自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第179話 地球側外宇宙にも、隣人はいた

 東京都千代田区永田町、首相官邸。

 地下深くに設けられた特別情報分析室の空気は、今日も冷徹な無機質さに支配されていた。分厚い鉛とコンクリートで覆われ、世界中のいかなる情報機関の探りも届かないこの部屋に、日本の中枢を担うコアメンバーが顔を揃えている。

 

 矢崎薫内閣総理大臣を筆頭に、内閣官房参事官の日下部、霧島大悟防衛大臣、外務大臣、榛名理人科学技術担当大臣、御堂周作経済産業大臣、官房長官、内閣情報官。そして、テラ・ノヴァの特務開拓官である工藤創一と、彼を補佐する工場管理AI・イヴのホログラム投影、さらに会議の記録と補助を担う一体のオラクル義体。

 加えて今回は、ヤタガラス地球側外宇宙探索隊の運用状況を監視している防衛省系の特殊担当官も同席していた。

 

 円卓の上には、三種類の分厚い極秘資料が積まれている。

 一つ目は、『フルダイブ技術の国際規制および国内段階的解禁に関するロードマップ』。

 二つ目は、『銀河コミュニティ第一回会議事後処理および共同探索隊編成案』。

 そして三つ目が、本日の会議のメインテーマとなる『地球側外宇宙・太陽系外縁および近傍恒星系観測報告』である。

 

 矢崎総理は、少しだけ疲労の滲む顔で資料を一瞥し、重い口を開いた。

 

「では、始めましょう。ジャミングオン」

 

『ジャミング状態、正常。外部ネットワークへの物理的、及び電磁的通信の完全遮断を確認しました』

 部屋の隅のオラクル義体が、淀みない合成音声で報告する。

 室内の照明が、警戒を示す薄暗い赤色へと切り替わった。

 

「フルダイブ関連の国際・国内調整については、現在鴻上君のタスクフォースが泥沼の議論を戦わせてくれていますので、彼らに任せます」

 矢崎総理は、一つ目の資料をパタンと裏返し、三つ目の資料を手元に引き寄せた。

 

「本日の議題は、地球側の星間文明調査です」

 

 その言葉に、外務大臣が安堵と絶望の入り混じった声で呻いた。

 

「フルダイブが議題ではないと聞いて少し安心したのに、星間文明調査と言われて即座に胃が痛くなりました」

 

「正常な反応です」

 日下部が、感情を読み取らせない顔で即座に肯定した。

 

「最近、この部屋で話し合う議題のスケールが全部おかしいですよね。なんか、世界が広がりすぎてて」

 工藤が、いつものように作業着姿で頭を掻きながら呑気に呟く。

 

「工藤さんが技術ツリーをどんどん開けるからです」

 日下部が冷たく刺すが、矢崎総理はそれを手で制した。

 

「結論から言います」

 矢崎総理は、円卓の全員を鋭く見回し、少しだけ間を置いた。

 

「ヤタガラス地球側外宇宙探索隊が……惑星文明を見つけました」

 

 会議室が、水を打ったように静まり返った。

 呼吸の音すら消える。

 

「それも、ヤタガラス級の大型宇宙艦を三隻、恒星系内で運用中の文明です」

 

 その言葉に、霧島防衛大臣が弾かれたように身を乗り出し、真っ先に反応した。

 

「……ついに、地球側でも見つけたか」

 

 彼の声には、国防を担う者としての極度の緊張と、いつか来ると恐れていた日が現実になったことへの戦慄が含まれていた。

 

 ◇

 

「まず、大前提を確認させてください」

 外務大臣が、額に滲んだ汗をハンカチで拭いながら、震える声で問うた。

 

「総理は今、『惑星文明』と仰いました。……星間文明ではなく、惑星文明、ということでよろしいですね?」

 

「ええ。そこが、今回の報告の最も重要なポイントです」

 矢崎総理が深く頷く。

 

「つまり、FTL(超光速)航行や、星間通信の技術は……」

 榛名科学技術担当大臣が、身を乗り出して確認する。

 

「現時点では、一切確認されていません」

 日下部が、冷徹に答えた。

 

「それで、ヤタガラス級の宇宙艦を三隻も保有していると?」

 霧島防衛大臣が、軍事的な常識とのズレに顔をしかめる。

 

「つまり、恒星と恒星の間を自由に飛ぶ技術はないけど、自分の星系の中なら、めちゃくちゃ巨大な宇宙艦を作って運用できるレベルには到達してるってことですね」

 工藤が、技術的な視点から端的にまとめる。

 

「肯定します」

 イヴのホログラムが、一歩前に出て補足した。

「対象文明は、星間航行技術を保有していません。しかし、自恒星系内における大規模宇宙開発能力、居住インフラの構築能力は、極めて高いと推定されます」

 

「資料を出してください」

 矢崎総理の指示に、オラクルが即座に応じる。

 

「承知しました」

 

 会議室の中央に、巨大で高精細なホログラム映像が立ち上がった。

 

 ◇

 

 ホログラムに映し出されたのは、地球とは異なる、だがどこか似た美しさを持つ青白い惑星だった。

 地表の大部分が、果てしなく広がる広大な海に覆われている。陸地と呼べるものはごく少数の小さな大陸と島嶼群のみで、その代わりに、海上に巨大な『浮遊海上都市』が無数に点在しているのが見える。

 さらに視点を宇宙空間に引くと、軌道上には巨大なリング状の構造物や、地表と繋がる軌道エレベーターのようなラインが確認できた。

 

 続いて、その星に住む異星種族の姿が拡大表示される。

 イルカやシャチのような滑らかで流線型の頭部。高い知性を感じさせる、深く大きな眼。体表は水棲哺乳類を思わせる質感だが、完全な水棲生物ではなく、二足歩行が可能な下肢と、道具を扱うための器用な手指を持つヒューマノイド(人型)であった。

 

「対象種族の暫定名称は、『アクアリアン』。命名は当機が行いました」

 イヴが淡々と告げる。

 

「分かりやすい名前ですね。水っぽいし」

 工藤が感想を漏らす。

 

「視覚的特徴および惑星環境のデータに基づく、純粋な暫定命名です。正式名称は、対象文明の自称を確認するまで不明です」

 イヴは、自らのネーミングセンスを機能的な理由で補強する。

 

「アクアリアンは、水棲哺乳類型から進化した知的種族と推定されます」

 オラクルが生態に関する補足を行う。

「外見は、地球のイルカに四肢を付与したヒューマノイドに近似します」

 

「イルカに手足が生えた異星人……」

 外務大臣が、その奇妙な進化の姿を想像して呟く。

 

「字面だけ聞くとかわいいですけど、あの巨大な宇宙艦を三隻も作れる連中なんですよね」

 工藤が、見た目と技術力のギャップを指摘する。

 

「かわいい、で済ませていい相手ではありません。強力な工業基盤を持っているということです」

 霧島防衛大臣が、一切の油断なく画面を睨みつける。

 

 ◇

 

「対象文明は、どこに存在するのですか?」

 御堂経産大臣が、最も基本的な位置情報を尋ねる。

 

「アルファ・ケンタウリ系です」

 オラクルが、太陽系に最も近い恒星系であるアルファ・ケンタウリの星系図を表示する。

「対象文明は、アルファ・ケンタウリ系内の居住可能領域(ハビタブルゾーン)に位置する惑星において、現在も繁栄中です」

 

「暫定惑星名は、『アクアリア』と呼称します」

 イヴが続ける。

「惑星表面の約八割以上が海洋であり、陸地は島嶼群と小規模大陸に限られます」

 

 映像が切り替わり、海上都市の近接データ、海中深くに沈むドーム群、軌道エレベーターの基部、そして巨大な浮体プラットフォームで稼働する工業施設の様子が映し出された。

 

「完全な海洋惑星型文明ですか」

 榛名科学技術担当大臣が、食い入るように映像を見つめる。

 

「肯定します」

 イヴが答える。

「彼らは、陸上資源の枯渇、あるいは元々の偏在により、海洋資源、海底の熱水噴出孔、深海鉱床、生物資源、そして強力な潮汐エネルギーを基盤にして文明を発展させたと推定されます」

 

「地球と発展ルートがかなり違いそうですね。火をどうやって起こしたのか、とか、金属精錬とか」

 工藤が、技術屋としての興味を示す。

 

「その可能性が極めて高いです」

 イヴが肯定する。

「火の利用、金属の精錬手法、初期の電力インフラの発展において、地球型文明とは全く異なる、生化学的・あるいは地熱に依存した特殊な経路を取ったと推測されます」

 

「興味深いですが、今は文化人類学の授業ではありません」

 日下部が、冷徹に議論を軌道に戻す。

「彼らの技術レベルの全容と、地球に対する脅威度を整理してください」

 

 ◇

 

「技術レベルについて説明します」

 オラクルが、分析データを展開する。

「アクアリアン文明は、前述の通り、FTL航行技術および星間通信技術を保有していないと推定されます」

 

 会議室に、ホッと安堵の空気が流れた。

 

「向こうから、光の速度を超えて地球に攻めてきたり、いきなり接触してきたりすることは難しい、ということですね?」

 官房長官が、胸を撫で下ろしながら確認する。

 

「基本的にはそうです」

 イヴが答える。

「現時点で、アクアリアン側が数光年離れた地球の存在を明確に認識している証拠はありません」

 

「つまり、こちらが不用意に発見されなければ、当面は互いに知らないまま、交わることのない平行線を辿っていた可能性が高いわけですね」

 外務大臣が、距離という物理的な防壁のありがたさを噛み締める。

 

「はい」

 日下部が短く同意する。

 

「ただし」

 オラクルが、映像を切り替えた。

 そこに映し出されたのは、アクアリアンの惑星軌道上に浮かぶ、三つの超巨大な人工構造物だった。

 

「惑星文明としては、彼らは極めて高度な段階にあります」

 

 その構造物の見た目は、地球側のヤタガラスとは全く異なっていた。ヤタガラスが黒銀の無機質な要塞であるのに対し、アクアリアンの艦は、巨大なクジラやマンタのような流線型をしており、生命のフォルムを模したような有機的な美しさを持っている。

 船体内部には、強固な透明隔壁で守られた大量の水環境区画があり、都市と艦艇の中間のような構造を成していた。

 

「対象文明は、ヤタガラス都市艦に匹敵する規模の大型宇宙都市艦を、現在三隻運用しています」

 

「ヤタガラス級、三隻……」

 霧島防衛大臣が、その途方もない国力(星力)に唸り声を上げた。

 

「補足します」

 オラクルが、誤解を防ぐために即座に注釈を入れる。

「ここでいうヤタガラス級とは、あくまで物理的な規模、居住容積、長期航行における生命維持能力、そしてエネルギー出力の一部指標における比較です。彼らが、反重力、完全ステルス、FTL、異次元収納などの日本側の秘匿技術を保有しているという意味ではありません」

 

「そこ、めっちゃ大事ですね」

 工藤が深く頷く。「いくら大きくても、テクノロジーツリーの深さが違えば、ただのデカい船ですから」

 

「つまり、巨大な宇宙居住インフラとしてはヤタガラスに匹敵するが、中身の技術体系や戦闘能力は別物ということですね」

 榛名大臣が要約する。

 

「肯定します」

 

「その三隻は、それぞれどのような役割を持っているのですか?」

 矢崎総理が問う。

 

 オラクルが、三隻の艦をそれぞれ拡大表示した。

 

「我々は暫定的に、以下のように呼称・推測しています。

 『潮汐一号艦』:資源採掘、小惑星の加工、および軌道工業生産を担当。

 『蒼海二号艦』:大規模な居住区画、研究施設、長期生態系維持を担当。

 『深歌三号艦』:星系内の観測、防衛、および深宇宙への探査準備を担当」

 

「つまり、純粋な軍艦の艦隊というよりは、機能分散型の移動宇宙都市群というわけか」

 御堂経産大臣が、産業的な視点で評価する。

 

「自恒星系内での資源採掘、軌道建設、そして最悪の事態を想定した長期避難の役割を担っていると推定されます」

 イヴが付け加える。

 

「軍事機能はどうですか?」

 霧島防衛大臣が、最も警戒すべき点を問う。

 

「軍事機能は有しています。隕石破砕用、あるいは星系内での限定的な交戦を想定した指向性エネルギー兵器らしき構造が確認できます」

 オラクルが、艦の特定部位をハイライトする。

「ただし、主目的はあくまで文明の維持、資源の確保、災害対応であると推定されます。他星系への侵略を前提とした武装設計には見えません」

 

「地球でいうなら、ヤタガラスを国家避難船兼、工業都市兼、宇宙の観測拠点として使ってる感じですかね。昔の俺たちがやろうとしてたことと似てます」

 工藤が、かつてテラ・ノヴァで拠点を構築し始めた頃を思い出しながら言う。

 

「概ね、その評価が妥当です」

 イヴが同意した。

 

 ◇

 

「彼らの歴史や、政治体制についてはどう推測されていますか?」

 矢崎総理が、相手文明の「内面」へと話題を進める。

 

 オラクルが、観測データから構築された歴史モデルのシミュレーション映像を表示した。

 

「観測ステーションが傍受した公開通信、軌道上の歴史記念施設らしき構造物のデータ、および教育放送と思われる信号を解析した結果……アクアリアン文明は、過去に極めて深刻な『資源争奪戦争』を経験していると推定されます」

 

「資源戦争……」

 日下部が、地球の歴史と重ね合わせるように呟く。

 

「彼らは海洋惑星であるため、陸上資源が極端に限られていました。

 深海のレアメタル鉱床、希少な浅海域の生存圏、熱水噴出孔の独占、そして海上浮体都市の制御権を巡って、種族内で凄惨で長期的な争いがあった痕跡が確認できます」

 

「だが、彼らは自滅しなかった」

 霧島防衛大臣が、結果から逆算して言う。

 

「はい。最終的には、全球規模の統一政府が成立し、破滅を回避したと推測されます」

 イヴが、現在の状況を説明する。

「現在は、惑星統一政府が資源を厳格に中央統制し、計画的な宇宙進出を行っています」

 

「地球より先に、惑星の統一へ到達したわけですね」

 外務大臣が、人類の未熟さを痛感したような声で言う。

 

「そのようです。痛みを経て、一つにまとまったのでしょう」

 日下部も、冷酷な歴史の真理を認める。

 

「統一政府の性質はどうなっていますか? 独裁か、それとも合議制か」

 霧島が問う。

 

「詳細までは不明です」

 オラクルが答える。

「ただし、観測範囲の電磁波情報において、極端な抑圧体制を示す大規模な反乱の兆候、武力弾圧、徹底した情報遮断の痕跡は確認されていません。

 複数の地域(海域)の代表者、資源管理機関、科学評議会のような専門組織が合議し、システムとして統治していると推定されます」

 

「なるほど。過激な独裁ではなく、統一資源管理型の穏健なテクノクラート(技術官僚)文明、という感じですか」

 榛名科学技術担当大臣が、興味深そうにまとめる。

 

「暫定的な評価としては、妥当です」

 イヴが同意した。

 

 ◇

 

「テラ・ノヴァ側にも異星文明がいて、地球側にもいるのか……」

 工藤が、広大な宇宙の賑やかさに少しだけ呆れたように言う。

「でも、ミコラ族とかのテラ・ノヴァ側の連中の例を考えると、宇宙に出る文明って、やっぱり基本的には平和的みたいですね。自滅しなかったわけだし」

 

「補足します、マスター」

 イヴが、その楽観論に釘を刺した。

「アクアリアン文明は、星間文明ではなく、あくまで『惑星文明』の最終段階です。

 したがって、テラ・ノヴァ側で確認された『星間航行という最大のグレートフィルターを通過した後の平和的傾向』とは、完全には同一視できません」

 

「まだ、本当の意味での宇宙(外の世界)の厳しさを知らず、自分たちの星系の中だけで完結している段階、ということですね」

 日下部が、イヴの警告の真意を読み取る。

 

「はい。他文明との接触経験がないため、未知に対する反応が平和的であるとは限りません」

 

「ただし、惑星を統一し、大型宇宙都市を三隻も維持できるだけの理性はある。長期的な自滅を避ける知恵を持った文明であることは間違いない」

 日下部が、相手の成熟度を客観的に評価する。

 

「肯定します」

 

 矢崎総理が、深く息を吐き出した。

 

「地球は……まだ、そこまで行けていないわね」

 

 総理のその一言で、会議室の空気がズシリと重くなった。

 地球はいまだに国家間で対立し、資源を奪い合い、アンノウン技術を巡ってアメリカや中国、ロシアと泥沼の覇権争いをしている。

 惑星を統一し、種族全体の未来のために巨大な宇宙都市を建造したアクアリアンに比べれば、人類はまだ内ゲバを繰り返す幼い種族に過ぎない。

 

「それを言われると、いろいろと耳が痛いですね」

 官房長官が、苦笑しながら額の汗を拭った。

 

 ◇

 

「そもそも、どうやって彼らを発見したのですか?」

 内閣情報官が、情報戦の観点から最も重要な確認を行った。

「向こうの防空システムに、こちらの存在を悟られていないか。そこが重要です」

 

「ヤタガラス地球側外宇宙探索隊は、完全なステルス観測状態を維持したまま、アルファ・ケンタウリ系の外縁部に到達しました」

 オラクルが、観測手順のログを表示する。

 

「星系の外縁から、極めて受動的な観測のみを実行しました。

 電磁波の漏洩パターンの解析。

 軌道上の人工物が発する熱源分布の確認。

 重力異常の検出による、大型宇宙艦三隻の軌道特定。

 そして、惑星表層から漏れ出ている通信波の、限定的な暗号解析。

 ……すべて、対象文明からの探知限界距離の外側から行い、接近することなく『非接触監視』へ移行しています」

 

「見事だ」

 霧島防衛大臣が、探索隊の隠密行動を評価する。

 

「現時点で、アクアリアン文明がヤタガラス探索隊を検知した兆候はありません」

 イヴが断言した。

 

「継続的な監視体制は?」

 霧島が問う。

 

「すでに、星系外縁部の安全な宙域に、光学迷彩を施した無人観測ノードを複数配置済みです」

 オラクルが答える。

「ただし、対象文明の観測能力(レーダーや光学望遠鏡)の精度が地球より高い可能性があるため、これ以上の過度な接近や、能動的なスキャンは非推奨としています」

 

「では、我々から接触を図るという議題ではない、という理解でいいですね」

 日下部が、矢崎総理に向けて確認する。

 

「ええ。今回の議題は、彼らとの接触ではありません」

 矢崎総理が、きっぱりと首を横に振った。

 

 総理は、少しだけ間を置き、円卓の全員を重々しく見回した。

 

「本日の主議題は。

 ……このアルファ・ケンタウリの惑星文明の存在を、『アメリカ政府に共有するかどうか』です」

 

 ◇

 

 会議室に、これまでとは質の違う、生々しい政治的な緊張が走った。

 

「アメリカに……」

 外務大臣が、深刻な顔で唸る。

「地球側の外宇宙における、人類の近傍文明の発見です。日米同盟の根幹を考えれば、いずれ必ず共有する必要があるでしょう。これを隠し続けたまま、後から発覚した時の外交的ダメージは計り知れません」

 

「だが、共有すればアメリカは必ず観測データを出せと言う」

 霧島防衛大臣が、軍事的な懸念を突きつける。

「軍も情報機関も動く。ヤタガラス級を三隻持っている文明だ。国防総省(ペンタゴン)は直ちに脅威評価を始め、安全保障上の理由から『接触して相手の意図を探るべきだ』『牽制すべきだ』という強烈な圧力が生まれる」

 

「さらに、議会、NASA、そしてスペースXのような民間宇宙企業」

 内閣情報官が、情報拡散のドミノ効果を危惧する。

「アメリカ政府内で情報が広がれば広がるほど、統制は不可能になります。情報漏洩のリスクは幾乗にも跳ね上がる」

 

「アメリカ政府に共有するにしても、共有範囲を『極小』に限定する必要があります」

 日下部が、実務家としての絶対的な防衛線を引く。

 

「極小というと、ヘイズ大統領と、あのノア・マクドウェルさん、エレノア・バーンズ長官の三人くらいですか?」

 工藤が、いつものアメリカの裏の顔役たちを思い浮かべながら言う。

 

「初期の共有なら、その程度に抑えなければ危険すぎます。それ以上の拡大は、日米の共同管理の枠組みを作ってからでなければ」

 日下部が同意する。

 

 ここで、外務大臣が再び共有賛成の立場から発言した。

「しかし、共有すべきです。アメリカはすでにアンノウン案件の主要共有国であり、フルダイブ規制や宇宙関連計画でも我々と運命共同体です。地球外文明対応という人類最大の課題において、アメリカを完全に外して日本単独で動くことは、外交的にも物理的にも不可能です」

 

「科学的な観点からも、アクアリアン文明の分析には、アメリカ側の科学者の知見は有用です」

 榛名科学技術担当大臣が補足する。

「……ただし、一般の科学者へ情報を開くのは、まだ時期尚早ですが」

 

「将来的に、地球として外宇宙に向き合うなら、日本だけで情報を抱え込むのはいずれ限界が来ます」

 御堂経産大臣も、国家のリソースの限界を指摘した。

 

 賛成派の意見が出揃う中、霧島防衛大臣が慎重派として反論する。

「私は、共有には条件付きで賛成、実質的には慎重派です。

 ヤタガラス級三隻を持つ文明です。アメリカ軍がこれを知れば、必ず戦力評価と迎撃プランの策定を始める。接触前に、相手を『軍事的な文脈』で強く見すぎるのは危険です」

 

「同意します」

 内閣情報官も続く。

「アクアリアン側は、まだこちらの存在を知りません。こちらだけが一方的に、暗闇の中から観測している状況です。情報共有先が増え、アメリカ側の観測衛星や探査機が勝手に動き出せば、接触事故の確率が跳ね上がります」

 

「生物学的なリスク、疫学的なリスクも完全に未知数です」

 綾瀬厚労大臣が、医療の立場から警告する。

「我々の持つ病原体が彼らにどう影響するか、その逆も然りです。生身での接触はもちろん、物理的な探査機の接触も、徹底した検疫プロトコルなしには論外です」

 

 ◇

 

 議論が膠着し始めたその時。

 ずっと黙って話を聞いていた工藤が、ぽつりと口を開いた。

 

「俺としては……しばらくそっとしておいた方がいいと思います」

 

 その意外なほど真面目な声に、全員の視線が工藤に集まった。

 

「向こうは、FTLも星間通信も持っていないんですよね。つまり、まだ自分たちの星系(アルファ・ケンタウリ)の中だけで完結している文明です」

 

「ええ」

 矢崎総理が頷く。

 

「そこに、いきなりヤタガラスみたいなオーバーテクノロジーの艦隊とか、オラクルみたいなAIを持っていったら……相手の文明、壊れません?」

 

 会議室が、シンと静まり返った。

 

「テラ・ノヴァ側で出会ったミコラ族や他の星間文明は、もうFTLを持っていて、星間交流の段階にいる大人たちです。だから、万能翻訳機を渡しても対等に付き合える。

 でも、アクアリアンは違う。彼らはまだ、星間文明になる前の段階です。そこにこっちから接触したら、たぶん、彼らが自分たちで築いてきた歴史や文化を、外からの力で無理やり歪めることになりますよ」

 

 工藤の言葉は、技術者だからこそ分かる『文明のギャップがもたらす暴力性』を突いていた。

 

「まさに、そこです」

 外務大臣が、ハッとしたように身を乗り出した。

「星間文明に到達していない惑星文明に対して、我々から干渉し、接触する権利があるのかどうか。これは深刻な倫理問題です」

 

「補足します」

 イヴが、データに基づく冷徹な予測を提示した。

「対象文明は高度な惑星文明ですが、外部の星間文明との接触経験は確認されていません。我々からの先制接触は、対象文明の社会構造、宗教的価値観、科学パラダイム、政治体制、そして軍事安全保障に、回復不可能な甚大な影響を与える可能性があります」

 

「つまり……ファーストコンタクト問題、ですね」

 日下部が、古典SFで何度も語られてきた重いテーマを口にした。

 

「ですよね。こっちが神様みたいに振る舞っちゃう危険がある」

 工藤が同意する。

 

 ◇

 

「共有するとして、何をどこまで共有するかを明確に決めましょう」

 矢崎総理が、議論を具体的な決断へと進める。

 

 オラクルが、共有情報の分類リストをスクリーンに表示した。

 

【共有可能情報(アメリカ大統領への開示)】

 ・アルファ・ケンタウリ系に高度惑星文明を確認した事実。

 ・暫定名称「アクアリアン」。外見の特徴。

 ・FTLおよび星間通信技術は未保有であること。

 ・惑星規模で統一政府が成立していること。

 ・自恒星系内で、大型宇宙都市艦三隻を運用していること。

 ・地球を認識している証拠はないこと。

 ・日本は現在、非接触・非干渉の監視状態にあること。

 ・接触方針は未定(現状維持)であること。

 

【共有しない情報(完全秘匿)】

 ・ヤタガラス外宇宙探索隊の正確な現在位置と航路。

 ・無人観測ノードの詳細な配置座標。

 ・日本側の光学迷彩・ステルス技術の詳細な性能。

 ・アクアリアンの通信を解析した具体的なデータ(歴史・思想等)。

 ・宇宙艦の防衛配置や、技術的弱点に関する分析。

 ・日本側が接触に用いることができる具体的手段(ゲート技術等)。

 ・テラ・ノヴァ側における『銀河コミュニティ』との接触に関する一切の関連情報。

 

「特に、テラ・ノヴァ側の銀河コミュニティの件とは、完全に切り離して説明すべきです」

 外務大臣が、最も重要な防衛線を主張した。

 

「同意します」

 日下部が頷く。

「地球側の外宇宙における惑星文明の発見と、テラ・ノヴァ側での星間文明コミュニティへの参加は、現時点では全くの別案件として扱うべきです。これを結びつけてしまえば、アメリカの混乱と介入要求は爆発的に膨れ上がります」

 

「二つの宇宙の話をいっぺんに繋げたら、情報量多すぎて頭パンクして死にますもんね」

 工藤が、アメリカ大統領の胃痛を心配して言う。

 

「死ぬのは、その実務を調整させられる私です」

 日下部が、一切の感情を排した声で突っ込んだ。

 

 ◇

 

「共有する範囲と相手は決まりましたね」

 矢崎総理が確認する。

「アメリカ側の共有相手は、ヘイズ大統領、ノア・マクドウェル氏、エレノア・バーンズ長官の三名を基本とする。国防総省やNASAは初期段階では完全に外す」

 

「ヘイズ大統領には、私から直接、極秘のホットラインで説明します。ただし、アメリカ政府内での情報拡散は、日本と事前協議することを絶対の条件とします」

 

「アメリカ側、その条件で納得しますかね?」

 工藤が、大国のエゴを懸念して問う。

 

「ヘイズ大統領なら、情報の重さと拡散リスクを理解するでしょう」

 日下部が、彼らの性質を分析して答える。

「ノア氏は、知的好奇心を満たして楽しむでしょう。エレノア氏は、国家安全保障の観点から猛烈に警戒するでしょう」

 

「いつもの三人ですね。想像つきます」

 工藤が苦笑する。

 

 ◇

 

「では、日本政府としての『アクアリアン文明に対する暫定方針』を最終確認します」

 矢崎総理が、円卓の全員を真っ直ぐに見つめ、力強く宣言した。

 

【日本政府・暫定方針】

 ・現時点では、アクアリアン文明に対するいかなる接触も行わない。

 ・非接触・非干渉の受動観測のみを継続する。

 ・観測ノードは必要最小限に抑え、こちらが検知されるリスクを徹底的に回避する。

 ・アクアリアン側が星間通信、または外部文明への能動的探索を開始した時点で、接触の条件を再検討する。

 ・ヤタガラス級三隻に対する軍事的脅威評価は継続するが、敵対前提の防衛計画は立てない。

 ・アメリカへは極小範囲で限定情報を共有する。

 ・国際社会(国連等)への公開は行わない。

 ・テラ・ノヴァ側銀河コミュニティとは別案件として、完全に分離して管理する。

 ・アクアリアン文明の自称、言語体系、政治体制の解析は継続する。

 ・将来の接触に備え、『異星文明接触倫理基準』を大至急作成する。

 

「特に、接触倫理基準の策定は急ぎましょう」

 外務大臣が、新たな法と倫理の必要性を説く。

「今回のアクアリアンだけでなく、今後も地球側宇宙で新たな惑星文明、あるいは星間文明を見つける可能性は極めて高いのですから」

 

「地球側の外宇宙にも、隣人がいると分かってしまいましたからね」

 日下部が、果てしない宇宙の重圧を感じながら同意する。

 

「宇宙、思ったよりずっと賑やかですね。空っぽじゃなかったんだ」

 工藤が、どこか感慨深げに呟いた。

 

「ええ。誰もいない、静かだと思っていた夜空が……急に、隣人だらけの賑やかな街並みに見えてきたわね」

 矢崎総理が、少しだけ疲れたように、しかし確かな覚悟を持った瞳で微笑んだ。

 

 ◇

 

 会議の終了間際。

 

「日下部さん」

 矢崎総理が、実務のトップを呼ぶ。

 

「はい」

 

「ヘイズ大統領との極秘会談を、至急設定してください」

 

「承知しました。議題名はどうしますか?」

 日下部が、暗号化通信のためのタイトルを求める。

 

 総理は、少しだけ考え込み、そして静かに告げた。

 

「『アルファ・ケンタウリにおける高度惑星文明の確認』、としましょう」

 

「一文で、聞いた側の胃が激しく痛くなる議題名ですね」

 工藤が、他人事のように笑って言う。

 

「慣れました。そういう議題しか扱っていませんので」

 日下部が、無表情で返す。

 

「慣れないでください。人間としての機能が壊れますよ」

 外務大臣が、本気で心配して突っ込んだ。

 

「補足します」

 イヴのホログラムが、最後に無慈悲な事務報告を行った。

「ヘイズ大統領向けのブリーフィング資料、および観測データの初稿を作成します。想定ページ数は、百二十ページです」

 

「少ないですね」

 日下部が、事も無げに即答した。

 

「百二十ページで『少ない』って言うの、完全に感覚が壊れてますよ日下部さん」

 工藤が呆れ果てる。

 

「壊れているのは、私ではなく世界の方です」

 日下部は、決して自らの狂気を認めず、淡々とタブレットを閉じた。

 

 テラ・ノヴァの空の向こうでは、星々が手を取り合い、銀河コミュニティという小さな、しかし温かい輪を作り始めていた。

 そして、地球側の暗く冷たいと思っていた空にも、また別の隣人がいた。

 

 アルファ・ケンタウリの海の民、アクアリアン。

 彼らはまだ、地球の存在を知らない。日本を知らない。アンノウンという特異点を知らない。

 自らの星系の海と空だけで完結し、平和に、そして懸命に生きている。

 

 だからこそ、日本政府は初めて、強大な力を持ちながらも「何もしない」という選択を真剣に検討し、実行することになった。

 接触する力があることと、接触してよいことは違う。

 それは、人類が宇宙という巨大な社会において、初めて「大人としての倫理」を問われた瞬間でもあった。

 

 宇宙は、人類が思っていたよりも遥かに広く。

 そして、恐ろしいほどに近かった。

 

 




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