自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
南太平洋に浮かぶ島国、ツバルの政府官邸。
会議室の机上には、日本政府から極秘ルートで届いたばかりの『第一次技術回答』の文書が置かれている。
そして、その文書には、ツバル政府が恐る恐る提示した、事実上の「国土再設計」とも言える広範な要望に対する、短くも決定的な一文が添えられていた。
《提示された全要望について、技術的対応可能性あり》
さらに、日本側から能力範囲の参考として提示された、四つのプラン(A〜D)。
特に、一番最後の『プランD:広域環礁都市連結案』のホログラム画像を前に、ツバルの閣僚たちはただ圧倒され、言葉を失っていた。
長い沈黙の後。
ツバル首相が、深く息を吐き出して口を開いた。
「……もう、政府の密室だけで決める段階ではないな」
気候変動・環境対策担当の若き高官が、強く頷いた。
「はい。日本側も、最終的に『どの形にするのか』を決めるのは、我々ツバル政府と国民自身だと言っています。彼らは、技術の押し付けは一切しないと明言しています」
首相は、窓の外の青い海を見つめた。
「ならば、国民に知らせよう」
ただし、と首相は付け加えた。
「一気に、あのプランDの巨大な近未来都市の絵だけを出して、国民を煽るような真似はしない。……説明の順序は、極めて慎重に決めなければならない」
◇
「最初に、日本から四つの案が提示されたと説明しますか?」
広報担当が、手順を確認する。
「違う」
首相は即座に否定し、会議室の面々を力強く見回した。
「最初に伝えるべきことは、ただ一つだ。
……我々の国は、もう海に沈まなくて済むかもしれない。その技術が、手の届くところにやってきた。まず、その事実だけを伝える」
A案だのD案だのという、詳細な都市計画の話など後回しでいい。
彼らが何十年も抱え続けてきた、『国家消滅』という絶望的な前提が消え去った。
その奇跡のような事実を、何よりも先に国民へ届けるのだ。
◇
数時間後。
ツバル全土で、政府による緊急の重大発表が行われた。
テレビ、ラジオ、ネット中継。そして、各島の公民館、学校、役所、教会。
あらゆる手段を使って、首相の演説が島々に流された。
首相は、大仰な言葉で飾ることはしなかった。
日本政府との間で、気候変動適応型・島嶼保全技術に関する正式な技術協議が開始されたこと。
日本の最南端の島(沖ノ鳥島)において、その技術がわずか四日間で実証されたこと。
侵食防止、海面追随、地盤安定、自己補修……それらが、日本の手によってすでに成功していること。
そして。
「日本政府から、我々が提出した要望についての回答がありました」
首相は、一拍置いて、画面に日本からの回答文の要約を映し出した。
《提示されたすべての要望について、技術的対応の可能性あり》
島中のテレビやラジオの前で、住民たちが息を呑む音が聞こえるようだった。
◇
最初は、その言葉の本当の意味が、すぐには理解されなかった。
島の小さな食料品店で、テレビを見ていた店主が首を傾げた。
「……全部?」
隣で買い物をしていた客が、聞き返す。
「全部って?」
「政府が書いた要望、全部できるって言ってるのか?」
別の場所。学校の職員室。
教師の一人が、画面を見て呟く。
「農地も、増やせるって?」
港で網の手入れをしていた漁師が、ラジオを聞いて手を止めた。
「港も、でかくできるのか?」
家のリビングで、ニュースを見ていた若い夫婦。
「家を建てるための、沈まない土地も……?」
そして、海岸沿いの小さな家に住む老人が、窓の外の海を見つめながらぽつりと言った。
「……墓も、残せるのか?」
政府が提示した「国家再設計」という巨大な言葉が、住民それぞれの頭の中で、自分たちの「日常の言葉」へと少しずつ変換されていった。
◇
「……ねえ」
テレビを見ていた若い母親が、腕の中の小さな子供を抱きしめながら、隣の夫に震える声で尋ねた。
「じゃあ……この子は」
「ん?」
夫が、怪訝そうに聞き返す。
「この子は……大きくなっても、この国を出て行かなくてもいいの?」
その家庭では、以前から深刻な議論が続いていた。
海面上昇が今のペースで進めば、いずれこの島には人が住めなくなる。子供が大きくなる前に、ニュージーランドやオーストラリアなどへ移住する申請を出しておくべきではないか。故郷を捨てる覚悟を、夫婦で何度も話し合ってきたのだ。
政府の発表では、まだそこまで断言はされていない。
しかし、その切実な「問い」が、ツバル中のあちこちの家庭で自然発生的に湧き上がっていた。
この瞬間。
日本から持ち込まれたアンノウンの魔法が、単なる外交問題やインフラ技術の枠を越え、ツバル国民の「生活のど真ん中」へと強烈に落ちてきたのである。
◇
島の海岸線に近い、浸水被害の絶えない集落。
一人の高齢の男性が、玄関の前に立ち、遠くの波打ち際を見つめていた。
そこには、彼が幼い頃から通い慣れた教会があり、親や祖父母が眠る墓地があり、見慣れた道があった。
今までは、海が近づくたびに、「これらはいずれ、すべて波に飲まれて失われるのだ」と、諦めと悲しみを抱いて生きてきた。
ラジオからは、政府担当者の追加説明が流れている。
『既存の集落、文化施設、墓地、重要な漁場などは、希望があればそのままの形で保全対象に指定することが可能です』
老人は、しわがれた手で杖を握りしめ、静かに呟いた。
「……残せるのか」
通りかかった近所の男が、声をかけた。
「何がだい?」
「ここを、だよ」
老人は、自分たちの足元の地面をトンと杖で叩いた。
非常に単純な、だが、彼らにとっては命と同じくらい重い感情だった。
◇
だが、全員が手放しで万歳を叫んだわけではない。
島で生きる人々には、自然と向き合う者としての極めて現実的な警戒心があった。
「ちょっと待て」
ベテランの漁師の一人が、顔をしかめて言った。
「島を勝手に大きくして、海の流れをコンクリートみたいなもんで塞いだら、魚はどうなるんだ?」
別の漁師も、強い懸念を示す。
「潮の流れが変わっちまうぞ」
「内海(ラグーン)が死ぬんじゃないか?」
彼らにとって、海は脅威であると同時に、命の糧を得るための絶対的な恵みの場なのだ。それを壊されては元も子もない。
だが、政府側の説明は、その懸念にも先回りして答えていた。
『日本側は、事前の精密な調査により、海流、主要な漁場、サンゴ礁、生態系、そして船の航路を調査し、保全区域や成長禁止区域を設定することで、影響を可能な限り抑えた設計が可能だとしています』
『勝手に環礁のすべてを埋め立てるような無謀な計画ではありません』
この説明により、工藤が「海流を残した方がいい」「サンゴを避ける」と自発的に設計に組み込んでいた配慮が、国民の不安を即座に鎮める絶大な効果を発揮した。
◇
それでも、住民たちの間には最大の疑問が残っていた。
「日本は、一体ここに『何』を作るつもりなんだ?」
「我々の国を、どう変える気なんだ?」
ここで、政府が最も重要な、そして最も異例な説明を行った。
「日本側は、いかなる『完成形』も指定していません」
住民たちが、目を丸くする。
「……え?」
「彼らは、我々ツバル国民自身に、『どういう国にしたいか』を“選ぶ”よう求めています」
日本は、大国特有の傲慢さで「こうしてやる」と押し付けるのではなく、ただ純粋な技術の選択肢(パレット)を渡してきたのだという事実が、国民に伝えられた。
◇
そして、政府から、日本側が能力範囲の参考として提示した「四つのプラン(A〜D)」が公開された。
ここから、島中の空気が一気に活気づき、熱を帯びていく。
【プランA:現状維持型】
今の島の形をできる限りそのまま守る。高潮、海面上昇、侵食から守り、淡水を確保し、最小限の安全な高地を作る。
「これで、十分じゃないか?」
保守的な高齢の住民たちが、深く頷く。
「私は、これがいい」
「今のこの静かな島を、そのまま残してほしい」
「大きな国になりたいわけじゃないんだ。ここが海に無くならなければ、それでいい」
彼らの意見は、単なる変化を恐れる保守性ではない。今の故郷の景色そのものに、絶対的な価値を見出しているのだ。プランAの支持は、極めて真っ当で強いものだった。
【プランB:生活圏拡張型】
現在の島の輪郭を大きく残したまま、安全な住宅、学校、病院、農地、道路、公共施設を増やせるよう、土地を拡張する。
若い家庭層が、これに強く反応した。
「こっちの方が絶対にいい!」
「子供たちが家を建てるための、安全な土地が増えるんだぞ」
「農地があれば、輸入に頼らずに食料も少し楽になる」
「学校を、高潮に怯えずに広い場所に移せるじゃないか」
現実的な生活の向上を望む層から、プランBは圧倒的な支持を集めた。
◇
だが。
若者たちの一部からは、シビアな声も上がっていた。
「土地だけ増えても、仕事がなきゃどうしようもないだろ」
現在、ツバルの若者の多くは、将来的に出稼ぎや移住のために海外(ニュージーランドやオーストラリアなど)へ出ることを前提として生きている。
土地が増えて沈まなくなっても、産業が生まれなければ、結局は国を出ていくしかない。
そこは、政府も正直に認めた。
「その通りだ。この技術は『土地』を作るだけだ。豊かな経済を自動的に生み出してくれるわけではない」
政府担当者は、若者たちに向かって、しかし力強く言った。
「日本が我々に渡そうとしているのは、完成した豊かな国ではない。……我々の手で『豊かな国を作れる余地』だ」
その言葉は、若者たちの心に強く響いた。
【プランC:国家基盤再設計型】
現在の国の単なる延命ではない。大型港湾、国際基準の空港、大規模な淡水貯留施設、発電設備、独立した農業地区、新住宅地、物流地区、海洋研究施設などを備え、将来の人口増加を吸収できる規模。
このプランが画面に映し出された時、若者たちは絶句した。
「…………」
「これ……ツバル?」
「未来のツバル、だろ」
海外留学中や、国外で出稼ぎに出ている家族との間で、国際電話のやり取りが急増した。
「ニュース見た?」
「見たよ。……本当に、土地が増えるの?」
「まだ協議中だけどね」
「……」
国外にいる若者が、電話越しにポツリとこぼした。
「……ちゃんとした仕事ができる場所ができるなら。帰ってもいいかもな」
これまで、ツバルの若者たちにとっては「国から出る未来」しか語ることはできなかった。
この日、初めて。
「ツバルへ帰ってくる未来」が、日常の会話の中に上ったのである。
◇
さらに、地元の産業界でも激しい議論が巻き起こっていた。
「海やサンゴを守りながら、美しいビーチを広げられるなら……観光客がもっと増えるんじゃないか?」
ホテル関係者や小規模な事業者が、希望を口にする。
「空港が大きくなれば、国際線の便も増える。経済が回るぞ」
だが、別の住民が反発する。
「観光客だらけの騒がしい国にしたいのか? 俺たちは静かな島が好きなんだ」
「金は欲しいだろうが」
「限度がある」
開発と保全、経済成長と自然保護の対立。
それは、世界中のどの国でも行われている、極めて『普通の国家の議論』であった。
昨日まで「国が沈む」という絶望しか語れなかった彼らが、ついに普通の国の、未来の悩みを持てるようになったのだ。
◇
そして。
政府担当者が、一瞬だけためらいを見せながら、最後のプランを表示した。
「最後に。これはあくまで、技術の『能力範囲』を示すための概念案です」
担当者は、誤解のないように強く強調した。
「建設が決定したわけではありません。日本の推奨でもありません。詳細な地質・海底調査もまだです」
そして、画面が切り替わる。
《プランD:広域環礁都市連結案》
住民たちは、完全に言葉を失った。
「…………」
A案は、「今の国」。
B案は、「少し広い国」。
C案は、「豊かな未来の国」。
だが、D案は。
「……知らない国」だった。
九つの島々が、巨大な外周防波礁で守られ、部分的に陸路で連結され、内部に穏やかな巨大ラグーンを抱える、壮大な海上都市システム。
集会所でその映像を見ていた小さな子供が、ポツリと漏らした。
「でっか」
それが、ツバル国民全員の偽らざる最初の感想だった。
◇
「これ、島が全部繋がるのか!?」
住民から、当然の悲鳴に近い質問が飛ぶ。
「いいえ。現時点ではあくまで概念案です」
政府担当者が、丁寧に修正する。
「実際にどこまで陸続きで連結できるか、あるいはすべきかは、海底地形の調査や海流のシミュレーション後に決まります。日本側も、無理にすべてを埋めるつもりはありません」
そして、最も重要な本質を説明した。
「日本側が示したD案の本当の意味は、九つの島すべてを一枚の陸地にすることではありません。……各島を個別にバラバラに守るのではなく、国家全体を『一つの長期的な国土システム』として、機能ごとに再設計できるということです」
可能なところだけを連結し、無理なところは独立した島のまま残す。その上で、港、空港、物流、居住、防災といったインフラを、国全体で最適化する。
それが、D案の真の姿だった。
◇
「待ってくれ」
一人の住民が、困惑したように声を上げた。
「これは……本当に、我々が『選んで』いいのか?」
「はい。日本側はそう言っています」
「金は!?」
現実的な大人が、当然の疑問をぶつける。
「こんな途方もない事業、我々の国家予算で払えるわけがない! 日本の借金漬けになるんじゃないのか!?」
「無償と決まったわけでも、莫大な借金を背負うと決まったわけでもありません」
政府側は、隠さずに答えた。
「日本側とは今後、島嶼保全の実証データの提供、長期の環境モニタリングへの協力、運用での連携など、国際的な気候適応モデルとしての共同研究の枠組みとして協議していく予定です」
重要なのは、国土を救ってもらう代償として、日本の属国になったり、主権を渡したりするような話ではないということだ。
「これ、国連のあの『票』の礼(見返り)じゃないのか?」
ニュースを見ている住民が、核心を突く質問を投げた。
会場がざわつく。
政府側は、そこも逃げずに答えた。
「そう見られる可能性はあります。……ですが、日本側は『投票の対価ではない』と明確に伝えてきており、我々がこの提案を拒否しても、既存の支援関係に影響はないと明言しています」
首相が、マイクを握って国民に語りかけた。
「だからこそ。……我々は、日本のために国の形を選んではならない」
首相は、力強く言い切った。
「我々自身の、我々の未来のために選ぶのだ」
◇
その日から、ツバル全土のあちこちで、これまでにない熱を帯びた議論が巻き起こった。
食堂で。港で。学校で。教会で。家庭のリビングで。市場で。役所で。SNSで。
「今のままでいい。静かな島が一番だ」(A派)
「いや、子供が家を建てられる土地は絶対に欲しい」(B派)
「今だけじゃなく、五十年後、百年後を考えろ。産業の基盤が必要だ」(C派)
「こんな奇跡みたいな機会、二度と来ないぞ。一気に全部変えるべきだ」(D派)
意見は激しく対立した。
特に、D案の巨大都市化には、「怖い」「自分たちの文化が壊れる」という強い拒否反応も根強かった。
だが、政府からのあるQ&A(回答)が、その対立の構造を一気に変えることになった。
住民「一度AやBの小さな案を選んだら、もうそれで終わりですか?」
担当官「日本側によれば、そうではありません」
住民「え?」
担当官「最初からすべてを完成させる必要はなく、『将来的な拡張余地』を残した設計にすることが可能です」
その一言で、島中の空気が一変した。
「後から増やせる」という情報が、決定的に効いたのだ。
「なんだ、だったら今すぐ、人生最大の取り返しのつかない決断(D案)をしなくてもいいのか!」
「じゃあ、まずは沈まなくしてくれ。安全が第一だ」
「それに、少しだけ住宅と農地を足して」
「若者のために、港と空港は将来拡張できるスペースだけ残しておこう」
「今の村の景色は、絶対にそのまま残せ」
「海流と漁場は死守だ」
議論は、「どれか一つを選ぶ」という対立から、「どう組み合わせるか」という極めて建設的なものへと変わっていった。
「じゃあ……C案までの基盤を作って、将来的にD案に行ける『余地』だけ残しておく、っていうのが一番いいんじゃないか?」
その意見に、多くの住民が深く納得し、頷いた。
◇
政府は、すぐに結論を出すことはしなかった。
「今日、決める必要はない」
首相は、閣僚たちに告げた。
「日本は四日で島を変えられるらしいが。だからといって、我々が四日で国の未来を決める必要はない」
ツバル政府は、単純な多数決で国の形を決めることを避け、全国規模での『意見募集』と対話のプロセスを開始した。
島ごとの住民説明会、漁業者、教会、学校、若者、高齢者、商業者、土地所有者、文化関係者、そして海外に在住するツバル人ネットワークからも意見を聴取する。
そして、政府が配った調査票の質問項目は、当初予定していた『A〜Dのどのプランが良いですか?』というものではなくなっていた。
質問1《絶対に失いたくないものは何ですか?》
質問2《現在、不足しているものは何ですか?》
質問3《子供や孫の世代に残したいものは何ですか?》
質問4《新しい土地ができるなら、何に使いたいですか?》
質問5《変えてほしくないものは何ですか?》
それは、既存のプランを選ばせるアンケートではない。
国民自身の手で、国の『要件定義』を行うための問いだった。
◇
数日後。
大量の回答が、政府に集まり始めた。
政府が当初想定していたのは、「国土面積〇〇ヘクタール増」「防災インフラの強化」「空港滑走路の延長」といった、国家レベルの無機質な項目だった。
だが、住民から寄せられた回答は、驚くほど人間臭く、生々しいものだった。
《先祖の墓》
《日曜日に行く教会》
《家族が代々守ってきた土地》
《いつもの漁場》
《子供が安全に歩いて学校へ行ける道》
《高潮のたびに水浸しにならない家》
《自分の畑》
《若者が帰ってこられる仕事》
《大学》
《もっと大きな病院》
《サッカー場》
首相は、その山のような回答用紙を読みながら、静かになった。
気候担当官が、ぽつりと言った。
「……我々は、“どれだけ土地を増やすか”を聞いていたつもりでした」
「うん」
「でも、国民が答えているのは……“その土地で、どう生きたいか”ですね」
首相は、深く頷き、目を細めた。
暫定的な集計結果の方向性は見えてきた。
A案の現状維持だけでは不足している。だが、D案の巨大都市化を即時全面採用することにも抵抗がある。
一番多いのは、「現在の文化・集落・海を守りながら、住宅・農地・高地・港湾・空港など、将来に必要な土地を増やしてほしい」という、B〜C案に相当する現実的な要望だった。
そして何より、「将来的な追加拡張が可能な状態(余地)にしておいてほしい」という声が圧倒的だった。
「……C案を採用する、では少し違うな」
首相が、地図を見ながら言う。
「では、どう日本に伝えますか?」
担当官が問う。
「C案を、“今の我々の目標”にする」
首相は、はっきりと言った。
「D案へ行くかどうかは……未来のツバル人に決めてもらおう」
今の世代が、未来のすべてを独断で決めてしまわない。
選択肢そのものを、未来の子供たちへ残す。それが、彼らが出した最善の答えだった。
◇
ツバル政府から日本政府へ、第二次回答の公式文書が送信された。
《全有人島の恒久的保全を最優先とする》
《既存集落・文化施設・墓地・主要漁場を可能な限り維持する》
《住宅・農業・医療・教育・防災・物流・港湾・航空機能の将来需要を見込んだ国土拡張を希望する》
《将来的な追加拡張を可能とする『設計の余地』を確保すること》
《具体的な島間連結については、海底地形・環境・航路調査後に判断する》
極めて現実的で、地に足のついた、見事な要件定義であった。
そして、文書の最後に、もう一文が添えられていた。
《D:広域環礁都市連結案については、将来の選択肢として維持を希望する》
却下しなかったのだ。
(この一文を見た日本の日下部参事官が、また頭を抱えるであろうことは、ツバル政府は知る由もない)
送信ボタンを押す直前。
担当官が、少しだけ躊躇して言った。
「……D案、残すんですね」
「君は、消したかったのか?」
首相が尋ねる。
「いえ」
担当官は、少し間を置いて、正直に答えた。
「むしろ……消すのが、惜しくなりました」
首相は、人間臭い欲求を隠さない部下に、少しだけ声を出して笑った。
◇
その夜。
海の音が聞こえる、ある一般的な家庭のリビング。
家族が夕食のテーブルを囲む中、テレビでは政府の意見募集のニュースが流れていた。
「島、大きくなるの?」
小学生の子供が、スプーンを口に咥えながら無邪気に尋ねた。
「たぶんね」
母親が、優しく答える。
「どれくらい?」
父親は、答えに困って苦笑した。
「……まだ、お父さんたちにも分からないな」
子供は、少しの間、真剣な顔で考え込んだ。
そして、閃いたように言った。
「じゃあ、サッカー場がほしい!」
両親は、一瞬だけ動きを止め、そして顔を見合わせて吹き出した。
国家の存亡を分ける、アンノウンの超絶テクノロジー。
世界の大国が地政学の崩壊を恐れて戦慄するほどの魔法が。
この小さな島国の子供にとっては、「サッカー場がほしい」という、ごく普通の、日常の欲求にまで降りてきているのだ。
奇跡が、人々の生活の中へ完全に落ちた証拠だった。
「……書いておこうか、その用紙に」
母親が、微笑みながら言う。
「え、いいの?」
子供が目を輝かせる。
「うん。欲しいものを、書いていいって言われてるからね」
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!