自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
東京都千代田区永田町、首相官邸。
地下五階に設けられた『特別情報分析室』は、地上の気象や喧騒から完全に切り離され、無機質で冷徹な静寂に包まれていた。分厚い鉛と特殊電磁波吸収材で覆われたこの空間は、日本国の中枢を担う者たちだけが入室を許される絶対の密室である。
円卓を囲むのは、矢崎薫内閣総理大臣を筆頭に、官房長官、外務大臣、経済産業大臣、文部科学大臣、科学技術担当大臣、霧島大悟防衛大臣、そして内閣情報官。
スクリーンの傍らには、この異常な時代において実務の最前線で血を吐き続ける内閣官房参事官・日下部と、いつものように着古した作業着姿でふらりとやってきたかのような男——工藤創一が立っていた。
部屋の隅には、完璧な人工皮膚を持つアンノウン機関所属の『オラクル義体』が、微動だにせず静かに控えている。
「——ジャミング、オン」
日下部が手元の端末を操作し、低く短い声で宣言した。
ブゥン……という、内臓を微かに震わせるような極低周波の駆動音が室内の空気を満たす。テラ・ノヴァの技術を応用した『位相干渉装置』が稼働し、室内の照明が通常の青色から、警戒と秘匿を示す薄暗い赤色へと切り替わった。
「外部ネットワークへの物理的、及び電磁的通信の完全遮断を確認しました」
オラクル義体が、無機質で平坦な合成音声で報告する。
これで、いかなる超大国の諜報網であろうとも、この部屋の音や電磁波を外部に持ち出すことはできなくなった。
矢崎総理は、深く息を吸い込み、円卓の面々を見回した。
そして、視線をスクリーンの横に立つ二人へと向ける。
「日下部さん、工藤さん。……先日の人工天体探索、本当にお疲れ様でした。無事に帰還できたことが、何よりの成果です」
総理の声には、国家の最高指導者としての威厳の中に、二人に対する純粋な労いの響きが含まれていた。
「ありがとうございます。事前の規定通り、遠隔義体での調査に留め、本体の安全を確保した上での帰還です」
日下部が、官僚として完璧なトーンで答える。
「いやー、宇宙の廃ショッピングモールみたいで、なかなか面白い場所でしたよ」
工藤が、休日のお出かけから帰ってきたような気軽な声で言った。
その瞬間、日下部の冷ややかな視線が、工藤の横顔を物理的に刺す勢いで向けられた。
「……工藤さん」
「あ、すみません。表現が少し軽すぎました」
工藤は慌てて首をすくめた。
矢崎総理は、そのやり取りを見て少しだけ苦笑いを浮かべた。
「報告映像と解析データは、すでに目を通しています。星間文明の廃墟と聞いて、我々もどのような恐ろしい軍事施設か、あるいは異形の神殿のようなものを想像していましたが……。確かに、あれは閑散とした商業施設や物流拠点のようでしたね」
総理の言葉に、円卓の閣僚たちも重く頷いた。
「ただ、そこに残されていた情報は、決して軽いものではありませんでした」
外務大臣が、手元の資料をめくりながら深刻な顔つきになる。
日下部がコンソールを操作し、スクリーンに三つの座標データを投影した。
『顧客文明群:SMN系統』
『顧客文明群:GRN系統』
『顧客文明群:ARK系統』
「旧ヴェクター交易圏のステーションに残されていた、かつて彼らと星間取引を行っていた三つの文明の座標です。……しかし、現在の我々の深宇宙スキャナーの観測結果では、これらの座標のいずれにも、活動中の星間文明反応は確認されませんでした」
日下部の冷徹な報告が、会議室の空気を一段と重くする。
「かつては確実にそこに文明が存在し、航路があり、日常の取引が行われていた。それが今、完全に沈黙している。……その事実が意味するものは、極めて重い」
霧島防衛大臣が、腕を深く組みながら唸るように言った。
「ええ。次は、この三つの座標の探索になるのでしょうね」
矢崎総理が、工藤の顔を見上げて問うた。
「はい。実際に行ってみれば、何が起きたのか、どうして反応が消えたのか、何らかの手がかりは掴めると思います」
工藤は、技術者としての探求心を隠そうともせずに答えた。
「ただし、すぐには行きません」
日下部が、工藤の言葉を遮るように即座に釘を刺した。
「えっ、行かないんですか?」
工藤が意外そうに目を瞬かせる。
「行きません」
矢崎総理も、日下部の意見を強く支持した。
「もしその座標に、まだ少数の生存者がいた場合。あるいは、文明は滅びたが、施設を管理する残存AIだけが稼働し続けていた場合。我々はどう対応するのか」
「さらに言えば、救助要請と解釈できる信号を受信した場合や、現行人類の手に余る危険な軍事技術だけが手付かずで残されていた場合、どう処理するのか」
防衛大臣が、安全保障上の最悪のシナリオを次々と挙げる。
「相手が既に国家や文明としての機能を喪失している状態の時、我々という異星文明が不用意に介入してよいものか、という国際法ならぬ『星間法』の倫理的問題もクリアされていません」
外務大臣が、外交的なハードルの高さを指摘する。
「下手にこちらからシステムに触れることで、休眠していた防衛兵器や自律プログラムを危険化させる可能性も十分にあります。不用意な接触は厳禁です」
榛名科学技術担当大臣が、技術的なリスクを補足した。
閣僚たちから次々と繰り出される正論の波状攻撃に、工藤は「なるほど」と頷くしかなかった。
「したがって、次回の調査を実行する前に、あらゆる事態を想定した『接触プロトコル』を政府内で策定します。それまでは、一切の物理的接近を禁じます。……工藤さんも、よろしいですね?」
日下部が、逃げ道を塞ぐように問い詰める。
「はい、分かりました!」
工藤は、非常に素直な、濁りのない声でハキハキと答えた。
そのあまりにも良い返事に、日下部は逆に目を細め、怪訝そうな顔をした。
「……工藤さん。あなたは、こういう公式な会議の時だけ、妙に聞き分けがいいですね」
「え? そうですか? 社会人としてのクセというか……こういうカチッとした会議の場では、ふざけちゃダメだなって本能が働くんで……!」
「いつもふざけないでいただきたいのですが」
日下部が、心底疲れた声で吐き捨てた。
そのやり取りに、矢崎総理と思わず吹き出しそうになった官房長官から、微かな笑い声が漏れた。
「では、その件は日下部さん主導で、関係各省と調整を進めてください。……工藤さんは、プロトコルが固まるまで、勝手に次の座標へ義体を飛ばして下見に行ったりしないように」
総理が、笑顔を収めて念を押す。
「了解です」
「その“了解です”の中に、遠くからスキャンするだけならセーフ、という意味を含めないでくださいね」
日下部が、工藤の思考の抜け道を先回りして塞ぐ。
「……含めません」
「今の間は何ですか」
「何でもないです」
会議室の空気が、少しだけ和んだ。
だが、星間文明遺跡の探索については、これで完全に「保留」の札が貼られた。
◇
「さて。少し話を地球の足元に戻しましょうか」
矢崎総理が、表情を引き締め、手元の資料のページをめくった。
「現在、国内で少々厄介な問題が進行しています」
総理の言葉を受け、御堂経済産業大臣がタブレットを操作し、メインスクリーンに新たな情報を投影した。
そこに映し出されたのは、ここ数日の間に日本国内のニュースサイトやSNSを駆け巡っている、無数の見出しと書き込みのキャプチャ画像であった。
『米国、教育用核融合炉の民間電力接続に成功。安定稼働を確認』
『フランスのITER関連施設でも、13m級核融合炉が試験系統へ接続』
『日本発の次世代エネルギー技術、海外で先行実証の皮肉』
『なぜ日本国内での核融合炉接続はまだなのか? 政府の怠慢か』
『日本の電気代はいつ下がるのか。アンノウン技術の国内還元に遅れ』
「……ご覧の通りです」
御堂大臣が、苦々しい顔で説明を始めた。
「アメリカとフランスで、我々が提供した『13m級教育用核融合炉』の限定的な民間電力系統への接続試験が行われ、成功しました。公式発表はまだ段階的なものに留めていますが、科学界のネットワークや一部メディアの報道を通じて、その事実はすでに国内の一般層にも広く知れ渡り始めています」
「そして、当然の帰結として不満が噴出しているわけですね」
文部科学大臣が、深くため息をつく。
「日本の大学や研究者コミュニティからも、『技術提供元の日本で、なぜ民間接続実証が行われないのか』『我々はいつまでオブザーバー扱いで待たされるのか』という強い問い合わせが連日寄せられています」
「一般の国民感情からすれば、『自分たちの国の天才が作った技術なのに、なぜアメリカやフランスが先に街の電気を点けているんだ。日本政府は何をやっているんだ』と見えるのでしょう。これは、政治的な求心力において非常に良くない流れです」
官房長官が、世論の悪化を危惧して言った。
円卓の視線が、自然と日下部へと集まる。
日下部は、その視線を真正面から受け止め、静かに口を開いた。
「正確に言えば、日本政府が何もしていなかったわけではありません。
むしろ、ヤタガラスの内部やアンノウン機関の閉鎖区画においては、米仏を遥かに凌駕するレベルでの試験とデータ蓄積が完了しています。……ただ、我々はそれを『内側』で完結させすぎていました」
日下部の言葉には、官僚としての痛烈な反省が込められていた。
「機密保持と安全管理を最優先するあまり、国民や一般の科学者へ向けた『目に見える形での実証』を意図的に後回しにしてしまった。その情報格差が、現在の不満の根本原因です」
「さらに正直に申し上げるなら」
御堂大臣が、自嘲気味に付け加える。
「我々政府側が、アンノウン技術の異常な利便性に甘えていた部分もあります。海道グループに依頼すれば、核融合炉の施設など半日もあれば建ってしまう。いつでもできるからこそ、急いで表向きの施設を作る必要性を感じず、放置していたに近い状態でした」
「雑に強いですね」
工藤が、全く悪気のない声で、事実を端的に表現した。
「工藤さん、その“雑に”という言い方はやめてください。我々の怠慢が際立ちます」
日下部が、頭を抱えるようにして突っ込んだ。
◇
「反省はここまでよ」
矢崎総理が、ピシャリと場の空気を引き締める。
「国民が不満を抱いているなら、我々はそれに応える『目に見える結果』を提示しなければならない。……御堂大臣、プランはありますね?」
「はい」
御堂経産大臣が、スクリーンに一枚の建築予定図を投影した。
「国内向けに、13m級教育用核融合炉を使用した『公開実証発電施設』を建設する案です」
表示されたのは、洗練されたデザインの巨大なプラント施設のパース図だった。
「場所の選定は、すでに完了しています」
御堂大臣が、地図上の一点を指し示す。
「表向きの名称は『政府指定次世代エネルギー実証特区』とします。
周辺人口が少なく、万一の際の退避が容易であること。既存の特別高圧送電網へ、他系統から完全に隔離した状態で接続しやすいこと。大型モジュールの搬入が可能な港湾施設や物流導線が確保されていること。
そして何より、国内外のメディアを受け入れ可能な見学区画の設置と、防衛省主導の最高レベルの警備体制を敷くことが容易な地盤の安定した土地です」
「建設の工期は?」
総理が問う。
「GOサインが出れば、海道グループの技術部が即日、作業に入ります」
御堂大臣は、信じられないような数字を口にした。
「炉本体の搬入、安全確認、そして初期の接続試験まで含めて……三日程度で施設の完成と実働が可能です」
「三日」
官房長官が、思わず鸚鵡返しに呟いた。
「三日で、核融合炉の発電施設が建つのですか……」
防衛大臣が、軍事基地の建設工期を基準に考えて、唖然とした顔をする。
「建ちますよ」
工藤が、まるでプラモデルの組み立てを語るような軽さで口を挟んだ。
「炉の本体は、すでにアンノウン機関の地下工場で規格化済みのモジュールとして完成しています。現地でゼロからチタンを削ったり、コイルを巻いたりするわけじゃありません。
炉心モジュール、ブランケット、熱交換器、タービン、制御室、安全遮断系、そしてそれらを覆う建屋。これらをブロックのように現地に運び込み、組み上げるだけです」
「建設ロボット群による、超高速自律施工ですね」
榛名科学技術担当大臣が、技術の全貌を補足する。
「はい。海道グループの現場チームは、ヤタガラスの内部改修や地下プラントの増設で、あのロボット群の扱いを完全にマスターしています。正直、その辺のゼネコンより手際が良くて、見ていて気持ちいいくらいですよ」
工藤が、自らの技術を完璧に使いこなす日本の企業を誇らしげに語る。
「……一民間企業が、アンノウン技術の扱いにそこまで慣れきっているというのも、それはそれで怖いのですがね」
日下部が、国家による統制の限界を感じて薄く息を吐いた。
◇
「総理」
文部科学大臣が、一つの提案を口にした。
「この発電施設の建設過程を、ある程度マスコミや一般向けに公開するのはどうでしょうか」
「建設ロボットを見せるのですか?」
防衛大臣が、機密漏洩の観点から即座に眉をひそめる。
「はい」
御堂経産大臣が、文科大臣の提案を強く後押しした。
「自律型建設ロボットの存在は、業界関係者や一部のメディアの間では、すでに『公然の秘密』となっています。海道グループの異常な施工速度を見れば、何らかのアンノウン由来の建設技術が使われていることは誰もが察している。
ならば、今回をその技術の『限定的なお披露目の場』として利用するのです」
「13m級教育用核融合炉という巨大な施設が、たった数日で形を成していく様子をリアルタイムで見せつける。……これは、国民に対して『日本は決して遅れていない、むしろ圧倒的な技術力で動いている』という、強烈なメッセージになります」
外務大臣も、海外へのアピール効果を計算して賛同する。
「工藤さん、安全面と機密保持の観点から見て、ロボットの公開は可能ですか?」
日下部が、技術的な最終判断を求める。
「全然いけますよ」
工藤はあっさりと頷いた。
「見られてマズいのは、構造材の分子レベルでの特殊加工プロセスとか、ロボットを統括する群制御AIの通信プロトコルの部分だけです。外装のパネルを張り合わせたり、基礎構造を組み上げたり、モジュールを搬入して配管を接続するような『目に見える物理的な作業』は、いくらカメラで撮られても、今の地球の技術じゃ真似できませんから」
「なるほど。では、完全な内部構造や制御のコアシステムは見せず、外側からの施工風景と、外部送電設備の構築までに限定して公開する。それならば防衛省としても許容範囲内です」
防衛大臣が、譲歩のラインを引く。
「ただ、現場の映像をそのまま流すだけでは、何が起きているのか一般人には理解できないでしょう。適切な解説が必要です」
日下部が、広報戦略のディテールを詰める。
「人間の広報官に加えて、オラクル義体を中継の技術解説役として同席させるのはどうでしょうか。オラクルであれば、絶対に機密に触れるような余計なことは言いませんし、質問に対する回答の制御も完璧です」
「オラクルが解説すると、あのバケモノみたいな施工技術が、さも『当たり前の簡単な作業です』みたいに聞こえちゃいますよ?」
工藤が、自らの作ったAIの性質を指摘する。
「それは困りますね」
日下部が即座に否定した。
「国民には『とんでもない技術が使われている』という畏怖と期待を持たせなければなりません。オラクルには技術的な補足データのみを提示させ、感情的な煽りや驚きは、人間の広報官が担当する二人体制にしましょう」
「それがベストですね」
矢崎総理も同意した。
◇
「もう一点、広報面で極めて重要な補足があります」
榛名科学技術担当大臣が、表情を引き締めて発言を求めた。
「核融合炉の『発電方式』について、国民とメディアに対する説明を、より明確に、そして具体的に補強するべきです」
「直接発電ではない、という話ですね」
工藤が、技術者としての前提を確認する。
「はい。3m級の完成炉は、プラズマのエネルギーを未知の機構で直接電力に変換する、まさに『魔法の箱』でした。ですが、今回の13m級は違います」
榛名大臣は、スクリーンに炉の構造図を拡大表示した。
「13m級教育用核融合炉は、現代の人類が理解しやすい『熱回収型』の設計となっています。
核融合反応で発生した莫大なエネルギーを、炉壁のブランケットで『熱』として受け止める。その熱を冷却系と熱交換器を通して取り出し、蒸気を発生させて『タービン』を回す。そして、タービンに直結された発電機で電力を作り出し、それを整流・同期して既存の電力網へ流し込む」
「要するに、“お湯を沸かしてタービンを回す”という、昔ながらの発電方式と同じ仕組みを採用しているわけですね」
日下部が、文系官僚にも分かるように要約する。
「その通りです」
工藤が頷く。
「3m級の完全ブラックボックスじゃなくて、既存の地球の発電工学の延長線上で理解できるように、わざとそういうアナログな構造を間に挟んでいるんです。だからこそ、各国の研究者が『自分たちの知識と接続できる』と喜んでいるわけですから」
「このプロセスを、広報資料には絶対に明記してください」
経産大臣が、強く念を押した。
「『魔法のように電気が湧き出てくる箱』と説明してしまえば、世間はこれをオカルトやエセ科学として警戒します。しかし、『究極の熱源でお湯を沸かし、タービンを回して発電する』と説明すれば、どれほど超高度な技術であっても、国民はそれを“現実のインフラの延長”としてスッと受け入れることができるのです」
「教育用核融合炉、という名称にも合致する素晴らしい説明ですね」
文部科学大臣が感心して言う。
「では、広報資料には『ブランケット』『熱交換器』『タービン』『系統同期』のプロセスを明確に記載し、図解を加える。専門家向けの技術開示資料も同時に公開するよう準備してください」
矢崎総理が指示を出す。
「良い判断です。下手に曖昧にぼかすと、必ず陰謀論の的になりますからね」
日下部が、リスク管理の観点から承認した。
「そこはちゃんとやりますよ。俺も技術者なんで、オカルト扱いされるのは嫌ですから」
工藤が、珍しく真面目な顔で請け負った。
◇
「では、発表のタイミングと広報戦略を固めましょう」
官房長官が、政治的なタイムラインの調整に入る。
「現在、国民の間で『なぜ日本は遅れているのか』という不満の声がじわじわと高まりつつあります。この声が完全に『政府への不信感』として定着してしまう前に、手を打たなければなりません」
「不満の声が十分に高まり、メディアがそれを大々的に報じ始めたその『頂点』の瞬間を狙って、総理の緊急記者会見をセットします」
日下部が、世論の波をコントロールする冷酷なシナリオを提示する。
「炎上を逆手に取るのです。不満の熱量が高ければ高いほど、それを一瞬で覆す『国内実証施設の建設開始』という発表は、カタルシスを伴う巨大な希望のメッセージへと変換されます」
「会見の骨子案は、以下の通りです」
官房長官が、スクリーンにテキストを表示する。
『米国およびフランスでの、13m級教育用核融合炉の系統接続成功を、我が国は心から祝福します。
そして同時に、日本国内においても、次世代エネルギー実証施設の建設を本日より開始いたします。
施設は政府指定特区に建設され、限定的な民間電力系統への接続試験を行います。
また、この歴史的な建設過程の一部を公開し、国民の皆様に、次世代エネルギー技術の実証がまさにこの国で進んでいることを、その目で見ていただきます』
「『日本が遅れていた』というニュアンスは一切排除します」
日下部が、言葉の定義を厳格に行う。
「あくまで、『海外での初期実証の成功を受け、満を持して日本国内でも次段階のステップへ進む』という論理を貫きます。アメリカとフランスを同盟国として立てつつ、日米仏の強固な協調実証体制であることを世界にアピールするのです」
「国内向けには、『日本にも地上の太陽が来る』という、分かりやすく力強いフレーズを押し出しましょう」
経産大臣が、キャッチコピーを提案する。
「ただし」
文科大臣が、冷静にブレーキをかける。
「過剰な期待を煽ることは危険です。国民が『明日から電気代がタダになる』と勘違いしないよう、これはあくまで『実証試験』であり、商業化にはまだ多くの安全確認が必要であることを、明確に伝えなければなりません」
「希望を示しつつ、魔法ではないと説明する。……政治の最も難しい仕事ですね」
矢崎総理が、深く頷いた。
◇
「各大臣、この方針について異議はありますか?」
総理が、円卓を見回して最終確認を行う。
「異議ありません。国内産業への波及効果は絶大です。発電施設、建設ロボット、送電設備、熱交換器。アンノウン由来の要素技術が、国内の新たな巨大産業を生み出す起爆剤になります」
経産大臣が、力強く答える。
「教育的効果も計り知れない。完成後には、大学や高専の学生、研究機関向けに、厳格なセキュリティ下での『見学・研修枠』を設けるべきです。教育用炉の名にふさわしい活用法です」
文科大臣が、未来の人材育成を見据えて提案する。
「防衛省としては、特区周辺の警備体制を最高レベルに引き上げます。核融合炉そのものよりも、自律型建設ロボットの挙動や制御系を狙う海外からの諜報工作が活発化するはずです。蟻一匹通さない覚悟で臨みます」
防衛大臣が、厳しい顔つきで決意を述べる。
「外務省は、これを三国協力の象徴として国際社会に発信します。英国、ドイツ、インドなどからの視察要請が必ず殺到するでしょう。それをどう捌き、どう恩を売るか、早急にプランを練ります」
外務大臣が、外交カードとしての活用を算段する。
「異議なし、ですね」
矢崎総理は、全員の合意を確認し、最後に工藤の方を見た。
「工藤さん。技術的な面で、何か問題や懸念はありませんね?」
「特に問題ないですよ」
工藤は、いつものように軽く答えた。
「13m級なら、すでに米仏の施設でシステム的な安定は確認できていますし、海道グループの施工精度も完璧に安定しています。炉自体も教育用として現代の地球の理解レベルに合わせてあるので、想定外のバグが起きる確率はほぼゼロです」
「それは結構です」
日下部が、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。
「ただし、工藤さん。……今回は、絶対に『派手な追加機能』を勝手に入れないでくださいね」
「追加機能?」
工藤が、きょとんとした顔をする。
「例えば」
日下部は、この男がやりがちな斜め上のサービス精神を先回りして潰しにかかる。
「ついでだからと、周辺地域をまるごと賄える完全自立型のエネルギー都市機構を地下に埋め込んだり。熱効率を上げるために、タービンを説明のつかない謎の直接変換装置にコッソリ置き換えたり。……あるいは、見栄えを良くするために、施設全体を無駄に青白く発光させたり」
「えっ、見た目を光らせるのは駄目なんですか?」
工藤が、本気で残念そうな声を出した。
「駄目です」
日下部が即答する。
「でも、地上の太陽ですよ? ちょっとくらいSFっぽく光った方が、見てる国民もテンション上がるじゃないですか!」
「広報の演出は、政府の広報担当とオラクルがプロジェクションマッピング等で考えます。物理的に発光する謎の建材を使わないでください。周辺住民から苦情が来ます」
二人の漫才のような、しかし本気で国家の命運を左右するやり取りに、矢崎総理は思わず小さく笑い声を立てた。
「工藤さん」
総理は、優しいが、決して譲らない口調で語りかけた。
「今回は、国民を『驚かせる』ための実証ではありません。未知の技術が、安全に、我々の日常のインフラに溶け込んでいく過程を見せ、国民に『安心してもらう』ための実証なのです。どうか、信頼を得ることを最優先にしてください」
工藤は、総理のその真摯な言葉に、少しだけ照れくさそうに頭を掻いた。
「はい。分かりました」
「日下部さん。会議中だけでなく、施工中も、彼がその聞き分けの良さを維持できているか、しっかりと監督をお願いしますね」
総理が、日下部に重い役割を丸投げする。
「……努力します」
日下部が、胃薬の箱を握りしめながら呻くように答える。
「努力ではなく、遵守させてください」
総理が、微笑みながら厳しい要求を突きつける。
◇
「では、決裁します」
矢崎総理が、円卓の中央に置かれた書類の束に手を置き、力強く宣言した。
「国内向け『13m級教育用核融合炉公開実証発電施設』の建設を承認する。
発表のタイミングは、国民の関心が最も高まった瞬間を見計らい、官邸が主導する。
……日本にも、地上の太陽を」
全員が、深く頷いた。
会議は、これまでにないほど前向きな、確かな希望を帯びた空気の中で終了した。
閣僚たちが次々と退室していく中、日下部は工藤を引き止め、小声で念を押した。
「工藤さん。人工天体探索、国内核融合炉施設建設、フルダイブ開発環境の管理、そして火星プロジェクト。現在、全てが同時進行で動いています。
……お願いですから、これ以上、勝手に新しい案件(オーパーツ)を増やさないでくださいよ」
「増やしてないですよ」
工藤は、不満げに口を尖らせた。
「ほら、さっきの宇宙ステーションだって、買ってないじゃないですか」
「買っていたら、今頃会議どころではなく、私が過労で物理的に消滅しています」
日下部が、冷たい目で睨む。
「でも、結構いい物件だったし、お買い得そうだったから、ちょっと惜しかったですね」
工藤が、未練がましく呟く。
「一ミリも惜しくありません」
日下部は、一切の感情を排して切り捨てた。
「宇宙ステーションですよ? 宇宙のロマンですよ?」
「……帰ります」
日下部は、これ以上この男のペースに巻き込まれるのを拒絶し、足早に特別情報分析室の出口へと向かった。
後に残された工藤は、閉まっていく防音扉を見送りながら、「日下部さん、最近ツッコミが鋭くなりすぎじゃないかな……」と、一人ごちていた。
星間文明の廃墟から持ち帰った三つの座標は、まだ静かに、日本政府の最高機密フォルダの奥底で眠っている。
そこに何が残っているのか。
滅びた文明の墓標なのか。眠ったままの救難信号なのか。あるいは、人類がまだ触れてはならない、深淵の闇なのか。
その答えを急ぐことは、今はまだ許されない。
今、人類が向き合うべき奇跡は、もっと足元にあるのだ。
火星へ向かって突き進む船。
人間の認識を書き換えようとするフルダイブの夢。
失われた手足を取り戻す人工義肢。
そして、ついに地球の大地に降り立とうとしている、地上の太陽。
アメリカの広大な砂漠で、フランスの歴史ある施設で、静かに灯った小さな太陽の炎。
それに続き、日本もまた、自らの国土にその火を迎える準備を始める。
それは、アンノウンの奇跡をただ暗闇に隠し、一部の特権階級だけで独占する段階から、白日の下で、国民の目の前で実証し、社会のインフラとして組み込んでいく、新しい段階への不可逆的な前進であった。
奇跡の実証試験。
その次なる舞台は、日本国内の特区に建設される、わずか十三メートルの地上の太陽である。
人類は今、神の火を自らの手で飼い慣らすための、壮大なるチュートリアルに挑もうとしていた。
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