると約束した。

 

【問題点】

 ・警戒心が薄すぎる。母星座標を簡単に渡すなど、防衛意識が著しく低い。

 ・受け取った通信機の仕組みや、情報流出リスクを理解しきっていない可能性。

 ・FTL技術を持つため、接触範囲が広がる可能性があり、危険な文明と遭遇するリスク。

 ・母星で「日本国」の存在が広がり、星間文明として認識される。

 ・地球の存在は秘匿できているが、今後交流が進むにつれて質問が増えることが予想される。

 

「良い接触でした。初対面としては、これ以上ないほど良い接触でしたが……頭が痛いですね」

 

 日下部は、こめかみを揉みながら呻いた。

 

「友達ができたと思えばいいじゃないですか」

 

 創一が慰めるように言う。

 

「外交では、友達ができた時が一番忙しいんです」

 

 日下部のその言葉には、血を吐くような官僚の実感がこもっていた。

 

 ◇

 

 二人がポッドに入り、意識をテラ・ノヴァへと戻す直前。

 パノラマウィンドウの向こう、漆黒の宇宙空間で動きがあった。

 

 ミコラ族の小型艇が、母艦へと無事に帰還し、ドッキングを完了したのだ。

 流線型の美しい船体に、淡い緑色のラインがひと際明るく輝き、FTL航行の準備を示すエネルギーの波動が空間を揺らした。

 

「対象船団、友好信号を明滅発信。航路を母星方向へ修正中」

 

 ロゴスが、淡々と状況を報告する。

 

「帰るんですね」

 

 創一が、少し名残惜しそうに星の海を見つめた。

 

「ええ。母星で祭りになるのでしょう。彼らにとっては、有史以来の偉業を成し遂げた英雄の帰還ですから」

 

 日下部も、その光景を静かに見送る。

 

「すごいなぁ。俺たち、宇宙人のお祭りの原因になったんですね」

 

「その言い方を、官邸でしないでください」

 

 日下部が、釘を刺す。

 

「分かりました」

 

「本当に分かっていますか?」

 

「たぶん」

 

「不安です」

 

 日下部は、最後まで創一の緩さに振り回されながら、同期解除のプロセスへと入っていった。

 

 こうして日本国は、銀河で初めての隣人を得た。

 相手は地球を脅かす侵略者でも、理解を超えた神でも、謎の高次存在でもなかった。

 それは、知性ある他者に会えたことを心から喜び、短い足でスキップしながら母星へ帰っていく、ずんぐりとしたきのこ型の平和主義者たちだった。

 

 だが、日下部は知っていた。

 宇宙で初めて友人ができたということは、宇宙で初めて「守るべきもの」と「新たな外交問題」が生まれたということでもあるのだ。

 

 地球の夜空のずっと向こう側で、人類の運命は、誰も知らないうちにまた一つ、大きな一歩を踏み出していた。

 

 




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