自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
南太平洋に浮かぶ小さな島国、ツバル。
海抜の極めて低い9つの島からなるこの国は、現在、国家の存亡を賭けた戦いの最前線に立っている。地球温暖化に伴う海面上昇、高潮、海岸侵食。彼らの美しい国土は、目に見える形で確実に海へと沈みつつあった。
ツバル政府の官邸の一室。
気候変動・環境対策を担当する若き高官は、自らのデスクに座り、ある国の政府から極秘ルートで送られてきた電子ファイルを見つめたまま、完全に言葉を失っていた。
ファイルのタイトルは『気候変動適応型・島嶼保全技術に関する共同実証の提案』。
送り主は、日本政府。
つい先日、国連安全保障理事会の常任理事国入りを目指す日本に対し、ツバルが総会で歴史的な「129票目」の賛成票を投じたばかりの、あの極東の超大国である。
担当官は、送られてきた資料の中の『実証例』のページを、震える指でもう一度スクロールした。
《施工前》
そこに写っているのは、日本の最南端に位置するという『沖ノ鳥島』の航空写真だった。コンクリートの護岸に囲まれた、今にも波に飲み込まれそうな悲惨な岩礁。海面上昇の危機に瀕しているという意味では、自分たちの国とよく似た状況だ。
《施工後》
だが、次の写真で担当官の目は大きく見開かれた。
同じ場所のはずのそこに、美しい白い砂浜が広がり、波を穏やかに跳ね返す浅瀬に囲まれた、明らかに「増えている」立派な陸地が存在していたのだ。
そして。
その二枚の写真の下に、極めて事務的なフォントで添えられていた、たった一行のテキスト。
《主要実証期間:四日》
担当官は、画面に顔を近づけた。
「…………四日?」
ページを戻す。
施工前。
施工後。
四日。
再び戻す。
四日。
「……四週間の誤植じゃないのか?」
担当官は、かすれた声で背後に立つ部下に尋ねた。
「確認します」
部下は即座に日本大使館の担当ルートへ照会をかけた。
返答は、わずか数分で返ってきた。極めて短いテキストだった。
《四日で間違いありません》
「…………」
担当官は、タブレットの画面から顔を上げ、窓の外に広がる青い海を見つめた。
「日本人は、島を四日で直すようになったのか?」
◇
事態は即座に、国家の最高レベルへとエスカレーションされた。
当然である。他国から「国土を広げませんか」という提案が、わずか四日で完了するという魔法のような条件付きで送られてきたのだ。通常の護岸工事の支援案件として処理できるわけがない。
急遽設定された政府会議は、情報の漏洩を極限まで防ぐため、《非公式協議》《機密》《政府関係者限り》という厳重な指定のもと、限られたメンバーのみで開かれた。
出席者は、首相、外務担当、気候変動・環境担当、インフラ担当、財務担当、法務・海洋政策担当、そして最初に資料を受け取った担当官のみである。
「日本からの気候変動支援だと聞いたが」
首相が、重々しい声で口火を切った。
「……おそらく、支援という言葉では足りません」
担当官は、緊張した面持ちでプロジェクターを操作した。
スクリーンに、沖ノ鳥島のビフォーアフターの映像が大写しになる。
全員が、息を呑んだ。
「…………」
最初は、誰もが常識の範囲内でその映像を理解しようとした。
「新型の埋め立て工法か?」
インフラ担当が、土木工学の知識を引っ張り出して問う。
「サンゴ礁の成長促進剤のようなものか?」
環境担当が、生物学的なアプローチを疑う。
「波を完全に殺す特殊な護岸材か?」
法務担当が首を傾げる。
だが、担当官は静かに首を横に振った。
「資料を読む限り……違います」
「何が違う?」
首相が問う。
「日本の説明によれば」
担当官は、送られてきた技術仕様の解説文を読み上げた。
「沖ノ鳥島の既存の護岸には、大規模な交換や破壊を行っていないとのことです。彼らは、護岸の『外側』……海底に、ある装置を配置しただけだと」
スクリーンに、海底で成長する人工礁のシミュレーション映像が流れる。
海中に人工の骨格を形成し、基礎を補強し、周囲の砂を自律的に保持し、侵食された部分を再形成していくメカニズム。
「非常に高度な海洋土木技術だな」
インフラ担当が、まだ感心した程度で頷く。
◇
だが、環境担当が資料のある一文に目を留め、声を上げた。
「待ってくれ」
彼は、スクリーンの一部を指差した。
《侵食自己補修》
「これは?」
環境担当の目が、信じられないというように見開かれている。
「文字通りです」
担当官が答える。
「文字通りとは?」
「波浪や台風などによって地形が削られた場合、海中の装置がそれを自動で検出し……」
担当官は、一拍置いて、最も恐ろしい事実を口にした。
「削られた分だけ、島を『元へ戻す』そうです」
沈黙。
会議室の空気が、完全に静止した。
「……誰が?」
インフラ担当が、震える声で問う。
「装置が、です」
「作業員は?」
「基本的な運用監視以外、補修作業そのものには必要ないと」
「…………」
全員が、絶句した。
ここでようやく、インフラ担当は技術の『本質』に到達した。
「これは……違う」
「何がだ?」
首相が尋ねる。
「護岸を補修する技術ではありません」
インフラ担当は、資料の断面図を拡大した。
海底、基盤、砂浜、人工礁、そして無数に伸びる成長ノード。
「これは、島そのものを『維持するシステム』です」
会議室が、凍りついた。
彼らの抱いていた『高性能な護岸工事の支援』という最初の認識が、音を立てて崩れ去った。
◇
さらに、法務担当が別の記述を見つけて声を震わせた。
「これは何だ……」
《海面上昇追随》
日本側の説明文には、こう書かれていた。
『海水面が上昇した場合、基盤および必要地形を設定された高度まで自律的に成長させる』
「……意味が分からない」
首相が、顔をしかめて呟く。
「海面が二十センチ上がったら?」
環境担当が問う。
「必要な範囲の土地を、その分だけ高く成長させるそうです」
担当官が答える。
「五十センチなら?」
「同様です」
「……一メートルなら?」
担当官も、その先は答えに詰まった。
「……そこは、日本側へ確認する必要があります」
ここで、会議室の誰かが初めて、その事実がもたらす『究極の結論』を口にした。
「なら……我々の島は、沈まなくなるのか?」
誰も、笑わなかった。
ツバルの閣僚たちにとって、この言葉の意味は、他のどの国の人間よりも圧倒的に重く、全く違う次元の響きを持っていた。
彼らにとって、海面上昇は遠い未来の環境問題のニュースではない。
今現在、彼らの生活を削り取っている現実の脅威だ。
道路が冠水し、家が沈み、学校が脅かされ、先祖代々の墓地が波に洗われ、教会の基礎が腐り、農地が塩害で枯れ、井戸水が飲めなくなる。幼い頃に遊んだ海岸は、すでに海の下だ。
国そのものの、存続問題。
これまで政府内では、必死に防潮堤を築き、それでもダメなら移住を検討し、国外への人口移動の受け入れ先を探し、土地を失った後の「国家としての継続性」や文化の保存について、血を吐くような議論を繰り返してきた。
つまり、彼らは長年、「沈んだ後、どうするか」という絶望的な未来に向けた現実的な準備をせざるを得なかったのだ。
ところが。
日本は突然、ポンと書類を出してきて、こう言ったのだ。
『沈ませなければいいのでは?』
首相は、スクリーンに映る沖ノ鳥島の写真を見たまま、静かに、噛み締めるように言った。
「……我々は、沈んだ後の話をしていたはずだ」
誰も、答えることができなかった。
◇
数日後。
ツバル政府と日本政府との間で、第一回の非公式協議が行われた。
最高レベルの暗号化が施された、セキュアなテレビ会議システムである。
画面の向こうに映る日本側は、外務省の担当者、技術担当の役人、そして官邸側の担当者が数名並んでいるだけで、総理や閣僚の姿はない。ツバル側からすれば、「日本政府」という巨大な窓口だけが見えている状態だ。
会議の冒頭、日本側が極めて慎重に切り出した。
「まず、申し上げておきます」
ツバル側が息を呑む。
彼らは、国連総会で129票目を投じた直後のこの提案に、当然ながら「何らかの政治的な意図」を警戒していた。
「本件は、国連総会における貴国の投票への対価(見返り)ではありません」
「我々も、その点を確認したかった」
ツバル首相が、安堵と警戒を半々に混ぜて応じる。
「したがって、今回の協議も現時点では完全に非公式です。受諾を強要するものでもありませんし、仮に貴国がこの提案を断ったとしても、日ツ間の良好な外交関係や、既存の支援政策の扱いには一切影響しません」
日本側は、明確に明言した。
これで「票を買った」という国際社会からの批判リスクを先回りして完全に潰し、同時にツバル側への心理的な圧力を取り除いたのである。
◇
前提の確認が終わり、ツバル側からの質問が始まった。
実務担当官が、最も単純で、最も重要な質問を投げる。
「最も単純な質問をします」
「どうぞ」
「これは、本当に動くのですか?」
「はい」
日本側の技術担当が、一切の淀みなく即答する。
「実験室ではなく?」
「実海域で確認済みです」
「沖ノ鳥島で?」
「はい」
「四日で?」
「主要工程は四日です」
ツバル側の全員が、もう一度手元の沖ノ鳥島の写真を見た。
日本側は淡々と答えているが、ツバル側だけが、その異常なスピード感に静かなパニックを起こしかけていた。
そこから、ツバル側は次々と常識的な、実務レベルの質問を浴びせかけた。
「台風は?」
「対応可能です」
「高潮は?」
「設計に含められます」
「侵食は?」
「自己補修します」
「地盤沈下は?」
「基礎側から補正可能です」
「塩水が地下へ入る問題は?」
「淡水層保護・遮水構造を設計に組み込めます」
「海岸線が変化した場合の、既存の生態系への影響は?」
「事前調査を徹底し、成長領域・水路・生態保全域をミリ単位で設定可能です」
「サンゴは?」
「回避、および定着域を設計可能です」
「故障したら?」
「安全に停止します」
「停止したら、島が崩壊するのか?」
「いいえ。形成済みの地形は、通常の岩礁として残ります」
この最後の答えは、ツバル側にとって極めて重要だった。装置が止まった瞬間に魔法が解けて島が消えるような、恐ろしい時限爆弾ではないということだ。
「では、我々の現在の国土を守れるのか」
首相が、すべての質問を総括して、結論だけを求めた。
「現在のツバルの島々を、この技術で保全できますか?」
日本側の技術担当は、一拍置いて、確認するように言った。
「技術的には可能です」
「首都だけではなく?」
「対象となる島ごとの現地調査は必要ですが、原理上は複数島で同時運用できます」
「有人島すべて?」
「技術的には」
ツバル側にとっては、これだけでも国家の存続を確定させる、奇跡のような回答だった。
◇
だが、ツバルのインフラ担当が、資料のある記述を見つけて疑問を呈した。
「一つ、確認しても?」
「どうぞ」
「先ほどから“保全”という言葉を使っていますが」
インフラ担当は、資料の後半にある項目を指差した。
《拡張運用》
「これは?」
日本側が、一瞬だけ間を置いた。
「……文字通りです。念のため申し上げますが、日本国内で同様の拡張を行えば、海洋権益をめぐる政治問題になります。しかし、ここは貴国の国土です。どこまで広げるかを決めるのは、ツバル政府です」
「…………」
ツバル側が、沈黙する。
「島を、広げることもできる?」
インフラ担当が、恐る恐る問う。
「現在の海岸線を守るだけではなく?」
環境担当も続く。
「はい」
日本側の担当者が、無表情のまま頷く。
「土地を増やせる?」
「はい」
「どの程度?」
日本側は、平然と答えた。
「ご希望の規模によります」
ここで、ツバル政府側が初めて、完全に動きを止めた。
「……希望?」
首相が、聞き返す。
「はい」
ツバル側は当然、国土が広がるとしても、ごく小さな「拡張」を想像していた。
「住宅数十戸分?」
「農地を多少増やす程度?」
「空港周辺の土地を数十メートル広げる?」
彼らの控えめな質問に対し、日本側の技術担当は、同じ答えを繰り返した。
「いずれも可能です」
「……それ以上は?」
「可能です」
「どのくらい?」
日本側は、またしても冷酷なまでにフラットな声で答えた。
「必要な規模をお示しください。そのうえで、我々が設計します」
この「限界が提示されない」という答えが、逆にツバルの閣僚たちを震え上がらせた。
◇
日本側は、初期の資料には載せていなかった『能力範囲説明用の概念図』を画面に表示した。
それは、日本政府が極端な巨大化を避けるためにマイルドに調整した案であった。
【案A】現状の海岸線の完全保全。
【案B】高潮対策 + 居住域の拡幅。
【案C】住宅・農地・公共施設用地の大幅な追加。
【案D】港湾・空港・淡水設備を含む、長期的な国土の再設計。
ツバル側の閣僚たちが、その【案D】の項目を見て言葉を失った。
「……空港?」
「はい。滑走路の拡張も可能です」
「港まで?」
「はい」
「農地?」
「はい」
「淡水設備?」
「環礁構造の設計時に、地下に組み込めます」
「…………」
話の規模が、海岸保全から突然、「国家の再設計(リビルド)」という次元にまで跳ね上がった。
「ちょっと待ってくれ」
インフラ担当が、たまらずストップをかける。
「我々は、海岸を守る護岸技術の話をしていたはずだ」
「はい」
「なぜ、空港の拡張が出てくる?」
日本側も、説明の飛躍に少し困ったような顔をした。
「……島を、広げられるためです」
「それは分かっている!」
インフラ担当が、パニックを起こしかけて叫んだ。
さらに、ツバル側から極めて現実的な指摘が入る。
「土地を広げても、水がなければ人は住めない」
「そのため、地下淡水の保持領域も施工対象にできます」
日本側は、淡水レンズ、雨水貯留、遮水層、排水、下水、さらには土壌層や農業用地の形成まで、生活に必要なすべてをパッケージ化して提案してきた。
つまり、ただの岩と砂を無機質に増やすのではなく、人間が生活できる「土地」として最初から設計できるのだ。
ツバル側の誰かが、ポツリと呟いた。
「……これは、島を作る技術じゃない」
「国土を、作る技術だ」
◇
ここで、日本側から表情を引き締めた担当官が申し入れた。
「ここから先は、情報管理の条件を一段上げたいと思います」
首脳・担当閣僚クラスだけを残し、さらに人数を絞るよう要求される。
端末は回収され、録音は一切禁止、回線は最高レベルの閉域へと切り替えられた。
「本技術の由来についてです」
日本側が、重々しく切り出した。
「日本独自の、通常技術ではない?」
ツバル首相も、これほどのオーパーツが通常の技術であるはずがないと察していた。
「はい」
一拍の間。
「本件は、日本政府が管理する『アンノウン関連技術』を利用しています」
沈黙。
ツバルの閣僚たちは、その言葉の重みに息を呑んだ。
「……アンノウン?」
ツバル首相が、確認するように問う。
「アンノウンというと……あの?」
「はい」
ここでも、工藤創一という個人の名前は絶対に出ない。あくまで技術の源泉としての『機関』としてのみ語られる。
ツバル側も、当然ニュースで知っている。
日本がここ数年、「普通なら数十年先だろう」という技術を次々と現実へ持ち込んでいることを。その背後にいるとされる、アンノウンという存在を。
だが、ツバルにとってはこれまで、それはあまりにも遠い存在だった。
大国のエネルギー政策、火星への宇宙開発、巨大産業、そして先端医療。
すべてが、自分たちの小さな島国には縁のない「世界の大国たちの話」だと思っていた。
気候担当大臣が、まるで雷に打たれたような顔をして呟いた。
「核融合でも、宇宙開発でも、私はニュースを見てただ驚いていた。……だが、どこかで思っていたんだ。あれは、大国や巨大企業の世界の話だと」
彼は、目の前の資料に視線を落とした。
「まさか、その神のような技術が……我々の家を残すために使われるとは、思いもしなかった」
それは、ツバルの閣僚たちが初めて、アンノウンという存在を「自分事」として強烈に実感した瞬間の、感情の吐露であった。
◇
誰かが、震える声でさらに恐ろしい質問を投げた。
「この装置は……いつから存在したんです?」
日本側は、慎重に言葉を選んだ。技術由来や開発経緯は非公開だ。
「今回の提案が具体化したのは、ごく最近です」
「最近?」
日本側は、それ以上は言わなかった。
だが、ツバル側の誰かが、先日の国連総会での出来事を思い出した。
海へ沈みつつある小国の代表が、世界に向けて放った切実な訴え。そして、日本の常任理事国入りを決定づけた、129票目。
その直後に、日本からこの技術提案が届いたのだ。
(……まさか)
彼らは内心で戦慄したが、それを口に出して確定させることはしなかった。ただ、「言ってみるものだな」という畏怖の念だけが、彼らの胸の奥に深く刻まれた。
◇
日本側から、最後の、そして最も重要な説明が行われた。
「日本が、ツバルの新しい形を決めるつもりはありません」
日本側担当官は、明確に干渉を否定した。
「どこを広げるか。どの島を守るか。住宅を増やすか。農地を作るか。空港を拡張するか。……すべて、ツバル政府と国民の皆様が決めてください」
「我々が?」
「はい。これは貴国の国土です。我々が申し上げられるのは、技術的に何が可能かということだけです」
そして、日本側は最後にこう締めくくった。
「ですから、まず貴国が望む『将来の形』を教えてください」
ツバル首相が、戸惑うように聞き返す。
「望む……形?」
「はい」
「どこを守りたいか、ではなく?」
「それも含みます」
「どこまで残したいか?」
「はい」
日本側は、一拍置いて言った。
「どこまで……増やしたいか、も」
沈黙。
これまでツバル政府は、海面上昇を前に「失う土地の計算」ばかりをしてきた。
どの島を諦め、誰を移住させるか。
しかし今、日本側は彼らに「欲しい土地の計算をしてください」と言っているのだ。
これが、ツバル政府にとっての最大の認識の反転であった。
「本日はここまでです。もちろん、即答は必要ありません。政府内で十分ご検討ください」
日本側の丁寧な言葉とともに、回線が終了した。
◇
画面が暗転し、ツバル政府の会議室には誰も喋らない時間が流れた。
十秒以上の、重い沈黙。
「……どうする?」
誰かの最初の一言が、空気を震わせた。
「どうする?」
慎重派の閣僚が口を開く。
「国土を直接改変する技術だ。当然、環境評価が必要だ。法的整理も必要だ。近隣諸国への説明も、日本との関係の整理も必要だ。国民への説明もいる」
すべて、正しい。
しかし。
気候担当大臣が、立ち上がって言った。
「分かっている。……だが我々は、昨日まで『何を失うか』を話していたんだぞ」
会議室が、静まり返る。
「どの島を諦めるか。誰を移住させるか。国土を失った後も国家をどう残すか。……今日、我々は初めて『何を残すか』を選べと言われたんだ」
首相が、静かに決断を下した。
「受けよう」
一同が首相を見る。
「工事を?」
「違う。正式な技術協議を、だ」
まずは詳細調査。環境評価。法制度の整備。
そして日本へ、ツバル政府から『正式に要望を出す』。
これで、日下部が望んでいた「ツバル側からの正式な要請」という外交的な大義名分が成立する。
◇
「では、日本側へ何を伝えますか?」
担当官が、ホワイトボードの前に立つ。
最初は、当然の要望だった。
《全有人島の恒久的侵食防止》
《高潮・海面上昇対策》
《淡水確保》
ここまでは全員一致だ。
だが。
インフラ担当が、手元の資料の《拡張運用》の項目をじっと見つめた。
「…………」
誰かが、彼に促した。
「言え」
「いや」
「言え。どうせ調査するなら……」
インフラ担当が、ポツリとこぼした。
「……住宅不足もある」
その一言で、堰を切ったように要望が溢れ出した。
「農地も増やせると言っていた」
「空港周辺も狭い」
「港も改善したい」
「避難用の高台があってもいい」
「病院を内陸に置ける土地が欲しい」
「学校も」
「倉庫も」
「発電設備も」
ホワイトボードが、次々と欲望で埋め尽くされていく。
「待て」
首相が、ストップをかけた。全員が止まる。
首相自身も、資料をじっと見つめた。数秒後。
「……いや。せっかくだ。希望は全部書け」
「え?」
「できるかどうかを決めるのは、日本側だ」
ツバルの閣僚たちが、活気づく。
《ツバル国家国土再設計要望・第一次案》
・全有人島の恒久的侵食防止
・海面上昇追随
・高潮・波浪対策
・淡水確保
・居住用地拡張
・農地拡張
・港湾機能改善
・空港用地拡張
・医療・教育施設用地
・災害時避難高地
・将来人口増加余地
担当官が、ホワイトボードを見て呟いた。
「……これ」
「何だ?」
「もう、気候変動対策ではありませんね」
首相は、そのボードを見つめながら深く頷いた。
「国家計画(リビルド)だな」
◇
さらに、会議の熱気の中で、一人の官僚がとんでもないことに気づいた。
彼は地図を眺めながら、震える声で言った。
「……待ってください」
「今度は何だ」
「日本側は、島同士を繋げることについて、何か言っていましたか?」
全員が、ピタリと動きを止め、沈黙した。
島と島を繋ぐ。それはもはや拡張ではなく、全く新しい巨大な大陸(環礁都市)の創造だ。
「……それは、次回聞こう」
誰かが、理性を総動員してその暴走を止めた。
だが、全員の頭には、その巨大な夢が確かに残っていた。
◇
日本への正式回答が作成される。
《ツバル政府は、日本政府から提示された島嶼保全技術について、正式な技術協議の開始を希望する》
《対象は単一島に限定せず、ツバル領内の有人島全体について検討を希望する》
《単純な現状維持に限らず、将来的な居住・農業・公共インフラ需要を含む国土拡張可能性についても協議を希望する》
担当官が読み上げ、全員が頷いた。
送信ボタンが押される。
送信完了の画面を見つめながら、担当官がふと、我に返ったように言った。
「…………」
「どうした?」と隣の官僚。
「いや……我々、かなり欲張った要望を送った気がして」
「向こうが無理だと言えば削ればいい」と財務担当が楽観的に言う。
「そうですね」
担当官は、少し間を置いて呟いた。
「……無理だと、言いますかね?」
全員が、沈黙した。
沖ノ鳥島。
四日。
アンノウン。
誰も、日本が「無理だ」と言う姿を想像できなかった。
昨日まで、ツバル政府が恐れていたのは、海に国土を奪われる未来だった。
今日から彼らが頭を抱えることになったのは——
アンノウンに、どこまで国土を増やしてほしいと頼むべきなのか。
という、あまりにも贅沢な問題だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!