自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
第十二部 奇跡の実証試験編開始
アメリカ合衆国ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領危機管理センター(PEOC)に隣接する、あらゆる外部通信や電磁波の漏洩を物理的に遮断した極秘のセキュア・ルーム。
この窓のない地下の密室は、ここ数ヶ月の間、極東の島国からもたらされる「現実の定義を破壊するような」悪夢の報告を受け止め、アメリカという超大国の針路をギリギリで修正するための防波堤として機能し続けていた。
円卓の上座に座る第48代大統領キャサリン・ヘイズは、運ばれてきたばかりのブラックコーヒーのカップに手を伸ばし、深く、そして静かに息を吐き出した。
目の前には、各省庁や情報機関から提出された分厚いファイルが積まれている。表紙には最高機密を示す赤いスタンプが押され、どれもこれも国家の安全保障や産業構造を根底から揺るがす内容であることは一目瞭然だった。
ヘイズはカップをソーサーに戻すと、円卓を囲む側近や各省庁のトップたちをゆっくりと見回した。
タイタン・グループ総帥であるノア・マクドウェル。CIA長官のエレノア・バーンズ。エネルギー省長官、退役軍人省長官、国防総省の技術分析担当、そして通商代表部や国家安全保障会議(NSC)の高官たち。
「……始める前に、一つだけ言わせてちょうだい」
ヘイズの口調は、大統領としての威厳を保ちつつも、どこか切実な響きを帯びていた。
「お願いだから、今日は最初から私の胃が痛くなるような報告じゃないと言ってちょうだい。毎日毎日、世界の終わりか覇権の崩壊みたいな話ばかりで、そろそろホワイトハウスの医療チームに本気で怒られそうなのよ」
その率直すぎる言葉に、緊張で張り詰めていた会議室の空気が、ほんの微かに緩んだ。
ソファに深く腰掛けていたノアが、楽しげに口角を上げる。
「ご安心ください、大統領。少なくとも、一件目は朗報ですよ」
「『一件目は』、という言い方がすでに不穏なんだけど」
ヘイズが鋭く睨みつける。
エレノアが、氷のような無表情のまま、手元の端末を操作しながら補足した。
「今回は全体として、前向きな報告が多いです。我々アメリカ合衆国にとって、極めて建設的かつ実利のある結果が揃っています」
「本当? あなたがそう言うと、逆に怖いわね」
ヘイズが軽く皮肉を返すと、何人かの長官たちから短い笑い声が漏れた。
だが、その笑いもすぐに収まり、会議は本来の冷徹な実務のトーンへと移行した。
「では、エネルギー省から報告を」
ヘイズが促すと、エネルギー省長官と、傍らに控えていた科学顧問が居住まいを正した。
「大統領。日本から提供された『13m級教育用核融合炉』についてです。……米国側研究チームは、アンノウンが翻訳・作成した教育用モデルおよび理論資料の理解を、完全に完了いたしました」
長官の声には、科学技術の歴史的転換点に立ち会っているという興奮が隠しきれずに滲んでいた。
「現在、ネバダ州の隔離施設に構築された限定試験環境下において、炉は『安定稼働』に成功しております」
科学顧問が、モニターに詳細なテレメトリーデータを展開しながら引き継いだ。
「1億度を超える超高温プラズマの保持は極めて安定的です。異常な振動や共振はゼロ。中性子や放射線の漏洩も計測限界以下。磁場制御のアルゴリズムは我々のスパコンでも完全に予測可能な範囲に収まっており、出力変動も設計値のコンマ数パーセントの誤差内にコントロールされています。
……信じがたいことですが、これは間違いなく『実用段階の核融合炉』です」
ヘイズは、スクリーンに映し出された青白く発光するプラズマの安定した波形を見つめた。
それは、人類が何十年も夢見ながら、莫大な予算を溶かすだけで決して到達できなかった「地上の太陽」の姿だった。
「朗報ね」
ヘイズは、深く安堵の息を吐きながら言った。
「これが暴走してネバダの砂漠に新しいクレーターができる心配は、とりあえずしなくていいということかしら」
「はい。アンノウンが意図的に大型化し、我々地球側の工業力と物理学でも理解・制御できるようにデチューンしてくれたおかげです。これはまさに『教科書』として完璧に機能しました」
科学顧問は、畏敬の念を込めて言った。
「研究者たちはすでに、この炉が単なる実験設備ではなく、実用的な発電所として機能することを確信しています。彼らは早くも、民間電力網への限定的な接続試験を希望しております」
「民間電力網への接続?」
ヘイズの眉がピクリと動いた。
「良いんじゃない? 許可します。……ただし」
エレノアが、すかさず大統領の言葉を引き継ぐようにして条件を提示した。
「限定条件付きで、です。当然ですが」
「もちろんよ」
ヘイズは頷いた。
「私も、いくら安定しているからといって、いきなり全米の送電網に未知のエネルギーを繋げろと言うほど楽観的ではないわ」
エレノアが、具体的な安全プロトコルを読み上げる。
「接続は、軍施設内の完全に独立したマイクログリッドに限定します。民間電力網への直接接続ではなく、まずは模擬負荷試験から開始すること。出力は制限値を設け、段階的に引き上げる。そして何より、日本側オラクルの監査ログの取得を受け入れ、万が一の緊急遮断(スクラム)の際は、日本側のプロトコルを最優先とすること」
「研究者たちは、この成功に祝杯を上げるでしょうね」
ノアが、科学者たちの歓喜を想像して微笑んだ。
「構わないわ。今日は珍しく、科学者が泣いて喜んでもいい日よ」
ヘイズは、少しだけ口元を緩めた。
会議室のスクリーンに、資料映像としてネバダの実験施設の様子が映し出された。
分厚い防護ガラスの向こうで、音もなく青白いプラズマが静かに燃え続けている。
ガラスの手前では、白衣を着たアメリカのトップ科学者たちが、誰も言葉を発することなく、ただその圧倒的な光景を見つめていた。
一人の老研究者が、眼鏡を外して目頭を押さえ、静かに泣いている姿が映る。
マイクが、研究者たちの微かな呟きを拾っていた。
『……これ、本当に教科書にしていいんですか』
『教科書どころか、現代物理学の答案用紙を赤ペンで真っ赤にされて返された気分だ。我々は今まで、どれだけ無駄な遠回りをしていたんだ……』
彼らは敗北感に打ちのめされながらも、同時に、本物の「真理」に手が届いた歓喜に震えていた。
アメリカ政府の報告書にも、その複雑な心境が冷徹な文章で記されていた。
『理解は完了した。ただし、我々が理解したのは、アンノウンが我々にも理解可能な形に整形した“教育用の階段”であり、山頂そのものではない』
アメリカはまだ、3メートル級の「真の完成品」の領域には達していない。だが、少なくともその階段に足をかけ、登り始めたことだけは間違いなかった。
「……素晴らしい第一歩だわ」
ヘイズは、その報告に心から満足した。
「では、次の報告に移ります」
退役軍人省長官が、少し上ずった、しかし確かな喜びを帯びた声で立ち上がった。
「別件ですが、アメリカ国内の退役軍人に対する、アンノウン由来人工義足・義手の貸与プログラムの進捗についてです」
「それも良い報告ね」
ヘイズは、大統領として最も心を砕いている分野の一つである傷痍軍人支援の話に、自然と表情を和らげた。
「はい。現在、日本政府との合意に基づき、戦傷で四肢を失った退役軍人たちへ、機能回復型人工義肢の限定的な貸与および装着手術が進行しております。……結果は、控えめに言っても驚異的です」
長官は、報告書の一節を誇らしげに読み上げた。
「爆発で片腕の機能を完全に失った元兵士、IED(即席爆発装置)で片脚を失った者、あるいは神経損傷により従来の筋電義手が使いにくかった患者たち。彼らにアンノウン由来の義肢を装着した結果、歩行、把持といった基本動作はもちろんのこと、触覚や温度感覚のフィードバックが、彼らが記憶している『生身の感覚』とほぼ完全に一致したと報告されています」
スクリーンに、リハビリテーション施設での映像が流れる。
片脚が人工義足の男性が、手すりにも掴まらず、軽快な足取りで階段を下りていく姿。
義手の女性が、自分の幼い娘の手を握り、驚いたように、そして愛おしそうに涙を流している姿。
「使用者へのアンケート結果では、評価はすべて最高得点です」
長官の声が震えていた。
「ある元海兵隊員は、『階段を恐れずに降りられたのは、十年ぶりです』と答えました。別の元兵士は、『義手で娘の手を握った時、昔と同じ圧力の違いと温かさが分かりました。これは道具ではなく、体の一部です』と証言しています。……彼らからは、『これをすべての傷痍軍人の標準医療にするべきだ』という強い要望が多数寄せられています」
映像の中で泣き崩れる家族の姿に、ヘイズ大統領は、思わず目頭が熱くなるのを感じた。
政治的な駆け引きや覇権の奪い合いが渦巻くアンノウン案件の中で、これほどまでに純粋に、直接的に人々を幸福にする技術がある。
「……良い報告ね。本当に」
ヘイズは、万感の思いを込めて呟いた。
「はい。政治的にも、人道的にも、非常に強い成功例です」
ノアが、珍しくシニカルな笑みを消し、静かに肯定した。「国民の圧倒的な支持を得られるでしょう」
「進めるべきね」
ヘイズは、力強く宣言した。
「国のために戦い、傷ついた退役軍人に報いる技術なら、私は絶対に止めたくない。予算の確保と、日本との貸与枠拡大の交渉を急いでちょうだい」
ここまでは、まさに大統領が望んだ通りの、完璧な「朗報」の連続であった。
エネルギー問題の突破口が開き、傷ついた兵士たちが救われる。
ヘイズは、凝り固まっていた肩の力を少しだけ抜き、ソファの背もたれに深く身を預けた。
「何よ。いつも私の胃を削るような報告会ばかりなのに、今日は良い報告ばかりじゃない。たまにはこういう日があってもいいわね」
ふふっ、と。
ノア・マクドウェルが、極めて上品に、だが致命的なタイミングで笑い声を漏らした。
「大統領。それは、フラグですか?」
ヘイズの動きがピタリと止まった。
「……フラグ?」
「ええ。ホラー映画などで、登場人物が『これで一安心だ』と言った直後に最悪の事態が起こる、あの法則のことですよ」
ノアの青白い瞳が、楽しげに細められた。
「……エレノア」
ヘイズは、嫌な予感に心臓を掴まれながら、CIA長官を見た。
「次の報告は、戦傷回復と機能補償に関する『軍事技術評価』です」
エレノアは、一切の同情を見せずに、氷のような声で宣告した。
「……それ、軍が進めているやつね。サイボーグ兵と言わないだけ、まだマシかしら」
ヘイズは、先ほどまでの安堵が完全に消え去り、急激に胃酸が逆流してくるのを感じた。
「現時点での公式名称は、“戦傷回復後機能補償評価プログラム”です」
国防総省の技術分析担当が、重々しく立ち上がりながら訂正した。
「言葉を柔らかくしても、中身が柔らかくなるわけじゃないのよ」
ヘイズは、忌々しげに吐き捨てた。
会議室の空気が、ここから一気に黒く、泥臭い「軍事の論理」へと反転していく。
「大統領」
国防総省の技術分析担当が、スクリーンの映像をリハビリの感動的な風景から、無機質な設計図とデータ解析のグラフへと切り替えた。
「日本から貸与されたアンノウン由来人工義肢についてですが。我々国防総省および軍の研究機関は、契約の範囲内において徹底的な外部非破壊解析、使用ログ分析、装着者の筋電・神経信号解析、そして既存義肢技術との比較検討を行いました」
日本のアンノウン機関は、「分解・中核解析・強化兵士化目的への転用」を固く禁じている。それに違反すれば、以後の人工義肢の提供から締め出されるという厳しいペナルティがある。
だが、アメリカ軍がただ大人しく借りたものを使い続けるだけのはずがない。彼らは「分解しない」というルールをギリギリで守りながら、外側から得られるあらゆるデータをかき集め、技術の模倣(リバースエンジニアリング)を試みていたのだ。
「結論から申し上げます」
技術分析担当は、誇らしげに、しかし同時にどこか悔しさを滲ませて言った。
「アンノウン由来人工義肢の構造フレームの設計思想、駆動補助のアルゴリズム、そして神経信号変換の一部については……現行の米軍技術でも『近似再現』が可能であることが判明しました」
「……近似再現。作れたの?」
ヘイズが、目を丸くして身を乗り出した。
「流石はアメリカ軍ですね」
ノアが、感心したように拍手をする。
「日本からのブラックボックスを、外側から眺めただけで模倣の糸口を掴むとは。彼らはよくやっています」
「ただし、完全再現ではありません」
エレノアが、即座に冷や水を浴びせた。
「その通りです」
技術分析担当が、悔しそうに頷く。
「我々が設計した代替品……『第一世代米国製機能補償義肢』は、基本的な歩行や把持といった動作においては、退役軍人の日常生活をサポートするには十分有用なレベルに達しています。
……しかし、どうしても再現できない『壁』が存在します」
スクリーンに、米軍が独自開発した義肢のスペックと、アンノウン製との比較表が表示された。
「まず、超高密度バッテリー。アンノウン製の長期間稼働電源は、我々の化学電池技術の延長にはありません。結果として、米国製はバッテリーパックが非常に重く、稼働時間も短いものとなります。
次に、触覚および温度感覚のフィードバック。粗い圧力は再現できても、あの生身と遜色のない微細な圧力分布や、神経への『自然な返し方』は、我々のセンサー技術では再現不可能です。
さらに、自己診断・故障予兆システム、そして装着者ごとの神経接続の自動最適化プロセス……。これらは完全にアンノウン機関のブラックボックス(制御中核)に依存しており、我々には手が出せません」
要するに、アメリカ版は作れるが、性能は明らかに劣る「劣化コピー」なのだ。
動くことは動くが、アンノウン製のような「体の一部」という自然さはなく、高負荷動作をさせれば発熱し、軍用化すればメンテナンスの手間が莫大にかかる代物である。
「それで?」
ヘイズは、冷めた目で国防総省担当を見た。
「軍は何を言っているの? その重くてメンテナンスが大変な劣化コピーを、どうするつもりなの?」
「はい。現状では、負傷兵の復帰支援デバイスとして有望です」
「それだけ?」
ヘイズは、相手の目を真っ直ぐに射抜いた。
沈黙。
国防総省の担当官が、言いにくそうに口ごもる。
「……大統領」
エレノアが、代わりにその沈黙を破った。
「一部の軍関係者や防衛産業の間で、この米国製義肢の技術を応用し、『現役兵士の能力補助装備』……いわゆる外骨格(エクソスケルトン)や、さらには健常な肉体を一部置き換えるような強化装備への応用が検討されています」
「はい出た」
ヘイズは、怒りを通り越して深い溜め息を吐いた。
「戦傷回復なら支持するわ。退役軍人支援なら、予算をつけて全面的に進めるべきよ。
でも、健常な兵士の腕や脚を切り落として、武器や強化モーターを埋め込むなんて、全くの別問題よ。そんなマッドサイエンティストみたいな計画、私が許すとでも思っているの?」
「日本政府も、全く同じ見解です」
エレノアが、日米の基本方針の合致を強調する。
「ええ」
ノアが補足する。
「日本側からは、人工義肢の貸与条件として『分解・中核解析・強化兵士化目的への転用は固く禁ずる』と明記されています。違反した場合は、契約違反として以後の人工義肢の提供からアメリカを完全に締め出す、と強い警告を受けています」
「妥当ね。むしろ当然の措置よ」
ヘイズは、日本政府の冷徹な管理姿勢を支持した。
だが、国防総省側は引き下がらなかった。
「しかし、大統領。これは国家間の軍事バランスの問題です!」
技術分析担当が、悲痛な声で訴えかけた。
「もし中国やロシアが、我々と同じように技術の断片を入手し、倫理的制限を無視して強化兵士(サイボーグ)の量産を始めたらどうなりますか?
我々だけが『倫理』という足枷を守り、生身の兵士で彼らの強化部隊と対峙すれば、戦術的に圧倒的な不利を強いられます。研究だけでも、進めておくべきです!」
国防総省の主張は、軍人としては極めて正しい「最悪の事態の想定」であった。
だが、ヘイズ大統領は、その言葉を途中で冷たく遮った。
「その台詞を言うと思ったわ」
ヘイズは、円卓に両手をつき、軍のトップたちを鋭く睨み据えた。
「いいこと。戦傷者を再び歩かせる技術と、健常者を兵器化する技術は、たとえ同じ部品から始まっていたとしても、政治的・倫理的にはまったく別のものよ。
相手が倫理を破るかもしれないからといって、我々が自ら進んで人間を『部品』に換え始めたら、アメリカという国家の道徳的優位性は完全に崩壊するわ」
ヘイズは、一切の妥協を許さない声で決断を下した。
「退役軍人支援は継続する。医療・福祉目的の米国版義肢の開発も許可するわ。
だが、現役兵士の強化装備化は一切禁止。軍事研究は『負傷後復帰支援』の範囲までに限定する。健常兵士向けの義肢換装や神経強化のプログラムは、ただちに凍結しなさい。日本との契約条件は、一文字たりとも違えずに維持するわ」
「……承知いたしました、大統領」
国防総省の担当官は、渋々ながらも命令を受け入れた。
「妥当な判断です」
エレノアが、情報機関の立場から大統領の決定を支持する。
「軍は不満を溜めるでしょうが、世論は大統領の『人間らしさを守る』という決断を支持するでしょうね」
ノアが、政治的な損得勘定を弾き出す。
「世論のためじゃないわ」
ヘイズは、苦々しい顔で言い捨てた。
「ここで線を引かないと、人間を部品にし始めるからよ。技術の暴走は、常に『他国がやるかもしれないから』という言い訳から始まるの」
◇
「では、次の外交報告に移ります」
通商代表および国家安全保障補佐官が、新たな資料を提示した。
サイボーグ兵問題に続いて、今度はこの『奇跡の技術』を巡る、同盟国間の泥臭い権利争いの話である。
「アンノウン由来人工義肢について、イギリス、フランス、ならびにEUから、貸与および共同評価の要請が正式に届いています」
「目的は?」
ヘイズが、疑り深い目で問う。
「名目上は、退役軍人への支援、および重大外傷患者への機能回復です」
エレノアが、各国から提出された文書の要約を読み上げる。
「名目上は、ね。純粋に人道目的なわけがないわよね」
ヘイズが鼻で笑う。どの国も、アメリカと同じように、技術の裏側にある「軍事転用の可能性」や「産業への波及効果」を血眼になって狙っているのは明白だ。
「各国ごとの扱いを整理しましょう。まずは、イギリスです」
国家安全保障補佐官が、スクリーンにユニオンジャックを表示させた。
「イギリスは、すでに戦傷治療用のナノマシン『バンドエイドMK3』の限定運用で、日本からの技術貸与を受けている実績があります。彼らの主張はこうです。『バンドエイドにより戦場救命技術の効果は理解した。次は救命後の兵士の生活再建が必要である。退役軍人向けの人工義肢を求めたい』と」
「極めて論理的な要求ですね」
ノアが評価する。
「さらに、彼らは『国民保健サービス(NHS)における重大外傷医療にも応用したい』とし、日本との条件——分解・解析の禁止——を厳格に守ると誓約しています」
エレノアが、MI6からの確約を報告する。
「イギリスは、バンドエイド系救命技術の運用実績があるため、アンノウン技術を『医療目的の枠組み』で管理するノウハウをすでに持っています。少なくとも現政権は、アメリカとの関係を悪化させてまで分解を試みる可能性は低いと見ています」
「イギリスは話ができる相手ね」
ヘイズは頷いた。彼らは、アメリカの「下請けの管理国」としての立場をわきまえている。
「次に、フランスです」
スクリーンがトリコロールに切り替わる。
「フランスの主張も、退役軍人支援と義肢リハビリの推進です。さらに彼らは『欧州医療技術の共同研究』という名目を掲げ、軍事転用禁止の条件も受け入れるとしています。彼らは現在、ITER施設での核融合炉実証でも日本と協調しており、今回も『優等生』として振る舞うつもりのようです」
「フランスも、条件を守るでしょう」
ノアが、欧州のパワーバランスを読み解く。
「少なくとも国家としての面子を賭けた協定なら、彼らは簡単に裏切りません。核融合という本命の技術を人質に取られている以上、義肢で日本や我々を怒らせるメリットがない」
「フランスも入れていいわ」
ヘイズは、彼らの参加を許可した。
「問題は、EU全体です」
エレノアの声が、ここで一段と冷たく、硬くなった。
「でしょうね」
ヘイズが、今日何度目かの深い溜め息をつく。
「EUは難しいです」
エレノアは、EUという組織が抱える構造的な脆弱性を容赦なく指摘した。
「加盟国が多すぎます。管理水準に天と地ほどの差がある。イギリスやフランスのように防諜が機能している国もあれば、スパイが入り放題の国もある。義肢を純粋な医療機器として扱う国と、軍事技術として裏で研究しようとする国が混在するでしょう」
「それに、企業や研究機関へ横流しされる可能性も高い」
ノアが、経済スパイのリスクを付け加える。
「そして何より」
エレノアが、最も恐ろしい最悪のシナリオを口にする。
「一国でも分解・解析を試みれば、EU全体が日本からの信用を失う。……EUの緩い管理網を経由して、ロシアや中国へデータが流れるのは、時間の問題かと」
「面倒ね……」
ヘイズは、こめかみを強く押さえた。
EUという巨大な官僚機構を相手に、アンノウン技術のような「一つのミスで世界が終わる爆弾」を管理させるのは、リスクが高すぎる。
「EU全体への共有は見送りよ。イギリスとフランス、そして既に我々の信頼枠にある少数の国だけで進めましょう」
ヘイズは、極めて現実的な切り捨てを選択した。
「EU側への説明はどうしますか?」
通商代表が、今後の外交的な反発を懸念して問う。
「『安全基準を満たす管理体制がEU全体で確認できない』。『加盟国間で運用規格が統一されていない』。『分解禁止プロトコルと使用ログ監査に関する全加盟国の同意が得られていない』。……適当に、でも嘘ではない、もっともらしい理由を並べなさい」
「時間稼ぎですね」
ノアが、大統領の老獪な指示にニヤリと笑う。
「時間稼ぎよ。十分な時間があれば、外交の火種はだいたい“検討中”という言葉の冷凍庫で冷やせるわ」
◇
「では、最後の議題です」
エレノアが、手元の端末から最も分厚く、そして最も厄介な資料の束を円卓の中央に投影した。
「次は、フルダイブ技術に関する、日本政府からの公式な提案です」
「来たわね。本日の大本命」
ヘイズ大統領が、背筋を伸ばし、戦闘態勢に入った。
リヤド万博で世界中を狂乱の渦に叩き込んだ、完全潜行型の仮想現実技術。
それは単なるゲームや娯楽の枠を超え、人間の意識と社会構造そのものを根底から書き換える『神のプラットフォーム』である。アメリカの巨大IT企業群は、この技術の覇権を握ろうと血眼になってロビー活動を展開し、軍は究極のシミュレーターとして独占を求めている。
「日本政府は、全フルダイブ開発について、一つの明確な方針を打ち出してきました」
エレノアは、その内容を読み上げる。
「『すべてのフルダイブ環境の開発・運用は、日本側アンノウン機関が管理するクラウド開発環境を基本とするべきである』」
会議室が、シンと静まり返った。
「……つまり」
ノアが、その言葉の意味を恐ろしいほど正確に翻訳した。
「日本は、フルダイブ開発環境そのものを、完全に自分たちの手で握り潰す……いや、独占するつもりだということです」
「でしょうね」
ヘイズは驚かなかった。日本の官僚(日下部)なら、絶対にそうしてくると分かっていた。
「日本側の提案の詳細は、以下の通りです」
エレノアが、スクリーンに強烈な「縛り」のリストを表示する。
・各国企業は、自社のローカル環境にフルダイブの中核(コアシステム)を持たない。
・開発はすべて、日本管理下のクラウドサーバー上で行う。
・神経接続、感覚制御、および安全プロトコルは、日本側が独占的に管理する。
・コンテンツ開発者は、日本から提供されるSDK(開発キット)経由でのみアクセス可能。
・禁止領域(痛覚100%同期、記憶の抽出・操作、脱出不能設計など)は、クラウド側で物理的・システム的に遮断する。
・依存誘導を目的とした設計は厳格に審査する。
・未成年向け制限は自動適用。
・ログアウト導線の設置を必須とする。
・各開発環境には、アンノウン機関の『オラクル義体』による常時監査を導入する。
「ガチガチね」
ヘイズが、その完璧すぎる防波堤に半ば感心したように息を吐く。
「この方式なら、ロシアも完全に日本基準の範囲内でしかフルダイブを作れません」
エレノアが、安全保障上の最大のメリットを口にする。
「違反するような過激なコンテンツを作ろうとすれば、即座に開発環境から締め出されます。これは、非常に強力な国際的規制の枠組みとして機能します」
「ロシアが独自に作ろうとしている『闇フルダイブ』はどうなるの?」
ヘイズが、抜け道を危惧して問う。
「ローカル中核(コア技術)を配らない限り、かなり抑制できます」
エレノアは即答した。
「もちろん、完全なゼロは不可能です。しかし、現実問題として、日本管理クラウドを通さずに、一から商業レベルのフルダイブ環境を構築することは極めて困難です。ロシアのブラックマーケットは、技術的にも経済的にも非常に小規模なものに留まるでしょう」
「良いじゃない」
ヘイズは、ロシアの野望が事実上封じ込められることに満足した。
「大統領。これは実質的に、日本が世界のフルダイブ産業を牛耳る形になりますよ」
ノアが、アメリカの国益を代表する立場から、あえて釘を刺した。
「アメリカの巨大ゲーム企業やITプラットフォーマーは、絶対に猛反発します。『なぜ我々が日本のサーバーの下請けにならなければならないのか』『独自開発環境をよこせ』と要求するでしょう。軍も、独自の訓練用フルダイブ環境をローカルで持ちたがります」
「でしょうね」
ヘイズは、国内から吹き荒れるであろう凄まじいロビー圧力と抗議の嵐を想像して、小さく首を横に振った。
「アメリカとして、日本の提案を拒否し、我々にも独自開発環境のローカル権限を渡すよう要求する選択肢もあります」
エレノアが、外交交渉のカードを提示する。
ヘイズは、少しの間、深く目を閉じて考え込んだ。
アメリカのIT産業の覇権。
軍事シミュレーターの完全な自由度。
それらを手に入れるために、日本と対立し、技術の主導権を奪いに行くか。
「……いいえ」
ヘイズは、ゆっくりと目を開き、明確な声で決断を下した。
「日本が正しいわ」
ノアが、意外そうに眉を上げた。
「本当に?」
「ええ。フルダイブは危険すぎるわ。あれは、ただのゲーム機ではないのよ」
ヘイズの瞳には、リヤド万博で自らの神経系を通して体験した「新しい現実」の恐ろしさが、ありありと浮かんでいた。
「あれは教育装置であり、医療装置であり、軍事訓練装置でもある。……そして、人間を現実に帰れなくする、最強の現実逃避装置にもなる。
もしこの技術のコアが世界中にばら撒かれたら、どれだけの人間が仮想の楽園に閉じ込められ、どれだけの精神が破壊されるか分からない」
「同意します」
エレノアが、情報機関のトップとして深く頷いた。
「日本がせっかく『責任を持って全部管理してやる』と言っているなら、今回は甘えていいのよ」
ヘイズは、ある種の開き直りにも似た合理性で言い切った。
「アメリカが、技術の管理権を他国に渡すことになりますが」
ノアが、覇権国家としてのプライドを刺激するように言う。
「いいえ。爆弾処理を任せるのよ」
ヘイズのその見事な表現に、会議室の空気がハッと変わった。
「アメリカが独自開発を主張すれば、ロシアも中国もEUも、必ず『我々にもローカル権限を渡せ』と同じことを言う。そうなれば、各国ごとの基準でフルダイブ環境が乱立するわ。
過激体験、思想教育、軍事訓練、依存誘導設計、記憶操作もどきの洗脳……。人間の欲望の数だけ、地獄のような仮想空間が際限なく作られることになる」
「日本基準に一本化すれば、少なくともその最初の地雷原は、極限まで狭くできます」
エレノアが、大統領の決断を強力にバックアップする。
「そう。日本が悪用しないとは限らないわ。でも、現時点で一番悪用しにくい『ガチガチの防波堤』の仕組みを持っているのは、間違いなく日本よ」
「……ゲーム業界やIT企業向けには、どう説明しますか?」
ノアが、国内の不満を抑えるための実務的な対応を問う。
「緊急条項を入れなさい」
ヘイズは、手元の端末を操作し、アメリカ企業が納得するための『政治的妥協案』を提示した。
【対日要求:フルダイブ環境における緊急条項案】
・日本管理クラウドが、政治的・経済的に恣意運用(特定国の排除など)された場合。
・日本以外の主要参加国の三分の二以上が、日本の管理体制を不信任した場合。
・アメリカは、オラクルによる監査ログの『独立した第三者検証』を要求する権利を持つ。
・緊急時には、日米主導の『共同管理委員会』による運用へと移行するプロセスを担保する。
・ただし、中核技術(ブラックボックス)のローカル配布は、現時点では行わない。
・クラウド上で開発されたコンテンツデータに関する知的財産権は、各国の開発企業に完全に帰属する。
・日本側が管理するのは、あくまで『神経安全プロトコル』と『禁止領域のブロック』のみとする。
「これなら、アメリカ企業も完全な敗北(技術の従属)とは受け取らないでしょう」
ノアが、その条項案を見て満足げに頷いた。
「知財は守られ、いざという時の監査権限はある。ビジネスのプラットフォームとしては十分機能します」
「業界には、『我々は無秩序な自由開発より、安全で法的に保護された巨大な市場を優先したのだ』と説明しなさい。……クレームは全て私が受けるわ」
ヘイズは、大統領としての責任を引き受けた。
「ロシアは激しく抵抗するでしょうね」
エレノアが、国際会議での紛糾を予測する。
「適当に話を付けてちょうだい。ロシアは過激なフルダイブ市場を欲しがるでしょうけど、完全に孤立して正式な世界市場から締め出されるリスクも理解しているはずよ。彼らは最終的には、渋々ながらもこのルールに乗るわ」
「中国はどうしますか?」
ノアが問う。
「彼らは必ず、思想教育用や国民監視のための『中国独自サーバー』の設置を求めてくるわね。……却下よ」
ヘイズは一刀両断にした。
「EUは、人権と倫理の観点から独自の監査権限を要求してきます」
エレノアが続く。
「それは受け入れられる範囲で入れなさい。EUの連中には、適当に“倫理監査枠”という名誉ある椅子を与えておけば黙りやすいわ。……でも、開発の中核(コア)は絶対に渡さないようにね」
◇
長時間の激論が終わり、会議の決定事項が次々とシステムに記録されていく。
ヘイズ大統領は、分厚い資料の束をパタンと閉じた。
彼女は、円卓を囲むメンバーたちを見回し、少しだけ疲れたように、だが確かな安堵を込めて言った。
「……核融合炉は、アメリカの隔離施設で安定稼働し、理解が進んでいる。
退役軍人たちは、人工義肢によって再び自分の足で歩けるようになった。
フルダイブという最悪の劇薬は、日本のクラウド管理という強固な金庫に押し込めて、闇市場化を防ぐ道筋がついた」
ヘイズは、小さく息を吐き出した。
「ノア。……今日は、かなり良い日ね」
「ええ、大統領。かなり良い日です」
ノアも、穏やかな笑顔で同意した。
「人類が自滅せずに、これほどの超技術を少しずつ消化できている。奇跡的なバランスですよ」
ヘイズは、再び深く溜め息をついた。
「……どうして、これほど『良い報告』ばかりなのに、こんなに死ぬほど疲れるのかしら」
「相手がアンノウン由来技術だからです」
エレノアが、氷のような声で即答した。
「便利な答えね」
ヘイズが皮肉る。
「正確です」
エレノアは一切表情を変えずに返した。
ヘイズは、苦笑しながら立ち上がり、エレノアに最終指示を出した。
「日本政府に伝えてちょうだい。
アメリカは、13m級教育炉の民間電力網に向けた限定的なマイクログリッド接続試験を承認する。
人工義肢については、退役軍人支援目的に限り継続。イギリスとフランスへの限定貸与に同意。EU全体への共有は保留。
フルダイブについては、日本のクラウド管理案を基本支持する。ただし、緊急条項と独立監査枠を入れることが条件、とね」
「了解しました、大統領」
エレノアが短く頷く。
「それと……」
ヘイズは、少しだけ恨めしそうな声で付け加えた。
「次回の報告会も、できれば今日みたいに『朗報』から始めてちょうだいね」
「努力します」
エレノアの返答に、ヘイズは目を細めた。
「今のあなたの返答、まったく信用できないわね」
その言葉通り、エレノアは手元の端末を操作し、次回の議題リストを空中に小さく投影した。
その一番上にある文字を見て、ヘイズの顔から完全に血の気が引いた。
「大統領。……次回の議題には、『火星長期滞在実証拠点の初期有人候補者選抜の開始』が含まれています」
ついに、人間を火星に送るための、世界中を巻き込んだ泥沼の「椅子取りゲーム(政治的選別)」が本格的に始まるのだ。
「…………」
ヘイズ大統領は、数秒間完全に無言になり、そして、絞り出すように言った。
「……やっぱり、胃薬を多めに用意しておいて」
アメリカ合衆国の地下深くで、世界の覇権と人類の未来を背負う者たちの、終わりのない苦闘の夜は続く。
神の火を制御し、夢の暴走を食い止め、赤い星へと手を伸ばす。
今日は、間違いなく人類にとって良い日だった。だが、良い日であるほど、明日がより過酷になることを、彼女たちは痛いほど理解していたのである。
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