自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第223話 ジャミングオン!!! アメリカ政府、覇権国初心者に待ったをかける

 アメリカ合衆国、ワシントンD.C.。

 ホワイトハウスの地下に存在する極秘会議室は、窓一つない閉鎖空間でありながら、そこから下される決定は地球上のあらゆる国の運命を左右する。

 

 円卓に座っているのは、タイタン・グループ総帥のノア・マクドウェルと、CIA長官のエレノア・バーンズの二人だけだった。

 アメリカ深部実務ラインの最前線を担う彼らの手元には、日本の内閣官房参事官・日下部から限定共有された、一通の極秘データファイルが開かれていた。

 

 資料名『日本国・国連安保理常任理事国入りに向けた床補強方針案』。

 

 ノアは、そのタイトルを見て、青白い瞳に皮肉な笑みを浮かべた。

 

「床補強。……相変わらず、日本政府は政治をどこかの保守工事みたいに扱いますね」

 

 エレノアは、氷のような無表情のまま画面のテキストを目で追う。

 

「比喩としては正確です。彼らは今、既存の国際秩序という古い床の上に、アンノウン技術という超重量物を乗せようとしているのですから」

 

「それは床も抜けますね」

 ノアは楽しそうに肩をすくめた。

 

 二人は、日本の官僚たちが血と胃液を吐きながら書き上げたであろう、膨大なリストをスクロールしていく。

 P5(五大国)の支持確認状況、国連総会における票読み、ドイツ・インド・ブラジルへの配慮と調整、そして国内世論向けの演説骨子。

 

「拒否権は抜かない刀。……悪くないですね」

 ノアが、日本独自の拒否権運用方針を評価する。

 

「抑制方針としては妥当です」

 エレノアも同意する。

 

「『中国声明・ハート禁止』。……ここだけ、妙に切実な文字の圧を感じますね」

 

「必要です」

 エレノアは、情報機関のトップとして一切笑わずに答えた。

 

「否定はしませんよ」

 ノアは、声に出して笑うのをごまかすように、コーヒーカップを口に運んだ。

 

 ここまでは良かった。

 日本の官僚機構の優秀さが遺憾なく発揮された、手堅い外交プランに見えた。

 

 だが。

 ノアが画面をスクロールし、『総会票獲得のための地域別支援カード』の欄へ進んだ瞬間。

 

「止めてください」

 エレノアの声が、絶対零度に凍りついた。

 

「どこで?」

 ノアが、わざとらしく問う。

 

「支援カードです」

 

 ノアは、あえてもう一度、そのリストを声に出して読み上げた。

 

「防災特化型グラス・アイの提供。医療用キットの限定提供枠。教育用フルダイブの導入。小型リクレーマーの将来導入枠。核融合技術の基礎協力。……ああ」

 

 ノアは、読み終えると同時に、深くソファーに背を預けた。

 彼の顔には、いつも浮かべているシニカルな余裕はなく、純粋な感嘆と呆れが混ざり合っていた。

 

「……これは、日下部氏が怒られるやつですね」

 

「怒る側ではありません。怒られる側です」

 エレノアが、冷たく訂正する。

 

「珍しい」

 

「総会票の近くに置く技術ではありません」

 エレノアは、そのリストが孕む致命的な構造的欠陥を、一瞬で見抜いていた。

 

「日本側は、ただ『常任理事国としての責任』を、投票前に先払いして見せるつもりなのでしょう。彼ららしい誠実さの表れです」

 ノアは、日本の意図を弁護するように言う。

 

「意図は関係ありません。構造として危険です」

 エレノアは一刀両断にした。

 

「善意のリストに国家機密が混じっていますからね。日本らしいと言えば日本らしいですが」

 

「笑い事ではありません」

 

「笑っていませんよ。口元だけです」

 ノアは、相変わらず口角を上げていたが、その瞳はエレノアと同じように、このリストが引き起こすであろう「破滅的な未来」を正確に幻視していた。

 

 ◇

 

「大統領へ上げます」

 エレノアが、即座に判断を下した。

 

「そのレベルですか」

 

「はい。日本政府は今、常任理事国入りのために、人類の命運を分けるアンノウン技術を『棚に並べかけて』います」

 

「言い方が悪いですね」

 

「正確です」

 エレノアは、そう言い残して端末のセキュリティ・ロックを解除した。

 

 数分後。

 執務の合間を縫って、キャサリン・ヘイズ大統領が足早に会議室へと入ってきた。

 その顔には、大統領選挙という泥沼の戦いと、火星ミッションの熱狂の処理に追われる疲労が濃く刻まれている。

 

「日本から?」

 ヘイズが、椅子に座るなり単刀直入に問う。

 

「ええ。床補強リストです」

 ノアが、問題のファイルを大統領の手元のモニターへ転送する。

 

「また、胃薬が必要になりそうな名前ね」

 ヘイズが顔をしかめる。

 

「今回は、日下部氏だけでは済まないかもしれません」

 

 大統領は、ノアの不穏な予告を背に受けながら、資料に目を通し始めた。

 最初は無言だった。

 拒否権の運用方針や、ドイツへの配慮の項目までは、彼女も静かに頷いていた。

 

「ここはいいわ。拒否権を抑制的に扱う。日本らしいし、国際社会にも説明しやすい」

 

 そして。

 彼女の視線が、『支援カード』の欄で止まった。

 

 大統領は、少しの間、完全に沈黙した。

 やがて、彼女はゆっくりと顔を上げ、冷たい声で言った。

 

「……これは、違うわね」

 

「大統領?」

 ノアが促す。

 

「私は、日本にもう少し前へ出てほしい、覇権国らしく振る舞ってほしいと言ったわ」

 ヘイズの瞳に、大国の指導者としての厳しい光が宿る。

「でも、これは違う」

 

「支援カードです」

 エレノアが、問題の箇所を冷たく指摘する。

 

「支援はいい。責任を示すのもいい。でも……基幹技術を『票の近く』に置いてはいけないわ」

 ヘイズは、資料の束をテーブルに弾いた。

 

「票の近くに置く、ですか」

 ノアが、その政治的な比喩を復唱する。

 

「ええ。総会票の直前にこんなオーパーツのカタログを並べれば、日本がどれだけ綺麗な言葉をつけて『国際公共財の提供です』と言い繕っても、他国からは『買収』にしか見えない。しかも、相手は一回で満足するわけがない。次はもっと要求してくるわ」

 

「支援ではなく、依存形成ですね」

 エレノアが、諜報の観点からその危険性を言語化する。

 

「本人たちは、責任の先払いだと思っているのよ。そこが一番危ないわね」

 ヘイズは、日本の官僚たちの生真面目さが引き起こした致命的なエラーに、深く息を吐いた。

 

 ◇

 

 そこからは、アメリカのトップ三人による、日本への「修正レビュー」が始まった。

 

「日本は、先にメニューを配りすぎています。欲しい国には、向こうから『欲しい』と言わせるべきです」

 ノアが、外交交渉の基本を説く。

 

「正式な要請、審査、そして条件の受諾。最低限、それが必要です」

 エレノアが、制度の壁を高く設定するよう求める。

 

「日本から、へりくだって配りに行ってはいけないわ」

 ヘイズ大統領が、覇権国の立ち振る舞いとして釘を刺す。

 

 さらに、既存の同盟国や協力国とのバランスの問題が浮上する。

 

「中国は身を切って日本へ近づいた。フランスは常任理事国としての支持を差し出した。サウジは巨額の投資をしたわ」

 ヘイズが、すでに日本と「取引」を終えている国々の顔を思い浮かべる。

 

「それなのに、まだ何もしていない国に対して、総会票の対価として似たような技術の棚を見せれば、既存の協力国は絶対に面白くないでしょうね」

 ノアが、国際政治における嫉妬と不満の炎を幻視する。

 

「外交上の優先順位が完全に崩れます」

 エレノアが、そのリスクを切り捨てる。

 

「技術を受け取った国は、日本に完全に依存します」

 エレノアは、さらに深い問題を指摘した。

 

「依存させるつもりなら、最初からそれを『覇権政策』として冷酷に設計するべきです。純粋な善意でやるのが一番危ない」

 ノアが、日本の無自覚な覇権主義を危惧する。

 

「日本は、自分たちが今何を握っているのか、まだ時々忘れるわね」

 ヘイズ大統領が、呆れたようにこめかみを揉んだ。

 

 そして、この会議に同席していた国務省の日本担当高官が、実務的な補足を入れた。

「P5の支持が揃っている以上、総会票は通常の外交努力、既存のODA、国連基金への拠出、そして地域別の政治調整で十分に狙えます。わざわざアンノウン技術を前面に押し出す必要は、全くありません」

 

「『我々の列に並べ』。……それで足りますね」

 ノアが、傲慢なほどの余裕を見せて言う。

 

「言い方は調整してください」

 エレノアが、冷たくたしなめる。

 

「日下部氏向けなら、もう少し柔らかくオブラートに包みますよ」

 ノアが微笑む。

 

 ◇

 

「日下部参事官に返して。これは、止めるべきだ、と」

 ヘイズ大統領は、迷いなく最終的な判断を下した。

 

「かなり厳しい返答になりますが」

 ノアが確認する。

 

「構わないわ」

 ヘイズは、日米の強固な信頼関係を信じて言った。

「アメリカの深部ラインに見せたということは、日本側も『もし間違っていたら止めてほしい』という意味を含んでいるはずよ。そして、それを躊躇なく言えるのが、同盟国というものよ」

 

「否定はしません」

 ノアが頷く。

 

「修正項目を整理します」

 エレノアが、即座に返信用のフォーマットを作成し始めた。

 

【米国側からの返信内容】

 ■評価する部分

 ・P5支持確認の完了。

 ・拒否権の抑制的運用方針。

 ・国内演説における「責任」の強調。

 ・ドイツ、インド、ブラジルを無視しない調整姿勢。

 ・中国声明のハートマーク禁止。

 

 ■即時修正を求める部分

 ・アンノウン技術を、総会票対策の直接的なカードとして使用しないこと。

 ・支援カードを「通常外交カード」と「技術審査カード」に明確に分離すること。

 ・医療用キットの海外現物提供は凍結。

 ・グラス・アイ本体の提供は凍結。

 ・小型リクレーマーの総会票対策への利用は凍結。

 ・教育用フルダイブの安易な海外展開は凍結。

 ・核融合技術の無差別な基礎協力は不可。

 ・既存の協力国(米、仏、英、中、サウジ等)の優先順位を明文化すること。

 ・技術を求める国には、自発的な「正式要請」を出させること。

 ・供与の前提として、「申請」「審査」「条件受諾」「監査の受け入れ」「日本の停止権限」を制度化すること。

 

「……見事なまでの赤ペンですね」

 ノアが、真っ赤に修正されたリストを見て笑う。

 

「私は、日本にもう少し前へ出てほしいと言ったわ。でも、これは前へ出ることではない。……日下部参事官なら、この意味が分かるはずよ」

 ヘイズ大統領が、信頼を込めて言う。

 

「胃薬を添えますか?」

 ノアが、冗談めかして提案する。

 

「外交文書に添えるものではないわ」

 ヘイズが呆れる。

 

「ただし、彼には間違いなく必要でしょう」

 エレノアが、事実として補足した。

 

 ◇

 

 場面は変わり、東京。

 首相官邸地下五階、『特別情報分析室』。

 

 静寂に包まれた会議室で、日下部はアメリカ側深部ラインから返信されてきた暗号化データを読み込み、数秒間、完全に無言になった。

 

「日下部さん?」

 矢崎総理が、日下部の硬直に気づいて声をかける。

 

「……アメリカから、かなり厳しいレビューが入りました」

 日下部が、胃のあたりを軽く押さえながら答えた。

 

「怒られましたね!」

 隣で画面を覗き込んだ工藤が、なぜか嬉しそうに声を上げた。

 

「工藤さん。嬉しそうに言わないでください」

 日下部が、氷点下の視線で射抜く。

 

「いや、レビューでツッコミが入るのは、開発の現場じゃ普通のことでは?」

 工藤が、システムエンジニアの感覚で反論する。

 

「これは国家運営なんですが……」

 

「でも、アメリカに聞いてよかったじゃないですか。これで意地になって強行する方が、絶対に後で炎上して駄目になるパターンですし」

 工藤の全く悪気のない正論に、日下部は一拍置いた。

 

「……それは、その通りです」

 日下部は、悔しいが認めざるを得なかった。

 

「本番投入前に設計レビューで止まったなら、むしろ健全ですよ」

 工藤が、明るく励ます。

 

「国家の安保理改革を、本番投入と言わないでください」

 

「でも似てません? 要件定義が甘いまま本番に出すと燃えますよね」

 

「似ていますが、似ていると言いたくありません」

 日下部は、深い溜め息を吐き出した。工藤を落ち込ませず、彼なりのSE視点で事態を受け止めさせるには、この程度の会話で流すしかない。

 

 ◇

 

 矢崎総理が、日下部の手元から転送されたアメリカの返信内容に目を通した。

 

「……厳しいですが、正しいですね」

 総理は、一つ一つ指摘事項を確認しながら静かに言った。

 

「はい。正しいです」

 日下部も、全面的に非を認めた。

 

「我々は、技術を配りすぎようとしていた」

 霧島防衛大臣が、自国の安全保障上の失態を恥じるように言う。

 

「まだ配る前でしたが、配る方向へと完全に思考が傾いていました」

 日下部が、冷徹に自己批判を行う。

 

「見返りに技術を提供するという、これまでの成功体験が染み付いてしまった癖ですね」

 御堂経産大臣が、産業政策の視点から分析する。

 

「はい。アンノウン技術を『外交カード』として扱いすぎた結果、我々の中で『支援』と『取引』、そして『依存形成』の境界が完全に曖昧になっていました」

 日下部が、アメリカに指摘された構造的欠陥を言語化した。

 

「我々は、純粋な善意のつもりでした」

 矢崎総理が、苦渋に満ちた表情で言う。

 

「善意だからこそ、危険なのです。アメリカの指摘通りです」

 日下部が応じる。

 

 総理は、少しの間黙り込み、やがて深く息を吐き出した。

「……確かに、アメリカの存在がなければ、我々はここで取り返しのつかない間違いを起こすところでした」

 

「同盟国に、事前にレビューを求めた意味はありました」

 日下部が、日米同盟の真の価値を噛み締める。

 

「ほら、レビュー大事じゃないですか」

 工藤が、再びドヤ顔で言う。

 

「だから嬉しそうにしないでください」

 日下部が、本日二度目のツッコミを入れた。

 

 ◇

 

「では、アンノウン技術の安売りリストを焼却します」

 日下部が、前回の会議で作り上げた『床補強リスト』の支援カード欄をスクリーンに大写しにした。

 

 そして、その上に容赦なく赤線を引いていく。

 

【焼却対象】

 ・医療用キットの海外現物提供。

 ・グラス・アイ本体の提供。

 ・小型リクレーマーの総会票対策利用。

 ・教育用フルダイブの安易な海外展開。

 ・核融合技術の無差別な基礎協力。

 ・アンノウン技術を『地域支援パッケージ』の目玉にする発想すべて。

 

「……焼却、という表現は、行政文書として適切でしょうか」

 財務省代表が、言葉の強さに顔を引きつらせて問う。

 

「我々の記憶に、強く刻み込むためです」

 日下部が冷酷に答える。

 

「削除じゃなくて、焼却なんですね」

 工藤が、物騒な表現に驚く。

 

「削除だと、また誰かが後で都合よく復元しようとするからです」

 

「バックアップも消します?」

 

「工藤さん」

 

「はい」

 

「……この部屋の空気の重さを、少しは読んでください」

 

「アンノウン技術は、国連総会票の対策には一切使いません」

 矢崎総理が、力強く宣言した。

 

「はい。常任理事国入りの票を取るために、我が国の中核技術を棚に並べることは、今後一切禁止します」

 日下部が、政府としての絶対的な方針を確定させた。

 

 ◇

 

 日下部が、ホワイトボードのホログラムを消去し、真っ新な画面に新たなリストを書き直していく。

 

【修正版・新しい床補強リスト】

 一、P5の支持確認は維持。

 二、国連総会票対策は、通常外交、既存のODA、国連基金への拠出、各種研修、人材育成などの『既存の枠組み』を中心に行う。

 三、アンノウン技術は、総会票対策には絶対に使わない。

 四、防災支援は、日本側が解析済みの警報情報の共有、避難訓練の指導、および通常の防災技術の提供に限定する。

 五、医療支援は、日本国内での管理された治療枠の提供、海外の医療人材の育成、および通常の医療支援に限定する。

 六、リクレーマー、グラス・アイ、フルダイブ、核融合等の基幹技術は、すべて『個別審査制』とする。

 七、アメリカ、フランスなどの既存協力国の優先順位を明文化し、外交バランスを維持する。

 八、アンノウン技術を求める国には、自国からの『正式な要請』、日本の条件受諾、および監査の受け入れを義務づける。

 九、ドイツ、インド、ブラジル等のG4に対しては、技術の提供ではなく、制度的支持、産業連携、および通常協力のみを提示する。

 十、中国声明のハートマーク検閲は、引き続き厳重に継続する。

 

「……最後の一行は、やはり残るのですね」

 財務省代表が、疲れた顔で突っ込む。

 

「当然です」

 日下部が、一片の迷いもなく即答した。

 

 ◇

 

 書き直されたリストを見つめていた工藤が、顎に手を当てて思考を巡らせた。

 

「じゃあ……支援パッケージじゃなくて、『審査パッケージ』にすればいいんですかね」

 

「審査パッケージ?」

 日下部が、工藤の言葉の意図を図りかねて聞き返す。

 

「はい」

 工藤は、システム開発の要件定義の顔になって説明を始めた。

「技術が欲しいっていう国向けに、統一の『申請フォーム』『審査フロー』『運用条件』『監査ログの提出義務』『停止条件』、そして『違反時のペナルティ』を標準化してパッケージにするんです。……導入支援じゃなくて、導入審査の標準化ですね」

 

 日下部が、一瞬だけ動きを止めた。

 

「……それは、採用します」

 

「レビュー通りました?」

 工藤が嬉しそうに言う。

 

「部分採用です」

 日下部が冷たく返す。

 

「やった」

 

「嬉しそうにしないでください」

 

 だが、日下部の内心では、工藤のこの提案は極めて高く評価されていた。

 ばら撒き(支援)の発想を、管理(審査)の設計へと見事に転換したのだ。元SEとしてのプロセス構築のセンスが、外交の場でも生きることを証明していた。

 

 ◇

 

「……さて」

 矢崎総理が、声のトーンを落とし、円卓の全員を静かに見回した。

「そもそも、我々はなぜ、国連の常任理事国入りを目指すのでしょうか」

 

 会議室が、水を打ったように静まり返る。

 ここが、今回の見直しにおける最も重要な、本筋の再確認であった。

 

「椅子が欲しいからではありません」

 日下部が、真っ直ぐに答える。

 

「名誉でもありません」

 総理が続く。

 

「はい。……ヤタガラス、アンノウン技術、そしてテラ・ノヴァ。我々はいつか、それらの存在を、必ず世界へ説明しなければならない時が来ます。その時、日本が国際秩序の外側にいるわけにはいかないのです」

 日下部の言葉には、逃れられない未来への覚悟が込められていた。

 

「我々が、技術の独占者として世界から糾弾されるのではなく、『責任を持って管理する国家』として認めさせる必要がある」

 霧島防衛大臣が、安全保障の要を口にする。

 

「そのための、制度的な防壁。……それが、常任理事国の席なのです」

 日下部が結論づけた。

 

「常任理事国入りは、決してトロフィーではありません」

 矢崎総理が、力強く頷く。

 

「はい。アンノウン技術を世界に奪われず、破壊されず、管理し続けるための、分厚い防壁です」

 

 工藤が、少しだけ口を挟む。

「ヤタガラスを、災害避難施設として世界のみんなに使うためにも、ですか?」

 

「はい」

 日下部は、工藤の理想を否定しなかった。

「いつかその話を世界に出すなら、日本は“怪しい技術を独占する危険な国”ではなく、“世界の安全を責任を持って管理する国”でなければなりません」

 

「じゃあ、床補強って、本当に物理的な意味じゃなくて、制度的な『床補強』なんですね」

 工藤が、すとんと腑に落ちたように言う。

 

「そうです。ようやく分かりましたか」

 

「はい。レビューで要件が明確になりました」

 

「だから、国家運営をレビューと言わないでください」

 日下部が、本日何度目かの溜め息をついた。

 

 ◇

 

 会議が終了に近づき、日下部がアメリカ深部ラインのノアとエレノア宛てに、暗号化された返信を作成する。

 

『貴国の指摘を重く受け止めます。

 日本政府は、アンノウン由来技術の支援カード化を再検討し、常任理事国入りに向けた支援方針を、通常外交および制度設計中心へと完全に修正します。

 技術の申請・審査制度を確立し、アンノウン技術を国際政治の取引材料としては扱いません。

 常任理事国入りの目的は、あくまでアンノウン技術管理の“制度的防壁”の構築にあります。今後も米国側深部実務ラインと緊密に連携し、実務調整を行います』

 

 工藤が、日下部の背後から画面をひょっこりと覗き込む。

 

「……あれ? 『レビューありがとうございました』って書かないんですか?」

 

「書きません」

 日下部が即答する。

 

「書いてもよくないですか? 助けてもらったんだし」

 

「これは外交文書です」

 日下部が、冷たい声で切り捨てる。

 

「じゃあ、私信で」

 

「送りません」

 日下部は、頑なに拒否して送信ボタンを押した。

 

 ◇

 

 こうして、日本政府の床補強リストは、一度大きく焼き直されることになった。

 

 それは失敗ではない。

 少なくとも、工藤創一はそう判断した。

 本番投入前に、厳しいレビューで止まった。危険な設計思想が見つかった。仕様が根本から修正され、運用条件が明確になった。

 元・運用保守のエンジニアである男にとって、それはむしろ極めて健全で、正しいプロジェクトの進行過程だった。

 

 だが、日下部参事官にとっては違う。

 これはシステムの改修ではない。国家の運営であり、国際秩序の再編であり、覇権という名の重すぎる運用の真っ只中なのだ。

 

 アメリカは、日本に「もう少し前へ出ろ」と言った。

 しかし今度は、「技術の棚を軽々しく開けるな」と鋭く釘を刺してきた。

 その期待と制限の狭間で、日本は自分たちの足で立つ方法を模索しなければならない。

 

 日下部は、修正されたホワイトボードの文字を見上げた。

 

『技術供与。申請制』

『既存協力国優先』

『アンノウン技術。総会票対策使用禁止』

『ヤタガラス。将来公開に向けた制度的防壁』

『中国声明。ハート禁止継続』

 

 最後の一行だけは、やはりどう見ても異物だった。

 だが、それを消すわけにはいかなかった。

 

 工藤創一は、どこか晴れやかな顔で言った。

 

「いやあ、レビューで怒られてよかったですね」

 

 日下部は、深く、長く、国家運営のすべての重圧を背負ったような息を吐き出した。

 

「工藤さん。……これは、国家運営なんです」

 

「でも、本番で燃えるよりマシですよね?」

 

「……それは、そうです」

 

 日下部は、認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。

 アメリカの存在がいなければ、日本政府は危うく、取り返しのつかない間違いを起こすところだった。

 

 椅子は、もう見えている。

 だが、その床を補強するには、まず『床材を間違えないこと』から始めなければならなかったのだ。




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