自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
地球の常識から完全に切り離された別次元、テラ・ノヴァ。
その大地にそびえ立つ広大な工場区画の中央管制室では、今日も無数のプラント群が重低音を響かせ、絶え間なく生産ラインが稼働している。
工藤創一は、エルゴノミクスチェアに深く腰掛け、ホログラムモニターに表示された膨大なタスクリストを眺めていた。
画面には、工場稼働状況、火星向け次回補給品のリスト、軌道エレベーターの基礎検討データ、そして……先日地球の海に設置したばかりの『環礁成長ユニット』の沖ノ鳥島での監視値が並んでいる。
「よし」
工藤は、沖ノ鳥島のテレメトリーデータを見て満足げに頷いた。
「侵食補修も正常に稼働してるし、潮位追随も問題なし。安定してるな」
彼にとっては、ただそれだけのことだった。
「保守対象が一個、自動化できた」。元・運用保守SEとしての、純粋な業務完了の達成感。
この装置の存在が、アメリカのホワイトハウスの地下で大統領を絶望させ、地政学の前提を根底から破壊する爆弾として扱われていることなど、この男は知る由もなかった。
その時、管制室の通信コンソールが鳴った。
画面に『日下部参事官』の名前が表示される。
「お、日下部さん。お疲れ様です」
工藤は、迷わず通信を繋ぎ、挨拶もそこそこに本題を口にした。
「ツバルから、返事来ました?」
通信の向こうで、日下部がかすかに息を吐く音が聞こえた。
「……来ました」
「おお!」
工藤は、純粋に嬉しそうな声を上げた。
「やります?」
「正式な技術協議を希望する、との回答です」
日下部が、感情を抑えた声で答える。
「やった!」
工藤は、新しいプロジェクトの受注が決まったシステム屋のように、無邪気に喜んだ。
だが、画面越しの音声から伝わってくる日下部の気配は、どうも晴れやかではなかった。
「……なんか、疲れてません?」
工藤が、不思議そうに尋ねる。
「少々、案件が増えまして」
日下部の声が、いつもより一段低く響く。
「またですか?」
「あなたの案件です」
「俺?」
工藤は、目を瞬かせた。本当に、一切の心当たりがない。
「……まずは、これを見てください」
日下部は、ため息をつきながら、一つのデータファイルを工藤のモニターへと転送した。
◇
工藤の目の前に展開されたのは、ツバル政府から日本政府へ正式に送られてきた要望書のリストだった。
《ツバル国家国土再設計要望・第一次案》
「おお……」
工藤は、その大層なタイトルに少しだけ感心しながら、中身の項目を上から順に目で追っていった。
《全有人島の恒久的侵食防止》
「はいはい」
《海面上昇追随》
「できますね」
《高潮・波浪対策》
「当然」
《淡水確保》
「大事ですね」
《居住用地拡張》
「うん」
《農地拡張》
「できます」
《港湾機能改善》
「できます」
《空港用地拡張》
「できます」
《医療・教育施設用地》
「できます」
《災害時避難高地》
「できます」
《将来人口増加余地》
「できますね」
工藤は、最後までスラスラと読み終え、軽く頷いた。
「…………」
日下部は、通信の向こうで無言のまま、工藤の次の言葉を待った。
「…………」
工藤も、日下部が何を待っているのか分からず、少しの間沈黙した。
やがて、工藤は少し首を傾げて、純粋な疑問を口にした。
「……これだけでいいんです?」
「……はい?」
日下部の声が、微かに裏返った。
「いや」
工藤は、画面のリストを指差しながら、本気で不思議そうに言った。
「思ったより、控えめだなって」
——。
「……どこがですか」
日下部の声から、一切の感情が消え去った。
「だって」
工藤は、システム開発の要件定義をするような当たり前のトーンで答えた。
「住宅とか農地とか港とか、島を広げるなら普通に必要ですよね? 空港も、今あるものを使いやすくするだけですよね。高台も作る。淡水も確保する。……これ全部、人が島に住めるようにするための『基本要件』ですよ?」
日下部は、沈黙した。
工藤からすれば、これは国家の再設計(リビルド)などという大層なものではない。人が住むための「最低限のインフラ要求仕様」に過ぎないのだ。
「工藤さん」
日下部が、重々しい声で呼ぶ。
「はい」
「ツバル政府は、この要望書を送ったあと、日本政府に対して『かなり欲張った内容ではないか』と、非常に強い懸念と遠慮を抱いているそうです」
「え?」
工藤は、本気で驚いた顔をした。
「これで?」
「これで、です」
「なんで?」
「昨日まで、自国の国土が海に沈んで失われることを大前提に、移住や国家の消滅について政策を組み立てていた国ですから」
日下部は、少しだけ声のトーンを真面目なものに変えた。
「突然、『欲しい土地を言ってください』と言われても、最初から巨大都市の建設を要求できるわけがありません。彼らは、彼らの常識の範囲で、必死に勇気を振り絞ってこの要望を出してきたのです」
「ああ……」
工藤は、ここでようやく、自分とツバル政府の間にあった「絶望的なまでの認識のズレ」を理解した。
「なるほど……」
工藤は、少しだけ反省したように頭を掻いた。
「俺、最初から“どれくらい広げる?”って、機能の最大値(スペック)のことばっかり考えちゃってました」
「存じています」
日下部が、即答する。
「え?」
「前回、画面に線を引いていましたので」
「見てたんですか」
工藤は、気まずそうに視線を泳がせた。
「見えました」
日下部は、冷たく言い捨てた。
◇
「ちなみにもう一件、あなたにご報告があります」
日下部が、さらに胃の痛くなるような話題を切り出した。
「もう一件?」
「アメリカ合衆国からも、非公式な照会が来ています」
「アメリカ?」
工藤は、目を瞬かせた。
「はい」
「島、欲しいんですか?」
日下部は、数秒間の沈黙の後、答えた。
「概ね、そのようなものです」
「人気ですね、この装置!」
工藤が、自分の発明品が売れた町工場のオヤジのような明るい声を出す。
「そういう感想になるんですね……」
日下部は、深い溜め息を吐いた。
日下部は、アメリカ側からの申し入れ内容を簡潔に説明した。
アメリカは、ツバル案件を優先することには異議を唱えていない。その上で、技術情報の追加共有、米国内のハリケーン被害沿岸の保全への利用可能性、災害復旧、港湾保護、そして将来的な共同運用について協議したいと打診してきている。
「いいんじゃないですか?」
工藤は、あっさりと即答した。
「……軽いですね」
日下部が呆れる。
「いや、ハリケーンとか高潮の被害って、アメリカも結構大変なんですよね?」
「ええ、甚大な被害が出ています」
「じゃあ、使えるなら使った方がいいですよ」
技術が人を救うなら、出し惜しみする理由はない。工藤の根幹にあるのは、常にこの純粋なエンジニア的善意だ。
「なお、ここで一点」
日下部が、声の温度を限界まで下げて釘を刺した。
「はい」
「『公海上』に新しい島を作る案は、現在考えないでください」
「…………」
工藤は、ピタリと動きを止めた。
一拍置いて。
「なんで分かったんです?」
工藤が、本気で驚いたように聞き返す。
「考えましたね?」
「いや、アメリカなら、太平洋を横断するための専用の中継基地(ハブ)とか作ったら便利かなって思って……」
「考えましたね」
日下部は、目を閉じ、限界まで我慢するようにゆっくりと息を吐き出した。
◇
「工藤さん。公海上に人工地形を作るということは、単なる土木工事ではありません」
日下部は、アメリカとも議論になった国際政治の最大の爆弾について、懇切丁寧に説明を始めた。
「EEZ(排他的経済水域)、領海、土地利用権、安全保障、航路、環境保護。……これら地球上の国家間のバランスを根本から破壊する行為です」
「なるほど」
工藤も、その言葉を聞いて、自分の思いつきがどれほどヤバい火種になるかを理解した。
「『今回の技術によって増加した地形を理由として、新たな海洋権益(EEZなど)を主張しない』」
日下部は、アメリカ側からも同様の懸念が示されていることを踏まえ、日本政府として整理を進めている暫定方針を告げた。
「これは日本政府としても、今後の基本原則にしたいと考えています」
「いいと思います」
工藤は、あっさりと賛同した。
「その理解で結構です。土地は増えるが、海(の権益)は増えない」
「分かりやすいですね」
工藤は、少しだけ考え込み、そしてポンと手を叩いた。
「じゃあ、ツバルも、増やした土地でEEZが新しく広がるわけじゃないんですね?」
「はい。少なくとも日本としては、その原則で国際調整を進める方針です。そうしなければ、人工的に形成・拡張した陸地まで海洋権益の根拠にできる、という危険な前例になりますから」
「それなら、土地をいっぱい作っても、揉める原因は少ないですね」
工藤が、嬉しそうに結論を出した。
「…………」
日下部が、無言になる。
「?」
「なぜそこで、“いっぱい作れる”という方向へ思考が行くんですか」
日下部が、頭を抱えて呻いた。
◇
「でも、日下部さん、これ見てくださいよ」
工藤は、机上にツバルの広域立体地図のホログラムを展開した。
海に点在する、九つの小さな島々。
「これ、一つ一つがすごく小さくて、バラバラに離れてるじゃないですか」
工藤は、地図を拡大しながら説明する。
「物流も大変だし、港も小さい。住宅を増やすにも、空港を置くにも、それぞれの島の中でやりくりしなきゃいけない」
「そうですね」
「せっかく土台からいじれるなら、今のこの『離れ離れの形』に縛られなくてもいいですよね?」
日下部は、警戒心を最大に引き上げた。
「具体的には?」
工藤は、最高に楽しそうな顔で言った。
「実は、前にちょっと作った案があるんです」
「……前に?」
日下部の脳裏に、数日前に工藤が地図上で『線を引いていた』あの光景がフラッシュバックする。
「はい」
工藤の操作により、空中に巨大なホログラムが展開された。
《ツバル長期国土再設計・参考モデル》
日下部は、その映像を見て完全に絶句した。
「まだラフですけど」
工藤が謙遜する。
「これが、ラフ?」
「はい。ちゃんと段階ごとに分けてあります」
工藤は、日下部がパニックにならないよう、一番穏当な案から順に説明を始めた。
【プランA:現状維持型】
現在の島の形を概ね維持しつつ、海岸侵食を防止し、高潮対策と海面追随機能を付与する。淡水レンズを保護し、必要最小限の高台を形成する。既存の集落はそのまま残す。
「一番安全なのは、これですね」
工藤が言う。
「ええ」
日下部も、これなら問題なく国際社会に説明できると安堵した。
【プランB:生活圏拡張型】
各有人島を、外側へ向けて拡張する。住宅、学校、病院、農地、公共施設、道路、地下インフラ、排水、電力網、通信管路のスペースを確保する。
「ツバルの要望書をそのまま素直に反映すると、だいたいこの形になります」
工藤が説明する。
「……なるほど」
これも、少し規模は大きいが、まだ『支援』の枠に収まる。
【プランC:国家基盤再設計型】
島を大幅に拡張し、港湾を再配置。滑走路を国際基準に拡張し、新規物流地区、大規模淡水貯留施設、巨大な防災用高地、発電・蓄電設備区画、農業専用地域、海洋研究区域を設置する。将来の人口増加を数十年単位で吸収できる規模。
「……随分、大きくなりましたね」
日下部が、眉をひそめる。
「まだ島ごとは分かれてます」
工藤が答える。
「“まだ”?」
「で、せっかくなので」
「工藤さん、その言葉は極めて嫌な予感がします」
工藤は、躊躇なく画面を切り替えた。
【プランD:広域環礁都市連結案】
九つの島を、すべて物理的に一つのベタ塗りの陸地にするわけではない。
そこは工藤も、海流や生態系、航路を守るためにしっかりと計算していた。
巨大な環礁状の『外周防波礁』を形成し、島と島の間を部分的に陸路や橋で連結。
内側には大きな内海(ラグーン)を維持し、複数の航路用水門を設置。生態系を保護するための回廊、巨大な港湾水路、海水の循環システム。そしてその上に配置された、高台、居住地区、農業地区、空港、港、発電施設、淡水プラント。
海を埋め立てるのではなく、国家全体を『一つの巨大な環礁都市システム』として完全に再設計した姿だった。
「…………」
日下部は、完全に固まった。
「どうです?」
工藤が、自信満々に尋ねる。
「ツバルですよね?」
日下部が、絞り出すように言う。
「はい」
「別の新国家を設計していませんよね?」
「ツバルですよ」
日下部は、もう一度地図を見た。
元のツバルの形はかろうじて残っているが、規模感も機能も、もはや別の次元の存在(SF都市)だった。
◇
「全部をベタ塗りで繋ぐ必要はないんですよ」
工藤は、技術者としての真っ当な理屈で説明を続ける。
「海流を残したいところは残します。船が通るところは広く開けます。サンゴや漁場を残す場所は、ユニットの成長禁止領域に設定します。島同士の移動が必要なところだけ、陸路か橋で繋ぐんです」
「……はい」
「だから、ツバル側が『どんな国にしたいか』で、形はいくらでも変えられるんです」
工藤は、これが単なる自分のエゴの押し付けではなく、選択可能な『設計ツール』の提示であることを強調した。
日下部は、深呼吸をして、想定される外交的・実務的な問題点を次々とぶつけた。
「環境影響は?」
「シミュレーションします」
「海流の変化は?」
「シミュレーションします」
「漁業への影響は?」
「漁場保全区域を設定して守ります」
「既存の文化や集落は?」
「動かしたくないところは、一切触りません」
「宗教施設や、先祖の墓地は?」
「当然、そのまま保護します」
「国民の合意は?」
日下部の最後の問いに、工藤はあっさりと答えた。
「それは、俺じゃ決められないですね」
日下部は、一瞬だけ動きを止めた。
「……そこは、分かっているんですね」
「そりゃそうですよ。他人の国のことなんだから」
工藤の返答には、以前のような「技術で何でも解決できる」という傲慢さはなかった。
技術がもたらす変化を受け入れるかどうかを決めるのは、あくまでその土地に生きる人間なのだということを、彼は理解していた。
確かな成長だった。
「だから、“これを作ります”って押し付けるんじゃなくて」
工藤は、複数のホログラム案を並べて言った。
「“ここまでできます。どれが欲しいですか?”って、ツバルの人たちに聞けばいいんじゃないですか?」
日下部は、黙った。
このアプローチなら、主権の侵害という最悪の外交問題を完全に回避できる。日本が未来を決めるのではない。アンノウンが決めるのでもない。ツバル自身が選ぶのだ。
これは、前回の会議で日本側がツバルへ伝えた『日本がツバルの新しい形を決めるつもりはありません』という基本方針と、完全に一致していた。
「……それなら、可能です」
日下部が、静かに承認した。
「ですよね!」
工藤が顔を輝かせる。
「ただし」
日下部が、冷たい声で釘を刺す。
「プランDを『推奨案』として出してはいけません」
「なんで?」
「圧力になります」
日下部は、超技術を持つ大国の言葉がいかに重いかを熟知していた。「我々が『これが一番いいですよ』と言えば、彼らは断れなくなります」
「なるほど……」
◇
場面は変わり、東京・首相官邸。
矢崎総理と関係閣僚が、工藤から提示されたプランA〜Dの資料を見つめていた。
「……プランDは、何ですか」
矢崎総理が、絶句したように問う。
「見なかったことにしたかった案です」
日下部が、胃を押さえながら答える。
「国土面積が完全に変わるぞ」
霧島防衛大臣が、安全保障の枠組みが崩れる規模感に唸る。
「インフラ一式を、最初から埋め込めるのか?」
御堂経産大臣が、その莫大な経済価値に息を呑む。
「環境影響を管理しながら、本当にこの規模まで拡張できるのか?」
榛名大臣が、科学的な信じ難さに顔を引きつらせる。
「技術的には可能、とのことです」
日下部が、感情を排して事実のみを告げた。
全員が、沈黙した。
彼らはアンノウンの技術にはもう慣れてきているはずだが、それでも、一国の地図を根底から書き換えるこの提案には、言葉を失うしかなかった。
「……方針を整理します」
矢崎総理が、明確な声で沈黙を破った。
「ツバルの正式要請を受け、現地調査を開始します。
日本側から、特定の完成形を押し付けることは絶対にしない。
能力範囲として複数案を提示し、国民合意・環境評価・法的整理をツバル側と共同で実施します。
増加した地形を理由とした新規海洋権益は主張しない、という原則を国際社会に確認します。
アメリカとは別枠で、将来利用の協議を進めます。公海上の新規島建設は現時点で保留とします」
そして、最後に。
「工藤さんには……」
矢崎総理が、日下部を見る。
「はい」
「ツバル以外の島を、まだ増やさせないでください」
「努力します」
「努力ではなく、止めてください」
総理の冷たい笑顔に、日下部は深く頷くしかなかった。
◇
日下部から、政府の方針が工藤へ伝えられた。
「了解です」
工藤は、あっさりと答えた。
「本当に?」
日下部が疑う。
「本当に。今はツバルだけにします」
「今は?」
日下部が、不穏な言葉を拾う。
「言葉の綾です」
工藤は笑って誤魔化した。
◇
日本政府から、ツバル政府へ向けた『第一次技術回答』の公式文書が送信された。
内容は、極めて簡潔であった。
《提示された全要望について、技術的対応可能性あり》
ツバル側が前回の会議で最も恐れていた、「日本から無理だと言われるのではないか」という不安に対する、明確な答えだった。無理とは言わなかったのだ。
さらに、別紙が添付されていた。
《参考:将来的な国土再設計可能範囲》
ツバル政府の閣僚たちは、画面に表示された資料を食い入るように見つめた。
プランAを見る。
「これなら、今の生活を守れる……」
プランBを見る。
「これは……我々が送った要望そのものだ」
プランCを見る。
「……かなり、大きいな。これなら人口が増えても何十年も安泰だ」
そして。
プランD。《広域環礁都市連結案》
全員が、完全に沈黙した。
「…………」
担当官が、言葉を失ったまま、隣の官僚を見た。
「どうした?」
隣の官僚が問う。
「我々……昨日、かなり欲張った要望を送ったと、後悔していましたよね?」
「ああ。思っていた」
「日本側から見ると……」
担当官は、画面に映る巨大化した未来のツバルの姿を指差した。
「全然、欲張ってなかったみたいです」
その言葉に、緊迫していたツバルの会議室に、思わずといった感じの乾いた笑い声が漏れた。
ツバル首相は、プランDの画像をじっと見つめ続けていた。
島と島を繋ぐ道路。広大な居住区。波の影響を受けない巨大な港。拡張された空港。高台。農地。そして、美しく保たれた内海。
「これは、選ばなくてもいい案なのですよね?」
誰かが、確認するように言う。
「はい。あくまで、能力範囲の参考として提示されたものです」
担当官が答える。
「…………」
首相は、視線を画面から外さなかった。
彼らの心の中に、明確な『欲』が芽生え始めているのは明らかだった。
「まずは、国民に説明できる形を作ろう」
首相が、ようやく口を開き、極めて真っ当な政治的判断を下した。
「AからDまで、何が変わるのか。環境はどうなるのか。生活はどう変わるのか。文化は残せるのか。……そして、国民が何を望むのか」
今度は政府だけではない。ツバル国民自身が、自分たちの国の未来の形を『選ぶ』段階へと入るのだ。
◇
日本。首相官邸。
日下部は、ツバルへの資料送付を完了し、アメリカ対応の整理も終え、ようやく一息ついて冷めたコーヒーに口をつけた。
その時、手元の端末の通知が鳴った。
《新着:島嶼保全技術に関する照会》
日下部が目を通す。
一件。
二件。
三件。
通知は、次々と増えていく。
まだ公式発表はしていないため、情報を水面下で掴んだ同盟国や友好国、そして一部の情報機関からの接触だった。
《フランス》
《オーストラリア》
《太平洋島嶼国関係ルート》
「…………」
日下部は、無言のまま通信回線を開き、工藤を呼び出した。
「工藤さん」
「はい?」
「先ほど、“人気ですね、この装置”と仰いましたね」
「はい。言いました」
日下部は、画面に増え続ける照会のリストを見つめながら言った。
「どうやら、本当に人気商品のようです」
「おお!」
工藤が、嬉しそうに声を上げる。
「喜ばないでください」
日下部が、深々と溜め息をついた。
「え、これだけでいいんです?」
「はい?」
「いや、思ったより控えめだなって」
「どこがですか」
数日前、ツバル政府は「欲張りすぎたか?」と心配していた。
昨日、アメリカ政府は「上限が分からない」と、その力を恐れた。
そして今日、その技術を生み出した本人は「え、これ基本仕様ですよね?」と平然と言い放った。
この決定的な認識の差こそが、日本政府が抱える最大の爆弾なのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!