自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~   作:パラレル・ゲーマー

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第231話 アメリカ政府、もうアンノウンには驚かないと思っていた

 アメリカ合衆国、国内某所。

 無機質な照明に照らされた広大な情報分析センターのフロアには、膨大な数のモニターが壁面を埋め尽くしている。ここは、衛星画像やシギント(電子情報収集)、OSINT(公開情報調査)などを統合的に解析し、世界中のあらゆる物理的・地政学的な変化をリアルタイムで監視する国家防衛の最前線だ。

 

 一人の若手分析官が、太平洋地域の定期的な画像解析プログラムを走らせていた。

 画面には、広大な青い海と、点在する島々や岩礁の衛星写真が次々と処理されていく。

 その時、システムのAIが短い警告音とともに、ある一点を赤くハイライトしてポップアップさせた。

 

 《地形変化検知・要注意》

 

 分析官は、コーヒーカップを口に運ぼうとしていた手を止め、怪訝な顔をした。

 

「……?」

 

 エラーか? と最初は思った。

 AIによる自動差分検出は優秀だが、時折、強烈な台風による地形の一時的な変動、潮位差による露出面積の変化、あるいは単なる撮影条件(雲や光の反射)の違いを「地形変化」として誤検知することがあるからだ。

 

 分析官は、ハイライトされた座標を拡大した。

 日本の最南端、沖ノ鳥島周辺の最新衛星画像である。

 

 彼は手動で、過去数日間の画像アーカイブを呼び出し、モニターに並べて比較を始めた。

 

 四日前の画像。

 コンクリートの護岸に囲まれた、見慣れた小さな露岩。従来通りの沖ノ鳥島の姿だ。

 

 三日前の画像。

 波の形が少し不自然だ。海面下に何かがある。

 

 二日前。

 護岸の周囲の海の色が変わっている。浅瀬ができているように見える。

 

 そして、現在(最新)の画像。

 

 分析官は、モニターに顔を擦り付けるようにして身を乗り出した。

 

 そこには、元の護岸の周囲をぐるりと囲むようにして、真っ白な「砂地」が明確に、しかもかなりの面積で存在していた。

 

「……何だ、これ」

 

 声が漏れた。

 隣の席のベテラン分析官が、異常を察知して覗き込んでくる。

 

「どうした?」

「これ、見てください。沖ノ鳥島の周辺です」

 

 ベテラン分析官も、四日間の変遷を見て絶句した。

 

「埋め立て……か?」

「四日で、ですか?」

 

 若手の問いに、ベテランはすぐさま別の端末を叩き始めた。

 

「周辺海域の船舶トラフィックを出せ。大型浚渫船、資材運搬船、海上クレーン、作業台船。……それらしい船の航跡はあるか?」

「検索しています。……日本側の小規模な秘密作業船らしき熱源と、短時間の投入作業のような痕跡は数日前に確認できます。ですが」

 若手分析官は、首を横に振った。

「この地形変化……これだけの砂浜と浅瀬を形成するのに必要な土砂の量と、その物流量が、全く一致しません」

 

「砂をどこから持ってきた? 海底浚渫か?」

「大規模な浚渫を行った痕跡はありません」

「コンクリートの打設は?」

「セメント運搬船の接近記録もありませんし、量が合いません」

 

 二人の分析官の間に、気味が悪いほどの沈黙が落ちた。

 

 やがて、ベテラン分析官が、深い諦めと確信の混じった声でポツリと言った。

 

「……また、日本か?」

 

 若手も、力なく頷く。

「たぶん」

 

 この時点では、まだ誰も「アンノウンの仕業だ」とは断定していない。

 だが、この分析センターで日本の異常な動向を監視し続けてきた彼らには、もはや「そうとしか思えない」という嫌な勘が完全に備わってしまっていた。

 

 ◇

 

 数時間後。

 この異常な地形変化の報告は、最高優先度の暗号回線を通り、ワシントンD.C.のCIA本部、エレノア・バーンズ長官のデスクへと直接届けられた。

 

 エレノアは、手元の分厚いタブレットに表示された資料を、氷のような無表情で見つめていた。

 

 《沖ノ鳥島周辺・地形異常報告》

 《施工前/施工後(四日間)》

 

 彼女は、その二枚の衛星写真をしばらく交互に見比べ、やがて視線を上げて報告に来た情報将校に尋ねた。

 

「日本政府からの、公式な発表は?」

「ありません」

「民間企業による工事の申請は?」

「確認できません。海上保安庁や国交省のデータベースにも、該当する大規模工事の記録は存在しません」

 

「……海道系企業の活動は?」

 エレノアが、日本の「裏の実行部隊」の名前を出す。

 

「該当海域において、限定的な海洋作業を行っていた痕跡は確認しています。……ただし」

 情報将校は、困惑したように言葉を濁した。

「あの数隻の小型船だけで、この地形変化を通常工法で起こしたと説明するのは、物理的に不可能です」

 

 エレノアは、冷たい瞳でスクリーンを見つめ直した。

 

「そう」

 

 一拍の間。

 

「……アンノウン案件として扱って」

 

 情報将校は、少しだけ躊躇した。

「現時点では、確証がありませんが」

 

「確証は、後で取ればいい」

 エレノアは即座に言い捨てた。

 

 数年前であれば、「未知の技術によって四日間で島が形成された」などという推測の報告書が上がってきたら、CIA内部は「担当者は薬物でもやっているのか」と大騒ぎになり、再調査の命令が飛んでいただろう。

 だが、今は違う。

 

 核融合炉。

 資源再生炉(リクレーマー)。

 人工臓器。

 火星への五日航路。

 フルダイブ技術。

 

 人類の既存の技術史に照らし合わせれば、一つの国家が数百年かけて到達するかどうかの巨大なマイルストーンが、ここ数年、極東の島国からバーゲンセールのように次々と叩きつけられているのだ。

 

 CIAの有能な分析官たちの間にも、もはや「アンノウンなら……まあ、やるかもしれない」という、極めて不健全で『悪い慣れ』が完全に出来上がってしまっていた。

 

 エレノア自身も、同じだった。

 彼女は、情報機関のトップとしてあらゆる脅威を想定してきた自負がある。日本からどれほど常識外れの技術が飛び出してこようと、もはや驚かないと、完全に腹を括っていたつもりだった。

 

 だが。

 エレノアは、手元の画像をさらに詳細に解析していくうちに、少しずつ、己の中の「慣れ」が崩れ去っていくのを感じていた。

 

 ◇

 

 それは、単なる「埋め立て」ではなかった。

 

「……長官」

 詳細解析を担当した分析官が、血の気のない顔で報告を入れてきた。

「これ、地上部分の地形変化だけではありません」

 

「何?」

 エレノアが眉をひそめる。

 

 モニターに、海中地形の比較データが合成して表示される。

 沖ノ鳥島の周辺の海底部に、元の岩盤とは明らかに異なる、しかし自然のサンゴ礁に極めてよく似た『新しい構造』が広範囲にわたって形成されていた。

 

 しかも、それは無秩序に岩や砂をばら撒いたものではない。

 波のエネルギーを最も効率よく分散させる位置。砂が流出しにくく、かつ潮流を完全に塞がない計算し尽くされた流路。

 まるで、自然の法則をハッキングして、地形そのものを「設計(デザイン)」したかのような精密さだった。

 

「建造物?」

 エレノアが、冷徹な声で問う。

 

「……それが、分かりません」

 分析官が、恐る恐る答える。

 

「分からない?」

 

「建築された、というより……海底そのものが『変わって(変異して)』いるんです」

 

 その報告を聞いた瞬間。

 エレノア・バーンズの無表情な顔が、初めてピタリと静止した。

 

 ◇

 

 沖ノ鳥島の異変が最初に検知されてから数日。追加解析と日本政府への照会準備が進められる一方、その技術を巡る動きは、アメリカの知らないところでもすでに次の段階へ進み始めていた。ホワイトハウス地下、大統領危機管理センター(PEOC)のさらに奥にある、最も厳重に秘匿されたセキュアルーム。

 出席者は必要最小限に絞られていた。

 

 キャサリン・ヘイズ大統領。

 タイタン・グループ総帥、ノア・マクドウェル。

 CIA長官、エレノア・バーンズ。

 国家安全保障担当補佐官。

 そして、国防総省と国務省から呼ばれた数名の極秘対応担当者のみ。

 

 巨大スクリーンには、沖ノ鳥島の二枚の写真——四日前の姿と、現在の姿——が並べて表示されていた。

 

 ヘイズ大統領は、無言のまま、組んだ手の上に顎を乗せてその映像を睨みつけていた。

 

「…………」

 

 ノアが、隣で優雅にコーヒーカップを傾けながら、心底楽しそうな声で言った。

 

「綺麗になりましたねえ」

 

「感想は、それ?」

 ヘイズが、氷点下の視線でノアを射抜く。

 

「いや、事実として。昔のコンクリートむき出しの要塞みたいな姿より、よほど南の島らしくて美しいじゃないですか」

 ノアは、全く悪びれることなく肩をすくめた。

 

「エレノア」

 ヘイズが、CIA長官に説明を求める。

 

「はい。確認できている主要な地形変化は、約四日間の間に引き起こされたものです」

 エレノアが、感情を排して答える。

 

 ノアが、少しだけ天井を見上げて考える素振りを見せた。

 

「……なるほど」

 

「何が『なるほど』なの?」

 ヘイズが苛立たしげに問う。

 

「いえ」

 ノアは、スクリーンを指差した。

「聖書の神は、六日で世界を作りました。……アンノウンは、四日で島を作る。……だいたい、釣り合ってますね」

 

 一拍の沈黙。

 

「釣り合わせないで」

 ヘイズが、低く凄みのある声で命じた。

 

「はい」

 ノアが、少しだけ肩をすくめて従う。

 

 ヘイズは、再び画面に目を戻し、本気の顔で言った。

 

「というか、真面目に考えて。

 ……島を、四日で作れるテクノロジーよ?」

 

 その言葉の重みに、会議室の空気が一段と張り詰める。

 

「とんでもない技術だわ」

 

「まあ、それはそうですね」

 ノアが同意する。

 

「“まあ”で済ませないで」

 ヘイズは、イライラとこめかみを揉みほぐした。

 

 ◇

 

「……私、本当に思っていたのよ」

 

 ヘイズ大統領は、疲労の滲む声でぽつりとこぼした。

 

「核融合のときも驚いた。火星への五日航路のときも驚いた。リクレーマーのときも驚いたし、フルダイブの時だって頭を抱えたわ。

 ……だから、そのたびに『もう、アンノウンが次は何を出してきても、私は絶対に驚かない』って、自分に言い聞かせてきたの」

 

 大統領としての、防衛本能だった。これ以上心が揺さぶられては、冷静な国家運営ができないからだ。

 

「今回は、島ですよ?」

 ノアが、皮肉っぽく言う。

 

「だからよ!」

 ヘイズが声を荒げた。

「ついに、地面(地形)まで作り始めたのよ!? 物理的な『土地』をよ!」

 

「なるほど。確かに、ゲームのクリエイターモードみたいですね」

 ノアが笑う。

 

「大統領の認識が、極めて正しいです」

 エレノアが、淡々とした声で大統領を支持した。

 

「珍しいですね、長官が大統領側に回るとは」

 ノアが茶化す。

 

「いつも私側でいなさいよ」

 ヘイズがエレノアを睨むが、エレノアは表情一つ変えずに次の資料をスクリーンに出した。

 

「ただし、正確には“島を四日で作れる”だけではありません」

 

「……まだあるの?」

 ヘイズが、うんざりした顔をする。

 

「あります」

 

 スクリーンが切り替わり、CIAによる推定メカニズムが羅列される。

 

 《海底構造形成》

 《波浪分散機能》

 《砂保持・堆積誘導》

 《基盤強化》

 《地形維持(自己修復)》

 

「これは、必要な場所に陸地を作るだけの『使い捨ての建設技術』ではない可能性があります」

 エレノアの言葉に、室内の空気が変わった。

 

「では?」

 

「必要な地形を形成し、かつ……その地形を半永久的に『維持』する技術です」

 

 ◇

 

 その分析を聞いた瞬間、国防総省の担当者が真っ青な顔をして身を乗り出した。

 

「仮に、長官のその評価が正しいとするなら……」

 

「前線基地、ですか?」

 ノアが、軍の人間が最も考えそうなことを先回りして口にする。

 

「私はまだ、何も言っていない」

 国防担当が、渋い顔で否定する。

 

「言いたそうでしたから」

 ノアが微笑む。

 

「ノア」

 ヘイズが短く制止し、国防担当に先を促す。

 

「……はい」

 国防担当が、深刻な顔で正式な軍事的脅威評価を口にした。

 

「もし、この技術が意図的に運用されれば。……四日で、任意の海域に港湾の基礎ができます。滑走路の用地が確保できます。レーダーサイトや補給基地、あるいは『島嶼防衛の絶対的拠点』を、敵国の監視網の裏をかいて突如として出現させることが可能になります」

 

 海の上に、欲しい時に、欲しい形の不沈空母(島)を作れる。

 しかも、日本には『海道グループの自律型建設ロボット群』という、別のチート級高速建設技術が存在しているのだ。

 この二つが組み合わされば、本当に数日単位で、海上に完全武装した軍事要塞を生やしてしまうことすら夢ではない。

 

「……ただし」

 エレノアが、軍事的な暴走に冷水を浴びせるように言う。

「現時点で、日本政府がこの技術を『軍事利用』する計画を立てているという証拠は、一切ありません」

 

「そこは明確に分けましょう」

 ヘイズ大統領が、即座に決断を下した。

 

「日本は、我々の重要な同盟国よ」

 ヘイズは、円卓の全員を力強く見回した。

「今回も、秘密裏にどこかの公海上に軍事基地を作っているわけではない。自国の領土の保全テストをしているだけよ。

 ……彼らの持つ『能力』の恐ろしさは、正当に評価する。でも、能力があるからといって、無闇に彼らを『敵国』のように扱うのはやめなさい。同盟の信頼を自ら壊す愚行よ」

 

 ノアが、感心したように拍手をした。

「素晴らしい。大統領、最近かなり、日本政府の『扱い方』に慣れましたね」

 

「慣れさせられたのよ。嫌というほどね」

 ヘイズが、心底疲れた声で吐き捨てた。

 

 ◇

 

「では、日本政府へ正式に照会します」

 国務省の担当官が動き出し、即座に日本政府の官邸ルートを通じて日下部へと、アメリカ側の懸念をぶつける極秘の問い合わせが発信された。

 

『沖ノ鳥島で、一体何をした?』

 

 日本の対応は、驚くほど早かった。

 隠し切ろうとする素振りすらなく、同盟国向けに限定された「公式回答」が送られてきたのだ。

 

 《新型・島嶼保全技術の実海域試験》

 

 アメリカ側は、その回答の文字を見て首を傾げた。

 

「……島嶼保全?」

 国務担当が呟く。

 

 ノアが、スクリーンに映る「増えている砂浜」の衛星写真を指差した。

 

「保全……」

 

 全員が、無言で写真を見る。

 どう見ても、元々あったものを守るというレベルを超えて、陸地が増殖している。

 

「……保全」

 ノアが、もう一度、悪戯っぽく繰り返す。

 

「言いたいことは分かるわ」

 ヘイズが、ノアの言葉を遮った。日本側の厚顔無恥な言い訳に腹は立つが、外交上は「保全」と言い張るしかない彼らの苦しい立場も理解できたからだ。

 

 日本側の限定説明の資料には、こう記されていた。

『アンノウン関連技術を利用したものである』。

 ただし、そのコア構造、製造方法、詳細な能力の限界値、そして制御原理については、見事なまでに『非開示』と黒塗りされている。

 

 公開されたのは、あくまで「結果としての性能」だけだった。

 ・侵食防止。

 ・海底基盤の形成と安定化。

 ・砂浜の再生。

 ・自己修復機能。

 ・海面上昇への自動追随。

 ・必要に応じた地形拡張。

 

「…………」

 アメリカ側は、そのリストを読んで再び沈黙した。

 

「最後の一項、さらっと入ってますね」

 ノアが、楽しそうに指摘した。

 

「“必要に応じた地形拡張”って……何?」

 ヘイズが、嫌な予感しかしない顔で問う。

 

「そのままの意味かと」

 エレノアが冷たく答える。

 

「どこまで拡張できるの?」

 ヘイズの問いに対し、エレノアは日本側の資料の一文を拡大表示した。

 

 《設計条件による》

 

「……嫌な書き方ね」

 大統領が顔をしかめる。

 

「アンノウン案件において、『設計条件による』という官僚的な回答は、だいたい『あなたが想像するより、かなり無茶なことまでできます』という意味ですからね」

 ノアが、過去の経験則から日本の言い回しを翻訳して笑った。

 

「そのアンノウン慣れ、本当に腹立たしいわね」

 

 ◇

 

「最大の外交的問題があります」

 国務省の担当者が、法律と国境の専門家として深刻な顔で割り込んだ。

 

「領海の問題ね?」

 ヘイズが、即座にピンときて問う。

 

「はい」

 国務担当が、ホワイトボードに世界の海洋法の基本を書き出す。

「EEZ(排他的経済水域)。領海。大陸棚。……自然島と、人工島。

 もしこの技術で、既存の島が『不自然に巨大化』した場合、あるいは公海上に『完全な新しい島』を作った場合。……その海岸線を基準にして、新たな領海やEEZを主張できるのかどうか。海洋法の前提が完全に破壊されます」

 

「どうしますか?」

 ノアが、大統領と国務省に問う。

 

「順当に考えるなら」

 エレノアが、冷徹に国際政治の落とし所を提示する。

「この技術によって新規形成された陸地を根拠にして、海洋権益(EEZなど)を『新たに拡張すること』は、国際的に絶対に認めない。……という線引きをするしかありません」

 

「私も、それが最も妥当だと思うわ」

 ヘイズ大統領も同意する。もしこれを認めれば、中国が南シナ海でこの技術を欲しがり、無尽蔵に島を量産して海を支配しようとするのは目に見えているからだ。

 

「暫定的な原則案を作成します」

 国務担当が、急いでホワイトボードに書き込む。

 

【米国側・暫定見解案】

 原則一:既存の島の保全・拡張に本技術を使用した場合であっても、海洋境界線(EEZ等)は『施工前の基準』で固定されるものとする。

 原則二:公海等において完全新規に形成された地形は、いかなる場合も新たな領海・EEZ・大陸棚の根拠を生まない。

 原則三:形成された土地そのものの利用権については、別途国際的な整理を要する。

 

「土地は増えるが、海(の権益)は増えない。……ということですね」

 ノアが、要点を一言でまとめる。

 

「極端に簡略化すれば、そういうことになります」

 国務担当が頷く。

 

「分かりやすいわ。それでいきましょう」

 ヘイズも承認した。

 

 念のため、アメリカ政府は日本側に対しても、沖ノ鳥島に関する『意図の確認』を行った。

 

『日本国は今回の形成地形を根拠に、新たな海洋権益(EEZのさらなる拡大など)を主張する予定はあるか?』

 

 日本側(日下部)からの返答は、極めて迅速かつ明確だった。

 

 《ありません》

 

 そのたった五文字の返答に、アメリカ側の会議室に小さな安堵の空気が流れた。

 

「……少なくとも、日本政府は分かっているわね」

 ヘイズ大統領が、同盟国の冷静な判断力を評価する。

 

「『日本政府は』、ですね」

 ノアが、意味深に付け加えた。

 

「何?」

 ヘイズが睨む。

 

「いえ」

 ノアは微笑んだ。彼らは工藤創一という個人の存在を知らない。だが、この異常な技術を生み出し続けている『アンノウン(未知の技術源)』そのものが、果たしてどこまで地球の法律や常識を理解しているのか……という、本質的な警戒のニュアンスだった。

 

 ◇

 

「これで、少なくとも最も厄介な海洋法上の法律問題は、だいたい整理できそうです」

 国務担当が、安堵したように息を吐いた。

「既存の境界を固定するルールで合意できるなら、少なくとも領海の奪い合いという最悪の戦争リスクだけは管理できます」

 

「良かったわ」

 ヘイズも肩の力を抜く。

 

「そうですね」

 ノアも同意する。

 

「…………」

 だが、エレノア・バーンズだけが、無言のまま、氷のような瞳でスクリーンを見つめ続けていた。

 

「どうしたの、エレノア?」

 ヘイズが、長官の異変に気づいて尋ねる。

 

「……」

 エレノアは答えず、ただ頭の中で最悪のシミュレーションを回し続けていた。

 

 その時。

 ノアが、パンッと軽く手を叩いた。

 

「あ」

 

「今度は何?」

 大統領が、本気で嫌そうな顔をする。

 

「公海(Public Sea)」

 ノアが、たった一言だけ言った。

 

 ——。

 会議室の全員が、完全に沈黙した。

 

「公海に、自分たちだけの新しい島が欲しい……という要望が、世界中から出ますよね?」

 

 完全沈黙。

 

「……出るわね」

 大統領が、ゆっくりと、絶望を込めて言った。

 

「出ます」

 国務担当が青ざめる。

 

「確実に」

 エレノアが、氷の声で断言する。

 

「ですよねぇ」

 ノアが、楽しそうに笑った。

 

 ◇

 

 EEZ(海の権益)が生まれなくとも、関係ない。

『土地』そのものを作れるという事実だけで、その価値は天文学的なのだ。

 

 会議室のメンバーたちの口から、公海に新しい島を作る用途のアイデアが、呪いのように次々とこぼれ落ちていく。

 

「どこの国の法律にも縛られない、完全な自由特区としての海洋研究拠点」

「赤道直下に人工島を作っての、宇宙港(スペースポート)」

「太平洋横断の効率を劇的に上げる、航空中継地や港湾ハブ」

「深海資源を真上から掘るための、前線基地」

「多国籍企業が税金を逃れるための、完全な工業都市やデータセンター」

「富裕層だけの、法律のない観光リゾート」

「気候難民を受け入れるための、巨大な災害避難都市」

「食料問題解決のための、人工漁業拠点」

 

 そして。

 当然、誰もが最後に考えつく、最悪の用途。

 

「……軍事基地」

 国防担当が、重々しく口にした。

 

「最後だけは、簡単に言わないでもらいたいわね」

 ヘイズが頭を抱える。

 

「でも、大統領。一番最初にそれを考えたでしょう?」

 ノアが、意地悪く突っ込む。

 

 大統領は、返答しなかった。事実だったからだ。

 

「問題は、領海がどうなるかといった法律の話ではありません」

 エレノアが、CIA長官としての真の恐怖を言語化する。

 

「地面そのもの?」

「はい」

 エレノアは、太平洋の広大な地図をスクリーンに表示した。

「従来、島嶼防衛や軍事基地の配置には、『そこに島が存在する』という地理的な絶対の前提がありました。我々は、その与えられた地図の上で、必死に陣取りゲームをしてきたのです」

 

 エレノアは、何もない海の上を指差した。

 

「この技術は、その『前提』を消滅させます。

 欲しい位置に。必要な大きさで。……陸地を、置ける。

 誰にも見つからずに、四日で」

 

 それこそが、アメリカ合衆国の国家安全保障に対する、本当の、そして最大の衝撃であった。

 地政学という、地球上の国家間の力学の根底を成す学問が、今日この日をもって「物理的に書き換え可能」なものになってしまったのだ。

 

「……アンノウンの技術って」

 大統領は、力なく呟き、会議室の全員を見た。

 

「どうして、一つ問題を解決するたびに、こんな風に『新しい国際法の問題』を山のように作ってくれるの?」

 

「それは、性能が良すぎるからでは?」

 ノアが、身も蓋もない真理を口にする。

 

「概ね、その通りです」

 エレノアが冷たく肯定する。

 

「褒めてないわよ」

 ヘイズは、深く、深く溜め息をついた。

 

「なお」

 ノアが、少しだけ楽しそうに付け加えた。

「聖書の神は世界を作った際、排他的経済水域(EEZ)については何も規定してくれませんでしたからね」

 

「当たり前でしょう」

 大統領が呆れる。

 

「惜しいですね」

「何が?」

「先に決めておいてくれれば、我々がこんなに悩むこともなかったのに」

「紀元前に排他的経済水域を規定させないでちょうだい」

 ヘイズのキレの良いツッコミに、重苦しかった会議室に少しだけ笑いが起きた。

 

 ◇

 

 その時。

 国務省の担当官の端末に、日本政府からの新たな『同盟国向け事前連絡(極秘)』のメッセージが飛び込んできた。

 

「……大統領」

 国務担当が、画面を見たまま顔を引きつらせて報告する。

「日本政府より、先ほどの島嶼保全技術について……『ツバル政府』から、正式な技術協議の要請が入ったとのことです」

 

「……ツバル?」

 ヘイズ大統領が、その名前に記憶を引っ張り出し、一拍置いて言った。

 

「あの、国連総会で『129票目』を入れた?」

 

「はい」

 国務担当が頷く。

 

「早いですね」

 ノアが、感心したように言う。

 

「タイミングだけを見れば、当然『見返り(買収)』ではないかという疑念は出ます」

 国務担当が、外交上のリスクを指摘する。

 

 だが、アメリカ側はすでに、日本とのこれまでのやり取りを通じて彼らの性質を理解していた。

 

「日本には、我々から散々『技術を票と交換するな』とキツく言いましたからね」

 ノアが、かつてのレビューを振り返って笑う。

 

「ええ。そして日本側は今回、見事なまでに『これは投票の対価ではないこと』『ツバル側が拒否しても既存の支援に影響しないこと』を、事前に明示してから提案したと報告してきています」

 エレノアが、日本の見事なリスクヘッジを評価する。

 

「しっかり学習してるわね」

 ヘイズ大統領が、少しだけ安堵して言う。

 

「優秀ですね」

 ノアが微笑む。

 

「私たちが教育係みたいに言うの、やめてちょうだい。どこから目線よ」

 大統領が嗜める。

 

 ◇

 

「それで、ツバル側からの要望の内容は?」

 ヘイズが問うと、国務担当が概要を読み上げた。

 

 《全有人島の保全》《海面上昇対策》《淡水確保》

 ここまでは普通だ。

 だが、その後に続くリストが異常だった。

 《居住域の拡張》《農地の拡張》《港湾の整備》《空港の拡張》

 

「…………」

 大統領が、絶句する。

 

「国土の再設計(リビルド)ですね」

 ノアが、面白そうに要約する。

 

「そうなります」

 エレノアが肯定する。

 

「昨日まで、国が海に沈む心配をしていた国が?」

 大統領が、その激しすぎる状況の変化に眩暈を覚える。

 

「はい」

 

 会議室が、少し静かになった。

 

「……断れないわね」

 ヘイズ大統領が、ぽつりと言った。

 

「日本が、ですか?」

 国務担当が尋ねる。

 

「違う。ツバルが、よ」

 ヘイズは、一国のリーダーとしての深い共感を持って言った。

「自分の国が、物理的に沈もうとしている。そこへ、『沈まなくできますよ』『なんなら広くできますよ』という魔法の提案が来た。……私がツバル政府の立場でも、絶対に話は聞くわ。断れるわけがない」

 

 ここでは、誰もツバルの「欲張り」を非難することはできなかった。

 

 ◇

 

「ですが、問題はそれだけではありません」

 エレノアが、世界地図をスクリーンに展開し、赤道周辺や海抜の低い島嶼国、そして世界中の沿岸域を赤くハイライトした。

 

「ツバルで成功したら、どうなりますか?」

 

「他国が来ます」

 ノアが即答する。

 

「何か国?」

「条件次第ですが、沈みかけている国はすべて来ますね」

 

「つまり、多いのね」

 ヘイズ大統領が、その終わりのない連鎖に頭を抱える。

 

「ところで、大統領」

 ノアが、悪魔のような囁きで切り出した。

 

「……嫌な予感しかしない」

 ヘイズが顔をしかめる。

 

「アメリカ国内にも、この技術が喉から手が出るほど欲しい場所、ありますよね?」

 

 ハリケーンで毎年甚大な被害を受ける南部沿岸。

 海岸侵食が進む地域。

 海抜の低い都市。

 港湾施設の拡張。

 そして、新たな島嶼基地の建設。

 

「……あるわね」

 大統領が、渋々認める。

 

「あります」

 国防側が、力強く頷く。

 

「あります」

 国務側も同意する。

 

「かなり、あります」

 エレノアすらも、否定しなかった。

 

「じゃあ……我々アメリカも、日本の列に並びますか?」

 ノアが、最高に楽しそうな笑顔で問いかけた。

 

 全員が、完全に沈黙した。

 

「日本に、聞きましょう」

 ヘイズ大統領が、深い溜め息とともに決断を下した。

「ただし、ツバルの人道的な気候適応案件を邪魔するような真似は絶対にしない。ツバル案件を最優先にさせること」

「その上で、同盟国として、技術情報の詳細と将来的な『共同利用の可能性』について、静かに協議を申し入れるわ」

 

「大人ですね」

 ノアが感心する。

 

「大統領だからね」

 ヘイズは、自分のプライドを飲み込んで答えた。

 

 ◇

 

 会議の終盤。

 大統領は、もう一度だけ、スクリーンに映し出されている沖ノ鳥島の写真を見た。

 

 四日前。コンクリートの要塞。

 現在。美しい白砂の島。

 

「……私、本当に思ってたのよ」

 ヘイズが、誰にともなく呟いた。

 

「何をです?」

 ノアが尋ねる。

 

「もう、アンノウンには驚かないって」

 

 沈黙。

 

「私もです」

 エレノアが、珍しく感情を込めて同意した。

 

「……私もですね」

 ノアも、今回ばかりは冗談抜きで、真面目な顔をして頷いた。

 

「三人とも、甘かったわね」

 大統領が、自嘲気味に笑った。

 

「ええ。かなり」

 ノアが、深く息を吐く。

 

 これが、この会議室における、感情的な完全なる決着であった。

 

 ◇

 

「これ、どこまで行くと思う?」

 ヘイズは、巨大スクリーンに映る太平洋の地図を見つめながら問うた。

 沖ノ鳥島。ツバル。そして、世界中の無数の海岸線。

 

「分かりません」

 エレノアが、情報機関のトップとして敗北を認める。

 

「アンノウン案件で、一番怖い答えですね」

 ノアが笑う。

 

「何が?」

「『上限が分からない』ということです」

 

 ノアは、最後にもう一度だけ、軽く言った。

 

「しかし、まあ」

 

「まだ何かあるの?」

 ヘイズが睨む。

 

「世界を六日で作った神と、島を四日で作るアンノウン。……やっぱり、かなり良い勝負なのでは?」

 

「ノア」

「はい」

「次にアンノウンが『大陸』を作ったら、その時はあなたのその神学論争を聞いてあげるわ」

 

 一瞬。

 会議室の全員の動きが、ピタリと止まった。

 

「……大統領。言質取りましたよ?」

 ノアが、目を輝かせる。

 

 ヘイズ大統領も、自分がとんでもないフラグを立ててしまったことに気づき、青ざめた。

 

「今の、なし」

 

「記録には残っています」

 エレノアが、静かに資料を見ながら冷酷に告げる。

 

「消して」

 ヘイズは、本気で泣きそうな顔で命じた。

 

 アメリカ政府は、アンノウンにはもう十分慣れたつもりでいた。

 核融合にも。火星の距離感にも。奇跡の医療にも。資源を蘇らせる炉にも。

 

 だが、その強固な認識は、たった四日で崩れ去った。

 

 今度アンノウンが変え始めたのは、産業でも、医療でも、宇宙でもない。

 人間が立っている『世界地図』そのものだった。




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