自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
東京都千代田区永田町、首相官邸。
地下五階に設けられた『特別情報分析室』の空気は、今日も冷徹な無機質さに支配されていた。分厚い鉛と特殊電磁波吸収材に守られたこの空間は、日本国の中枢を担う者たちだけが入室を許される絶対の密室である。
円卓を囲むのは、矢崎薫内閣総理大臣を筆頭に、日下部内閣官房参事官、榛名理人科学技術担当大臣、御堂周作経済産業大臣、外務大臣、そして環境省の事務次官と内閣情報調査室の幹部たち。
スクリーンの傍らには、いつものように着古した作業着姿の工藤創一と、彼を補佐する工場管理AI・イヴのホログラム投影、さらに会議の記録と補助を担う一体のオラクル義体が静かに控えている。
本日の会議のタイトルは、スクリーンに控えめに表示されていた。
『海道重工・深海レアメタル事業に関する追加技術提案』
フルダイブ技術や火星コロニー構想、果ては銀河コミュニティといった、人類の認識を根底から揺るがすような超弩級の案件が続いていたせいか、参加者たちの顔にはどこか「今日は比較的平和な実務連絡だろう」という油断の色が見え隠れしていた。
無理もない。海道重工が手掛ける南鳥島沖の深海レアアース泥の採掘と精錬事業は、すでに国家秘密特許の庇護のもとで安定して稼働しており、日本の資源安全保障を支える盤石な基盤として定着しているからだ。
だが、この部屋にいる者たちは皆、その「裏の事情」を共有している。
あの深海レアメタルプラント船『かいどう』で行われている事業は、テラ・ノヴァという異星の次元ゲートから持ち込まれた莫大な資源を、「日本近海の深海から採れました」と偽装するための壮大なカバーストーリー(舞台装置)に過ぎないということを。
「それでは、本日の会議を始めます」
日下部が、手元の資料を軽く整えながら口を開いた。
「今回は、工藤さんからの持ち込み案件と伺っていますが」
「はい、そうなんです」
工藤は、まるで休日のDIYの成果を報告するような、場違いなほど軽いノリで一歩前に出た。
「海道重工さんにやってもらってる深海レアメタルのカバーストーリー案件なんですけど。あれ、今の俺の技術ツリーの進行度なら、嘘じゃなくて『本当』にできるんじゃないかなって思いまして」
矢崎総理が、少しだけ目を細めて聞き返した。
「……本当に、とは?」
「今までみたいにテラ・ノヴァから掘った資源をこっそり混ぜて水増しするんじゃなくて、マジで日本の深海の泥から、レアメタルだけを綺麗に抽出できるんじゃないかなってことです」
工藤は、傍らのイヴに視線を向けた。
「この前、イヴと一緒に技術ツリーのインデックスを検索してたら、それにぴったりのやつがすでに解禁済みだったのを思い出したんですよ」
日下部が、端末を操作しようとしていた指をピタリと止めた。
「……何という技術ですか?」
「『元素分離・完全リサイクル炉』ってやつです」
工藤は、あっけらかんと答えた。
「廃棄物とかスクラップ、廃家電、廃車、建設廃材、電子ゴミ、汚泥、スラグ、海洋プラごみ……あとはもちろん深海レアアース泥なんかを、ある程度前処理して突っ込むと、中身を元素単位で分解して分離してくれるんです。鉄、銅、アルミ、レアメタル、ケイ素、炭素素材とかに、綺麗に分けて再資源化する装置ですね」
会議室が、水を打ったように静まり返った。
空調の微かな稼働音だけが、耳障りなほど大きく聞こえる。
「……何も無いところから無尽蔵に資源を生み出す魔法じゃありませんよ? あくまで、そこに含まれてるものを分けるだけです。だから機能としてはかなり地味なんですけど……深海から泥をドカドカ汲み上げて片っ端から処理していけば、普通にレアメタルを抽出できると思います。便利でしょ?」
工藤は、沈黙の意味を理解できず、さらに言葉を重ねた。
日下部は、ゆっくりと手元の資料を閉じ、極めて冷酷な、そして深い疲労を孕んだ視線を工藤に向けた。
「工藤さん」
「はい」
「今、それを『地味』と仰いましたか」
「はい。だってただのゴミ処理と分別機ですから」
日下部は、無言のまま手元のコンソールに指を這わせた。
「……ジャミングオン」
ブゥン……という重低音が響き、室内の照明が一瞬にして警戒の赤色へと切り替わった。
それまで「今日は平和な日だ」と油断していた閣僚たちの背筋が、強烈な電流を流されたように跳ね起きた。
◇
外部へのあらゆる情報漏洩が完全に遮断された密室の中で、矢崎総理が額を押さえながら尋ねた。
「日下部さん。……そこまでですか」
日下部は即答した。
「そこまでです。総理、これはただのゴミ処理装置ではありません。……世界の資源外交と市場の前提を、根底から破壊する装置です」
「ええ? でも、ゴミを資源に戻すだけですよ?」
工藤が、本気で不思議そうに首を傾げる。
「その“だけ”で、どれだけの国と企業と市場が死ぬと思っているんですか」
日下部は、工藤の技術的無邪気さを冷徹に一刀両断した。
「一つずつ整理しましょう」
日下部は、ホワイトボードのホログラムを空間に展開した。
「第一の影響。……深海レアメタルのカバーストーリーが、後から『本物』になります」
日下部は、円卓の面々を見回した。
「我々はこれまで、海道重工のプラント船を隠れ蓑にして、テラ・ノヴァの資源を『国産レアメタル』として市場に供給してきました。ですが、この『リクレーマー(元素分離炉)』を使えば、本当に深海の泥から必要な資源を抽出できるようになります。つまり、嘘だった舞台装置に、本物のエンジンが積まれるということです」
「それは、我々にとっては都合が良いことなのでは?」
矢崎総理が問う。
「悪くはありません。むしろ、都合が良すぎます」
日下部が、眉間を揉みながら答える。
「第二の影響。……これが最も深刻です。経産省、環境省の皆様はお気づきですね」
日下部に話を振られ、経産省の幹部が青ざめた顔で立ち上がった。
「……国内に眠る、莫大な『都市鉱山』が、文字通りの資源鉱床に化けます」
廃家電、スマートフォン、EVの使用済みバッテリー、太陽光パネル、工業スラグ、焼却灰、そして下水汚泥。
これまでも「都市鉱山」と呼ばれ、資源の宝庫であることは知られていた。だが、それを回収し、分解し、化学的に処理して高純度のレアメタルを取り出すには、膨大なコストとエネルギーが必要であり、採算を合わせるのは至難の業だった。
だが、このリクレーマーが投入されれば、そのコストと手間の壁が一瞬で消滅するのだ。
「国内の廃棄物ストックが、そのまま戦略資源の備蓄へと反転します。これはもはや、環境リサイクルの話ではありません。国家の資源安全保障そのものが、根本から書き換わります」
経産省幹部の声は、興奮と恐怖で震えていた。
環境省の事務次官も、血走った目で続く。
「最終処分場の意味が、今日この瞬間から完全に変わります。ゴミを埋めて隠す場所ではなく、未来の資源を一時的に保管する『鉱床』として再定義しなければなりません。産廃行政、海洋プラスチック問題、焼却灰の処理スキーム……我が省が抱える何十年もの前提が、すべて覆ります」
同席していた財務省の担当者が、計算機を弾くような目で口を挟んだ。
「出力された資源に対する課税区分と、廃棄物処理業者の許認可スキームを根本から見直す必要が……」
「今、それを言うのはやめてください。話がややこしくなります」
日下部が、財務省の暴走を冷たく制止した。
「そして第三の影響」
内閣情報調査室の幹部が、最も生々しい国際政治の火種を盤面に置いた。
「中国の『レアメタル・カード』が、完全に無効化されます」
現在の中国指導部は、オリジナル医療用キットへの渇望から、日本に対して極端な『最優先・融和路線』を取っている。歴史認識の転換、尖閣諸島の完全譲渡級の譲歩、関税撤廃、そして何より、レアメタル市場の開放と安定供給を最強の外交カードとして日本に提示し、自陣営へ誘い込もうとしている。
だが、日本がこのリクレーマーによって資源の完全な自給自足、あるいは都市鉱山からの無限の循環サイクルを確立してしまえば、中国が切っているその最大のカードの価値は、ただの紙切れへと暴落するのだ。
「中国側は、この技術の存在を知れば、確実に反応します」
内調幹部が警告する。
「抗議してくるでしょうか?」
矢崎総理が問う。
「いいえ」
日下部が即答した。
「抗議などという悠長なことはしません。まず、全力で『欲しがり』ます。どんな手を使ってでも」
「渡せませんね」
榛名科学技術担当大臣が、きっぱりと言い切った。
「ええ、絶対に渡せません」
日下部も同意する。
その理由は、単純な資源覇権の問題だけではない。技術的な致命的リスクが潜んでいるからだ。
「中国は過去に、我々のアンノウン医療技術を強引に模倣しようとし、結果として『制御不安定な中国製マイクロマシン』を生み出しました」
榛名大臣が、科学的な懸念を口にする。
「この元素分離炉は、投入された物質を極限まで分解する装置です。もし、中国が技術を手に入れ、その制御不良のマイクロマシンが混入した素材を無理やり炉に放り込めば……炉内での異常反応、あるいは予測不能な『炉内汚染』や暴走を引き起こすリスクが極めて高い」
「技術が欲しいからといって、安全基準を無視して制御できない微細機械を混ぜたスクラップを平気で投入しかねない国に、こんなブラックボックスを置くことは絶対に不可能です」
日下部が、冷酷な外交判断を下す。
「隔離プロトコルを厳密に設定して、危険物を弾くようにすれば……」
工藤が、技術屋としての解決策を提示しようとする。
「彼らが、その『隔離プロトコル』を素直に守り続ける保証がどこにありますか?」
日下部が一刀両断にする。
「……ああ、それは駄目ですね」
工藤も、人間という生き物の業の深さを思い出し、素直に諦めた。
「今、ようやく理解しましたか」
日下部が深い溜め息をつく。
◇
「では、この『リクレーマー』の技術的な仕様と危険性について、改めて正確に整理しましょう」
榛名大臣が、科学的な事実の確認に入る。
「イヴさん、詳細なプロトコルを表示してください」
「了解しました」
イヴのホログラムが、空間に詳細なフローチャートを展開する。
【元素分離・完全リサイクル炉(リクレーマー)処理工程】
一、投入物スキャン(分子・元素レベルでの構造解析)。
二、危険物・生体物・放射性物質・制御不能微細機械の検知および自動排斥。
三、物理的粉砕・乾燥・分類。
四、高エネルギー分離場による元素・素材単位の分解。
五、有用元素の高純度回収。
六、有害残渣の不活性化および封止。
七、出力物の純度検査。
八、異常検知時は炉内完全隔離および緊急停止。
「工場で言うと、廃棄物処理ラインと資源回収ラインを一体化して、限界まで高効率化した感じですね」
工藤が、分かりやすく補足する。
「工場の言葉で言うと、まるで町工場の新型プレス機か何かのように軽く聞こえるのでやめてください」
日下部が頭を抱える。
「出力される資源の純度はどの程度ですか?」
榛名大臣が、最も重要なスペックを問う。
「投入する素材の質にもよりますが、通常の工業利用には十分以上の純度が出ます。そのままバッテリー工場や半導体のラインに流せるレベルです」
工藤が胸を張る。
「ただ、医療用デバイスや宇宙用の精密機器に使う場合は、念のため後段にもう一つ品質保証ライン(精製工程)を通した方が確実ですね」
「……つまり、出力された時点で『通常工業用』『宇宙用』『医療用』で等級分けする品質管理のルールが必要になるわけですね」
経産省幹部がメモを取る。
「また新しい法制度が増えましたね」
日下部が、未来の自分の残業時間を想像して呻く。
環境省の事務次官が、おずおずと手を挙げた。
「あの……完全にすべての物質が有用な資源に変換されるわけではないのですよね? 有害な残渣(ゴミ)は、やはり出るのですか?」
「はい、ゼロではないです」
工藤が正直に答える。
「いくらアンノウンの技術でも、無から有は作れませんし、有を無に消し去ることもできません。含まれていない元素は出せないし、どうしても再利用できない有害なカスは残ります。ただ、それも安全なガラス固化体みたいな形で、完全に安定化・封止して出力することはできます」
その言葉を聞いて、日下部は少しだけ、本当に少しだけ安堵の表情を見せた。
「……それは良かったです」
「えっ、ゴミが出る方がいいんですか?」
工藤が不思議そうに首を傾げる。
「はい。何でもかんでも跡形もなく完全消滅させるような『魔法の消滅装置』よりは、物理法則の理にかなった『極めて優秀な分別機』である方が、国際社会や科学者に対しても遥かに説明がつきやすいからです」
日下部は、外交的な言い訳のしやすさを何よりも重んじていた。
◇
「では、この装置を世に出すための『カバーストーリー』を決定します」
日下部が、ホワイトボードの表示を切り替えた。
「当然ですが、『どんなゴミでも元素レベルで分離できる完全リサイクル炉です』などとバカ正直に発表すれば、世界中の市場がパニックを起こし、資源国が暴動を起こします」
「表向きの名称はどうしますか?」
矢崎総理が問う。
「『海道式深海精錬法・第二世代処理モジュール』、あるいは国内向けの行政資料上では『戦略資源再生実証システム』と呼称します」
日下部が、極めて官僚的で退屈な名前を提示する。
「隠すべき情報と、出すべき情報を明確に分けてください」
総理の指示に、日下部がリスト化する。
【表向きに出す情報】
・既存の深海レアアース泥の処理効率が飛躍的に向上したこと。
・レアメタルの抽出量増加と、処理残渣の大幅な削減。
・廃バッテリーや廃電子機器など、一部の「都市鉱山」への応用可能性の実証開始。
・国家秘密特許に指定し、政府指定企業(海道重工)のみが運用すること。
【絶対に隠す情報】
・元素単位での高精度完全分離という「原理」。
・アンノウン由来の技術であること。
・装置の制御中核(ブラックボックス)。
・高エネルギー分離場の仕組み。
・中国製マイクロマシンの暴走リスクを警戒しての技術秘匿であるという政治的背景。
「表向きは、あくまで『深海資源処理技術の正当な進化』です。内部の運用者だけが、これを『リクレーマー』と呼びます」
日下部が決定を下す。
「リクレーマー。いい名前ですね、アメコミみたいで」
工藤が嬉しそうに言う。
「気に入らないでください。あなたが気に入ると、絶対に量産してあちこちに置きたがるでしょうから」
日下部が冷たく先回りする。
「便利だから、いずれは各都道府県のゴミ処理場に一台ずつくらい……」
「今は一台からです。絶対に増やさないでください」
御堂経産大臣が、実務的な懸念を口にする。
「しかし、このカバーストーリーを機能させるには、海道重工に協力を仰がねばなりません。彼らに、どこまで真実を明かしますか?」
「海道重工には、我々の書いた脚本通りに動いてもらいます」
日下部が、迷いなく答えた。
「彼らはこれまでも、テラ・ノヴァ由来の資源を『深海から採掘した』と偽装する泥被りの役割を完璧にこなしてきました。今回も『第二世代モジュールのテスト』という名目でプラント船に搭載させます。彼らの経営陣なら、これが世界をひっくり返す代物だと一瞬で理解しつつも、決して余計な詮索はせず、政府の意向通りに完璧な秘匿運用を遂行するはずです」
「前回は『採れているように見せる』仕事でしたが、今回は『採れすぎないように見せる』仕事になりますね」
矢崎総理が、皮肉っぽく微笑む。
「ええ。市場を壊さないよう、少しずつ『嘘の比率』を下げ、本物の資源の割合を増やしていく。その緻密な流量調整も、彼らなら問題なくこなせるでしょう」
日下部は、海道重工という企業のしたたかさを高く評価していた。
◇
「では、国内における実証計画のフェーズを決定します」
日下部が、ホワイトボードにロードマップを書き出す。
【フェーズ0:完全秘匿試験】
場所は、ヤタガラスの内部、またはアンノウン機関の完全に外界から隔離された閉域試験区画。
投入するサンプルは、深海泥、廃スマホの粉砕物、使用済みリチウムイオン電池、古い太陽光パネル、建設廃材、工業スラグ、焼却灰、海洋プラスチック混合物など。
これらを処理し、出力純度、処理速度、排熱量、残渣の安全性、そして『ナノマシン混入時の隔離プロトコル』が完璧に機能するかをテストする。
【フェーズ1:海道重工プラント船への限定搭載】
プラント船『かいどう』に、リクレーマーを一基のみ搭載する。
ここで初めて、本物の深海泥由来の資源を抽出し、テラ・ノヴァ産資源と少しずつ混ぜて出荷を始める。
【フェーズ2:国内都市鉱山実証】
いよいよ、国内の廃棄物を資源に変えるフェーズだ。
候補地として、廃家電・電子ゴミの巨大集積地、使用済みEVバッテリーの回収拠点、耐用年数を迎えた太陽光パネルの廃棄地域、そして工業地帯のスラグ処理場や下水汚泥処理施設が挙げられる。
このフェーズ2の構想を改めて確認し、環境省の事務次官が青ざめた顔で頭を抱えた。
「……産廃行政の前提が、すべて覆ります。今まで『どうやって安全に埋めて隠すか』だったものが、『どうやって資源として奪い合うか』に変わる」
対照的に、経産省の幹部は前のめりになって目を輝かせた。
「国内の資源安全保障が、完全な循環型モデルへと劇的にシフトします! ゴミ山が宝の山になるのです!」
財務省の担当者が、電卓を叩きながら呟く。
「出力されたレアメタルの資産価値に対する課税と、自治体からの処理委託費用の相殺モデルをどう構築すべきか……」
「全員、落ち着いてください」
日下部が、机を叩いて彼らの暴走を止めた。
「今はまだ、制度を作る前に、この技術が社会に落ちた時に『どう燃え上がるか』の火種を確認している段階です。急いで法律を書かないでください」
◇
「さて。中国への対応は、先ほど『当面は出さない』と決定しました」
矢崎総理が、最も神経を使う外交の盤面へと視線を移す。
「では、アメリカに対してはどうしますか?」
完全秘匿を貫くか。
それとも、恩を売るために共有するか。
日下部は、手元の資料を一枚めくり、冷徹な外交官の顔で提案した。
「アメリカには、限定的に開示します」
理由は単純にして明白だった。
アメリカはすでに、火星計画、月面基地、フルダイブのクラウド管理、グラス・アイ(監視システム)、そして核融合炉といった、アンノウン技術の深淵を日本と共に覗き込み、そのブラックボックスの管理リスクを共同で背負っている。
そして何より、アメリカは中国のレアメタル供給網(サプライチェーン)に対する過度な依存から脱却することを、国家の最重要課題の一つとしている。
「アメリカは、このリクレーマーを喉から手が出るほど欲しがります」
日下部が断言する。
「ですが、ヘイズ大統領にいきなりこの爆弾を投げつけるのは、少々酷ではありませんか? 彼女は今、大統領選挙と火星問題でパンク寸前のはずです」
外務大臣が、同盟国のトップの胃痛を気遣う。
「ですから、ヘイズ大統領には直接は投げません」
日下部の口元が、わずかに歪んだ。
「アメリカ側の深部実務ライン……ノア・マクドウェル氏と、CIA長官のエレノア・バーンズの二人に向けて、先に限定開示を行います」
「あの二人なら、ただの便利なリサイクル技術などという牧歌的な受け取り方は絶対にしない、と?」
矢崎総理が問う。
「はい。彼らなら、これが資源安全保障の究極のカードであり、中国への強烈な牽制であり、軍需スクラップの処理からレアメタル備蓄まで、すべてをひっくり返す『戦略兵器』であることを一瞬で理解します。その上で、大統領の胃へのダメージを最小限に抑えるよう、完璧にパッケージングして上に報告してくれるはずです」
「アメリカ側も、当然『よこせ』と言ってくるでしょうね」
榛名大臣が予測する。
「言わせるのです」
日下部の目が、冷酷に光った。
「欲しがらせて、こちらから『条件付き』で提案するべきです。売却ではありません。あくまで『貸与・共同運用』です」
スクリーンに、アメリカへ突きつけるための強烈な縛り(条件案)が羅列される。
【対米提供条件(案)】
・所有権は完全に日本側が保持。
・分解、解析、移設は一切禁止。
・投入する廃棄物の事前の登録制。
・日本側から派遣するオラクル義体による常時監査。
・中国系・ロシア系企業および技術者の接触禁止。
・出力された資源の用途報告の義務化。
・軍事スクラップ等、機微な物資を処理する際は、米国側の責任者の立ち会いを必須とする。
・中核部への物理的・電子的アクセスは完全にブロックする。
「……これ、技術を売るというより、完全に『我々の手のひらの上で使わせてあげる』という扱いですね」
工藤が、そのエグい契約内容に引いたような声を出す。
「外交とは、そういうものです」
日下部が、事も無げに言い切る。
◇
会議の終盤。
言葉での説明だけでなく、実際にその効果を確認するため、ヤタガラス内部の閉域試験区画の映像がスクリーンに映し出された。
画面の中央には、マットブラックに塗装された、巨大なプレス機のような無骨な装置が鎮座している。
それが『リクレーマー』のプロトタイプだった。
ロボットアームが、投入口に向けて次々と「実験用サンプル」を放り込んでいく。
古いスマートフォンが数十台。膨張した小型リチウムイオン電池。緑色の廃基板。深海から採取された泥のサンプル。そして、薄汚れた海洋プラスチックの混合物。
装置は、派手に発光することも、火花を散らすこともなかった。
爆音も鳴らない。ただ、低い駆動音と、強力な冷却系が空気を吸い込む「シューッ」という音が響き続けるだけだ。
工藤は、まるで全自動洗濯機でも眺めるように、コーヒーを飲みながら普通に見ている。
だが、円卓の官僚たちは、全員が息を呑んでモニターを凝視していた。
数分後。
装置の反対側にある出力トレイが、静かにスライドして開いた。
そこには、インゴット状、あるいは粉末状に整えられた、純度の極めて高い物質が、種類ごとに分類されたカートリッジに収まって並んでいた。
鈍く光る銅。
銀白色のアルミニウム。
煌めく金の粒子。
リチウム。コバルト。ネオジム。
純度の高いケイ素。炭素素材。
そして、再利用不可能な物質が完全に不活性化され、ガラス状に封止された「有害残渣カートリッジ」。
「……」
経産省の幹部が、震える手で画面を指差した。
「本当に……。これが、都市鉱山の、完全な姿……」
「最終処分場という言葉の意味が、今日で終わりましたね」
環境省の幹部も、魂を抜かれたように呟く。
「これが、あの泥とゴミの山から生み出されたのですね」
矢崎総理が、畏敬の念を込めて言った。
「はい。総理」
日下部が、冷たい声で現実へ引き戻す。
「そして、ここからが地獄です」
「でも、ちゃんと資源になりましたよ?」
工藤が、不思議そうに振り返る。
「だから地獄なのです」
日下部は、世界中の欲望がこの地味な機械に群がり、市場を破壊し、利権を巡って血みどろの争いを始める未来を完璧に幻視していた。
◇
「では、最終方針を決定します」
日下部が、本日の会議の総括を行う。
一、リクレーマーは、国内の完全秘匿試験から開始する。
二、表向きの名称は「海道式深海精錬法・第二世代処理モジュール」とする。
三、海道重工のプラント船『かいどう』へ一基のみ限定搭載し、偽装運用を開始。
四、都市鉱山への応用は、国内実証事業として極めて慎重に段階的に開始する。
五、中国には、当面一切の情報を出さず、技術提供も行わない。
六、欧州、サウジアラビア、その他の国へも情報は秘匿する。
七、アメリカに対しては、ノア・マクドウェル氏とエレノア・バーンズ長官のラインへ限定開示を行う。
八、アメリカへの提案は売却ではなく、厳格な監査を伴う「貸与・共同運用」とする。
九、正式な計画名は『日米戦略資源再生共同実証計画(案)』とする。
「以上です。異議はありますか」
「ありません」
矢崎総理が、深く頷いた。
「また、我々から世界へ、新しい火種を持ち込む形になりますね」
「後から知られて『隠していたのか』と不信感を持たれ、無秩序に要求されるよりは……我々が完全に主導権を握った状態で、先に強烈な条件の鎖をつけて差し出す方が、はるかに管理が容易です」
日下部が、冷徹な外交官の顔で言い切る。
「主導権を、絶対に日本側に残すためですね」
榛名大臣も同意する。
「なるほど。やっぱりこれは、ただの技術発表じゃなくて、高度な『営業』なんですね」
工藤が、ぽんと手を叩いて納得した。
「外交です」
日下部が、即座に訂正した。
日下部は、手元の端末に表示された、アメリカ深部への送信用暗号メールの文面を無言で見つめた。
件名:【Eyes Only】日米戦略資源再生共同実証計画に関する限定共有
宛先:ノア・マクドウェル、エレノア・バーンズ
技術の詳細、地政学的なメリット、中国への牽制効果を簡潔に並べた後。
そのメールの末尾には、たった一文だけ、こう記されていた。
『一台、使ってみませんか』
日下部は、深く、本当に深い息を吐き出した。
「……では、このラインで準備を進めます」
矢崎総理が、静かに頷く。
「お願いします。くれぐれも、慎重に」
「これで深海レアメタルも、嘘じゃなくて本当に採れるようになりますね!」
工藤が、明るく、無邪気な声で言った。
だが、会議室の誰も、すぐには返事をしなかった。
日下部だけが、疲労の底から響くような声で答えた。
「ええ。嘘を本物にするために……我々はまた一つ、世界市場をひっくり返す爆弾を、自らの手で放つことになりました」
そして、日下部は端末の操作パネルに手を置いた。
「ジャミング、解除」
かくして、日本政府はまた一つ、世界には到底出せない危険な技術を抱え込んだ。
それは病を治す奇跡でも、火星へ人を送る翼でも、仮想世界を現実に変える夢でもなかった。
ただ、泥とゴミを分解し、資源に戻すだけの、見た目も地味な機械だった。
だが、その「ただそれだけ」の機能は、資源外交と環境行政と廃棄物処理業界とレアメタル市場と、そして中国が必死に切ろうとしている誘い札を、まとめて根底から粉砕するには十分すぎるほどの破壊力を持っていた。
日下部参事官は、ノアとエレノアへ送信ボタンを押す直前、画面の『一台、使ってみませんか』という文字を見つめ、静かに呟いた。
「……これは、営業ではない」
紛れもない、血みどろの外交である。
たぶん。
「オラクル、送信してください」
その一言とともに、日本政府による、新たな世界規模の火消し(マッチポンプ)が、静かに幕を開けたのである。
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