自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
テラ・ノヴァ側の中央管制室。
地球側とは異なる星空の下、絶え間なく稼働を続ける巨大な機械群の重低音が、静かな夜の空気に溶け込んでいる。
工藤創一は、自室のリビングでくつろぐかのような気楽な姿勢で、司令席に深く身を沈めていた。
彼の目の前のホログラム空間には、巨大な青い地球の立体映像が浮かび上がっている。そして、その赤道付近の海面から、宇宙空間へ向かって真っ直ぐに伸びる細い光の線——『軌道エレベーター』の初期設計モデルが、複雑な数式と共に展開されていた。
「うーん……普通に静止軌道までケーブル伸ばす必要あるかなぁ」
工藤は、顎に手を当ててブツブツと独り言を漏らす。
「重力制御があるんだから、張力を全部材料の強度に持たせなくてもいいよな。でも、停電時に落ちたら最悪だから、受動安全系は別系統で独立させて……。貨物と有人は絶対にラインを分離したいし、保守用のラインも一本欲しいな。……一本? いや、三本くらいあった方がメンテナンスが楽か」
『現在の案では、地球の一般的な意味での軌道エレベーターという概念から、大きく逸脱しています』
傍らに立つ工場管理AI・イヴのホログラムが、冷静な合成音声で指摘する。
「いいじゃん、便利なら」
工藤は、全く意に介さずに設計図を指先で回す。
ここでは、誰も彼を止めない。
日下部のような官僚が胃を押さえて睨んでくることもなく、矢崎総理の重々しい視線もない。これは正式な国家事業の図面ではなく、完全に工藤個人の「面白そうな趣味の設計」の時間なのだから。
工藤が軌道エレベーターの配置バランスで遊んでいる間、管制室の片隅の小さなモニターでは、いつものように地球側のニュース映像がミュート状態で流されていた。
『——日本を六番目の常任理事国とする国連憲章改正案について、各国で批准手続きが始まっております』
『総会で百二十九票目となる賛成票を投じた太平洋島嶼国ツバルでは——』
そのテロップの文字が視界に入った瞬間、工藤の指がピタリと止まった。
「……ツバル?」
工藤は、数秒間その名前を反芻し、あ、と思い出した。
「百二十九票目の国か」
先日の国連総会で、日本の常任理事国入りに必要な憲章改正案を採択へ導いた『百二十九票目』を投じた小さな島国の名前だ。工藤の認識は、その程度に過ぎない。別に彼らの歴史や国情を深く知っているわけではなかった。
「イヴ」
「はい、マスター」
「ツバルの情報、ちょっと出して」
「承知しました」
軌道エレベーターのホログラムがスッと横へ退き、代わりに地球儀が太平洋の領域へとズームしていく。
「…………」
工藤は、画面に表示されたポリネシアの島々の群れを見つめ、さらに拡大を指示した。
「……小さっ」
思わず、そんな声が漏れた。
◇
「対象国家、ツバルの概要を表示します」
イヴが、簡潔なデータと地形図を並べていく。
「総面積は約二十六平方キロメートル。九つの島からなる、非常に狭い国土を持つ島嶼国家です。国土の大部分は極めて標高が低く、海抜数メートルの位置に存在します」
「高潮、塩害、淡水資源の確保、海岸侵食に対する脆弱性が高く、長期的な海面上昇への対応が国家的な最重要課題となっています」
工藤は、表示された数字よりも、島の3D地形図の方をじっと見つめた。
海。細く湾曲した陸地。そしてまた、海。
「これ……ほとんど海じゃん」
「地域によっては、その認識で概ね正しいです」
「道路の左右がすぐ海じゃん。これ、大雨降ったらどうなるの?」
「排水能力が限界を超え、浸水する確率が高いです」
「高潮は?」
「重大な脅威となり得ます」
工藤は、さらに地下の断面図を表示させた。
「地下水は?」
画面に、薄いレンズ状の淡水層の模式図が浮かび上がる。
「……これ、ちょっとでも海面が上がったら、塩水入ってきて面倒じゃない?」
「はい。塩害による土壌および淡水資源への汚染リスクが指摘されています」
工藤は、腕を組んでその細長い島のホログラムをしばらく眺めた。
彼の心に、「かわいそうだから救わなければ!」といった、強烈な正義感や使命感が湧き上がったわけではない。
彼はあくまで、システムエンジニアであり、工場長だ。
目の前に提示されたのは、一つの『構造的な問題』である。
そして、自分が持つ現在のテクノロジーツリーの機能を使えば、その問題に対する非常に単純な『解決策』が導き出せそうだった。
「……じゃあ」
工藤は、指を鳴らした。
「島、デカくしたらいいんじゃない?」
◇
工藤は、ツバルの3D地形を空中で掴むようにして回転させながら、独り言のように思考を整理し始めた。
「そもそも、低いところにあるのが問題なんだよな。だったら……」
彼は、島全体をホログラムのカーソルで選択した。
「浮かせる?」
「技術的には可能です」
イヴが即答する。
「可能なんだ」
工藤は少し嬉しくなる。「じゃあ、島の下に浮力制御モジュールを入れて、完全な人工浮島国家にするとか」
さらに想像を広げる。
「いや……島に推進器つけて、台風とか天気が悪くなったら、国ごと移動して逃げるとか?」
「必要な推力および構造補強案を算出しますか?」
「ちょっと待って」
工藤は、自分の考えた『機動国家ツバル』というSFアニメのような映像を頭に思い浮かべ、一人で笑った。
「島にロケット付けるの、めちゃくちゃロマンあるけど……」
「国ごと移動できれば、台風も避けられるし、そのまま宇宙にも——」
そこで、工藤の思考がピタリと止まった。
「いやいや」
工藤は、自分で自分のアイデアに突っ込みを入れた。
「絶対あとで面倒になる」
国境線はどうなるのか。領海は? 排他的経済水域(EEZ)は?
移動した先の航路の安全確認は? 住んでいる人たちのインフラの接続は? 地盤の強度は?
いくらアンノウン技術でも、「島ごと動かす」のは明らかに副作用と政治的リスクが多すぎる。日下部が知ったら、胃薬どころか物理的に気絶する案件だ。
「まあ」
工藤は、最初の、一番地味で確実だと思った案へ戻った。
「とりあえず、今ある島を大きくして、高くすればいいよね」
彼の中では地味な解決策だったが、地球の土木工学からすれば十分に狂った発想であった。
◇
「イヴ」
「はい、マスター」
「海底から普通に砂や岩を運んできて埋め立てると、どれくらい面倒?」
イヴが、瞬時に必要な資材量、浚渫船の稼働時間、輸送量などを試算して表示する。
「うわ、多いな」
工藤は顔をしかめた。
「わざわざ遠くから砂運んでくるの、非効率だな……」
工藤の視線が、島の周囲を取り囲む広大な海水へと向けられた。
「……現地に、材料あるじゃん」
「海底の堆積物を指していますか?」
「それもそうだし。……海水の中にも、いろんな元素が溶けてるよね?」
「はい」
「じゃあ、海底の砂とか岩とか、海水中の元素を使って、その場で地盤を作っちゃえばよくない?」
イヴは、コンマ数秒の演算の後、極めて平坦な声で答えた。
「可能です」
「だよね」
工藤は、当然のように頷いた。
彼にとって、この「だよね」という感覚は、システム設計において最適なモジュール構成を見つけた時の、単なる日常的なパズルの正解に過ぎなかった。
◇
そこから、工藤による『要求仕様の追加(アジャイル開発)』が始まった。
最初は、ただの単純な人工島製造機のつもりだった。
だが、設計図を見ているうちに、工場長としての凝り性が次々と顔を出す。
「海底に設置したユニットが、周囲の物質を取り込んで人工の礁(岩礁)を自己成長させる。……でも、ただのコンクリートの塊みたいなのを作っちゃ駄目だよな。環境に悪いし」
工藤は、図面を修正する。
「多孔質構造にしよう。海流が適度に通るようにして、微生物とかサンゴ、貝類なんかが自然に定着できる隙間を作る。外側は、波の力を分散させる複雑なテトラポッドみたいな構造にして。内側は、上に建物を建てるから、高密度の支持構造でガッチリ固める」
「人工物だけど、人工物っぽくない、自然のサンゴ礁に近い方がいい」
「対応可能です」
イヴが設計をアップデートしていく。
「上に町を作るんだから、地盤沈下しないようにしてね」
「承知しました」
「地震とか、でかい波浪で壊れたらどうする?」
「自己補修機能を付与可能です」
「じゃあ付けよう」
「海岸線が削れたら?」
「侵食量を検知して、また削れた分だけ戻そう」
「海面が上がったら?」
ここで、工藤は非常に重要な、根本的な解決仕様を組み込んだ。
「上部構造を自動で追加形成することで、海面の上昇に追随可能です」
イヴの提案に、工藤はポンと手を叩いた。
「それいいな!」
つまり、海面が上がれば、島もそれに合わせて少しずつ『高く成長する』のだ。沈む島という概念そのものが消滅する。
さらに、工藤の思考は淡水問題へと進む。
「島だけ増やしても、水に困るのか……」
工藤は、淡水レンズの資料を眺める。
「じゃあ、人工礁の内部に、淡水を保持する層を作ろう。下には塩水が上がってこないように不透水層を挟んで、雨水を効率よく浸透・貯留できる構造にする。塩水の侵入防止層と、地下の淡水モニターも入れておこう」
さらに視線は地表へと向かう。
「人が住んで植物を植えるなら、ちゃんとした表土がいるよね。有機物の処理と土壌の生成機能も追加。排水路、下水の基礎、地下の共同溝(インフラ用パイプライン)まで、最初から設計に入れておこう」
「マスター」
イヴが、無機質な声で警告する。
「当初の要求仕様から、大幅に拡張されています」
「どうせ作るなら、ちゃんと使える方がいいじゃん」
工藤は、全く悪びれることなく笑った。
◇
数時間後。
ホログラム上に、一つの洗練された装置の完成図が浮かび上がった。
円筒状、あるいは小さな塔のようなユニット。
これを海底へ固定すると、周囲へ無数の『成長ノード』を展開する。中央ユニットから枝や菌糸のような構造が広がり、海底の砂や海水成分を取り込みながら、徐々に巨大な人工礁を形成していく仕組みだ。
「名前、どうしよう」
工藤は、腕を組んで少し考えた。
「環礁成長ユニット、かな」
「『環礁成長ユニット』として登録します」
「いや、仮ね」
「仮称として登録します」
いつものお約束だった。アンノウン機関において、工藤のつけた仮称は、だいたいそのまま恐ろしい正式名称として地球の歴史に刻まれることになる。
◇
「よし、設計はできたけど……いきなり他国の海底に、テストしてない機械を突っ込むわけにはいかないよな」
工藤も、そこはちゃんと弁えていた。
「テラ・ノヴァ側の、適当な浅い海で実証テストしよう」
ただし、単なる机上のシミュレーションや、小さな模型試験で終わらせる気は毛頭なかった。
実寸大でやる。
「じゃあ、直径……百メートルくらいで作ってみるか」
「実証目的としては十分な規模です」
「将来は、もっとでかくできる?」
「制限はありません」
「よし」
工藤がコンソールで承認ボタンを押す。
そのデータは即座にテラ・ノヴァの製造ラインへと送信され、深夜の工場群が、新たな装置を生み出すために一斉に稼働音を一段階高めた。
数時間後。
完成したプロトタイプの『環礁成長ユニット』が、ドローンによってテラ・ノヴァの美しい海へと運ばれ、海底へと静かに投下された。
【一日目——海底に「種」を植える】
無人潜航ドローンのカメラ映像が、管制室のモニターに映し出されている。
海底に固定されたユニット。最初は何も起きなかった。
数分後。
装置の周囲から、白灰色の格子状の構造物が、まるで植物の根が這うように、地面をゆっくりと伸び始めた。
枝分かれし、海底の岩場に固定され、さらに枝分かれしていく。
「おお」
工藤が感嘆の声を漏らす。
「なんか、根っこみたいだな」
「基礎支持構造を形成中です」
イヴが淡々と解説する。
数時間で、海底の広い範囲がその白い網目によって覆い尽くされた。
第一日終了時。まだ海中ではあるが、すでに巨大な『島の骨格』が完成していた。
【二日目——海底から構造物が伸び始める】
二日目。
人工礁体が、縦方向(海面方向)へと成長を開始した。
ただ真っ直ぐな壁が伸びるのではない。外洋側は、打ち寄せる波の力を砕くための複雑なサンゴ礁のような構造。内側は、巨大なハニカム状の高密度構造。
その空洞部には、周囲の海底から現地の砂や砕石を効率よく取り込み、海水だけを排出してガッチリと固定していく。
「これ、結構速いな」
工藤が、モニターのタイムラプス映像を見ながら言う。
「現在、設計値の九九・八パーセントで推移しています」
「いや、成長速度の話」
「予定通りです」
「そうだけどさ」
工藤は、自分の作った機械のバケモノじみた効率に少しだけ苦笑した。
【三日目——海面まで来る】
三日目。
水中カメラの映像が、白灰色の構造物が波のすぐ下、水面スレスレにまで迫っている様子を捉えた。
波が、その構造物の上で砕け、白波を立て始める。
ユニットの周辺の海域が、明らかに穏やかな波に変わっていくのが分かる。
「お、防波堤にもなるじゃん」
工藤が、思いがけない効果に少し興奮して言った。
「当初設計に、波力分散機能として含まれています」
イヴが、冷たく事実を突く。
「そうだった」
そして、三日目の午後。
波打ち際の映像に、最初の一角が海面から顔を出した瞬間が映し出された。
濡れた人工礁の先端が、陽光を浴びて白く輝いている。
「……出た」
まだ島ではない。ただの岩礁の一部だ。
だが、何もない海の上に、確かに新しい陸地が生まれた瞬間であった。
【四日目——陸地へ変わる】
四日目は、内部と表面の構築だった。
ハニカム構造の内部に、砕いた鉱物と砂質層が敷き詰められていく。
排水路が構築され、地下には淡水を保持するための密閉層が形成される。
そして上部には、植物が根を張れる地表基盤が薄くコーティングされていく。
人工的な白灰色の構造は次第に見えなくなり、上から見れば、自然に堆積した美しい砂洲に近い外観へと変化していった。
「見た目も、普通になったな」
「将来的な現地の生態系定着を考慮した表面処理です」
この時点で、直径約百メートル級の完全な陸地が形成されていた。海面からの高さも数メートルを確保している。
【五日目——本当に島が完成する】
そして、五日目の朝。
ドローンからの上空映像。
どこまでも続く青い海。
その中央に、五日前には存在しなかったはずの、美しい白砂の島が浮かんでいた。
波打ち際には穏やかな砂浜があり、内側の少し高い部分には安定した平地が広がっている。外周の人工礁が外洋の波を優しく砕き、地下には淡水を貯める準備が整った強固な地盤が完成している。
島を成長させていたノード群は、役目を終え、自己補修の待機状態(休眠)へと移行していた。
「環礁成長試験、完了しました」
イヴが、完了報告を告げる。
「……ほんとに、島になった」
「はい」
「何日かかった?」
「設置開始から、百十九時間四十二分です」
「約五日か」
工藤は、モニターの島を見つめながら、少しだけ感心したように息を吐いた。
「……島って、五日でできるんだな」
「通常の自然形成過程とは大きく異なります。数万年の誤差があります」
イヴが、大真面目にツッコミを入れた。
「そりゃそうか」
工藤は声を立てて笑った。
◇
だが、ただ画面で見ているだけでは満足できなかった。
工藤は、テラ・ノヴァ側の移動用ゲートを使い、実際にその『新しい島』へと足を運んだ。
ザクッ、ザクッ。
工藤の作業靴が、真新しい砂浜を踏みしめる。
彼はしゃがみ込み、砂を掬い上げて指の間からこぼしてみた。
「……普通の砂だ」
「表層には、現地由来の海底鉱物とサンゴ砂を主体として使用し、自然な環境を模倣しています」
工藤は立ち上がり、海辺まで歩いた。
穏やかな波が打ち寄せ、足跡を洗っていく。
昨日まで、ここはただの深い海だったのだ。
「……これなら、普通に家も建てられるな」
「地耐力は十分に確保されています。可能です」
「空港は?」
「規模を拡張すれば、滑走路の設営も可能です」
「農地?」
「淡水層と土壌生成機能を利用すれば、可能です」
「港?」
「接岸用の深水区画を設計に追加すれば、可能です」
工藤は、水平線を見渡しながら、ゆっくりと頷いた。
「……ツバル、普通に広げられるな」
最初から、外交的な大義名分や国際支援として作ったわけではない。
「問題を見た」→「技術的に解決してみた」→「実物ができた」→「じゃあ、使えるじゃん」
という、極めて純粋なエンジニア的思考の帰結だった。
「これ、ツバルに使えばいいんじゃない?」
工藤が、思いついたように言った。
「対象国であるツバル政府の同意、および地球側の複雑な各種外交手続きが必要です」
イヴが、現実の壁を指摘する。
「じゃあ、日下部さんに聞こう」
工藤は、一切の躊躇なく、端末の通信ボタンを押した。
◇
日本、首相官邸。
日下部は、自室のデスクで山積みの書類仕事(主に国連安保理改革の根回しと、ドイツからの果てしない修正案の処理)に追われていた。
そこへ、工藤からの通信が入る。
「日下部さん、お疲れ様です」
「はい。何でしょうか」
「ツバルって、あるじゃないですか」
日下部の手が、ピタリと止まった。
国連総会で、憲章改正案の採択に必要な百二十九票目を投じた国。当然、日下部の頭の中にはその名前が明確に刻まれている。
「……ありますが。それが何か?」
「島、増やしていいですか?」
「…………はい?」
日下部は、自分の耳を疑った。
今回は、怒りや胃痛よりも先に、「この男は何を言っているのだ?」という純粋な疑問が勝った。
「ニュース見たんですよ。海面上昇とか高潮とかで、すごく大変なんでしょ?」
「それは、まあ……事実ですが」
「だから、島を大きくする機械、作りました」
日下部は、数秒間、完全に無言になった。
◇
「……映像、見せてもらえますか」
日下部が、絞り出すように言う。
「はい! 今送りますね」
工藤から、五日間のタイムラプス映像が転送されてきた。
ただの海。
一日目。海底に伸びる白い構造。
二日目。複雑な人工礁の成長。
三日目。海面突破。
四日目。砂洲の形成。
五日目。……白砂の島が完成。
日下部は、無言でその映像を二度、三度と再生した。
連絡を受けて駆けつけた技術官たちも、言葉を失って画面を凝視している。
「だいたい、五日です」
工藤が、得意げに言う。
「……五日」
「はい」
「何が?」
「島が」
日下部は、ゆっくりと額を押さえた。
ただし、今回はいつものように「駄目です」と即座に却下することはしなかった。
「……まず、一つ」
日下部が、冷静な声で言う。
「はい」
「勝手に他国の国土を増やしてはいけません」
「それは分かります」
「本当に分かっていますか?」
「だから、日下部さんに聞いてるんじゃないですか」
工藤のその返答に、日下部は少しだけ驚いた。
以前なら、事後報告で「やっちゃいました」と言い出しかねない男だった。それが、事前に「国境が絡むから聞いてみる」という手順を踏むようになったのだ。確かな成長である。
「……そうですね。聞いていただいて、助かります」
日下部は、素直に評価した。
「そして、もう一つ。最大の問題があります」
日下部が、冷徹な外交官の顔に戻る。
「タイミングが、非常に悪いです」
「?」
「ツバルは、先日の国連総会で、日本の常任理事国入りに向けた憲章改正案を、採択へ到達させた百二十九票目の賛成票を投じた国です」
「ああ」
「その直後に、日本から突然『島を大きくしてあげます』という国家規模の異常な支援を行えば……世界中から間違いなく『あの投票への見返り(買収)だ』と疑われます。外交的にも、倫理的にも、大炎上は避けられません」
「でも俺、ニュース見るまでツバルがどこにあるかすら知らなかったですよ?」
工藤が、純粋な善意と無知を主張する。
「……知っています」
日下部は、工藤を疑わなかった。この男が政治的意図で動くはずがない。
「問題は、事実ではなく、外から『どう見えるか』です」
「あー……」
工藤も、さすがにその面倒くささに気づいて顔をしかめた。
「じゃあ、どうします? やめますか?」
以前の日下部なら、ここで「やめましょう」と封印していただろう。
だが、今回は違った。
◇
日下部は、少しの間目を閉じ、頭の中で猛烈な速度で外交シナリオを構築した。
「……ツバル政府へ、まず『純粋な技術協議』として非公式に打診します」
「お」
工藤が、期待の声を上げる。
「日本からの一方的な贈与という形にはしません」
日下部が、絵図を描く。
「あくまで『気候変動適応技術に関する、日・ツバルの共同実証プロジェクト』とします。そして、ツバル政府から正式に『要請を受ける』という手続きを必ず踏みます」
「なるほど」
「さらに、将来的には同様の問題を抱える他の太平洋島嶼国にも、申請可能な国際的枠組み(パッケージ)として用意する。そうすることで、百二十九票目の国だけを特別扱いしたという批判をかわします」
「じゃあ、ツバルに聞いてみましょう!」
工藤が、嬉しそうに言う。
「まず、私にその機械の技術資料をください。政府として安全性を精査します」
「ありますよ。送りますね」
データが送信され、日下部がそのファイル容量を確認した。
「……異常に小さいですね。これだけですか?」
日下部が、眉をひそめる。
「装置そのものの仕組みは、結構簡単ですよ?」
工藤が、悪びれずに答える。
「簡単……」
日下部にとって、最も嫌な単語だったが、今回は耐えた。
「あ、あと」
工藤が、ふと思い出したように付け加えた。
「まだ何か?」
「もっと速くできます」
「……五日より、ですか?」
「今回は実証テストだったんで、安全を見てゆっくりやったんで」
沈黙。
「あと、面積も別に百メートルじゃなくていいです」
工藤のサービス精神が止まらない。
「どこまで?」
「材料とユニットさえ増やせば……ツバルの島と島の間を海ごと埋めて、繋ぐくらいなら——」
「今日は、そこまでにしましょう」
日下部が、即座に通信を切断する勢いで制止した。
これ以上の情報は、今の日本の行政キャパシティでは処理しきれない。
「はい」
工藤は、素直に引き下がった。
◇
通信が終了し、テラ・ノヴァの管制室に静寂が戻る。
工藤は、すぐに軌道エレベーターの設計ホログラムを再び展開し、元の作業へと戻った。
モニターの片隅には、先ほど作ったばかりの『新しい小島』のリアルタイム映像が映っている。穏やかな波が、白い砂浜に打ち寄せている。
「さて……」
工藤は、軌道エレベーターの図面をいじりながら呟いた。
「軌道側のアンカー、どうするかな」
まるで、島を一つ作ったことが、彼にとってはただの「日曜大工」程度の感覚であるかのようだった。
「マスター」
イヴが、確認を求める。
「ツバル向けの環礁成長ユニットについて、現地環境に合わせた追加設計を行いますか?」
「いや、正式に話が来てからでいいよ」
工藤は、手を動かしながら答えた。
だが、一拍置いて。
「……でも」
工藤は、手元の画面にツバルの広域地図を呼び出し、ちらりと見た。
海の中に点在する、細く、頼りない陸地の繋がり。
工藤は、指先で地図の上をなぞり、いくつかの島と島を線で結んでみた。
「……ここを埋めたら、結構広くなるな」
「試算しますか?」
イヴが問う。
工藤は、ニヤッと笑って答えた。
「一応」
地球の南太平洋に浮かぶ小さな島国が、間もなく「沈む国」という運命を根底から書き換えられようとしていることを、まだ誰も知らない。
だが、一人の工場長の気まぐれな指先は、すでに彼らの国の新しい地図を、勝手に描き始めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!