自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
日本の政治の中枢、首相官邸の地下深く。
あらゆる危機管理対応を想定して構築されたその極秘会議室には、今日もまた、この国のトップたちが顔を揃えていた。
矢崎薫内閣総理大臣を筆頭に、内閣官房参事官の日下部、外務大臣、霧島大悟防衛大臣、御堂周作経済産業大臣、綾瀬真琴厚生労働大臣、榛名理人科学技術担当大臣、官房長官、内閣情報官。そして、テラ・ノヴァの特務開拓官である工藤創一と、彼を補佐する工場管理AI・イヴのホログラム投影、さらに会議の記録と補助を担う一体のオラクル義体。
円卓を囲む閣僚たちの顔色は、一様に優れなかった。目の下に濃い隈を作り、中にはコーヒーのカフェインと栄養ドリンクだけで辛うじて意識を保っている者もいる。
無理もない。現在、地上ではリヤド万博における『フルダイブ技術』の衝撃的な限定公開によって、世界中がパニックと熱狂の渦に巻き込まれているのだ。
各国の首脳からの電話会談の要請、アメリカ政府からの検証用ポッド提供に対する実務協議、ロシアの不穏な水面下での動き、そして凄まじい熱量を持った国内世論への対応。彼らはこの数日間、文字通り不眠不休で世界地図が塗り替わる激動に対処し続けていた。
閣僚たちの手元には、その激務の証左である分厚い紙の資料の山が積まれている。
だが、今からこの場で議論されるのは、アメリカの覇権への執着でも、ロシアの狡猾な裏工作でもない。
ファイルの一番上に置かれた、たった数枚のペラ紙。そこに印字されたタイトルは、地球上のどんな地政学リスクよりも遥かにスケールの違うものだった。
『ミコラ族通信ログ:銀河コミュニティ第一回発足会議への参加要請について』
矢崎総理は、重い瞼を一度きつく閉じ、そしてゆっくりと開いた。疲労困憊の極みにあるはずの声に、無理やり気力を込める。
「……では、始めましょう。ジャミングオン」
総理の合図と共に、会議室の防音、通信遮断、および高度な電子ジャミング装置が一斉に作動した。微かな機械の起動音が部屋を包み込む。
『ジャミング状態、正常。外部ネットワークへの物理的、及び電磁的通信の完全遮断を確認しました』
部屋の隅に控えていたオラクル義体が、淀みない合成音声で報告した。
「というわけで」
矢崎総理は、目の前のペラ紙を指先でトントンと叩いた。
「遠い星の異星人たちから、『銀河コミュニティ』への参加依頼がありました」
閣僚たちの間に、一瞬だけ、時が止まったかのような空白の沈黙が落ちた。
やがて、御堂経産大臣が、こめかみを揉みながら口を開いた。
「……総理。事の重大さ、言葉の歴史的重みと、導入の軽さが全く合っていません。もう少しこう、人類の代表としての緊迫感というか……」
「軽く言わないと、こちらの心が持たないのよ」
矢崎総理は、即座に真顔で切り返した。
「こっちは連日、地球の国々の泥臭い調整とフルダイブ対応で胃に穴が開きそうなの。そのうえで『銀河の会議』なんて重い言葉を真正面から受け止めたら、過労で倒れてしまうわ」
日下部が、総理の言葉に全く同感だというように深く、深く頷いた。
「では、私から詳細をご報告します」
日下部は立ち上がり、テラ・ノヴァ側で受信したミコラ族との通信内容を端的にまとめた。
「要点は以下の通りです。
第一に、ミコラ族は現在、我々を含まない合計六つの星間文明と安定した交流を維持しています。我々が提供した万能翻訳機が、彼らの意思疎通を急速に前進させました。
第二に、その六文明の間で、軍事同盟ではなく緩やかな星間交流組織……仮称『銀河コミュニティ』の発足が検討されています。
第三に、その第一回発足会議が、ミコラ族の母星で開催される予定であり、日本国に正式な参加要請が届きました。開催時期は、地球時間換算でおよそ十八日後。
第四に、日本国は六文明側から、『極めて高度な情報処理技術を持つ先進文明』として認識されています。……ただし、ご存知の通り、その技術的優位の九割九分は、実質的にアンノウン、すなわち工藤氏の生産基盤に依存しています」
日下部は報告を終え、円卓を見回した。
「以上です。ミコラ族側は非常に友好的であり、我が国の参加を強く望んでいます」
「基本的に、前向きに参加を検討する形でよいと思いますが」
矢崎総理が、閣僚たちに意見を求めた。「異議がある方は?」
沈黙。
誰も手を挙げない。
霧島防衛大臣が、太い腕を組んで肩をすくめた。
「ここで断る理由がありません。断った瞬間、日本は銀河外交の初期メンバーから外れ、未知の脅威に対抗するための情報網を自ら捨てることになります」
「参加しない選択肢は、外交的にはほぼ自殺行為です」
外務大臣も、一切の迷いなく同意する。
「交易、未知の技術情報、新素材の資源、文化交流……。それらすべてを、初期のルール作りの段階で我々が食い込めるかどうかが、日本の、いや人類の次の百年の立ち位置を決定づけます」
御堂経産大臣の目には、すでに星間貿易の巨大な市場が映っているようだった。
「生体リスクや未知の病原体などの懸念は山ほどありますが、後ほど議論されるであろう『義体参加』を前提とするならば、初回のリスク管理は十分に可能です」
綾瀬厚労大臣も、医療安全の観点からGOサインを出した。
「では、参加方針は前向きに決定。異議なしとします」
矢崎総理が、あっさりと結論を下した。
官房長官が、信じられないものを見るような目で呟いた。
「……異星文明相手の歴史的な会議の参加方針が、国内の地方分権の委員会より早くまとまるとは。どうなっているんでしょうね」
「日本のギスギスした政治的駆け引きと違って、テラ・ノヴァ側の文明は総じて平和で友好的ですからね……」
日下部が、遠い目をしながら答える。
ふと、一人の大臣が疑問を口にした。
「そこ、私も少し気になっていたんですよ。なぜ、テラ・ノヴァ側で遭遇する星間文明は、こうも穏便で平和的な種族が多いのでしょうか? SF映画のように、問答無用で侵略してくる好戦的な種族がいてもおかしくないはずですが」
「あー、それはイヴとちょっと考察しました」
部屋の隅にいた工藤が、ひょいと手を挙げた。
「聞きましょう」
矢崎総理が促す。
「イヴ、説明してあげて」
工藤の丸投げに近い指示で、ホログラムのイヴが一歩前に出た。
「承知しました」
会議室の中央に、シンプルな宇宙の進化モデルを示す図が表示された。
タイトルは、『星間文明に到達するまでのグレートフィルター仮説』。
「テラ・ノヴァ側で確認されている星間文明が、比較的穏便である理由について、当機の仮説を提示します」
イヴの無機質な声が響く。
「第一に、一つの惑星文明が星間文明へと成長・飛躍する過程には、複数の克服困難な障壁……『グレートフィルター』が存在すると考えられます」
画面に、文明発展の段階が箇条書きで示される。
【部族・国家間対立】→【産業化】→【大量破壊兵器の誕生】→【環境破壊】→【AI・生体改造などの危険技術】→【惑星統一】→【星間航行(FTL)技術の獲得】。
「攻撃性が極端に高い種族は、惑星文明の段階で自滅する確率が統計的に極めて高いと推定されます。特に、大量破壊兵器、取り返しのつかない環境崩壊、制御不能な危険技術を保有した段階で、内部の対立を解消できない文明は、星間文明へと到達する前に自らを滅ぼします」
霧島防衛大臣が、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……耳が痛い話ですね。まるで我々地球の歴史を見透かされているようだ」
「地球、かなりギリギリのラインで生存テストをやらされていませんか?」
官房長官が額の汗を拭う。
「そこはあまり深掘りしない方が……」
工藤が苦笑して止めようとしたが、日下部が冷酷に言い放った。
「いえ、深掘りするべき国家の最重要課題ですが、私の胃がさらに痛くなるので今日は後日にしましょう。……イヴさん、続けてください」
「肯定します」
イヴは淡々と説明を続ける。
「第二に、星間文明へ到達するには、惑星規模での長期的な資源配分と、種族全体での危機管理が不可欠です。その過程において、多くの文明は単一の政府、またはそれに極めて近い強固な統合体制へと移行します」
「なるほど。惑星文明として、政治的に一本化されるわけですね」
外務大臣が頷く。
「はい。その結果、文明全体の主義、思想、価値観が、数世紀にわたってある一定の方向へ強く洗練・均質化されていきます。恒星間航行(FTL)を発見するまでの期間が長ければ長いほど、その文明は思想的に極端に偏りやすい傾向を持ちます」
「つまり」
工藤が分かりやすく補足する。
「平和主義の種族ならめちゃくちゃ平和主義になるし、慎重派ならめちゃくちゃ慎重になるってことですか?」
「概ねその理解で問題ありません」
「なるほど」
矢崎総理が深く納得したように頷く。
「宇宙人だから最初から穏便なのではなく、穏便でなければ宇宙に出る前に自滅して消えやすい、ということね」
「肯定します」
「では、攻撃的で好戦的な星間文明が全くいない?」
榛名科学技術担当大臣が、理論の隙間を突く。
「否定します。いないとは断言できません」
イヴは冷徹な事実を告げる。
「ただし、攻撃性の高さと文明の長期的存続性は必ずしも両立しないため、実際に観測可能な領域まで進出してくる星間文明には、一定の『平和的選択をした者だけが生き残る』という選別効果がかかると推定されます」
「つまり、宇宙の優しい町内会に見えて、実は度重なる絶滅の危機を乗り越えてきた、ゴリゴリの生き残り組の濃い集まりですね」
官房長官が、戦慄交じりに評した。
「町内会って言うと、急にスケールが小さくなるなぁ」
工藤が呑気に呟いた。
◇
「さて。参加する場合の物理的な手段ですが」
矢崎総理が、資料のページをめくって本題を切り出した。
「私は、内閣の主要メンバー全員で参加すべきだと思います」
その言葉に、大臣たちが一瞬ざわついた。
「総理、まさか生身で異星の母星へ行くおつもりですか!?」
綾瀬厚労大臣が、血相を変えて立ち上がりかけた。
「もちろん違います」
矢崎総理が即座に否定し、手のひらで制す。
「実際に行くのではなく、義体(アバター)で、です」
場の空気が、フゥッと音を立てて緩んだ。
「ですよね」
霧島防衛大臣が、胸を撫で下ろす。
「総理大臣と主要閣僚が揃って、太陽系外の、しかも正体不明の異星母星に生身で出張など、警護を担当する防衛省からすれば悪夢でしかありません」
「悪夢というか、万が一があった場合、一瞬にして国家機能が停止する最悪のセキュリティ・リスクです」
日下部も、生身の派遣など最初から論外だと切り捨てる。
「義体なら、現地で宇宙船ごと爆破されたり、未知のウイルスを撒かれたりしても、本体は日本の安全なカプセルの中で寝てるだけですからね」
工藤が、物騒な例えを交えながらメリットを語る。
「感染症や未知の生体リスクも完全に回避できます。医療側としても、義体参加以外は絶対に許可できません」
綾瀬厚労大臣が念を押した。
「しかし、外交上は問題ないのでしょうか。歴史的な第一回会議に、実体ではなく遠隔の義体で参加することが、相手文明に対して非礼にあたらないか、事前の確認が必要です」
外務大臣が、外交儀礼の観点から懸念を示す。
「ミコラ族側に事前照会することは可能です」
イヴがホログラムの画面を操作して答える。
「ただし、彼らは身体形態の多様性に極めて寛容であり、そもそも我々がどのような生態構造を持っているかも知りません。遠隔義体での参加を非礼と受け取り、拒絶する可能性は統計的に極めて低いと推定されます」
「では、第一回会議は内閣主要メンバーが義体で参加する。これを基本案としましょう」
矢崎総理が決定を下した。
「歴史に名が残りますね」
御堂経産大臣が、少しだけ興奮した声で言う。
「“日本国閣僚、義体を用いて人類初の銀河会議に出席”ですか。SF小説そのままです」
「……この歴史的快挙を、国民に全く広報できないのが残念すぎますね」
官房長官が、政治家としての本音を漏らした。
「広報したら、地球が物理的にも社会的にも燃え上がります」
日下部が、冷たい氷でぶん殴るように突っ込んだ。
◇
「しかし、参加するとなれば、我が『日本国』の概要を相手の星間文明にどう説明するかを、綿密に詰める必要があります」
外務大臣が、真面目な顔で極めて厄介な問題を提起した。
「そこが一番の問題ね」
矢崎総理も、険しい表情で同意する。
「ミコラ族側は、我々を“テラ・ノヴァという惑星に拠点を持つ、極めて高度な情報処理能力を有した星間文明”のように誤認……いや、認識しています」
日下部が、現状の危うい外交的立ち位置を説明する。
「ですが、実際には、我々の星間技術、万能翻訳機、そして彼らが驚愕した情報処理技術の多くは、アンノウン……つまり工藤氏の開発・生産基盤に完全に依存しています。地球の日本国そのものが独力で生み出したものではありません」
「では、地球の詳細な情報は出せませんね?」
霧島防衛大臣が確認する。
「出すべきではありません」
日下部が即答する。
「地球側本土の正確な位置座標、現在の人口、軍事力、実際の技術水準、そして地球が複数の国家に分裂して覇権争いをしているという内情の実態は、初回の会議では絶対に伏せるべきです。我々の脆弱性を晒すことになります」
「ただ、全部隠すのは無理ですよね」
工藤が、頭を掻きながら言う。
「向こうが使ってる万能翻訳機も、俺が送り込んだオラクル義体も、俺のテラ・ノヴァの工場ラインで作ってるわけですし。出どころを聞かれたら困りますよ」
「工藤さん、その設定資料はできていますか?」
矢崎総理が尋ねる。
「あ、イヴに作らせてます。あとで渡します」
「現在、銀河コミュニティ参加用の『日本国概要資料』を作成中です」
イヴが、スクリーンに数行のテキストを表示した。
「基本方針は以下の通りです。“日本国は、テラ・ノヴァに開拓拠点を持つ国家であり、工藤創一特務開拓官兼工場長が、主要技術の開発および生産基盤を管理・統括している”。……この『事実ベース』の説明を推奨します」
会議室が、少し静まった。
「ここ、変に嘘をついて見栄を張っても意味ないですからね」
工藤が平然と言う。
「俺が工場長として開発・管理している。それでいいと思います。ボロが出ませんし」
「そうね。我々がアンノウンという特異な技術力に依存しているのは、紛れもない事実だわ。そこは嘘をついても意味がないし、後で矛盾が生じる」
矢崎総理が、工藤の提案を支持した。
「ただし」
日下部が、外交官としての絶対の条件を付け加える。
「“地球側にある日本国の本体は、本来そこまで高度な星間文明ではない(宇宙の基準では赤子同然である)”という致命的な事実を、どこまで明かし、どこまでボカすかは、極めて慎重な言葉選びが求められます」
「言い方を工夫しましょう」
官房長官が、政治家特有の言い回しを提案する。
「例えば……“我が日本国は現在、急速な技術発展期にある文明である”とか。これなら嘘ではありません」
「“未熟”とは言わず、“発展期”と言うわけですね。ものは言いようですね」
工藤が感心したように言う。
「外交とは、ものの言いようです」
日下部が、冷徹な真理を口にした。
◇
「次に、代表団の構成についてです」
日下部がホワイトボードに候補者のリストを投影した。
【日本国・銀河コミュニティ初回代表団(案)】
・矢崎総理:代表団長
・外務大臣:外交統括
・日下部:特務調整官(実務統括)
・工藤創一:テラ・ノヴァ特務開拓官/技術説明役
・イヴ:技術・翻訳・安全補助
・オラクル義体複数:随行および通信補助
・霧島防衛大臣:安全保障オブザーバー
・榛名科学技術担当大臣:科学・文化交流担当
・御堂経済産業大臣:交易可能性調査担当
・綾瀬厚生労働大臣:生体安全・医療担当
「……少し、多すぎませんか?」
外務大臣が、リストの長さを見て難色を示した。
「初回ですから、主要メンバーは全員顔見せをしておく方が良いでしょう」
矢崎総理が、代表団としての威容を示すことを選ぶ。
「義体での参加であれば、座席の数や物理的な移動の制約はいくらでも増やせます」
日下部も、人数の多さは問題にならないと判断した。
「銀河会議の円卓に、日本の内閣がぞろぞろ義体で並んで座ってるの、絵面がすごいことになりそうですね」
工藤が、少し面白そうに想像する。
「宇宙人側から見れば、地球人とは“そういう群れで行動する種族”だと思われるのでは?」
官房長官が、異文化交流の難しさを口にする。
「それはそれで、一つの誤解として放置しておきましょう。我々が組織として強固であることを示すことにもなります」
日下部が、あっさりと片付けた。
◇
「参加するとなると、もう一つ避けて通れない問題があります」
外務大臣が、手元の資料を険しい顔で見つめながら言った。
「継続的な窓口です。第一回だけ参加して、はい終わり、というわけにはいきません。星間交流組織に参加するということは、常時連絡を取り合う体制が必要になります」
「つまり、現地への駐在員ね」
矢崎総理が、鋭く要約する。
「はい。銀河コミュニティに正式に参加するなら、常設の連絡窓口、あるいは駐在代表となる『顔』が必要になります」
日下部が頷く。
「全部、イヴさんやオラクルなどのAIに任せるのはどうですか?」
御堂経産大臣が、合理的な提案をする。
「便利で確実ですが、外交的には重大な問題があります」
日下部が即座に却下した。
「すべてAI対応にしてしまえば、他の星間文明から“日本国は、人間(生体)が全く表に出てこない、不気味で信用できない機械文明”と見なされる恐れがあります」
「オラクルが優秀すぎて、なんでも『もう全部AIで良くないですか?』ってなりがちですけど、外交ってそういう効率だけのものじゃないですもんね」
工藤が、自分の作った技術の皮肉な欠点を指摘する。
「その通りです。最終的な決断を下し、相手と顔を突き合わせる『人間の責任者』の存在は不可欠です」
外務大臣が強く主張する。
「となると、表の政府には出せない、裏の責任者……『裏大臣』が必要ね」
矢崎総理が、新しいポストの必要性を口にする。
「裏大臣?」
閣僚たちが一斉に総理を見る。
「表の内閣には出せない、銀河コミュニティ担当の特命大臣みたいなものよ。いえ、言い方が悪いわね。……『地球外文明交流担当特命大臣』かしら?」
「名前だけで、内閣改造が吹っ飛ぶレベルの特大スキャンダルになりますね」
官房長官が、その名刺が流出した時のマスコミの狂乱を想像して震えた。
「普通に、既存の外交のトップである外交大臣でよいのでは?」
霧島防衛大臣が、極めてシンプルな正論を放った。
その瞬間。
円卓の全員の視線が、一斉に外務大臣へと突き刺さった。
「…………えっ?」
外務大臣は、突然の指名に目を丸くし、そして数秒後、本気で慌てふためき始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 無茶苦茶ですよ!!」
外務大臣が、椅子から立ち上がりそうになる勢いで両手を振って拒否する。
「私は、地球上の国家との外交を担当する責任者であって、異星文明と友好関係を築く訓練など、外務省の研修で一度も受けたことがありません! 言語も、文化も、前提知識も違いすぎる!」
「地球上にも、十分異星文明のような、話が通じない相手国はたくさんありますよ。似たようなものです」
日下部が、極めて冷酷でブラックな慰めを口にする。
「日下部さん! そういう冗談は、絶対に記録に残さないでください!」
外務大臣が青ざめて叫ぶ。
『会議記録から該当の不適切発言を削除しますか?』
部屋の隅のオラクル義体が、律儀に確認を求めてきた。
「削除してください」
日下部がため息をついて指示を出す。
「とにかく、これは通常の外務省案件を完全に超越しています。未知の技術と環境が絡む以上、ここは工藤氏、あるいは実務を熟知している日下部氏が代表として適任では!?」
外務大臣が、必死に責任を二人に押し付けようとする。
「俺、外交とか絶対無理ですよ。失言しかしない自信があります。俺はあくまで工場長ですからね?」
工藤が、全力で首を振って逃亡の姿勢を見せる。
「私も無理です。すでに地球上のアンノウン関連案件の処理だけで、私の業務量は致死量に達しています。これ以上増えれば、物理的に死にます」
日下部も、自らの命を守るために即座に固辞した。
「日下部さんは、この件の実務責任者です」
矢崎総理が、静かに、だが逃げ場を塞ぐように宣告する。
「総理。……私がこの世で一番嫌いな言葉が、その『実務責任者』という単語です」
日下部が、怨嗟の込もった目で総理を見る。
「では、役割分担を明確にしましょう」
外務大臣が、なんとか妥協点を見出そうと必死の提案を行う。
「私が『表の外交責任者(顔)』として立ち、日下部さんが『裏の実務責任者』として交渉の骨格を作り、工藤氏が『技術説明役』として同席する。……この三頭体制の形でどうでしょう?」
「責任を分散しているようでいて、結局のところ、私の実務負担が1ミリも減っていません」
日下部が冷たく指摘する。
「俺も説明役から全然逃げられてないですね」
工藤が不満そうに呟く。
「では、それで決定します」
矢崎総理が、見事な采配で三人の首根っこを同時に掴んで叩き落とした。
「……決まるの早くないですか?」
外務大臣、日下部、工藤の三人が、全く同時に、絶望の声を上げた。
◇
「文句は後で聞きます」
矢崎総理が三人を黙らせると、イヴが空中に『常設窓口』の具体的な運用案を提示した。
『日本国・銀河コミュニティ臨時代表部(構想案)』
【構成および運用形態】
・代表:外務大臣直轄の「地球外文明交流担当特命大使」(※非公表役職)
・実務調整:内閣官房参事官(日下部)
・技術支援:特務開拓官(工藤)/イヴ/オラクル
・常駐形態:ミコラ母星、またはコミュニティ指定の拠点に、日本国代表としての『オラクル義体』を常設・配置する。
・人間担当官の運用:外務省および官邸の選抜スタッフが、地球側から『義体経由』で交代制の遠隔リモート勤務を行う。
・翻訳管理:万能翻訳機+オラクルの常時補助。
・安全保障:防衛省および内閣情報官とのリアルタイム連携。
・医療安全:厚労省の監修による義体操作の負荷制限。
「……人間担当官を、義体経由で交代制勤務させる、というのは?」
外務大臣が、その未知の労働形態について詳細を求める。
「生身の人間を異星の母星へ常駐させるのは、未知の感染症リスク、環境への適応問題、緊急時の帰還手段の欠如、そして何より、相手に人質に取られる政治リスクが高すぎるため、強く非推奨です」
イヴが、合理的な理由を説明する。
「しかし義体であれば、現地に『日本国の人間が常駐している』という外交形式を完璧に保ちつつ、本体は日本本土の安全な施設内に留まることができます。シフト交代も、通信の切り替えのみで一瞬で完了します」
「初期の安全管理としては、それが最も妥当ですね。生身の派遣は論外です」
綾瀬厚労大臣が、医療の観点から全面的に賛同する。
「もし、現地でテロや武力衝突が起き、常駐している義体が破壊された場合はどうなりますか?」
霧島防衛大臣が、最悪の事態を想定する。
「本体の人間への物理的・精神的損害はありません。通信が強制遮断されるのみです」
イヴが即答する。
「その後は、日本国に対する武力攻撃と見なし、外交的抗議を行うとともに、予備の義体を再派遣することで即時対応が可能です」
「なんか、義体が『名刺』か『使い捨ての案山子』みたいな軽い扱いになってますね……」
工藤が、自分の作った超技術の扱いの雑さに苦笑する。
「便利すぎるのが一番の問題ですね」
日下部が、技術の進化が人間の倫理観を置き去りにしていく現状に、深くため息をついた。
◇
「さて、銀河コミュニティに参加するとなれば、我々は『どこまで日本の技術を開示するか』を決めなければなりません」
榛名科学技術担当大臣が、技術覇権の要となる問いを投げかけた。
「万能翻訳機については、すでにミコラ族に提供済みであり、事実上コミュニティ内で共有されるでしょう。それ以外の技術は、相手の出方を見ながら極めて慎重に、段階的に開示すべきです」
日下部が、技術の出し惜しみを基本戦略とする。
「俺のオラクル義体はどうします?」
工藤が尋ねる。
「初回の代表団の随行補助として使う以上、その存在と高度なロボティクス、AI技術が相手に知られるのは避けられません」
矢崎総理が答える。
「ただし、それを相手文明に『量産・提供』するかどうかは全くの別問題です」
「交易の対象としてカードにする技術と、国防上絶対に出してはならない技術を、今のうちに明確に分類しておくべきです」
御堂経産大臣が、ビジネスと国益の視点から要求する。
イヴが、即座に分類リストをスクリーンに表示した。
【初回会議で見せてもよいもの(開示許容技術)】
・万能翻訳機の実装技術
・低機能版に制限したオラクル補助義体(デモンストレーション用)
・一般的な医療安全プロトコル、および一部の医薬品データ
・地球の(安全な範囲の)文化交流用データ、芸術、音楽
・非軍事の生活支援技術の一部
【初回では絶対に伏せるもの(秘匿必須技術)】
・地球、および日本本土の座標データ
・地球の詳細な内情、人口、軍事力
・軍事転用可能な慣性制御、重力制御技術
・フルダイブ技術の中核仕様および概念
・13m級核融合炉を含む、エネルギー関連のオーバーテクノロジー
・工藤拠点の完全な生産能力の全容
・アンノウン技術の全体像と、技術の由来
「隠すもの、めちゃくちゃ多いですね」
工藤が、黒塗りのリストを見て笑う。
「見せられるものが少しでもあるだけ、まだマシだと思ってください」
日下部が、情報統制の厳しさを強調する。
「初回はあくまで、互いの友好と安全を確認する場です。技術をひけらかす展示会にしてはなりません」
矢崎総理が、方針を固める。
「宇宙人との技術交易、期待していたのですが……残念です」
御堂経産大臣が、本気で悔しそうな顔をした。
「残念がらないでください。相手が何を欲しがっているか分からない段階で技術を見せるのは、隙を晒すのと同じです」
矢崎総理がピシャリと嗜めた。
◇
重い外交と技術の議論が一段落し、会議の空気が少しだけゆるくなったところで、官房長官が素朴な、しかし誰もが気になっていた疑問を口にした。
「……ところで。義体で第一回の銀河会議に参加する場合、我々の『服装』はどうしますか?」
全員の思考が、一瞬だけ停止した。
「服装、ですか」
外務大臣が反芻する。
「はい。地球の国際会議であれば、当然スーツや各国の民族衣装ですが……相手はキノコ型などの異星人です。地球のスーツを着ていくのが正解なのかどうか」
官房長官の問いは、異文化交流の最も根源的な悩みを突いていた。
「宇宙人相手でも、やっぱりスーツなんですかね?」
工藤が面白そうに首を傾げる。
「外交官たるもの、どのような場であっても公式な場ではスーツです。それが我々の正装です」
外務大臣が、地球の外交のプライドにかけて答える。
「防衛省としては、万が一の事態に備えて、義体に最低限の防護機能と武装を仕込んでおきたいのですが」
霧島防衛大臣が、物騒な提案をする。
「それは相手に対してあまりにも威圧的になりませんか? 友好会議の場に、あからさまな戦闘用装甲で乗り込むのは避けるべきです」
外務大臣が難色を示す。
「外観は地球の礼装(スーツ)のまま、内部構造のみを対弾・対エネルギー防護仕様に強化することが可能です」
イヴが、完璧な折衷案を提示した。
「防弾スーツみたいな義体ってことですか……映画の主人公みたいでカッコいいですね」
工藤が感心する。
「日本国代表団、見た目は普通のスーツの官僚集団。だが中身は一騎当千のオーバーテクノロジー義体。……変な集団ですね」
官房長官が、自らの姿を想像してため息をついた。
「いつものことです。我々が普通であったことなど、アンノウン案件が始まってから一度もありません」
日下部が、事も無げに切り捨てる。
「では、名刺はどうしますか?」
御堂経産大臣が、日本のビジネスマンとしての血を騒がせて問う。
「星間交流の第一歩です。日本国の代表として、名刺交換の文化は持ち込むべきでは?」
「相手がそもそも『紙に名前を書いて渡す』という名刺の文化を持っているとは限りませんよ」
外務大臣が慎重に返す。
「万能翻訳機があるなら、名刺の概念そのものも上手く翻訳してくれるんじゃないですか?」
工藤がイヴに確認する。
「概念の翻訳は可能です。……ただし、相手文明の価値観によっては、名刺を渡す行為が『自己の魂や存在情報の一部を、物理的媒体として相手に明け渡す(従属の儀式)』と深刻に誤解され、解釈される可能性があります」
イヴが、異星間外交の恐ろしい罠を警告した。
「名刺交換で修復不能な文化摩擦が起きる銀河会議、嫌すぎますね」
官房長官が青ざめる。
「名刺は保留にしましょう。余計なリスクは避けます」
矢崎総理が、即座に名刺の持参を却下した。
◇
「では、初回会議における日本国の『基本姿勢』と『スピーチの方針』をまとめます」
矢崎総理が、議論を総括する。
スクリーンに、日本の基本方針が箇条書きで表示される。
【初回会議・日本の基本方針】
・ミコラ族への接触と招待に対する深い感謝を示す。
・銀河コミュニティの発足に対する祝意を述べる。
・日本国は、対等で平和的な交流を最重視する国家であると宣言する。
・技術の共有や交易は、相互理解が進んだ後に段階的に行う旨を伝える。
・互いの文化、生態、および安全保障を最大限に尊重する。
・新規文明への接触ルール作りには、積極的に協力する。
・そして最後に、「日本国は、この広大な宇宙において、まだ学ぶべきことが多い文明である」と謙虚に締めくくる。
「“日本はまだ学ぶべきことが多い文明である”。……この表現は非常に素晴らしいですね」
外務大臣が、外交官としての視点で絶賛した。
「我々が万能翻訳機やオラクルという圧倒的な技術優位を見せつけつつも、決して傲慢に上位存在ぶらない。相手の警戒心を解き、友好的な姿勢を示す最高のフレーズです」
「まあ、実際問題、宇宙のことに関しては俺たち学ぶことだらけですしね」
工藤が、素直な感想を述べる。
「その通りです。むしろ我々は、アンノウン技術による下駄を履かせてもらっている部分以外は、宇宙の常識においては完全に無知な『学ぶ側』の赤子です」
日下部も、決して自惚れることなく現実を直視している。
「そこを自覚し、勘違いしないことが一番大事ね」
矢崎総理が、日本の立ち位置を深く胸に刻むように言った。
◇
「では、最終決定を行います」
矢崎総理が、円卓の全員を力強く見回した。
「日本国は、銀河コミュニティ第一回発足会議に、正式に参加します。
参加形態は、安全を最優先とし、専用の義体による遠隔出席とします。
代表団長は私、矢崎が務めます。
外務大臣が外交の全体統括。
日下部さんが特務実務調整。
工藤さんがテラ・ノヴァ特務開拓官兼、技術説明役。
イヴ、およびオラクル義体たちが技術・翻訳・安全補助として随行します。
これで、よろしいですね?」
円卓の閣僚たちが、一斉に、そして深く頷いた。
ただ一人、外務大臣だけが、少しだけ遅れて、絶望的な顔で重々しく首を縦に振った。
「……日下部さん。その、ポケットに入っている胃薬、私にも少し回してください」
外務大臣が、絞り出すように懇願する。
「ようこそ、こちらの世界へ」
日下部が、初めて少しだけ同情の混じった笑みを浮かべ、胃薬のシートを差し出す。
「胃薬仲間が増えましたね!」
工藤が、なぜか嬉しそうに言う。
「アンノウン案件が始まってから、永田町と霞が関の胃薬の消費量が跳ね上がっています。本当に、胃薬の需要が国家規模になってきましたね」
綾瀬厚労大臣が、医療の観点から呆れたように指摘する。
「当機の判断により、テラ・ノヴァの第三プラントにおける胃薬の生産ライン増強計画の優先度を、さらに一段階引き上げます」
イヴが、極めて迅速かつ無慈悲なシステム対応を宣言した。
「……本気で言っているのが、一番嫌ね」
矢崎総理が、深くため息をつきながら、このカオスな会議の終わりを告げた。
◇
会議が終了し、他の閣僚たちが足早に退室していく中。
特別情報分析室には、外務大臣、日下部、そして工藤の三人だけが残された。
これから共に「銀河会議の最前線」に立つ、運命共同体である。
「……日下部さん。工藤さん」
外務大臣が、まだ信じられないというように虚空を見つめながら呟いた。
「私、本当に、このあと異星文明と外交をするんですか?」
「はい。決定事項です」
日下部が、無表情で現実を突きつける。
「外務省に三十年勤めてきましたが、若手時代の語学研修でも、幹部研修でも……『宇宙人との交渉の仕方』なんて項目、テキストのどこにもありませんでしたよ」
「俺だって、ただの社畜からテラ・ノヴァの工場長になりましたけど、工場長研修で『異星外交のやり方』なんて教わってないですよ。ラインの回し方しか知りません」
工藤が、外務大臣に謎の同調を見せる。
「私も、国家公務員試験に合格して官僚になった時、アンノウンという規格外の存在の面倒を見る方法なんて、誰からも習っていません」
日下部も、自らの理不尽な境遇を口にする。
三人は、しばし無言で見つめ合った。
「……じゃあ、全員、銀河会議は『初見プレイ』ってことで」
工藤が、ゲームを始めるような軽さでまとめた。
「初見プレイで銀河会議に出るの、国家の代表として無理がありませんか?」
外務大臣が、悲鳴に近い声を上げる。
「無理はあります」
日下部が、あっさりと認める。
「ですが、幸いなことに、ミコラ族は極めて友好的で平和的な種族です。彼らが相手なら、我々が致命的なミスをしない限り、たぶん何とかなります」
「宇宙が、どうか優しい場所であることを祈りましょう」
工藤が、天井を見上げて能天気に祈る。
「祈るだけでは不安すぎます。我々は準備できることをすべてやるしかない。
……イヴさん、相手の文化、推定される心理構造、そして想定問答集の資料を、至急百ページほど作成して外務大臣に送ってください」
日下部が、的確な実務指示を出す。
「すでに、三百二十ページに及ぶ『銀河コミュニティ初回接触マニュアル(暫定版)』を作成し、送信済みです」
イヴが、有能すぎる報告をする。
「えっ、増えてる」
工藤が驚く。
「……三百二十ページ!? そんなもの、明日までに読めるわけがないでしょう!!」
外務大臣の悲鳴が、防音の効いた地下の特別情報分析室に空しく響き渡った。
こうして、日本国は「銀河コミュニティ」の第一回発足会議への参加を正式に決定した。
生身の人間としてではなく、強固な装甲を持った義体で。
地球の代表を装うのではなく、まずは「テラ・ノヴァに拠点を持つ日本国」として。
そして表向きは、穏やかで謙虚な友好使節団の顔をして。
もっとも、その実態は、アンノウンのオーバーテクノロジーに完全に依存しきった、極めて危ういバランスの上に成り立つ「急造の星間外交国家」である。
だが、宇宙の友人たちは、疑うことを知らない純粋な善意と、大きな期待を込めて日本をその輪の中へと招いてくれた。
ならば日本は、その期待に全力で応え、未知の深淵へと足を踏み出すしかないのだ。
たとえ、外務大臣が胃薬の増産を本気で求め、日下部が逃げ場のない現実に遠い目をし、工藤が「銀河町内会、楽しみだなぁ」とピントのずれたことを呟いていたとしても。
人類初となる、銀河レベルの外交会議への準備は。
こうして少しだけゆるく、しかし、決して後戻りできない確かな足取りで、静かに始まっていた。
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