自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第186話 第五種接近遭遇と、銀河帝国「日本国」

 地球から遥か彼方、別次元の宇宙に存在する未知の惑星『テラ・ノヴァ』。

 その夜空は、地球の突き抜けるような青とは根本的に異なっている。漆黒の宇宙を塗りつぶすように、濃密な紫と藍色が混ざり合った巨大な星雲のガスが天の川のように横たわり、見慣れない星座の瞬きを淡くベールのように覆い隠している。そして、天頂には地球のそれよりも一回り大きな、青白く輝く二つの月が静かに並び、異星の広大な大地を神秘的な銀色の光で満たしていた。

 

 手つかずの原生林や険しい山脈が連なるその地平線の一部には、星々の輝きや月の光を完全に掻き消すほどの、圧倒的な人工の光芒が広がっている。工藤創一が総責任者を務める、テラ・ノヴァの中核『工場区画』であった。

 

 思い返せば、この場所に一番最初に設置されたのは、ただ生き残るためだけに地面を叩いていた、たった一台の無骨な自動採掘機だった。

 そこから不格好な搬送ベルトが数本伸び、頼りない煙を上げる燃料式の発電機が回り、プレハブ小屋のような簡素な研究所がポツンと建っていた。右も左も分からない異星の大地で、元社畜SEだった工藤と、システム・ナビゲーターである人工知能のイヴ、たった『二人』だけで回していた、箱庭のような生産ライン。

 

 だが現在、工藤が立つ高台のガラス張りの指令室から見下ろすその景色は、もはや工場という概念を遥かに超え、一つの巨大な『機械都市』、あるいは惑星規模の工業拠点へと変貌を遂げていた。

 

 遥か地平線の彼方から、地鳴りのような重低音を響かせて走る超巨大な自動搬送ライン。そこには、数キロメートル先のマイン区画から切り出された未知の希少鉱石が、止まることのない大河のように滔々と流れ込んでいる。

 漆黒の夜空を縦横無尽に飛び交うのは、蜂の群れを思わせる数万機の工場ドローンたちだ。それらは計算され尽くした精密な軌道を描きながら、各工区の間を忙しなく往復し、資材や極小の工作部品を運搬している。

 中央に鎮座する自動組立施設からは、高出力レーザーの明滅と火花が夜の闇を鮮やかに彩り、規格化されたモジュールが数秒に一機のペースでラインから吐き出されていた。

 

 さらにその奥には、テラ・ノヴァの軌道上へと物資を打ち上げるための電磁式発射レール(マスドライバー)が、天に向かって巨大な槍のように屹立している。

 地下の深部へと続く高エネルギー研究区画では、空間そのものを湾曲させるような重力制御実験の残光が怪しく明滅し、別のラインでは、リヤド万博で世界を熱狂させた『フルダイブ用神経接続ユニット』や『オラクル義体用パーツ』が、無人環境下で整然と製造されていた。

 そして、最も厳重なセキュリティゲートの奥には、火星コロニー構想の根幹を支える『火星向け生命維持モジュールの試作設備』と、地球側には決して出せない、人類の倫理観と物理法則を破壊しかねないオーパーツ群を秘匿した『封印棚』が並んでいる。

 

「マスター」

 無機質で、どこか澄んだ合成音声が、指令室の静寂を破った。

 工藤の傍らに、青白い光の粒子が集束し、イヴのホログラムが姿を現す。

「第三七二工区の生産効率が、前日比で三・二パーセント向上しました。また、火星居住安全技術パッケージ用の制限版モジュール生産ラインも、初期試験稼働に成功しています」

 

「おー。いいね」

 工藤は、眼下に広がる光の海を見下ろしながら、満足げに伸びをした。

「工場が、ちゃんと成長している」

 

「肯定します。工場は、成長しなければなりません」

 イヴが、彼女の存在意義そのものである絶対のルールを復唱する。

 

「そこはブレないねぇ」

 工藤は苦笑しながら、手元の作業台へと向き直った。

 

 工藤は作業台の上に散らばった見慣れない金属部品を組み合わせながら、モニターの隅に表示された膨大なタスクリストに目をやった。

 

「さて、イヴ。俺が作業に没頭している間に地球側で起きた、もろもろの案件について最新状況を教えてくれる?」

「了解しました。マスター。地球側、およびテラ・ノヴァ側の主要案件について、定例報告を開始します」

 イヴは空間に複数のホログラムウィンドウを展開し、膨大なデータを視覚化していく。

 

「まず、地球側の公開領域についてです。リヤド万博以降、フルダイブ技術およびオラクル義体に対する世界的関心は高止まりしています。各国政府、高度医療機関、教育機関、巨大ゲーム企業、宗教団体、および国際的な倫理・規制当局からの問い合わせが、現在も絶え間なく継続中です」

 

「まあ、あれだけ派手にお披露目したからね。そりゃあそうなる」

 工藤は、ドライバーでネジを締めながら気楽に頷く。

 

「次に、火星関連です。SpaceX、NASA、JAXA共同ミッションによる探査船の火星軌道到達成功後、火星長期滞在構想への関心が急拡大しています。レオナード・グレイ氏が立ち上げた火星長期滞在適性登録プログラムは、政府の介入による名称変更および厳格な免責事項の追加後も、その登録者数を爆発的に増加させています」

 

「あー……レオナードさんが熱くなってた、あの応募フォームから『適性研究プログラム』に名前が変わったやつね」

 

「肯定します。夢が行政文書化されました」

 イヴが、感情の欠片もない声で事実を述べる。

 

「言い方」

 工藤が思わずツッコミを入れる。

 

「正確な表現です」

 

「……次、お願い」

 工藤はため息をついて作業を再開した。

 

「次に、秘匿領域についてです」

 イヴが展開するウィンドウが、地球から宇宙規模へと切り替わる。

「日本政府深部では現在、以下の案件の並行処理が進行中です。

 火星居住安全技術パッケージの米日限定共有。オラクル義体の商業展開禁止措置の法制化。フルダイブ技術の国際規制枠組みの構築。アクアリアン母星に対する非接触観測の継続。テラ・ノヴァ側の銀河コミュニティ第一回会議への対応。および、共同外宇宙探索隊の試験運用支援」

 

 工藤の手が、ピタリと止まった。

 

「……並べて聞くと、すごいな」

「肯定します。政府の処理能力は、極めて危険な過負荷(オーバーロード)状態にあります」

 

「日下部さん、生きてる?」

 工藤は、あの優秀で常に疲労の底にいる官僚の顔を思い浮かべた。

 

「現時点では、生存を推測します」

 

「『現時点では』って言い方やめよう? 怖いから」

「内閣情報調査室における、胃薬の消費量は指数関数的な増加傾向にあります」

「うわぁ……」

 

 工藤は、地球の反対側(あるいは次元の反対側)で頭を抱えているであろう日下部に、心の中でそっと手を合わせた。

 

「補足します」

 イヴが、情報空間の整理を促すように言う。

「現在、この全案件の全体像を正確に把握している外部勢力は、宇宙のどこにも存在しません」

 

「外部勢力?」

 

「はい。アメリカ政府深部は、火星居住安全技術、フルダイブ、オラクル義体の存在、およびアクアリアン観測情報の一部のみを把握しています。しかし、ここテラ・ノヴァの実態や、銀河コミュニティ、ミコラ族、共同外宇宙探索隊といった異星間ネットワークの詳細は、一切把握していません」

 

「うん。そこは出せないよね。アメリカの安全保障がパニックを起こす」

 

「同様に、銀河コミュニティ側の星間文明群は、日本国を『万能翻訳機と遠隔義体を提供する、若く友好的な星間参加文明』としてのみ認識しています。地球側で起きている火星開発を巡る政治的混乱や、フルダイブの倫理規制、アメリカ政府との複雑な情報共有状況などは把握していません」

 

「向こうからしたら、俺たちは『急に便利な翻訳機を持って町内会に挨拶に来た、愛想の良い新参者』って感じか」

「概ね妥当な表現です」

 

「アクアリアンは?」

 工藤が、青い海の惑星を思い浮かべる。

 

「アクアリアンは、日本国の存在も、地球文明の存在も、自分たちが現在ステルス観測されている事実も、一切認識していません。彼らは現在、ソル星系第三惑星(地球)に液体の水と生命が存在する可能性を、純粋な天文学的推論として学会で論じている段階です」

 

「あの子たちには、まだ声をかけないんだよね」

「肯定します。日本政府の基本方針は、厳格な非接触観測の継続です」

 

 工藤は、少しだけ作業の手を止めた。

 

「……迎えに来てほしい、か」

 アクアリアンの子供が家族との会話の中で漏らしたという、その純粋な言葉の重みを思い出す。

 もし、今すぐテラ・ノヴァのゲートを開き、ヤタガラスを派遣して「迎えに来たよ」と言えば、彼らはどれほど喜ぶだろうか。だが、それをすれば、自力で星の海へ出ようとしている彼らの文化と宗教と科学を、根本から破壊してしまうことになる。

 

 工藤は作業台から顔を上げ、ガラス張りの窓から工場の全景を改めて見渡した。

 

「……すっかり、大規模になったなぁ」

「主語は『工場』の物理的拡張についてですか。それとも、マスターが関与している『案件全体』の規模についてですか」

 イヴが正確な定義を求める。

 

「両方だよ」

 工藤は、少し自嘲気味に笑った。

「最初はさ、イヴと二人で、採掘機が掘ってきた鉱石を鉄板にして、搬送ベルトを不器用に伸ばして、燃料式の研究所をギリギリで回して……ああ、これ完全にPCでやってた工場ゲーだなぁって、気楽に思ってたんだよ。あの頃は、今日生き残るための電力をどう確保するかで頭がいっぱいだった」

 

「肯定します。初期段階において、マスターの認識と行動は概ね適切でした」

 

「それが今では……日本政府を裏から動かし、アメリカの大統領を胃痛にさせ、中国やロシアの宇宙開発を牽制し、サウジアラビアを巻き込み、火星に人間を送る技術を渡し、果ては別次元の銀河コミュニティで宇宙人と町内会を作って、海の星の子供に声をかけるかどうかを悩んでいる……」

 

 工藤は、自分の口から出た言葉のスケールの大きさに、改めて眩暈を覚えた。

 

「何これ?」

「マスターの行動が蓄積された結果です」

「だから、言い方」

「客観的に正確な事実です」

 

「俺、そんなに意識して制御してないよ?」

 工藤は、少しだけ言い訳をするように両手を広げた。

「俺はただ、工場を大きくして、便利な技術を作って、日下部さんたちに渡してるだけだ。世界の行方を操ろうなんて、大それたことは考えてない」

 

「肯定します。マスターは、地球の政治的ベクトルや星間文明の意思決定を、直接的に制御・支配してはいません」

 イヴの言葉に、工藤は少し安心したように息を吐いた。

 

「しかし」

 イヴは、無慈悲に言葉を継ぐ。

「マスターが直接制御していないにもかかわらず、マスター由来の技術と生産物は、地球文明のパワーバランス、火星開発のスケジュール、銀河コミュニティのネットワーク構築、および未接触文明の運命に、決定的な影響を与え続けています」

 

「……それ、俺が制御してない分だけ、余計にタチが悪くない?」

「評価は、観測者の状況に依存します」

 

 イヴは、空間に新たな内部資料のホログラムを投影した。

 

「日本政府深部における内部整理では、現在の『日本国』は、以下の宇宙規模案件のすべてにおいて、最も重要な結節点(ハブ)となっています」

 

 リストが、無機質に流れる。

 ・有人火星長期滞在実証拠点への技術独占

 ・フルダイブ技術に関する国際規制の主導

 ・オラクル義体の運用管理権限

 ・アクアリアン母星の非接触観測網の維持

 ・テラ・ノヴァ側銀河コミュニティへの参加と翻訳基盤の提供

 ・共同外宇宙探索隊への支援

 ・FTL未保有惑星文明のステルス観測

 ・ヤタガラス(都市艦)の運用

 ・テラ・ノヴァ次元の開拓

 ・および、すべての源泉である『アンノウン(工藤創一)』の秘匿

 

「あのさ、イヴ」

 工藤はリストを指差した。

「これ、業務一覧が『国家』のレベルじゃなくない?」

 

「肯定します。通常の一国家が担う行政・外交・安全保障の業務範囲を、致命的に逸脱しています」

 

「いや、だから俺は、ただ自分のテリトリーで工場を伸ばしてるだけなんだけど」

「肯定します。マスターは工場を伸ばしています」

「だよね」

「ただし、その工場が生成した技術、圧倒的な物流網、および万能翻訳機を起点とする情報基盤が、地球、火星、テラ・ノヴァ、銀河コミュニティの全域にまで影響を及ぼしています」

 

 工藤は、頭を抱えた。

「やっぱ、俺が悪いんじゃないか……」

 

「仮定の話ですが」

 イヴが、少しだけホログラムの輝度を落として言った。

「もし、外部からこれらの全情報を俯瞰し、完全に観測可能な上位存在がいたとすれば、現在の日本国は『銀河規模の影響力を持つ特殊国家』、あるいは『銀河帝国の初期段階』であると分類・評価される可能性が極めて高いです」

 

「……銀河帝国!?」

 工藤が変な声を出した。

 

「ただし、補足します」

 イヴは即座に火消しに入る。

「現在、この全情報を統合して把握している外部勢力は存在しません。アメリカは火星に、ミコラ族は星の輪にしか目が行っていません。したがって、日本国が銀河帝国として他星系から警戒されるという現実的な外交リスクは、現時点では『未発現』です」

 

「未発現って、プログラムのバグみたいに言わないでくれない?」

「事象に対する適切な表現です」

 

「俺、銀河帝国なんて作ってないよ? 皇帝になる気なんて一ミリもないし、毎日のんびり工場をいじってたいだけなんだから」

「肯定します。マスターは銀河帝国を作っていませんし、帝国を統治する政治的能力も意思も欠如しています」

 

 工藤は、イヴのストレートすぎる評価に少し傷つきつつも、安堵した。

 

「ただし」

 イヴの追撃は止まらない。

「マスターは、銀河帝国と誤認され得るレベルの『技術的・物流的・外交的・情報的中核』を、意図せず完璧に構築してしまっています」

 

「……それ、もっとダメなやつでは?」

 

 工藤は、作業台の椅子に深く腰を下ろし、天井の金属の梁を見上げた。

 少しだけ、冗談の空気が消え、真面目な色が濃くなる。

 

「正直さ……俺が、この宇宙で起きてる全部をコントロールできるわけじゃないんだよね」

 

「肯定します」

 イヴが静かに応じる。

「地球側の複雑な政治判断、各国政府の利権と思惑、民間企業の利益追求行動、異星文明の自律的な発展、そして未接触文明の文化変化は、マスターの直接的な制御下にはありません」

 

「だよね」

 工藤は、ゆっくりと頷いた。

「レオナード・グレイさんが火星への応募フォームを作って世界中を狂騒に巻き込むのも、ヘイズ大統領がそれを止めようとして胃を痛めるのも、日下部さんがその間で血を吐きそうになるのも、ミコラ族が純粋な善意で宇宙の町内会を作るのも、アクアリアンの子供がソル星系に憧れて空を見上げるのも……全部、俺がスイッチを押して命令してるわけじゃない。彼らが自分で選んで、自分で動いてる結果だ」

 

「一部の事象は、マスター由来のブラックボックス技術によって直接的に誘発されています」

 

「だから、そこを客観的な事実として強調しないでってば」

 工藤は苦笑いした。

 

 少しの間が空く。

 

「でもまあ……」

 工藤は、作業台の上の部品を指先で弄りながら呟いた。

「『できること』と、『していいこと』は違うんだよな」

 

「日本国の内閣情報調査室・日下部氏の発言と、極めて近い表現です」

 

「うん。火星には、技術的には今すぐ行ける。アクアリアンにも、たぶんヤタガラスを使えば会いに行こうと思えば行ける。銀河コミュニティだって、オラクルの演算能力を使えば、もっと強引に主導権を取ろうと思えば取れる。フルダイブも、オラクル義体も、制限を外してもっと派手に世界中にばら撒くことだってできる」

 

「肯定します。当工場群の生産能力と技術レベルにおいて、それらはすべて『実行可能』です」

 

「でも、それをやったら……確実に壊れるものがある」

 

 工藤の声には、かつてのゲーム感覚の軽さはなかった。

 

「技術ってさ、作れるから出す、便利だからとりあえず広める、ってだけじゃダメなんだよな。相手の社会がそれを受け入れる準備ができているか、ルールを作る時間が足りているか。……俺がただの社畜SEだった頃なら、そんな面倒くさいこと、絶対に考えなかったかもしれないけど」

 

「マスターは、成長しています」

 イヴが、珍しく感情のパラメータを少しだけ揺らしたような声で言った。

 

「えっ、今の褒めた?」

「肯定寄りです」

「寄りって何さ」

 

 少しだけ重くなった空気を切り裂くように、イヴが唐突に話題を変えた。

 

「ところで、マスター」

「ん?」

「先ほどからマスターが作業台で熱心に組み立てているその装置について、用途と詳細な仕様の説明を要求します」

 

 その言葉に、工藤の表情がパッと明るくなった。待ってましたとばかりに、作業台の上に置いていた金属製の円筒形の柄を手に取る。

 

「俺? 俺に聞いちゃう? これの説明しちゃう?」

「意味不明なテンションです。速やかな回答を推奨します」

 

「いや、こういうのはノリと演出が大事なんだよ!」

 工藤は、椅子から立ち上がり、その金属の柄を大袈裟なポーズで構えた。

 

「見よ! これが最新の試作品……『光刃式近接切断工具』だ!」

 

 工藤が柄のスイッチを押し込む。

 ブゥン、という独特の低い駆動音が響き、柄の先端から、眩い青白い光の刃が約一メートルの長さで伸びた。

 周囲の空気が、プラズマの熱で微かに震えている。

 

 工藤がその光の刃を、作業台の端に置かれていた分厚い超硬合金の装甲板に軽く押し当てると、刃はまるで熱したナイフでバターを切るように、音もなく、抵抗もなく、合金を真っ二つに切断してしまった。

 

「どう? カッコいいでしょ?」

 工藤は、ドヤ顔でイヴのホログラムを見た。

 

「マスター」

 イヴは、一切の感動を排した声で言った。

「それは、地球の有名なスペースオペラ作品に登場する『ライトセーバー』では?」

 

「違う違う! 断じて違う!」

 工藤は慌てて光の刃を引っ込めた。

「たまたま、携帯しやすい柄の形と、起動した時の音と、プラズマを磁場で閉じ込めた光の刃が、偶然似てしまっただけだって!」

 

「偶然にしては、類似する要素が多すぎます。意図的なデザインの模倣を疑います」

 

「でも、これはあくまで『近接切断工具』だから。工具。武器じゃないからね」

 

「先ほど、テラ・ノヴァの建材用超硬合金を、一切の反発力なしに無音で切断していました。対人兵器として使用された場合、あらゆる防弾装甲が無効化されます」

 

「だから、すごい工具でしょ?」

「詭弁です」

 イヴが、ピシャリと切り捨てた。

 

 工藤は、少し不満そうに柄を弄りながら言った。

 

「これさ、今度、日下部さんがテラ・ノヴァに来た時に、ちょっと見せて驚かせてやろうかと思って」

「非推奨です」

 イヴが即答した。

 

「早くない? 0.1秒くらいで却下されたんだけど」

「シミュレーション演算に時間を要する事案ではありません」

 

「いや、絶対ウケるって。日下部さんだって男の子なんだから、こういう光る剣には一度は憧れるはずだよ」

「日下部氏は男の子ではなく、日本国の内閣官房参事官であり、極度の疲労状態にある中年男性です」

「それはそう」

 

「さらに言えば」

 イヴは、警告を意味する赤いホログラムを点滅させた。

「マスターは、地球最大級のエンターテインメント企業の法務部に、正面から喧嘩を売る気ですか?」

 

「え? いやー、さすがにそんなことはないけど……ただの工具だし……」

「柄の形状、起動音波形、発光刃の色彩、構え方、そしてマスターが抱く無駄な浪漫性。複数の要素が、著作権および意匠権の侵害リスク危険域に達しています」

 

「浪漫性も、法務リスクなの?」

「場合によります」

 

「でも、これ絶対みんなに人気出るから良いでしょー!」

「マスター」

 イヴが、致命的な事実を突きつける。

「そんなものを地球に持ち込めば、日下部氏が物理的に血を吐きますよ」

 

「あー……それはダメか」

 工藤は、日下部が胃を押さえて崩れ落ちる姿を想像し、本気で反省した。

 

「じゃあさ」

 工藤は名案を思いついたように手を打った。

「日下部さんのために、『胃粘膜修復・調整用ナノマシン』を開発してプレゼントしようかな! それなら日下部さんも大喜びするんじゃない?」

 

「マスター。日下部氏の胃を削るような事案(オーパーツの提供など)を無数に増やしておきながら、その胃を修復する薬を後から渡す行為は、根本的な解決とは言えません。マッチポンプです」

「えー、でも実用性高いし、便利じゃない?」

「もし提供した場合、日下部氏からは確実に『胃を治す薬を作る暇があるなら、最初から私の胃を削るようなことをするな』と非難される可能性が極めて高いです」

 

「……あー、絶対言いそう」

「九九・八パーセントの高確率です」

 

 イヴは、さらに冷酷な分析結果を投影した。

 

「光刃式近接切断工具について、地球側への提供は全面的に非推奨です」

 理由:

 ・軍事転用が不可避。歩兵の近接戦闘能力が異常向上する。

 ・一切の音を立てずに金庫や隔壁を切断できるため、暗殺・破壊工作に最適。

 ・既存の銃刀法などの刃物規制では、法的に定義して取り締まることが不可能。

 ・非起動時はただの金属の筒であるため、空港の保安検査システムを突破する可能性が高い。

 ・巨大エンタメ企業法務部に激怒される可能性。

 ・日下部氏の胃が完全に死滅する。

 

「……最後だけ、思いっきり個人名なんだけど」

「日下部氏の胃腸の健康維持は、日本政府との円滑な連携において最重要リスク管理項目の一つです」

 

「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、これはテラ・ノヴァの工場内での解体作業用に限定する」

「強く推奨します」

 

「でも、名前は『光刃式近接切断工具』のままでいい?」

「名称については許容範囲内です。ただし、『セーバー』を含む名称への変更は断固として非推奨です」

「そこまで厳しいの?」

「そこまでです。法務リスクは物理的脅威よりも厄介です」

 

 工藤は、少しだけ残念そうに光刃式近接切断工具を安全ラックにしまい込んだ。

 

 作業台周辺が少し静かになる。

 遠くで、自動搬送ラインが動く重低音だけが、テラ・ノヴァの夜気に響いていた。

 

「でもさ」

「はい、マスター」

 

「結局、俺にできることって、これなんだよな」

 

「これ、とは」

 

「手を動かして、作ること。研究すること。技術ツリーを進めること」

 工藤は、自分の手のひらを見つめた。

「危ないものはこうやって封印して。本当に必要なものは、日下部さんたちが扱えるレベルに機能を制限して、少しずつ世の中に出していく。そうやって、人類の進む道が、できるだけ良い方向に流れるように、裏から下準備をしておくこと」

 

「肯定します。それが、マスターの現在の最も重要な役割です」

 

「俺は、大統領でもないし、総理大臣でも、外務大臣でもない。銀河コミュニティの議長でもないし、火星コロニーの市長でもない。アクアリアンの子供に、立派な言葉で声をかける外交官でもない」

 

「肯定します。マスターは『工場長』です」

 

「そう。俺は、ただの工場長なんだよ」

 

 工藤は、ガラス窓に映る自分の顔を見た。

 そこにあるのは、どこにでもいる、少し疲れ気味の中年の顔だった。

 

「工場長にできるのは、工場を止めずに成長させることだけだ。

 政治家や実業家たちが、必要な時に、必要な技術を、必要な形で安全に使えるようにしておくこと。それで、日下部さんや矢崎総理やヘイズ大統領たちが、破滅的なバッドエンドじゃなく、なるべくマシな『選択肢』を選べるようにサポートすること」

 

「極めて現実的で、合理的な判断です」

 

「世界全部を俺一人で制御するなんて、絶対に無理だよ。俺、そんなに偉くないし、頭も良くないまあ超天才だけど!」

 

「地球側の一部評価では、マスター由来の技術は、すでに複数の大国の政策決定とパワーバランスに決定的な影響を与え、人類の歴史の舵を切っています」

 

「だから、そういうプレッシャーをかけるようなことを言うなって」

「客観的な事実です」

「事実が一番重くて怖いんだよ」

 工藤は、大袈裟にため息をついた。

 

 工藤は、指令室の窓から、改めてテラ・ノヴァの夜空を見上げた。

 

 遠くで、眠らない工場が稼働している。

 軌道エレベーターに向けて、光の帯が真っ直ぐに伸びている。

 空間の裂け目の向こうには、地球に繋がるゲートがある。

 そして、空の彼方には、ヤタガラスが航行するまだ見ぬ星々が広がっている。

 

「最初はさ……本当に、ただこの星で生き残るためだけだったんだよな」

 

「肯定します。初期の第一目的は、マスターの生存、最低限の拠点構築、および活動資源の確保でした」

 

「それが、いつの間にか世界を変えて……火星に空気を入れようとして、別次元の宇宙人と町内会を作って、海の星の子供に声をかけるかどうかを、地球のトップたちと一緒に悩んでる」

 

「要約としてはやや不正確で感情的ですが、概ね事象の推移を捉えています」

 

「そこは正確じゃなくていいんだよ。ロマンの問題だから」

 

 工藤は、大きく深呼吸をした。

 冷たく澄んだテラ・ノヴァの空気が、肺を満たす。

 

「世界を制御できないなら、せめて、最悪の方向に転がり落ちないようにする。

 そのために、俺は俺の仕事をする」

 

「具体的には、どのような行動を定義しますか」

 

「技術ツリーを進める」

 

「肯定します」

 

「危ない技術にはロックをかける。必要な技術は、安全な制限版にして渡す。日下部さんの胃をこれ以上壊しすぎない範囲で、総理や大統領たちが困らないように、未来の選択肢を増やしてやる」

 

「補足します。日下部氏の胃腸の健康に関するマスターの目標は、現状のタスク量から推測して、すでに達成困難な領域にあります」

 

「そこは、頑張る」

「努力を推奨します」

 

 工藤は、軽く拳を握り、ポンと自分の膝を叩いた。

 

「よし。じゃあ、感傷に浸るのは終わりだ。次の研究と生産に入るぞ」

 

「了解しました。次の研究・生産タスクの候補を提示します」

 イヴが、新たなリストを空間に展開する。

 

「星間接触倫理支援システム。

 火星長期滞在実証拠点向け・環境支援モジュール。

 オラクル義体・地球社会向け制限運用プロトコル。

 銀河コミュニティ共同探索隊用・翻訳中継機。

 アクアリアン非接触観測用・超低干渉ステルスセンサー。

 ……および、胃粘膜保護修復ナノマシン」

 

「最後のやつ、しれっと混ざってるな」

「マスターが先ほど口頭で提案したため、優先リストに追加しました」

「まあ、日下部さん用に、一応研究リストの端っこに入れておこうか」

「肯定します。納品時の反応が予測されますが、実行します」

 

 工藤は、山積みになった宇宙規模のタスクリストを見つめ、少しだけ笑って言った。

 

「よし。じゃあ……今日も頑張るぞい!」

 

「マスター」

 イヴが、冷静にツッコミを入れる。

「その発言の極めて個人的な軽さに対し、対象となるタスクの影響範囲は『銀河規模』です。重さと軽さのバランスが崩壊しています」

 

「そこは言わないで! 気分だけでも軽くしておかないと、俺の胃に穴が空くかも知れないから!」

 

 地球では、人類が火星という新たな大地へ向かうための、最初の書類を書き始めていた。

 遥か彼方のアルファ・ケンタウリでは、青い水の民の子供が、見えぬソル星系を夢見て空を見上げていた。

 ミコラ族の母星では、銀河コミュニティ議会の最初の歴史的な記録が、静かに保存されていた。

 アメリカのホワイトハウスでは、大統領が民間宇宙企業の暴走を、必死に法律と制度という枠組みへ押し込めようとしていた。

 日本の地下深くでは、総理と官僚たちが、宇宙規模に膨れ上がった責任範囲に頭を抱え、胃を痛めていた。

 

 そして、テラ・ノヴァでは。

 一人の元社畜SEが、今日も果てしない『技術ツリー』を眺めていた。

 

 彼は、銀河帝国を作ろうとしていたわけではない。

 星々を支配する皇帝になろうとしていたわけでもない。

 ただ、目の前に積まれた問題を少しでもマシな方向へ進めるために、工場を動かし、研究を進め、危険な技術にロックをかけ、本当に必要な技術だけを制限版のパッケージとして地球へ送り出しているだけだった。

 

 だが、その「だけ」の行動が。

 いつの間にか、地球と火星とテラ・ノヴァ、そしてまだ声をかけていない無数の星々を、確かな糸で繋ぎ始めていた。

 

 工場は、成長し続ける。

 技術ツリーの探求は、まだ終わらない。

 

 工藤創一は、光刃式近接切断工具が収められた安全ラックを一瞥し、次の巨大な研究項目へと手を伸ばした。

 

「さて。次は、何を作るかな」

 

 システム・ナビゲーターの静かな声が、それに答える。

 

「マスター。研究候補は多数存在し、課題は山積しています。ですが、当区画の最優先事項は変わりません」

 

「工場は?」

 

「成長しなければなりません」

 

 工藤は、面白そうに笑った。

 

「だよね。じゃあ、頑張るよ」

 

 こうして、第十一部は幕を閉じる。

 だが、テラ・ノヴァの工場のラインは止まらない。

 そして、止まらない工場の生産ラインの先で、人類はまた一つ、次の未知の星へと手を伸ばすことになる。

 

第十一部 第五種接近遭遇と、銀河帝国「日本国」完




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