自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第181話 水の民、星の海を夢見る

 どこまでも続く、深い蒼。

 惑星の地表の八割以上を覆うその広大な海は、この星に生きる者たちにとっての揺り籠であり、世界のすべてであった。

 彼らは自らの種族を、深い敬意と誇りを込めてこう呼ぶ。

 

「我らは、水の民である」

 

 海から生まれ、水に育まれ、かつては限られた浅海の生存圏や海底の熱水噴出孔の支配権を巡って、凄惨な資源戦争を繰り広げた時代もあった。

 だが、それはすでに遠い歴史の1ページに過ぎない。

 多くの血を海に流した末に、彼らは知恵を絞り、惑星規模の統一政府を樹立した。限られた資源を厳格に中央統制し、分け合うことで破滅を回避したのだ。

 争いの時代を越え、成熟と安定の季節を迎えた水の民の文明は、今や海という揺り籠すらも飛び出そうとしていた。

 

 首都圏を構成する巨大な海上都市。

 波に揺れることのない強固な浮体プラットフォームの上に、白と青を基調とした流線型の建築群が広がっている。それらの建物は、どれも刺々しい直線を持たず、まるで海流に削られた珊瑚や貝殻のように、滑らかで有機的なフォルムを描いていた。

 透明なドームで覆われた広大な都市の内部を、流線型の身体と滑らかな肌、そして高い知性を宿した大きな瞳を持つ水の民たちが行き交っている。

 

 彼らの視線の先、はるか上空には、赤道直下から宇宙空間へと真っ直ぐに伸びる軌道エレベーターの光の筋が見える。

 そして、昼の青空の向こう側、はるか高い大気圏外には、かすかな銀色の光点が三つ、静かに瞬いていた。

 それらはただの星ではない。

 水の民が総力を挙げて建造し、自恒星系内で現在も稼働を続けている、三隻の超大型宇宙都市艦である。

 海を制し、空を越えた彼らの、次なる夢と力の象徴であった。

 

 ◇

 

 海上都市の中心部に位置する、白亜の巨大な半球状ドーム。

 惑星運営議会の議事堂である。

 

 議場の内部は、完全な円形に設計されていた。

 その中央には、清らかな水が絶え間なく湧き出し、緩やかな螺旋を描いて流れる美しい水盤が配置されている。それは、いかなる議論の場にあっても、彼らが「水から生まれた同胞」であることを忘れさせないための、文明の起源の象徴であった。

 

 中堅議員であるセラ=ミールは、指定された議席に腰を下ろし、手元の情報端末に視線を落とした。

 水棲哺乳類から進化した彼らの骨格に合わせて作られた椅子は、長時間の着座でも身体に負担をかけないよう、適度な弾力と湿度を保っている。

 セラの大きな瞳が、本日の議事録のタイトルを捉えた。

 

『恒星間到達計画の可能性と、現行宇宙艦隊の次世代再設計案について』

 

 議場はすでに、各海域の地域代表、資源管理機構の長、科学評議会の重鎮、そして宇宙艦隊の運用担当者たちで満席となっていた。

 だが、そこに漂う空気は、かつての資源を奪い合った時代のような殺伐としたものではない。相手を論破して利益を貪ろうというギスギスした緊張感はなく、むしろ「我々の次の夢を、どう現実にするか」を真剣に語り合うための、前向きで理知的な熱が満ちていた。

 

「これより、本日の主要議題に入ります」

 議長が、透明感のある声で宣言した。

「現行の自恒星系内における宇宙開発は極めて順調に推移しています。我々はこの安定を基盤とし、次なる飛躍……すなわち、恒星間到達に向けた議論を深める時期に来ています。各部門の代表より、見解を求めます」

 

 議長の言葉を皮切りに、宇宙進出を強力に推し進める推進派のベテラン議員が、立ち上がって発言を求めた。

 

「我々はすでに、自らの恒星系を立派に管理し、運用しています!」

 推進派の議員は、力強い手振りで議場を見回した。

「軌道上には三隻の巨大な宇宙都市艦が浮かび、資源危機を克服し、統一政府を成立させ、完璧な平和を築き上げました。ならば、次に我々が向かうべき場所はどこでしょうか。……星の海です」

 

 議場のあちこちから、静かな賛同のざわめきが起こる。

 

「我ら水の民は、浅海を越え、深海を越え、ついには空の海へと至りました。ならば次に目指すべきは、星の海しかありません。我々にはその権利があり、その力があるはずです!」

 

 その熱のこもった演説に、セラもまた、胸の奥底で熱いものが込み上げるのを感じた。

 未知の海へ漕ぎ出すこと。それは、水の民の遺伝子に深く刻み込まれた根源的な欲求なのだ。

 

 だが、その夢の熱気を冷ますように、宇宙艦隊の運用担当代表であるトゥール=エナが、極めて冷静な声で発言を求めた。

 彼女は、現在軌道上にある三隻の巨大都市艦の実務を束ねる、最も現実を知る実務派のトップである。

 

「夢は理解します。私もまた、星の海を渡りたいと願う者の一人です。……だが、現行の艦隊の延長線上で恒星間航行を行うのは、技術的にも資源的にも、完全に不可能で無謀な計画と言わざるを得ません」

 

 トゥールの言葉に、推進派の議員が反論しようとしたが、彼女はそれを手で制して理路整然と説明を続けた。

 

「現在我々が運用している『潮汐一号艦』『蒼海二号艦』『深歌三号艦』の三隻は、あくまで“自恒星系内での活動”に最適化された巨大インフラです。軌道上での工業生産、資源採掘、長期居住、そして万が一の惑星規模災害時の避難所としては、極めて優秀に機能しています」

 トゥールは、ホログラムで三隻の艦のスペックを空中に投影した。

「しかし、これらは『恒星間遠征艦』ではありません。現在の我々の推進技術——亜光速での航行で隣の恒星系に向かえば、到着するまでに膨大な時間がかかります。乗組員は艦内で生涯を終え、世代を交代しながら旅を続ける『世代船』にならざるを得ない。その間の資源の枯渇リスク、精神的負荷、そして何より、母星への帰還計画が全く立たない片道切符の旅になります」

 

「……今の艦隊では、星の海は渡れないと」

 セラが、小さな声で事実を確認する。

 

「はい。今の我々の宇宙艦隊は素晴らしいものですが、それはあくまで『巨大な生簀(いけす)』のようなものです。大海原を渡る船ではないのです」

 トゥールの言葉は、ロマンを語る推進派にとって、あまりにも残酷な現実であった。

 

 ◇

 

 議場が重い沈黙に包まれる中、科学評議会代表のリュ=サーヴが立ち上がった。

 天体物理学と推進機関研究の最高権威である彼は、深い知性を宿した瞳で、中央の水盤をじっと見つめながら口を開いた。

 

「トゥール代表の言う通りです。問題は、艦の大きさではありません。船内に積める資源の量でもない」

 

 リュ=サーヴの声は、静かだが、議場の隅々にまでよく通った。

 

「我々が恒星間文明になるために、決定的に足りないもの。

 ……それは、FTL。超光速航行技術です」

 

 その単語が出た瞬間、議員たちの顔に一様に苦い色が浮かんだ。

 

「星と星の間の距離は、我々の文明の規模から見ても、なお絶望的に大きすぎるのです」

 リュ=サーヴは、議場の上空に広がる宇宙のホログラムを指し示した。

「我々は、海を知っています。嵐の恐ろしさも、海流の強さも、深海の暗闇も克服してきました。……ですが、恒星間空間は、海に似ているようでいて、まったく別のものです。そこには波も風もなく、ただ、圧倒的な『距離』だけがある。その距離を一足飛びに超える技術がなければ、我々は永遠にこの星系の外へは出られません」

 

「現行理論での可能性は?」

 セラが、希望を捨てるまいと問いかけた。

 

「理論上の数式としては、可能性の端緒は見え始めています」

 リュ=サーヴは正直に答えた。

「空間を歪曲させる手法、あるいは別次元への遷移。……ですが、それを実用的な物理現象として制御し、艦に搭載できる機関として完成させるには、まだまだ程遠いのが現実です」

 

 海を越えてきた民にとって、宇宙という絶対的な虚無の距離は、あまりにも冷酷な壁だった。

 

 すると、ある年配の議員が、深い嘆息とともに問いを投げかけた。

 

「では、我々はどうなるのだ? 我々は、この星系という小さな箱庭に閉じ込められた、孤独な民として生きていくしかないのか?」

 

 その問いに、別の議員が応じる。

 

「それとも、あの星の海には、我々と同じような生命が溢れているのだろうか? 誰かが我々を見つけ、言葉を交わす日は来るのか?」

 

 議場が、ひどく静かになった。

 これが、今の水の民が抱える、最も根源的で哲学的な命題であった。

 

 宇宙への夢はある。力もつけてきた。

 しかし、答えがないのだ。

 

 我々だけが、この広大な宇宙で奇跡的に生まれた孤独な存在なのかもしれない。

 あるいは、星の海には無数の生命が溢れ、高度な文明がひしめいているのかもしれない。

 だが、行くことができない。確かめられない。

 手の届かない星空を見上げて、想像することしかできない。このもどかしさが、平和で安定した文明の心に、微かな閉塞感を生んでいた。

 

 議会の空気が重くなりすぎるのを感じたセラは、自らの議席のパネルを押し、発言の許可を求めた。

 

「皆様」

 セラは、柔らかく、だが確かな希望を込めた声で語りかけた。

「確かに、今の我々には星の海を渡る翼がありません。ですが……我々がまだ届かないからといって、あの星々が空っぽだとは限らないではありませんか」

 

 議員たちの視線が、セラに集まる。

 

「我ら水の民が、かつて見知らぬ海の向こうに別の海域の仲間を見つけてきたように。……いつか、星の海の向こうにも、我々と同じように空を見上げている隣人がいるかもしれない。私はそう信じたいのです」

 

 セラの言葉に、リュ=サーヴがわずかに目元を和らげた。

 

「セラ議員の言う通りです。孤独だと結論づけるのは早すぎる」

 科学評議会のトップとして、彼は別の現実的な課題を指摘した。

「我々はこれまで、自らが外へ出ることばかりを考えて、艦隊の建造に資源を注いできました。しかし、遠くの星を見るための『眼』……すなわち、他星系の極小の人工電波や異常を検知する深宇宙天体観測技術については、まだ未発達な部分が多いのです」

 

「……観測技術の強化、ですね」

 トゥール=エナが納得したように頷く。

 

「はい。我々が出向くことができないのなら、せめて他文明が発する微かな声や光を拾い上げるための、巨大な軌道観測網を構築すべきです。他文明を発見する可能性を高めるには、自分たちを鍛えるだけでなく、遠くを見る眼を育てるべきなのです」

 

 この日、惑星運営議会で下された結論は、極めて堅実なものだった。

 

 ・FTL(超光速航行)の基礎研究の継続と予算増額。

 ・恒星間航行構想は、中長期的な国家目標として維持する。

 ・現行の宇宙艦隊については、自星系内の安全保障と観測能力を強化する次世代設計へと移行する。

 ・他星系文明の発見を目的とした、超高精度天体観測網の新規構築。

 ・ただし、現時点での無謀な星間遠征計画は凍結する。

 

 夢を諦めたわけではない。

 だが、現実の壁を正しく認識し、確実に次の一歩を踏み出す。

 それが、幾多の争いを乗り越え、星を一つにまとめた水の民の、成熟した知性の在り方であった。

 

 ◇

 

 議会を終えたセラは、海上都市の美しい透明な回廊を歩いて帰途についていた。

 

 回廊の窓の外には、夕暮れ時の広大な海が広がっている。

 オレンジ色に染まる波の煌めき。その上空には、かすかに星が瞬き始め、遥か高空に浮かぶ軌道都市と巨大宇宙艦の人工的な光が、ゆっくりと移動していくのが見えた。

 

「星の海、か……」

 

 セラは、足を止めて夜空を見上げた。

 

 今日の議会は、夢の議論だった。だが同時に、決して越えられない現実の距離という壁を、容赦なく再確認させられる場でもあった。

 星の海は、あまりにも遠い。

 自分が生きている間に、FTLが完成し、あの光の向こう側へ行ける日は来ないだろう。

 

 それでも、諦めたくはなかった。

 水の民にとって、海の向こう側は常に「未知への憧れ」であった。そして今、惑星中の海を調べ尽くした彼らにとって、その海の向こうにあった憧れは、そのままそっくり星の向こう側へと移り住んでいるのだ。

 

 我々は、決して孤独ではないはずだ。

 セラは、深い海の底から星空を見上げるように、静かにそう願った。

 

 ◇

 

 セラの自宅は、海上都市の外縁部にある、海面に半分ほど身を沈めた半水中式の居住区にあった。

 エントランスを抜けると、透明な壁面越しに、ライトアップされた海中の美しいサンゴ礁と、そこを泳ぐ色鮮やかな魚たちの姿が見える。室内の照明は海の中の光を自然に取り込み、揺らぐような青い影を壁に落としていた。

 

「お帰りなさい、セラ」

 

 リビングに入ると、伴侶のラウルが穏やかな笑顔で迎えてくれた。

 彼は水の民の中でも特に気性が優しく、いつも温かい家庭の空気を作ってくれる大切な存在だった。

 

「ただいま。……少し遅くなってしまったね」

 セラは、議会での緊張を解きほぐすように、深く息を吐いてソファに腰を下ろした。

 

「今日は長かったわね。議会はどうだったの?」

 ラウルが、温かい海藻のスープが入ったカップをセラの前に置きながら尋ねる。

 

 セラはカップを両手で包み込み、少しだけ笑って答えた。

 

「今日はね、みんなで『星の海に出たい』という話をしていたよ」

 

 その一言に、部屋の奥からバタバタと弾むような足音が聞こえてきた。

 

「星の海!?」

 

 飛び出してきたのは、セラの子供であるナーレだった。

 地球人の年齢に換算すれば、八歳から十二歳くらい。水の民特有の滑らかな肌は瑞々しく、何よりその大きな瞳は、好奇心と夢で宇宙のようにキラキラと輝いていた。

 

「お母さん、星の海のお話したの!?」

 ナーレは、セラの膝に抱きつくようにして目を輝かせた。

 

「ああ。どうやってあの遠い星まで行けるか、大人たちが真面目に話し合っていたんだ」

 セラは、ナーレの頭を優しく撫でながら、和んだ声で言う。

 

「私も出たい! 私も星の海に出たい!!」

 ナーレは、両手を高く突き上げて元気いっぱいに叫んだ。

 

 その無邪気すぎる夢の象徴のような姿に、セラもラウルも思わず声を上げて笑った。

 

「そうか。ナーレも星の海に出たいか」

 セラが微笑む。

 

「うん! だって、水の民はずっと海を越えてきたんでしょ? なら、星の海だって絶対に越えられるよ!」

 ナーレの言葉には、一片の疑いもなかった。

 不可能だと言われた歴史を、自分たちの文明が幾度も覆してきたことを、子供ながらに誇りに思っているのだ。

 

「そうだね。いつかきっと、越えられる日が来る」

 セラは、議会でリュ=サーヴが語った絶望的な物理的距離の話を飲み込み、子供の夢を肯定した。

 

 だが、ナーレは少しだけ口を尖らせて、子供らしい、しかしこの広大な宇宙の真理を突くような発想を口にした。

 

「ねえ、お母さん。……私たちがまだ行けないならさ、誰かが私たちを見つけて、迎えに来てくれればいいのに!」

 

 セラは、そのあまりにも都合の良い願いに、苦笑してしまった。

 

「それは、ずいぶんと都合のいい願いだな。宇宙は広すぎるんだぞ」

 

「だって!」

 ナーレは食い下がる。

「星の海に他の生命がいるなら、きっと私たちより長く生きてて、すっごく賢いんでしょ? だったら、迷子の私たちを見つけて、大きな船で迎えに来てくれるかもしれないよ!」

 

 その言葉は、セラの胸に不思議な響きを持って突き刺さった。

 我々を見つけてくれる、誰か。

 もし本当にそんな存在がいるのなら、我々のこの孤独な夜空は、どれほど温かいものに変わるだろうか。

 

「……そうね」

 ラウルが、ナーレの頬を優しく撫でながら微笑んだ。

「本当に、誰かが私たちを見つけてくれたら、素敵ね」

 

「あ、そうだ!」

 ナーレは、ふと何かを思い出したように、リビングの壁面情報端末を操作し始めた。

 小さな指がホログラムのインターフェースを素早く叩き、ある学術論文のニュース記事を画面に大写しにする。

 

「お母さん、これ見て! 科学評議会の人が出した論文で、『ソル星系』に生命がいるかもってニュースを見たよ!!」

 ナーレが、自慢げに指差した。

 

「……ソル星系?」

 セラは、モニターに映し出された遠くの黄色い恒星のデータを見て、首を傾げた。

 

「そう! ほら、あのちょっと黄色い恒星のところ! あそこに、岩の惑星と、お水が豊かな惑星があるかもしれないんだって! もしかしたら、私たちみたいな『水の民』が、あそこにもいるかもしれないって書いてあったよ!」

 ナーレの目は、まだ見ぬ未知の隣人への想像で、今にも星空へ飛んでいきそうだった。

 

 ラウルが、少しだけ困ったように笑ってナーレを諭す。

「ナーレ、あれはまだ『かもしれない』っていう仮説でしょう? 確かなことじゃないわ」

 

 セラも、現実的な大人の視点で返す。

「そうだな。あれはまだ、観測データから推測した妄想に近い論文だよ。我々の今の観測精度だって、あそこまで遠い星の地表の様子を正確に見るには不十分だ。……生命がいると決まったわけじゃない」

 

 セラは、子供の夢を頭ごなしに否定することはしなかったが、科学的な現実としてその期待を少しだけ冷ました。

 

 だが、ナーレは全くへこたれなかった。

 

「でもさ!」

 ナーレは、画面に映る黄色い恒星を見つめたまま、力強く言った。

 

「ソル星系に生命がいるかどうかは……実際に行ってみないと、分からないもん!!」

 

 そのシンプルで、力強い真理。

 観測データがどうであれ、遠くから見ているだけでは何も分からない。海を渡り、自分の目で見て、触れなければ、世界は決して広がらない。

 それはまさに、水の民が太古の昔から持ち続けてきた、本能的な探求心そのものであった。

 

 セラは、子供のその揺るぎない眼差しを見て、少しだけ考え込んだ。

 そして、優しく、本当に優しく微笑んで言った。

 

「……そうだな。行ってみなければ、何も分からないな」

 

「でしょ!」

 ナーレは満面の笑みを浮かべ、セラの手を両手でギュッと握りしめた。

 

「じゃあ、お母さん! FTLの船ができたら、一番に行こうよ! その、ソル星系に!」

 

 その願いは、あまりにも無邪気で、遠く、現実の壁を知らない子供の夢だった。

 だが、セラはその手を握り返し、しっかりと頷いた。

 

「ああ。……FTLが開発されたら、一番に行こう。ソル星系に」

 

「約束だよ!」

 ナーレは嬉しそうに飛び跳ね、ラウルの元へと駆けていった。

 

 ◇

 

 夜。

 ナーレが眠りについた後、セラは一人、リビングの透明な壁面の前に立っていた。

 

 アクアリアの空。

 穏やかな波の音を立てる海の上に、無数の星々が輝く、果てしなく広大な星空が広がっている。

 セラの視線は、その星々の海の中にある、小さく淡く瞬く一つの黄色い恒星——ソル星系の方角に向けられていた。

 

 水の民は、まだ星の海を越えることができない。

 FTLの技術は遥か遠く、彼らはこの小さな星系という揺り籠の中で、ただ夢見ることしか許されていない。

 ソル星系に生命がいるというのも、彼らにとってはただの遠い仮説であり、学者の書いたロマンチックな論文の域を出ないおとぎ話に過ぎない。

 

 だが。

 彼らは知らないのだ。

 

 自分たちが、決して孤独ではないという答えを。

 あの黄色い恒星の周りを回る青い惑星に、確かに生命が、それも極めて厄介で騒がしい文明が存在しているという答えを。

 

 そして何よりも。

 自分たちが「誰か見つけてくれないか」と夢見ているそのすぐ傍らで。

 自分たちを見つめる透明な『眼』が、すでに星の海の向こう側から、彼らの息遣いすら聞こえるほどの至近距離で、息を潜めてこちらを覗き込んでいるという事実を。

 

 まだ見ぬ隣人への無邪気な憧れと、すでに彼らを見つけてしまった者たちの冷徹な沈黙。

 その圧倒的なすれ違いを孕んだまま、今夜もまた、海の子は静かな寝息を立てて夢を見るのだ。

 

 ——いつか、ソルへ行こう。

 

 その願いは、幼く、遠く、そしてあまりにもまっすぐだった。

 

 




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