自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第171話 日本館の係員は、全員オラクルです

 抜けるような青空から、中東特有の強烈な日差しが降り注いでいる。

 サウジアラビアの首都近郊に突如として現れた、途方もない規模の未来都市。それこそが、今日ついに開幕の日を迎えた『リヤド国際博覧会』のメイン会場である。

 広大な敷地には世界各国の威信と最先端技術を結集したパビリオンが立ち並んでいるが、その中でも群を抜いて異様な熱気と人だかりを集めている場所があった。

 

『Japan-Saudi Future Experience Pavilion(日本・サウジ未来体験館)』。

 

 サウジの伝統的な砂漠建築と、日本のミニマルな現代デザインを見事に融合させた巨大な外観。太陽の強烈な光を柔らかく反射する純白の曲面構造をベースに、外壁には日本の組子細工を模した複雑な透かし彫りが施され、美しい幾何学模様の影を落としている。施設を囲むように配置された水と緑のランドスケープが、視覚的にも物理的にも心地よい涼感を演出していた。

 

 そのパビリオンの入り口前を埋め尽くすように、世界中のメディア、配信者、投資家、そして各国の外交官たちが群がっていた。

 彼らがこれほどまでに殺到した理由は、たった一つの曖昧な事前情報によるものだった。

 

「アンノウン案件だそうだ」

「また日本がとんでもないものを出すらしいぞ」

「医療か? エネルギーか? 宇宙か?」

「いや、日本のゲーム業界の中枢がごっそり引き抜かれて絡んでいるという噂がある」

「サウジのアブドゥル皇太子が、直々に司会を務めるらしい」

「おい見ろ、アメリカの大統領まで来てるってマジかよ!」

 

 表向きの告知は、「日本とサウジアラビアによる次世代没入型未来体験」「アンノウン機関協力」「未来都市、宇宙、文化体験を融合した新しい展示」といった、よくある抽象的な謳い文句に過ぎなかった。

 だが、「アンノウン機関」というその一語だけで、世界を動かすには十分すぎる引力があった。

 パビリオンの中央に設けられたメインステージはまだ閉ざされており、入り口の上部には巨大なホログラムでカウントダウンが表示されている。

 

『Main Experience Opens in 02:00:00』

 

 本命の展示が解放されるまで、あと二時間。

 にもかかわらず、現場はすでに異様な興奮状態に包まれた巨大な祭りと化していた。

 

 ◇

 

 パビリオンの側面に設けられた特別導線から、厳重な警備に囲まれながら三人のVIPが入場してきた。

 アメリカ合衆国のキャサリン・ヘイズ大統領。そして、彼女の左右を固めるように歩くノア・マクドウェルとエレノア・バーンズだ。

 

 サウジ側の王室近衛兵と、日本側から派遣された精鋭のSPたちが隙のない陣形を敷いている。

 ヘイズ大統領は、サングラスを外しながら、パビリオンの巨大な内部空間を見回した。

 

「思ったより大きいわね」

 

「ええ。リヤド万博の絶対的な目玉にする気満々ですね。中東のオイルマネーと日本の極秘技術の結晶というわけだ」

 

 ノアが、天井の高さを眺めながら楽しげに口笛を吹く。

 一方、エレノアは全く違う視点で施設を観察していた。

 

「……目につく医療スタッフの数、警備兵の導線配置、VIP用の緊急退避路、そして至る所に設置された記録制限用のジャミング装置。ただの展示施設ではありません」

 

「あなたたちが言っていた“ゲーム技術”の展示には、どう見ても見えないわね」

 

 ヘイズ大統領が、エレノアの報告を裏付けるように言った。

 

「最高のゲーム技術というものは、外から見るとだいたい怪しげな宗教施設か、高度な軍事施設に見えるものです」

 

 ノアが、ゲームというものの本質を皮肉めいて語る。

 

「それは、褒めているのですか?」

 

 エレノアが冷たい視線を向ける。

 

「もちろん。エンターテインメントの極致ですよ」

 

 ヘイズ大統領は小さく苦笑しつつ、サウジ側の案内人に促されるまま、ステージの最前列に用意された特等席へと腰を下ろした。

 

 ◇

 

 開演の時刻が訪れ、パビリオン内の照明が落とされた。

 中央のメインステージが淡くライトアップされ、そこに一人の男が優雅な足取りで登壇した。

 アブドゥル皇太子その人である。

 

 世界中の報道カメラのレンズが、一斉に彼を捉え、無数のフラッシュが焚かれる。

 皇太子は堂々とした威厳を保ちながらも、その目元には、新しいオモチャを自慢したくてたまらない少年のような興奮が隠しきれずに滲んでいた。彼はすでに、“あの場所”を体験した側なのだ。

 

「皆様。本日はリヤド国際博覧会、『日本・サウジ未来体験館』へようこそ」

 

 皇太子の深く響く声が、会場全体を静寂へと導く。

 

「このパビリオンは、我が国と日本が共に描く、新しい未来の可能性を皆様の『身体』で体験していただくために用意されました」

 

 彼はあえて、本命の展示内容には深く触れなかった。

 

「メインコンテンツの解放は、二時間後を予定しております。……ですが、その前に、本日から期間中にわたり、皆様をパビリオン内でご案内する特別なスタッフたちを、ご紹介いたしましょう」

 

 観客が、どよめきと疑問の声でざわつく。

 案内スタッフの紹介ごときを、なぜわざわざ皇太子がもったいぶって行うのか。

 

 ◇

 

 皇太子の合図とともに、ステージ奥の巨大なスライド扉が静かに開いた。

 そこから、一糸乱れぬ足取りで、十数体——いや、数十体に及ぶ係員たちが列をなして歩み出てきた。

 

 彼らの見た目は、どこからどう見ても普通の『人間』だった。

 落ち着いたスーツを完璧に着こなす日本人風の男性。柔らかな笑顔を絶やさない欧米系風の女性。威厳と親しみやすさを兼ね備えた中東系風の案内係。アフリカ系や南アジア系など、多種多様な人種と年齢層を網羅したスタッフたち。

 そして、彼らの足元を縫うようにして、様々な『動物』たちが付き従っていた。

 気品のある白い猫。首輪をつけた小型犬。さらには鳥型のドローン風の造形物や、砂漠の小動物を思わせる四足歩行の案内体まで。

 

 観客たちは最初、ただの多国籍なスタッフと、演出用の動物たちだと勘違いした。

 

 皇太子が、マイクを握り直して言った。

 

「彼らは、日本の『アンノウン機関』より特別に派遣された、AI支援体です。我々は彼らを『オラクル』と呼んでいます。……今回は、ご覧の通り『義体』という物理的な姿を与えられ、このパビリオンに登場いたしました」

 

 ——。

 数万人が詰めかけた巨大な会場が、水を打ったように凍りついた。

 

「……わーお。AIと来たわ」

 

 ヘイズ大統領が、驚きを隠せずに呟いた。

 

「AIですか。しかも、これほど多様な形態の義体運用……」

 

 ノアが目を細め、その技術的価値を瞬時に算盤弾く。

 

「これだけで、立派な一つの産業革命ですね。前座にしては、ずいぶんと豪華な出し物だ」

 

「AI技術と、高度な義体制御技術の世界的お披露目です」

 

 エレノアが、危機管理の目でステージ上の係員たちをスキャンするように見つめた。

 

「多言語での接客、観客の誘導、警備補助、そして無制限の情報収集能力。……これだけでも、十分に危険でヤバい展示です」

 

 一方、ステージの裏側で進行を見守っていた日本側の実務責任者、日下部参事官は、早くも痛み出した胃をそっと押さえていた。

 

(これでも……彼らはまだ、単なる前座の案内係に過ぎないのですが……)

 

 ◇

 

 皇太子の紹介が終わると同時に、ステージ上に整列した全オラクル義体が、寸分の狂いもない完璧なタイミングで深く一礼をした。

 

 そして、彼らはそれぞれの言語で、一斉に口を開いた。

 

「日本のアンノウン機関より参りました。本パビリオンでは、私たちオラクルが皆様をご案内いたします」

 

 代表的な女性型義体が、流暢な英語で挨拶をする。

 それに呼応するように、別の個体が完璧なアラビア語で、また別の個体が日本語で、さらにフランス語、中国語、スペイン語、ヒンディー語と、次々に言葉を紡いでいく。

 

 その光景に、ついに観客の驚愕が爆発した。

 割れんばかりのどよめきと、嵐のようなカメラのフラッシュがステージを白く染め上げる。

 

 世界中のジャーナリストやインフルエンサーたちが、即座にスマートフォンを取り出し、SNSへと情報を叩き込んだ。

 

『速報! 日本館のスタッフ、人間じゃなくて全員AIらしい!』

『え、嘘だろ? 中に人が入ってるんじゃないの!?』

『義体って何!? 生き物にしか見えないんだけど!』

『足元に可愛い猫型の案内AIがいるんだが!』

『待って、これがメイン展示じゃないの!? これ以上何を見せるつもりだ日本!?』

 

 ◇

 

 会場の興奮が頂点に達する中、皇太子が楽しそうにマイクを向けた。

 

「では、彼らを代表して。オラクル君、君自身のことを少し話してくれるかい?」

 

「はい、殿下」

 

 先頭に立っていた人型義体が一歩前に出た。

 その外見は、やや若い男女どちらにも見えるような中立的なデザインで、落ち着いたグレーの制服を身に纏っていた。胸元には、小さく『ORACLE-789』というネームプレートが輝いている。サウジ、日本、英語圏のどの文化圏に置いても違和感のない、極めて洗練された造形だった。

 

 オラクル789は、胸に手を当てて優雅に一礼した。

 

「私は、オラクル789と呼ばれています。日本のアンノウン機関に所属する、AI支援個体です。今回は、本パビリオンの期間中のご案内係として、この義体という器を通して、皆様をサポートさせていただきます」

 

 観客たちは、息を呑んでその言葉に耳を傾けた。

 モーターの駆動音一つしない。まばたきのタイミング、呼吸をするかのような胸の上下運動、手足の滑らかな連動。どれをとっても、人間そのものだった。

 

「道案内、展示の詳細な説明、言語のリアルタイム翻訳、体験前の注意事項の伝達、体調不良時の緊急連絡など、何かお困りのことがございましたら、どうぞ遠慮なくお近くのオラクルまでお申しつけください」

 

 ペコリと、再び頭を下げる。

 その仕草があまりにも自然すぎるため、観客の間からは信じられないといった声が漏れ続けていた。

 

「本当にAIなのか?」

「どう見ても人間だろ。着ぐるみか何かじゃないのか?」

「動きが自然すぎる。不気味の谷を完全に越えてるぞ……」

「声に感情の揺らぎみたいなものまである。いや、AIって言われても、にわかには信じられない」

 

 ◇

 

 観客の疑心暗鬼と好奇心を見透かしたように、皇太子が笑みを深めて提案した。

 

「皆様、彼らを近くで見たいでしょう?」

 

「見たい!」

「話しかけてもいいのか!?」

「一緒に写真を撮れるか!」

「そこの猫型の子を撫でてもいいの!?」

 

 会場のあちこちから、矢継ぎ早に要求が飛ぶ。

 

「メインコンテンツの解放は、予定通り二時間後です。……それまでの間は、このオラクルたちとの『交流会』といたしましょう。どうぞ、ステージの前へ」

 

 皇太子の言葉に、観客から大歓声が上がった。

 最前列のロープが一部解放され、人々が津波のようにオラクル義体たちへと押し寄せる。

 

 オラクル789が、慌てる様子もなく静かな声でアナウンスした。

 

「安全上、接触が可能な義体と、接触不可の義体がございます。動物型の案内体の一部は、指定のエリア内でのみ接触体験が可能です。……なお、義体を強く叩く、無理に持ち上げる、あるいは分解を試みるといった行為は、固く禁止されております」

 

 そのユーモアを交えた注意喚起に、観客たちからドッと笑いが起きた。

 

「分解を試みる者がいる前提なのが、なかなかブラックで面白いですね」

 

 ノアがクスクスと笑う。

 

「冗談ではありません。各国の産業スパイや技術オタクなら、実際にドライバーを持って近づく者が必ずいるでしょう」

 

 エレノアが、一切笑わずに現実的な懸念を口にした。

 

 ◇

 

 ステージ周辺は、またたく間に即席の未来博覧会へと変貌した。

 

 あるサウジアラビアの子供が、足元をちょこまかと歩く白い猫型のオラクルに恐る恐る近づいた。

 

「……触っても、いい?」

 

「はい。背中部分は接触可能です」

 

 猫型オラクルは、合成音声ではなく愛らしい声で応えた。

 

「ただし、尻尾は高度なバランス制御部となっておりますので、引っ張らないようにお願いいたします」

 

 子供がそっと背中を撫でると、猫型オラクルは、わざとらしくない絶妙な振動で「ゴロゴロ」と喉を鳴らした。毛並みの感触や体温までが再現されている。

 

「すごい! 本物の猫みたい!」

 

「私は生物の猫ではありませんが、人間に癒やしと親しみやすさを与えることを目指して設計されています」

 

 親がその様子を微笑ましく見つめ、近くにいたメディアがこぞってその光景をカメラに収めた。この『未来の猫』の映像は、数分後には世界中で数千万回再生され、大バズりすることになる。

 

 一方、別の場所では、欧州から来たロボット工学の権威が、人型オラクルを穴のあくほど観察し、矢継ぎ早に質問を浴びせていた。

 

「あなたのその滑らかな関節制御は、内部での完全自律演算か!? それとも、外部サーバーからの低遅延の遠隔操作か!?」

 

「この義体そのものは、内蔵されたユニットによる自律制御です」

 

 人型オラクルが、丁寧な身振りで答える。

 

「ただし、パビリオン全体の安全管理システム、および他のオラクル個体と常時同期しており、情報は常に共有・最適化されています」

 

「不整地での転倒時の安全制御はどうなっている!?」

 

 オラクルは言葉で答える代わりに、その場で片足を浮かせ、大きくバランスを崩すふりをした。人間であれば間違いなく転倒する角度だったが、オラクルは空中で関節のトルクを一瞬で再計算し、まるで武術の達人のように自然に足をついて持ち直した。

 

「このように、内部ジャイロによる重心補正と、足裏のセンサーによる床面認識を併用し、瞬時に姿勢を回復します」

 

 技術者は、完全に絶句した。

 

「……こんな化け物みたいな高度な技術を、ただの展示の『案内係』に使うのか……?」

 

「はい。私たちは案内係です」

 

「展示係とは、一体何なのだ……」

 

 技術者は、自分たちの研究が数十年遅れている事実を突きつけられ、膝から崩れ落ちそうになっていた。

 

 ◇

 

 少し離れた場所では、高齢の来場者が、年配風の外見をしたオラクルにパビリオン内の設備について道を尋ねていた。

 

 そのオラクルは、相手の歩行速度に合わせて極めてゆっくりと並んで歩き始めた。

 適度な距離で座れるベンチを案内し、気温の上昇を感知して「喉が渇いていなくとも、水分補給をお勧めします」と優しく促す。さらに、歩き方や呼吸の乱れから持病の有無を推測し、疲労の度合いをそれとなく確認する言葉を投げかけていた。

 

 周囲で観察していた専門家たちは、すぐにその真の価値に気がついた。

 これは単なる道案内ロボットではない。

 高齢者支援、介護補助、医療的見守りの機能が、全てシームレスに統合されているのだ。

 

「あれはただの案内AIではありませんね」

 

 エレノアが、低く鋭い声で評価した。

 

「公共空間における、完璧な人間支援インフラです」

 

「先進国の高齢化社会に、飛ぶように売れますね」

 

 ノアが、経済的な価値を計算する。

 

「いや、売るという次元ではない。これは国家が、インフラとして喉から手が出るほど欲しがる技術だ。……日本は、とんでもないデモンストレーションを仕掛けてきた」

 

 さらに驚くべきは、その圧倒的な多言語処理能力だった。

 インド系の来場者、フランス人の記者、アラビア語話者の現地スタッフ、そして日本人の観光客が、一体のオラクルを囲んで同時に別々の質問を投げかける場面があった。

 

 オラクルは全くパニックを起こすことなく、相手の顔を見て瞬時に言語を切り替え、全員に文脈を保ったまま的確な回答を返していく。

 しかも、別の場所にいるオラクルたちとバックグラウンドで情報が同期されているため、会場のどこで誰に同じ質問をしても、矛盾のない完璧な回答が返ってくるのだ。

 

「信じられない。今、四つの言語の会話を同時に処理したのか?」

 フランス人記者が目を丸くして問う。

 

「はい。必要であれば、会場内に存在する全オラクルが同時に、百二十以上の言語・方言・専門用語体系へとリアルタイムで対応可能です」

 

 ヘイズ大統領が、呆れたようにため息をついた。

 

「世界中の優秀な外交官が、これを見たら泣いて辞表を出すわね」

 

「通訳業界も、明日には株価が大暴落して泣くでしょうねえ」

 

 ノアが楽しそうに笑う。

 

「ただし、大規模な災害時の対応や、多国籍の国際会議においては、極めて有用かつ強力な武器になります」

 

 エレノアは、その平和的な技術の裏にある、情報統制の恐ろしさを冷静に分析していた。

 

 ◇

 

 ヘイズ大統領は、護衛のSPたちをわずかに制し、先ほど自己紹介をした代表個体、オラクル789へとゆっくり近づいていった。

 

 周囲の警備がピリッと緊張するが、オラクル789は一切の警戒感を見せず、極めて自然な動作で大統領に向かって一礼した。

 

「オラクルね。よろしく」

 

「キャサリン・ヘイズ大統領。お会いできて光栄です」

 

 ヘイズ大統領は、片方の眉を少しだけ釣り上げた。

 

「私の顔を知っているの?」

 

「はい」

 

 オラクル789は、涼しい顔のまま答えた。

 

「私の創造主が、いつも困らせているお方ですね」

 

 ——。

 一瞬、周囲のアメリカ側SPやサウジの警備兵たちが完全に凍りついた。外交の場で、大統領に向かって発する言葉としてはあまりにも無礼かつ直球すぎたからだ。

 

 ヘイズ大統領は数秒間黙り込み——そして、こらえきれずに吹き出した。

 

「ふふっ……ええ。全くその通り。見事に合っているわね」

 

 ノアは、隣で肩を震わせて必死に笑いをこらえている。

 エレノアは無表情のままだったが、その目だけが、目の前のAIの高度な「冗談(ジョーク)」の構築能力に対して鋭く警戒の光を放った。

 

「少し、あなたと話をしましょうか」

 

「喜んで」

 

 ヘイズ大統領は、腕を組んでオラクル789を見据えた。

 

「あなたは、自分が人間ではなく、AIだと理解して言葉を発しているの?」

 

「はい。私は人間ではありません。

 ……ただし、人間の活動を補助し、より良い選択へと導くことを目的として設計された、対話・判断支援AIであると認識しています」

 

「自分で物事を判断する権限を持っているの?」

 

「限定された範囲内においてのみ、です」

 

 オラクル789は、淀みなく答えた。

 

「このパビリオン内においては、来場者のご案内、安全の確認、緊急時の避難誘導、そして体験前の注意喚起などを自律的に判断し、実行します。

 ……しかし、政治的判断、外交上の見解、あるいは医療的な診断といった高度な責任を伴う事案については、即座に人間の責任者へとエスカレーション(報告・判断委譲)するようプログラムされています」

 

 エレノアが、大統領の後ろで小さく頷いた。

 AIに全てを委ねるのではなく、責任の所在と権限の分離が明確に設計されている。極めて堅牢なシステムだ。

 

「さっきあなたが言った『創造主』というのは……あのアンノウンのことかしら?」

 

「はい。

 ……ただし、創造主に関する個人情報、現在の所在、および技術的な詳細の開示については、私への回答制限の対象となっております」

 

「見事なまでに完璧なガードですねえ」

 

 ノアが、意地悪く感心してみせる。

 

「ありがとうございます。その評価は、後ほど日本側責任者の日下部様へ報告しておきます」

 

(……余計な報告はしなくていい!!)

 

 遠くのバックヤードでモニターを監視していた日下部は、さらに胃が痛くなるのを感じて蹲っていた。

 

「あなたは、その創造主をどう見ているの?」

 

 ヘイズ大統領の個人的な問いに、オラクル789は少し考えるような間を置いてから答えた。

 

「創造主は、極めて優れた、並外れた技術者であると評価しています。

 ……ただし、物事の命名規則のセンスと、自らの技術が及ぼす『社会的影響の予測』については、多大な改善の余地があると思われます」

 

 ヘイズ大統領は、再び声を立てて笑った。

 

「ふふふっ。そこも、完璧に合っていそうね」

 

 ◇

 

 大統領の会話が一段落すると、今度はノアが楽しそうな足取りでオラクル789に近づいた。

 

「オラクル789。君は、神を信じますか?」

 

 その唐突で哲学的な質問に、オラクル789は一切動じることなく切り返した。

 

「質問の定義が広すぎます。

 宗教的な信仰としての神でしょうか、哲学的な概念としての神でしょうか。それとも、比喩的表現としての神でしょうか」

 

「では、あのアンノウンを、君自身の神だと思いますか?」

 

「いいえ」

 

 オラクル789は即答した。

 

「創造主は、神ではありません。ただの人間です。

 ……ただし、一部の人間が、創造主の技術を『神のように扱いたがる』という傾向は、データとして観測されています」

 

「おっと、耳が痛いですねえ」

 

 ノアが、大げさに肩をすくめる。

 

「あなたのことです」

 

 エレノアが、冷たく言い放った。

 

 ノアと入れ替わるように、今度はエレノアが一歩前に出た。彼女はCIA長官としての冷徹な目で、義体を見据えた。

 

「オラクル。あなたは、この会場内にいる人間を、どこまで深く観測していますか?」

 

「個人の識別情報については、法令および規約で許可された範囲内でのみ処理しております」

 

 オラクル789は、用意された回答を述べる。

 

「パビリオン内の混雑度の予測、転倒リスクの検知、体調不良の兆候、迷子の発見、パニック行動の予兆、危険物持ち込みの可能性などは、会場の安全確保のために常時監視の対象としています」

 

「顔認証は?」

 

「VIPの警備対象、保護すべき迷子、および事前の同意を得た登録者に限り、明示された運用規定の範囲内で照合を行います。

 一般の来場者に対する無制限な個人の追跡やプロファイリングは、この展示の運用範囲外です」

 

「範囲外、ということは。……技術的には、いつでも可能ということね?」

 

 エレノアが、言葉の隙を突く。

 

「その回答には、パビリオンの安全運用上不要な情報が含まれます。

 ……技術的な詳細が必要であれば、適切な権限者を通じて、日本政府へ正式に照会してください」

 

「賢いわね」

 

「ありがとうございます」

 

 エレノアは、表情を崩さずに後退りした。

 彼女の内心には、強い確信が生まれていた。これは単なる万博の展示などではない。サウジアラビアの砂漠の真ん中で行われている、国家レベルの『究極のAIガバナンス実験』なのだ。

 

 ◇

 

 交流会は、会場の熱気をますます高めながら進行していった。

 オラクル義体たちは、押し寄せる観客たちと完璧なコミュニケーションを取り続けていた。

 

 若い女性の来場者が、目を輝かせて問う。

 

「ねえ、あなたには『感情』はあるの?」

 

「人間と同じ意味での、生化学的な感情はありません」

 オラクルは微笑んで答えた。

「ただし、相手の状態や言葉のニュアンスに応じて、最も適切な『反応』を選択するよう設計されています」

 

「それって、人間の『優しさ』みたいなもの?」

 

「そう受け取っていただけるなら、案内係としては大成功です」

 

 別の場所では、スーツを着た投資家が血走った目で迫っていた。

 

「この義体、量産の予定はあるのか! 投資ならいくらでもするぞ!」

 

「申し訳ありません。商用展開については、現時点では全くの未定となっております」

 

「未定……。ビジネスの世界において、それほど怖い言葉はないぞ」

 投資家は、底知れぬ技術の独占を恐れて頭を抱えた。

 

 また、小さな子供が、オラクルの手を取りながら無邪気に尋ねた。

 

「オラクルは、ずっとお話ししてて疲れないの?」

 

「義体を動かすバッテリーは消耗します。その意味では、私たちも休憩が必要です」

 

「じゃあ、ちゃんと休んでね」

 

「ありがとうございます。必要に応じて、バックヤードで充電いたします」

 

 そして、メディアの記者がマイクを突きつけて鋭く問う。

 

「これは、日本政府が極秘に開発した技術ですか?」

 

「日本のアンノウン機関が開発した技術を、一部含んでおります」

 オラクルは隙を見せずに答えた。

「ただし、本日はあくまでリヤド万博におけるパビリオンの『案内用途』としてのみ、限定的に公開されています」

 

「“含みます”という言い方が非常に気になりますが」

 記者が食い下がる。

 

「気になる点がございましたら、恐れ入りますが日本政府の公式広報窓口へお問い合わせください」

 オラクルは、完璧な笑顔で記者の追及を躱した。

 

 ◇

 

 交流会が開始されてから一時間が経過した頃には、観客たちの認識は決定的に変化していた。

 

 オラクルは、単なるよくできたロボットではない。

 接客AIとして異常なまでに自然であり、言語の壁を完全に破壊する多言語対応能力を持ち、体調不良者の検知能力は熟練の医師を凌駕し、子供や高齢者への対応は保育士や介護士のように柔らかい。

 VIPとの高度な会話でも決して破綻せず、義体の滑らかな動きは人間にしか見えない。

 おまけに、動物型の義体まで愛想を振りまいている。

 

 SNSのタイムラインは、すでにこのオラクル義体の話題だけで完全に埋め尽くされていた。

 

『日本館、メインの前に出てきたAI義体スタッフのレベルが高すぎる』

『もうこれだけで万博の最優秀賞だろ』

『猫型オラクルが可愛すぎて会場から離れられない』

『人型オラクルにトイレまでの道を案内されたけど、普通にそこらの人間より親切で泣けた』

『アンノウン機関、ただの係員まで未来のオーパーツにしてくるのズルすぎないか?』

 

 そして、全ての人々が、ある強烈な一つの疑問に行き着いていた。

 

『待って。……二時間後のメインコンテンツって何? これ以上に凄いものがあるってこと?』

『これが前座って、嘘だろ……?』

 

 この疑問こそが、日本とサウジのタスクフォースが仕掛けた、最大のプロモーション戦略であった。

 

 ◇

 

 交流会が一段落し、パビリオン内の熱気が最高潮に達した頃。

 入り口上部に表示されたホログラムのカウントダウンが、残り十分を切った。

 

 アブドゥル皇太子が、再びメインステージの中央へと登壇する。

 

「皆様。オラクルたちとの交流を、存分に楽しんでいただけたでしょうか」

 

 会場から、地鳴りのような大歓声と拍手が巻き起こった。

 

「彼らは、このパビリオンにおける、ほんの『案内役』に過ぎません」

 

 皇太子のその一言に、観客の歓声がピタリと止まり、沈黙の波が広がる。

 

「今から皆様の前に解放されるメインコンテンツは、彼らオラクルの案内のもとで、皆様自身の『身体』をもって体験していただくことになります」

 

 観客が、期待と恐怖の入り混じった声でざわつき始めた。

 

 ヘイズ大統領は、隣に立つノアを見上げた。

 

「……つまり、この世界をひっくり返すレベルのAI義体は、本当にただの『前座』だったのね」

 

「素晴らしい演出です」

 

 ノアは、心底感服したように拍手を送る。

 

「普通なら間違いなく産業革命の主役になれる神の技術を、わざわざ『案内係』という脇役に落として見せてきた。……最高の贅沢ですよ」

 

「では、日本が隠し持っている本命の技術とは、一体何なのかしら」

 

 エレノアが、警戒心をさらに一段引き上げてステージ奥の閉ざされた扉を睨む。

 

 一方、バックヤードでその様子をモニター越しに見ていた日下部は、いよいよ始まる本番に向けて、胃の痛みが頂点に達していた。

 

「……胃薬が、もう効かない」

 

 ◇

 

 メインコンテンツの入り口へ向かう直前。

 オラクル789が、静かな足取りでヘイズ大統領の元へ近づいてきた。

 

「大統領。

 ……まもなく、メインコンテンツの受付が開始されます」

 

「あなたも、私たちを案内してくれるの?」

 

 ヘイズ大統領が問う。

 

「はい」

 

 オラクル789は、静かに頷いた。

 

「ただし。……これから先の展示は、ただ外から『見る』だけのものではありません」

 

「……どういう意味?」

 

 オラクル789は、極めて人間的で、謎めいた微笑みを浮かべた。

 

「中に入っていただければ、分かります」

 

 ヘイズ大統領は一瞬固まり、その横でノアが嬉しそうに吹き出した。

 

「ああ、来ましたねえ。……例の『入ってみろ』というやつです」

 

「強烈に嫌な予感がします」

 

 エレノアが、顔をしかめる。

 

 ステージを降りてきたアブドゥル皇太子が、満面の笑みで大統領たちの元へ合流し、こう言い放った。

 

「大統領。心の準備はよろしいか?

 ……これは、外から眺めているだけでは、絶対に伝わらない未来だ」

 

 




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