自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
第227話 深海の嘘、本当に泥からレアメタルが出る
テラ・ノヴァ側、工場区画の深奥部に位置する中央管制室。
地球側とは異なる物理法則が支配するこの空間では、今日も無数のプラント群が重低音を響かせ、自律ドローンが空を縫うように飛び交っている。
工藤創一は、エルゴノミクスチェアに深く腰掛け、ホログラムモニターに表示される膨大な稼働データをぼんやりと眺めていた。
画面の片隅には、地球のニュースネットワークの映像がミュート状態で流れている。
『日本を六番目の常任理事国とする国連憲章改正案について――各国で批准手続きが――』
工藤は、コーヒーを片手に、少し首を傾げた。
「……まだ常任理事国じゃないんですよね?」
「はい。国連総会を通っただけです」
ホログラムの一角には、地球側の閉域通信室から接続している日下部内閣官房参事官の姿が映っていた。
日下部は、端末から目を離さずに淡々と答えた。
「じゃあ、まだデプロイ(本番環境への実装)待ち?」
工藤が、システム開発の用語で要約する。
「……まあ、非常に雑に言えば、そうです」
日下部は、その表現の軽さに小さく息を吐きつつも、訂正する気力はなかった。
「各国で批准手続きが進み、必要な批准数に達して憲章改正が発効するまで、我々はまだあの席に座っていません」
国連の歴史的採択から数日。
世界中で日本の常任理事国入りをめぐる報道と批准手続きが続いているが、この二人は、その喧騒からは完全に切り離された実務モードに入っていた。
「それより、今日はお願いがあります」
日下部が、声のトーンを一段落として本題を切り出した。
「“それより”って言っていいんですか?」
工藤が、少し意外そうに聞き返す。普段なら「常任理事国入りを雑に扱わないでください」と怒られるところだ。
「私が言う分にはいいんです」
日下部は即座に特権を行使し、手元の端末を操作して、工藤側のホログラムへ三つの資料を共有した。
《海道式深海精錬法》
《海上実証工程》
《プラント船『かいどう』》
その文字列を見た瞬間、工藤は「あ」と声を漏らし、思い出したように手を打った。
「本当に海底から採るやつ?」
「はい」
日下部は、真顔で深く頷いた。
閉域試験そのものは、すでに終わっている。
リクレーマーが本物の深海泥から対象元素を分離できることは、そこで確認済みだった。
そして、日本が常任理事国入りをめぐる外交に追われていた間にも、海道重工ではプラント船『かいどう』への改修が進められ、ブラックボックス化された中核処理区画の搭載まで完了している。
今日やるのは、フェーズ三。
実際の海底から採った泥を、実際の『かいどう』へ揚げ、海道重工の前処理設備へ流し、中核処理区画を通し、最終的に資源として回収する。その一連の運用を実海域・実船上で成立させられるかを確かめる『海上実証』だった。
◇
「状況を簡潔に整理します」
日下部が、これまでの日本の抱える『最も巨大で、最も重い嘘』の輪郭をなぞるように説明を始めた。
「我々はこれまで、テラ・ノヴァ由来の未知の資源を日本国内へ持ち込むためのカバーストーリーとして、『南鳥島沖で深海レアメタル事業を行っている』という建前を使ってきました」
日本の資源安全保障の要。
深海から大量のレアアースやレアメタルを汲み上げ、既存の国際価格を大幅に下回る価格で供給する、奇跡のプラント船『かいどう』。
だが、その実態は、深海探査と商業採掘の枠組みを使って、テラ・ノヴァから運び込んだ資源を「日本近海で採れた国産資源」へとロンダリング(洗浄)するための巨大な舞台装置であった。
「もちろん、深海採掘設備自体は存在しますし、研究もしています。船も動き、海底のデータも積み上げている。……しかし」
日下部は、厳しい顔で言葉を継ぐ。
「表向きの商業供給量と同じだけの資源を、実際の深海泥から継続的に取り出していたわけではありません。我々は、テラ・ノヴァ由来の資源で、その不足分を埋めてきたのです」
だが、そのカバーを維持し続けることには、無視できない運用負債が伴う。
事業が大きくなり、世界中の企業がその供給を前提に動けば動くほど、帳簿も設備も監査も整合性を求められる。
『採掘量の推移と原料由来の監査結果を』
『設備更新後の連続処理データを公開してください』
『供給量と在庫量の整合性を確認させてください』
『さらに供給量を増やす余地はありますか?』
「……確認事項や監査項目が、雪だるま式に積み重なっています」
日下部が、頭痛を堪えるように額を押さえる。
「我々は、その辻褄を合わせるために、海道重工とともに輸送経路、帳簿、設備稼働、在庫の整合性を維持し続けてきました。嘘を運用し続ける費用(コスト)が、年々重くなっています」
「技術的負債みたいですね」
工藤が、システム屋の言葉で例える。
「似ています」
「放置すると?」
「説明だけではありません。輸送、帳簿、設備、監査、在庫。全部の整合性を永久に維持し続けなければならない。いずれ、どこかで必ず破綻(バグ)します」
「完全に技術的負債じゃないですか」
工藤は、その恐ろしさを身をもって理解し、深く頷いた。
日下部は、ホログラム越しに鋭い視線で工藤を見据えた。
「だからこそ、今日、この負債を返済します。
……深海の嘘を、本物にします」
◇
地球。南鳥島沖、太平洋上。
抜けるような青空と、どこまでも深く青い海。
その洋上に浮かぶ、巨大な要塞のようなプラント船『かいどう』。
本日は、隔離された研究プールではなく、実際の洋上における『海上実証』の日であった。
船上の空気は、極限の緊張状態にあった。
ヘルメットと作業着姿の海道重工の技術者たちが、無言でコンソールと睨み合い、各種のメーターをチェックしている。
「揚泥ポンプ、圧力正常」
「深海泥サンプル、第一ストックへ到達」
太いパイプラインを通じて、水深数千メートルの海底から吸い上げられた黒々とした冷たい泥が、船内の巨大なタンクへと流れ込んでくる。かつて海水だけを循環させていたその管を、今日は本物の深海泥が通っていた。
技術者が、慎重な手つきでその泥からサンプルを採取し、ナンバリングを行う。
重量測定。成分分析用の試料の分離。そして、政府の監査用として、厳重な封印を施したケースに保管する。
「絶対に、手順を間違えるな」
現場監督が、低い声で指示を飛ばす。
彼らは今、リクレーマーそのものの性能を試しているのではない。
『後から別の物を混ぜた』という疑いすら、一切の余地なく排除しながら、本当の海底泥を本当の船上工程へ通さなければならないのだ。
今日の目的は、リクレーマーが泥から資源を取り出せると証明することではない。そこは閉域試験ですでに終わっている。「本当に、あの海底から汲み上げた泥を、この船とこの運用手順で処理し、資源として取り出し続けられる」と証明することなのだ。
海道側の技術者たちにとっても、これは長年の悲願であった。
◇
同時刻。
日本政府側の、完全に外界から遮断された閉域管制室。
そこには、日下部、数名の政府技術官、そしてモニター越しにテラ・ノヴァから接続している工藤の姿があった。
「工藤さん、音声はクリアですか?」
日下部がマイク越しに確認する。
「はい、バッチリ聞こえてますよ。映像もクリアです」
工藤が、画面の向こうでのんきにコーヒーをすすりながら答える。
「現地行った方が、何かあった時は早いですよ?」
工藤は、ふと思い出したように提案した。
「今回は、その必要はありません」
日下部が即答する。
「なんで?」
「工藤創一という個人を、海道側の現場へどういう所属と権限で入れるのか。その説明だけで余計な機密管理が増えます」
日下部は、これ以上ないほど実務的な理由で却下した。
海道サクラをはじめとする海道グループの上層部が、アンノウンという存在に大きな恩義を抱いていることは事実だ。だが、彼らにとっての『アンノウン』と、民間人としての『工藤創一』は別の情報である。日下部には、その二つをわざわざ現場で結びつける理由がなかった。
「じゃあ、リモートでいいか」
工藤は、あっさり引き下がった。
「それでお願いします」
日下部も、素直に頷いた。
工藤本人にとって今日の作業は、「いつもの超高性能なゴミ分別機を、今度は本物の海上商業ラインへ繋いで運用確認する」程度の認識なのだ。
◇
『かいどう』船内。
吸い上げられた深海泥は、いきなり未知の装置へ放り込まれるわけではない。
まずは、海道重工が長年培ってきた『既存の地球技術』による処理ラインを通る。
巨大な脱水機による水分調整。強力な遠心分離とフィルターによる異物除去。泥の粒度を均一に揃えるための粉砕処理。
これら一連の前処理工程は、完全に海道の技術者たちの手によって制御されていた。
これは、単なるカバーのためではない。
リクレーマーへ投入する前に、含水率や粒度、異物量を一定範囲へ揃えることは、実運用上も意味がある。そして中核装置の外側を海道重工自身が運用できるからこそ、船全体を長期的な産業設備として維持できる。
「前処理完了。含水率、規定値クリア」
「第一試験ロット、搬送コンベアへ移行」
黒く均一なペースト状になった泥が、太いベルトコンベアに乗って、船の最深部へと運ばれていく。
その先にあるのは、分厚い隔壁と電子ロックで守られた区画。
《第二処理区画》
《関係者以外立入禁止》
この扉の向こう側が、政府管理の完全封印区画であり、リクレーマー由来の中核装置が鎮座する場所であった。
◇
「第一試験ロット、投入開始します」
海道側の担当者から、通信が入った。
閉域管制室のメインモニターに、リクレーマーの内部センサーから送られてくる数値がリアルタイムで表示され始める。
数百キロ程度の、ごく少ない量の泥。いきなり何千トンも処理するような無茶はしない。
《INPUT ACCEPTED》
工藤が、画面を見て軽く頷く。
「入りましたね」
「……はい」
日下部は、画面を凝視したまま短く答えた。
工藤からすれば、すでに閉域試験で見慣れた稼働ログに過ぎない。
だが、日下部からすれば、国家が何年もつき続けてきた『巨大な嘘』の核心部分が、本物の産業へ置き換わり始める瞬間であった。
リクレーマーの内部で、処理が始まる。
装置からすれば、投入されたのが海底の泥だろうが、廃スマホの山だろうが、全く関係ない。ただ、分子と元素の結合を読み取り、物理法則に従って分離するだけだ。
成分解析。
対象元素の選択。
高エネルギー分離場による分解の開始。
「普通に行けますね」
工藤が、退屈そうに言う。
「閉域試験で確認済みとはいえ、実船上で言われると重みが違いますね……」
日下部が、画面を凝視したまま答える。
「でも、処理系的には本当にエラーなしですよ?」
その時、モニターのログが緑色に切り替わった。
《TARGET MATERIAL DETECTED》
《SEPARATION AVAILABLE》
対象資源が、確かに泥の中に存在しているというシステムからの確定報告。
「じゃあ、回収開始します」
工藤が、キーボードに手を伸ばす。
「お願いします」
日下部が、息を呑んで見守る。
◇
そこで、工藤がリクレーマーの設定画面を開いたまま、少し首を傾げた。
工藤は、モニター越しの日下部へ確認するように視線を向けた。
「回収率、どれくらいにします?」
日下部は、一瞬だけ考えた。
政府側の技術者も、手元の試験計画書を確認する。
「試験対象については、上限までお願いします」
日下部が、迷いなく答えた。
「できますよ。ほぼ全部。不純物もかなり除けますし、泥の中に存在する対象元素は限界近くまで回収できますけど」
工藤は、嬉しそうに最高純度の設定バーを上げていく。
「お願いします」
日下部は、今度は制止しなかった。
「え、いいんですか?」
工藤が、逆に少し意外そうな顔をする。
「内部試験では、です」
「なるほど?」
工藤は、その条件なら理解できるという顔で頷いた。
日下部は、公開情報と機密情報の境界を説明する。
「アンノウン技術が海道重工の事業に使われていること自体を、今さら完全に隠す必要はありません。ですが、リクレーマーが『何を』『どこまで』『どれほどの速度とエネルギーで』分離できるのか。その正確な性能は別です」
もし、複雑な泥から対象元素を限界近くまで回収し、従来なら再処理が必要な残渣まで素材別に異常な精度で分離し、その所要エネルギーや処理速度まで完全な生データとして公開すれば、世界中の研究機関と企業が中核装置そのものへ殺到する。
「隠すのは、アンノウン技術を使っている事実ではありません。リクレーマーという装置の、正確な能力です」
日下部が、はっきりと線を引く。
「じゃあ、装置は全力で使って、外に出すデータだけ限定するんですね?」
工藤が、確認するように聞き返す。
「はい」
「それなら分かります」
「試験では、本来の性能で動かしてください」
「それなら気持ちいい」
工藤は、システムエンジニアとして、あるいは工場長としての本能から、満足そうに設定を確定した。
◇
今回、日本政府と海道重工にとって重要なのは、リクレーマーを『地球技術に見せかけること』ではない。
中核装置を全力で使いながら、外部へ公開する情報と、国家機密として封じる情報を明確に分けることだった。
「最大性能で動かしてください」
日下部が、今度は明確な仕様を出す。
「じゃあ、公開するのはどこまで?」
工藤が、設定画面から顔を上げる。
「海道式深海精錬法の第二世代処理工程が、実海域の原料を安定して処理し、規格を満たす製品を継続生産できたという事実までです」
「それなら仕様が明確!」
工藤が、嬉しそうに頷いた。
日下部は、用意していた公開用の試験項目一覧を工藤のモニターへ転送した。
そこには、政府と海道側が事前に決めていた『公開可能な測定項目』と『非公開の中核性能項目』が明確に分けられていた。
「外へ出すのは、この範囲だけです」
工藤は、その資料を読み込み、すぐに設定を合わせた。
「中核装置はフル稼働。公開側は製品純度、連続運転、前処理条件、安定性だけ。エネルギー効率と元素分離限界、中核内部ログは非公開」
工藤は、ブツブツと確認しながら、試験モードを組み上げていく。
要するに、リクレーマーは超高性能な『裏方』として全力で使い、表側には海道重工が運用する深海資源事業として必要な結果だけを出すのだ。
「ボトルネックを、わざと作る必要はないんですね」
工藤が、念押しする。
「はい」
日下部が頷く。
「工場ゲーとして正しいやつだ」
工藤は、満足そうに決定ボタンを押した。
◇
プラント船『かいどう』。
処理ラインの最終出口の前で、海道側の技術者たちが息を殺して待っていた。
ゴトッ。
短い機械音とともに、排出トレイに最初の回収物が送り出されてきた。
第一試験ロットなので、量は多くない。
だが、分析すれば確実に『資源』として成立するだけの量だ。
技術者が、震える手でその場でサンプルを採取し、別室の分析装置へと走る。
数分間。
船内も、そして政府の管制室も、完全な無音に包まれた。
分析担当者が、モニターのスペクトルグラフを見る。
動きが止まる。
もう一度、別の角度からデータを確認する。
「……出ています」
現場監督が、唾を飲み込んで問う。
「何が」
「対象元素です」
分析担当者が、震える声で読み上げる。
「ネオジム、ジスプロシウム、コバルト……複数種類の対象元素が、基準値以上の純度で確認されました。すべて、投入した海底泥由来のものです」
誰かが、小さく、祈るように呟いた。
「本当に……出た」
長年の深海の嘘が、実海域・実船上の運用として本物になり始めた瞬間だった。
◇
その報告は、即座に海道グループの上層部へと届けられた。
海道サクラは、送られてきたデータ画面を見つめたまま、派手に喜ぶことはしなかった。
これまで海道重工は、国家のために「深海から資源を採っている」という巨大な物語を成立させる側だった。
空回りする遠心分離機や精錬炉を動かし、深海採掘用の配管には海水を循環させ、その裏で別の場所から来た資源を積み出し、世界を騙し続けてきた。
だが、今日は違う。
実際の海で、本当に採った。
実際の船上で、本当に処理した。
本当に、資源が出たのだ。
「……これで、少なくとも深海については、嘘を減らせますね」
サクラが、傍らに立つ政府担当官に静かに言った。
「はい」
政府担当官が、深く頷く。
全部の嘘が消えたわけではない。
第二処理区画に収められた中核装置の構造、正確な性能、運用限界は秘匿されたままだ。
だが、「実際の海域で深海泥を採り、船上で資源として取り出せる」という根幹部分だけは、正真正銘の本当になった。
その事実の重さは、彼らの肩の荷をどれほど下ろしてくれたか計り知れない。
◇
だが、感動に浸る間もなく、海道重工の技術班から追加の報告が上がってきた。
「処理能力に、まだかなりの余裕があります」
現場監督からの通信に、海道側の上層部が顔を見合わせた。
「どの程度だ」
提示された数字を見て、海道側の役員たちが沈黙した。
政府側がこれまで市場へ供給してきた量を上回るほどの処理余力があることが、数字の上ではっきり示されていた。
現場の技術者としては、機械に余裕があるなら当然こうなる。
「もっと、実採掘由来の比率を上げられます」
サクラも、経営層としての視点から日下部へ打診した。
「実採掘由来への切り替えを、予定より早められますか?」
「可能です」
日下部が、通信越しに答えた。
「……可能?」
サクラが、少し意外そうに問い返す。
「ただし、市場への総供給量は増やしません」
理由は明白だった。
海道式深海資源事業は、すでに一度、世界の資源市場を大きく揺らしている。
半値級の国産資源が登場した時点で、関連企業の株価も、既存鉱山の採算性も、資源安全保障の議論も大きく動いた。
そして現在は、海道グループから一定量の資源が供給されることを前提に、新しい契約と市場が組み上がっている。
ここで必要なのは、もう一度供給量を跳ね上げて市場を揺らすことではない。
既存の供給量を保ったまま、その内訳を本物へ置き換えていくことだ。
今回変えるのは、『量』ではなく『出生地』だった。
「本物の深海産を一トン増やしたら、テラ・ノヴァ由来を一トン減らします」
日下部が、段階的本物化の原則を改めて確認した。
◇
同じ頃、テラ・ノヴァの管制室でも、工藤が同じ説明を聞いていた。
「つまり、本物の深海産が一トン増えたら、テラ・ノヴァから持ってくる分を一トン減らせばいい?」
工藤が、モニター上に簡単な収支図を描く。
「その通りです」
日下部が頷く。
「じゃあ、ライン自体は全力で回していいんですね?」
「はい」
「回収率も?」
「はい」
「必要なら二十四時間運転も?」
「既存供給量の置き換えに必要な範囲であれば」
工藤の表情が、一気に明るくなった。
「それなら全然いいですよ! 性能のいい機械をわざと悪く使えって話じゃないなら!」
日下部は、モニター越しに小さく頷いた。
「今回変えるのは、供給量ではありません。中身です」
その一言で、工藤にも方針が完全に通った。
これまで市場へ流していた『深海産』百のうち、大部分がテラ・ノヴァ由来だったとする。
ならば本物の深海産を十作れるようになれば、テラ・ノヴァ由来を十減らす。五十なら、五十減らす。
市場へ出る総量は変えず、偽物だった内訳だけを少しずつ本物へ変える。
「……なるほど」
工藤は、納得したように頷いた。
「本物が増えた分だけ、偽物を減らすんですね」
「そういうことです」
◇
方針が決まれば、工藤の頭はすぐに次の最適化へ切り替わった。
彼は、キーボードに手を置き、不敵に笑った。
「じゃあ、切り替えを安定させるために保守性上げます」
「……それは?」
日下部が、続きを促す。
「市場への出荷量は変えません」
工藤は、画面に新しい設定を打ち込んでいく。
「中核部の自己診断プログラムの強化。消耗部品の予防交換アラート。故障時の自動切り離しとバイパス構築。稼働ログの高圧縮保存。異常時の瞬時自動停止。それから、海上で海道の人たちだけでも交換可能な外部ユニットの設計見直し……」
工藤は、システムへの負荷を減らし、安定稼働させるためのチューニングを猛スピードで始めた。
つまり、生産『量』ではなく、稼働率と『保守性』を極限まで改善するのだ。
元・運用保守SEとしての、真骨頂である。
「壊れて止まったら、またテラ・ノヴァ産の比率を戻さないといけなくなりますからね」
工藤が、真面目な顔で言う。
日下部は、その提案に素直に頷いた。
「……それは、お願いします」
「よし、改善していいところ来た!」
工藤が、嬉しそうにキーボードを叩く音が、スピーカー越しに管制室へ響いた。
◇
最初の成功だけでは終わらない。
条件を変えた第二試験ロットの処理が始まった。
今度は、工藤が直接システムに触らず、『設定済みの自動運転モード』で処理が行われる。
実用システムである以上、工藤が毎回つきっきりで監視しなければ動かないような装置では、海上実運用には使えない。海道側が自力で運用できなければならないのだ。
ただし、ブラックボックスである中核部分へのアクセス権は一切与えられない。
海道側の操作は、原料の投入、処理モードの選択、そして実行ボタンの押下のみである。中身は触れない。
第二ロット、正常に処理完了。
泥の含水率を変えた第三ロット、正常。
条件の差にも、システムは完璧に追従し、安定した出力を保った。
ここで初めて、「リクレーマーで泥から資源が取れる」ではなく、「『かいどう』という実用インフラとして安定運用できる」ことが確認されたのである。
◇
数日後。
日本政府の内部資料に、極秘の運用レポートが提出された。
《実海域採取原料:使用》
《対象資源回収:成功》
《連続処理:成功》
《再現性:確認》
《海上運用:問題なし》
そして、最後の一行。
《判定:フェーズ三(海上実証)達成》
これで、ロードマップは次なる段階へと進む。
『段階的本物化』。
市場への総供給量は増やさない。今後、数年単位の時間をかけて、少しずつ、本当に深海から採れた資源の割合を増やしていく。
すると、時間とともに、テラ・ノヴァ資源を深海資源として偽装して流し込む必要量が減っていく。
最終的には。
日本の深海資源産業そのものを、ほぼ完全な『本物』へ近づけていく。
ただし、テラ・ノヴァ由来の資源を完全にゼロにはしない。需要急増や異常事態に備える、最後の調整弁として残す。
それが、最初から決められていた運用だった。
◇
さらに数日後。
日本のニュースメディアの経済欄の片隅に、小さな記事が載った。
『海道重工、南鳥島沖深海資源設備の第二世代処理ライン試験を完了』
専門紙や経済紙では、少しだけ詳細に報じられた。
「海道式深海精錬法、連続処理工程を更新」「南鳥島周辺海域の長期供給体制を強化」。
だが、世間一般の反応は、最初の深海資源発表時ほど派手ではなかった。
「ああ、あの半値レアアースの海道か」
「また設備更新したの?」
「供給が安定するなら助かる」
その程度の関心だ。海道グループが深海資源を商業供給していること自体は今さらニュースではなく、国民の目は国連の常任理事国入りをめぐる批准や火星ミッションの話題へ向いていた。
それでいい。
裏では、国家最大級の資源カバーストーリーの『供給内訳』が、静かに本物へと置き換わり始めたというのに。
表のニュースは、ただの設備更新として地味に流れていった。
その圧倒的な落差こそが、日下部たちが狙った最も安全な着地点であった。
◇
試験終了後。
日下部の端末に、海道サクラから短く、しかし万感の思いが込められた暗号メッセージが届いた。
『海上実証、完了しました。
……深海は、本物になりました』
日下部は、そのメッセージを読み、小さく息を吐き出した。
正確には、全部が一日で本物になったわけではない。それでも、嘘しかなかった中核工程に、本物へ置き換えていく入口が開いた。
日下部は、端末を閉じようとしたが、ふと資料一覧の端に残っていた別のファイルへ目をやった。
表紙には、こう書かれている。
《軌道輸送インフラ基礎検討資料》
《取扱注意》
名称はまだ確定させていない。
軌道エレベーターに本格着手したとは、まだ一行も書いていない。
ここはあくまで、「海道グループが約束した宿題(深海の嘘を本物にする)を終えたので、次の約束を検討できるテーブルに着いた」というだけだ。
「……終わりました?」
工藤が、背伸びをしながら聞いてきた。
「海上実証については、終わりました」
日下部が答える。
「じゃあこれから、本物の比率を上げてけばいい?」
「はい。既存の供給計画を維持したまま、お願いします」
日下部が答える。
「了解です」
工藤は、素直に頷いた。
「これなら気持ちよく回せるな」
工藤は満足そうに頷いたが、すぐに画面共有の端に一瞬だけ残った資料名に気づいた。
「あれ、これ何です?」
工藤が、表示を拡大しようとする。
日下部が、サッと共有画面から資料を消した。
「まだです」
「宇宙って書いて——」
「まだです」
「でも海道さん、深海の次は宇宙って話でしたよね?」
工藤が、ニヤニヤしながら尋ねる。
「……覚えていたんですか」
日下部が、面倒くさそうに顔をしかめる。
「そういうのは覚えてますよ。俺、宇宙好きですし」
日下部は、深く溜め息をつき、そして、少しだけ諦めたように言った。
「……では、その話は、後日です」
「後日!」
工藤は、隠しきれないほど嬉しそうな顔をした。
その日、日本が長年『深海資源開発』と呼び続けてきた巨大なカバーストーリーは、初めて実海域・実船上の運用として、その名の通りの産業へ踏み出した。
海水だけが流れていた管を本物の泥が流れ、空回りしていた設備が本物の原料を処理し、別の宇宙から来ていた資源の一部が、本当に日本の海底から出た資源へと置き換わり始めた歴史的な日。
しかし、その成功を最も喜んでいた男が、次に見据えていたのは、冷たい海底ではなかった。
空だった。
果てしなく続く、星の海へと繋がる道だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!