自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~ 作:パラレル・ゲーマー
二〇三一年七月中旬、午後八時少し前。
世界中のあらゆるゲーム系メディア、動画配信プラットフォーム、そしてSNSのトレンド欄は、数日前から告知されていた一つの公式配信枠の話題で埋め尽くされていた。
《TOKYO GAME SHOW 2031》
《FULL DIVE WORLD PREMIERE》
《世界主要ゲームメーカー合同・新作タイトル発表特別映像》
前年のリヤド万博において、アンノウン機関が提示したフルダイブ技術そのものは、すでに世界中の人々が知るところとなっていた。五感の再現も、仮想空間を自分の足で歩けることも、ニュースや体験レポートを通じて「技術としての凄さ」は証明されている。
だが、今回初めて全世界へ同時公開されるのは、技術デモンストレーションではない。
世界中の名だたるゲームメーカーたちが、その夢の技術基盤(SDK)を受け取り、半年以上の歳月をかけて極秘裏に作り上げてきた「本気で遊ぶためのフルダイブゲーム」のラインナップだった。
事前情報は徹底した秘密主義が貫かれていた。公式サイトに並んでいるのは、日本、米国、欧州、ロシア、サウジアラビアなど、世界各国の主要スタジオの企業ロゴと、『ここから、ゲームの歴史が変わる』という短い一文だけ。
配信開始五分前には、公式ストリームの同時接続数は数千万を突破し、各国の人気ストリーマーたちが一斉にミラー配信を立ち上げて画面の前で身を乗り出していた。
「頼む、王道ファンタジーRPGは絶対に来てくれ! 俺はフルダイブで自分の手から魔法を撃つために今まで生きてきたんだ!」
日本の人気ゲーム配信者がマイクに向かって叫べば、コメント欄が猛烈な勢いで流れる。
『剣と魔法は確定だろ、問題はどこまで自由に動けるかだ』
『海外勢のフォーラムじゃ、アクションの打撃感と回避がどうなるかで大激論になってるぞ』
『俺はレースゲーム一択! 本当に自分でステアリング握って時速三百キロ出せるのか知りたい!』
『普段ゲームしないけど、もし綺麗な街を旅行したり動物と触れ合えたりするなら体験してみたいな』
ゲーマーも、そうでない者も。地球上の何千万人という人間が、固唾を呑んで画面中央のデジタル時計を見つめていた。
そして、午後八時ちょうど。
画面の数字が、最後の十秒を刻み始める。
『10』『9』『8』……
世界中の配信者たちが、言語の壁を越えて同じタイミング、同じ熱量で声を合わせてカウントダウンを叫ぶ。
『3』『2』『1』――!
数字がゼロになった瞬間、画面が完全にブラックアウトした。
派手なファンファーレもない。司会者の挨拶もない。
ただ、暗闇の中から、ザザァ……という重くリアルな「波の音」と、カモメの鳴き声、そして潮風の吹く音だけが、視聴者のイヤホンやスピーカーを通じて響き渡った。
◇
パッと視界が開けた瞬間、画面に映し出されたのは、完全なる一人称視点(ファーストパーソン・ビュー)の映像だった。
どこまでも続く、眩しいほどに青いカリブの海原。
頭上には高くそびえ立つ三本の木製マストがあり、白い巨大な帆が風をいっぱいに孕んでバタバタと力強く鳴っている。
荒波を切って進むガレオン船の船体が大きく傾き、砕けた波しぶきが甲板へと降り注ぐ。木材とロープが軋む重厚な音。
視点がわずかに下がると、そこには「プレイヤー自身の両手」があった。
潮水で濡れた大きな木製の舵輪(ステアリングホイール)を、革手袋をはめた自分の両手が力強く握りしめている。
「――船長! 右舷前方、霧の中から敵船が現れました!!」
甲板の先から、バンダナを巻いた仲間のプレイヤーが振り返って叫んだ。
操舵手の視点が右へと動く。
白波の向こうから姿を現したのは、黒い帆に白い髑髏の旗を掲げた、巨大な敵の海賊船だった。ずらりと並んだ砲門がこちらを向いている。
舵を握るプレイヤーが、腹の底から声を張り上げた。
「野郎ども、取り舵いっぱいだ! 左舷の砲門を全部開け! 全員、戦闘配置につけえええ!!」
「「「アイアイ・サー!!」」」
甲板上の仲間たちが一斉に走り出し、ロープを引き、大砲に砲弾を装填していく。
プレイヤー自身が渾身の力で木製の舵輪をぐるりと回し切る。舵の重みと、波の抵抗が映像越しにも伝わってくるようだ。巨船が海面を抉るようにして急旋回し、敵船と並走する形に入った瞬間――
ドォンッ! ドドォンッ!!
左舷の砲列が一斉に火を噴いた。
立ち込める硝煙の匂い、耳を劈く轟音、そして敵船の周囲に立ち昇る巨大な水柱。
次の瞬間、画面が切り替わり、プレイヤーは甲板の手すりを蹴って、エメラルドグリーンの海へと頭から豪快に飛び込んだ。
ザッパーンッ!!
気泡が視界を埋め尽くし、太陽の光が揺らめく美しい海中へ。
そこには珊瑚礁に抱かれた巨大な沈没船が眠っており、仲間たちと一緒に海底の朽ちた宝箱をこじ開け、黄金に輝く金貨と宝石の山を掴み取って、水中で顔を見合わせてガッツポーズを決める――。
そこで、深く落ち着いたナレーターの声が重なった。
『――君は、海賊になりたい?』
画面の隅に、スタイリッシュな企業ロゴとタイトルが浮かび上がる。
《RAREWAVE STUDIOS》
《蒼海の自由航路(The Azure Horizon)》
《FULL DIVE REAL-TIME FOOTAGE(実機稼働映像)》
その瞬間、世界中の配信サイトのチャット欄が、文字通り大爆発を起こした。
『うわあああああああ海賊だあああああ!!』
『舵だ! 自分で船の舵を回してるぞ!!』
『ちょっと待て、今の実機映像って書いてあったぞ!? ムービーじゃなくて本当にあの中で動いてるのかよ!』
『俺、船長やる! 誰か俺の船の大砲係やってくれ!』
『甲板から海にそのまま飛び込んで沈没船探索とか、男のロマン全部乗せじゃねえか!!』
ただ画面の中の船を眺めるのではない。自分の手で舵輪を回し、仲間と叫び合い、海に飛び込んで財宝を引き上げる。最初の一本だけで、視聴者の脳髄は完全に撃ち抜かれた。
◇
だが、余韻に浸る暇すら与えられなかった。
海賊船の大砲が放った白い閃光が画面を埋め尽くしたかと思うと――次の瞬間、その光は、冷たいコンクリート壁を横切る「赤い赤外線レーザー」の光へとシームレスに切り替わった。
BGMが一瞬にして消え、緊迫した静寂が訪れる。
映し出されたのは、薄暗い金属製の通気ダクトの内部だった。
黒いタクティカルグローブをはめたプレイヤーの両手が、音を立てないように慎重に匍匐前進している。
耳元の無線機から、低く抑えたオペレーターの声が響く。
『こちら管制。下の廊下の警備巡回まで、残り十五秒。監視カメラの死角を維持して』
プレイヤーの手が、ダクトの通気口の格子をゆっくりと外す。
真下には、最新鋭のセキュリティで守られた地下研究施設の廊下が広がっていた。幾何学的に張り巡らされた赤いレーザー網と、自動小銃を抱えて歩く警備兵の革靴の足音。
プレイヤーは音もなく床へ降り立つと、自分の身体を低くかがめ、また一歩、また一歩とレーザーの隙間をくぐり抜けていく。
カツ、カツ、と警備兵の足音がすぐ背後まで迫る。プレイヤーが柱の陰にピタリと背中を貼り付けると、わずか数十センチ横を、懐中電灯の光が通り過ぎていった。自分の呼吸音すら聞こえそうなほどの極限の緊張感。
警備兵が通り過ぎた瞬間、プレイヤーは左腕のホログラム端末を指で素早くスワイプし、金庫室の電子ロックをハッキングして解除した。
重厚な鋼鉄の扉が、プシューと音を立てて静かに開く。
目的の機密データに手を伸ばした、まさにその瞬間――背後から冷徹な声が響いた。
「――動くな! 手を挙げろ!」
プレイヤーがハッと背後を振り返ったところで、画面がスパッと暗転する。
『それとも――誰にも気づかれず、世界を救うスパイになりたい?』
《光南デジタル》
《SILENT ORDER(サイレント・オーダー)》
先ほどの大海原の解放感から一転、息を呑むような潜入劇に、今度は世界中のステルスアクション好きが一斉に悲鳴を上げた。
『スパイきたあああああ!!』
『おい今のレーザー避けるやつ、自分の身体でしゃがんでくぐってたぞ!?』
『柱の陰に隠れて警備員やり過ごす時の心臓バクバク感、絶対ヤバいだろこれ!』
『俺なら緊張して開始三十秒でくしゃみしてバレる自信あるww』
『フルダイブって、ゲームが変わるだけでここまで空気感が変わるのかよ……!』
海賊の豪快な船旅と、スパイの張り詰めた潜入。まったく異なる二つの人生が、わずか二分足らずの間に叩きつけられたのだ。
◇
ここから、映像のBGMに壮大なフルオーケストラの旋律が加わり、画面のテンポが一気に加速した。
暗いスパイ施設の扉が開いたかと思うと、その向こう側に広がっていたのは――抜けるような青空と、白亜の城壁に囲まれた王道ファンタジーの城塞都市『アルカディア』だった。
大噴水の水しぶき。焼きたてのパンが並ぶ市場。屈強な戦士たちが集う冒険者ギルド。
そして映像は、広大な『始まりの草原』へと切り替わる。
緑のローブをまとった魔術師の女性が、迫り来るモンスターに向かって木の杖を掲げる。
彼女は呪文を叫ばない。ただ凛と前を見据え、意思を込めた瞬間――杖の先端から真紅の《ファイアボルト》が爆ぜ、空間を裂いて敵へと突き刺さった。
次のカットでは、彼女の手のひらに生まれた小さな光の玉が、彼女の思考に寄り添うように宙をくるくると舞い、さらに剣士と弓使いの仲間と息を合わせて草原を駆け抜けていく。
『剣を振るう冒険者になるか?』
『意思ひとつで世界を変える、魔法使いになるか?』
《星海インタラクティブ》
《アルカディア・クロニクル》
日本のゲーマーたちが「これだ! 俺たちが待ってた王道RPGだ!」「今、詠唱なしで魔法出てなかったか!?」と色めき立つ間もなく、次の瞬間、画面の中の草原の地面がズズンッ! と激しく揺れた。
景色が一変し、そこは巨大なシダ植物が生い茂る原生林。
大木が次々となぎ倒され、森の奥から、見上げるほど巨大な二本角の飛竜種モンスターが姿を現した。
プレイヤーの視点は、その怪物の足元にいる。自分の背丈ほどもある無骨な大剣を両手で握りしめている。
「来るぞ! 全員、構えろ!!」
横を走る相棒のハンターが叫ぶと同時に、巨獣が鼓膜を震わせるような咆哮を上げ、ダンプカーのような質量で突進してきた。
プレイヤーは大剣の切っ先を地面に突き立て、全身でその突進を受け止める。火花と土煙が舞い上がる中、後方から仲間の放った剛矢が巨獣の翼を射抜き、もう一人のハンターが長槍を構えて怪物の懐へと飛び込んでいく。
『人間の身で、神話のような巨獣へ挑むか?』
《カプノヴァ》
《巨獣狩猟譚(モンスター・フロンティア)》
『デカい!! モンスターが本物のビルみたいにデカい!!』
『あんなのが目の前から突っ込んでくるのを自分の身体で受けるのかよ、絶対アドレナリン出まくるだろ!』
そして、巨獣の咆哮が――そのまま重厚な「大型タービンエンジンの駆動音」へとオーバーラップした。
薄暗い地下格納庫。赤い誘導灯が点滅する中、全高十八メートルを超える白銀の「巨大有人ロボット」の胸部ハッチがゆっくりと閉まる。
プレイヤーは今、そのコックピットの操縦席に深く腰を下ろしていた。
周囲三百六十度を囲む全方位モニターに次々とグリーンの起動コードが走り、自分の両手は左右の操縦桿を、両足はフットペダルをしっかりと踏みしめている。
『メインジェネレーター、出力臨界。――アルタイル、発進どうぞ!』
通信音声とともに、プレイヤーが右手のレバーを前へ倒し、ペダルを踏み込む。
ガゴォンッ! と機体が立ち上がる重厚な振動が伝わり、視点の高さが一気にビルの五階相当までせり上がる。
正面のカタパルトゲートが開き、星空と地球の弧が見える宇宙空間――あるいは高高度の空へと繋がる滑走路が現れた。
プレイヤーが叫びながら操縦桿を押し込むと、背面のメインスラスターが蒼い炎を噴き上げ、鋼鉄の巨人が猛烈な加速とともに大空へと射出された。
雲を突き抜け、正面から迫り来る漆黒の敵機と、光り輝くビームの刃を空中で激しく交差させる――!
『それとも――鋼鉄の巨人を操る、エースパイロットになるか?』
《バンダル・ナムラ》
《鋼星機兵アルタイル》
この瞬間、世界中のロボットアニメファンとメカ好きたちの理性が完全に吹き飛んだ。
『うわあああああああロボットだあああああ!!』
『コックピットだ!! 全方位モニターの操縦席に本当に座れるぞ!!』
『自分の手でレバー倒して「発進!」って叫べるのかよ!? 俺の三十年の夢が叶っちまう!!』
『もう駄目だ、これやるためなら会社辞めてでも幕張行くわ!!』
◇
海賊、スパイ、魔法使い、巨獣狩り、巨大ロボット。
息もつかせぬ大迫力のアクションと戦闘の連続に、視聴者の興奮が沸点に達した、その時だった。
――ふっ、と画面が暗転し、オーケストラの激しい音楽がピタリと止まった。
代わりに流れてきたのは、優しいアコースティックギターの音色と、小鳥たちの穏やかなさえずりだった。
画面がゆっくりと明るくなる。
そこは、柔らかな木漏れ日が降り注ぐ、花の咲き乱れる美しい丘の上だった。
足元の草むらがカサリと揺れ、そこから一匹の小さな生き物がひょっこりと顔を出した。
雪のように真っ白な毛並み、長い耳、宝石のように丸く澄んだ瞳、そしてふわふわと揺れる大きな尻尾。
プレイヤーの視点がゆっくりと低くなり、その場でしゃがみ込む。そして、何も持っていない優しい両手をそっと前へ差し出した。
小さな幻獣は、トコトコと歩み寄ってくると、小さな鼻をひくつかせてプレイヤーの指先の匂いを嗅いだ。
そして次の瞬間、「きゅうっ」と愛らしい声で鳴きながら、プレイヤーの手のひらにふわふわの頬を擦り寄せてきたのだ。
プレイヤーがその小さな身体を両手でそっと抱き上げる。腕の中に伝わる、柔らかくて温かい命の重み。丘の向こうを見れば、空を飛ぶ小さな竜や、花冠を乗せた不思議な生き物たちが何十匹も楽しそうに駆け回っており、プレイヤーはその背中に乗って、風切る草原をゆったりと散歩し始める――。
『戦わなくていい。――不思議な誰かと、友達になりたい?』
《七天堂(ナナテンドウ)》
《まぼろし生きもの島》
先ほどまで「剣だ!」「ロボだ!」と叫んでいたチャット欄の空気が、一瞬にしてとろけるような歓声へと変わった。
『ああああああああこれだああああああ!!』
『もふもふ!! フルダイブもふもふゲームきたああああ!!』
『さっきの巨獣とかロボより俺は絶対こっちがいい!! 一生この島で毛玉を撫でて暮らしたい!!』
『マンションでペット飼えない私に、これは涙が出るほど嬉しい……!』
さらに、優しい音楽のまま映像が移り変わる。
今度は、朝露に濡れた小さな畑と、赤い屋根のログハウス。
麦わら帽子をかぶったプレイヤーが、自分の手で柔らかな黒土を掘り、種をまき、ジョウロで水をやる。太陽の下で真っ赤に熟したトマトをもぎ取ってそのまま丸かじりし、放し飼いの鶏を抱き上げ、夕暮れ時には暖炉の火を囲んで焼きたてのパイを切り分ける。
『誰にも急かされない、穏やかな毎日を送りたい?』
《マーヴェラス・フィールド / 四季の小さな農園》
そして、その農園の土が、次の瞬間にはカラフルな「立方体のブロック」へと変化した。
プレイヤーが自分の手で石や木のブロックを一つずつ積み上げ、階段を作り、屋根を架け、仲間たちと笑い合いながら、雲を突き抜けるほど巨大な空中庭園と白亜の城をゼロから組み上げていく。
『自分の手で、一から世界を創り上げたい?』
《モジョン・スタジオ / ワールドクラフター》
『スローライフと建築までフルダイブで来たら、もう現実に帰ってくる人間いなくなるぞww』
『ブラック企業勤めの俺、農園の映像見ただけでガチで泣きそう』
『友達と集まって本当に自分の手で秘密基地や城を建てられるなんて、子供の頃の夢そのものじゃん……』
戦いたい者だけでなく、癒やされたい者、暮らしたい者、創りたい者。すべての人間の心に、優しい楔が打ち込まれていく。
◇
だが、平和な時間はそこまでだった。
キュルルルル――ブォンッ!! と、鼓膜を突き破るようなレーシングエンジンのエキゾーストノートが、農園の静けさを一瞬で吹き飛ばした。
画面は、流線型のスーパーカーのコックピット。
目の前には、空中に浮かぶネオンカラーの超立体サーキットが広がっている。
自分の両手が革張りのステアリングを握りしめ、シグナルが赤から青へ変わった瞬間、アクセルペダルを床まで踏み抜いた。
圧倒的な加速感とともに景色が後方へ吹き飛び、時速三百キロでヘアピンカーブへ突っ込む。ステアリングを切って豪快なドリフトを決め、火花を散らしながらライバル車を抜き去ると、そのままコースの切れ目から雲海の上の滑走路へと大ジャンプを決めた――!
『誰よりも速く、風を追い抜きたい?』
《セイガ・インタラクティブ / スターラッシュ・グランプリ》
レーシングカーが雲の上へ飛び出した、その最高到達点で――車体のフレームがスッと消え、視界は「大型ジェット旅客機のコックピット」へと変わった。
無数の計器が並ぶ操縦席。目の前には、どこまでも続く空港の滑走路。
機長席に座ったプレイヤーが、スラストレバーを前へ押し込み、操縦桿(ヨーク)をゆっくりと手前に引く。
ゴォォォッという重低音とともに機首がふわりと浮き上がり、車輪が地面から離れた。
眼下に遠ざかっていく街並みと、きらめく海岸線。雲の層を突き抜けた先には、地球の丸みを感じるほどの果てしない成層圏の青空が広がっていた。小型セスナで雪山の渓谷を抜け、水上飛行機で夕暮れの珊瑚礁へ降り立つカットが次々と重なる。
『それとも――本物の大空へ、翼を広げたい?』
《メトリックソフト / SKYLINE EARTH(スカイライン・アース)》
ここからはもう、怒涛のモンタージュだった。音楽が最高潮へと向かい、世界中のスタジオが送り出す全く異なる世界が、数秒単位で次々と切り替わっていく。
中世ルネサンス期の石造りの大都市。フードを深くかぶったプレイヤーが、鐘楼の屋根から屋根へと軽やかに跳び移り、衛兵の追跡をかわして街の最高峰の尖塔から夕日を見下ろす。
『歴史の影を、駆け抜けたい?』――《ユニソフト / 影走りの年代記》
降りしきる酸性雨と、巨大な立体ホログラム広告が輝く二一〇〇年代のメガロポリス。機械化された自分の義手を操作してセキュリティをハッキングし、空飛ぶ車の間を縫って夜のネオン街を疾走する。
『未来の街で、別の自分として生きたい?』――《レッドコード・プロジェクト / ネオン・レクイエム》
一転して、灰が降り積もる崩壊した大聖堂。黒い甲冑をまとったプレイヤーの前に、天井に届くほど巨大な「灰の王」が炎の大剣を引きずって立ち上がる。絶望的な威圧感の中、プレイヤーは一歩も引かずに盾を構え、大地を蹴った。
『それでも、絶望的な強敵へ挑みたい?』――《アビス・ソフトウェア / 灰冠の継承者》
さらに、世界各国のスタジオが誇る独自の体験が畳みかける。
犬ぞりを操って白銀の氷河と針葉樹林を駆け抜け、凍てつく夜空に揺れる極彩色のオーロラを見上げる極地探検。
『まだ見たことのない、地球の果てへ行きたい?』――《北辰インタラクティブ / 極光の大地》
無数の空飛ぶランタンが夜空を埋め尽くす、千夜一夜物語の黄金の砂漠都市。香辛料の香る市場を抜け、空飛ぶ絨毯で宮殿の尖塔へと舞い上がる幻想紀行。
『物語のページの中を、旅してみたい?』――《サンドストーム・メディア / 千夜の都》
十数本に及ぶ圧倒的なタイトル群が嵐のように駆け抜け、壮大なオーケストラの音楽がジャーン! とクライマックスの和音を奏でて、画面が再び真っ暗になった。
「……す、すげえ……終わった……!」
「ここまでで十五本!? 一本残らず神ゲーじゃねえか!!」
世界中の視聴者が、圧倒的な情報量に息を吐き出した、その時だった。
まだ、配信のシークバーは終わっていなかった。
真っ暗な画面の奥から、ピ、ピ、ピ……という静かな電子音と、宇宙空間の無音の気配が立ち昇ってきた。
◇
ゆっくりとまぶたを開くように、画面が明るくなる。
そこにあったのは、これまでのどの世界とも違う――無数の星々が輝く漆黒の宇宙と、その眼下に浮かぶ「見たこともない巨大な青い惑星」だった。
プレイヤーは、流線型の白い宇宙船のブリッジ(艦橋)に立っていた。
足元から天井まで続く巨大なパノラマウィンドウの向こうに、美しいリングを持った未知の惑星と、二つの衛星が浮かんでいる。
『――船長。未確認の恒星系、第三惑星の軌道上に到着しました』
航行コンソールに座る副官NPCの声を受け、宇宙服を着たプレイヤーが艦長席からゆっくりと立ち上がり、パノラマウィンドウの前へと歩み寄った。
目の前に広がる、人類がまだ誰も足を踏み入れたことのない、プログラムによって生成された無限の架空宇宙。
『大気成分、呼吸可能。生態系反応あり。――着陸地点を選択してください、船長』
ホログラムの星図が浮かび上がり、プレイヤーは自分の人差し指で、その未知の大陸の一点をトンと突いた。
宇宙船のエンジンが点火し、機体が惑星の重力を受けて降下を開始する。
赤く燃える大気圏を突き抜け、分厚い雲の海を割ったその先に――紫色の巨大な樹木が森を作り、見たこともない六本足の巨大草食獣の群れが闊歩する、異星の絶景が一気に広がった。
『――それとも君は、まだ誰も知らない世界の、最初の探検家になりたい?』
《ベスディア・ワールドワークス》
《INFINITE ODYSSEY(インフィニット・オデッセイ)》
最後の一撃となったサプライズ発表に、世界中のチャット欄はもはや言葉にならぬ文字列で埋め尽くされた。
『宇宙だああああああああ!!』
『最後に宇宙船の船長まで出してくるのかよ!!』
『自分の指で着陸地点決めて、そのまま大気圏突入して未知の惑星に降りる!? こんなの男の子の夢の最終兵器だろ!!』
『もうやめてくれ、俺の脳みそがパンクする!!』
◇
そして、PVは最後の、そして最大のクライマックスへと突入した。
画面が一度暗転し、静かなピアノの単音とともに、ナレーターが優しく、しかし力強く問いかける。
『――君は、何になりたい?』
その言葉に合わせて、画面にはこれまで登場したすべてのゲームの「プレイヤー自身の両手」だけが、音楽のビートに乗って目まぐるしく切り替わりながら映し出された。
荒波の中で、海賊船の舵輪を力強く回す手。
暗闇の中で、金庫室のロックを解除するスパイの手。
杖を掲げ、意思ひとつで真紅の炎を解き放つ魔術師の手。
巨大な怪物の前で、大剣の柄を握りしめるハンターの手。
巨大ロボットの操縦桿を押し込むパイロットの手。
ふわふわの幻獣を優しく撫でる手。
畑の土に種をまく手。
ブロックを積んで城を築く手。
レーシングカーのステアリングを切る手。
旅客機の操縦桿を引いて空へ舞い上がる手。
そして、未知の惑星へと指をさす、宇宙船の船長の手。
ジャンルも、時代も、世界観もすべて違う。各社のゲームが一つの世界に繋がっているわけではない。
けれど、そのすべての画面に共通していることが一つだけあった。
それは、画面の向こうの誰かをコントローラーで動かしているのではなく、「自分自身の手」で、その世界の運命を握っているということだった。
映像の中のプレイヤーたちの声が、幾重にも重なって響き渡る。
「面舵いっぱーい!!」
「潜入成功だ!」
「――《ファイアボルト》!!」
「アルタイル、出るぞ!」
「よーし、いい子だねえ!」
「全速力で駆け抜けろ!」
「新しい惑星を発見したぞ!!」
無数の歓喜の声が一つに溶け合い、画面が眩いばかりの純白の光に包まれた。
音楽がピタリと止まり、静寂の中、最後のナレーションが世界中の人々の胸へと深く染み渡った。
『夢見ていた誰かを、もう、画面の向こうから眺めなくていい』
一拍の間。
『――君自身が、その誰かになればいい』
真っ白な画面の中央に、黒い文字が力強く浮かび上がった。
君は、何になりたい?
ここでは、何にだってなれる。
《TOKYO GAME SHOW 2031》
《FULL DIVE — BEYOND THE SCREEN》
最後のロゴが静かにフェードアウトし、約八分間に及ぶ特別映像は、そこで完全に幕を閉じた。
◇
映像が終了してから数秒間、世界中のミラー配信や生放送のスタジオは、奇妙なほどの静寂に包まれた。
誰もが、今自分が見たものの情報量と、その意味を処理しきれずに固まっていたのだ。
日本の人気ゲーム配信者の男も、口を半開きにしたままモニターを見つめてフリーズしていた。
コメント欄だけが、滝のような速度で流れ続けている。
「…………」
五秒後。配信者はゆっくりと瞬きをし、マイクの両脇をガッと掴んで、魂の底から絶叫した。
「――ちょっと待ってくれ!! 俺は一体、どれから遊べばいいんだよおおおおお!!!!」
その叫びが引き金となり、世界中のネット空間が文字通りの狂乱の渦へと叩き込まれた。
この配信者は当初、星海インタラクティブのファンタジーRPGで魔術師か剣士になることだけを楽しみに待機していた。
だが、いざ蓋を開けてみればどうだ。海賊船の船長にもなりたいし、スパイになってレーザーもくぐりたいし、巨大ロボットのコックピットにも座りたいし、ふわふわの幻獣も撫で回したいし、レーシングカーも飛行機も宇宙船も操縦したくなってしまったのだ。
「無理だろこれ!! 俺の人生と有給休暇が何個あっても足りねえよ!!」
SNSのトレンド欄は、世界各国で発表タイトルの名前一色に染まり、どのゲームを最初に遊ぶかという幸せすぎる大論争が巻き起こった。
『俺は海賊一択! 昔から仲間と一緒に本物の帆船を動かして大砲撃ち合うのが夢だったんだ!』
『いや、詠唱なしで頭の中で考えるだけで撃てる魔法使いだろ! あのアルカディアの映像、本当に自分の意思で光や火を動かしてたぞ!』
『男なら巨大ロボットのコックピット一択に決まってるだろ! 俺はあのハッチが閉まる演出を見るために生まれてきたんだ!』
『お前ら勝手に戦ってろ、俺は七天堂の島でモフモフの生き物に囲まれて、たまに隣の農園でトマト育てて一生を終えるわ』
『よし決めた、俺はTGS初日に会場へ行って全十六タイトルをRTA(リアルタイムアタック)で制覇する!』
『↑バカ言え、この前のRPGの先行体験レポート記事読んだか? テストプレイヤーが街のパン屋と猫と噴水で遊びすぎて、モンスター一匹も倒さずに時間切れになったって公式コラムでネタにされてたぞww』
『一つのゲームで街歩くだけで時間溶けるのに、十六本もどうしろってんだよ!!』
熱狂は、日本だけではなかった。
アメリカのフォーラムでは宇宙探索の『INFINITE ODYSSEY』とサイバーパンクの『ネオン・レクイエム』、そしてロボットの『アルタイル』を巡ってスレッドが乱立し、イギリスでは海賊ゲームの『蒼海の自由航路』で早くも船団メンバーの募集が始まり、ヨーロッパやロシア、中東でも、それぞれの文化や自然、歴史を描いたタイトルに歓喜の声が上がっていた。
しかも、この映像に心を奪われたのは、普段からゲームを遊ぶ若者やゲーマーだけではなかった。
都内のリビングで、たまたま家族と一緒にテレビのニュース特集で流れたこのPVを見ていた六十代の男性は、旅客機が雲海を突き抜けて飛ぶ『SKYLINE EARTH』の映像に、釘付けになっていた。
若い頃、視力の問題でパイロットの夢を諦め、定年まで事務職として働き上げた男性だ。
「……お父さん、どうしたの?」
妻に声をかけられ、男性はハッとして、少し照れくさそうに目元を拭った。
「いや……子供の頃、どうしても飛行機の操縦席に座りたかったのを思い出してな。……これなら、今からでも俺の手で空を飛べるのかと思ってさ」
そのすぐ隣のソファでは、小学生の孫娘が目をキラキラと輝かせながら、「私、あの白いふわふわの生き物を抱っこできる島に行きたい! 魔法も使いたい!」と跳びはねていた。
集合住宅でペットを飼えない人も、足が悪くて遠い異国の地へ旅行に行けなかった人も、都会の喧噪に疲れて田舎暮らしに憧れていた会社員も。
世代も国籍も超えて、地球上のあらゆる人間が「自分が本当にやりたかったこと」をその映像の中に見つけていた。
◇
だが、熱狂が最高潮に達した直後、公式配信の画面に切り替えられた「案内テキスト」を見て、世界中の視聴者は別の意味で悲鳴を上げることになった。
《※本映像には現在開発中の実機映像および技術実証サンプルが含まれます》
《※TGS2031(九月開催)は、政府および関係機関の管理下で行われる期間限定の『公開実証イベント』であり、家庭用機器およびソフトの一般発売を告知するものではありません》
《※会場にて実際に一般来場者がフルダイブ試遊できるタイトル、および一部の映像出展のみとなるタイトルの区分、ならびに『事前抽選による試遊枠』の詳細については、八月上旬に公式サイトにて発表いたします》
スタジオの司会者が、落ち着いた声で補足する。
「なお、安全管理および機器数の都合上、九月のTGS会場で実際にフルダイブポッドへ搭乗し、これらの世界を体験できる人数には限りがございます。試遊はすべて事前応募による厳正な抽選制となりますので、続報をお待ちください」
その瞬間、世界中のコメント欄が凍りつき――そして、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。
『は? ちょっと待て、抽選!?』
『家庭用の発売日発表じゃなくて、TGSの会場に行かないと遊べないの!? まあ万博と同じでまだ実証段階だから当然だけど、ってことは幕張に行けば確実に遊べるんだな!?』
『おい今「人数には限りがある」って言ったぞ!!』
『十六タイトル全部どころか、抽選に外れたら一本も遊べない可能性があるってことかよ!?』
『うわあああ頼む! 一枠でいい、五分でいいから俺をあのポッドに入れろ!!』
『とりあえず九月の幕張周辺のホテル、今すぐ全部押さえろ!!』
『まだチケットの抽選すら始まってないのに、海外勢が日本行きの航空券予約し始めてて草も生えない』
画面の向こうの新作ソフトを「買う」のではない。自分自身がその世界へ「入る」ためのプラチナチケットだ。
まだ応募すら始まっていないにもかかわらず、二か月後の日本・幕張メッセを巡る世界規模のチケット争奪戦の火蓋が、この瞬間に事実上切って落とされたのだった。
◇
同日、午後八時半。
東京・品川の星海インタラクティブ本社、開発フロア。
本来ならとっくに定時を過ぎている時間だったが、フロアには黒瀬や島村、芹沢、三枝をはじめ、ほぼ全ての開発スタッフが残り、大型モニターと各自の端末に釘付けになっていた。
画面には、先ほどの合同PV終了直後から爆発的に増え続けるSNSの反響データがリアルタイムで表示されている。
『アルカディアの街並み、本当にあの中で暮らしてみたい!』
『魔法使いの女の子が詠唱なしで炎を出したシーン、鳥肌立った!』
『やっぱり最初のフルダイブは王道ファンタジーの冒険者ギルドから始めたいよな!』
自分たちが何ヶ月もかけて石畳の一枚から作り上げた『アルカディア・クロニクル』の名前が、世界中のトレンド上位に食い込んでいる。
「……黒瀬さん、見てください! うちのアルカディア、世界中の人が『この街に行きたい』『魔法使いになりたい』って書いてくれてますよ!!」
島村がタブレットを抱きしめ、目を潤ませながら声を上げた。
「ああ……ようやく、世間に俺たちの作った世界を見せられたな」
黒瀬もまた、腕を組んでモニターを見上げ、深い満足感とともに息を吐いた。テストルームの三人だけでなく、今や世界中の何百万人という人間が、あの草原を走る日を夢見ている。
ところがその横で、リードプログラマーの芹沢が、別のモニターに映し出された先ほどの合同PVのアーカイブ画面を見つめたまま、ピタリと固まっていた。
「……どうした、芹沢? うちの映像に何か描画バグでもあったか?」
黒瀬が尋ねると、芹沢は眼鏡の奥の目を丸くしたまま、ゆっくりと首を横に振った。
「いえ、うちの部分は完璧です。……ただ、黒瀬さん。今の他社の発表映像、全部見ましたよね?」
「ああ、見たぞ」
「……どこの会社のゲームも、控えめに言ってバケモノじみた完成度じゃなかったですか?」
芹沢の言葉に、フロアのスタッフたちが一斉に顔を見合わせた。
社内での極秘開発だったため、星海のスタッフたちも、他社が同じフルダイブSDKを使ってどんなゲームを作っているのか、今日の合同PVで初めて目にしたのである。
「……正直に言っていいですか?」
島村がおずおずと手を挙げた。
「私、七天堂さんの『まぼろし生きもの島』、めちゃくちゃ遊びたいです! あの白いふわふわの子を抱っこしたいです!」
「俺はバンダル・ナムラの巨大ロボットですね。あのコックピットの起動シーケンス、プログラマーとしてどうやって組んだのか悔しいくらいカッコよかったです」
芹沢が真顔で言い切り、三枝も控えめに頷いた。
「私はレアウェイブの海賊船が気になりました。仲間と舵を回して海に飛び込むの、すごく気持ちよさそうで……」
部下たちの見事な浮気宣言を聞いていた黒瀬は、数秒間黙り込んだ後――ニヤリと口の端を吊り上げて言った。
「……奇遇だな。俺は最後の宇宙船も含めて、他社の十五本全部やりたいぞ」
一瞬の沈黙の後、開発フロア中にドッと大きな笑い声が弾けた。
ゲームを作る人間は、誰よりも熱狂的なゲームファンでもある。ライバル企業が本気でぶつけてきた夢の世界の数々に、黒瀬たち自身も一人のゲーマーとして胸を躍らせていたのだ。
だが、すぐに黒瀬は表情を引き締め、パンッと両手を打ち鳴らした。
「よし、笑ってる場合じゃないぞお前ら! 世界中のメーカーが、本気でユーザーの時間を奪いに来た! ちょっとでも気を抜いたら、TGSの会場でうちのブースの客を海賊やロボットに全部持っていかれるぞ!」
黒瀬の檄に、スタッフたちの目に再びクリエイターとしての鋭い火が灯る。
「九月の本番までに、アルカディアの街も、魔法の感触も、モンスターとの戦闘も、さらに一段階ブラッシュアップして仕上げるぞ! 『やっぱりフルダイブは王道RPGが一番だ』って、世界中のゲーマーに言わせてやる!」
「「「おおおっ!!」」」
品川の夜のオフィスに、心地よい熱気とキーボードを叩く音が再び響き始めた。
◇
その夜、世界中のSNSでは、一つのハッシュタグが言語を超えて爆発的な流行を見せていた。
《#君は何になりたい》
《#WhatWillYouBe》
誰かは「七つの海を股にかける海賊船長」と書き込んだ。
誰かは「意思ひとつで炎と風を操る大魔術師」と書き込んだ。
誰かは「成層圏を駆ける鋼鉄の機兵のパイロット」と書き、誰かは「誰もいない森の奥で畑を耕す農夫」と書き、誰かは「未知の銀河へ降り立つ最初の探検家」と書き込んだ。
何百万、何千万という投稿が流れる中、その答えは驚くほどバラバラで、そして誰一人として同じではなかった。
ただ一つだけ、世界中のあらゆる言語で、何十万人もの人間がまったく同じ文句を書き込んでいた。
『一つになんて、決められるわけないだろ!!』
二〇三〇年のリヤド万博で、人類は「仮想世界へ自分の身体で入れる技術」が存在することを知った。
それから約一年。
世界中のゲームクリエイターたちが、その技術を使って人間に何を見せるべきかを考え抜き、今日、ついに一つの答えを提示したのだ。
人間が子供の頃から夢見てきたものを、すべて本物の体験として作ればいい。
剣を振るう。魔法を放つ。空を飛ぶ。海を渡る。ロボットを動かす。不思議な生き物を抱きしめる。まだ見ぬ星へ降り立つ。
これまで四角い画面の向こう側で、指先のボタン一つで眺めることしかできなかった無数の「もしも」の世界。
二〇三一年九月、東京ゲームショウ。
その扉が今、初めて一般の人々へ向けて開かれようとしていた。
そしてこの夜、地球上の何千万人という人々は、自分たちが現実の人生を一つしか持てないという事実を、生まれて初めて本気で惜しみ始めていたのだった。
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